Neetel Inside ニートノベル
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パラノイアテロリスト
エピローグ

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エピローグ





「好きなの食べてね!」
「うん……なんかー…悪いね」
「いいの、全然!」
 中央に置かれた、テーブルの上にはご当地お菓子が山々と積まれていた。眼鏡を掛けている少女は、おずおずとその中で開けられている、ひとつを掴み手の上に乗せる。
 マジマジと、手のひらの上の薄い餅を見つめ、その後、正面にいる少女を見つめる。正面にいる少女はこの部屋の主人で、所謂ホスト側なのだが、それにしたってなにか期待を向けるような眼差しはゲスト側を恐縮させるような威圧感があった。
 実際に眼鏡の少女は少なからず恐怖している。
 その恐怖は彼女の性格ゆえの、ひとつの杞憂であるのだが。
 少なくともこの空間にいる人間は、その事に気がつかなかった。
「……………………」
「……………………」
 見詰め合う二人。
 同姓ゆえに、何か禁断の恋が始まるのではないのか? という突飛な発想さえ、眼鏡の少女から出てきてしまうような、長い間。
 つまり彼女は確実にゲシュタルト崩壊を起こしていた。
「食べないの? 八つ橋」
「……あ、ああ、うん」
 ホストの彼女に問われると眼鏡の少女は思考を取り戻し。八つ橋、食べる、リアクション。という単語が、理解できる。
 もう一度、目の前の八つ橋を眺める。
 そして、心を落ち着かせて。口元に運んだ。
 問題はここからだ。
 ちなみに、八つ橋を食んでいる彼女は餡子が嫌いだとか、甘いものが嫌いだとか、そういうことがあるわけではない。寧ろ、好きなほうな部類であるし、いつも太らないように、多く摂取しないように自分を諌めているほどだ。
 問題は、目の前の少女の視線。
 二人は、高校生になるまで親しい友達がいなかったことが災いしていたのだ。
 もちろん、学校で話すような友達までもいなかったのかというと、ソレは違う。しかし、家に連れてくるということはついぞした事がなかった。だから、お互いにどこまで打ち解けていいのか、どこまで気を使えばいいのかの境界が図れないのだ。
 ……リアクション、リアクションリアクション!
 眼鏡の少女は頭の中で繰り返す。
 そして、見極めたように目を開いて、声を上げる

「カズヒサー! ちゅっちゅー……ぅ……」

 開いたのは少女の口だけではなく、部屋の扉も同じだった。
 二人の少女は、開いた口を塞がず、扉を開けている大学生ほどの女に視線を向ける。
 女は、ついぞ家人には見せた事のない笑顔を引っ込められず、そのままの形で止まっている。
 部屋が凍りついたようになっていると、全員が気がつくまで、約十八秒ほどかかった。
「と、まあ。数久はいないのか、ははは。部屋を間違えたのか。ははは、ははは。おお、木原菫ちゃんかあ、家に来たんだね。可愛いね、ははは。あははは。言えよ、詩織! ははは。んじゃー…ねー……」
 扉は閉められる。
 厳かに。
「えーっと…お姉さん?」
 木原菫と呼ばれた少女は、詩織、と呼ばれた少女に聞く。
「同じ血が通ってるって思いたくないよ……はあ」
 ため息をつく詩織に、菫は苦笑いつつも、優しく微笑もうと心がけた。



「ごめんね、あんな姉でさ」
「ああ、ううん気にしてないよ」
 先ほどの詩織の姉の登場によって、空気が柔らかくなったお陰で、二人は自然と会話を進めることが出来た。
「いつもは、固い、学者みたいな姉なんだけどね。初めて知ったよ私も。なんか家族の見ちゃいけないところ見た感じ。」
「そうなんだ」
「あの血が入ってるってことはさ、私に彼氏ができたら、あんなんなるのかなあ」
「え? 判らないけど。でも、そうじゃないの?」
 菫は少し疑問の表情を浮かべる。詩織にはその疑問がわからない。
「そうじゃないって、どういうこと?」
「水澄くんと付き合ってるんじゃないの?」
 と、さも当たり前のことのように菫は詩織に対して投げかける。
 聞いた詩織は、口にしていた八つ橋を喉に詰まらせて顔を真っ赤にするのだが、運良く嚥下され、呼吸を落ち着けた。
「大丈夫?」
「つきあってないっつの! やめてよ、あんな根暗! 好きなわけないじゃない」
「ふうん…」
 菫は、知り合って間もない彼女にあまり深入りしないようにそれ以上は聞かない事にする。しかし、悪戯心がくすぐられるのはわかった。聞かないにしても、何か別の側面で彼女を攻めてみようか。
「でも、水澄くんて、カッコいいよね。彼女いないのかな?」
「え…? ああ、いないんじゃないの、根暗だし」
「…ふうん」
 意味ありげに、「ふうん」という言葉に余韻を持たせる。
「何よ」
「何が?」
「け、景夜くん…が好きなの? 惚れたの?」
「どうかな?」
 リアクションを求めて、菫は詩織を見つめると、詩織はその視線を見てすぐに視線をそらし頬を赤らめる。
「ふ、ふん。あんまりオススメしないけどね」
「ツンデレ?」
「どっちかっていうとフンデレよ。」
「何、それ」
「ふーん、とデレる」
「例えば?」
「べ、別に、あんたの事なんか、『好き』ってなに?」
「何か哲学的だあ…、しかも途中で会話が終わってる」
「ともかく、あいつはオススメしないよ。シスコンだし」
「シスコン?」
「そ、あいつ姉が大好きなのよ」
「会った事あるの?」
「あるけど、まあ、なんか怖い人だったよ」
 怖い人……かあ、と菫は思考する。
 自分はたいていの怖い事には今びくつかない自身がある。それは、別に誰に褒められる事でもない。トラウマ、にも似た現状の把握にも等しい。それは多分目の前の詩織も同じだろう。
 そんな詩織が、怖い人と表現するのはとても特別な事のように思えた。
 そして、その勘は外れていない事を、この一ヶ月後に知る事になるのだが、それはまた別の話だ。
「そんなことよりも、本当に詩織ちゃんは水澄くんの事好きじゃないの?」
「ええ?! なにそれ、それはこっちの台詞でしょー!」
「私は、ちょっと詩織ちゃんをからかっただけだよ」
「性格悪いよ! くぬぅぉおおお」
「いひゃ! いひゃいよー詩織ちゃんー!」
 頬を伸び縮みさせる詩織。
「眼鏡に穴開けてやろうか!」
「眼鏡に目潰しも割りかし、危険だからやめてー!」
 なんだかよく判らない感じに、絡み合う二人は非常に楽しそうだった。

 つかの間、初めての事件の事を詩織は思う。
 猫の凄惨な死体。
 レイプ犯。
 殺人未遂。
 単語だけあげつらうと、ブラウン管のニュースの速報のようなラインナップだった。それでも、日常としてこの事件を消費するのは辛いものであったし。また、その事件に関わって私自身もある程度の物を失った。
 まだ、ずきりと、下腹部は痛む。
 痛みは、印に似ていて。
 それが、処女と、非処女の境目であるという。中途半端な存在の証。
 彼女はその事を自覚して、生きていく。そして、自覚している考えとは別に、彼女はまた誰かの考えに絡め取られていく。

 ――物語はまた、動き始めた。

 ぴんぽーん、と間の抜けた音が一階のリビングに響き渡る。
 二人はハタと動きを止めて、そして詩織は「はーい」と聞こえるはずもない声を出し、階段を下りる。
「今開けますよー」
 そして、扉を開ける。


「こんにちわ、明智詩織さん」


 微笑む誰かの絶望に、まだ何も知らない明智詩織は。
 恐怖もせず、知らず、陽気に。
 ただただ、微笑み返すだけだった。




                    ――――episode.1『Mad cat』...end

       

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