Neetel Inside 文芸新都
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きみみしか
第九話 キチガイ冒険

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 病院で働き始めてから数ヶ月後。わしらは険しい崖の上に立っていた。下を眺めるとぞっとした。なにしろ二十メートルぐらいの高さがあるからね。そして下には川が流れていた。
 ここは村の外れ。わしと源田の家の近く。川は人食い川と俗に呼ばれていた。
 今でこそ十メートルほどの長さがある吊り橋がかかっているが、昔はそんなものはなかった。船で渡っていたのだ。そのために崖を削って粗末な階段のようなものも作った。まずそのときに人が数人死んだ。そして川の増水などで渡ろうとしたたくさんの人間が死んだ。だからである。
 なんでそこまでして渡るのか。橋の先の森を抜けると別の大きな村へと行けるからだ。そこと交易をしていた。

 わしはなんでここに来たかというと友人たちと度胸試しをするためだった。
 橋ができてから階段は使われなくなった。それでも昔は少しは釣り人が使っていた。なので修繕をしていた。しかし病院がなんの目的かはしらないが立派な階段を新たに作った。鍵がかかってはいるが頼めば開けてくれるのだ。そのせいでこの階段を使うものはもはやいない。
 そしてこの日の数日前にそこそこ大きな地震が起きた。そのせいで原型をとどめていない。初めから手すりもない危険な階段がより危険になっていたのだ。

 わしたちはこの崩れかかった階段を下りるためにここに来たのだ。
 が、しかし実際に来てみると恐怖でいっぱいになってしまった。なにしろすごい高さだし、階段の崩れようは本当にひどくて、もはや普通の岩場となっているところもあった。
 
 友達の一人が威勢良く言った。
「みんな行けないのか。俺が行ってやる」
 その友達は大柄で猪突猛進ないかにもガキ大将という奴だった。そいつは有言実行した。
 みなが見る中でそいつは階段をゆっくりと下り始めた。そして数段目で足を滑らせた。みながあっと驚いた。
 結局そいつはなんとか落ちずにすんだ。擦り傷をしたぐらいで助かったのだ。が、しかしもう完全にやる気を失ってしまった。そいつはやがて上がってきた。そしてこう言う。
「だめだ。無理だ。危なすぎる」

 その様子を見て皆はますます萎縮してしまった。わしは帰ろうと思った。そしてこういった。
「俺が行く」
 なんでそんなことを言ったのかは分からない。よくよく考えるとわしもあの時はキチガイじみていたなあ。当然みんなはわしを止めようとした。だがわしは頑として聞かなかった。

 わしはどんどん下りていった。みなは心配そうな声を出していた。自分で考えてみても恐ろしい速さだった。わしが無事に川辺にたどり着いたとき、みなは歓声を上げた。大歓声だった。
 わしは大声で叫んだ。
「だれか続くものはいないのか」
 しかしだれも答えるものはいなかった。わしは臆病者ばかりだな。と思った。

 しかし源田が突然無言で下り始めた。友達の一人は心配そうに彼に忠告した。
「中西の挑発に乗るなよ。明、落ちたら死んじまうぞ」
 だが源田は落ち着いて下り続けた。ゆっくり、ゆっくりと下り続けた。やがて彼は無事に下り終えた。
 が、これで最後だった。ほかの連中はおびえてもう来ようとしなかった。わしは説得するのをあきらめた。そしてわしらは川辺を歩き始めた。目標など何もなかった。

 数十メートル歩くと人の声が聞こえ始めた。そこはちょうど病院の階段があるあたりだった。そしてそこには洞窟があった。わしは興味を抱いた。そして洞窟の中へと入った。源田もおそるおそるついてきた。
 洞窟の中に入るといよいよ声は大きくなっていく。洞窟の中には粗末な部屋が作られていた。おそらく病室なのだろう。鉄格子で仕切られているので中の様子は分かる。
 患者たちはわしらを見てもさほど反応を示さず、生気のない顔をしていた。さらに奥に進むとついに音の出所が分かった。
 その声を出していたのは白衣を着ていた医者だった。医者はわしらに背を向け患者に向かって
「これが真実なのだ。本当だ。信じなければならない」
 などと言っていた。わしらに気づかない所を見るとよほど集中しているのだろう。患者は目をつぶり頭を抱えベッドの上でうずくまっていた。医者の声は低く、強かった。そして医者は何やら紙の束を患者に突きつけているようだった。

 だんだんと医者の迫力にわしは怖くなり始めた。それは源田も同じようだった。それに洞窟の中は暗かった。いくつかの白熱電球はついていたがそれでもかなり暗かった。とても怖い雰囲気だったのだ。
 わしらはほうほうのていで逃げ出した。階段を急いで上った。みなはいろいろと質問をしたがわしらはお茶を濁した。結局、この日のことは二人だけの秘密となった。
 


       

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