Neetel Inside 文芸新都
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きみみしか
第七話 キチガイ患者達

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 結論から言おう。わしはキチガイ病院で働くことになった。経緯はよく覚えていない。時期もよく覚えていない。が、大体祭りの一カ月後ぐらいだったと記憶している。
 たしか日曜日しか働いていなかった。なぜなら日曜は休日なので普通の職員は休みだ。人手が少なくなる。だからわしらみたいな子供を雇ったんだと思う。まあ、軽いアルバイトだ。いろんな雑用をするだけだ。給金も少なかったと思う。
 
 仕事の内容を語るのはつまらん。雇われた最初の時わしはキチガイ患者たちと面接した。その時の話をしよう。
 案内したのは山崎という医師だった。わしは彼を始めて見たとき背が低くて顔が童顔なのでえらい若いなと思った。わしは思わず聞いてみた。
「先生は若そうにみえるけど何歳なんですか」
 山崎医師は苦笑いしながら言った。
「三六歳だよ。二五ぐらいだと思ったんだろう。みんなそう言う」
 
 他にも彼がすきな狩りの話などをした。彼は猟銃を取り扱うのがうまいのだという。そんな話をしている間にあっという間に最初の病室にたどり着いた。ここはぜんぶ個室になっている。わしは山崎医師に尋ねた。
「個室はとても金がかかるんじゃないですか。」
 山崎医師は苦い顔で答えた。
「うん、そうだ。とても金がかかる。だから普通の家庭はこんなところに患者を送れない。普通の精神病院はもっとゴミゴミしてて汚いんだ。それに狭い。ろくな治療もしない」
 わしは驚いて言った。
「そんなにひどいんですか」
 山崎医師は当然のように言った。
「ましなほうさ。捨てられる人もたくさんいるんだ。ここの画期的な治療法を受けさせてやりたいよ。じゃ入るよ」

 この病院には今から思うと知的障害者はいなかった。みな後天的キチガイ患者だったと思う。数十人はいた。まず、全員の話をするには時間がかかる。だからそのなかでも興味深かった三人の話しをしよう。

 まずは、最初にキチガイ歌手からだ。中年の男性だ。彼は恐るべき誇大妄想僻を持っていた。なのでここに送られたという。無論彼は山崎医師の説明を必死に否定したが……。帰ろうとした時、彼は思いっきりこう叫んだ。
「待ってくれ、若いの。歌を作ったんじゃ」
 わしは訝しながら尋ねた。
「どんな歌ですか」
 彼は嬉々としながら言った。
「歌ってやろう」
 わしは耳を傾けた。彼は大きな声でリズムよく歌い始めた。
「あー。金が欲しけりゃ病院立てる。あー。名誉欲しけりゃ患者集める。あー。この村みんなキチガイばかり。あー。キチガイ患者にキチガイ村人。あー。極めつけはキチガイ医者。あー。患者もキチガイ医者もキチガイ。あー。キチガイ病院立てればいい。みんなが幸せ万々歳」
 わしはそのとき歌の意味がよく分からなかったからぽかんとしていた。彼は満足そうな顔をしてわしに言った。
「どうだ。坊主。面白いだろう」
 きょとんとしている、わしのかわりに山崎医師が不快感を隠さずに答えた。
「全く面白くありません。また、病状が悪化しているようですね。困ったことです」
 そしてわしのほうを向いて言った。
「この病室から出ましょう」

 次はキチガイ美人だ。彼女を一目見たとき、わしは恐るべき美しさを感じた。キチガイ的な美しさだった。と同時にわしは何故かは分からないが大きな安心感も得ていた。思わず、こう聞いた。
「お年はいくつですか。あとどこかでお会いしませんでしたか」
 彼女は微笑しながら答えた。
「三三歳です。あとお会いしたことはないと思いますよ」
 わしは驚いたね。二〇歳ぐらいだと思っていたのに、三十三歳とは……。その後少し話しそこを離れた。わしはまだとどまりたかったんだがね。
 さて、こんな彼女がどんな病にかかっているのかというと被害妄想だ。とてもひどいらしく。食事に毒が持ってあると思って食べなかったり、他の人が自分を殺そうとしていると思っていたりするらしい。それですむのならいいが、自衛行動(と彼女は思っている)をとられるとたまったものじゃない。危ないのはこっちだ。
 そんなふうだから彼女は初対面の相手には相当警戒するらしい。わしはそんな風には思わなかったけどね。まあ、子供だったからかもしれんが……。
 それにしても人は見かけによらない。山崎医師も見かけによらなかった。彼が後にあんなことをするなどその時のわしはちっとも考えていなかった。

 最後はキチガイ小説家。これが一番すごかった。まず、病室の扉を開く前から声が聞こえていた。山崎医師はちっとも驚いていなかった。そして扉を開いた。中には若い男がいた。そしてそいつはこう言った。

 うーん。すまない。どうしても思い出せない事がある。それはその男が書いた小説の題名だ。致し方ないので仮に某とおかせてもらう。

「やあ、山崎くん。やっと私の小説某が理解できたかね。それはいいことだ」
 山崎医師は憮然として言った。
「いいえ、全然。そもそも某とはどういう意味なのですか」
 キチガイ小説家はまるで幼児に平仮名を教えるように言った。
「小説を読めばわかるだろう。某はこの世全てなのだ。そして同時に某はなにもない。某は何にでもなる。が、何にでもならない。」
 医師は苛立ちながら言った。
「矛盾しているでしょう。それは」
 キチガイ小説家は満面の笑みを浮かべて答えた。
「いいや、全く。そんなことはない。某は神にも等しい。と同時に乞食以下だ」
 医師は疲れたようにわしに言った。
「こんなんだから、回復の見込み全くなしと言われているのです」
 わしは疑問に思って尋ねた。
「なんでこのようになったのですか」
 答えたのは予期せず患者のほうだった。
「開眼したのだ。私は真理を見つけた。これこそ正しい。それまで私は小説を書いていた。が、某は小説などというものではない」
 そう言い切ると彼はまた笑い出した。山崎医師は吐き捨てるように言った。
「現代医学の粋をつくしても彼に対する治療は見つからないでしょうな」
 が、そんな冷め切った山崎医師の態度とは正反対にわしは彼にかなりの親近感を覚えた。ひょっとしたら彼の言う事は本当かもしれん。そんなふうに少し思った。が、偉い医者先生の言うことだ。キチガイよりは信用できる。と思い直した。
 

       

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