Neetel Inside 文芸新都
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僕らはみんな死んでいく
第二話「ピアスを地面に埋めると人が生えてくる」(3/10 new)

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 昨晩太平洋上に墜落してきた「生きている星」は実は僕の故郷で、こうなることがわかっていたから三十年前に脱出してきたんだ。「生きている星」の中には昔僕が植えた花の種が埋まっているのだけれど、僕の星は太陽から遠かったし、降るものは雨じゃなくて宇宙線だけだったから、いつまで経っても芽が出てこなかった。でもね、種がもし芽吹いたなら、星は栄養を吸い尽くされて枯れてしまっただろう。あるいは星が枯れて死んでしまう前に花が咲いても、居場所を占領されて、もう僕の星ではなくなってしまっただろう。だから僕は、せっかく植えた種が早く芽吹いてくれないかという期待と同時に、恐れてもいたんだ。本当は種なんてとっくに溶けて消えてしまっていて、僕の心配なんて全て杞憂に終わるかもしれなかったんだけどね。
 僕は実のところ性欲旺盛でどうしようもない変態なんだ。男女問わず、相手は動物でも植物でも無機物でも構わない、ましてや生きてるか死んでるかなんて気にしたことがないよ。毎日毎晩誰かや何かと交わっているんだ。昨晩は隣に住む五十歳年上の、胃を全摘した爺さんに借りた入れ歯とヤったし、今もこのクラスの誰でもいいから脇腹の肉を囓り取ってそこに吸い付いて、彼だか彼女だかの血と脂肪をたっぷり味わいながらオナニーしたいんだ。
 などといった嘘を並べようかと思ったけれど、どれも人を騙せそうになかったので、里崎を運んだのを見ていたらしい鶴岡の問いに、素直に僕は「うん」と答えそうになった。
「いや、勘違いだった、すまん」
 僕の返事を待たずに鶴岡は自ら前言撤回した。けれど彼の目は謝っていなくて、笑ってもいなくて、それはただ周囲へ里崎のことを聞かれるのを嫌ったためと見てとれた。

 それから僕と鶴岡はまるで友達のように話した。
「やっぱり叔父さんの家って本で埋もれてたりするのか?」
「一緒に住んでるけど、そうでもないよ。いくつかの大切にしている本はあるけど、収集癖はないみたい。人によくあげてるし。出版社から原稿料代わりに貰ったやつはそもそも読まずに売ってるし」
「今回の受賞前から、小説で食えてた?」
「人が一人どうにか暮らしていくのも難しいくらいには売れてたみたい」
 本当は今回の受賞前から海外でそこそこ叔父の本は売れていたのだが、どのみち叔父が馬鹿な金の使い方をして食うに困っていたことに違いはなかったし、その辺りの説明も面倒だった。
「本なんてガキの頃絵本読んだくらいだなあ。『首だけキリン』だったかで泣いたというか泣かされたような」
「そんな可愛い子供だったのに今はこんな姿になっちゃって」
 そう言いながら、鶴岡の顔を飾る銀色のピアスに触れた。右耳と下唇の左寄りのところに刺さってる奴は難しいが、鼻柱を貫く牛の鼻輪みたいなやつは頑張れば引きちぎることが出来そうだった。鶴岡の顔の脂でべとべとした指で鼻ピアスを弄んでみる。
「やめろや、殺すぞ」鶴岡はふんっ、と鼻をぐずらせ、本当に嫌そうな顔をする。
「別にいいよ」
「冗談だ」
 こっちは冗談じゃなかったが。
「狩野の家行っていいか? 叔父さんの本とか借りたいし」
 きっと彼は里崎の件で僕と叔父を脅して金をせしめるつもりなのだろう。 
「いいけど、多分泣けないと思うよ」
「今さら泣きたくて本を読んだりしない」

 鶴岡の鼻から引きちぎったピアスを地面に埋める。そこにしばらく水をやっていると、小さな鶴岡が芽を出して二葉が伸びてくる。太陽の光と雨を浴びながらゆっくりと成長し始め、植物性の鶴岡が花開く。だけど可愛げのない見かけだから、人の目に触れ始めたところで気味悪がられて、蹴られて折れてしまうのだ。地面に転がるまだ小さな鶴岡の首を持ち帰った僕はそれを料理するか性的玩具にするか迷うのだけれど、食欲も湧かずいまだに性的不全なままの僕は彼を持て余して、新聞紙に包んで三角コーナーに捨ててしまう。

 放課後僕らは並んで歩いていた。誰かと一緒に下校するなんて中学に入ってから初めてかもしれなかった。
「原付で通ってたりしてないの」
「あれは俺のじゃない」
 やはりあの日、谷繁先輩の車とぶつかりかけた原付に乗ったカップルの、男の方が鶴岡だったらしい。
「里崎のピアスも俺がつけた」
「耳たぶ、腫れてたよ」
「髪は俺の彼女が切ったんだ」
「あれはひどかった」
 二人とも真面目にやったんだがなあ、と鶴岡は本気で残念そうだった。それから鶴岡は、聞いてもいないのに、高校生の彼女と行なってきた、野外プレイや覆面強盗なんかのどうでもいい話を続けた後、「お前が里崎を殺したの?」と聞いてきた。
「僕は手伝っただけ」三角コーナーに捨てた鶴岡の首はまだ生きていて、洗い物を放置していたシンクの中で根を伸ばし、土を求めて外に逃げ出す。だが苦労して脱出した甲斐もなく、隣に住んでいる爺さんの手に摘み取られて、カリカリカリカリとほんの少しずつ囓られていく。家に帰って用事が住んだら台所を掃除しよう。
「お前、人を舐めてるよな」
 僕の髪の毛を掴みながらそう言う鶴岡の顔からは笑顔が消えていた。僕の妄想の中で君は囓られてるよ、と言い返すことはやめておいた。

       

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