天ノ雀――アマノジャク――
18.ほほえみ
――昨夜の盆はたいへんに盛況だった。
坊ちゃんがいなかったのが残念でならなかったが。
左腕を失ってまで帰ってきたあの方の確固たる強さに、自分はいつも引かれてしまうのだ。
ずず、と自分で淹れた茶をすする。
もちろん娘に盛ったような毒はない。しかしあの毒は役目を果たした。やはり人生に毒は欠かせない。
馬場天馬は私の娘を見た衝撃で泡を食って帰っていった。
坊ちゃんと、あのヒバリという子(坊ちゃんは相変わらず手が早い)も一緒に。
私は坊ちゃんをもう少しお引止めしたかったのだが、近々大きな勝負があるから、といって颯爽と立ち去られた。
「昔、話だけしてそのままにしてしまったが、坊ちゃんとおまえを許婚にしようという案もあったのだよ。
もっとも、雨宮家は消滅してしまったから、いまさらなことだがね」
「そうだったのですか」
私の娘は機械じみた顔で私を見る。
実にいい気分だ。素手の格闘において彼女を上回る逸材はそうはおるまい。
我らの最高傑作。役満の名を冠してあげたいくらいだ。
陽を浴びて深緑に光る髪、赤い唇、白い肌。
「おまえも、えーとなんだっけ、馬場……あー……とんま?」
「天馬です」
「そうそう、そのなんとか君よりも坊ちゃんの方ともっと懇意にしたまえ。おまえはまだまだ精神的に未熟だから、坊ちゃんの苛烈さが必ず――」
娘は強い口調で私のセリフを遮った。
「興味がありません。私はただ、任務を遂行するだけです。戦士として」
その答えに満足し、私は深く頷く。
「うむ。それでいい。心配しなくても、もうおまえをあの姿にしようなんてしないよ。
おまえはそのままでも十分に強い。なにせ戦闘経験が豊富だからな。
たとえ常人並の体力にまで落ち込んでも、GGSのジャッジぐらいの小事はこなせるだろう――そういえば、おまえは日記をつけていたね」
「ええ」
「あれにはどんなことを書いているんだ」
「戦闘のことです。それ以外に何か書くべきでしょうか?」
「――いや、いい。それでいい。十分だとも」
「心配は無用です」娘はうっすらと笑った。
「もう続きを書くことはありませんから」
娘の頬をなでまわす。今、私は栄光に触れているのだ。
時が止まったように、娘は微動だにしなかった。