Neetel Inside ニートノベル
表紙

幼女を拾ったんだが
奴隷乙

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 ゴン。
 俺は、自分がベッドから落ちた音で、目が醒めた。


「なんだよ……」
 シングルベッドの端で寝返りを打ったのが悪かった。俺は見事にベッドアウト。見上げると、幼女は布団のド真ん中で眠っている。
 床に置いたスノコに、スプリングを載せただけの貧乏ローベッドだから、高さはあまりない。従って、落ちてもたいした痛みはない。ないはずなのに、胸が痛い。
「なんで家主がベッドから追い出されてんだよ」
 ガックリと肩が落ちる。深く嘆息し、トイレに向かうべく振り向いた俺の目に、部屋の惨状が飛び込んできた。

 床に転がっているマグカップ。
 流しの前に積み上げられた雑誌の束。
 トイレ・洗面所・風呂――開けっ放しになっている、家中のドアというドア。
 極めつけは、幼女の服。トイレの前に、洋服一式が脱ぎ捨ててあった。勿論、パンツも落っこちている。

「な……どういうこと!?」

 思わず服の山に駆け寄った。が、恐ろしくて手をつけることができない。
 仕方なく、近くに転がるマグカップを拾い上げた。
 マグカップの中身は空だった。底に小さな水滴が付いている。床が水浸しになった形跡はない。
 俺は急いでトイレの中を覗き込んだ。トイレットペーパーが床まで垂れている。こちらの床も――濡れてない。
 状況から判断するに、夜中に水を飲んでトイレに行った、というところだろうか。
 それにしても、これは。

 念の為、洗面所と風呂もチェックした。こちらは問題ない。
 つか、なんで服脱いでんだ。漏らすよりマシかもしれないが、色々おかしいだろ!?
 やむを得ず、散らかった洋服を拾い集め――

 ハタ、と手が止まった。
 ちょっと待て。ちょっと待てよ。てことは、幼女は今、裸で寝てるって事か?



 うわああああああああ!
 やめて、そんなの止めてえええええ!

 脳内悲鳴が止まらない。
 俺のライフはもうゼロよ!!

 玄関で幼女と出くわしてから、通算何度目になるだろう。俺はまた、激しいパニックに襲われた。
 遺棄動物・遺棄児童の保護はしても、犯罪に手を染める気はない。
 幼女の裸とか! 捕まっちまうなら、全力でお断りだあああ!


 頭ン中で絶叫しながら、思わずベッドを振り返ってしまった。
 しまったと思ったときには遅かった。
 俺の目が捕らえた幼女は、今まさにベッドで伸びをする、そんな姿だった。

 背中に走る戦慄。とっさに目を覆う。


 ぎゃあああああ!
 ……って、アレ?

 恐る恐る指の隙間からのぞいてみた。幼女はなぜか、スクール水着っぽいピンク色の布を身につけているじゃないか。
 な、なんでそんなモノ着てんの? つーか、服の下にそんなモノ着てたんかい。そりゃあ、暑くて脱ぎたくもなるだろう。じゃなくて、最近の子供の間では、そーいう重ね着が流行りなのか?
 それにしても、なぜこの子はピンクだらけのコーディネートなのか。幼女世界はピンクに溢れているのか。
 もう、ワケワカンネ。
 驚きすぎて、俺のチキンハートはぶっ壊れ寸前だ。マジで勘弁して欲しい。


 幼女は目一杯伸びをしながら、「くぁーう」と超音波のような音を発した。
「……おはよう」
 グッタリ気分で幼女に声をかける。俺と目が合うと、小首をかしげてしばらくボーッとしていたが、唐突に白い歯を出してニッカリ微笑んだ。
「ああよ」
 うわ、返事した。
 挨拶には感心したが、正直、ピッカピカの笑顔が憎らしかった。俺がこんなに参ってんのに、なんでおまえはそんなに元気なんだよ。
 それでも、俺は信念に従って行動した。
「挨拶できるなんて、偉いな」
 子供と動物を育てる基本は「誉め育て」だ。俺はそう信じている。しつけたのは動物だけだから、子供相手に通用するかどうかは分からない。そもそも、こいつは人の子なのか?という根本的な疑問もある。
 でも、言葉が通じず面識もない人間と一緒にいて、怯えないヤツはいないだろう。ましてや相手は年端もいかない子供だ。協力してもらうためにも、まずは懐いてもらうことが先決だ。コワイおにーさんではイカンのだ。

 俺が頭を撫でると、幼女の笑顔がさらに輝いた。つられて俺も笑顔になる。
 だが、俺は知ってる。その笑顔が本当に意味するところを。
「――分かったよ、メシだろ」
 奴隷乙。そんな言葉が脳裏をよぎった。
「布団から出るなら、洋服着ろよ」
 諦め半分で声をかけると、幼女は上目遣いで俺を見た。グリグリの目ン玉には、なにやら挑戦的な光が宿っている……ような?
 たっぷり一分は見つめ合った後で、幼女はいきなり頭から布団をかぶってしまった。そろっと目だけ出して俺を確認すると、また頭を引っ込める。からかってるのか?
「なんだよ……メシができるまで眠ってたいのか?」
 俺の声に反応したのか、幼女は布団から顔を出すと、満面の笑みを見せた。
「仕方ねえなあ」
 可愛い仕草しやがって。足元見られてる気がして、なんだかムカつくぜ。


 俺は、テレビを点けて台所に移動した。変わり映えしない食事の用意を始める俺を、幼女が布団の中から見つめている。
 パンと牛乳のセットが終われば、後は出来上がりを待つだけだ。
 その間に、放置したままになっていた幼女の洋服を再び集めると、玄関先に併設されている洗濯機に放り込む。ついでに自分が着ているスウェットも突っ込んだ。
 温まった牛乳二人分を持って、食卓へ運ぶ。「飲む?」と幼女に聞いても、彼女は布団に潜ったままで出てこようとはしなかった。
 俺は、床に置いてあるクリアカラーの収納ケースからスウェットと下着を取り出した。普段は思い切りよく脱いでしまうが、流石に幼女の前で全裸になるには勇気がいる。大人しく、洗面所に引っ込んで着替えることにした。脱いだ下着を洗濯機に突っ込んで、その他洗えそうなものと一緒に洗い始めた。

 幼女は洗濯機の音に驚いて、俺の側にやってきた。
「おまえ、寒くないの?」
 幼女は全く意に介さず、楽しそうにアーとかウーとか小さく呟きながら、洗濯機をつついたり撫でたりしている。だが、キッチンタイマーの音がすると、途端にちゃぶ台に飛んで行った。
 好奇心より食い気か……。たくましいモンだな。

 幼女は、ランランと目を光らせながら、トーストの到着を待っている。俺が手にしたパンをガン見していて、俺の顔など見向きもしない。早くよこせと言わんばかりだ。
「わかったよ。だけど、食べる前になにか着ような」
 俺はクリアケースからTシャツを引っ張り出すと、幼女にかぶせた。ぶかぶかでほとんどワンピースだが、なにも着てないよりはマシだろう。その上から、黒いフリースのジャケットを着せて、暖を取らせた。幼女はクンクン匂いをかいでいる。心配しなくても、ちゃんと洗ってあるっつーの。



 昨夜の内に、食料は買い込んでおいた。つつましく暮らせば、あさってぐらいまでは保つかもしれない。
 だが、目の前でパンにかじりつく幼女を見ていると自信が無くなっていく。
「よく食べるなあ」
 心なしか、床にこぼすパンくずの量が減っている気がする。皿の使い方を覚えたのかもしれない。
「なあ、おまえ、名前は?」
 返事は期待してなかった。ただ、聞いてみたかっただけだ。
「きぃうー」
 思いがけない事態に、思わず声が出た。
「へ?」
「きゆうー」
「それ、どういう意味? おまえの名前?」
「うー、きりぅ。きぃいー」
 幼女はしばらく「きりう」だか「きい」だか……俺には上手く聞き取れない同じ言葉を発し続けた。
「わかったよ。じゃあ、おまえの名前は桐生に決まり」
 俺の言葉はお気に召さなかったらしい。幼女はしばらくウーウー言い続けた。
「なんだよ……じゃあ、きーならいい?」
 小首をかしげるあのポーズで、幼女はしばらく俺を見つめていた。しかし、珍しく目をぐるりと一周させると、反対側に首をかしげた。固唾を呑んで見つめる俺の前で、小さな手で握りしめたパンにパクリと食いついた途端――破顔した。
「なんの意味があったんだよ!」
 苦笑混じりで「引っぱりすぎだ」と抗議する俺を横目に、幼女は嬉しそうにトーストに食らいついている。
 絶対、いいように振り回されてるよな。
 餌付けしたつもりだったが、餌付けされたのは俺の方だったのかもしれない。
 自分の割り当てをアッという間に平らげて、俺のパンを狙ってくる幼女と戦いながらも、喜びと悲しみがゴッチャになった複雑な感情が俺の胸で逆巻いていた。

       

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