第22章 錬金術の村
「ウォーリスいったいお前は何者なんだ?」
ロイドが鋭い視線をウォーリスに向ける。ウォーリスは床に崩れ落ちて涙を流していた。
「いいでしょう・・・。『神召喚』を見られてはもう隠し通すこともできない。」
ウォーリスは立ち上がると、涙を袖で拭い去ってロイドたちを見据えた。
「お気づきのとおり、私はただの学者ではありません。古の秘法『神召喚』を継承する者です。神召喚とは終末戦争時、最新鋭兵器で圧倒的な軍事力を誇るビュリック、一騎当千の屈強な騎士達を率いるエルロードに勝利するために帝国が編み出した秘法です。皇帝シュミッド1世はその力を用い、九柱の神を従えたといわれています。もっとも、それを継承しようとしたのは私ではありませんがね・・・。」
ウォーリスは説明をしながら、金色の女神像の前まで歩いていった。
「『ジョバンナ・マクレバス』、帝国でも有名な女流学者です。彼女はラインガルトの神話を研究し、この秘法を蘇らせようとしていました。もともとこの世界の伝説に興味があった私は、アカデミーで彼女に師事し研究を手伝っていました。ところが・・・」
女神像の前まで行くと、ウォーリスは再びこちらを振り返った。
「完成目前にしてジョバンナ先生は忽然と姿を消してしまいました。私は先生の遺志を継ぎ、ついに神召喚を蘇らせることに成功したのです。その先生が行方不明になった日が約10年前・・・。」
「まさか・・・。」
ロイドは先ほどのエリックの言葉を思い出し、息を呑んだ。
「そう、奇しくも禁呪の研究機関が設立された時期と同じなのです。あのエリックとかいう男の口ぶりからすると、おそらく先生はその研究機関に連行された可能性が高いでしょう・・・。」
ウォーリスは再び女神像の方を向くと、その場にしゃがみ台座の碑文に指をあてがった。
「私がここに来た目的はこれなのです。」
そう言うとウォーリスは台座の碑文を読み始めた。
「天上に住まいし女神よ、我が契約により降臨せん、応報天罰の女神ネメシス!!」
ウォーリスが碑文を読み上げると、今度は紫色の魔方陣が足元に現われた。そして魔方陣に紫色の雷が降り注ぐと、閃光とともに美しき女神が姿を現わした。女神は紫色の法衣を身に纏い、蛇を模した杖を携えていた。
「妾は応報天罰の女神ネメシス。妾を呼び出したのは汝か?」
ネメシスと名乗った女神はウォーリスを見つめた。
「私が術者だ。契約により私の命に従い給え。」
そう言うと、ウォーリスは懐から古ぼけた黒い表紙の本を取り出し白紙のページを開いた。
「契約者の証はあるようだな。良かろう、汝を主と認める。」
ネメシスは杖から紫色の光を本に向けて放った。そうすると驚いたことに、光に照らされた白紙のページに呪文が浮かび上がったではないか。ネメシスはその様子を見届けると、紫色の閃光となって空の彼方に消えた。
「神召喚はあまりにも強大すぎたために、九柱の神は皇帝の死後に各地に封印されてしまいました。この九柱の神を全て従えることをもって、神召喚は真の完成を見るといえます。私はこの封印された神々を開放する旅をしているのです、先生の悲願を達成するために!!」
「その本は何なのですか?」
ジョアンがウォーリスの本を指差した。
「これは『盟約の宝典』、術者と神の契約の証です。これに呪文が刻み込まれると契約は完了となります。」
ウォーリスは女神像の手から王石を取ると、ロイドの前まで歩いてきた。
「あなた方の目的はこれでしょう? 見たところ王石を探して旅をしている一行だと思えます。」
そう言って、ロイドに王石を手渡す。
「よく分かったな。さすが学者の洞察力だ、鋭い。」
ロイドは王石を受け取ると、腰の袋にしまった。
「こんなところに用があるとすれば、封印された神以外だとこれしか考えられませんからね。それを見込んでお願いがあります。」
ウォーリスはロイドの前で膝をついた。
「私もあなた方の仲間に加えて頂けませんか? やはり、私一人で世界中を巡るというのは無謀すぎる。先生の悲願達成のためにもあなた方の力が必要なのです!!もちろん、私もあなた方の目的達成に協力します。」
さっきまでの大人しい印象とはうって変わって、ウォーリスは力強い声で懇願し、頭を深く下げた。
「そういう訳か・・・・。」
ロイドはしばし考え込むと、片膝を就き、ウォーリスの肩に手を置いた。
「敵国の軍部の中枢を担う俺と行動を共にするということは、帝国を敵に回すことを意味する。お前にそれだけの覚悟はあるのか?」
そして、諭すような口調でこう言った。
「もちろんです。もはや、戦争のために国民を誘拐・監禁するような今のガストラングは独裁国家でしかないです。そんな国にもう未練などありません。どの道、先生を救い出すためには帝国と戦うことになりますし。」
ウォーリスは顔を上げ、ロイドを見つめた。その曇りの無い強い眼差しから、確固たる決意をロイドは感じ取った。
「どうやらその覚悟は本当のようだな。いいだろう、仲間として迎えよう。」
ロイドはウォーリスに手を差し伸べた。
「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします。」
ウォーリスは手を取り立ち上がると、二人は固い握手を交わした。こうして、ウォーリスが新たな仲間として加わることになった。
フォービドゥンタワー入り口
一行は再び長い道のりを進み、やっと巨大な塔を下りきった。制御装置を解除したためセキュリティ機能は完全に停止したらしく、帰り道はガーディアンは全く襲って来なかったのが幸いである。先の激戦で、疲弊しきったパーティではガーディアンを相手にするもの困難であったろう。再び入り口の門を潜ると辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「それで、これからどうされるつもりですか?こうなった以上、一刻も早く帝国を脱出しないと危ないですよ。」
ウォーリスはせかすように警告した。
「それなんだが、状況を整理するために、本国エルロードに一度帰還しようと思う。謎の組織からの追っ手、王石の真の能力、ガストラングのエルロード侵略計画、オルディア教会と禁呪の謎・・・、国王陛下に報告すべきことは山ほどある。どうやら事は俺たちが思っている以上に厄介なようだ。」
ロイドはここ数日間の出来事に対しての、自分なりの考察を示して見せた。彼にとっても事がここまで大きくなっていようとは、予想外であった。
「それならば、西の大森林を抜けるのが手っ取り早いですね。あの辺りは国境の警備も手薄ですし、簡単にエルロードに抜けられるはずです。」
ウォーリスは西の方向へ指をさした。塔のふもとの小高い丘から見下ろすと、その方向には広大な緑の景色が巨大なじゅうたんのように広がっていた。反面、赤く染まる西の空と大地に広がる緑の森林とのコントラストは神秘的な光景でもあった。一行はしばしその光景に目を奪われた。
「ベルゼルグの東から見てた森がこんなに巨大なものだったなんて・・・。こんな所を迷わずに抜けられるの?」
ユリアは不安を抱いた。今までベルゼルグから外に出たこともなかったのだ、おそらく未知の領域であろう。
「『ホルムト大森林』、ガストラングの西に広がり、国土の実に4分の1を占める巨大な熱帯雨林です。なぜ温暖気候のガストラングにこれほどの大森林が存在するのかは未だ謎だといわれています。そのためか、あまり人が踏み込むことは少ない領域です。」
ウォーリスはその森林の成り立ちを説明した。
「どちらにしろ、道はそこしか残されていいないし、行くしかないようだ。」
こうして一行は西の大森林へと進みはじめた。
一方その頃
ガストラング城 玉座の間
「申し訳ありません、またしても逃がしてしまいました。」
マークとエリックは額を地面につけて謝っっていた。
「ええい、何をやっておるのだ!!」
皇帝シュミッドは錫杖の先を床にしたたかに打ちつけて叫んだ。
「奴等は只者じゃありません。それに困ったことに『神召喚』を操る者が加わったのです。」
エリックは必死で弁明した。
「『神召喚」だと、まさかあの学者の・・・。」
「ですが、身元はつかめました。『ウォーリス・クレイン』、我々が拘束している『ジョバンナ・マクレバス』の弟子です。」
「たしかに野放しにしておくのは危険だな。直ちにその男を内乱の首謀者として仕立て上げ、指名手配せよ!! 密偵容疑の『ロイド・アルナス』とともに公開処刑にするのだ!!」
シュミッドは玉座から立ち上がり、息を荒立てて命令した。
「そして、これは私からの頼みなのですが、もう一度私にチャンスを授けて頂けませんか。今度こそ奴等の首を捕えてきます。捕まえてくるまでは帝国には帰りません。ですから、なにとぞもう一度。」
マークは断腸の思いで懇願した。
「いいだろう、その覚悟しかと受け取った。必ず奴等の首を持って来るのだ、それまでは絶対に帰ってきてはならんぞ。行け!!」
「ははあ、よき計らいに感謝いたします。」
マークは立ち上がり、意気揚々と出て行った。
「ロイドよ、首を洗って待っていろよ。今度こそ決着をつけてやる。」
マークは憎悪の炎を瞳に宿しながら、長き復讐の旅路を進み始めた。
日がすっかり西に傾きかけたころ、一行はようやく森林の入り口付近に小さな集落を見つけた。
「助かった、ここで一晩休めるぞ。」
ロイドたちは足早にその集落へ向かった。
錬金術の村 ホーレー
村の中は丸太を集めて作ったような簡素な家がいくつかと、真ん中に大きな井戸があるだけであった。本当に小さな集落である。
「それにしても本当に暑いねここ。本当にここはガストラングなのかな?」
ワトソンは緑のジャケットを脱ぎ、手で仰ぎながら言った。そう、一行は森林に近づいた途端異常な暑さを感じたのだった。全員の顔から汗がどんどんにじみ出ていた。
「ここは『錬金術の村 ホーレー』です。熱帯雨林の近くで錬金術には欠かせない水が豊富であるという利点を生かし、古くから民族で錬金術の研究が行われている村です。」
ウォーリスはこう説明したが、ロイドは村の様子に違和感を感じた。
「ちょっとまて、俺には水が豊富なようにはとても見えないのだが・・・。」
ロイドの言うとおり、見渡してみると、村の地面は乾燥してひび割れ、木々はしおれかかり、井戸の水は干上がる寸前であった。とても熱帯雨林にある村とは思えない光景である。
「いったいこれはどういうことなんでしょうか?」
ウォーリスは辺りを見回して首を傾げた。
「何らかの異変が起きているのは確かなようだ。もしかしたら王石が関係あるのかもしれん。」
ロイドが下を向いて考え事をしていると、ふと何かが胸にぶつかってきた気がした。
「きゃあっ。」
見ると、目の前で少女が尻餅をついていた。褐色の肌に、胸に布を巻きつけ、短いスカートを履いた随分と薄手の格好の美しい少女であった。
「大丈夫か?」
ロイドが手をさしのべると
「たっ・・・、助けてください!!」
少女は突然ロイドに泣きついてきた。
「落ち着いて、俺に事情を話してくれないか?」
ロイドは少女をなだめながら優しく声を掛けた。
「あ、あの・・・、私・・・。」
少女は泣きじゃくりながらこう答えた
「生贄にされてしまうんです!!」
「生贄だって!!」
ロイドたち一行は驚きのあまり一斉に声を発してしまった。
果たしてこの村ではいったい何が起こっているのだろうか。
第22章 完