クロ電話ノ鳴ル処
ワタシノセカイ
わかっているのです。本当は。
必要としない。それでいいことを。
消えるべきなのです。私は。
時折、思いだされる程度でいい。
『…………』
夜の闇の中、小さな寝息を立てている。
優しい貴方は、失う意味を知っている。
当然のように転がっている日常が、どれほど貴重か知っている。
無慈悲に失われること。それを見据えての日々。
生きる意思。限られた時間。
貴方は降り注いだ血を拭いとり、歯を食いしばって笑った。
這い寄る死の影を恐れず、日常を取り戻した。
平穏を愛しながら、私という存在も大事にしてくれた。
幸福でした。
ヒトとは異なり、忌み嫌われても当然の私を、慕ってくれました。
それに、私は甘えてしまいました。
貴方の側にいたいと思ってしまいました。
叶うのならば永遠に。一緒にいたい。
そっと、口付けた。
『―――望んではいけないよ。お前にはもう、残された時間はない』
黒電話が、言う。
① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨
『光は消えた。すべて消えた』
ただ一つ、残る一つのダイヤルの中、青白い炎が揺らめいている。
「0」
『最初から、お前の時間は決まっていた』
十年。
この炎がすべて尽きるまで、貴方の側にいるつもりなどなかった。
『お前は道具だよ。意思を持てど、ヒトのためにあるだけの道具なのだよ。分かっているだろう?』
えぇ、わかっていますとも。
黒電話の側へと歩く。
受話器を手に取り――――叩きつけた。
ダマレ。
「……私は、消えないわ。消えたくないんですもの……彼の側にいたいのだもの。必要とされずともいいのよ。さぁ、ほら、もっと時間を寄こしなさいよ。私は消えたくないの消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくないの」
ああ、壊れていく。
なんて気持ちが良いんでしょう。うふ、うふふふ。
貴方の言う事が分かりますわ。変わっていくことの心地良さ。
うふふ、ふふふふ、うふふふふふ。
壊れていくこと、変わっていくことって、こんなに気持ちが良いのね。見て、見て。私も変われるの。変わっていけるの。ほら見て。道具じゃないの。ふふ、うふふふ。ふふふふふ。
『XXX-XX-XXXX』
そんなもの、もう必要ないわ。貴方が必要としないように、私もそんなもの必要ないの。私は私なの。貴方が名前をくれたただ一つの存在であればいい。ふふ、うふふ。
私も変わります。貴方といつまでも一緒にいるために。大好きな貴方をもっと身近に感じているために。私は変わります。
素敵。とっても素敵。ずっとずっと一緒なの。二人きりでいるの。貴方には私だけがあればいいわ。貴方が好き。好き。だぁいすき。
ほら手伝って。彼のことをなんにも知らないうるさい羽虫、潰してさしあげなければいけないでしょう。
ねぇ、黒電話?