Neetel Inside ニートノベル
表紙

クロ電話ノ鳴ル処
『そして、十一年後』

見開き   最大化      


 夢を見ていた。
 
 まっくら闇で、何者にも触れることはできず、何者にも聞こえない。

 そんな世界を漂っていた。

 温かい闇の中。心地良くて、苦ではなかった。

 さすがに、いつまでも包まれていたいとは思わなかったが、

 時折ならば、こんな風に、目を閉じて、身を任せてみるのもいい。

 どうしようもなく辛くなった時、どうしようもなく悲しくなった時、

 この世界に助けを求めて、安らいだ。

『―――――』

 元の世界に戻るには、一つの記号が必要だった。

『信也』

 自分の名前を呼ばれること。自分の存在を確かめること。

 何を見て、何を聞き、何を感じ、そして、何をしたのか。

 これから為すべきことは?

 闇の中を泳ぐ。出口を掴み取る。眩しい光に目を細めた。

『朝ですよ、信也』

「おはようクロ」

 ゆっくりと、元の世界へ。新しい一歩を踏み出した。

 * 

 枕元に置かれた携帯が鳴っていた。画面表示を見れば、六時半。去年、穴吹と一緒に購入した携帯電話『Revo-Phone』が、日常の始まりを告げていた。
「……あれ?」
 フォルダアイコンが並ぶトップ画面、その中央に四角い噴き出しが浮かんでいる。

『ちょっとおでかけしてきます。クロ』

 それを見つけて、思わず苦笑が浮かぶ。こんな朝早くから、今度はどこ行ってんだ。また、穴吹のところだろうか。
 最近、クロと穴吹は仲が良い。クロは認めようとしないが、よく俺の携帯を抜け出して、彼女の携帯へ出かけることが増えた。穴吹も穴吹で、『クロは繊細な子なんだから、もっと優しくしてあげなさいよ!』と怒ってきたりする。
 欠伸を噛み殺して立ち上がった。今日は日曜だが登校日だ。正確には文化祭当日で、自分のクラスが出店するメイド喫茶『Love_kisimine(36) 絶賛恋人募集中、女なら誰でも大歓迎!』の一日お披露目会だ。
「まさか、二年続けてメイド喫茶をすることになるとはな……」
 私服に着替え、携帯を手にして階段を降りる。一階に降りると早速、腹の減りそうな朝食の匂い。
「やっと起きてきたか、遅いぞ、信也」
「じーちゃんが早過ぎんだよ」
 相変わらずのやりとり。台所に立って卵焼きを作る極道顔。ニヒルな笑みに、ひよこエプロンという、これ以上ないほどの組み合わせも、見慣れたものだ。
「ほれ、飯の支度を手伝え」
「わかってる」
 皿を受け取り、居間と台所を往復する。沸騰したばかりの薬缶から茶を淹れる。炊飯器から出来たての白飯を注ぐ。冷蔵庫から漬物を出した。一通りの準備が終わったら、居間のこたつ机に、じーちゃんと向き合って座った。
「それじゃ、食うとするかいの」
「おう」
 いただきます、と両手を合わせた時だった。
『信也っ! お爺様っ! ただいま戻りましたっ!』
 机の隅に置いた携帯がじたばた震えた。携帯の画面中央から、着物を着た、黒い長髪の女性が浮かび上がる。
「お、帰ってきた」
「なんじゃ、クロ。驚かせおってからに」
『信也っ! テレビ、テレビ点けてくださいっっ!!』
「食事中は、テレビ禁止だろ」
『お願いします! ちょっとだけっ、見てくださいっっ!!』
 画面の中から現れた、小さなクロ。懸命にテレビを指差している。どうするよ、じーちゃんの方に振り返る。
「構わん、つけてやれ」
「……じーちゃん、クロに対して甘いんじゃねーの」
「そんなことはないぞ。いただきます」
 適当に流された。ぼりぼりと、塩辛い沢庵を白飯に乗せて、さっさと食い始める。
『信也っ! はやくっ!』
「わかったよ」
 急かすように言われてリモコンを手に取る。本当に昔のクロとは別人のようだった。感情を表に出して、明るくなった。昔はいつのまにか側にいる感じだったのに。そんな風に穴吹に伝えた時、彼女はやっぱり怒った顔をして言うのだった。「猪口が悪い」と。放たれた裏拳の威力は、体感二割増しぐらい鋭かった。
 
 クロが指定したのは、至って普通のニュース番組だった。右上にはニュースの内容が記した見出しが浮かぶ。
『Revo-Phone 新技術の生お披露目会! 脅威の3Dホログラム技術がついに完成!』

       

表紙

五十五 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha