黒と白の黙示録
第三回(アグヤバニ作)
白い廊下を歩く。潔癖なまでの白に包まれるその建物は、相反する黒の来訪を歓迎する。
響く音は黒の足音、続くは白の踊る様なステップ。
そのモノトーン調の二人組みを羨む、妬む、憧れる、嫌悪する。様々な思想が渦巻き、建物中を埋め尽くす。
「相変わらず人気者ですねー」
白は楽しげに言う。自分たちを取り巻くどの思想も心地が良いと。
憧れならば純粋に喜び、妬みであればそれは自分たちが彼らより優れているという証なのだから。
「馬鹿、鬱陶しいだけだろ」
ぶっきら棒に答える黒に、白は微笑む。解っているのだ、彼もまたこの状況が満更でもないと感じているのを。
ただ不器用で素直じゃないだけ、心の中でそう呟いた。
「そういえばなんで戦場まで来たんだよ。急に転移してくるから焦っただろ」
「だってデータベースに無い悪魔だったんだもん。サンプルの採集の必要があったんですー」
白そこまで語り、でも短く前置きをして黒の前に出る。そのまま頬を膨らませ指先をビシッと黒へ向け抗議の声をあげる。
「トウヤが破片残らないくらいにバッラバラにしちゃったからデータ取れなかったんだよ!これじゃあボクが怒られるじゃない!」
「あーはいはい。大変申し訳御座いませんでしたキーリ様以後気をつけます。これでいいか?」
棒読みで謝罪を述べ、白の人キーリの額にデコピン一発。トウヤと呼ばれた黒の人はまた歩き出す。
後ろから聞こえるキーリの喚き声を無視して、トウヤ更に奥へと足を運ぶ。暫くすると見えてくるのは無駄に豪華な装飾の扉。
軽く深呼吸すると、トウヤはその扉をノックした。
「本部長、只今戻りました。実働部隊、第一階級"ファーレン"と――」
「同じく大天使"ラファエル"でーす!」
「ご苦労だった、入りたまえ」
横にスライドするドア、中で座るのはスーツの老人だ。
軽く敬礼してからトウヤは中へ足を運ぶ。続くキーリはトウヤに頭を押し付けられることで会釈した。
「すまないね、休みだというのに戦闘に駆り出した挙句呼び出しまでしてしまって」
「何時でも万全の状態で戦闘に出る準備をする。それが実働部隊の鉄則ですので」
「それだけじゃあないさ、第一階級の君たちをこんなちっぽけな本部に配属させてしまって。元々天使の身であり、大天使の称号を司るキーリ君は尚更さ」
語りながら、老人は二人を椅子を勧める。
「構いませんよ、普通なら"墓守"や特選部隊で近々開始する魔界進行の戦略会議なんでしょうけど。俺達にはこの本部で、実働部隊で働く方が向いてますから」
「そうか、我々も君たちのお陰でずいぶんと助かっているからね。君に預けた"アン・ゼリカ"はせめてもの感謝の気持ちだよ」
「封印宝具、黒翼"アン・ゼリカ"……良く封印指定の宝具を解除してまで借りて来れましたね」
「元々データの少ない宝具だからね、天界でもデータが欲しかったんだろう。何せ黒い堕天の翼だ、神聖な天界で展開する訳にもいかず、薄汚れた下界で調査しようとの事なんだと思うよ」
老人は苦笑し、言葉を漏らす。
今や人間界と天界は手を取り、共に戦う旧知の仲となった時代。しかし、未だに下界は穢れていると嘲笑する天使も居るのも事実だった。
3人の間に重い沈黙が圧し掛かる。それをキーリの声が打ち消した。
「あ、本部長。報告があるんですが、最近の悪魔について」
「ふむ、続けたまえ」
促され、キーリは頷き言葉を続ける。
「最近天界のデータベースにすら存在しない悪魔が各地で発生してます。何度かデータを取ったりしてるんですけど、次から次へ出てくるからって各地で情報錯誤が発生してるみたいですねー。ランクも結構高いのが出てきてますよ、ちっぽけな本部の第三階級くらいで苦戦するようなのもいっぱいですし、言語系統がはっきりした上級悪魔とかも確認されてます。第二階級と第一階級の出撃記録も各地で何件がありますよ」
「……魔界の連中も馬鹿ではないという事、ですね」
「そうらしい、特選部隊もそろそろ気づくころだろう」
「ほえ?」
一人話しについていけなくなったキーリに、トウヤが呆れて説明してやる。
「あのな、向こうもこっちが攻め込もうとしてんのに気が付いてるってこった。だから慌てて何か仕掛けてきてるんだろうよ」
「あ、なるほど!そうだったんですね!」
その言葉にトウヤ溜息をついて首を垂れる。何故うな垂れるのかとまたもや首を傾げるキーリ。そんな二人組みを苦笑しながら見ていた老人は思考する。
――何かが、起きると。
「さあ、今日はゆっくりと休むといい。本当にご苦労だったね二人とも」
「本部長もお疲れ様ですっ」
「じゃあ俺達はこれで、行くぞキーリ」
会釈をし、二人は部屋を後にする。残された老人は深い溜息をついた。
どうしようもない不安が襲い掛かる。それは年の所為か、はたまた本部長としての勘か。
深く考えてはならぬとそこで思考を打ち切ることにした。そう、考えていても答えは出ないのだから。