《チョコ……この一周は捨てでいく》
自己への忿懣から顔色なからしめると、ナイトウは自分という存在ごと消え入りそうなほどの儚い声で囁いた。三回戦開始間際の様相が再びナイトウに舞い戻る。
チョコは、悄然とするナイトウを横目で見やるだけで何も口から発しようとしなかった。恐らく、チョコもナイトウと同様に背後から激しく飛沫をあげる水音が聞こえているのだろう。だからナイトウもそれ以上の事は言葉にしなかった。
神である二人が無言のまま推し進められた面接ゲームは、五人目となるピザタの番まで回っていたが依然として神達は劣勢を強いられている。当然の如く、皆は一人目であるミートの番を模範にして同じ内容を繰り返した。それは、精神に傷を負った人間をモチーフにした狂気劇にも似ており、性質の悪い夢幻なる回廊を彷徨するようで気持ちの悪い光景だった。
俯くナイトウ。
それに従って黙り込むチョコ。
一方的に浴びせられる背徳的な賛美歌を前に二人は何もする事ができなかった。
そんな時、最後となる六人目が卑俗的な笑顔を向けて長所と短所を語りだしたと同時にナイトウはチョコに声をかけた。
《何か、いい案はあるか……?》
それは、打開策が浮かんだなどという吉報ではなくて、ただの懇願。
その問いかけにチョコは顔を顰めて首を振った。
《そうか、そう、だよな……》
そんなチョコを見て、心の中には雨雲が再び垂れ込める。
やはり、一縷の望みも叶わないらしい。
それでもナイトウは暗澹とする気持ちを、首を横に振って払拭し、妥協案を提案する。
《……一応考えたんだがな、神が褒められる事によって点数が下がるって事は、民の優位性についてもこちらに働くと考えられる。つまり、怠惰アピールは神も使えるんだと思うんだ。相手は多人数……だから今は亀の子になって攻撃を我慢するしか、ない》
そう告げると、ナイトウは悔しげに口を結ぶ。
こんな策しか思いつかない自分に、苛立ちながら。
程なくして六人目の悪夢は過ぎ去りようとしていた。辛い一周目だったが、二週目も似た展開が予想できると、気が滅入る。
《いいか、適当な質問して、自堕落な態度を見せ続けるんだぞ。いいな?》
けれども今は耐える時。怠惰アピールで急場をしのぎ、少なくてもいいから得点に繋がるようにとナイトウは試験官であるラルロの表情を見つめた。
ナイトウが心の中で手を合わせて祈りを捧げる中、チョコはゆっくりと立ち上がる。
(……何か、何かいい案はないのか……ッ)
神であるナイトウが神に縋る。
それは、自らが力不足である証明。だからナイトウは天命を待つ事しかできなかった。積み上げた過去を糧に、これから進む道が未来へと繋がってある事を願う事でしか、この胸の中を巣くう濛々としたモノを取り除く事ができなかった。それしか選択できない自分に、腹が立った。
だからナイトウは頑張ってくれと、願った。
唯一の相棒であるチョコに、ナイトウはそう祈った。
何もできない自分を恥じながら。なのに、それなのに……
「いやーいっぱい褒めていただいて本当にありがとうございます! やっぱり皆さんは良い方々なんですね!」
「な……ッ!」
ナイトウはその意外な言葉に血色を再び青白くした。
(どういう……こと、だよ)
目を剥いてナイトウは唖然とする。
味方であるはずのチョコが、なんて言ったのか。その言葉は何を思っての発言なのか。
どう考えてもそれは、一つの事実にしかぶち当たらなかった。
「それじゃ二つ目の質問は――」
「テメェ!」
狼狽するナイトウなど眼中に入れず、そ知らぬ顔のまま話を進めようとするチョコにナイトウの堪忍袋はブチリと不快な音を立てて切れた。
気が付くと、チョコの襟元を掴み上げている。
「ナイトウ・ホウリツ!」
しかし、ラルロが素早く駆け寄って中に割って入ると、チョコの首を絞めるナイトウの右手を掴み、引き離そうとする。
「離せよ! 何しやがんだ、お前もマジでぶっ飛ばすぞ!」
ナイトウは相手が以暴易暴の上に君臨する破壊女王なるラルロと知っていて尚、抗った。三回戦目で溜まりに溜まっていたストレスが、ニトログリセリンに金槌を振り下ろしたかの如く火を上げて爆発を招いた。
「はぁ……はぁ……クソッ!」
ラルロによって引き剥がされたにも関わらず、ナイトウは息を荒げてチョコを睨んだ。
(裏切りやがった……裏切りやがった……ッ!)
たった一人の味方だと、本当に心の底から思っていたのに、裏切られた。それは、ナイトウの心を大きく穿った。
もう試合なんてどうでも良かった。
ただ、偽善者面を引っさげた奴が最後まで責任を持たず、立場が悪くなると約束を反故にするその態度が癪に障った。だからナイトウはチョコを睥睨しながら、悪罵を投げつけた。
「まじでよ……いい子演じるならその意思を貫徹させろよ……クソ野郎ッ」
「止めなさいっ!!」
とラルロはナイトウの頬を平手で叩きつけた。
一瞬、首から上が吹き飛んだかと思うほどの衝撃が響く。
しかし、それはあくまで物理的な範疇での事。
ナイトウの空虚な心には、一つの波紋すらも立つことは無かった。
「いい!? 今度こんな事起こしたら間違いなく減点しますよ!?」
「……チッ」
ナイトウは口腔から滲む血を真白なリノリウムへと吐き出し、口許を拭った。
(いいよ、もう……どうでも)
心の底から、そう思った。