Neetel Inside ニートノベル
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普通の日常は誰かの特別な日常

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 屋上に人気は無かった。扉を開くと強く吹く風が僕らを打つ。千堂の長い髪が風下の方へ流れ揺れた。その後ろ姿はか弱く、切なげだ。
 ここからは校庭を含めその周囲が一望できる。校庭ではまだ元気にサッカーやらバスケやらをしている。わいわいと、ここまで声が強く聞こえてくる。元気なものだ。と、静観している僕も同年齢のはずなのだけれど。しかし、この雰囲気で盛り上がれるはずもないだろう。
 目の前には校庭を見ている間に振り向いた千堂の目が突き刺さるほどに強く真っ直ぐに向いている。ただこれは僕を責めているわけではなく、彼女が自身を逃げ出さないように縛るためなのだろう。時折外そうとしてはまた向きなおしてくる。その葛藤に忙しいらしく、一向に話の続きを始められそうになかった。
「なぁ、おい。もしアレなら……今度でもいいんだぞ? いや、別に言わなくたって」
 僕のセリフで本来の目的を思い出したらしい。ぐっと覚悟を決めたようにこぶしを握って、今度は憂うような表情を見せた。好きぬける風が髪を流してそれを隠していく。
「私の家族は全員死んでいる。殺されたのだ。唯一無二の友も、そして先輩も」
 強い風で聞くのがやっとだった。もともと強く発せられた声ではない。千堂としては風に流されていてほしかったのではなかろうか。この状況も、過去の事実も。
「そうか」
 僕と言えば色々考えていたのだけれど、口に出たのは大した言葉ではなく慰められそうにもなかった。
「殺された。私と縁を持つものは全て。全てと言っても知る所でない者、例えば祖父母なんかは無事だった。とにかく私は中学の時に事件に巻き込まれ、つながりと呼べるものをすべて失ってしまった」
 つまり、綿貫達の言っていたことは本当だったわけだ。千堂はどうやら過去に事件に巻き込まれていたらしい。それも縁をバッサリと失って急に一人になったようだ。もしかしたら、彼女の白い髪はその時に。
 いや、だが僕本人としてはさして問題じゃなかった。そこは。だから全くその説明では解答になっていない。聞きたいことは別にあるのだ。
 確かにこれは綿貫たちの言っていたことが正しいからこそ、つまり千堂が今認めたからこそ現実味のある疑問なわけで、そうでなければ空論を想定した状況下で考えた無意味な思考だ。しかし今となっては、これを解決しなければ到底おさまらない。
「そうじゃない」
「ん?」
「僕が気になっているのはそこじゃないんだ。そのことを千堂から教えてくれたのは嬉しいんだけどさ」
「じゃあなんなんだ?」
 僕の問いかけに、明晰な頭脳は本当に解らないようで首を傾ける。表情から読み取ればいいものを、その技術を使ってないのか余裕がないのか。
 先程の千堂とは対照的に、きちんと届くよう風を押しのけるようにはっきりと僕は言う。聞かれたくないことかもしれない。ただでさえ身内が殺されたなんてことを話したんだ。これ以上辛い思いをさせたって仕方無いはずなのに。
「なんで、そうだとしたら、お前は人の死が初めてみたいなことを言ったんだ?」
 知りたかった。単なる知識欲か千堂だからこその知識欲か。分からないが、ただ僕は彼女を受け止めようと決めていたのだ。
 昼休みまで、こんがらがる頭でそれだけは決定させていたのだ。
「……! それは……」
 千堂は余裕云々は置いておいて頭の回転はまだ十全らしい。少し話しただけで何について言っているのか解ったようだ。意図的に言った言葉は覚えているもので、だから少し言えば分かると思っていたけれど。
 ただ、理解してからの返答はすぐではなかった。言い訳か説明か。どっちでもいい。彼女が真実を誤魔化さなければ。でもそんなこと、しないだろう。
「ああ、いや、その。……すまない。せめて弁解の余地をもらえると嬉しい」
 あからさまにうなだれた。いつもの強気なんてものはもう微塵も無い。国原の死体を見たときのようにか弱かった。
「別にいいけど」
「ありがとう。どうにも言い訳になってしまうかもしれないが。私はそう、ただ……もう失うのが怖いんだ」
 独り言のように続く。
「さっきも言ったが、私は中学の時何もかも失った。それは私が事件の渦中に居たからだ。いや、中心だな。犯人は私を苦しめるために私以外を壊したのだ。だが、それはもう解決しているんだ。中学の内に。だから、高校からは何も起きないと思っていたのだ、けれど――」
「国原が死んだ、か」
「そう。どうして私はこうにも死に愛されてしまっているのか解らない。だからどうにもできない。だから怖い。もしも本当に私に関係するものが全て命を落とす運命にあるのだとしたら、私は。私はまた失うことになってしまう。私は、お前たちを失ってしまうことがとても、怖い」
 表情は、長い髪が邪魔をして上手く見ることができない。ただ、強く握っている両拳は決して嘘は付いてないだろう。それが演技だった所でもう疑えない程には僕は千堂を信じている。
「ならばいっそ拒絶すればいい。けれど、駄目なんだ。今度はどうしようもなく寂しくなってしまうんだ。私はウサギではないから一人になったところで死なないだろう。だがそれは死なないだけできっと生きることはもうできない。だから、お前たちを手放すことはできなかった」
 孤独が怖い。当たり前で、当たり前で、当然の感情はこれほどまでに人を苦しめるものかのかと僕はこの時思った。一度、求めるものが探すまでもなく目の前で壊れてしまっているだけに心は一層締め付けられていただろう。
「だからだ。もしも私に関係した者すべてが死ぬ、なんてことを聞いてしまったら私が離すまでもなくお前たちが離れて行ってしまうかもしれない。それが嫌だったんだ。ただでさえ国原が消えてしまったのだ。そのために、以前は私が全く殺人とは無関係であったと思って欲しかった」
 僕がのうのうと日常を過ごす間に、千堂はそんなことを考えていたのか。普通で普通な毎日が誰かにとって特別な日々だった。適当に過ごしていた月日はきっと永遠に続けたかったであろう月日だったのだ。僕はそんなことも知らないでつながっているだけで安心し切れる心配などしないで。
「けれど、もう知ってしまったのだ。離れて言っても文句は言えない。誰だって死にたくは無い。そう言う意味ではクラスの連中の選択は非情に正しいよ。私のような死に溺愛されているらしい異常なんて付き合う利益なんてないのだからな」
 ――こんなにも友達を不安にさせたままだった。
 平穏を望む彼女にとって、何も知らない素のままが良かったのかもしれない。正解だったのだろう。けれど、どうしたって後悔はしなければならない。いくら今を満足な日常を手に入れたからと言って、過去が消えるわけじゃない。
 それの何が問題かと言えば、満足な日常の上に立つ千堂は過去を隠蔽した状態だったことだ。つまり彼女は繕うことで日常を得たのであって、でもそんなもの、時間がたつにつれてだんだんと綻びができて挙句崩れるに決まっている。
 現に綻びを溜めこんできた彼女の心はぐしゃぐしゃだ。だからこそ僕は今その綻びを受け入れて、これまでの分もちゃんとつないでおくのだ。
「……ウサギってさ、実は一人で行動する生き物らしいんだよ。だからあれは嘘なんだと」
「そう、なのか?」
 思いがけない返答だっただろう。きっとさよならを覚悟していたに違いない。
「で、お前はウサギじゃない。だからきっと一人になると死んじまうんだろうな。僕は残念ながら解ってて見殺しにするなんて真似はできない。ほら、僕って半分がやさしさでできてるじゃない?」
 きっと、ウサギより弱いだろう。人間なんてものは。関係を持つことで保っていられる。知能という武器を得る代わりに感情と言う弱点を残した。なるほど、人への進化とはアドバンテージだけではない。
「バファリンか、お前は」
「お値段以上だぞ、僕は」
「そもそも値段なんてないだろうが。というか友達をお金で買っているようで嫌な表現だな。しかし成分の半分がやさしさなど馬鹿馬鹿しいと思っていたが」
 弱々しさは変わらない。けれどなにかが吹っ切れたかのように、彼女の憂いは消えていたように感じた。今までのどこかつっぱねたような雰囲気もなく、きっとこれが素なのだろうと思う。
「なるほど――やさしさとは、なかなかの特効薬なのだな」
 そう言って、微笑んだ。
 千堂の女の子らしい可愛らしい一面を見たのは僕にとって初めてのこと。それは、引き込まれてしまいそうに魅力的だった。
 予鈴が鳴る。時間ももうそろそろいいところらしい。サッカーやバスケをしていた奴らが引き揚げていく。
 僕らを撫でる風が、いつの間にか優しくなっていた。

     

「さて、話も終わったことだし教室に戻ろう」
「そうだな」
 屋上の扉を開いて千堂を先に通す。ありがとう、といって彼女は階段を降りていく。僕は扉を閉じ、その後を歩いていく。
 そろそろ授業が始まるので、廊下は自分の教室に戻ろうとする生徒でごったがえしていた。それでも、千堂が視線に入れば僕らが通るのに十分な道が空く。
 悠々と歩いていく白髪の少女は、先程の話を聞く限り決してこの状態を嬉しいとは思っていないだろう。かといって何も感じていないわけではない。でも、解っていても僕にできることは何もない。 
 何もできないのならば他人の事情に踏み入るべきではない。と言っても今回は踏み入らざるを得なかったのだけれど。だが、そうだとしても痛感せざるを得なかった。ならばどうするべきか。
 “それは、自分で考えるべきことだろう”
 千堂との会話が思い出される。あれは逆に言えば、考えられないなら踏み入るべきではないとも言えるのではないだろうか。
 今更の話だ、今はもう知ってしまっている。ならば考えなければならない。
 前を歩く彼女は、今の僕の心をよんではいまい。そのためにわざわざ後ろを歩いているのだから。恰好つけてああいったものの、僕だってまだ整理しきれているわけじゃない。
 教室に戻ると丁度予鈴が鳴り、僕は鞄から教科書とノートを取り出す。
 午後の授業が始まった。なんだか落ちついたので、たまには久々に僕は授業を真面目に聞くことにする。
 数日ぶりの授業だが、とても懐かしい気分になった。
 
 次の日。
 世間はすっかり平生を取り戻したよう。まるでそんなおぞましい事件なんてなかったかみたいだ。
 思い出しうる事柄と言えば学校に数人の警官が立っていると言うことくらいだが、まさか校舎内にもぞろぞろいるわけもなく、教室に入ってしまえば一席の机を除いてはあの日以前の風景だった。 
 僕はまだ十分に整理しきれてはいないものの、昨日の午前のようなやきもきする気持ちもなく、昼も色々あったがそれなりに時間がたって日も変わり、幾分か落ちついていた。
 とはいえ、何かが解決したわけでもない。当然クラスメイトはよそよそしいままだけれど、いつになく彼女は上機嫌。
 朝のホームルームを終えて、1時間目が始まる。
 眺めると、数学の先生が何やら小難しい式を黒板に羅列していてみんながそれを書き写していた。僕もノートを開いて写しつつこの何事も無さを実感する。
 ああ、これがいつも通りというやつか。
 綿貫が座っている後ろの席からはシャープペンシルの華麗に踊る音が聞こえる。生徒会長というのは大概が成績優秀だが、彼女もその例に漏れない。背後のせわしなさはそのまま優秀さを伝えていると言えるだろう。
 窓際の方に目をやると、千堂はなにやらぼんやりと教科書をぺらぺらとめくり、ノートを広げていた。黒板を見ることなくさらさらと何かを書いている。きっと練習問題を解いているのだろう。しかし、まるで答えを写しているように淀みなく手が動いている。
 そう言えば、こいつもこいつで頭がいいんだ。
 といっても勉強の姿勢からして、綿貫は秀才型千堂は天才型のようだ。僕と言えば凡人型なので特筆するべきではない。
 ふと黒板を見ると、さっき写した所から大分板書が進んでいたので再びノートを取る作業に従事することにした。
 先生が生徒に問題を出す度、当てられるんじゃないかとびくびくしながら結局は何事もなく授業は終わった。
 けれど、もういつもの毎日はもう普通だとは思わない。ここ数日でとても価値があるものだと分かった。
 そんな贅沢を無意識に過ごして「普通だ」とかのたまわっていたかつての僕は、何も知らないおぼっちゃまのようだったと今にして気付いたのだ。
 そしてその代償について考えてしまうと、どうしてもあの主を無くした空席を見ることはできず、僕はただ前を向いて先生の言うことに耳を傾けるしかなかった。

     

「全く、忠告したでしょう」
 午前が終わり、昼休み。昼飯に誘うために僕が千堂の方へ向かおうとすると綿貫がそう言って溜息をついた。
「やさしーのがいい所なんだよー。そうめくじらたててもかわいそうだよ」
 夕凪もセットだ。綿貫の肩に肩車のようにつかまっている。
「だとしてもね。全く。君は死ぬのが怖くないの?」
「俺は死もおそれぬー! みたいな? いいじゃん。かっこいー! ヒーローだ!」
「そう言うことじゃないわ。大体、死も恐れないなんて特攻するのは馬鹿もののすることよ。まぁ、皮肉としては上出来なセリフ?」
「ひにく? よくわかんないけどー、私はばかじゃないよー!」
 夕凪が飛び跳ねて抗議する。彼女のいる場所は現在綿貫の肩の上である。そこで暴れられては綿貫も体勢を崩してしまう。
 まるでペットを扱うかのように頭を撫でて落ちつかせる。喉を撫でられるとゴロゴロと鳴いていた。お前は猫か。
 合法ロリ女子高生ペットというと、どうにもいかがわしい感じがするが、しかし見るとその言葉はしっかり当てはまってしまう。
 ……しかし、夕凪ってなんでこんなんで高校生やってられるんだろう。
「ま、そうね。夕凪がそんなことするわけないし。出来るかも疑問だけど。にしても、貴方」
 と、話の矛先が僕に戻る。
「昨日もしかして千堂さんと何かあったの? 午前中はあんなに考え込んでいたのに、午後になったら何事もなくノートとって真面目に授業受けてたじゃない。」
「あ、ああまぁな」
 それが無かったら今頃まだ考え込んでいただろう。今朝千堂と一緒に来ることもなかったかもしれない。
 それを聞くと、綿貫はまた悩ましい顔をして右手を額に付ける。あからさまに「やれやれ」と思っているようだ。これくらいは千堂でなくても解る。
「それで、何かあった結果、受け入れることにしたと?」
「そうなるな」
「はぁ。お人よしというか。ま、夕凪の言う通りそれが貴女のいいところなんでしょうけど……。何事もないようにと祈っておくぐらいはしてあげるわ」
 どうやら僕は呆れられているらしい。当然と言えば当然か。
「ありがと。それだけで十分すぎるくらいだ」
「ええ、では」
 話を終えて、僕は当初の予定どおり昼飯の誘いに戻る。
 綿貫と夕凪は学食なのだろう、「なんにしよー?」「そうね……」と話しつつ教室を出ていく。
 祈るだけと言っても、それ以前にこうして僕に忠告している。どうやら僕の良い所は優しい所らしいが、それは綿貫だって同じだ。
 窓側の席へ向かうと、千堂が一人こちらを向いていた。多分僕らが話しているのをみていたのだろう。
「それでいいんだな」
「ああ。昨日、そう言ったはずだけど?」
 もうこれ以上言葉に表さなくたってわかっているだろうに。
 千堂はくすりと笑う。
「ありがとう」
「ああ」
 ありがとうという言葉は、言われた方がまたありがとうと言ってしまいたくなるほど良い言葉だ。それは、自分がしてきたことが正しかったことを確かめることができるからだろう。
 今僕はそう感じている。
 “僕に何ができるのか”という答えはまだ見つかっていないけれど、どうやら既にそれが出来ていたみたいだ。
 知らぬ間にみんながしていること。案外それが答えなのかもしれない。

     

 今日はいつものように屋上に行くことはせず、自分の椅子を千堂の席へと持ってきてそこで弁当を食べた。
 いつもならもう一人声をかけるはずの席を見る。
「今日は榊田休みなんだな」
「朝方担任が風邪とか言っていたぞ」
「そうか……」
 流石に3人となると一つの机に全員分の弁当を載せることは難しい。教室で食べるなんてことは2人からこそ出来ることだ。
 隣の机も使えばいいと思うかもしれないが、僕だって榊田だってクラスからはいいように思われていない。千堂と終始行動を共にしているのだから自然ではある。だから、綿貫や夕凪は奇特な人間。彼女たちでさえ千堂に話しかけることはしないけれど。
 だが、1回事件に巻き込まれただけでここまで嫌われるものなのか? ともすれば同情を集めて優しくされてもおかしくない。なのに、僕がこの学校に入った時からそういう扱いだった。
 その頃はまだ榊田も千堂も一人ぼっちだった。国原は綿貫、夕凪と少し話していたので一人ぼっち、というほどではなかったが親しい人はいないように見えた。だから別段長い付き合いはないけれど、僕らはなるべくしてなった友達だったのだろう。
 そんな数少ない友人の欠席。連日休んでいるわけでもないのに、いささか心配してしまうのはどうしようもない。
「ん、なぜだろうな。あれだけしっかりした身体なら風邪すら引きそうにないと思っていたが。粗方疲れがたまっていたのだろう。学業に加えてバイト詰めだ。気力で誤魔化していたのかもしれないが、加えて事件が起きてしまったら精神的にも限界を迎えてもおかしくはない」
 ご飯を食べていた千堂が、まだ食べ終わっていないのに箸を置いてそう言った。はぁ、筒抜けと言うのもやりにくいな。
「だな。ゆっくり休むことも必要だ。数日休むようならお見舞いでも行ってやろう」
 僕の言葉に、彼女も頷いた。あれ、そういえばあいつの家ってどこなんだろう? 行ったことないや。
 高校生にもなって、そうそう誰かの家で遊ぶなんてことはしないだろう。大体はカラオケとかゲームセンターとか外の娯楽施設に足を運ぶものだ。
 と言うものの、榊田はバイト詰めだったので遊べる時間帯には基本居なかった。国原はカラオケに行こうものなら、おろおろしているだけで曲が終わりそうだったし。ただ千堂は何でもできたな。歌も採点で90点以下にならない程上手ければ、ゲームセンターも格闘ゲームで何人抜きしたか。でも本人はやりこんで上手くなったわけでもなく、特にやりたいと言い出すこともなかった。だから実際は大して一緒に遊んではいない。
 今思えばもっと遊んでもよかったな。後の祭りだけど。
「それなら遊びに行くか?」
 赤いタコさんウインナーを口へ運びながら、こちらを向いて何気なく言う。
「今日は榊田が居ないからな。また後日の話になるだろうが」
「ああ。どこか行きたい所があれば言ってくれ」
 渡りに船の話だが残念ながら思いつく所が無い。無難にカラオケ・ゲームセンターでもいいけど、別段僕は行きたいわけではない。
「……私もそう言おうと思っていた所だ」
「そうか。じゃあ榊田に決めてもらうか」
「どこでもいいと言うと思うぞ」
「だよな……」
 考えてみれば僕たちってキャラは濃いけど、ワガママというのか自己主張みたいなことを実はあまりしないんだよな。千堂の探偵ごっこだって僕についてこいという命令をしたわけではなく、あくまで宣言に過ぎない。僕が自分も付いていくと、話の流れをもっていっただけだ。
 とすると誰が決めるかを決めない限り、まず何して遊ぶかなんて決まるはずもない。
「なぁ」
 千堂も同じことを思ったようで。
「ん?」
 僕が反応すると、少し情けない顔をしながら言った。
「……こんなだから大して遊べなかったのではないか?」
「だよなー」
 遊びたくて遊べなかったわけではないから今更大した後悔もないが、なんだか少し自分たちが情けなくなった。
 けれど。
「くっ……ふふふ」
 彼女はどこか可笑しそうだった。耐えるように顔をふせて肩を揺らしている。
「……っはは!」
 つられて笑ってしまう。
 僕は彼女のように心を読めるわけではないからこれは僕の意見だけれど、きっと彼女は嬉しかったのだと思う。あんな事件があってからもこうしてくだらないことを話せていることが。考えてみれば学校以外では殆ど付き合いのない僕たちだったが、稀有な存在ではあるのだ。
「ははっ、はは……」
「……」
 だが笑いも次第に消えていく。そのまま押し黙って、逆に沈黙が続く。
 本来、笑っていられる状況ではないのだから。その友達のうち一人は死んでしまっているのだ。榊田とは違う。たまたま風邪になっただけ、もしかしたらそれは仮病で本当は用事かもしれないけれど、そんな奴とは話が違う。
 もう二度と、話すことはできない。居ることもできない。
 僕はあんな死体になりさがった国原などもう友達ではない、そう思っていた。思わなければならなかった。一方で生活の一部から抜け落ちた喪失感はどうしてもぬぐえないものだ。例え今は友達でないと思いこんでも、過去には友達だった。事実は変わらない。事実を捻じ曲げられるほど器用ではない。抜け落ちて消えてしまったピースをどこまでも追いかけてしまう。代替品に手を伸ばすなんてそうそうできない。大体、代替品なんてものはない。はまったとしてもどこか窮屈で、あるいは少し物足りない。同じ4人だったとしても違う4人だ。客観的には代替しえても、主観的には不可能だ。
 だからこそ、僕たちは犯人を探している。
 あの時の千堂の気持ちが今はとてもよく分かる。一度失った経験のある彼女にはるかに遅れをとってしまったけれど。適当だった気持ちをしっかりと固め、言葉にする。
「頑張ろうな、犯人探し」
 脈絡もなにもない。だが彼女はあっけにとられるようなことはなく、ただ僕の眼を見据えていた。
 返事など、とうに決まっているだろう。
「もちろんだ」

       

表紙

近所の山田君 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha