Neetel Inside ニートノベル
表紙

ひつまぶし短編集
「勇者だって頑張ってる」

見開き   最大化      

「クッソ、何だこのゲーム!」
 イライラに任せてコントローラーを床に叩きつける。
 コントローラーは投げた勢いと重力に従い、右足、しかも小指に直撃した。
「……っ!」
 人というのは本当に痛い時は言葉が出ない。俺はその痛さに絶句し床に倒れ込んだ。
 両手で右小指を覆って歯を食いしばる。血、出てねぇだろうなこれ。
 しばらく転げ回って、痛みがある程度治まったところで確認。ちょっと爪が割れていた。三分の一くらいまで亀裂が入っている。思わず目を逸らした。同時に自分で勝手にやったことながら、ますますこのゲームに対して怒りが増す。
 おそらく他の人がやってもこうなるだろう。爪は割れないだろうけど。
 このクソゲー、買って一日目だというのにもう詰んだ。進めない。技術がないと無理というわけじゃない。そもそもRPGだから技術っていっても戦略ぐらいしかないし。
 じゃあ何がダメなのか? 簡単だ。勇者が弱すぎる。いや、弱いってレベルじゃない。使えない。どれくらいかと言えば攻撃力、守備力、素早さ、かしこさ、ヒットポイント、マジックポイント、その他諸々のパラメータが1。石に躓いただけで死にそうに弱い。いや、多分死ぬ。
 もちろんフィールドに出てモンスターと戦えば瞬殺だ。画面が数秒真っ暗になりGAMEOVERの文字が表示される、そしてその後、セーブポイントである王様の所にて勇者は復活。王様の一言が台詞枠に表示される。おお勇者よ、死んでしまうとは情けない。うるせぇ、ほっとけ。
「っていうか、なんでこいつが勇者なんだよ! 宿屋のおっさんの方が幾分か強いだろ!」
 こんな軟弱な奴に勇者任命って、どんだけ世界終わって欲しいんだよ。
 なんてツッコんだ所で意味もなく、未だに魔王を倒しに行くどころか町から一歩も出れない。なんという箱入り勇者。ちなみに所持金は1ゴールドもないから装備も整えられない。もしかしたら初めは町で仕事してお金をためてから出発すんのかと思ったけど仕事も何もない。どうすりゃいいんだこんなの。
「でも、折角買ったんだし……。これで最後だ」
 正直やる気は0に限りなく近かった。ただお金がもったいないという気持ちで再開する。
 王様の所を出発し、もう町は探索しきっているので外に出た。町を出てフィールド画面へ移行する。三歩ほど歩いたところで敵とエンカウント。盛り上がる戦闘音が鳴るが、俺にはもう嫌な音楽でしかなかった。
 で、やっぱり瞬殺。一度も行動させてもらえなかった。
 もう駄目だ、どうしようもない。いっそ返品してやろうか。再び怒りが湧き出す。コントローラーはさっき痛い目を見たから、今度はそれを口から吐き出すことにする。
「このヘタレ勇者! 俺がやった方が強いっつーの!」
 画面に向かって大声をだした。少し唾が飛んだかもしれない。
 もちろん返答はない。……と、思っていた。
 実際には、画面上の勇者がこちらを向いていた。
 今度は台詞枠に文字が。

 勇者「じゃあ代われ」

 え。


 暗転。


 目を覚ますと見知らぬところに出た。下は赤いカーペット。ここどこよ?
「おい、王様の御前だぞ」
 声のする方を見ると、いかにも大臣といった格好をしている男は立っていた。政治家の方じゃなく、昔の西洋にあったような貴族って感じ。
 大臣の言う通りなんか俺は王様の前にいた。王冠をかぶっており、白い髭も生えている。服もそれらしい。百人が百人、王様だと答えられるような格好だった。ここまで忠実だとなんか拍子抜けだな。
 再び大臣のきつい視線を感じたので、とりあえず気をつけをする。王さまが重そうな口を開いた。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
 どこかで聞いたことのあるようなセリフだけど気のせいだろ。それはともかく。はて、と俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。何の話ですか? 死んでませんよ俺?
 構わず王様は続ける。
「一刻も早く大魔王ゴーマを倒してくるのじゃ」
 いや、だから。つうかゴーマって誰よ。
 ……ん、アレ? そういえばあのクソゲーのラスボスもゴーマだったような。
 そこで勇者の言葉が回想される。じゃあ代われ。
 いや、そんなわけないって。まさかのまさかだろ。世の中には自分の好きな女の子が画面から出てこないとか苦しんでる人だっているんだぜ? そんな簡単にゲームの世界になんて入れませんて。
「あの、なんの冗談ですかね? ていうかここはどこですか?」
 王様と大臣は不審そうに見てきた。まぁそうだろう。答えてくれたのは王様だった。大臣は俺を睨んでいる。
「ここはアリア城。そなたに言ったことは冗談ではない。大魔王が表れてからというものの、魔物が急増。もはやこの国のみならず世界全体が危機に瀕しておる。さぁ、どうかこの世界を救ってくれ、勇者よ」
 アリア城。最初の街の名前だ。現実か夢かは置いといて、いや多分夢だけど、少なくともゲームの世界に迷い込んだのは事実らしい。疲れてんのかなぁ、俺。
「はぁ、でもなんで俺が勇者なんですか?」
「占い師がそなたこそ世界を救いうる勇者だと言ったのだ」
「そんなこと言われたって、知りませんよ」
「無理を言っているのは分かっておる。しかし、救えるのはそなただけなのじゃ。そなたの肩にはこの世界のすべての命がかかっておるのだぞ」
「えーでもぉ」
 ドンッ。大臣が地面を鳴らした。
 俺の態度についに堪忍袋の緒が切れたのだろう。顔は湯だったタコのように真っ赤で目は吊り上っており、手は怒りで震えてだしていた。
 そしてかっと血走った目を開いて、
「いいからさっさと行ってこい!」

 と言うわけで追い出された。謁見の間で控えていた兵に襟の後ろを掴まれて外にポイ。ゴミか俺は。
 城には門番がおり、中には戻れそうにもないので町の方に向かう。
 町を一周してみたが、思った通りゲームのままだった。なんら面白みもない。新しく発見したことと言えば酒屋の女の子が可愛くて武器屋のおっさんが超マッチョだったぐらい。ドットじゃ分からないものだ。
「折角なんだし、外出てみるか。あのクソ勇者よりはマシだろう」
 観光気分で外に出てみることにする。幸い、装備も最低限揃っていたので何とかなりそうだ。まぁ、それでもあの勇者はコテンパンにされてたんだけどね。あいつほど弱くはないだろ。
 町を出るとひたすら草原。他の町や城は見えない。俺の記憶が正しければ、町の人がここから北西に町があるとか言ってた気がする。
 装備として支給されていたのだろうか、ポケットにコンパスがあったので北がどちらかを調べる。そして北西の方向に足を向け、町を発ったのだった。
 三十分ほど歩いたところで、ついにモンスターとの遭遇。サイズとしてはカラスくらいの鳥だった。しかし、目つきは鋭くないし、くちばしも丸い。色はふわふわ感あふれる白だ。モンスターというよりはマスコットに分類されそうだった。しかし、画面上でさんざんやられた憎き敵だ。多少は警戒するが、この弱そうな見た目。いけそうだ。

 結果は、圧勝だった。モンスターの。
 みなさん、人は見かけで判断してはいけません。人じゃないけど。
 先行は俺が取った。方向と共に剣を振り下ろすと、同時にモンスターがこっちに突進してきた。しめた! これで敵は真っ二つだ! そのまま剣を振り下ろした。
 ぱきん。
 当たった瞬間、負けたのは剣の方。楯を構える隙もなく、俺とモンスターは正面衝突して相討ち。……だったらまだ良かったが、モンスターが俺の胸に当たり肋骨を一方的に砕いた。まるで鉄球に当たったかのよう。そのまま後ろにふっとび、3回跳ねる。
 滅茶苦茶痛い。声どころか息さえ出ない。地面を駆けずり回る俺に、奴は更に追撃をかける。げしげし。効果音だけならかわいいけれど、その音と同時に骨の砕ける音がするのを忘れてはならない。合計5回ほど攻撃を受けたところで、俺の意識は途絶えた。

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
 そこは城の中。非情にも夢は覚めてはくれなかった。
 身体は元に戻っている。しかし、痛みはなんとなしに覚えている気がする。
「一刻も早く大魔王ゴーマを倒してくるのじゃ」
 もう一度町を出たら、またあんな目に合うのか。嫌だ嫌だと心の中で誰かが叫ぶ。それでもウジウジた俺を大臣が一喝し、追い出すのだ。
 外に出されたところで、一人の男が声をかけてきた。見たところ、ここの兵士ではなさそうだ。俺と似た部類だろう。しかし冒険者としての風格は男の方が圧倒的に出ている。身体もしっかりしており、服や武器も歴戦の痕を物語る。
 しかし、こんなキャラクターいたかな?
 男はニヤリと笑った。
「よう。ヘタレで悪かったな」
「あ。ああああああああ!」
 ようやく気付いた。こいつはあの全ての数値が1の勇者だ! しかし、こんなに強そうなのになんであんなに弱かったのだろう。俺はない頭を回転させる。2,3回ほど回したところで理解する。
 そうか、勇者が弱いのではなく、敵が強かったのだ。おそらく、今まで俺がやってきたどのRPGよりもはるかに強い敵と彼は戦っているのだろう。だからパラメータは相対的に1になってしまったのだ。宿屋のおっさんなんてきっとステータスで言えば1にもならない。すなわち俺の言葉は問題外だったのだ。
 ずんずんとこっちに向かってくる勇者。
「おい、お前。散々なことを言ってくれていたようだけど、これで懲りたか?」
「はい」
「お前の方が強いのか?」
「いや、多分俺の方が弱いッス」
「分かったらもう悪口を言わないことだな」
「すいませんでした」
 そう言って頭を下げた。平謝りする他ない。なんかもうヤクザに怯えてる一般人みたいになっていた。目線を合わすなんてとてもじゃないけどできない。ヤクザ、もとい勇者は肩に手を置いてきた。
「よろしい。まぁ今は確かにやられっぱなしだけどな。安心しろ。絶対にこの世界を救ってやるよ」
 ほっと息をつく。だが次の瞬間、勇者は俺の首の後ろにチョップをかました。その衝激に再び俺の意識は途絶えた。

 ……なんだ、夢か。俺は身体を起こした。うつぶせで寝ていたからか胸部に違和感が残る。どうやらゲームにうんざりしそのまま寝てしまったらしい。しかし夢にしてはリアルだったなぁ。何より、首の後ろが誰かにチョップされたかのように痛い。
 しばらく後の話。
 俺は未だに、あのゲームを続けている。
 あの勇者は変わらずどんなに理不尽なゲームバランスでもフィールドに立ち続け、死んでもまた舞い戻る。そして道のりは絶望的に長いが、それでも大魔王ゴーマを倒すという目標を捨てることはない。勇者だって、頑張ってる。それを使えないだの弱いだの言うのはいかがなものだろうかと、最近俺は思っちゃってるのだ。
 座布団をひいてその上にあぐらをかく。コントローラーを握り、電源ボタンを押す。
「さて、今日も大魔王を倒し行きますか」

 勇者の旅は、まだまだ続くのであった。

       

表紙

近所の山田君 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha