僕の最後
1:僕の最後と出会い
『腹減った…』
そんなことを呟きながら、築30年の一戸建ての玄関の冷たいフローリングに寝そべっていると、さらに腹が減ってきて悲しくなった。
不況のために10年間勤めた会社をクビになって早8ヶ月、友を失い、家を失い、ついには食べるものも無くなった。
ここに至るまで、別に何もしなかったわけではない。
会社をクビになったのは自分の実績不足であったので、特に文句は言えなかった。
むしろ、こんな低学歴で役に立たない男を、よく10年も雇ってくれたなと会社に感謝したいくらいだ。
そんなわけで、会社をクビになったことはしょうがないと思っていたが、問題は金だった。
家は5年前に両親が亡くなってしまい、実家に一人で住んでいるので問題は無かったが、もともと貯金が0に近かったので、
光熱費・食費・車のローンなどを払っていると、退職金をあっという間に使い切ってしまい、金が底を尽きた。
―― 仕事なんてすぐに見つかる。
今、そんなことを考えていた8ヶ月前の自分に会ったら殴り飛ばしてしまいそうだ。
金に困った俺は、高校時代に仲の良かった唯一の悪友に助けを求めた。
『会社をクビになって金が無い?なんだそんなことか。それなら今、俺がやってる簡単に金を稼ぐいい仕事があるぜ』
期待に目を輝かせ詳しい話を聞いていると、何と、街中で声をかけて連れて来た人に高級羽毛布団を売る超簡単な仕事だと言うではないか。
俺はその話に飛びつき、ぜひ紹介してくれと言った。
2日後、待ち合わせをしていた廃れた喫茶店に行くと、悪友と固太りで葉巻をすった50過ぎ位の怪しげなオッサンがいた。
こいつが会社の社長らしい。
特に面接などは無く雇ってもらえた。
簡単な打ち合わせをしている最中、オッサンが座っていた椅子がずっとみしみしいっていて、脚が折れるんじゃないかと思った。
そんな事を考えていると打ち合わせが終わり、前金だと言って5万円が入った茶封筒を渡すと、オッサンと悪友は帰っていった。
前金までくれるなんて、いい仕事だ。
悪友が喫茶店の会計をしている時、オッサンがニタニタしながらケツを触ってきのは嫌だったが、これは悪くない仕事だと思った。
決行は2日後。渋谷駅の周辺で一人で歩いている20歳代~60歳代の女性を狙って声をかけてみる。
「今バーゲンをやっていて、安く生活雑貨が買える店があるんですよー」と、打ち合わせのときに教わったとおりに話しかけると、
ほとんどの人が目を輝かせて「どこの店ですか!?」と聞き、俺の後について店までやってきた。
店は渋谷駅から徒歩10分と近かったが、店に連れて来るまでが大変で、俺のメールアドレスを聞かれたり顔をじっと見られたりして、
あまり気持ちのいい時間ではなく、精神的にきつかった。俺の顔にゴミでも付いていたのだろうか。
そんな時間にも耐え、店に連れて来たまではいいが、いざ店のドアを開けるとほとんどの人が「やっぱりいいです…」と言って帰ってしまった。
店は古びた3階建てビルの3階だったので不信感を持ってしまったのかな?と思った。
そんな事を繰り返していると、10人目位に連れてきた30歳前後の女の人が、初めて店の中に入ってくれた。
彼女はおとなしい感じの人で、ほかの人同様、店のドアを開けると「やっぱりいいです…」と言っていたが、
俺が「大丈夫ですよ。俺が保障します!」と優しく微笑みながらいうと、少し迷い、俺の顔をじっとみると「じゃあ少しだけ…」と言って
顔を赤らめながら、やや早歩きで店の中に入ってくれた。
ここからが本番で、店はテレビでよく見るオークション形式でお客さんが20人前後、司会が1人で行われる。
店の中は学校の教室みたいな感じで、お客さんは全員座っており、司会は俺の悪友だった。
俺の連れて来た女の人は一番端の入り口に近い席に座ったようだ。
その女の人が座り、席が埋まったらオークション開始だ。
俺は部屋の入り口付近に立ってオークションの進行具合を見ていた。
初めは食器洗いに使うスポンジを100個セットで売っていた。
悪友が言葉巧みにこのスポンジがいかに優れているかと話し、「購入したい方ー!」とお客さんの方に問いかけると、
口々に「買う買うー!!」「安い!!」等と叫びながら一斉に全員が手を上げていた。
実は、俺が連れて来た女の人以外、皆この会社に臨時で雇われている人らしい。
『お客さんも一人だけだと心細いだろう?』という、悪友の今考えると意味不明な言葉に、その時は何故か納得してしまった。
多分、『俺にこんな簡単ないい仕事を紹介してくれるとは、なんて良いやつなんだ!』という悪友への信頼感が俺の考える力を弱らせていたんだと思う。
だから高級羽毛布団を売るための、スポンジ→洗剤→片手鍋→Yシャツのセット→枕→高級羽毛布団 という段階があることについても、不思議に思わなかった。
俺の連れて来た女の人は、初めは戸惑っているようだったが、周りの熱気に押されて、枕の段階になると自然と手を上げるようになっていた。
最後の高級羽毛布団の競売がはじまった。
次々と手が上がると、彼女も周りに負けずに手を上げていた。
高級羽毛布団は彼女が30万円で競り落とした。
オークション終了だ。
ローンを組んで布団を買い、満足して帰っていく彼女の姿を見て、『連れてきてあげて良かったな。』と俺は嬉しく思った。
部屋から誰も居なくなると、最後まで残っていた悪友が「今日はお前のおかげで大成功だ!!マジでサンキューな!!」と言って8万円を渡してきた。
前金をあわせると、これで10万以上の稼ぎになった。ホントにいい仕事だった。
それから3日間、いつもより、メシのおかずが多い、いつもより少しリッチな生活が続いた。
――4日目、警察が家に来た。
催眠商法の主防犯として俺を逮捕すると言ってきた。
高級羽毛布団を買った彼女が俺を訴えたらしい。
打ち合わせの時に会った社長は金を持って海外にトンズラ、悪友は俺に罪を着せて逃げたと警察官は言っていた。
結構な金額の金を貰っていることもあり、言い逃れができなかった。
どうやら俺は2人に騙されたらしい。
警察で事情を話し、証拠不十分で釈放してもらうまでに3日かかった。
悪友と社長はまだ捕まっていないらしいので、俺の稼いだ10万あまりの金は証拠品として没収された。
あんまりだ。
執拗に行われた取り調べにより疲弊した俺は、やっとの思いで家にたどり着いた。
ドアに手をかけたとたん違和感が…
…鍵がかかってない…!!
急いでドアを開けて家の中に入ると、部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。
棚という棚が開けられ、テレビやPC等の高価なものは全部無くなっていた。
当たり前だ。いくら築30年という古い家でも、ここは東京の都心に近い場所にある。3日も空けていれば空き巣くらい入るだろう。
特に分かりにくい場所に隠していたというわけではない預金通帳・ハンコ等も残すことなく全部無くなっていた。
…と、ここで重要なことに気がついた。
唯一の高級品が無くなり、より質素となったテーブルの上に…
…ピザ……!?
俺は頼んだ覚えがない。
ということは犯人が忍び込んで家主がいないことをいいことに、ピザを食ってくつろいでいたということだ。
どんだけなめられてるんだ俺は。
怒りに拳を固くしたところで盗まれた物が返ってくるわけではない。
一応、警察に電話して寝ることにした。
心身の疲労により、俺はすぐに深い眠りに落ちた。
――遠い昔の夢を見た。
まだ両親が生きていた頃の夢だ。
俺が小学校に入ったばかりの時、友達とケンカして帰ってきたことがある。
今思うと、本当に些細な理由でのケンカだったと思う。
それでも俺は悲しいのか辛いのかが分からない感情で、泣きながら母親に言った。
『あいつ嫌いだから、もう遊ばない!!』
すると母親は言った。
『どんな理由があっても人を嫌ってはダメよ。自分が相手の事を信じていれば、きっと相手も信じてくれるわ』
天使みたいな母親だった。
いや…実際は大仏みたいな顔だったんだが。
優しい母親だった。
次の日、友達に自分から謝ったところ、
『お前、もぅ友達じゃねーし』
と言われた。
帰って泣きながら母親にそのことを言うと『まぁそんな時もある』と軽く流されてしまった。
!!
頭がシャフルされた。
枕の下に仕込んでいた携帯のバイブ振動だった。
そういえば寝る前に目覚ましをかけていたんだった。
携帯を見ると、40分が経過していた。
お母さん、信じた結果がこれですか。
いや…こんなことをまた言っていたら怒られるな…。
そんなことを思いながら一人で苦笑していると、玄関のチャイムが鳴った。
ドアの覗き穴から外を見ると、警官が3人立っていた。
ここからはドラマのような光景で、俺から詳しい事情を聞き、家の中を調べ、指紋を取っていた。
犯行の手口を見たところ(主にピザ等)とても鮮やかなので、この家を詳しく知っている者の犯行のようだと警官は言っていた。
この家の中を知っている…?
親の知り合いか?
まぁ、そんなこんなで調査は終わったので、警察は『何か分かり次第連絡します』とお決まりの台詞をはいて帰って行った。
『家でピザまで食って帰られるなんてww』
『まじドンマイww』
という話し声が外から聞こえてきたので望みは薄そうだ。
さて――
そうして、望み薄な警察からの連絡を待っているうちに3週間がたった。
俺は
家を失った。
金が盗まれたため、貯金が本当に0になり、家の家賃が払えなくなったのだ。
加えて悪友の裏切りにより人見知りから人間不信に陥った俺は、バイトをしても長続きせず、ひきこもってしまったのだ。
日がな一日ゴロゴロして、食料を消費していったため、バイト代などあっという間に使い切ってしまったのだ。
そこで家だけは失いたくないと思った俺は、何とかして金が手に入る方法は無いものかと考えてテレビを見ていると、驚くCMを発見したのだ。
とても綺麗な女の人が画面に映っていて『無理なく返済♪』と笑顔で言っているCMだ。
そうだ。稼げなければ借りればいいんだ!!
どうして今まで考えつかなかったんだろう。
簡単なことだったじゃないか。
浮足立ちながら俺は某消費者金融に向かった。
女の人がいない。
何かでかい機械が置いてあるだけだった。
ここで理想と現実の間を感じてショックをうけたが、気を取り直して金を借りた。
よし!!いざと言う時のために上限いっぱいまで借りておこう!!
大丈夫。すぐ返せるさ。
これが家どころか、たくさんの大切なものを失う原因になるとは、この時の俺は夢にも思わなかった。
――そんなことを思ったのが間違いで、全然返すあてもないのに新しいPCやテレビを買ってしまい、金はすぐになくなった。
まぁ、ちょっとくらい期限が切れても大丈夫だと思って油断したのが運の尽きで、怖いお兄さんやおじさんがどんどん家の前に来て『金返せや―!!』と叫んだり中傷のビラを貼ったりして帰ってくれない。
もうちょっと待って欲しいと頼んでもダメだった。
極めつけは、うっかり油断してドアを開けてしまったとき、お姉系なお兄さんが2人ほど入って来て、危うく危ない橋を渡るところだった時だ。
そんな状況から何とかして逃げ出した先は公園だった。
ある人にとっては憩いの場で、またある人にとっては遊びの場である公園は、その日から俺にとっての家となった。
何日かして、公園にあるマイハウスが段ボールで強化されてきた頃、鍵を閉めて来なかった前の家が気にかかり、様子を見に行くことにした。
家の中には何も無かった。
差し押さえっていうの?
借金の片に、家にあるものは全部持ってかれてしまったようだ。
知らなかった。
差し押さえって仏壇まで持ってかれるんだね。
結局、俺の手に残ったのは両親の写真くらいだった。
何もかも失った俺は、スゴスゴと現在の家に帰るしかなかった。
段ボールハウスでの生活2週間目、ついに食べるものが無くなった。
働こうにも住所が無いと雇えないと言われてしまったので、働く事さえできない。
いや…そもそも現在の俺には働く意欲さえない。
やはり、小さい頃から慣れ親しんできた家を失った悲しみが大きく、家を守れなかった自分自身に絶望しているのだ。
中学生の頃に教師に言われた『お前はやれば出来る子だ』という言葉を思い出した。
先生…どうやら俺は出来ない子の分類だったようです。
ここ数日、死人のように暮らしていた俺はそう呟いた。
俺も…もぅ終わりか…。
俺の人生どこで間違ったのかな…?
段ボールハウスから寝ている状態で顔を出し、太陽を眺めながら静かに目をつぶる…
次はもっといい人生に生まれたいな…
――――
――
バシャ!!
「冷たっ!!」
驚いて目を覚ますと女の子が目の前にかがんでいた。
水色のストライプ柄のパンツが丸見えだ。
両手で子供用の小さいバケツを逆さにして持っている。
ということは、俺の顔に水をかけたのはこの子か…
照り付ける太陽の日差しを浴び、朦朧とした意識のまま女の子をよく観察してみると、見た目は小4~5年生くらいの年に見えた。
また、髪は肩にかかるくらいの長さで小学生お決まりの赤いランドセルを背負っている。
仕立ての良い紺色の制服姿であるところを見ると、どこかの金持ち学校に通っているのだろう。
などと、いろいろ観察していると、彼女はどこから持ってきたのか、よく見る一般的な青色のホースを俺の口に突っ込み、ホースの先端が喉に当たり、オェっとなっている俺を置いたままどこかにいってしまった。
5秒後、俺の口にはホースから大量の水が送り込まれた。
陸で溺れるってこういう事を言うんだな。
鯨が見えた気がしたよ。
気がつくと、先ほどの女の子が俺の側に立って、俺の事を見下ろしていた。
ホースの水は止まっていた。
起き上がり、口からホースを出した俺は、今だに何も喋らない女の子に尋ねた。
「どうしてこんな事をするんだ…!?」
「…大丈夫?」
…?
どういうことだ?大丈夫って。
そうもう一度尋ねようとして、口を開いたところで今度は彼女が話し出した。
「…大丈夫…?お水が飲めなくて倒れてるのかと思って…」
どうやら彼女は俺が脱水症状で倒れているのだと思ったらしい。
だからあんなに水ばかり飲ませたのか。
でも…ホースって…。
まぁ、いたずらではなく俺を助けようとしてくれていたことが分かり俺はお怒りモードを解いた。
「いや…別に脱水症状で倒れていたんじゃないんだ」
「じゃあどうして…?」
「…君はまだ小さいから、理由を話しても分からないと思うよ」
俺は優しくそう言った。
迂闊なこと言って泣かれても困るし…。
普段の調子で話してるとは思うが、女の子は超小声で、所々かすれて聞こえるので、心なしか泣きそうな声にも聞こえるのだ。
その上、端正な顔立ちをしており体が細くて色白なのでヤバイ。
何がヤバイかって?
ドストライクなんだよ!!
可愛いすぎだろ!!
一応言っておくが、俺はロリコンではない。
マジで。
でもこの子はタイプだ。
俺が心の中でこんな葛藤をしていて、気がつくとまた女の子がいない。
どこに行ったのか。
公園の中を見回してみようと振り返ると、
水風船が飛んできた。
俺に当たった風船は割れ、当然俺はびしょ濡れになった。
何か今日は水に縁があるな…何て事を思っている場合ではない。
俺は水風船を投げた張本人を見る。
そこには先ほどまで公園にいて、俺の安否を気遣っていた女の子がいた。
まぁ、ちょっとくらい期限が切れても大丈夫だと思って油断したのが運の尽きで、怖いお兄さんやおじさんがどんどん家の前に来て『金返せや―!!』と叫んだり中傷のビラを貼ったりして帰ってくれない。
もうちょっと待って欲しいと頼んでもダメだった。
極めつけは、うっかり油断してドアを開けてしまったとき、お姉系なお兄さんが2人ほど入って来て、危うく危ない橋を渡るところだった時だ。
そんな状況から何とかして逃げ出した先は公園だった。
ある人にとっては憩いの場で、またある人にとっては遊びの場である公園は、その日から俺にとっての家となった。
何日かして、公園にあるマイハウスが段ボールで強化されてきた頃、鍵を閉めて来なかった前の家が気にかかり、様子を見に行くことにした。
家の中には何も無かった。
差し押さえっていうの?
借金の片に、家にあるものは全部持ってかれてしまったようだ。
知らなかった。
差し押さえって仏壇まで持ってかれるんだね。
結局、俺の手に残ったのは両親の写真くらいだった。
何もかも失った俺は、スゴスゴと現在の家に帰るしかなかった。
段ボールハウスでの生活2週間目、ついに食べるものが無くなった。
働こうにも住所が無いと雇えないと言われてしまったので、働く事さえできない。
いや…そもそも現在の俺には働く意欲さえない。
やはり、小さい頃から慣れ親しんできた家を失った悲しみが大きく、家を守れなかった自分自身に絶望しているのだ。
中学生の頃に教師に言われた『お前はやれば出来る子だ』という言葉を思い出した。
先生…どうやら俺は出来ない子の分類だったようです。
ここ数日、死人のように暮らしていた俺はそう呟いた。
俺も…もぅ終わりか…。
俺の人生どこで間違ったのかな…?
段ボールハウスから寝ている状態で顔を出し、太陽を眺めながら静かに目をつぶる…
次はもっといい人生に生まれたいな…
――――
――
バシャ!!
「冷たっ!!」
驚いて目を覚ますと女の子が目の前にかがんでいた。
水色のストライプ柄のパンツが丸見えだ。
両手で子供用の小さいバケツを逆さにして持っている。
ということは、俺の顔に水をかけたのはこの子か…
照り付ける太陽の日差しを浴び、朦朧とした意識のまま女の子をよく観察してみると、見た目は小4~5年生くらいの年に見えた。
また、髪は肩にかかるくらいの長さで小学生お決まりの赤いランドセルを背負っている。
仕立ての良い紺色の制服姿であるところを見ると、どこかの金持ち学校に通っているのだろう。
などと、いろいろ観察していると、彼女はどこから持ってきたのか、よく見る一般的な青色のホースを俺の口に突っ込み、ホースの先端が喉に当たり、オェっとなっている俺を置いたままどこかにいってしまった。
5秒後、俺の口にはホースから大量の水が送り込まれた。
陸で溺れるってこういう事を言うんだな。
鯨が見えた気がしたよ。
気がつくと、先ほどの女の子が俺の側に立って、俺の事を見下ろしていた。
ホースの水は止まっていた。
起き上がり、口からホースを出した俺は、今だに何も喋らない女の子に尋ねた。
「どうしてこんな事をするんだ…!?」
「…大丈夫?」
…?
どういうことだ?大丈夫って。
そうもう一度尋ねようとして、口を開いたところで今度は彼女が話し出した。
「…大丈夫…?お水が飲めなくて倒れてるのかと思って…」
どうやら彼女は俺が脱水症状で倒れているのだと思ったらしい。
だからあんなに水ばかり飲ませたのか。
でも…ホースって…。
まぁ、いたずらではなく俺を助けようとしてくれていたことが分かり俺はお怒りモードを解いた。
「いや…別に脱水症状で倒れていたんじゃないんだ」
「じゃあどうして…?」
「…君はまだ小さいから、理由を話しても分からないと思うよ」
俺は優しくそう言った。
迂闊なこと言って泣かれても困るし…。
普段の調子で話してるとは思うが、女の子は超小声で、所々かすれて聞こえるので、心なしか泣きそうな声にも聞こえるのだ。
その上、端正な顔立ちをしており体が細くて色白なのでヤバイ。
何がヤバイかって?
ドストライクなんだよ!!
可愛いすぎだろ!!
一応言っておくが、俺はロリコンではない。
マジで。
でもこの子はタイプだ。
俺が心の中でこんな葛藤をしていて、気がつくとまた女の子がいない。
どこに行ったのか。
公園の中を見回してみようと振り返ると、
水風船が飛んできた。
俺に当たった風船は割れ、当然俺はびしょ濡れになった。
何か今日は水に縁があるな…何て事を思っている場合ではない。
俺は水風船を投げた張本人を見る。
そこには先ほどまで公園にいて、俺の安否を気遣っていた女の子がいた。
「『君はまだ小さいから』ですって…?」
彼女は小さな声で呟いた。
そして大きな声で叫んだ。
「キャー!!この人痴漢です!!助けて下さい!!」
!!!???
何の事だ?俺はまだなにもしていないぞ。それともさっき頭で考えていた事がバレたのか!?
それともパンツをコッソリのぞき見したことがバレたのか!?
そんな馬鹿な!!
「お…おい!?何言ってるんだ?俺はまだ何も―」
パニックになった俺はまるで踊りを踊るように慌てながら女の子に近づいた。
――と、そこですかさず自転車に乗った警官登場。
わー漫画みたーい☆
何て事を考えている場合ではない。
「どうかしましたか!?」
「あの男の人が私のパンツをのぞき見したんです!!」
パンツをのぞき見したことはバレてる。
ヤバイ。よりによって一番マズイのだった。
ここでもし事情聴取なんかされたら名前がバレ、借金地獄に戻ってしまう。あるいは今度こそ危ない橋を渡らされるかもしれない。
それだけは嫌だ。
得に最後の一つ。
…ということで俺が出した結論は……逃げる!!
警官が俺に触れる前に警官の横をダシュですり抜け、俺は走った。ひたすら走った。
走りすぎて息が切れても走り続けた。涙を目に浮かべて。
――畜生。俺が何したってんだ。どうして俺はこんなにツイてないんだ。いや…すべては俺が間抜けなせいだって分かってる。
分かってるけど…!
悪友のこと、家のこと、女の子のこと。
どこかに怒りをぶつけなければいられなかった。
どれだけ走っただろうか。いつの間にか夜になっていた。
俺は町の路地裏にいた。
路地裏から大通りの街灯の明かりが見えた。
俺もそっちへ行きたい。
闇の中なんて嫌だ…!
明るい場所にいたい…!
そう思って薄暗い路地裏の中をよろよろと光に導かれるように大通りの方へ向かって歩きだした。
…もう少しであの光が手に入る。
俺が光の方へ手を伸ばしたとたん、光が消えて真っ暗になった。
違う。真っ暗になったのは誰かの影のせいだ。
俺の前に誰か立っている…?
俺の前に立っている人物を見ようと顔を上げると、
そこには数時間前、俺の事を痴漢呼ばわりした女の子がいた。
「なんでお前がここに…?俺の事を捕まえに来たのか!?」
「違う」
「じゃあ何でここにいる!?つーか何で俺の居場所が分かったんだ!?」
「…」
彼女は俺を指差した。
俺…?
俺が何かしたか…?
そう思って自分の周りを見回すと一瞬視界の上の方に銀色の光が見えた。
…?
不思議に思って上を見ると、髪が、髪の色が……白色になっていた。
俺は絶叫を上げた。
いや…何かの間違いかもしれない。
だって俺の髪は緑系の茶髪だったはず。
そうだ…鏡!!
俺は足元に光る割れたガラスの破片を拾って自分を映してみた。
俺は二度目の絶叫を上げた。
やはり髪は白色だった。
…そうか、最近はすごく苦労したもんな…。あんなに苦労したんなら髪全体が真っ白になってもおかしくないよな―。
んなわけあるか!!
「この髪はどういうことだ!?」
理由なんて分かるはずもないのに、勢いで一番近くにいた女の子に八つ当たり気味に聞いてしまった。
「あなたが死んだから、髪が白くなったの」
理由知ってたよ。
聞いてみるもんだな。
…て、えぇ!?
死んだって誰が?
俺が?
彼女は透き通るような色の青い目で俺を見ていた。
プチッ
堪忍袋の尾が切れた。
「痴漢呼ばわりの次は、死んだってか?いい加減にしないといくら幼女に優しい俺でも怒るぞ!?」
ロリコンではないけどさ!!
一応訂正の言葉を入れておく。
また警察を呼ばれても困るし…。
ふざけているようだが俺は今までにないくらい本気で怒っている。
自分にありえないことが起こったあとにくだらない冗談を言われたのだから当たり前だ。
まてよ…それとも俺を公園から追い出すための演技だったのかも…。
彼女は実は警察に協力をお願いされただけとか…。
そうだ。きっとそうだ。
だって公園に「注意!!不審者出没地点!!」ていう紙が貼られまくってたし。
俺のダンボール・マイハウスにも貼られていた。
まったく。俺と不審者を一緒にすとはどういうことだ。
俺はただ公園に来た子供達を優しい目で観察してただけなのに。
あと、不審者に捕まらないように、子供達に『お兄さんがお家まで送ってあげようか?』って言ったくらいだ。
逃げられたけど。
…なんてまたまた考えを巡らすしていると、いつのまにか俺の前に女の子が立っていた。
彼女は俺を見据えてこう言った。
「あなたは死んだの。交通事故で」
「だから冗談はやめろって――」
「冗談じゃない」
彼女は声を少し大きくして言った。やっと普通の人の声を小さくしたくらいの声になった。
でも声が小さくても目が本気だ。
彼女は一冊の大きな辞書を取り出して、ページをめくった。
すごい速さでめくっている。
―と、あるページで手が止まった。
「山鳴 陽 …警官に驚いて道路に飛び出し、車にひかれ、打ち所が悪くて2010年8月3日午後4時26分18秒に死亡」
「な…!?」
「まだ信じられない?」
俺がうろたえていると彼女は溜息をつき、「じゃあ、一度人に話しかけてみなさい」と言った。
俺は路地裏から飛び出して大通りに行き、バス停の長椅子に腰掛けているサラリーマン風のおっさんに話し掛けた。
「あの…スミマセン」
「…」
「あの…!!」
始めより声を大きくして話し掛けたが反応がない。
何度か同じように話し掛けてみたが、あいかわらず反応はなくおっさんはボーッと空を見ているままだった。
無視されているのか…?
よりによってこんな時に…!
俺はそのおっさんは諦めることにして次のターゲットを探した。
次に俺はDQN風の女子高生の3人組に目をつけた。
よし、DQN風の女子高生なら無視されることもないだろう。
最悪、『何あの人キモ~い』ぐらいのコメントはもらえるだろう。
無視されるより傷つくけど…。
ミニスカから見える太股に目を惹かれながら三人組に近づく。
鼻息を荒くしないように気をつけて。
「あのー…」
女子の一人の肩に触れようとした瞬間、俺の手が女子の肩をすり抜けた。
……
もう一度触れてみようとする。
…さわれない。
…!?
他の女子でも試してみたが、同じように体のどの部分に触れようとしても触ることはできなかった。
パニックにおちいった俺はところかまわず通行人に突撃したりした。
しかし、そんな努力にもかかわらず人にぶつかることはなかった。
…人をすり抜けてごみ箱やら電柱にはぶつかったけど。
物には触れるんだな…。
話し掛けても返答してくれない、…というか反応がない。
触ろうとしても触れない…というか俺が透けてる…?
しゃがみ込んであれこれ考えていると、さっき路地裏にいた女の子が俺の前に立っていた。
「…自分の今の状態が分かった?」
「…全然わかんねぇよ……。何で話しかけても返事してくれねえんだ…?何で触ることもできないんだ…?」
「…言ったでしょ。あんたは死んだの。」
女の子は細い腰に左手をおき、右手を自分の平たい胸の上に置いて言った。
「私の名前は柊さな。あなたを救いに来たわ。」
ここまではいい。
ここまではいいのだが、その後に続いた言葉に俺は絶句した。
「私は悪魔よ」
「まてまて。順を追って説明してくれ。」
「まず第一に、俺が…」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「…俺が…死んだって…本当なのか?」
「ええ」
彼女はコクンと小さくうなづく。
「いったいどうして…!?」
俺は焦った。
手が震えるし、喉もカラカラだ。
「言ったでしょ。昼間、公園で警官に驚いたあなたは道路に飛び出して死んだの」
道路に飛び出して…?
いや…だって、俺は公園から町までずっと走ってきたんだ。
「車になんか当たってない。俺はずっと走ってここまで来たんだ…!」
震える声で俺は言った。
彼女はため息をついて言った。
「よく考えてごらんなさい。あの公園からこの町までは何分かかる?」
…あの公園からこの町までの時間?
そんなの――
俺は言いかけてハッと気づいた。
公園からこの町までの時間は多く見積もっても20分だ。
なのに、俺は昼からずっと走って町まで来た。
おかしい。おかしすぎる。
「…でも俺は…」
「死んだ時の記憶がなくなるのはよくあることよ。だって死ぬほどの衝撃だもの。そりゃ忘れるわ」
……。
「俺は死んだのか…?じゃあ、なんで今俺はここにいるんだ…?」
柊はゆっくりと俺の問いに答えた。
「…アンタは死んで、死者の行くところ…三途の川に行ったのよ」
「三途の川…?」
そんな…、三途の川は空想のものじゃなかったのか。
「川を渡ろうとしたあなたは、船に乗るお金がなかったから泳いで渡ろうとしたの」
…死んでも貧乏なんだな…俺……。
「で、溺れて死んだのよ」
……えええええ―
死んでからもマヌケ過ぎる………。
…涙出てきた。
「三途の川は現世での汚れを落とす場所よ。だから髪が白くなったってことは…」
柊は笑いを堪えながら言った。
「あなたの一番悪いところは頭WW」
柊はとうとう我慢仕切れずに吹き出した。
何かコイツ初めとキャラ変わってないか?
しかも腹立つ方向に。
じゃあ俺がここにいるのは向こうで死んだから現世に放り出されたということか。
なんだそりゃ。
何かだんだん腹立ってきた…。
「ていうか俺が死んだ時、お前俺の側にいたよな…」
「…お前が警察なんて呼んだから、俺が道路に飛び出して死ぬはめになったんじゃないのか!?」
自分の情けなさを柊への怒りにすり替えて、俺はそう叫んだ。
自分がパンツを見たことは棚上げだ。
「何を言っているの?あの公園にはあなたと警官しかいなかったじゃない」
……??
意味が分からない。
俺の目が点になっているのに気づいた柊は、呆れた顔をした。
「私は悪魔よ。普通の人に見えるわけないわ。皆に見えていたら世界がパニックよ」
…なるほど……。
そういえばあの警官、俺の方へ真っすぐに歩いてきていたな。
あれは柊の叫び声に驚いて踊っていた俺に声をかけていたのか…。
最悪だ…。
完全に自分のせいじゃないか…。
落ち込んでOTZ←みたいになっていると、今度は柊が叫びだした。
「――でも、あれってあんたが悪いんじゃない!!」
彼女…もとい悪魔は叫んだ。
「はぁ!?俺のどこが悪いって??何時何分何秒の俺が悪いの!?」
「小学生か!!」
的確なツッコミ。
「小学生に言われた―――」
て言おうとした瞬間、平手打ちが頬にとんできた。
目の前に星が見え、俺は軽く5メートルほど吹き飛ばされ、路地裏のごみ箱に頭を打ちつけた。
「ガッ…!」
俺は痛みに顔をしかめる。
なんとか起き上がり、自分の飛ばされた距離を見て驚く。
この女なんて怪力だ。
悪魔と言うのも納得できる。
「私は小学生じゃない!!もう300歳なんだから!!」
「300!?」
…なるほど。見た目は小学生だが悪魔換算だと300歳なのか。
ゆとり脳の俺はこんなくらいじゃ驚かないぞ。
…ん?
小学生って言われてこんなに怒ったってことは…
「もしかしてお前、初めて会った時俺に水風船を投げてきたのって…」
「そうよ!!だからあんたが悪いって言ったんじゃない!!私は小さくない!!」
そんな理由で。
……まぁ死んでしまったのはしょうがない。重要なのはこれからだ。プラス思考プラス思考!!
「…で、具体的に何をしてくれるんだ?」
「あなたを生き返らせてあげる」
「お!ホントに!?じゃあ早速…――」
―と、ここで俺は気づいた。
…俺、生きてて楽しかったか?
親や友人もなく帰る家もない。借金地獄の中を這うように生きて、何が楽しいというのだ。
そう考えると、何だか生き返りたい気持ちが俺の中で薄れていった。
「何よ。さっきまでお前のせいで死んだって喚いてたくせに、嬉しくないの?」
「いや…生き返れるのは嬉しいが、俺は生きててもろくなことがなかったからな…。何だか生きる気力がわかなくてな…」
どうせこんなことを言ってもバカにされるだけだろう。
そう思って、彼女の顔をチラリと見ると、彼女はとても悲しそうな顔をしていた。
!?
今にも涙が零れそうな青色の目を見て俺は焦った。
「何でお前が泣きそうなんだよっ」
俺がオロオロしながらそう言うと彼女は自分が悲しそうな顔をしていたのに気づいたらしく、「べ…べつに泣きそうになんてなってないわよ!!」と言って俺を殴り、またごみ箱に激突させた。
マジでコイツ馬鹿力すぎる。
俺が痛む体を押さえながら起き上がると、彼女…柊は仁王立ちになって言った。
「生きているっていうことは素晴らしいことよ。例え不幸な事が続いたとしても!」
「…ハッ!!悪魔に何がわかるんだ」
俺と彼女は睨み合った。
「…わかったわ。そこまで言うのなら、わからせてあげる」
…わからせてあげる?
「私の仕事を手伝いなさい。そうすれば生きる喜びがわかるはずよ」
…????
仕事を手伝えだって…?
コイツ俺を生き返らせにきたんじゃなかったのか?
というか、悪魔の仕事って言えば悪いことをして人間を困らせることか?
それは仕事と言えるのか?
俺は先ほど悪いと言われた頭で考えた。
生き返りたくもないし、このまま幽霊なんてまっぴらだ。
べつに幽霊が怖いってわけじゃないぞ!!
断じて!!
そう誰かに断言していると首根っこを掴まれて空の上に引っぱりあげられた。
…と…飛んでる?
飛んでると言ってもまだ屋根の上くらいの高さだ。
しかし、人間は自力では跳べないと一般常識で教え込まれてきた俺には、それでも充分な高さだった。
もう驚くことが多すぎて、逆にちょっとやそっとじゃ驚かなくなってきた。
ドラクエの中で鳴っていた聞き覚えのある音が聞こえる。
どうやら俺はレベルアップしたようだ。
まぁすることもないし、暇潰しにコイツの仕事を手伝ってやるか。
―――こうして死んだはずの男と悪魔との変な物語りが始まった。