Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
校外へ行こう!

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「ってことで、班は男女それぞれ3人で6人の全部で6班だ。
決まったところから紙を渡すから、俺まで報告に来いよー」
 妹尾先生が中途半端に声を張り上げているけど、みんな聞いていない。各々、組みたい奴のところに行ってくっちゃべっている。
 まあ、校外学習でどっかのでかい公園に行くってだけなのに、その班決めの前フリでよくわからない俳句の話なんぞされた日にはまともに聞いていられたもんじゃない。
 とりあえず僕も班を組みに行こう。っても、斜め前に声をかけるだけだから座ってるだけでいいんだけど。
「金田、牧橋、組もうぜー」
「オッケーオッケー」
「おー、ナイス淳平」
快諾。これでとりあえず男子は揃ったけど、問題は
「……女子どうする?」
「……どうしよっか」
 金田も牧橋も、どちらかといえば女子には嫌われてる部類に入るらしい。
 僕はそもそも女子と話すことがない。
――――わけではないんだけど、さ。
 二つの意味で、あいつと組むのは難しい。
 一つ目はもちろん教室にいないことで、もう一つは単なる気まずさ。
 夜にベッドの上を転げて考えて、向こうが気にしているようなら謝ろうって心に決めて。
 でも、社会のノートを取りに行ったときの今西の態度はいつもと変わらなかった。
半分安心したけど、半分不安でもある。
そのせいで、保健室にいるとほんの少し、本当にほんの少しだけれど怖い。
 この空間が、今西の我慢によるまやかしなんじゃないかと思えて。
 そんなこと考えてもしょうがないと分かっていても、消えないもやもやが僕を覆ってる。
「おーい戸田、聞いてる?」
「え、あ?」
 牧橋の声で、現実に返る。
「うっわ、マジで聞いてなかったのかよ。
安河内が組む女子決めるアミダするって言ってたから、ジャンケンする奴ジャンケンで決めるぞ」
「えー、じゃあ僕行くよ」
「いやいや、運強い奴が行くべきだろ。ニラとかと一緒になったら困るし」
「……うん」
 別に韮瀬と組んでも悪くないと思うんだけどな。確かに口うるさいけど、姉ちゃんほどじゃないし。
 なんて言ったら間違いなく韮瀬が好きってことにされるので口には出さずに、拳を握る。
「「「さーいしょはグー!」」」
 さて何を出そうかな。
 確か人間はとっさにはチョキが出しにくいって聞いたことがある。じゃあパーかな。
「「「ジャンケンポイ!」」」
 パー、パー、グー。
「あー負けた」
「その割にちょっと嬉しそうじゃねーか」
 牧橋が脱落して、勝負は金田と僕。
 ってか今更だけど、負ければいいのか。
「よーし戸田、俺次グー出すから」
 ……そういう心理戦されるとこっちが困るんだよ!
 ニヤニヤ笑う金田。これは裏の裏をかいて普通に出すと見た。
「「最初はグー!」」
 金田、お前の思考は見抜いている。お前が出すのはグーに決まって――――
「「ジャンケンポイ!」」
 なかった。お互いチョキ。
「「あーいこで」」
 となると、負けるには何を出せばいい? 金田が出しそうな手はえーっと、えーっと、
「「しょ!」」
 混乱したまま、僕が出した手はグー。そして金田は……チョキ。
「あーくそ、負けた!」
 あーくそ、勝った!
「いいか金田、勝ってこいよ」
 結構マジな顔の金田に見送られて、教卓へ。
 4人の男子に囲まれて、安河内さんが不審者に注意って書いてあるプリントを持っている。
 あれにあみだくじが書いてあるんだな。それにしてもあの人相変わらず胸でけー。
「お、5人目来た。始めようぜ」
 教卓を叩いて、松田……松本だったっけ? が催促する。
「5人でいいの?」
「筒井のグループはもう組んでる」
 ……さすが筒井。色黒で坊主のくせして手芸部は伊達じゃない。このクラスの中でほぼ唯一といってもいい、女子と仲がいい男だ。
「じゃ、好きなとこ取ってー」
「俺ここなー」
「じゃあ俺ここ」
「ここで」
 あっという間に残りは2本。
「お先にどうぞ」
 まだ決めていないもう一人、えーっと確か梨元が勧めてくる。
「いやそっちからでいいよ」
「残り物には福があるじゃん」
「ならこっちも欲しいに決まってんだろ」
「いやいや、そっちも十分残りだし大丈夫大丈夫」
 何だその理屈。まあいいけどさ。
「えっと、じゃあこっちで」
 残っているのは両端。なんとなく、左端を選ぶ。
「よしじゃあ俺はここか」
 嬉しそうに、梨元が右端に梨本と書き込む。あれ、惜しかった。
「じゃ行くよー」
 安河内さんが下の畳んである部分を開く。
 立体交差を無駄に作ってあったりしてめんどくさいあみだくじを辿っていくと、
「……うわ」
 書かれていた名前は、『韮瀬 不破 小峰』。
「やっちまった……」
 見事なまでに、ハズレ。
 2番目の残り物に、福はなかった。

     

 あみだくじの結果を伝えたあいつらの行動は、実に統率が取れていた。
 30秒もしないうちに全責任は僕に渡り、金田と牧橋は逃走。
 で、現状僕は女子3人の集まる机の近くで、椅子に座って置物となっている。
「友代、どこ行きたい?」
「別にどこでもいいけどー。あ、待ってここよくない?」
「えー、あたしこっちがいいー。ソフトクリーム食べたくない?」
 騒いでいるのは韮瀬と、不破知代と、小峰綾。
 うちのクラスの卓球部3人で、よく一緒にいる。特に、不破と小峰はいつもべったりでどっちがどっちだか最初分からなかった。
 牧橋に聞いてみたら「眼鏡のほうが不破、頭いいのが小峰」って言われたけど頭いいほうは外見じゃわからないだろ。あのバカ。
 わいわい騒いで、次々と予定を決めていく。
 僕には一切介入させないのに、「ここにいて話聞いてて」って言われてはや10分。
 未だに僕に発言の機会は回ってこない。
「……あのさ」
 耐えかねて声をかけると、3人が一斉にこっちを向く。不機嫌そうな顔で。
「僕いなくてもいいよね、これ?」
「はぁ?」
「うんまあ、そうっちゃそうだよねー戸田くん喋んないしー」
 不破と小峰が二人でくすくす笑う。なんかむかつく、
「駄目、いてよ。あいつらに後で説明するの嫌だし」
 ふざけんな韮瀬。
「いいじゃん、説明すれば」
「なんでよ。女子にばっかり押し付けるなんて不公平でしょ」
「じゃあ僕もやる。それでいいだろ」
「いいよ。じゃあ、どこ行きたい?」
 パンフレットを指差された。立ち上がって、机のパンフレットを覗き込む。
 パラパラと一通り眺めて……大変なことに気づいた。
 この公園に、僕が行きたいと思えるようなところがない。
 渡されたパンフレットによると、この公園のウリは日本でも有数の規模らしいバラ園と、巨大アスレチックに野鳥観察スポット。
 バラ園と野鳥はどうでもいいし、アスレチックは僕がやるには少し不安が残る。
 けど、あいつらは僕と違って体育死ぬほど楽しみにしてるやつらだし、
「アスレチック」
「って言うと思って、もう行くって決めてあるんだけど」
 二の句が継げない。
 また不破と小峰がくすくす笑った。うー、顔が赤くなるのを感じる。
「で、まだなんか言うことはある?」
「……ないけど」
「じゃあそこでおとなしく話聞いてて」
 勝ち誇った顔で韮瀬が椅子を指差す。
 すごすごと椅子に戻って、それからはまた退屈な時間が始まった。
 あいつらに助けを求める視線を送ってみたりもしたけど、そもそもこっちを向いていない。
 逃げたいけど許されそうになくて、時計の針と韮瀬たちを眺めて時間を潰す。
 こうして見ていると、上下関係って奴がはっきり分かる。
 最初は3人がわいわい言い合っているように見えたけど、実際は韮瀬がこの場をほぼ支配している。
 不破と小峰はいつもべったりで、そこまで気が強いわけでもない。
 韮瀬の強い押しがあると、ちょっとは嫌そうな顔をするが最後は押し切られてしまう。
 といっても、基本は韮瀬と仲がいいから極端に意見を違えることもないんだけど……お。
 チャイムが5時間目の終了を告げる。よし、これで帰れる、
「よーしじゃあ、計画の紙を書き終わってないとこは残って出してけよ。
はい戻って、帰りの会やるぞ」
 わけじゃなさそうだ。
「終わってる?」
「まだ。ちゃんと残っててね」
うぇー。
 足取り重く、ロッカーから鞄を取り出して机に戻って、鞄に顔を半分埋めて逃げ出すための方策を練る。
 家の用事、はきっと無理だろう。部活には入ってないし。
 やっぱり誰かと約束がある。これか。けど誰と。
 寺門はサッカー部だし、他に仲いい奴はこの学校に来ていない。
 今西、は名前を出すのはやめといたほうがいい。じゃあどうするんだ。
「戸田」
「ん?」
 金田が突っついてくる。なんだろう。
「早く立てって」
「え?」
 周りを見れば、みんなもう帰りの挨拶のために立っている。
 慌てて立ち上がると、クラス中が爆笑に包まれた。
「戸田何やってんだよー」
 筒井がはやし立ててきて、もう1回大爆笑。
「はいじゃあ日直、号令」
 妹尾先生の苦笑いをこれ以上見ないように、赤くなった顔を勢いよく下げた。
 あーくそ、今日は厄日だ。

     

「疲れた……」
 紙を提出するために職員室へと歩きながら、ため息をつく。
 掃除の後1時間、は行かなかったけど50分ぐらいは韮瀬たちに付き合わされて、身体は楽だったけど精神的には凄く疲れた。
 女子が喋ってるのを聞いてるだけなのに、なんであんなにキツイんだろうか。
 1年の教室にはもう誰もいないみたいで、廊下に僕が歩くキュッキュッという音だけが響く。
 歩きながら予定の紙を見直してみる。おーほんとだ、午後はアスレチックでほぼ時間を潰す気だ。
 結局、金田にも牧橋にも相談せずに決めてしまったけど、これならまあ文句もないだろう。
 階段を小走りで駆け降りて、テニス部が練習してるのを窓から眺めながら、職員室がある棟への通路を通り抜ける。
 僕たちの校舎はまだ新しいけど、こっちの校舎は耐震補強だかなんだかの建て替えが済んでいなくて、古いままだ。
 あっちこっち欠けたり割れたりしているタイルは時々、踏むといきなりずれてバランスを崩しそうになる。
 自動で走る奴を注意してくれる廊下だ、なんて妹尾先生は言っていたけど、要はボロっちいんだよな。
 部活の予定表が書いてある黒板の下に、鞄を放り捨てる。
 コンコン、のつもりだったけどやっぱりボロいせいでガタンガタンになってしまったノックをして、職員室のドアを開けた。
「失礼しまーす」
 1年の先生の机は確か一番前だったはず。えーっと、
「おい、ちゃんとクラスと名前」
 いきなり、眼鏡をかけたいかつい先生に呼び止められる。1組の担任で理科担当の八重先生だ。
「あ、はい、えーっと1年2組――」
「入るところからやり直せ」
「……はい」
 面倒くさいけど、どう考えても逆らわないほうがいいタイプの人だし。
 一旦外に出て、ドアをガタンガタンさせて、
「失礼しまーす。1年2組戸田順平です、妹尾先生いらっしゃいますか」
「先生は今、留守にされてるから用件があるなら聞こう」
 ここまでしてそれかよ。
「いや、この紙を出しに来ただけなんで」
 八重先生は紙を一瞥すると、
「じゃあ、そこの机に置いておけ」
「はい」
 指差された机の上には、大量の書類とらしくない可愛いマグカップ、英和辞典にテキストなんかが積み上げられて大分ごちゃごちゃしている。
 その中でもすっきりしている一帯の、見たことない単語が並ぶ章末テストの上に紙を置く。
 そのままそそくさと扉から出て、
「失礼しましたー」
 なんか文句を言われる前に扉を閉める。さすがに追ってはこないだろう。
「さーてと」
 鞄を拾って時計を見ると、3時40分。
 ……今西も、流石に帰った頃だよな。

 けど一応。
 帰る前に、下駄箱を確認してみる。
 まあいくらなんでも1時間も帰らなかったわけ、
「あった……」
 下駄箱の中に鎮座する靴。
 慌てて、脱ごうとしていた上靴に足を戻して、すぐそばの保健室のドアを開ける。
「遅いー。待ってたのにー」
 机に突っ伏していた今西が、顔を上げることなく文句を言ってきた。
「ちょっと、やらなくちゃいけないことがあって、さ」
「1時間もー?」
「1時間も」
「ふーん。何してたの?」
 うげ。
 今一番聞かれたくないことを。
「いや別に、大した事じゃないし」
 校外学習の話を持ち出して、いい気分がするわけがない。
「嘘ー。校外学習でしょ?」
「えっ」
 なぜそれを。
「うわー、めっちゃ分かりやすく驚いてる。
この奈美様に見通せないことなんてないんだぜー」
 誰かから聞いたわけもないし、いや一人いるな。
 ちらりと田原先生の方を見る。先生はにやりと笑って、
「私じゃないわよ」
 え、違うのか。
「そんなことするわけないでしょ。あたしの超能力で――」
「そこの予定表見てたから、それから推測したんでしょ?」
「あー先生言っちゃダメー!」
「なるほどー。凄い超能力だなー」
「うっ」
 僕ニヤニヤ。今西オタオタ。
 この姿を見ている限り、今西があの時のことを気にしているなんてのは僕の思い過ごしにしか思えなくて、少し気が楽になる。
「で、何教えて欲しいの?」
 待ってたってことは、どうせまた数学だろう。壊滅的に駄目だからな、今西。
「ん? ああ、違う違う。頼みたいことがあって」
「え、何?」
「えーっとね、」
 そこで、今西が言ったのはなんでもない、だけど難問だった。
「よろしく頼める?」
 迷う。頼まれていることそのものは簡単だけど、それには少しばかり問題がある。
 いや、待てよ。
 記憶から、いろんなものが引きずり出される。あれと、これと、それと……よしいける。
「頼まれた」
 ちょっと辛いかもしれないけど、僕はそれを引き受けた。
 今西を喜ばせることができるなら、それでプラスマイナスはゼロ。
 なら乗らない理由なんてないだろう。

       

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Neetsha