ぼくが死んでから死にたくなるまで。2
Act2-1. ロビンが町で子供を“拾って”しまっていっぱい甘いもの食べさせられて街灯登りさせられて王子さまになるまで。
Act2-1. ロビンが町で子供を“拾って”しまっていっぱい甘いもの食べさせられて街灯登りさせられて王子さまになるまで。
ピルスナーの町の名店、クラシエルホテル。
小さな小さな写真館から始まったそこには、天使のお姫様の写真が飾られている。
彼女の名前は――
~~ロビン、男の子を“拾う”~~
それはピルスナーの町についてすぐ。
ロビンが日雇いのアルバイトから帰ってきたときのことだった。
「た、すけ、て………」
宿の部屋の入り口で、ロビンはがくっとひざをついた。
眉毛はみごとなハの字になり、目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
なにより驚いたのは、甘いお菓子の香りをまとっていたこと。
ロビンは甘いものが苦手だ。だからこんな香りをさせているなんて(アリスとリアナにおみやげのケーキを買ってきたとき以外)、ふつうではありえない事態なのだ。
「ど、どうしたのロビン?!」
「甘いもの……食わされた……バイト代のほとんどで……」
「え?!」
そのときぼくとアリスは気づいた。
「『ロビン、ひょっとして!』」
「ああ……拾っちまった……
しょーもないワガママボンボンを……」
『だ~れがワガママボンボンだって~?
みかけで判断してんじゃないぞ! コラッ!』
そのとき、なんだか可愛い(多分まだ子供だろう)口調で“なかのひと”が言い出した。
ロビンはげっそりした様子で言い返す。
「見かけも何も、お前の身分はボンボンだろうよ」
『~~~~うるっさいこの、………
このっ、………………………
このぉっ、……………………………………………………
バカロビンっ!!!』
ぼんぼん、というのは小さな男の子のことだと聞いている。つまりロビンの中にいる子は男の子だったらしい。
彼は、そのままロビンと口げんかを始めてしまった(とっさにアリスが部屋に引っ張り込んでくれたから、被害は最小限だったけど……)。
こういうときはリアナの出番だ。
リアナはぼくら全員に、心とおなかが落ち着くお茶を入れて、小さなスパイスクッキー(これならロビンも好きなので定番だ)も振舞って、彼に話を聞いてくれた。
彼はこの町に住んでいた、ユーシス君という子だった。
家はお金持ちで、生活に不自由することはなかったという。
しかしかわいそうなことに、身体は弱かった。
亡くなる直前にも、大きな病で入院していたそうだ。
お医者様もご両親も必死で手を尽くしてくれたにも関わらず、病は重くなるばかりで……
ついに昨日、亡くなってしまった。
遺体は教会に安置されたものの、死に切れずに付近をさまよっていたとき、偶然近くを通りかかったロビンに“拾われた”のだ、という。
「まあ。ユーシス君はそれでロビンに……」
『そっ。
あーあ、どうせ吸い取られるならお姉ちゃんみたいなヒトがよかったなあ。
ロビンさ、いっぺん死んでよ。そしたらボク、お姉ちゃんに吸い取ってもらえるから』
「ムチャいうなっ!!」
そういえば、ほかのひとの魂を宿した状態でソウルイーターが死んだら、魂のヒトはどうなってしまうんだろう。
それを口にすると、ベッドの上に座ったミューが、あくびをしながら言った。
『近くにソウルイーターがいれば吸い取られるニャ。でもそうでなかったらさまよう羽目になるかもしれないニャ。
もっとも、自分以外の魂を宿した状態のソウルイーターはめったなことじゃ死なないからその心配はないそうだけどニャ。』
するとアリスがクッキーの最後の一枚を食べきりつつこんなことを言った。
『そうそう、しかも魂の持ってきた生命力はしばらく身体に残り続けるから、あたしが死のうとしたときはもう、相手殺さない程度に悪の組織に殴りこみかけたり、それもぜんぶなくなったら何日も人里はなれた場所で断食したりして、ホントタイヘンだったのよ』
「まあ……
本当に大変だったのね、アリス。
わたしのぶんのクッキーあげるわ。よかったら食べて」
リアナはアリスの(=ぼくの)手をやさしく握る。
いつ触れてもやわらかなその感触にどき、とする。
『あ~ん。ありがとリアナ~!
クッキーもそうだけどリアナの気持ちがうれしいよ~!!』
一方でアリスは、そういいながらリアナに抱きついた。
すると当然、ぼくにも彼女のやわらかさと暖かさが伝わってきて……
『あ~ずるい~ボクもボクも~~』
どきどきしていると、ばふっと衝撃が来た。
みると反対側からロビン、じゃなかった、ユーシス君がリアナに抱きついていた。
無邪気な様子でほおずりする。
『ん~。いいにおい~。お姉ちゃんだいすき~~』
「こ、こらおま、リ、リアナに、てかおおれの身体でなにっ」
「あら、いいのよ。ロビンもそうしてくれても♪」
「………………………………………………」
ロビンは耳まで真っ赤になった。
ピルスナーの町の名店、クラシエルホテル。
小さな小さな写真館から始まったそこには、天使のお姫様の写真が飾られている。
彼女の名前は――
~~ロビン、男の子を“拾う”~~
それはピルスナーの町についてすぐ。
ロビンが日雇いのアルバイトから帰ってきたときのことだった。
「た、すけ、て………」
宿の部屋の入り口で、ロビンはがくっとひざをついた。
眉毛はみごとなハの字になり、目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
なにより驚いたのは、甘いお菓子の香りをまとっていたこと。
ロビンは甘いものが苦手だ。だからこんな香りをさせているなんて(アリスとリアナにおみやげのケーキを買ってきたとき以外)、ふつうではありえない事態なのだ。
「ど、どうしたのロビン?!」
「甘いもの……食わされた……バイト代のほとんどで……」
「え?!」
そのときぼくとアリスは気づいた。
「『ロビン、ひょっとして!』」
「ああ……拾っちまった……
しょーもないワガママボンボンを……」
『だ~れがワガママボンボンだって~?
みかけで判断してんじゃないぞ! コラッ!』
そのとき、なんだか可愛い(多分まだ子供だろう)口調で“なかのひと”が言い出した。
ロビンはげっそりした様子で言い返す。
「見かけも何も、お前の身分はボンボンだろうよ」
『~~~~うるっさいこの、………
このっ、………………………
このぉっ、……………………………………………………
バカロビンっ!!!』
ぼんぼん、というのは小さな男の子のことだと聞いている。つまりロビンの中にいる子は男の子だったらしい。
彼は、そのままロビンと口げんかを始めてしまった(とっさにアリスが部屋に引っ張り込んでくれたから、被害は最小限だったけど……)。
こういうときはリアナの出番だ。
リアナはぼくら全員に、心とおなかが落ち着くお茶を入れて、小さなスパイスクッキー(これならロビンも好きなので定番だ)も振舞って、彼に話を聞いてくれた。
彼はこの町に住んでいた、ユーシス君という子だった。
家はお金持ちで、生活に不自由することはなかったという。
しかしかわいそうなことに、身体は弱かった。
亡くなる直前にも、大きな病で入院していたそうだ。
お医者様もご両親も必死で手を尽くしてくれたにも関わらず、病は重くなるばかりで……
ついに昨日、亡くなってしまった。
遺体は教会に安置されたものの、死に切れずに付近をさまよっていたとき、偶然近くを通りかかったロビンに“拾われた”のだ、という。
「まあ。ユーシス君はそれでロビンに……」
『そっ。
あーあ、どうせ吸い取られるならお姉ちゃんみたいなヒトがよかったなあ。
ロビンさ、いっぺん死んでよ。そしたらボク、お姉ちゃんに吸い取ってもらえるから』
「ムチャいうなっ!!」
そういえば、ほかのひとの魂を宿した状態でソウルイーターが死んだら、魂のヒトはどうなってしまうんだろう。
それを口にすると、ベッドの上に座ったミューが、あくびをしながら言った。
『近くにソウルイーターがいれば吸い取られるニャ。でもそうでなかったらさまよう羽目になるかもしれないニャ。
もっとも、自分以外の魂を宿した状態のソウルイーターはめったなことじゃ死なないからその心配はないそうだけどニャ。』
するとアリスがクッキーの最後の一枚を食べきりつつこんなことを言った。
『そうそう、しかも魂の持ってきた生命力はしばらく身体に残り続けるから、あたしが死のうとしたときはもう、相手殺さない程度に悪の組織に殴りこみかけたり、それもぜんぶなくなったら何日も人里はなれた場所で断食したりして、ホントタイヘンだったのよ』
「まあ……
本当に大変だったのね、アリス。
わたしのぶんのクッキーあげるわ。よかったら食べて」
リアナはアリスの(=ぼくの)手をやさしく握る。
いつ触れてもやわらかなその感触にどき、とする。
『あ~ん。ありがとリアナ~!
クッキーもそうだけどリアナの気持ちがうれしいよ~!!』
一方でアリスは、そういいながらリアナに抱きついた。
すると当然、ぼくにも彼女のやわらかさと暖かさが伝わってきて……
『あ~ずるい~ボクもボクも~~』
どきどきしていると、ばふっと衝撃が来た。
みると反対側からロビン、じゃなかった、ユーシス君がリアナに抱きついていた。
無邪気な様子でほおずりする。
『ん~。いいにおい~。お姉ちゃんだいすき~~』
「こ、こらおま、リ、リアナに、てかおおれの身体でなにっ」
「あら、いいのよ。ロビンもそうしてくれても♪」
「………………………………………………」
ロビンは耳まで真っ赤になった。
~~ユーシス君とロビン~~
『で、おまえら。いつまでそうしてるつもりだニャ。
ユーシスの心残りをきいてやるんじゃなかったのかにゃん?』
その後、ミューが冷静に話を仕切りなおしてくれた。
「あ、そうだったわ。ありがとうミュー」リアナはお礼を言いつつ、ミューをなでなで。
『………わ、悪かったわね』アリスは照れている様子。
『ちぇ~。もっとくっついてたかったのに~』「お ま え な。」
ロビンは眉間をもみほぐしながら、自分のなかのユーシス君に問う。
「っで、お前はなにしたら天国行くんだ?」
『なんだよ~。ロビンのくせに冷たいぞ! ボクは子供なんだからなっ』
「出会っていきなり連行されて苦手なもん死ぬほど食わされて優しくしろって言うのかお前は?! それも俺が嫌がってるのにムリヤリ!!」
『ボクはおいしかったも~ん。それにロビンが嫌がってるとこ楽しいもん♪』
「どーいう育ち方してきたんだよお前はっ!!」
ロビンはすでに半泣きだ。
『ん~。まあ、昔っから病気がちだったからあんま外とか出れなかったし……つまりこう、“ヒキコモリ”的な?“にーと”っていうのは違うと思うけどさ』
ロビンがはっと黙り込む。
『……思いっきり、好きなだけ町歩いてみたいな……
買い物したり、お芝居見たり、ご飯食べたり、お菓子食べたり………。』
ロビンの腕に、そっとリアナが手を置く。
「ロビン。
ユーシス君と、一緒に行ってあげて。……今それを叶えられるのは、あなたしかいないわ。
甘いものはわたしたちも手伝うから。お願い」
「ああ、わかった。
――ユーシス。
これは俺の身体だ。だから人間として最低限の節度は持ってもらうけど、その範囲内でならいくらでもお前の好きにしていい。
明日、町に繰り出すぞ。体力はある。一日中遊び倒したって平気だからな!」
『よっしゃ~!! ロビン意外といーとこあるじゃん!!
そうと決まったら服選ばなきゃ! ばっちし決めて繰り出すぞ~!!』
ユーシス君はうきうきした様子でロビンの荷物を広げた。
そして一言。
『前言撤回。』
「なんで?!」
『おまえの服しゃれっけなすぎ!! なんでこんな旅のアニキみたいなやつしかないの?!』
「旅のアニキだからだろーが!!!!」
かくして明日の最初の予定は、お洒落な服を買うことで決まった。
『やっぱりリアナおねーちゃんに吸い取ってもらえばよかった~。』
「ほんとにな………。」
ひと段落ついて。
リアナとミューは隣の部屋に引き上げていった。
ぼくたちは二人、部屋に残った。
ロビンがうーんと伸びをして言う。
「さてと。それじゃはじめよっかな。
クレフ、頼む」
「え? 今日も?
でもロビン、魂受け入れたのはじめてでしょ。
アルバイトもあったし、今日はやめといたほうがいいんじゃない?」
「いや、だいじょぶ。
ちょっとでもやっときたいから」
ロビンはいつものように、ベッドに寝転んだ。
「わかった。むりしないでね」
ぼくはいつものように、その足元に座り、両方の足首をつかんだ。
するとユーシス君が慌てた様子で言い出した。
『え?
ちょちょっと、なにすんの?! ボクまだ8歳だし』
「あ、そうだよね。
それじゃユーシス君は寝ててくれる?
普通に眠ろうとすればいいから」
『い、いやそういう問題じゃなくて!! だからっ……そのっ……』
「?」
ロビンが自分の頭をがしっとつかむ。
「あのよユーシス。
腹 筋 運 動 に対してお前はいったいどういう想像してるんだ?」
『え?
………あああいやその~~~………
ていうか、腹筋?!
ちょ、やめてよね~! やだよそんなん、ムキムキになっちゃうじゃんかあ!!』
「えと、ロビン……」
「無視!」
『や~だ~や~め~て~い~や~~~』
「あのさ、ロビン……」
「だああああ! わかったよもう!!
くそー、筋トレひとつ許されないのか俺……」
ロビンはばふ、と枕につっぷした。
『はああ助かった……まったく、しゃれっ気がない上に筋トレなんてありえないよもう。
ちょっと顔がいいからってさあぶつぶつ』
「俺からしたら腹筋拒否のがありえないから!!」
ぼくはロビンが気の毒になって、とりあえず頭を撫でてあげた。
「ロビン、何日かのことだから……」
「うう。わかった……がんばる……」
~~ユーシス君、駆け回る~~
そして翌日の朝。
ぼくたちは町に出た。
天気は晴れ。暑くなく寒くなく風も穏やか。絶好のお出かけ日和だ。
『よっしゃー! まずは服だね!!
いっくぞー、そりゃー!!』
ユーシス君はだーっと走り出した。
身体は、いつも鍛えてるロビンなので、その加速はめざましい。
ぼくたちも全力で走ってその後を追った。
「おい、おい、ユーシス!! 走るんなら歩道!!
馬車とかぶつかったら死なないけど死ぬほど痛いから!!」
『ハイハイ。あっ水たまりー! やほー』
ばしゃばしゃと水しぶきを上げユーシス君は水たまりにふみこんだ。そのまま疾走。
ぼくたちはその脇を走って追いかけた。
「こ、こら濡れるだろ馬鹿」
『いいじゃん! よーし次は』
ユーシス君がいく先には、長い黒髪もきれいな女の人がいる。
その瞬間ロビンは強引にカーブを切って彼女の脇を駆け抜けた。
『あー、なにすんだよ~! きれいなおねえさんだったのに~!!』
「ばかやろ! 今のお前は子供じゃないんだ。
いきなり女の人に抱きついたりしたら衛兵さんに捕まるぞ!!」
『ちぇー。じゃあ次はこれだあ!!』
いいざまユーシス君はだんっ、と地面をけって、街灯の半ばくらいに飛びついた。
そのままするするとてっぺんに上り、ちょん、と座って辺りを見回す。
『わーい、高い高~い!! きょ~うはど~こにいこうかな~?』
「やめろー! 街灯登るな!! 捕まるから!! まじで捕まるから!!
てか、やめろ! おりてくれ!! だめだから!! 俺木登りだめなんだから!!」
ユーシス君の鼻歌と、ロビンの叫びがかわるがわる響く。
『♪~』
「たのむ、助けて!! なんとかしてくれ!!」
「待って、今行くから!」
ロビンは前世、子供のころに木から落ちて以来、木登りだけはだめなのだ。
もう今にも泣き出しそうだ。ほってはおけない。街灯に手をかけた。
しかし、ミューの声がぼくをひきとめる。
『ちょっと待つニャ、クレフ。
ここはまかせてみれだにゃん』
ミューを抱いたリアナがにっこり笑う。
「大丈夫よ、見てて。
――ユーシス君、はやくお買い物に行きましょう!
すてきなお洋服が待ってますわよ」
『あ! そうだった。
いこうおねえちゃん!! ボクもっとお洒落な服ほしい!!』
するとユーシス君は、街灯の上で立ち上がり、ぽーんと飛び降りてきた(もちろんきれいに着地した)。
『ボクね、まえにこっちのお店で服買ってもらったんだ! そうだ、お姉ちゃんの服も選んであげる!』
「まあ、楽しみですわ♪ それじゃさっそく連れてって?」
リアナが手を差し出す。するとユーシス君は、なんのためらいもなくその手を握った。
『うんっ。
ふふっ、おねえちゃんの手あったかーい♪
ねえ、今日はお手手つないであるいていい?』
「もちろんですわ。
この町は初めてですから、ゆっくりエスコートしてくださいませね♪」
『まーかせて! ほら、こっちだよお姉ちゃん。水たまりに気をつけてねっ』
そうしてふたりは、さっきとはうって変わって平和的に歩いていった。
『……すごい』
アリスが呆然と見送る。
『もうじゅうつかいとはあのことを言うんだにゃん。』
ミューが(いつのまにか)ぼくの肩の上でうむうむとうなずいている(ひげがくすぐったい)。
ぼくとしてはロビンがやけにおとなしいのが気にかかった。
『しばらくそっとしておいてやれニャ。
はじめてのときはタイヘンなものなんだにゃん。
おまえの場合みたく、おさななじみの相棒が最初なんてのはラッキーだにゃ』
『死んじゃう時点でラッキーじゃないでしょうが……。
もう、いいから行くわよ。あんたも早く追いついて、リアナと反対側の手つなぎなさいよ』
「え、あ、その、…………」
リアナと手をつなぐ。考えたらどきどきしてきてしまった。
リアナが生まれ変わる前、短い間婚約していたころは、身体のこともあってほとんど、一緒に外出とかはしてなかった。
もちろん、手をつないで歩くなんて、とてもとても。
生まれ変わってから、小さいときにはロビンと三人で手をつないだりしたけれど、それはあくまで、一緒に原っぱに遊びにいくときとか、そういう状況であって。
こんな、町を歩いて――いわゆるデートで――なんて、ぼくは生まれてはじめてなのだ。
どうしよう。手、て、どうやってつなぐものだったっけ。
右手をつなぐときって、右手でいいんだっけ? それとも逆だったっけ??
『あたしが悪かったわクレフ。いまのは忘れて。さ、行きましょ』
『これが夫婦とは……なさけないにゃん。
ていうかカノジョ持ちとか妻帯者とか宿してたのににゃんでそうした経験はまなんでないのだにゃん』
「え、だってそういうの、お邪魔したらわるいから………」
『『………………………………………………。』』
すると二人はなぜか黙り込んだ。
~~服屋さんで、見たものは~~
とりあえずぼくたちは、ユーシス君の案内で大きな服屋さんに入った。
そこは、今までみたことないほど大きくて上品なお店だった。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたお店のひとも、落ち着いて気品のある紳士。
丁重に一礼してもらうとなんだかこちらが恐縮してしまい、思い切り頭を下げてしまった(いや、軽めに頭が下がった時点でアリスに止められたんだけど――お客なんだからもっとどっしりしてなさいって)。
その人に案内され、ぼくたちは奥に入っていく。
途中でアリスがこそっと言ってきた。
『ちょ……ここ、かなりの高級店じゃない?!
ユーシス君ってどれだけお金持ちだったの?!』
肩の上でミューが答える。
『ああ、調べてみたけどやつのうちは、この町で三本の指に入る名家だにゃん。
ユーシスはまさしくぼんぼんだったのだにゃん。
さっきのでびみょーに薄汚れたロビンやみるからにおのぼりさんのクレフや美しく気品あふれているけど猫の我輩をみても拒否らないあたり、この店もそんじょそこらとランクが違うニャ。アリスもクレフも気をつけろニャ』
「わかった。アリス……」
『うん。身体のほうは任せて。うわ緊張する……』
そうして服選びが始まった。
『お姉ちゃん! これなんかどうかな? あっこっちもいい!』
「まあ、どっちも可愛い! 迷っちゃうわ♪
あ、ねえユーシス君、あなたにはこれなんてどう?」
『うーん…… あ、それよりさこれこれ! これ着てみてよお姉ちゃんっ。このワンピースぜったいぜったい似あうから!!』
「そう言ってくれるなら試着してみるわ。すみません」
「よろこんで。こちらへどうぞ、お客様」
ひとつはさんだ通路でさりげなく待機してくれていた店員さんは、静かにすばやく駆けつけるとにっこり笑って紳士的に一礼。ぼくたちを試着室と案内しはじめる。
『あ、ごめんボクちょっとトイレ。試着室そっちでしょ? わかるから行ってて』
そのときユーシス君はぱっときびすを返して走り出した。
しかし、軽快な足取りで角を曲がったそのとき、ぽろっとポケットからハンカチが落ちたのが見えた。
拾ってあげよう。ぼくは静かに走り出す。
しかし、結局ぼくはハンカチを拾っただけできびすを返した。
そこでとても、胸が痛む光景を見てしまったからだ。
ユーシス君は、泣いていた。
大きな鏡の前でひとり。さっきと同じワンピースを、抱きしめるようにして。
~~お姫様と王子様と騎手と黒猫とたくさんのゼロ~~
戻ってきたユーシス君はしかし、そんなことを感じさせないくらい元通りだった。
『お待たせ~! どう、おねえちゃん?』
「お待たせしましたわ」
そのときちょうど、試着室のカーテンが開いた。
――そこにはお姫様がいた。
袖もスカートもふんわりとした、白とピンクの砂糖菓子みたいなワンピースの。
「かわいい~!!!!」
瞬間、ユーシス君は目を輝かせて拍手した。
『かわいい!! すごく似合ってるわよリアナ!!』
アリスもにっこり笑って両手をぱちんと打ち合わせる。
「ありがとうユーシス君、アリス」
『我輩も同意見だニャ。
このスカートのフリルのしろくてふあふあとしたカンジ、故郷で我輩の帰りを待っている可愛い可愛いしーたちゃんをほうふつとさせるものがあるにゃん。たまんないにゃん……v』
「ミューったら♪」
ミューは弟の白猫しーたちゃんを思い出してうっとりしている。
ぼくもすっかり夢心地になってしまった――
前世着ていた婚礼衣装や、お祭りのときの晴れ着姿もきれいだったけれど、こういうのも可愛らしい。
リアナの可憐な顔立ちと、ふわふわの金髪にもよく似合って、ショーウィンドウに飾ってあったお人形さんなどまるっきり顔負けだ。
それがちょっと頬を染めて、うれしそうに照れているなんて………
ぼうっとしているとアリスがぼく(の魂)とロビンを小突いた。
『ほらクレフ、ロビン、大人ならちゃんと言葉にして誉めてあげなさいよ』
「えっ。あの、………」
どうしよう。
こういうときって“きれい”と“かわいい”とどっちを先に言ったらいいんだろう??
詰まっているとロビンの声がした。
「?! あ、あれっ?! ここ、どこ? なんでリアナがお姫様になってるんだ??」
『おまえたちというやつは………。』
『あんたたちってひとは………。』
アリスとミューが同時に額を押さえ、ふかぶかとため息をついた。
店員さんのおすすめで、リアナはこれまたお菓子のような、白とピンクが可愛い靴も買った。
ユーシス君は迷っていたけど、これまた店員さんの見立てで結局、それに合うような一式を買った――
すなわち、大きなボウタイ型の襟が豪華な白のドレスシャツ、シンプルなグレーのジャケットとズボン、ちょっとまるっこい感じのコーヒー色の靴、そして胸ポケットにいれるハンカチはピンク色(ポケットチーフというそうだ。一列だけはいった◆模様がアクセントになりかわいい)。
もちろん、それらは全部春の花のようにきれい。
リアナがお姫様なら、こちらは王子様だ。
『ユーシス君てホント、可愛いの好きなのね。
ロビンはこういうの目もくれないから新境地だわ!』
『でしょ?
よし、次はクレフお兄ちゃんとアリスお姉ちゃんね!』
『え? あたしも??』
アリスが虚をつかれた様子で声を上げる。
『もっちろんっ。任せてよ、お兄ちゃんかわいいから、きっとお姉ちゃんも納得いく仕上がりになるって!! そうだね、これなんか』「ちょっと待て。」
しかしユーシス君がうきうき手に取った服は、なぜかかわいいワンピースだった。
アリスが着たいなら、そして見た目がおかしくないなら、ワンピースでもまあいいかな(ぼくは寝てればいいし)……とも考えたのだが、ロビンがものすごく反対して結局、ぼくもふつうに男物の服を買うことになった。
それは、領主館にお世話になった頃に見た、乗馬服に似ていた。
ダブルのジャケットと膝丈のズボンはチョコレート色が基調、シャツと膝丈の靴下は白、ブーツは黒。アクセントはオレンジと緑で全体的に、ロビンとリアナの服に合うかんじだ。
『かわいいかわいい! うんいいよこれ!!』
ユーシス君はご満悦のようす。
『あとは軽くお化粧すればお姉ちゃんていっても違和感ないよ!』
「まあ!」
『ほ、ほんとだわ……』
『ニャ。』
「待てって。」
きれいな洋服というものは高価なものである。
ぼくももと雑貨屋だから、そのことは知っていた。
でも請求書に書き込まれたゼロの数にぼくは一瞬めまいがした。
リアナは驚きを顔に出すことなく領主様の書状見せて領主様のお名前書いてるけど、ぼくは内心領主様に謝らずにはいられなかった。
後ろではロビンとユーシス君がこっそりこんなやりとりしているし。
「おいユーシス。おまえ値段わかって買ったのか?!」
『んー、なんとなくー。でもここのお店はそんな無法に高くないよ?』
『それはいえてるニャ。しかもこんなリボンまでオマケしてくれるとはかなり良心的な店だにゃん』
そういうミューの首には、かわいらしいピンクと紫のリボンが結ばれている。
一見ただのリボンだが、どうも名のある作家さんのつくった猫用アクセサリーらしく、ちらっと見えた値札にも驚くほどのゼロがついていた。
「俺、おまえたちと金銭感覚共有できそうにないよ……」
『我輩は猫だしおまえと結婚しないからいいにゃん。』
『ボクもロビンはちょっと~♪』
「うるさいよおまえらっ。ていうかそもそも無理だからユーシスお前ともっ。」
ロビンは半泣きでそんなことを言っていた。