ぼくが死んでから死にたくなるまで。2
Act2-2. ユーシス君がパジャマパーティーを中止してご両親と再会してお姫様になってお父さんとダンスを踊るまで。
Act2-2. ユーシス君がパジャマパーティーを中止してご両親と再会してお姫様になってお父さんとダンスを踊るまで。
~~ユーシス君、おねがいする~~
意外と服屋さんで時間をとってしまった、と思ったけれど、ユーシス君にとっては“想定の範囲内”だったらしい。
『さっ次はお芝居だよ! ボクこれ入院前から気になってたんだよね~♪』
ますます上機嫌のユーシス君について劇場に入ると、中はほとんど女の子やカップルばかり。
華やかな雰囲気にぼくとロビンは気おされてしまう。
「お、おいユーシス……これ、どういうやつなんだ?」
『もち、恋愛モノ! まあロビンにはちょーっと理解できないかな~?』
「う、…俺だって、恋愛ものぐらい……見たり…… ちょっとはするさっ!!」
『ふ~ん~~。それじゃいこっかー。後で感想聞くからね♪』
「お、おう、どんと来い!!」
「ロビンったら。
クレフ、行きましょう。人が多いからはぐれないようにね」「え」
リアナが言った、そのときぼくの腕がやわらかなぬくもりにふれた。
見るとリアナがすぐ隣にいた。
リアナの腕が、ぼくの腕にからんでた。
ぼくはもうそれだけで、頭が爆発しそうになってしまって……
われに返るとそこは、レストランらしきテラス席。
目の前にあるのは空になったケーキ皿と、紅茶。
ユーシス君がロビンをからかい、ロビンがむきになり、リアナがころころと笑い、アリスとミューが深々とタメイキをついていた。
もちろんぼくは、お芝居の内容をほとんど覚えていなかった。
『まったくもー、男どもはこれだから。
カラダ共有してなかったらおいてけぼり決定だねっ。
あ、ミューは別だよ? ミューはちゃーんとわかってるもんねーv』
ユーシス君がそういいながら、ミューの頭をなでなでする。
「男どもっておい。」
『んにゃあ右右、もちょっと右だニャ。
おお、そこそこ。そこがいいにゃん。ユーシスおまえわかってるニャ~』
『うふふ。どういたしまして~。
ねえミュー。いっこだけいいかなお願い』
『なんだニャ? 我輩はいま機嫌がいいからモフモフぐらいならさせてやってもいいにゃん』
『ほんと? じゃあ今日ボク、ミューとリアナお姉ちゃんの部屋にいきたい!』
「げほ、げほ、げほげほげほっ」
いきなりの発言にロビンが咳き込んだ。
『アリスお姉ちゃんもいっしょにさ、今日のお芝居の話したいっ。
あとあと、お姉ちゃんたちのお洋服とりかえっこしてみたりとか!』
「おまっ、ちょ、待て!! それにクレフに女装はって!!」
するとユーシス君はにんまり笑った(客観的にはどっちもロビンなんで忙しい)。
『て・お・く・れ♪
気づかなかった? クレフお兄ちゃんのジャケット、ダブルでしょ。これね、右上前にも左上前にもできるの。メンズとしてもレディースとしても着れるんだよ。つまり……』
「…………まさかっ」
ロビンが血相変えて、ぼくの肩をつかんだ。
「……あれ?
メンズは、左上前…レディースは右上前……だからええと……」
しかし奇妙な顔でボタンの位置を確かめ始める。
リアナの服を見て「あっボタンないか……」自分の服と見比べて「あれれ? ちゃんと左上前だし……」
ユーシス君が勝ち誇って笑う。
『はいうっそー♪
でも叫ぶのやめてね~ここじゃ目立っちゃうから♪♪』
「っ…………………………
この、………
この、……このっ………
バカユーシス!!」
ロビンは涙目で小さく叫んだ。
『ひーっかかったひっかかったー。もう、可愛いんだからv
だからロビンはやめられないんだよ♪♪♪』
アリスが再びため息をつく。
『ロビン……あんたもちょっとは落ち着きなさい。
まったく、クレフのこととなるととたんに導火線短いんだから』
「うう……ほっといて……。
もう俺明日まで寝るから……なんかあったら起こして……」
ロビンはついにふて寝してしまった。
「わかった。おつかれさま、ロビン」
~~ユーシス君、おねがいする~~
意外と服屋さんで時間をとってしまった、と思ったけれど、ユーシス君にとっては“想定の範囲内”だったらしい。
『さっ次はお芝居だよ! ボクこれ入院前から気になってたんだよね~♪』
ますます上機嫌のユーシス君について劇場に入ると、中はほとんど女の子やカップルばかり。
華やかな雰囲気にぼくとロビンは気おされてしまう。
「お、おいユーシス……これ、どういうやつなんだ?」
『もち、恋愛モノ! まあロビンにはちょーっと理解できないかな~?』
「う、…俺だって、恋愛ものぐらい……見たり…… ちょっとはするさっ!!」
『ふ~ん~~。それじゃいこっかー。後で感想聞くからね♪』
「お、おう、どんと来い!!」
「ロビンったら。
クレフ、行きましょう。人が多いからはぐれないようにね」「え」
リアナが言った、そのときぼくの腕がやわらかなぬくもりにふれた。
見るとリアナがすぐ隣にいた。
リアナの腕が、ぼくの腕にからんでた。
ぼくはもうそれだけで、頭が爆発しそうになってしまって……
われに返るとそこは、レストランらしきテラス席。
目の前にあるのは空になったケーキ皿と、紅茶。
ユーシス君がロビンをからかい、ロビンがむきになり、リアナがころころと笑い、アリスとミューが深々とタメイキをついていた。
もちろんぼくは、お芝居の内容をほとんど覚えていなかった。
『まったくもー、男どもはこれだから。
カラダ共有してなかったらおいてけぼり決定だねっ。
あ、ミューは別だよ? ミューはちゃーんとわかってるもんねーv』
ユーシス君がそういいながら、ミューの頭をなでなでする。
「男どもっておい。」
『んにゃあ右右、もちょっと右だニャ。
おお、そこそこ。そこがいいにゃん。ユーシスおまえわかってるニャ~』
『うふふ。どういたしまして~。
ねえミュー。いっこだけいいかなお願い』
『なんだニャ? 我輩はいま機嫌がいいからモフモフぐらいならさせてやってもいいにゃん』
『ほんと? じゃあ今日ボク、ミューとリアナお姉ちゃんの部屋にいきたい!』
「げほ、げほ、げほげほげほっ」
いきなりの発言にロビンが咳き込んだ。
『アリスお姉ちゃんもいっしょにさ、今日のお芝居の話したいっ。
あとあと、お姉ちゃんたちのお洋服とりかえっこしてみたりとか!』
「おまっ、ちょ、待て!! それにクレフに女装はって!!」
するとユーシス君はにんまり笑った(客観的にはどっちもロビンなんで忙しい)。
『て・お・く・れ♪
気づかなかった? クレフお兄ちゃんのジャケット、ダブルでしょ。これね、右上前にも左上前にもできるの。メンズとしてもレディースとしても着れるんだよ。つまり……』
「…………まさかっ」
ロビンが血相変えて、ぼくの肩をつかんだ。
「……あれ?
メンズは、左上前…レディースは右上前……だからええと……」
しかし奇妙な顔でボタンの位置を確かめ始める。
リアナの服を見て「あっボタンないか……」自分の服と見比べて「あれれ? ちゃんと左上前だし……」
ユーシス君が勝ち誇って笑う。
『はいうっそー♪
でも叫ぶのやめてね~ここじゃ目立っちゃうから♪♪』
「っ…………………………
この、………
この、……このっ………
バカユーシス!!」
ロビンは涙目で小さく叫んだ。
『ひーっかかったひっかかったー。もう、可愛いんだからv
だからロビンはやめられないんだよ♪♪♪』
アリスが再びため息をつく。
『ロビン……あんたもちょっとは落ち着きなさい。
まったく、クレフのこととなるととたんに導火線短いんだから』
「うう……ほっといて……。
もう俺明日まで寝るから……なんかあったら起こして……」
ロビンはついにふて寝してしまった。
「わかった。おつかれさま、ロビン」
~~ユーシス君のおうちに来た~~
『あーあ♪ ロビンおちちゃった。
でもこれで今日は腹筋されずにすむや。
ねえみんな、もう一件ケーキ屋さんいったら宿に戻ろ。
ボクきょうだいとかいなかったし、パジャマパーティーっていっぺんしてみたかったんだよね!
あ、でもそうか、パジャマないんだよねかわいいの』
「そうね……わたしのじゃふたりには大きいわよね」
そういえばリアナのパジャマ姿って、見たことないかも知れない。
(いや、もちろんぼくはパーティーのときには寝ているけれど……)
『そうだ~! いっそのこと宿移ろうよ。
あのね、あすこに見えるクラシエルホテルってナイトウェアいいかんじなんだよ。
男女兼用なんだけど、上質のシルクでたっぷりしてて、すごい優雅なカンジなんだっ。
スイートならベッドもおっきいし、ウェルカムドリンクとかもらえるし、ジャグジーとかもついてるしゆったりできるよ!
窓からの景色もステキだしね。窓際のテーブルセットの椅子に登ると海がみえてね、水平線がこうキラキラしてるんだ!』
『す、スイートルーム?!
ちょ、さすがにそれは……』
アリスが絶句する。ぼくも絶句した。
スイートルームって、ものすごく、宿泊料金高いのだ。
へたするとふつうの部屋の十倍とかする。
しかしリアナはきっぱりと言った。
「いいえ、いきましょう」
「『リアナ?!』」
「どうせなら思いっきり満足できるようにしましょう。
服屋さんのお会計はさすがに領主様にお願いしたけれど、スイート宿泊料金くらいならまだわたしたちでも出せるわ」
『お金のことだったら心配しないで。
オーナーよんでもらって、入院したときできた、ボクの友達ですって言えば大丈夫だよ。
だってあそこ、ボクのパパがやってるホテルだもん!』
二軒目(だと思う)のケーキ屋さんを出たぼくたちは、もとの宿をチェックアウトすると、荷物を持ってクラシエルホテルに向かった。
だいたい、歩いて10分くらい。
白い石造りの、立派な入り口が見えてきた。
そこには、いましも馬車が乗り付けられるところ。
待ち受けていた従業員のひとたちに迎えられ、ひとりの恰幅のいい男性が降りてきた。
『あ、いたいた。パパー!!』
その声が耳に届いたのだろう、男性が振り向く。
口元にグレーのひげを蓄えたその顔は優しそうで、どことなくユーシス君に似ていた。
『じゃなかった、オーナーさんでいらっしゃいますか?!』
「確かに私は、当ホテルのオーナーでございますが……」
ぼくたちはそのまま応接に通された。
事情の説明(といってもうそなんだけど……)はユーシス君がしてくれた。
「おおそうですか。ユーシスの……。」
『はい。
たまたま仕事でこの街にやってくる機会に恵まれましたので、せっかくだからユーシス君にお会いしたいと思いまして、お邪魔させていただいたんです』
「ああ、そうですか……
ロビンさん、みなさん。
せっかく訪ねていただいたのに、大変申し訳ない。
実はユーシスは先日、病で神のみもとに召されてしまったのです…………」
お父さんは失礼、とことわって真っ白なハンカチーフをとりだし、目元に当てた。
「本来は私も喪に服している時分なのですが、どうしても引き継がねばならないことがございまして、外出していたのです。
しかし、丁度そのときにあなた方がいらっしゃるとは。
きっと息子が引き合わせてくれたのでしょう。
これも何かの縁です。この街にいらしたらいつでもお立ち寄りになってください。もちろんお金なんて要りません。あなた方は息子の大事なお友達なのですから、遠慮なさらず遊びに来てください。
そうだ、せっかくですから息子が大好きだった部屋にご案内しましょう。丁度開いておりますので、お気に召しましたらお泊りになってみて下さい」
ユーシス君とご家族は、このホテルと同じ敷地内にある館に住んでいるらしい。
というか、土地の一角にうちを建てて、ホテルとかを建てたという。
つまり、ここはお店であると同時に、家の客間のようなものでもあるのだそうだ。
ぼくとロビンも昔、うち兼店で暮らしていたので、その感覚はわかる。
「ユーシスはよく、ここの窓から外を見ていたのです。
窓際のテーブルセットの……この椅子にのぼって。
海がきらきらしてるよ、といって………。」
『ごっ、ごめん、ボクちょっと顔洗ってくる!』
ユーシス君は目元を覆い、洗面所へと走り出す。
お父さんはその姿をじっと見ていたけれど、やがて元通りの笑顔になって、もしよろしければ、お夕飯はうちでご一緒にいかがですかと言ってくれた。
そして直通の内線番号を教えてくれて、部屋を出て行った。
~~ユーシス君の謎(前)~~
ユーシス君の友達、ということでお泊りさせてもらったのだから、ごはんもおよばれしておくのが自然だ。というミューのアドバイスでぼくたちは、お誘いを受けることにした。
返事の内線をかけるとユーシス君のお母さんは優しい声で、どうか気取らずお好きなお召し物でいらしてくださいね、もしもお気になるようでしたら、わたくしと主人の若い頃の服をお貸ししますよと言ってくれた。
これにおしゃれなユーシス君が飛びつかないわけがない……
と思ったら、なんだか元気がない。
『ん、いや……
えっと、だってパパの服でしょ? あんま可愛いのなさそうじゃん……』
そんなことを言っているけど、どうも理由はそれじゃないようなかんじに見えた。
リアナがそっと声をかける。
「ユーシス君。
お父さんとお母さんに、ほんとのことを言ったらどうかしら?
もちろん、ソウルイーターについての説明は、わたしもお手伝いするわ。だから……」
すると、ユーシス君はびくっと肩を振るわせた。
『だ、だめだよ! そんなこと言ったら……パパもママもきっと泣いちゃうよ!!
ぜったいにダメ!! おねがいだから、パパとママにだけはないしょにして!!!』
そして即座に、断固として拒否してきた。
「え、ええ……わかったわ。
ユーシス君が嫌なら、わたしたちからは言わないわ。安心して」
リアナは驚きながらも約束する。
『ありがと……ごめんね、お姉ちゃん。
服だけどさ、ボクはこれでいいよ。
お姉ちゃんたちはパパとママのお洋服みせてもらってきなよ。その間ちょっとボク寝てたいから』
ぼくたちは顔を見合わせた。
そのときアリスが言い出した。
『そうね、じゃついでにちょっとだけホテルの中とかぶらぶらしてくるわ。一時間くらいしたらかえってくるから、それまでゆっくり寝てて』
『うん、ありがとお姉ちゃん』
そしてアリスはミューを抱き、リアナの手をとってさくさくと廊下に出た。
「アリス、どうしたの急に?」
『うん、ちょっと確かめたいことがあって。
ミュー、身辺調査頼める?
生前ユーシス君と親しかった、若い女の人がいたかどうか。
年頃はリアナくらいかな。今着てるワンピースを持ってるか、似合うようなひとがいるか』
するとミューは得意げに背中をそらした。
『ふふん。その程度とっくに調べはついてるニャ。
結論からいうと、そういう相手はいないにゃん。
まず姉妹はいない。つきあいのある親戚にも該当する年頃のオンナはいないようだニャ。
あいつはかわいいから従業員たちにも人気だったニャ。しかしいかんせん虚弱体質で入退院を繰り返していたから、可愛がられはしていたがプライベートを知っているような間柄のやつはまだいなかったにゃん。
ちなみにソレが似合いそうなオトコも周囲にはいないニャ』
『これが似合う男の人ってどんなのよ。
まあいいわ。そうなると秘密にする理由がわかんないわね……
誰か、禁断の恋のお相手がいるのかと思ったんだけど……』
アリスが腕組みをしてうなりだす。
リアナはきょとんとしていたが、しばらくたってもアリスが動かないのを見てそっと問いかける。
「ごめんなさいアリス、禁断の恋のお相手って? このワンピースがなにか手がかりなの?
あ。もしかして、けさのお店で何かあったのね!」
『あ、うん。実はね……』
アリスは、ぼくたちが見たものをリアナとミューに伝えた。
今朝、あのお店で。ユーシス君は、泣いていたのだ。
ひとり、鏡の前で。リアナにすすめたのと同じワンピースを、抱きしめるようにして。
『だからさっきのやりとり聞いたときにあたしは、ユーシス君はそのことをないしょにしたいんだと思ったの。
でも禁断になるような相手はおろか、交友関係にもそうしたひとはいない……
う~ん。だめ、わかんないわ!!
“生きている”ことを内緒にしたいならわざわざここに来るわけもないし!!』
「……確かにユーシス君、ときどき何かをごまかそうとしてるみたく、ふざけ始めたりするわよね。ロビンにちょっかい出したり……」
するとミューがぱったぱったとしっぽを振りながら言い出した。
『我輩的にはあとひとつ、気になることがあるニャ。
おまえたち“パジャマパーティー”ってどういうやつらがやるか知ってるにゃん?』
~~ユーシス君の謎(後)~~
ミューの問いかけに、ぼくたちは顔を見合わせた。
『……? パジャマを着てパーティーする、ってだけじゃないの、それ?』アリス。
「なにか特別なものなの?」もちろんぼくもわからない。
「えっと……雑誌でむかし読んだことくらいしかないけど、たしかお泊まり会のことじゃなかったかしら? その記事の写真には、わたしたちくらいの女の子たちが写っていたけれど……」
『さすがはリアナだニャ。
そう、パジャマパーティーをするのはほぼ確実にオンナなんだにゃん。それも若いのか子供。
つまり、いくら甘えん坊とはいえ、男のユーシスがそんなんやりたがるのは属性的にいささか不自然なのだにゃん。
パーティーを口実に別のことをするには、やつは幼すぎるしニャ』
「そうね、まだ8歳ですものね。
同じ男性とはいえ、一日二日でひとまわり年の離れた肉体に、そこまでなじめるとも思えないし……。」
『…………………………………………。』
アリスはいきなり、恥ずかしそうに黙りこくってしまった。
たぶんここで余計なことを言ったら墓穴を掘るだろう。そう思ってぼくは黙っておいた(そもそもこの話題に対して、何言っていいのかわかんないし……)。
『とにかく今は様子見だニャ。まあ、今夜のパーティーで適当に飲ませて吐かせるのが早道だろうがニャ』
しかしそのときミューが発したひとことにぼくはどぎもを抜かれた。
アリスも同じ気持ちだったようで、叫ぶ。
『ちょ! なんてこと言うのよミュー。
相手は子供でしょ?! なにかあったらどうするの?!』
対してミューは平然と毛づくろいをしながらのたまう。
『身体はロビンだから、すこしの量なら大丈夫のはずだニャ。まして今はやつ自身がエクストラの精気を提供してる。
まあそうでなくともユーシスの本体は魂だけだから、酔わせる程度ならやつ自身には健康被害はでないにゃん』
『そういう問題なの……?』
「まあまあ、ふたりとも。
それはとりあえず、最後の手段ということにしましょう。
ひょっとして、パーティーでユーシス君から話してくれるかもしれないし、そうしたらそれが一番いいもの、ね」
しかし、この日ユーシス君がなにかを話してくれることはなかった。
部屋に戻るとユーシス君は“やっぱりパーティーはやめよう”と言ってきた。
それどころか、食事もひとりで部屋で取りたいと言い出した。
『ボク、こんな軽い気持ちでここに来て……ひどい子だと思うんだ。
パパとママはまだボクのこと悲しんでるのに、ボクは……ばかみたく、うかれてはしゃいで。
それに……
あ、いやそれはともかく。
ボク、パパとママに、いまどんな顔して会ったらいいのかわかんない。
あした。あした打ち明けるよ。ボクが“生きて”いるって。
でもその前に、気持ちを整理したいんだ。
お願い。一晩だけ、時間をちょうだい。
あした、話したいことがあるってことだけは……伝えてくれていいから』
「わかったわ。それじゃわたしたちは無理に誘ったりしない。
でも、助けがほしかったらいつでも言って。
がんばってね、ユーシス君」
それを聞くと、リアナはユーシス君をぎゅっと抱きしめた。
『ありがと、おねえちゃん』
ユーシス君は涙を宿した笑顔でリアナを見上げた。
今のユーシス君は、身体はロビンだから、もちろん顔だってロビンだ。
ロビンは可愛い、ていうよりはかっこいい方で、最近はもう、ちょっと大人っぽくなってきたくらいだ。
でも、今のその顔はすごく可愛くていじらしくて、思わずぼくも(アリスに便乗して)彼を抱きしめてしまった。
(その気持ちはミューも同じだったようで、めずらしく、すりすりと身体をすりつけて励ましてあげていた……)
ユーシス君のご両親は、見た目どおりにとても優しい、いいひとたちだった。
遅くに生まれたユーシス君を、それは大切にしていたのがすぐにわかった。
“ロビンはやり残した仕事があるので、あした改めてご挨拶に参ります”とお伝えすると、どうかご無理はなさらないでね、今夜はこれをお飲みになってみてくださいねと、よく眠れて疲れが取れるお茶の葉を、ひと包みプレゼントしてくれた。
ぼくたちは、お母さんのあたたかい手料理をいただきながら、ユーシス君の生前の話をたくさんしてもらった。
ぼくたちもぼくたちで、ユーシス君からきいたことを色々とお話しした。
本当は、ユーシス君がここに来ていることを教えてあげたかった。でも、約束だ、いまはそれはできない。
だから、ぼくたちの知るわずかなことを、精一杯ご両親にお話しした。
食事から戻ると、ユーシス君はもうベッドに入っていた。
ユーシス君が眠ってしまっては、夜更かしをする理由もない。ぼくたちは適当にお風呂に入り(泡が出てくるお風呂に驚いておぼれかけたのは内緒)、寝てしまった。
事が起こったのは、真夜中を過ぎたころだった。
『やだっ! 見ないで!!』
聞き覚えのある声がぼくたちをたたき起こした。
~~真夜中の追跡~~
声自体はロビンのもの。しかしこのしゃべり方はユーシス君だ。
悲鳴に近い叫びにぼくは一瞬で飛び起きていた。
『ロビンのバカ!!』
声のしてくる方向を見ると、壁にかかった大きな鏡の前、ユーシス君が何かふわっとしたものを放り投げ、逃げ出すのが見えた。
『ロビン?! 何があったの?!』
「い、いやそれが」『うわあああああ!!!』
アリスが問い、ロビンがなんとか振り返って事態を伝えようとする、しかしそれは、ユーシス君の叫びにかきけされる。
ユーシス君はそしてそのまま、ばん、と部屋のドアを開ける。
『追いかけるわよ!』「うん!」
とりあえずぼくたちも靴を突っかけて飛び出す。
イザというときを想定し、何度か練習した方法で――
ユーシス君の背中を追ってぼくが走る。その間に、アリスが呪文を唱える。
青い光が身体を包む。魔術の完成とともに、ぼくの身体は一気に加速する。
同時にアリスが身体のコントロールを引き継ぐ。
ユーシス君が階段の手すりを乗り越え、一気に階下へ飛び降りる。
同じようにしてアリスが飛び降りる。
『どうしたニャ?』
ぼくは意識を自分の内側に引っ込めた、と同時に、ミューの声が頭の中に直接響く。
走っている間はぼくがしゃべる担当。ぼくは深呼吸すると状況をぼくなりに整理して答えた。
「ユーシス君が逃げ出したんだ。
“見ないで”“ロビンの馬鹿”って言って、何かを鏡の前で投げてた。
ロビンも起きてたけど、止められないみたい。
いまぼくらがアリスの魔法つきで追いかけてる」
『…… 了解ニャ。
そのまま追いかけろニャ。しかしやつを捕まえてはダメだニャ。
だんだんに距離を開けて、撒いたと思わせるニャ。
で、走りたいだけ走らせてから捕捉するニャ。やつの行き先はわかってる。
裏庭の一角。やつのもうひとつのお気に入りの場所だニャ』
外は雨が降っていた。この季節とはいえ、夜だし着ている物がナイトウェア一枚なんでちょっと寒いかもしれない。
ロビンはあれで結構、暑さ寒さに弱いのだ(皮下脂肪が少ないからだろうとリアナに聞いた)。作戦とはいえ、あまり距離を置いてほっておいたら風邪をひくんじゃないかと心配になる。
普段ひかないせいか、一旦こじらすと熱出して長引くし。
なにより今はユーシス君だってなかにいるのだし。
ぼくたちは精一杯、距離をおいて追いかけた――
『ストップ! そのへんで待つニャ』
そうして木立がちょっとうっそうとしてきたころ、ミューの声が聞こえた。
気づかなかったけれど、ぼくたちはもう裏庭に入っていたらしい。
ちょうど立っていた木の下で軽く息を整えていると、雨音ごしに会話する声が聞こえた。
「おいユーシス、待ってくれ。
嫌なことしたなら謝る。言いたくないことがあるなら黙ってる。だから頼むから逃げるのはやめてくれ」
『ロビン、もうやめてよ! どうして追いかけてくるの?!』
「いや、追いかけてくるもなにも、いま俺たちおんなじ身体だから……」
『…………………………………………』
「あの、ごめん。俺、なんでお前が逃げてるのかわかんないんだ。
なんで泣いてるのかもわかんないんだ。
でも、ほっとけないんだ。
詳しいこととかは、わかんないけど……ソウルイーターだからかな。お前の悲しい気持ちはいっぱい、いっぱい伝わってきて……
なんとかしたいんだ。
ほんとになんとかしたいんだ。
天国に行かせて、俺の身体から追い出すなんて目的でじゃけっしてない。
こんな、旅のアニキで悪いけどさ。この身体、好きにしていいから。おまえのしたいこと、なんでもさせてやるから。
おまえが悲しくなくなること。おまえがほんとにしたいこと、教えてくれ」
『ロビン……!』
わぷ、とかすかな声がした。ユーシス君の魂が、ロビンの魂に抱きついたのだろう。
そのとき、ふわ、と雨が“やんだ”。
「クレフさん、どうかご一緒に」
聞き覚えのある声とともに、ぼくの肩に暖かな重みがかかる。
そこにいたのは、ぼくら同様寝巻き姿の、ユーシス君のお父さんだった。
左の手に傘をさし、同じ左のひじにもう一本傘をかけている。
『あ、傘お持ちします』
何をしたいのかを悟ったぼく(たち)は、お父さんのさす傘を受け取った。
お父さんはありがとうございます、と笑って、ひじにかけていた傘を手に取った。
傘の開く音が裏庭に響く。ロビンの身体がぱっとふりむく。
そこへお父さんは傘を差しかけながら言った――
「風邪をひくよ。とにかくうちへお入り、ユーシス」
そのひとことにぼくたちは全員驚愕した。
ぼくたちはそのまま、ユーシス君のおうちにお邪魔した。
いつの間にかかなり濡れて冷えていたようで、まずはとにかくということでお風呂に入れてもらった。
さっと身体を流して湯船につかり、温まって出た。
その間、アリスはもちろんいつもどおり寝ていたが、ユーシス君は起きているようだった。
しかし、一生懸命考えをまとめているらしく、ひたすら黙ったまま。
お湯をかぶったり身体を拭いたのも全部ロビンがしていた。
そのロビンも、余計なことは言わないと決めたのだろう、一言も発しない。
ぼくももちろんお邪魔はしない。
結局その間、ぼくたちはひとこともしゃべらなかった。
用意していただいた、新しいきれいな肌着とナイトウェアに着替える。
ナイトウェアの上には、きれいな字のつづられた小花もようの一筆箋。
『暖かいお茶をお入れしましたので、よろしければ応接にいらしてくださいね。ユーレカ
P.S. ユーシスへ いつものにしておいたからね。さめちゃうまえにはやくきてね!』
『ママ………』
それを手にとって、ユーシス君がぽつりとつぶやいた。
脱衣所を出て右に曲がる。この短い廊下の先が応接だ。
しかしそこでユーシスくんは立ち止まった。
『ねえ。もしさ、お姫様でもない子が舞踏会にいきたいとかいったら、ロビンのママはなんていうかな?』
『母さんか……
俺の母さんなら、こういうな。
“がんばって王子様ゲットしてきなさいよ!
でも王子様よりイケメンなのがいたら、そっちでもいいわよ♪”って』
『あはは。ロビンのママかっこいい!
……そうだよね。ボクの、パパとママだもの。
きっときっと、わかってくれる……!』
ユーシス君はぎゅっとこぶしをにぎりしめる。
そして一歩を踏み出した。
~~ほんとうの願い~~
ユーシス君の告白はおどろくべきものだった。
物心ついてからずっと、女の子らしいかわいいものが好きだったという。
町にお芝居を見に行って以来、ずっと憧れていたのだという。
舞踏会のお姫様に。
『ずっと夢見てたんだ。
わたがしみたいなドレスとティアラ、それに、きらきらしたガラスのくつで。
お花が一杯飾ってあるお城の広間で、王子様とダンスがしたい。
ばかだよね。そんなこと考えてたら、天国へいきそこなっちゃった。
通りかかったロビンの体に入り込んで、いろいろ悪いことしちゃった。
ケーキめちゃくちゃたべちゃったり、街灯にのぼったり……。
そんなことしてもなんにもならないのに。
ごめんねロビン。みんな。パパもママもごめんなさい!』
泣きじゃくるユーシス君を、お父さんとお母さんは黙って抱きしめた。
ユーシス君の涙が止まるまで。
お父さんはそして、ユーシス君に目の高さを合わせて言った。
「ユーシス。辛かったね。
お前もパパと同じ想いをしたんだね。
パパも、若い頃ずっと悩んでいたんだよ。
お姫様になりたい、と。
その悩みは、ママと出会ったことでなくなった。
ママはパパを、まるごと受け止めて愛してくれた。それどころか、一生懸命に勉強して、女らしいとはいえなかった姿のパパを一度だけ、きれいなお姫様にしてくれたんだ。
そのうえ、自分は王子様になって、自分のアパートの部屋をお手製のダンスホールにつくりかえて、パパと踊ってくれた。
パパより、10も年下のママがだよ。
そのときパパは思ったんだ――
今度はパパが王子様になって、ママをお姫様にしてあげよう。真っ白なドレスの、だれより幸せなお姫様にしてあげよう、とね。
それから、パパとママは写真館を始めたんだ。だれもが、一瞬だけでも、なりたい姿になれる。そんな夢の写真館をね。
そのうちお客様が増えたので、お客様用のコテージを建てた。
心優しいママのおもてなしで、お客様はもっと増えた。
せっかくきてくれたお客様みんなが入れるように、コテージを増やして、大きくして……
そうして今のクラシエルホテルができたんだ。
神様からお前を授かったのは、ちょうどそのホテルが出来上がったときだった。
パパとママはもううれしくて、うれしくて。
可愛いお前が苦しまないよう、幸せになれるよう、あらゆる手を尽くした――
つもりだった。
けれど、わかっていなかったんだね。
ユーシスが本当にいちばんいちばんしたかったこと。
でも、もうわかったから、叶えられる。
パパとママはお前を必ず、世界一きれいなお姫様にしてあげる。
そうしたら、パパと踊ろう。そして、ママと三人で写真をとろう」
翌日ぼくたちは、奇跡を目にすることになった。
ドレッシングルームに入ってから三時間。
ちょっとだけ大人っぽくてかっこいい少年だったロビンは、ほんとうにきれいなお姫様になっていた。
~~魔法の舞踏会~~
さすがに顔立ちや体格は変えられない。
けれどすっきりした顔立ちを活かしたメイクや、上背の高さを利用したすらりとしたシルエットに、ぼくは本気でため息をついてしまった。
かつらで髪もロングにしてある。色合いは生前のユーシスくんと同じ、桃色がかった栗色。毛先だけがくるりとカールしているのがなんともかわいい。
小さな金色のイヤリングやペンダント、光る宝石をいくつもあしらったティアラがきらきらとして、まるで昔絵本で読んだ『星から降りてきたお姫様』のようだ。
『すごくきれいだわ……なのにかわいい……』
「本当ね。まるで魔法みたいだわ……」
アリスはさっきからもう何度もため息をついているし、リアナもちょっと目がうるんでる。
『うみゅう……基調スレンダースタイルなのに、このダブルスカートとショールのふわふわ感、そしてドレス自体の色合いとヘアスタイルで全体がかわいく仕上がっているあたり、さすがはプロの仕事だにゃん。
――というかこのしろくてふあふあとしたカンジ、我輩のかわいいかわいいしーたちゃんとそっくりだニャ!! おまえたち、我輩がセキニンとるからちょっとモフらせろニャ~!!』
そしてミューはいつになく大興奮している。
「はいはい、あとでねミューちゃん。みんなでお写真とったらいっぱいモフモフしていいからね♪
そのかわりママにもミューちゃんモフモフさせてね。約束よ?」
ユーシス君のお母さんは“娘さん”の仕上がりに満足しているようで、軽く額の汗をぬぐいつつもにこにこしている(そうしながらミューをなでなでする)。
『マ、ママ上殿になら我輩モフモフされてもまったくかまわないにゃん。ママ上殿ならしーたちゃんもきっと許してくれるにゃん!』
ちなみにお母さんはねこをモフモフするのがすごくうまくて、昨日モフモフされたミューは見事に夢心地になっていた。
今もほら、ミューはお母さんの手にほっぺたをすりすりしている。
「それじゃあ行きましょう、ユーシス。
パパ、今頃そわそわしてお待ちかねよ。
もしも足や耳とかが痛くなったらすぐに言ってね。痛くないようにできるから」
『う、うん。ありがとママ。
あ、あのさ。……ボク、ちゃんときれい?』
「もちろんよ。
さてと、それじゃあ気合入れて! 王子様をびっくりさせるわよ!!」
『うんっ!!』
ユーシス君はなれないヒール靴のはずなのにはずむ足取り、お母さんもまるで20歳分くらい若返ったかのような華やいだ足取りで歩き出す。
(お母さんはカメラも小脇に抱えているのに……)
ぼくたちも遅れじと後を追った。
ダンスホールの真ん中には、すでにお父さんが待っていた。
限りなく黒に近いこげ茶のスーツが、グレーの髪とおひげとあいまってとてもダンディだ。
懐中時計の鎖の金色がきらりと光り、ワンポイントになっている。
『パパ!
すごい、かっこいい!!』
「おまえ、………」
お父さんはかけよるユーシス君を見て、ぽかんと口をあけた。
お母さんがしてやったり、と笑みを浮かべる。
「ふふふ。ロビンくんパパとそっくりだったから、あのときのドレス使っちゃった。
きれいでしょ?」
「……ああ。すごくきれいだ。
きれいだよ、ユーシス。
すまないねロビン君、つきあってもらってしまって」
「…え?
あ、あの俺っ、大丈夫ですっ。
えと、俺は眠ってますので、ユーシス……君、じゃなかったさんと、楽しんでくださいっ!」
ちなみにロビンは、ユーシス君にたたき起こされ、鏡をみせられた瞬間に耳まで真っ赤になって、何かをぶつぶつつぶやくと意識を引っ込めてしまっていた。
今度も真っ赤になってそれだけ返事すると引っ込んでしまう。
『それじゃ、パパ……』
「ああ。
お姫様、どうか一曲、わたくしと踊っていただけないでしょうか?」
ダンディな王子様は、よいしょとひざまづくと手を差し出した。
『はい、王子様。よろこんで!』
背の高いお姫様は、にっこり笑うとその手をとって、王子様を助け起こした。
そこへワルツが流れてきた。
ホテル併設の小さなダンスホールを貸切にして、魔法の舞踏会が始まった。
お父さんは、毎日お仕事をしている方とはいえ、栗色だった髪とおひげがグレーになってしまうお年である。何曲も踊るのはやっばり大変なはずだ。
それでも、お母さんに写真を撮ってもらいながら、三曲を見事に踊りきった。
ぼくたちは心から拍手をおくった。
いつのまにか、ホールにはたくさんの人が集まっていて、踊るふたりを見守っていた。
そして一緒に拍手をした。
お父さんはユーシス君の手を取ると、お母さんを迎えにきて、一緒にホールの真ん中に戻る。
そうしてみんなに一礼し、よく通る声でスピーチをした。
「みなさん、紹介します。うちの娘のユーシスです。
神様のおはからいで、最後のお別れのため一時この姿となり、戻ってきてくれました。
わたしたちの小さな舞踏会を見守ってくださった皆様、心からありがとうございます。
妻も、ユーシスも喜んでおります。ありがとうございます」
お母さんとユーシス君が優雅に一礼する――
そのとき、ユーシス君の背中に翼が生えた。
いや、それはロビンの身体を抜け出すユーシス君の魂だった。
気配を感じ取ったのだろう、お父さんとお母さんがぱっと振り向く。
「ユーシス?!」「ユーシス!!」
叫び手を伸ばし、抱きとめようとする。
しかし、可愛らしい手と声がそれをさえぎった。
『ごめんね、パパ、ママ。ボク、もうお迎えが来てしまったみたい。
でもいますごく、すごくしあわせ。
ありがとう、パパ、ママ。
ボクね、パパとママの子供でホントによかった!!
ボクに生まれて、みんなと会えて、すごくよかった!!
こうなったおかげで、妹にも会えちゃったしねっ』
「いもうと……?」
『うん。
ママのおなかね、妹がいるの。
かわいがってあげてね。
ボクの部屋にあるチャームのコレクションあげてね。約束したから!』
言いながらユーシスくんは、さらに浮き上がる。
その姿にぼくたちは息を呑んだ。
ユーシス君の魂の姿は、昨日見せてもらった遺影と微妙に違っていた。
少しだけ長くなった髪をうさぎ結びにし、白いレースのリボンでくくった――
いま身体が着ているドレスを子供向けにした、愛らしいドレスをまとった――
女の子、だった。
『みんなありがとう!
ほんとうにありがとう!
つぎに生まれたらボクがみんなをしあわせにするからね!
やくそくだからね!!』
ユーシスくん――いや、ユーシスちゃんは、にっこり笑ってキスをした。
お父さんのほっぺたに。お母さんのほっぺたに。
そして、ぼうぜんと彼女を見上げてる、ロビンのほっぺたにも。
「ちょっと……おい! そのカッコ、なんで……」
いたずらっぽく笑った彼女は、高く高く、ひかりのなかへ上りはじめる。
ぼくはとっさにお母さんのカメラを手にとって、シャッターボタンを押した。
~~スイートルームでスイーツ食べて~~
ユーシスちゃんのお父さんとお母さんは、ソウルイーターのことを知っていた。
かつてこのホテルにも、死者の魂を宿したソウルイーターがやってきた。
そして、きれいなお姫様の写真をとってもらってかえっていったのだ、という。
アリスが腕組みをしてうなずく。
『どうりで驚かないはずね……
でも、そもそもなんでわかったのかしら、ロビンのなかにユーシスちゃんがいるって』
『家族とはそういうものだにゃん。
おいらもしーたちゃんとかくれんぼをすると、どんなとこにしーたちゃんが隠れててもたちどころにわかるのだにゃん。これが愛というものなのだにゃん』
ミューもソファのうえで香箱を組んで、うむうむとうなずきながら言う。
『もう途中までいいカンジだったのに……そもそもあんたのそれはうまれつきの能力でしょ』
『これはしーたちゃんへの愛がはぐくんだ能力なんだにゃん! 愛なのだったら愛なのニャー!!』
『はいはいわかりました。』
「ふたりとも。せっかくのお茶が冷めちゃうわよ。
ロビンもほら、ケーキ食べ……あら」
リアナはケーキの箱を開け、驚いた顔になる。
「ごめんなさい、ビターショコラ買ってきたつもりだったけど、スイートショコラケーキだったわ。取り替えてもらってくるわね」「いや」
そのとき、甘いものが駄目なはずの人物が声を上げた。
「スイートでいいよ。たまには俺も甘いもの食べてみたいから」
「ロビン……」
ロビンはそのままさくさくと、ぼくたちみんなの取り皿にケーキをのっけていく。
その手つきは、昨日ユーシスちゃんがケーキ店で見せたものにそっくりだ。
「んじゃ、いただきます」
手を合わせ、軽く紅茶で喉を潤して、フォークで小さくケーキを切って、そのまま口に運ぶ。
「……甘。」
しかしロビンはもう一口紅茶を飲むと、そのまま食べ続けた。
「よし、これならいける」
そして半分くらいまで食べたところで、ふっと顔を上げた。
「って、なんだよみんな? なんか俺の顔についてる?」
「え、いや……」
『ロビンお前、甘いケーキ食えたのかにゃん!』
『そうよ、いっつも二口くらいで“……ごめんクレフ、あとお願い”って半泣きになってたのに!!』
「え、半泣きはないって!
……いや、さ。ユーシスがすごく甘いケーキ食べるときにこうしてたからさ。
あいつさ、俺が限界近くなるとこうして、紅茶飲む量増やして調節してた。
そしたら、割と食えちゃったから、さ」
「ロビン……」
ロビンはかたり、とフォークを置いた。
「甘いケーキも、けっこううまいんだな。
あいつは俺にいろんなワガママしてきたけど、……あいつのこと宿すことができて、よかった、と思う。
俺、まえより高いとこ怖くなくなったんだ。
だからあいつが選んだ服もさ、ときどき着てみる。
こんなの、今更かも知れないけどさ」
するとアリスが言った。
『ロビンはよくやってたと思うわよ。
文句は言ってたけど、けっきょくユーシスちゃんのしたいようにさせてあげてたじゃない。
甘いものも高いところも女装も嫌いなのに、ちゃんと我慢して。えらいと思うわ』
「あ、……いや、まあ。
相手は子供、だったしさ」
ロビンは赤くなり、ぽりぽりと頭をかく。
「そ、それはいいとしてさ、アリス」
しかし、ひとつ咳払いをするとアリスに向き直った。
『なに、ロビン?』
「ぶっちゃけた話さ、お前も、ああいうのとか着たい?」
『え?????』
アリスは予想もしていなかったという様子で絶句した。
『……な、なんで?
っていうか、あたしが女物着たら、クレフが女装することになっちゃうわよ?
ロビンは女装きらいなんでしょ?』
「え、や、別に俺は女装が嫌いなんじゃなくて、いや、すきって訳でもないけど、そのっ……」
『落ち着けニャ』
いつの間にか、ロビンの肩にミューがいた。ほっぺたをにくきゅうでぺしっとする。
「ん、あ、ありがと。
あのさ、ユーシスも男の身体だったけど魂は女の子で、可愛いものに憧れてただろ。
今のアリスも似た状況かなとおもって。
――むかし、村の連中が祭りのとき、悪乗りでクレフを女装させようとしたことあったんだ。
クレフはこの通りのおひとよしだろ。へたしたらそこを手始めに大変なことになるんじゃないかって思って俺、そのテのイベントはそれ以来、全部全力で拒否してきたんだ。
それは、アリスがなかにいるようになってからも……
それについてアリスはなにも言わないからさ、俺はいいんじゃないかって思って、あの時もあの時もあの時も、ずっとクレフに女装はさせなかった。
けど、あの日。
ユーシスがクレフに男女兼用のジャケット着せて『これで軽く化粧すれば“お姉ちゃん”でも違和感ない』っていったとき、アリスまじまじ鏡見てたじゃん。
そのとき、ほんとはアリスも、女の子らしい服とか着たかったんじゃないか、て思って……」
『……………………………………………
ぜんぜんそんなこと考えてなかったわ』
するとアリスは心底驚いたようにそういった。
『あれは単に、意外だった、ていうかそんな風にも見えるんだって驚いたからで……
だからむしろびっくりしたわ、そういう風にロビンが考えたってこと』
「そ、…そうなんだ……
だったら、その、いいんだけど。
ごめんな。なんか、変な気回しちゃったみたいで」
ロビンはちょっと赤くなって頭をかいた。
『ううん、いいのよ。
ありがと、ロビン。あたしのこと、気遣ってくれた気持ちがうれしいわ。
これからもよろしくね。
もちろん、リアナにやきもち焼かせない程度にね☆』
「あ、う、うん。そりゃ、もちろん。
よろしくな、アリス」
ふたりはそして、手をのばして握手した。
ミューがあくびをし、リアナがにこにこ笑う。
ぼくもうれしくなってきた。
なんだか、これからの旅も、うまくいきそう。なぜかそんな風に思えた。
今日はクラシエルさん(ユーシスちゃんの苗字だ)夫妻のご厚意で、もう一泊させてもらってるから、あした出発。
とりあえず行き先は、となりの町、タッセル。
ギルダーさんの故郷であるメルファンにいくことも考えたけど、あの日のことを思い出すと、あそこにいくのはまだちょっと切ない。
そんなわけでぼくたちは、ふたまたにわかれた街道の、反対の方をたどることに決めたのだった。