Neetel Inside ニートノベル
表紙

ぼくが死んでから死にたくなるまで。2
Act3-1. リアナが小さな女の子を拾って「ぼーいはんと」につきあってアルバイトしてデートをして告白されるまで

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Act3-1. リアナが小さな女の子を拾って「ぼーいはんと」につきあってアルバイトしてデートをして告白されるまで

「コドモみたいって言ったの……怒ったんだよな、ごめん。
 でも俺は、君のそんなところがすごく素敵だと、おもって……
 行かないでくれ。君が好きだ!!」
 そう言って、彼は彼女を抱きしめた。


~~オトナの恋がしたいの!~~

「ただいま帰りましたわ」『おじゃましまーす』
 タッセルの町にきたぼくたちは、まずしごとを探すことにした。
 どうしようもないときは領主様に助けていただくけれど、路銀や生活費くらいは自分たちで稼ごう。それがぼくたちのやり方だ(ぼくたちソウルイーターは禁足地が住所だから、その関連でいろんな税金を払っていない。というのに税金から出される援助金をあまり使ってしまうのは申し訳ないし)。
 とはいえ、町の様子がわからないのでは探しようがない。もしさまよってたり、さまよいだしそうなひとが見つかれば、その保護が最優先になる。
 そのため、宿を取るとぼくたちは、ばらばらに町を歩いてみた。
 ぼく(とアリス)が部屋に戻ると、すでにロビンが待っていた。
 それからしばらく後に、リアナとミューが帰ってきた。
 しかし、リアナの口からはただいまのほかにおじゃましますが流れてきた。
「え?!」
「リアナ、もしかして……」
「ええ。紹介します、ミミ・ベルワースちゃん。5歳の女の子です!」
『はじめまして、ミミでーす!
 アリスさん、クレフさん、ロビンさん、しばらくのあいだよろしくおねがいいたします!』
 ミミちゃんと名乗ったその子は、いっぱいの笑顔で元気に頭をさげてきた。
『はじめまして! よろしくねミミちゃん。
 ミミちゃんの願いをかなえるために頑張るからね!』
「ありがと、アリスさん!」
 ミミちゃんが笑う、と身体はリアナなんで、リアナの顔がにっこり笑う。
 いつものリアナとは違う笑い方にちょっとびっくりし、同時にこんな顔も素敵だな、なんて思ってしまう。
「あの……よろしく、ね」
「よろしくな、ミミ」
「はい、クレフさん、ロビンさん!」
 ミミちゃんはぼくたちふたりの手をぎゅっと握った。
 うーん、何回されても、慣れないな、こういうの。
 ぼくはまたしてもどぎまぎしてしまい、アリスに呆れられた。
「それで、ミミちゃん。このふたりはどう?」
「うーん、クレフさんは“そうしょくけい”でステキだし、ロビンさんは“いけめん”でカッコイイけど、うーん、もうちょっとオトナのひとがいいな」
「そう、ごめんなさいね」
『うみゅ、やはりこいつらでは役者不足だったにゃん』
「ミューったら。わたしの旦那様たちをそんな風に言われたら悲しいわ?」
『いや、その、若すぎるというイミだにゃん。決してそれ以上の他意はないにゃんっ』
 そうしょくけいってどんなカタチだろう。あ、“草食系”か。え、でもステキだなんて……
「俺たちはって、何の話?」
 そう考えて照れているとロビンがぽかんとした顔で聞いた。
「あ、ごめんなさいね。
 実はミミちゃん、恋人をさがしているの」
『うん!
 ミミね、じゃなかった、わたしね、ステキなオトナの恋がしたいの!!』

     

~~作戦会議~~

 ミミちゃんはすでに、リアナから一通りの説明を受けているらしい。
 5歳の女の子には、ちょっと長くて難しい話だったかもしれない。
 そのためかミミちゃんはまもなく寝入ってしまった。
 ぼくたちはその間に、お茶とお菓子を囲んで作戦会議をはじめた。

 口火を切ったのはアリス。頬杖をつき、紅茶をかき混ぜながら言う。
『オトナの恋……かあ……。
 悪いけどあたしはそういうのよくわかんないわ。
 みんなはどう?』
「恋愛小説みたいなカンジ、かな?
 俺もまだあんまり詳しくはないけど……」
 ちなみにロビンは、ユーシスちゃんを宿して以降、彼女の気持ちをもっと知りたいという理由で、彼女の部屋にあったのと同じ恋愛小説を買って読み始めたのだ。
 そのペースは一日数ページ程度と、とてもゆっくりなのだけど。
(アリスが、クレフとリアナに朗読させたら早いんじゃない? と提案していたけれど、すぐに自分で取り消していた。なんだったのだろう)
 リアナがひざの上のミューを撫でつつ答える。
「そうね、だいたいそれでいいと思うの。
『素敵な人とある日出会って、じょじょに気持ちをはぐくんで結ばれる。
 ちょっとした事件があって、でもそれを一緒に乗り越えてハッピーエンド!』
 というかんじだって言ってたわ。
 クレフとロビンなら信頼できるから、もしミミちゃんのお眼鏡にかなったなら、恋人役をやってほしいなと思っていたんだけれど……。」
「そ、それってつまり、あの本みたいなセリフとか、言うの……?」
 ロビンが真っ赤になった。
「ええ。だめかしら?」
「…………………………………………………………………えっと…………」
『おいロビン。おまえはもう対象外なのだからそんなに真剣になやまなくてもいいのだにゃん。』
「そ、そう言われると逆に微妙……」
『おまえはむしろ女装して相手の男をゆうわくしろにゃん』
「えっ?! 冗談だろそれ」
 ロビンは一瞬でものすごく嫌そうな顔をした。
『冗談ではないにゃん。
 恋愛ドラマにはライバルが必要だニャ。
 しかしアリスやクレフには“モーションをかける”なんて行動は到底不可能だニャ。
 そのうえその男が万一本気になって暴走した場合、アリスだと奴が危険でクレフだとやつ自身が危険だにゃん』
「……それは……」
『……いえてるわ……』
「そうだよね、ぼくたちに危害を加えたりしたら“食われ”ちゃうもんね」
 するとその場にいた全員がぼくをなんともいえない目で見た。なんなんだろう。
『ま、まあ、つまりそういうことだにゃん。
 というわけでロビン、ユーシスが中にいたときのことを思い出して』「絶対嫌だ!!」
「ミューったら。
 ほんとうに素敵な男性だったら、ライバルは最初からいるわよ。
 だってロビンもクレフも、わたしの村では大人気だったもの。
 むしろそうした人をねらってこそ、ミミちゃんの求める大恋愛ができると思うの」
『なるほど。さすがリアナね!』
「そういうことだからミュー、この町でもてるひとがよく通る場所をいくつかピックアップしてもらえるかしら? そこで張り込みをしましょう」
『なんとゆうムチャぶりだにゃん。
 しかしまあ、それでこそ我輩のウデの見せ所だにゃん。明日までまってろニャ』
 ミューはとん、とリアナのひざからおりて、どこへともなく消えていった。

 そのときぼくはリアナが発した驚くべき一言に気がついた――
 ぼくが人気者だったって??
 たしかにロビンやソルティさんを宿しているときはそうだったけど、それ以前のぼくは、女の子ともそんなにうまく話せないし、男連中のノリにもときどきついてけなくて、結構ロビンの後ろばかりおっかけていた気がするんだけれど。
 まあ、動物たちはみんな結構寄ってきてくれたりしたものだから、そういう意味では人気者だったかな、とは思うけど。
 それを言うとロビンはしみじみとした顔でぼくの肩に手を置いた。
「お前、無自覚すぎだろ。
 でも気にするな。クレフはそれでいいから。それでいいんだから。」

     

~~作戦、一日目~~

 リアナのとなりの席で丸まっているミューは微動だにしなかった。
「ごめんなさい、仕事で人を待っておりますの」
 リアナはにっこり笑って、本日15人目の誘いをお断りした。

 ミューは本当に凄腕の情報屋で、昨日のうちに張り込み場所を提案してくれた。
『ここは近くにあるでかい会社に出入りする連中の通り道だにゃん。
 C&Nコンチネンタル。金融業を母体に持つ、流通系の商社だニャ。
 そこに出入りする連中は金回りもいいしイケメンも多く、必然的にモテるのだニャ。
 それなりのシゴト人であるからそうそうアホガキなのもいないし、ミミの眼鏡にかなう“オトナの”男を見つけるにはいい場所だにゃん。
 社会的ステータスや評判など、条件を満たした男がやってきたら我輩はごろりと一回転するから、そいつの誘いは受けてもいいニャ。ほかは断るニャ』
『うわ~、ミューちゃんが探してくれたひとって“しょうしゃマン”さんなの?
 どうしよう、ミミ今からドキドキしてきちゃった☆』
 なんでも、ミミちゃんのお父さんも商社マンだったそうだ。
 ミミちゃんはだから、いつかお母さんのように、商社につとめる男性と……と夢見ていたらしい。
『おかあさんはいきつけのカフェでランチしてるときにおとうさんと出会ったんだって。
 ひょっとしたらミミも……うわあどうしよう~!』

 昨日は大はしゃぎだったミミちゃんは、しかし今ぷっとほっぺたを膨らませていた。
『なんで~? いまのひとかっこよかったのに。
“しゃいんバッチ”だってつけてたよ?』
『残念だがあいつも妻子もちだにゃん。
 指輪は普段していないが、すでに二人の子供がいるのだニャ』
『う~……それならしかたないわ……
 でも、どうして恋しちゃいけないひとがおさそいしてくるのかなあ……ミミわかんないよぉ……』
 隣の席からだったけど、ミミちゃんの目に小さく涙がたまってるのはここからでもわかった。
 ミミちゃんは、身体はリアナなのだ。だから見た目には、リアナが涙ぐんでるように見える。
 もちろんミミちゃんもとてもかわいそうだ。でも、妻である女性の泣き顔を目にしてしまうのは本当に切なくて、ぼくは思わず立ち上がった。
『待ってクレフ。気持ちはわかるけど、今はミューに任せましょう。ほらロビンも座って』
 ぼくの中からアリスがぼくらを引き止める。
 果たしてミューは席を立つと、ミミちゃんのひざにとびのった。
 そして、まっすぐ目を見てこう言った。
『オトナのセカイは、そういう理不尽もちょっとあるものなのだニャ。
 もちろんそうでないやつもいっぱいいるニャ。
 そうでないやつはミミに声をかけてきてないから目立たないが、そうでないやつの方が、世の中にはいっぱいいるのだにゃん。
 わかるニャ?』
『……うん。わかる。わかった。』
『よーし、これでミミもちょびっとオトナだニャ。
 おまえは素質があるニャ。死んでからでナンだが、きっといいオンナになれるにゃん』
 ミューは前足を伸ばし、ミミちゃんの頭をなでなでした。
『ありがと~ミューちゃん! わーふかふか~v』
 その瞬間ミミちゃんはぎゅ、とミューを抱きしめた。
 さくさくすべすべとやわらかい毛が気持ちいいらしく、そのままほおずりする。
『むぎゅ、おま、なにするにゃん、こ、公衆の面前で昼間からそんなっ』
『ミューちゃんだいすきv んーv』
『ニャー! いかん、それはいかんニャ!
 おまえらみてないで助けろニャ!!
 我輩のクチビルはしーたちゃんだけのものなのだニャ――!!』


『どうやらこの方法では効率が悪いようだにゃん』
 ――あまり目立ちすぎてもまずいし、ミミちゃんの気力も持たない。
 というわけで一旦休憩。ぼくたちは宿の部屋へ引きあげた。
『思ったよりマナーがいいやつが多いのは幸いだが、それにしたって既婚者率が予想より高いのには呆れたにゃん!』
『まあ、リアナ可愛いからね……(リアナは「まあ☆」と頬を染めた)
 そろそろ場所を変えたほうがいいかしらね、いい加減変なのが寄ってくるかもしれないし』
 すると、ロビンが言い出した。
「あのさ、こういうのどうだろう。
 張り込み場所の喫茶店で、アルバイト募集してたらアルバイトするんだ。
 店の中にいて店員さんなら、変なやつがいきなりよってくることも少ないと思うし、食事の仕方とかで性格とかもわかるしいいんじゃないかな。
 まあ、半分あの本のうけうりだけどさ」
 するとアリスとミューがびっくりした顔でロビンを見た。
「え、なに? 俺なんか変なこといった??」
『あ、ううん、いいアイデアだと思うわ。
 でもちょっと意外で……』
『おまえからレンアイ系のアイデアが出る日がくるとはニャ……』
 そう言われてみれば、ロビンはぼく同様、恋愛とかにはうとかったし(ぼくと違ってもてるのに、不思議だけれど)、ちょっとびっくりかも知れない。
『いや失敬失敬。
 まさかの大金星にさすがの我輩も少々びっくりしてしまったのだニャ。
 しかしすばらしい進歩だと思うにゃん。
 第二候補の店でちょうどウェイターとウェイトレスを募集しているニャ、ミミさえよければあしたでも応募してみるニャ』
『あ、うん! ミミやってみたい!
 みんなさえよければいってみたいです!』

     

~~作戦、二日め~~

 短期のアルバイトであることもあり、リアナとロビンは即採用になった。
 作業とかは基本的にリアナがやるけど、ミミちゃんもできるところはやる。
 そしてそのフォローをロビンがする、という役割分担だ。
 ロビンならウェイターのしごともできるだろうし、ボディーガードとしても申し分ない。
 ひとつよくわからなかったのは、ロビンの付き添いとしてぼく(たち)が店の前まで行かされたことだ。それも、ユーシスちゃんが選んでくれた、あの可愛い乗馬服風の服で。
『しごとをやりやすくするためだにゃん。
 男どもは詳しいことは考えなくていいのだにゃん。』
 その理由を聞くとミューはそういってぽん、と小さな手をぼくの頭に置いた(ミュー自身は肩の上にのっていた。毎度のことだが、ひげがくすぐったかった)。

 その日の夜、リアナとミミちゃんは上機嫌で、ロビンは複雑な表情で帰ってきた。
『せんぱいのウェイターさんにすてきなおにいさんがいたの!
 オトナってかんじじゃあんまりないけど、でもやさしいの!
 おにいちゃんってかんじかな? わたしきょうだいいないから、ほんとのおにいちゃんってどういうのかわからないけど……』
『よかったわねミミちゃん!
 リアナとロビンから見てどうだったの?』
 アリスの問いにリアナはにこにこして答える。
「ええ、とてもやさしい方だったわ。
 面倒見のとてもいい方で、わたしにもロビンにも分け隔てなくいろいろと教えてくれたの。まずはこのまま先輩後輩としてお付き合いしてみますわ」
「俺も同じ意見だな。
 まあちょっとその、こう、やきもちやきそうだけどさ……」
『“やきそう”ではないにゃん。おまえはとっくにやいてるニャ』
「そ、そんなことないって!
 と、とにかく、俺はじゃましないから、しっかり見極めてくれよな!
 俺もちゃんと見てるけど!」
『そのことだが、明日からはクレフ、というかアリスもあの店にいってくれないかにゃん。
 クレフのバイト捜しの行きかえりとか、昼飯どきにちょっとでいいのだにゃん。
 ロビンと小さな声で会話してくれだにゃん』
「ぼくはいいよ、アリスは?」
『あたしも別にいいけど……
 でもなんであたしなの? クレフじゃダメなの?』
『うむ。おまえでなければだめだにゃん。
 くわしいことは微妙なモンダイだからいわないが、クレフの場合だとハナシがややこしくなるのだにゃん。だからアリスがいいのだにゃん』
『? わかったわ』
『服装はできればあのジャケットをきてくれニャ。ジャケットだけでもいいがニャ』
「うん、わかった」
 アリスの方がぼくよりしっかりしてるからな。とりあえずジャケットを忘れなければいいか。
 しかしぼくはなにやら奇妙な感じを持った。

 その感じは、バイト探しの行きがけに、喫茶店の前でアリスとロビンが会話したときにも感じた。
 そしてそれは、アルバイト募集(会計できるとなおよし、条件応相談)の張り紙を見て入った薬局で明白になった。
 ぼく(たち)は思いっきり、女性と間違われたのであった。

     


~~作戦、三日め~~

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、わたしったら……
 眼鏡外すとほんとに世界がボヤボヤなんですっ。
 でも、ちょっとでも美人にみてもらいたくって……うう……ごめんなさい……」
 まだ若い店主の女性、フェルミーナさんは平謝りだった。
 半泣きのその顔を見てしまうと、女性に間違われたことなんかはもうどうでもよくなった。
「い、いいですよ、あの、えっとこないだも間違われましたから……
 こ、このジャケット着てるとそうなんですよっ。
 もう、妹にあげることにしますっ。ほしがってましたからっ」
 ぼくは一生懸命言葉を捜した。
「……あの、眼鏡ってすごくすてきですよ、だから大丈夫です!
 それで、その……」
「もちろん採用ですっ、というか採用させてください!!
 あなたが優しい暖かいお人柄のひとであるということはよーくわかりました!!
 お仕事はお教えします、ぜひここで働いていただけませんかっ?」
「あっ、はい、ありがとうございます、がんばります!」
 ぼくたちは握手を交わした(というか、どっちかというとフェルミーナさんにがっしり握られたのだけれど)。
 こうしてぼくのアルバイトは決まったのだった。


『あやしいと思ったらやっぱりそういうことだったのね……ミューのやつ!
 クレフをなんだと思ってるのよ、まったく!
 たしかにクレフは結構可愛い顔してるわよ、だからってねえ……』
 しかしその日の帰り道。アリスはぷんぷんと怒っていた。

 ぼくに女の人と間違われかねない服を着させる。
 そのうえでロビンと、ぼくのなかのアリスとを話させる――
 その狙いは(おくればせながらだが)ぼくにもわかった。
 それは、ロビンが恋人もちであり、リアナはロビンの恋人や、恋人になる可能性が現在ない、とまわりのひとに思わせること。
 そのほうが、お客や店員の男性も、リアナに声をかけやすくなる、というわけだ。

 けれどぼくは、別に怒る気にはならなかった。
 この服はもうすでに一度着てるし、話をしたのはアリスだ。
 そしてそれを勝手に、といってはなんだけど、まわりのひとたちが誤解しただけ(それも、ちゃんと“誤解”したかどうかもわからない)。
 だから、ぼくが怒らなくちゃいけないことはない、と思う。

「まあまあ、しかたないよ。
 うちにはほかに、そういうことできる人いないし……」
 でもそれを言うとアリスはさらに怒ってしまった。
『もうっ! 納得しないの!!
 こんなの、ある意味ただの女装よりタチがわるいわよ!
 はあ、ロビンがあんたを絶対に女装させなかったわけがよーくわかったわっ。
 あんたについてだけ導火線が短い理由もね!』
 アリスはそのままずんずんと喫茶店を通り過ぎて宿に向かおうとする。
 ぼくは慌てて引き止めた。
「あ、待って、ハナシしていかなくちゃ」
 するとアリスはこぶしを固めて深呼吸した。
 そしてなんともいえない笑顔で一言。
『………げんこつしていい?』

 宿に着くと、アリスとミューはやっぱり口げんかになった。
『恋人がいるなんて、ロビンの口から言わせればいいじゃないのよ!
 なんだってクレフを使ったりしたのよ!』
『聞かれもしなかったらいえないだろうニャ。
 口で言ったことより見たことの方が印象にのこるのだニャ。
 それに一度に多くのやつらに知らせることができるのだニャ。
 それに我輩は、クレフをつかったわけじゃないにゃん。ハナシをしたのはおまえだし、あくまでおまえがロビンの恋人役だにゃん』
『あたしの身体はクレフでしょうが!!』
『だからクレフのみてくれなら大丈夫だニャ。
 どうせバレることもないニャ、やじうまどもにはすきに誤解させときゃいーんだニャ』
『っ………
 あたしあんたと倫理観共有出来そうにないわ……
 とにかくっ! あしたからは行かないからね!
 どうしてもっていうなら………
 なんでもないわ』
 そのとき、ロビンとリアナが帰ってきて、けんかはそのままお開きとなった。


『せんぱいにおこられちゃった』
 ミミちゃんはそういいながら、なぜかうれしそうだった。
『えっ、なにかあったの?』
「うん、ミミね…じゃなかったわたしね、おさらをおっことしちゃったの。
 でね、割れたおさらをひろおうとしたら、おこられたの。
 あぶない、直接さわっちゃだめだろって。
 でもね、すぐにおこっちゃってごめんね、ケガしてない? ってすごくしんぱいしてくれたの。
 しんぱいしておこってくれたんだもん、わたしはだいじょぶですって言ったらそう、ありがとうっていって、ほうきとちりとりもってきて、いっしょにお片づけしてくれたの!
 ミミね、せんぱいのこと、ちょっとすきになってきちゃったみたい……』

     

~~そして初デート~~

 それはぼくが、遅い昼食をとるべく薬局をでたときのことだった。
 向こうから歩いてくるのは、大きな袋をかかえた二人――
 リアナと、どこかで見たような男の人。
 男の人は、さらさらとした茶色い短髪がさわやかな感じの、優しいお兄さんといった感じの人(たぶん先輩さんだ)だった。
 リアナの身体を動かしているのは、どうもミミちゃんのようだった。
 ふたりは楽しそうに話をしていたのでぼくは、そのまま見送ることにした。


 その晩、ミミちゃんはほっぺたを赤くして報告してきた。
 なんと、先輩さんにデートに誘われたというのだ。
 今度の定休日に、この町の遊園地で。
 もちろんいきなり一対一じゃない。
 つまり、形式としてはミニ懇親会、というわけだ。

 招かれたメンバーはほかに二人。
 まずは仲間にして同期のロビン。
 そして――
『ロビンさんの恋人さんもぜひ、だって。
 ロビンさん、恋人さんなんていたっけ……?』
「俺も心当たりないんだけど……
 それじゃ、お友達でもってカトルさん(先輩さんの名前だ)言ってくれたんだけどさ、なんなんだろうな??」
『…………………………………………………』
 ミミちゃんとロビンは首をかしげ、アリスがミューをじろっと見る。
 当のミューはというと涼しい顔でひとこと。
『ああ、それは誤解だろうニャ。
 何度かアリスが話しに行ってたのを誤解したんだにゃん。
 いやはや、人間は男と女が話しているとそれだけでデキていると思いたがるので困ったものだにゃん』
『……………………………………………………………』
 アリスは無言でミューをにらんだ。
 しかしミューは構う様子もなく
『とりあえず、誤解を解くためにクレフ、お前がいってやれにゃん。
 劇団員をやっていて、女の役をやる練習をしていたのだということにすればいいのだにゃん。そうすればたいていの奴はなっとくするニャ。』
『……………………………あんたって猫は………。』


 しかし結局、ぼく(たち)はその設定で行くことになった。
 先輩さん、改めカトルさんは、ロビンの口からその設定を聞かされると大いに驚き、しかし、にこにこと笑って「頑張ってくださいね!」と言ってくれた。

 カトルさんが連れて行ってくれたのは、この町にある遊園地だった。
 なんでも、ミューが調べてくれた……C&N、という会社が経営しているという。
 ぼくたちは四人一緒に、ざっくりと園内をまわり、メリーゴーランドやジェットコースターに乗ったり、青空レストランで食事を取った。

 カトルさんはとてもきさくで面倒見がいいひとだった。
 ミミちゃんがチョコアイスで口のまわりをべたべたにしちゃったときなんかも、にこにこしながらぬれティッシュを取り出してふいてくれたりもして、ほんとうにやさしいお兄さんのようなひとなんだなとぼくたちはみんな思った。


 だから午後は、二人二人に分かれて遊ぶことにした。
(正確には三人三人なんだけど)
 夕方の鐘がなったら、観覧車の前で待ち合わせ。
 その約束でぼくらは解散した。
 カトルさんと一緒に、ミミちゃん(とリアナ)が歩いていく。
 ぼくとアリスとロビンは、ちょっとはなれてその後を追いかけた。

 ふたりはゴーカートに乗ったり、びっくりハウスに入ったり、コーヒーカップに乗ったりしたあと、オレンジジュースとキャラメルポップコーンを買ってベンチに腰掛けた。
 あんまりいいことではないけれど、場合が場合だ(リアナがついているとはいえ、ミミちゃんはまだ5歳の女の子なのだ)。ぼくたちは後ろからそっと様子をうかがった。
『でねっ、でね……』
 ミミちゃんはものすごく楽しそうにカトルさんにいろいろなことをしゃべっている。
 カトルさんは笑いながら相槌を打ち、とても仲むつまじい様子だ。
 と、ふいにミミちゃんが手を滑らせ、ポップコーンをぶちまけてしまった。
『あ! あ、あ~!! そんなあ!!
 ごめんね、カトルせんぱい!!』
 ミミちゃんは泣きそうな声で叫び立ち上がる。
「ミミちゃん、大丈夫だよ!
 ポップコーンなら僕のをあげるから。それに」
 カトルさんが立ち上がってミミちゃんの肩を抱いた、そのとき。
 近くにいた鳩たちが、いっせいにふたりをとりまいた。
 そして、我先にとポップコーンをつつき始める。
「ほら、鳩たちは喜んでくれてる」
『……ほんとだぁ!』
 ミミちゃんは目に涙を残しながら、いっぱいの笑顔になった。
「よし、僕の分もあげちゃおうか!」
『うん! ほーら!!』
 ミミちゃんが両手にポップコーンをつかみとり、手のひらを開いてかかげると、そこにも鳩たちは飛び乗ってくる。
『きゃはは、くすぐったいよー!
 はいおかわり! そんなにいそがなくってもだいじょうぶだよー』
 ミミちゃんは鳩だらけになって笑い声を上げた。
 もちろん隣に立つカトルさんも鳩だらけだ。
「はははっ、ミミちゃんて可愛いね。
 無邪気できれいで、まるで子供みたいだ」
『……………え』
 そのとき、ミミちゃんの笑い声がやんだ。
 鳩たちがぱっと飛び立った。

 それからミミちゃんの口数は、ぐっと少なくなってしまった。
 そろそろ限界だろう。そう判断したぼくたちは、さりげなく合流し、結局その日のデートは予定より少し早くおしまいになっしまった。

     

~~これって、オトナの恋~~

 その翌日からもミミちゃんは、アルバイトを続けた。
 しかしカトルさんのことを話すことはぱったりとなくなってしまった。
 ロビンとリアナによれば、シゴトのことは普通に話そうとしているものの、休み時間に談笑したりすることもなくなり、ややきまずい雰囲気になってしまった、ということだ。
 みかねたぼくらはミミちゃんが寝付いた後、打開策を話し合ってみた。
 しかし結論はいつも同じ。
 けっきょく、ミミちゃんが気持ちを切り替えることができなければどうにもならない。

 そうこうしているうちに、アルバイトの期間は終わってしまった。

 最終日、アルバイト先のひとたち(一部の常連さんも含む)は、店ぐるみで小さなパーティーを開いて、ロビンとミミちゃんをねぎらってくれた。
 親切なことに、仲間であるぼくとミューも招いてくれて。
 カトルさんは何度かミミちゃんに話しかけようとしていたけれど、そのたびミミちゃんは他の人に話しかけてしまい、二人の会話がまともに成り立つことはなかった。
 ――そうして小一時間。
 ロビンとミミちゃんに花束と寄せ書きが送られ、さよならパーティーはお開きになった。
「短い間だったけどありがとう!」「こちらこそ!」
「次の町でも元気でね!」『うん!』
「また遊びに来ておくれ、君たちならいつでも歓迎だよ。ありがとう」「はい、マスター!!」
 花束を抱えたふたりが花道を進むたび、みんなが口々に言葉をかけてくれる。
 そして店の出口の一番近く。
 そこにはカトルさんとぼく(とミュー)がいる。
 カトルさんはロビンに言葉をかけた。
「ありがとうロビンさん。今度はお客様としてきてくださいね」
「はい、喜んで」
 そしてミミちゃんに向き直る。
「あの、………」
『………ありがとうございました』
 と、ミミちゃんは身を翻して店を出て行った。

「…………」

 一瞬、沈黙が落ちた。
「……いいのかい?」
 マスターが言う。
 同時にカトルさんも店を飛び出した。


 追いかけて路上に出たぼくたちが見たものは、花束ごとミミちゃんを抱きしめるカトルさんの姿だった。
 ミミちゃんはぼうぜんとしたように動かない。
 カトルさんの声が聞こえた。

「子供みたいって言ったの……怒ったんだよな、ごめん。
 でも、僕は君のそんなところが……
 いかないでくれ。君が好きだ!!」

 ミミちゃんは、あぜんとカトルさんを見上げて。

『……うわあああああん!』
 泣きながら、カトルさんにしがみついた。

       

表紙

るきあ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha