Neetel Inside 文芸新都
表紙

権謀のヴィエルジュ
E'pisode3 「Noel macabre(冬至祭の暗殺)」 

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   1

 この二週間の話をしよう。
 私は様々な貴族の男と寝た。その全てが男と寝る趣味のない者だったのは幸いと言えた。
 ポルナレフとの夜の後私は再び男に戻ることはなく、私は異性装の女娼として、時に女娼としての姿のまま――とはいえ、それは蒼薔薇館の女娼としては異例だったのだが――貴族達の夜の相手をした。
 その枕元で貴族達がボードゥワール女伯爵の噂を漏らすのを聞いた。
 ポルナレフから推薦状を受けた二日後の夜は、レーヌの指示によって私はスィエル男爵の屋敷を訪れることになった。
 思えば、彼がその元田舎貴族の女伯爵に対して募らせた不満は顕著だったのだと思う。
 スィエル男爵はポルナレフ伯爵と同様に元はパレ・ドゥ・ダンジュ宮殿騎士団の騎士だった男だ。だが、元より騎士団長へ上り詰める騎士としての才能があったポルナレフとは違い、スィエルは一介の騎士だった。それでも騎士としてはめざましい戦果を上げた英雄であることには違いない。
 彼は騎士団を引退した今は皇帝の臣下として議会のご意見役としての立場を持っていたそうだが、現在はその権力も振るわない状態にあり、男爵の爵位も今や形だけのものだそうだった。
 そのスィエル男爵へレーヌを介して私を紹介してくれたのはポルナレフだった。相変わらずだがレーヌからはスィエルの屋敷へ赴く理由は明かされず、それが腹の虫の居所を悪くしていた。
 ヴィオレが手綱を操って揺れる馬車の中で、その時の私はぶつくさと文句を垂れ流していた。
「まったく訳がわからないな。花館に属す花が立ち寄り売女のような真似をするなんて、今までにないぞ。ましてや権力を失い始めた貴族と寝て何の意味があるんだ」
 私は眉をひそめてすっかり暗くなっていた馬車の窓の外を眺めていた。
 今夜の衣装は男装だった。金糸で刺繍された絹のダブレットの胸は窮屈で苦しかった。ドレスを着ている時は、自分で悦に浸ることのできる豊かな膨らみが男装の時は憎らしく思えた。
 今にも胸元をはだけてしまいたい衝動に駆られていると、ヴィオレがランタンで照らされた林道の先を見つめながら言った。
「そうかっかなさらないで下さい。レーヌ様にも考えがあるのでしょう」
「考え?」むっとした口調で「レーヌは蒼薔薇館に来たら、アレクサンドゥル・ホイットローへの復讐の方法を教えてくれると言った。今夜の相手は没落しかけの議員の爺さんらしいじゃないか。私はてっきり宮殿の有力者と関係を持って、皇帝に近づける地位を掴む権謀術数ゲームをしていくもんだと思ったんだがな」
「それで合っていると思いますよ」短く答える。
「ヴィオレ」ランタンに照らされる横顔に、正直に言った。
「私は不満なんだ。何も知らされないことにな。もしこれがゲームなら、これじゃ本当に私はレーヌの駒だ」
 ヴィオレがかぶりを振る。
「これがゲームなら、盤上の舞台に立った駒は指し手の意志に従うことしかできません」
「チェスの話か?」
「ええ、レーヌ様は聡明なお方。貴方は舞台の上で与えられた役割を果たすだけで良いと思いますよ」
「ったく、それが納得いかないんだよ」
 むっとした表情がほほえましく思えたのか、彼女が私を向いてにこりと微笑んだ。
「着きましたよ」
 手綱を引いて馬を止めた。
「コケット、欲するままに愛に尽くせば良いのです。貴方の夜にラハブ様の愛の祝福を」
 
 

 荘厳な屋敷の扉を叩くと、使いの女が顔を出した。
 私が用件を告げるまでもなく、お待ちしておりましたと頭を垂れるとスィエル男爵の寝室に案内された。
 花館の寝間に入る時、酒は要らないという申し出さえなければ悦楽酒の注がれたグラスを乗せたトレイを片手に入室するのが作法になっている。花館では客の屋敷に来る場合の作法を習っていないだけに、持ち合わせていなかったのはまずいことだったかと不安になった。
 そういえば、と蒼薔薇館の悦楽酒がヴァイオレット・フィズだったことを思い出していた。青い花になってから奉仕でそれを口にできていないことを、咽喉に残るニオイスミレの香りが恋しくて口惜しく思った。
「失礼します」
 やんわりと扉を叩き、中へ入る。
 私が先ほど思い浮かべていた不安や口惜しさは、あっさりと頭の隅に追いやられた。
 それは部屋の中で繰り広げられていた光景のせいだった。
 すでにスィエルは、私以外の女娼と肌を重ねて悦楽に興じていたのだ。
 絹布のシーツの敷かれた寝台に寝そべったスィエルの上で、イシュト人の女が細い身体を揺らし、訪れる強い波に鋭く息を飲んであえぎ声を漏らしていた。
 その背中にあったのは半端彫りのハイビスカス・ロサ・シネンシスで、女はハイビスカス館の女娼だった。寝台の脇に脱ぎ捨てられたドレスは、エキゾチックな異国の踊り子衣装だ。ハイビスカス館は舞踊で客の目も楽しませると言うが、その腰使いはその舞踊特有の物なのだろう。
 やがて、腰をくねらせていた女娼は四肢をこわばらせてスィエルの上で果てると、眠るように彼の横に寝そべった。
「コケット・カミーユ・カールスタインか」
 スィエル伯爵が上半身をベッドから起きあがらせて私を見た。
「はい」短く答える。
 スィエルの物を見やると、ことの後だというのにまだ欲望に満たされていて、強く張りつめていた。
「お前は帰って良いぞ」
 スィエルがハイビスカスの花に冷たく告げると、そそくさとドレスをまとめて部屋を出ていく。
 その背中の青刺を見つめ、私は「趣味の悪い遊びだ」と思った。神娼をしてきた身の者が言うのも何だが、事実そう思った。
 夜ごと何人もの神娼を呼び寄せては、寝ているのだろう。権力を失いかけている貴族が、その憂さを複数の女に向けるくらいでしか現実を忘れられないようにしか見えなかった。
 蒼薔薇館に支払われた額が相変わらず高額であることを考えると、私が今夜の主食らしかった。
「男娼にしか食指が動かなかった伯爵閣下がどんな女を紹介されるのかと思っていたが……。良い女じゃないか」
 裸のスィエルがすたすたと歩み寄ってきて、無造作に私の顎を掴む。
 沸き上がる欲望にぎらついた瞳が値踏みするように顔を覗き込んできた。肉付きを確かめるように、指が頬を押す。
 およそ目に適ったのか、スィエルが鼻を鳴らした。
「やってみせろ」
 無関心な口調でそう言い、顎から手を離した。
 私は次を言われるまでもなく、膝を折ってベルベットの絨毯にしゃがみ込んでクラリネット吹きの性技から入った。
 ハイビスカスの花が興奮を呼び覚ます行程を省いてくれたと思えば、私のすることは決まっている。
 スィエルはポルナレフほどではないにしろ、しわが顔の所々を走っている。年は初老に差し掛かるほどだ。しかし私が指先を這わせた怒張はたくましく、老いによる衰えを感じさせなかった。
 唾液を含ませた口唇で包み込み喉の奥まで受け入れ、くまなく舌を使った。それでも彼はじっとして、声を漏らすこともなかった。
 しばらく続けていたが、舌の上で彼のものがしぼんでいくのを感じて私は焦りを感じた。ロシエルに仕込まれた手管を絡めたものへと移るが、やがてたくましさを失っていた。
 内心焦ってしまい、私の守備範囲の中でどれを試せば良いのか見当もつかない状態にやけになってしまった。あろうことか、私が選んだのは"茎起こし"と呼ばれている最下層の安娼婦が使うがさつな手技だった。しかしスィエルのものが反応を示してくれ、むくむくと起き上がってくれたのに安堵した。
 それで彼の欲望のありか――スィエルは嵐のような興奮を求めているのだ――を理解した。
「こちらへ」
 私は確信を持って彼の手を引き、再び寝台の上に導いて寝そべらせた。
 男装のズボンだけを脱ぎ捨てて彼の上にのしかかると、彼の欲望を自分の中に入れて乱暴に掻き回した。 
 私の確信は効を奏した。



「私はポルナレフ伯爵と比べれば才覚の無い男だった」
 それから3時間ほど奉仕を続け、彼が何度目かの絶頂を迎えた頃。スィエルは荒くなった息で私の耳元にふと呟いた。
「それでも栄華を掴み取ってきたつもりだったよ」
 私は奉仕の途中でダブレットを脱ぎ捨てていて、裸のままだった。
 昔話を始めた彼の胸に手を這わせ、私はその腕の中で寄り添って話を聞いた。
 かつて騎士団長をしていたポルナレフ伯爵の指揮の下で、騎士として様々な功績を上げた。ブリストルの海賊討伐、今やパレ・ドゥ・ダンジュの南方の植民地となっているチェザーレへの侵攻では勲章を受けた。そのお陰で先帝ロア・シュヴァリエの寵愛を受け、宮廷騎士団の元老と議会の一員の立場を得ることができた。
 もともとその地位にはポルナレフ伯爵が相応しいと言われていたそうだが、彼はロア・シュヴァリエの誘いを断って宮廷絵師としての道を選んだ。当時のスィエル男爵は彼が断ったのが理解できなかったそうだ。
 だが皇帝が今の皇帝に変わってからは、段々とスィエルの立ち位置が悪くなっていったという。
「私はロア・シュヴァリエ陛下には寵愛されたが、今の皇帝陛下の寵愛を受けることはなかった」
 ロア・シュヴァリエ派だった彼が、現在の議会で立場を悪くしていったのは必然だった。
「一年前、私は議員の任を解かれた。それからは自棄になってしまったよ。今では君の見た通り、日々のラハブの神娼を屋敷に招く生活を送っている。ラハブ教の連中から見れば望むままの生を送っていることになるのだろうが、正教の信徒から見ればただ自堕落な没落貴族だよ」
 そう言うスィエル男爵の瞳は、悲しみに濡れていた。
 私は目尻から滑り落ちた雫を、手のひらで優しく拭った。
「私はホイットローのせがれが憎い。だが、それ以上に憎いのはあの女だ」
「あの女?」私が聞き返すと、皺だらけの手が肩を抱き寄せてきた。
「アンジュ・アレクサンドゥル・ホイットローの寵愛を一身に受けた女だ。あいつは自分の身体で皇帝を籠絡して、都合の良いように操っているんだ。男の私では同じようにはできない。そして私は陥れられた。狂おしいほど憎いのだ、あの女が」
 裸のスィエルの肩が震えていた。それはやり場のない怒りがさせたことなのだろうと、私はその腕の中で感じていた。


     

   2

 ボードォワール女伯爵についてはスィエルだけではなく、エモニエ子爵と夜を共にした時にも聞くことができた。
 エモニエも宮廷騎士団の出の者だった。しかも少し前までアンジュ・アレクサンドゥル・ホイットローの後任を勤めた騎士団長だったという。
 パレ・ドゥ・ダンジュの西方、セーヌ河を越えた彼の家名を冠した地方は彼が戦争で勝ち取り与えられた領地だ。かつてのエモニエ地方はとても広い土地を有しており、それだけにエモニエの力が雄大であったことを物語っていた。
 そんな確かな地位を保っていたはずの彼がボードォワールの女狐の一声でその座を下ろされ、その名誉ある領地の大半をボードォワール伯爵家に奪われた。今や彼の手元に残されたのは、わずかばかりの土地と形ばかりの子爵号だけということだ。その憎しみはきっとスィエル以上に深いのだろう。
 早い話が、エモニエも私と同じ没落した貴族だった。私にとって後に好都合となったのは、彼が女に腑を抜かれた皇帝に対して憤慨の念を抱いている事にもあった。
 エモニエは私を蒼薔薇館の花としての価値を存分に認めてくれ、その味を堪能すること特に気に入ってくれた。情事の最中、熱を帯びた溜め息をまじらせて言った言葉は今でも耳に残っている。
「レーヌがアンジュを皇帝の座から引きずり落とそうとしていることは知っている。お前があのポークの糞のような皇帝と同じ股から生まれ、先帝ロア・シュバリエの子でありながら境遇に天と地の差を持って生きている弟を憎んでることもな。私はあの女狐と、あの女狐に腑抜けにされた皇帝が憎いのだ。あいつらはルシフェルの糞だ、だから私は同盟に加わった。お前の心情は痛くわかるさ」
 同盟、という言葉はその際には頭の片隅にも思い当たる物はなかったが、エモニエが語るには私はその同盟とやらの鍵らしかった。
 たかが女の口車に乗せられて、かつては右腕となっていた戦友に売られたその恨みを返せるのならば惜しむ物は無いと一晩の濃密な交わりの代価を私は授かった。
 それは私が神娼として確かな価値を築くことのできるエモニエのなけなしの花上げ料と、ふんだんな協力だった。
 
   *

 蒼月の間に行くまでにまだ少し時間がある、ポルナレフの屋敷に行った時の話をしよう。
「服を脱ぐんだ、コケット」
 これは私が屋敷の離れ、ポルナレフ伯爵のアトリエに招かれて開口一番に言われ言葉だ。
 それは巫女の儀の三日前のことだった。
 アトリエの中は肌寒かった。冬になると、彼がここで絵を描く時には暖炉に火を灯さないこだわりがあったからだ。そうすることで、筆を走らせる神経を尖らせることができるとのことだった。
 要は自分を追いつめるための習慣らしいが、「ポルナレフはマンドレーク館の花のように被虐的な趣味でも持ってるのか?」そんなことを思いながら震えを我慢していた。
「唐突ですね。今日は庭師を通していないようですが。花上げ料は後払い、ということですか?」
 そのときの私は、訝しんだ瞳をポルナレフとその隣の男に向けていた。
 ポルナレフの屋敷へはこれで3回目。初めは会食を交じわすだけだったが、二回目に来た時には寝室に呼ばれその欲望を引き受けた。
 ベッドの中での彼は、初めて奉仕した時とは違って優しかった。囁く言葉は甘く、私を抱く腕は柔らかくなっていた。
 その日はポルナレフ伯爵から直々に屋敷に招かれていたが、特にレーヌやヴィオレを介して花上げ料の交渉をした訳ではなく、奉仕はなしの方向だと思っていた。
――結局、男というのはこういうものだ。欲望が沸き起これば理性に縛られずいつだって女を抱きたいと思うのだ、とポルナレフから無骨な言葉を投げ掛けられた時は内心あの夜のポルナレフは偽りだったのだと幻滅していた。
 相手は二人か、とちらりポルナレフの隣にいる男を見た。
 男は初めて見る顔だった。
 ブリストルの海賊だと言われれば、それを鵜呑みにしてしまいそうなほどにたくましい体躯をしていた。
 大木のような腕に黒く塗りつぶされた蔦が絡みつくように彫られていて、それに禿げ上がった頭には荒々しく羽を広げた鷹の青刺があった。
 見事な彫りの細やかさに私は感嘆していた。腕に彫られているのは花の開いていない野薔薇の蔦だったが、流麗な線描で棘だらけの蔦が走り、かしこに散りばめられた蕾と葉は繊細だった。
 特に額に彫られた鷹は格別だった。生きた鷹を肌の中に取り込んだとさえ思えるほど躍動的で、羽の一つ一つの彫り込みは滅多な腕の彫師では描けはしない。
 男の青刺の出来映えに思わず惚けていた私に、再度ポルナレフが言う。
「黙って言われた通りにするんだ」
 その言葉にはっとして、私はドレスの背に手を伸ばした。ボタンを外すと身を包んでいた青いベルベットがはらりと床に広がり、二人の男の前に裸身を晒した。
 もうすぐ雪の降り出す季節だけに、薪もくべていない冷えた部屋の空気が肌を突き刺してくるように思えた。
「後ろを向くんだ」
 静かに言うのに、私は素直に背を向ける。
「二人を同時に相手するのは初体験だな」と思っていたが、ポルナレフと鷹の青刺の男は私に近づく様子はなかった。
「どうだ? この緋薔薇の上に描けそうか?」
 その言葉に当てが外れ、私は思わず横目で背後を振り返った。
 ポルナレフと男は私の緋薔薇の青刺を値踏みするように眺めていた。
 ひとしきり私の背中を見つめていたポルナレフが隣をちらり見やった。
「ジュスト、お前の腕を見込んで言っている。私はこの蒼い花が名花として名を馳せると思っているのだ」
 男は彫師だった。
 私にもその名に覚えがあった。いや、夜咲く花ならばジュスト・クーヴルールの名を知らぬ者はいない。
 ジュストは数々の名花の青刺を彫った一流の彫師だ。その腕は庭師長達の折り紙付きなのだが、例え大金を積まれようとも自分が認めた者でしかその腕を振るおうとしないほど頑固な職人気質で有名だった。
 ここ2年間では黒薔薇の名花プランセス・ノワールの青刺くらいしか引き受けていない。それだけに、彼に腕を振るわれるのは誉れ高いことで、神娼にとっては特に格別なことと言えた。
 しかし、それも無理な話ではある。彼が自分以外の彫師が彫った青刺に手を加えるなどありえない話なのだ。
「どうしても彫って欲しい花がいると聞いて来てみたが……。例え伯爵殿の頼みとは言っても、これはできない相談だ。俺には他の奴が彫った物を引き受けない主義でな」
 ぶっきらぼうな口調で、予想通りの答えが返ってきた。
「だが」顎に手をやり豊かに蓄えた髭を撫でると、ジュストがそれまでの言い分を否定する。
「こいつはパルフェ・タムールの生まれ変わりらしいじゃないか。それが本当なら、絵柄の上から彫り直しをしてでも引き受けたい話だ」
「彼女は本物だよ」
 ポルナレフが私に近寄ると、羽織っていた上着を脱いだ。
 それを、裸のまま背を向けていた私に優しく被せてくれた。
「寒かっただろう。向かいの部屋で着替えて来ると良い」
 暖炉に薪もくべてある、と私の肩を抱くポルナレフに私はかぶりを振る。
「いいえ、私はこちらでも構いません」
「君は構わなくても、私が気にする。例え神娼と言えど、私の目前でいつまでもお前の裸を他の男に見られるのはたまらなく口惜しい」
 肩に回した腕で私を部屋の外へ導こうとするポルナレフに、ジュストが不思議な物を見たと眉を上げていた。
「随分とご執心なことだな。あんたが女に優しくしている所なんて初めて見るぞ。被写体の女にはそんな様子も見せたこともない」
「……彼女は亡くなった妻によく似ているからな。彼女をパルフェ・タムールの生まれ変わりに相応しい花にしてやってくれ」
 くぐもった声でそう言い残して、ポルナレフは私を向かいの部屋に連れていった。
 それは短い間だったが、ゆるりとした足取りと私を抱き寄せてくる腕はやはり優しかった。
 ポルナレフの屋敷を後にしてからは、私はジュストのアトリエで彫り直しを受けた。スィエルとエモニエからの花上げ料は奉納金を差し引いても余りある金をジュストに支払った。
 ジュストは実際にポルナレフの言うとおりで、腕の良い彫師だった。
 繊細な青刺を施すには相応の痛みが伴う。彫る際には小槌でこつこつと、肌に無数の極細の針を打ち込んでいく。繊細な描線を引く為に、ゆっくりと肌に墨を染み込ませていく作業はここ数日続いて、今でも針を打った背中はひりつくような痛みを残してくれた。
 ポルナレフの用意した原画は、夜咲く花々の庭で通った名に違わず見事な出来だった。緋薔薇の半端彫りだった線を拾い、緋の中に混ぜ合わせるようにして蒼薔薇――ブルームーンを描いている。右の肩甲骨にあたる部分からはポルナレフの細やかな筆遣いによって白銀のような羽根の一つ一つまで大きく丁寧に描かれた翼が据えられていた。
 私の髪色と同じ、プラチナブロンドの天使の片翼。
 それを見て、はじめは天使様(ラ・ヴィエルジュ)の出来損ないと呼ばれていた私にはおあつらえ向きじゃないかと皮肉ったが、色の入れられていない蒼薔薇が描かれた背中を鏡越しに見、そこから原画に目を移すのを繰り返している内にじわじわとこの刺青が完成する時が楽しみになっていった。
 それだけポルナレフの原画とジュストの彫師としての腕は素晴らしく、私は蒼薔薇の次期名花の名実を手に入れることとなった。

     

   3

 蒼月の寝間に着いた。ここからは今の話をしよう。
 私は先に部屋に戻っていたシェリルを連れて蒼月の寝間に入った。まだ巫女の儀に出た時のドレスのままだ。
 中に入ってくる私達を見てレーヌが声をかけてきた。
「来たかコケット。シェリルも一緒だな」
 それに私がかしこまる。会釈をしようとするが誤って緋薔薇館式でスカートの裾を上げようとした所を慌てて蒼薔薇館式に改め、かぶりを垂れた。
 落ち着かなかったのも無理はなかった。
 入って間もなく見えた光景に驚いていたのだ。奉仕には広すぎるほどの部屋ではあったが、その中に思いがけなく十数人の人間が集まっていたのに驚かない方が無理がある。
「ふぅん、彼女がダム・ドゥ・リオン(獅子の淑女)の? この場ではパルフェ・タムールの生まれ変わりと言った方が良いのかな」
 肩までの艶やかな黒髪を片側だけ三つ編みにしたイシュト人の女が、目で推し量る。黒のゴシックドレスに身を包んだその姿は私でなくても見覚えがあった。
「プランセス・ノワール……!?」
 再度彼女の姿を確かめるように見、レーヌに視線を送る。「これはどういうことだ……?」
 聞きたいことは他にも色々あった。その場に居たのはプランセス・ノワールだけではなかった。彼女の隣には蒼薔薇館の名花が一人ロゼ・ドゥ・メールブル。そしてその隣には庭師が三人。胸に飾ったジャボを見れば赤青黒と並んでいて、それぞれ緋薔薇、蒼薔薇、黒薔薇館の庭師らしい。
 他はおよそ蒼薔薇館の者が占めていたが、その中の深紅のドレスを着た女娼と緋薔薇の庭師に目が止まった。それは見覚えのある顔だった。
 そこにいたのはシャルロットとロシエルだった。こちらに気付くと目配せをしてくれた。
 何で彼女達がここにいるのかを問いたかったが、レーヌが話し始めたお陰でそれをすることはできなかった。
「揃ったな」
 仮面の奥のエメラルドの瞳が私とシェリルを見、奥へ来るように視線を流して招く。それに従い、私達は寝台に歩み寄って腰を下ろした。
「集まってもらったのは他でもない。我々がラハブの愛に従い動き出す時が来たのだ」
 レーヌの言葉にまず私がしたのはシャルロット達を見、その後視線を隣のシェリルに移すことだった。
 シャルロットとロシエルは緋薔薇式の会釈をし、続いてシェリルもわかりきったことのように胸に手を当て蒼薔薇式の会釈をしている。それに慌てて合わせる。他の花や庭師も同様だった。
 おわかりだとは思うが、これがエモニエの言っていた同盟だった。
「トロワの聖薔薇」それがこの同盟に付けられた御名だ。
 夜咲く花々の庭の薔薇の名を冠する花館の人間が揃えられている。白薔薇館の者がこの場にいないのは、この同盟が掲げる血生臭く醜悪になりうる目的があるからなのだろう。純粋な心を持っている白い花達への配慮であることはわかる。
「知っての通り」レーヌが切り出した。「冬至祭が明後日に迫った。これはトロワの聖薔薇が最初に下すラハブの裁きの日になる。愛は安らぎを与えるだけではない、時にその者のためならば制裁を加える厳格さも持つのだ」
 静かな口調からくるりと変わり、声色は激しくなった。
「君達も知っているはずだ! ホイットロー帝が先帝ロア・シュヴァリエを打ち倒した後のルシフェルの天使が治める国の有様を!」
 煽り立てるように言う。その様に普段の水辺に咲く花のような凛とした静けさはない。その振る舞いは勇猛な男のように雄々しい。普段の夜咲く花々の庭では決して口に出されることのない正教への侮言を言い放っている
 華やかな夜の庭での生活で忘れがちになってしまうことではあるが、パレ・ドゥ・ダンジュは小麦の疫病が流行して小麦は十分に国に行き渡らず、ズィヴァと呼ばれる貧民の層は明日のパンを得ることさえできていない状況にある。夜咲く花々の庭は貴族からの花上げ金で花達が枯れることの無く豊かな彩を保つようにする最中、そういったズィヴァの民にラハブの愛として食事を与えている。だがそれも間に合わない一方だ。
 それはエモニエのような没落を迎えた貴族も一緒だった。以前までは母乳だけを飲ませたヌストゥ子豚を頂くことのできた食卓は、しもざまのする食事と変わらぬ質素な物となっていると聞く。
「ロワール領主アルフォンス・アルカンは民がパンも食べれぬほど疲弊していると宮殿に直訴した。それをシャトーイリスの女伯爵ベアトリス・ボードゥワールはパンが無ければポークの餌を食べれば良いと言い放って帰したと聞く。ボードゥワールの息のかかった貴族達は自分達が押しのけた貴族達を尻目に潤い、ポークのように醜く私腹を肥やしているのにも関わらずだ」
 エメラルドの瞳が皆を探り見る。
「上に立つ者は下の者の痛みをわからねばならない。我々がまず為すべきなのは欲のみに溺れて救いを得ることのできぬ者を汚れた生から解放させ、ラハブの愛によって粛正し痛みを思い知らせることだ。そのためにシャトーイリスの伯爵ベアトリス・ボードォワールを暗殺する。これはラハブの愛がパレ・ドゥ・ダンジュを包むための第一歩となる。ボードォワールはルシフェルの教えに従い過ぎた。これはボードォワールに来世での救いを与えるだけではない、この天使の治める国を浄化するものでもある!」
 力強く言った後に一拍置いて仮面の奥のエメラルドの瞳が閉じ、上がる。「さて」
 そっと呟きまた一拍、次は私の方に視線を向けてきた。
「今日から新たに我らトロワの聖薔薇に加わった。皆も既に知っているだろうが、彼女はアンジュ・アレクサンドゥル・ホイットニーの双子の妹だ。そして、ラ・ヴィエルジュ――つまり正教の手によって我々の神話の中から姿を消したパルフェ・タム―ル、その生まれ変わりだ」
 レーヌが顎をくっと上げて立つように促してきたのに、私は柔らかなばね入り寝台の感触を名残惜しく感じながら腰を上げた。
「コケット・カミーユ・カールスタインです。以後、お見知り置きを」
 会釈する。
 頭を下げたまま横目で周囲を伺ったが、皆が厳かに会釈を返している。それはシャルロットもロシエルも、シェリルも同じだった。
 三人ともこの同盟のことを知っていたのだ。レーヌから何も知らされていなかったのは私だけだったらしい。
 頭を上げると、皆がもろもろに会釈を解いた。
「彼女にはノワイエになってもらう」
 レーヌが口に出した途端、蒼月の寝間に声が沸き返った。
 ノワイエとはパレ・ドゥ・ダンジュ語で胡桃の木を意味する言葉だ。おわかりいただけると思うが、ノワイエに硬い殻で覆われた実がなっている光景を思い浮かべる事はできても、その木に花がなることはあまり知られていないと思う。
 ノワイエには小さな可憐な花が咲くが、その花言葉は控えめな花弁とは裏腹に「謀略」を意味する。転じて、はかりごとを巡らす時にノワイエをパレ・ドゥ・ダンジュでは暗殺役を指す隠語として使われているのだ。
 私も隠語の意味は知っていてレーヌが言ったことに慌てる様子もなく聞いていたが、内心では彼女の唐突な発言に「またか」と思っていた。この事はシャルロットもシェリルも既に知る所だったのだろうかと思うとむかっ腹が立ってくる。
 察していただけると思うが、蒼薔薇館に来てからというもの私はレーヌの言いなりだった。
 これまでと変わりなく、心の準備もないままに突然の用件を伝えられるのには腹の底からむらむら来る物があったが、他の者達の目も有ってそこは口には出さなかった。
 代わりに聞いていないぞと言わんばかりにきつい視線を向けて目を細めてやったが、レーヌは意に介した様子もなく、懐から取り出したガラスの小瓶を掲げて見せてきた。
「宴の興が盛る頃、ボードォワールは二輪の花を寝間へ持ち込むことになるだろう。その内の一輪が彼女になるのだ。冬至祭の晩にボードォワールに出す悦楽酒にはあらかじめこれを入れておく」
「それは?」
 聞き返すと、レーヌは肩をすくめて返した。
「ボードォワールだけに効く毒薬だ」
 薬学者が聞いたら呆れかえるような返事に私は目を白黒させた。
 毒なんてものは口にすれば、皆が分け隔て無く平等に死んでいける物だ。それをあろう事か、この仮面の庭師長は神の奇跡でも起こすとでも言わんばかりに鼻っ柱強く言った。
 思い上がりもはなはだしいと思いつつ私も肩をすくめて見せたが、仮面の下は何食わぬ顔をしているのだろう、口元に笑みを浮かべて返すだけだった。
 そうして、視線を私からシェリルに移す。
「もう一輪はシェリル、君だ。君にはコケットを手伝って貰う事になるだろう。我らの天使に潤沢な力添えを頼む」
「はい」
 シェリルが寂に答え、会釈を返す。
「それと」言い、今度はシャルロットの方を向いた。「シャルロット、君には今宵の内に冬至祭のための仕込みを頼む」
 その言葉に立ち上がり、シャルロットが緋色のベルベットのすそを持ち上げた。
「君が自ら望んでの役目ではあるが――」
 言いかけ、レーヌが仮面の奥から横目で私を見ると一つごほんと咳払いする。
「……あまり羽目を外さないようにな」
 その濁した言い方が、私にはやけに引っかかった。
 どういうことだとレーヌを見返すが、取り付く島はない。シャルロットの方を見やれば、あの可愛らしい幼顔がこちらをじっと見つめてきていた。
 始めは彼女がいつもの悪戯な微笑を浮かべるのに私は訝しく思ったが、その一方で頭をよぎった淡い期待が私の胸の奥を高鳴らせた。

     

   4

 緋薔薇館の花達がつぼみを閉じる苗床、その内装といえば蒼薔薇館の物とは違ってどこか落ち着いた色彩を見せているように思う。
 緋薔薇柄の絹布のカーテンと白いレースカーテンが重なり、足下のじゅうたんは上質なベルベット。ティータイムに使うテーブルは小柄で簡素ではあるがマホガニーだ。
 ここ数週間前までは私とシャルロットの寝室だったそこも、久しぶりに来てしまえば意外にも落ち着かないもので、シャルロットが緋色のドレスを返しにいっている間、私はシャルロットのベッドで横たわっては、何をするわけでもなくベッドの天蓋を見上げたり、寝返りを打って私のベッドが無くなった以外は何も変わりない部屋の様子を眺めたりしていた。
 すべてが赤色――緋薔薇館の色だ。
 何気なく枕元に置いてあった術書に手を伸ばすと、それがフルール・ドゥ・リスの書で、私がそれに気付いたのも書の中を開いた時だったから、その時には顔を部屋の保護色にしてそれを枕元に投げ返した。
 こうも落ち着かないのは、早い話、私はシャルロットとの初夜を思い出して、まるで童貞の貴族が神娼を寝間で待っているかのようで、別に何でもないと自分に言い聞かせても、動揺を認めたくないから心奥が騒ぐのを静めさせることができなかった。
「コケット、まだ居る?」
 突然、愛らしい声が投げかけられた時には、木槌が力任せに降り下ろされたかのようにまず胸が跳ね、その奥で早鐘が鳴らされているのがわかった。
 火照りの消えない頬を押さえ、私は彼女の甘い匂いの残るベッドから身を起こして答える。「ああ……」
「こうやって二人きりなのも久しぶりだね。今はシェリルと相部屋なんだっけ?」
「知っているのか」
 聞き返すと、シャルロットが隣に腰掛ける。柔らかなベッドがたわむ。「うん」
 シャルロットが私に寄りかかるようにして言う。腕をシャルロットの巻き髪が撫で、それがくすぐったい。
「従弟なの。あの子はカスミソウ館の養い子だけれど、レーヌ様の眼鏡にかなったわ。蒼い花の素養を認められたのね。私は白薔薇館の男娼になると思ってたけれど、蒼薔薇館の花になるなんて思わなかった」
「そういうものか? 私は――」
 それで言葉の交わりが止まる。その静けさがまたやけにむずがゆく、胸中の鐘に振るわれる槌はなお一掃打たれる間隔を縮めた。
「――私はあの場にシャルロットが居るなんて思わなかったけどな」
 本音を呟いてみる。
 それもそうだ。本来ならシャルロットがトロワの聖薔薇に加わっている理由がないのだから、ラハブ神官と緋薔薇の名花にできた娘が、あんな血生臭い集まりにいるはずがない。次期緋薔薇の名花と言われている彼女ともども、パレ・ドゥ・ダンジュの宮殿貴族からは惜しみないひいきを受けているはずなのだ。
 エモニエの話から推測すれば、アンジュ・アレクサンドゥル・ホイットローの失脚を望む者達の集まりだ。それに彼女が加担する因果が存在しない。
「ごめんなさい」
 眉を寄せ、そう詫びるとシャルロットが私の肩に頭を寄せてくる。彼女の髪から花の香りがする。
「ごめんなさい?」鸚鵡返しする。
「まさか私を騙していたとでも?」
「違うの」彼女の前髪の隙間から表情を覗き見る。シャルロットは眉根を下げて、ばつが悪そうにしていた。
「確かに黙っていたのは本当だよ。でも騙してる事なんて何もない。ううん、コケットの言いたいことはわかるよ。私がトロワの聖薔薇に居たのはお父様の事情」
「シャルロワ家の?」
「ラハブ神話のパルフェ・タムールが正教によって失われたことはレーヌ様から聞いてるよね?」
 突然聞いてくるのにかぶりを縦に振る。「ああ」
「お父様はラハブの失われた神話については正しい導きをしたいと考えているの。この天使の国が正教に治められているのを快く思っていない」
 シャルロットの父、シャルル・シャルロワは貴族達――正教の人間達の庇護を受けている。しかし、その庇護があってもそう考えるのは彼が元々は原理主義的な考えの持ち主だったからなのだろう。
「レーヌ様は今の皇帝陛下の権威を失墜させることを企んでいる。アンジュ・アレクサンドゥル・ホイットローのやり口に反感を持っている貴族達に取り入って、宮廷でのラハブ神教の地位獲得――できればラハブのしもべから皇帝の座につく者が現れることを狙っているの。お父様はレーヌ様に同調しているんだよ」
「だからシャルロットが駆り出された、と」
「そう」シャルロットが頷き、すぐさまかぶりを振った。「ううん、それだけじゃないんだけどね」
「というと?」
 聞くと、シャルロットが顔を上げて悪戯っぽく笑う。
 首筋に柳のように細い腕が回されたと思うと、刹那。唇が彼女の花弁のような唇に塞がれた。
 シャルロットが唇をそっと離し、端的に言う。「こういうこと」
 その一言に私は思わずくすりと笑い、聞き返した。
「どういうことだよ」
 今度は私からシャルロットの唇を奪う。
 彼女はそれを待っていたかのように、少し開いた唇から小さな舌を差し入れて、私の舌に絡ませる。私もそれに応える。
 しばし離れて、一言。
「……愛だよ」
 そして一拍、また端的に言う。「愛だよ」
「愛? ラハブの教え、って事か?」
「ううん、コケットの身体のこと。神話から消え去った13人目の使徒パルフェ・タムールはいかなる性を持つ者にさえ愛を与えることができた。それは何でだと思う?」
「彼女がラ・ヴィエルジュだったからか」
「そう。確かに彼女は女であり男だった。ううん、正確には違う。彼女は女の身体でもあったけど、男の身体にもなれたの。だから、彼女はどちらにも愛を与えられる奇跡だった。コケットと同じだよ」
「それが何の関係が?」
「彼女がどちらの身体にもなれた鍵が、愛だったんだよ」
 シャルロットの手が私の髪どめを外す、束ね上げられていたアッシュブロンドの髪がベッドにまで広がった。
 そのまま私を、絹布のシーツが敷かれたベッドに押し倒す。しかし、それはあくまで優しかった。
「奇跡を呼び起こすのは心の力。心はいつでも繋がりを求めているんだよ。だから、こうして心と身体も交わることでパルフェは相手に合わせた身体に変わることができたの」
 そういえば、男の身体になったのはシャルロットと一晩を過ごした後だ。同じく、女の身体に戻ったのもポルナレフと蒼月の寝間で夜を共にした後のことだった。 
「なるほど。だから女に交われば男に、男に交われば女の身体になったのか」
「そう。それも交わる相手からの愛があってこその奇跡なんだよ。だからこの権謀術数ゲームで貴方に助力する駒になることを望まれたし、私もそれを自分から望んだんだよ」
「つまり、明後日の冬至祭は私が男になる必要があるってことか?」
 私が聞き返すと、私のドレスに雪花石膏《アラバスター》のような滑らかで白い掌を滑らせて肩からドレスを剥いできた。
「さあ?」シャルロットが小悪魔のような微笑を浮かべる。「ボードォワール女伯爵には女を買う趣味はないが、女のような見目の男にしか食指が動かない。あの女の目に適うような者はコケットしかいない。シャルロット、お前の力を貸してくれ。そんな風にレーヌ様が私に仰ったかもしれないけど、今の私とコケットには関係ないことよ。だって、私はコケットとの夜を楽しみたいだけなんだもの」
「なんだよ、それ」
 そう言って笑い、私は再びシャルロットの唇を奪った。久方ぶりの彼女との夜は悦楽酒を口にするよりも甘く、朝まで続いた密事は媚薬よりも酔いしれるものだった。
 

       

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Neetsha