杖を一振りしただけで魔法が使えたら良いのに。
ボクは一人ぼっちの部屋で幾度もそう考えていた。
この部屋は薄暗くて火の光が当たらない。
でも理想の杖があったらこの部屋も明るくなる。
杖があったら何でも出来る。
美味しいご飯だって一杯作れるし、お菓子のお家だって作れる。
世の中の常識を全て引っ繰り返す様な事だって出来る。
でも杖は夢の中にしか存在しない。
朝になったら右手に握っていた杖はふっと消えるんだ。
そして目の前に広がるのは光の無い暗い地下。
左右の部屋では顎髭を生やしたおじさんが怒鳴っている。
出してくれ、出してくれと何度も叫んでいる。
ごめんね、おじさん。
ボクに杖があったらおじさんも助けられるのに、ごめんね。
杖がもし一日中存在してたら、何でも消せるんだろうな。
五月蠅い声も、嫌な思い出も。
そして過去も。
ボクがここに居る理由となった過去も。
それに杖があったらお母さんも帰ってくるのに。
家族が皆帰ってくるのに。
でも皆が帰ってくるのは夜だけで、それ以外の時は帰ってこない。
こんなに悲しいなら皆を殺さなきゃよかった。
どれだけ殴られても、どれだけ笑われても、殺さなきゃよかった。
ああ、杖があったら皆帰ってくるのに。
そう呟くと、右隣に居た顎髭の濃いおじさんがおまじないを教えてくれたんだ。
おじさんはしゅうきょうって言うのに入ってたらしい。
その人の話だと、永遠に夜を過ごせるおまじないがあるらしい。
方法はとっても簡単だったから、すぐにおじさんの言った通りにした。
おじさんのしゅうきょうではこうすると神様に救いの手が差し伸べられるらしい。
それで皆の下まで行けるんだって。
まずは確か、前歯で舌を噛み切るんだっけ?
今夜寝る前に試してみよう。
その日の夜、ボクは家族に会えた。
夜は覚めず、ボクは杖で沢山お菓子を出して皆で食べた。
でも出てくるのは何故か全部チョコレートだった。
真っ赤な色をした、チョコレート。