「みゆき、お前に大事な話があるの。実はお前は、拾われた子なのよ。本当はうちの子ではないの」
私は目の前で床に座っているみゆきに語りかけた。
「あの秋も終わりの頃、お前はうちの庭の茂みに隠されるように捨てられていたわ。そこでお前は助けを求めるように泣いていた。親はだれだか分からないわ。何故うちを選んだのかもさっぱり」
みゆきは私の話を聞いている間、目を逸らしたり、俯いたりしていた。
「あれからどれだけの時間が経ったかしら。でもね、心配しないで。お父さんとお母さんはお前のことを実の娘だと思っているし、もちろん私も、お前のことを、血を分けた妹のように愛しているわ。これまでも、そしてこれからもずっと」
時折り、みゆきは自分の目の辺りを手の甲で擦ったりもした。
「こんなこと、お前は知らないほうが幸せなのかもしれないのかもしれないわ。だけど私はどうしても事実を知らせたかったの。真実を知ったうえで、お前自身がどうするか決めてほしかったのよ!」
芝居がかった口調でそこまで話したところで、みゆきは一言「みゃ~お」と鳴いた。そして私に背を向けて部屋の隅のベッドにひょいと飛び乗り、丸まった。
「……さて、猫と遊ぶのはこれくらいにして、そろそろレポートの続きでもやりますか」
私は独り言を漏らすと、乾いた目に目薬をさし、椅子の向きを直してパソコンのキーボードを叩き始めた。
さやかお嬢様が、わたくしに話しかけています。その語られる内容を、わたくしは言われずとも気付いておりました。自分が捨て子であることを。ええ、憶えておりますとも。あの日は雨がしとしと降っていて、お嬢様はそっと傘を差し出してくださいましたね。
そしてわたくしは存じ上げております。実はさやかお嬢様も、旦那様と奥様の間に生まれたお子様ではないということを!
わたくしは聞いてしまったのです。お嬢様が家にいらっしゃらないときに、旦那様と奥様が話していらしたのを。わたくしが生まれるよりもずっと昔、ある年の暮れにお嬢様は屋敷の門前に捨てられていたそうです。旦那様は、さやかお嬢様をお引取りになることを決意なさいました。子宝に恵まれなかった奥様も、この決断に賛成なさいました。旦那様と奥様は、さやかお嬢様を、それこそ本当の子供のようにお育てになりました。わたくしにさえも多大な愛情を注がれるほどですもの。
そんなことを考えながらお嬢様のお話を聞いていると、胸に込み上げてくるものがあって、ああ、お嬢様の目を直視できないのです!
……目と言えば、昨年に大ケガをして、組織移植手術をしたその目。猫ネットワークの情報によりますとその角膜は、お嬢様の、亡くなられた実の父上様の……いえ、不確かなことを口に出すべきではないですね。
ああ、そうです。わたくしも、さやかお嬢様のことを、実の姉の如くにお慕い申し上げておりますとも。だからこそ今わたくしは、涙することを禁じえないのです。いけない、泣いている顔を見せては、悟られてしまう。こんなときは、そうだ、顔を洗う振りをして誤魔化さなければ!
ですが、わたくしに何が出来るでしょうか。さやかお嬢様が旦那様と奥様の本当のお子様ではないなどと、どうしてわたくしの口から伝えることが出来ましょうか。
わたくしは何も言いません。何も言えません。すべては、さやかお嬢様ご自身の力で気付かなければならないことなのです。いざというときに決断を下されるのはお嬢様なのですから。でも、これだけは言わせてください。
「この先、何があろうともわたくしは、さやかお嬢様と共にいきます」
わたくしはそれだけ申し上げると、お嬢様の寝床へ行って、就寝姿勢をとりました。
お嬢様、今はわたくしなどには構わず、とにかく学業に専念なさって! レポートの提出期限が明日までなのでしょう?