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ニーノベ三題噺企画会場
お題③/誰がために腕は鳴る/橘圭郎

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 じり、じり、と白砂の上で二人の侍が相対している。東南西の三方には多くの物見客がひしめいており、北に組まれた高台には時の将軍が座していた。天下一を決める剣術試合、その決勝戦である。あくまで試合であるため木刀を使うのが原則であったが、刃を潰していれば刀の使用も認められていた。そして両者はこの決勝の場に及んで、わざわざ振るに重たい刀を選んだ。
 東の剣豪・猫山八右衛門が中段に持ちたる刀――刀身に彫られた柏葉が実に瑞々しい――は、名を「木乃葉丸」と言う。これは当てられたる者を定めて上気させ、衣服を脱ぎ捨てたい欲求に従わせ、終いには葉っぱ一枚にて股間を隠すのみにさせてしまう恐るべき妖刀なのである!
 西の剣豪・立川清兵衛が上段に構えたる大太刀――刀身に彫られた愛染明王の真言が実に厳かである――は、名を「恋姫一文字」と言う。これは当てられたる者を等しくうぶな箱入り娘の心持ちへと落とし、恋事に関しては向こう三軒を巻き込む、蘭学者が説くところの「らぶこめ体質」へと変えてしまう呪いの太刀なのである!
 戦国の世から続く猫山家と立川家の因縁に決着を付けるべく、二人は試合に臨んだ。打ち所が悪くて死ぬくらいならばまだ良い。しかし将軍様の御前で裸体を晒したり、手弱女の如くに身をよじらせたりすれば末代までの恥。腹を詰めてもまだ足りぬ。完膚無きまでに潰すか、潰されるか。お家の存亡を懸けた、まさに決死の覚悟であった。
 ひり、ひり、と気が張り詰められた。どれだけの時間を両者は見合っていただろうか。
 と、気合の発声と共に両者は動いた。刹那の差で清兵衛が早い。並の剣客では足元にも及ばぬ剣速である。対して八右衛門は軽く踏く込んで剣を振るった。下から突き上げる形での反撃。太刀を正面から受け止めるには心許なく、また相手の胸や頭にも届きそうにない。しかし彼が狙ったのは腕である。狙いは誤たず、木乃葉丸は清兵衛の手首に打ち付けられた。一方で振り下ろされる恋姫一文字は、剣筋を曲げられ減速させられながらも、八右衛門の肩に重たい一打を与えた。
 これらの動きは瞬く間の出来事。注視していたはずの審判役も判断に迷い、同僚に相談を求めた。議論の末、やはり寸での差で先に打ち込んだ八右衛門の一本勝ちとの判断が下されようとした。だがその頃には、両者にとって勝敗など全くもって無意味となっていた。
 木乃葉丸にて打たれた清兵衛は葉っぱ一枚の姿になり、鍛えられた肉体美をお披露目していた。片や
恋姫一文字にて打たれた八右衛門は顔を両手で隠しつつも、指の隙間から清兵衛の局部を覗いている。
 興奮冷めやらぬ清兵衛は「今のは相打ちであろう」と不服を申し立て、また太刀を構えた。ところが八右衛門は変わらず赤面した顔を覆ったまま。いやいやとかぶりを振るばかりである。不倶戴天の宿敵がこうも変わり果てたことに、清兵衛は自分でも理解し得ぬ悔しさと虚しさを覚えて戸惑った。故に彼は八右衛門に詰め寄り、刀を拾うよう強く言った。八右衛門はその手を振り払おうとして勢い余り、清兵衛の股間を隠す一枚を払いのけてしまった。物見客が沸きに沸いた。
 悲鳴を上げて卒倒しかけた八右衛門を清兵衛が抱え支えた瞬間、百年越しの憎しみが愛へと昇華されていくのを両者は感じた。「惚れた拙者の負けでござる」と呟いた猫山八右衛門の唇を唇で塞ぎ、立川清兵衛は「今のは相打ちであろう」と囁いた。将軍様は感動して涙を流した。

 文藝部室にて。ツリ目の女は読み終えた原稿を机に叩きつけ、怒りのままに絶叫した。
「なんですか先輩。何なんですか、これ! 珍しくノリノリで書いてきたと思ったら、誰得ですか!」
 原稿の執筆者である髭面の男は、飄々とした面持ちを崩さない。
「酷いなあ。せっかく後輩ちゃんへの誕生日プレゼント代わりに書き下ろしたのに。今の若い女の子って、歴史とBLが好きなんだろ? あ、もしかして、八×清のほうが良かった?」
「一から十まで、微妙に大きく間違ってます。っていうか、根本からして間違ってます。創作に携わる女子がみんな腐ってるなんて思わないでください。他にも突っ込みどころは沢山ありますが、強いて真っ先に訂正しておかなきゃいけないのは、私の誕生日は来月だってことです!」
「ありゃ、そうだっけ? ごめん、はんせいしてまーす」
 とりあえずツリ目の女は、髭面男の腕の毛を余すことなくガムテープで引っぺがしてやった。

       

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