はっきりと言ってしまおう。
男は馬鹿だ。
ああ、大馬鹿野郎だ。本当に……大馬鹿野郎だ。
でも、それは心の中で思っているだけの事で、そんな暴言は口に出して言えるわけもない。
週末の大衆酒場。そこで私は会社の同僚(男2女2)と、日頃の鬱憤を発散するかの如く大胆に大酒を喰らっていた。私たちが席を陣取る場所以外の酒席からも品のない笑い声が飛び交い酒場は大いに賑わっていた。
「はんせいしてまーす」
私の向かいの席に座る男が破顔した表情で、彼のすぐ隣の席にちょこんと座っている女の子に向かって謝っている。
その男はお酒の勢いもあったせいか冗談半分で女の子の腰に手を回すというセクハラ行為をやってのけてしまったのだ。
恐ろしい話である。セクハラという行為は現代社会の中で御法度とされていることだ。仮にそれをやってしまったら、大げさな話ではなく、訴訟問題にもなりかねない。
でも、ここはお酒の場。語弊のある言い方かもしれないが、お酒の場ではそんな堅苦しい掟は取っ払われてしまうのだ。所謂、無礼講というやつだ。
男はその事実を上手に利用して女の子とのちょっとエッチな接触を図っているつもりなのだろう。女の子の方もその無礼講という状況を大いに理解し、快くとまでは言わないが、それを受け入れている。そしてセクハラに対する制裁は陳情を行うといった暴挙には至らず「もうやめてよ~」と女の子が可愛らしい声を出しながら、男の頭を小突く程度のものに止まる。
軽いセクハラを受けた女の子は、いささか不満気な顔をしながら杏仁豆腐についているチェリーを細い指で摘まみ、そして、それを自分の口元まで持ってくる。
私は、本日三杯目の角ハイボールを呑みながら、その女の子の様子を見ていた。するとどうだ。女の子はパクリとチェリーを頬張るのではなく、ぷっくりとした唇で、それをチュッパチャップスを唇でしゃぶるよう時と同じ感覚でしゃぶりだしたのである。
女性の私から見ても、その光景は妖艶なものとして私の目に映った。
さて、その官能的な光景をお酒を煽った男が見逃すわけもなく、その光景をバッチリと目撃した例のセクハラ男は鼻息を荒げながら一言のたまった。
「やべー! まじで、それエロい! まるで乳首しゃぶってるみたい!」
まったく。男という生き物は……すぐこれだ。
何でもかんでもすぐに性的なニュアンスで捉えようとするな。
私は思わず溜め息を大きくつき、そして豪快に角ハイボールを飲み干した。
私のあからさまな「呆れた」というポーズに対して、さすがにチェリーをしゃぶっていた女の子も同調して、自重しろというニュアンスが込められた平手打ちをセクハラ男の頭にお見舞いした。序に私の隣に座る別の男も彼から見て対角線上の位置に座るセクハラ男に一発拳骨を喰らわせた。
「はんせいしてまーす」
制裁を受けたのにセクハラ男は相変わらずの調子だ。全く反省していない。
話が少し替わるが、やはり乳首をしゃぶるという類の「愛撫」が男は好きなのだろうか。
ちなみに、私がその行為を見て思い浮かべた愛撫の種類は何か。
ここでぶっちゃけて告白すると……。
それは「キス」だ。
私が考えるにそれが最もシンプルでそして身近な愛撫ではないかと思う。
別にその考えに対する非の打ち所のない根拠を述べる事は私には出来ない。だがしかし色々なドラマやアニメでみられる「恋愛モノ」というジャンルの中で頻繁にそして親しみを持って行われる愛撫は「キス」ではないか。おちゃらけた「ラブコメ」においてさえそれは重宝されている。
男が女と愛し合う時……例えば「乳首を舐める、またはしゃぶる」という愛撫。それはそれとして、ただ単純にある程度は気持ちがいいと思えるし、何よりも愛されているのだなという認識にも繋がるのではあるが、私はどちらかと言えば、男性にもっと積極的にキスをして欲しいなと思ってしまう。まあ実際、このような話は好みが大きく別れる事であるから一概には言えないのだけれど……。
空いたグラスの中に入っている、溶け残った小さな氷をカラカラと鳴らしながら私はそんな妄想を膨らませていた。
そして、私は向かいの席に座っているセクハラ男の顔とそして身体をじっと見つめた。
健康的な小麦色の肌。そして、半袖のティーシャツから覗く逞しい二の腕。
男なんて馬鹿だ。
ああ、大馬鹿野郎だ。本当に……大馬鹿野郎だ。
しかしながら、私はそんなセクハラ男の事が何故か好きなのだ。
うん。
どうしようもなく好きなのだ。
好きだからこそ……。彼の理想象を自分の頭の中で作り上げてしまっているからこそ、私は彼に対して批判的になってしまうのかもしれない。
今すぐにでも彼の服もパンツも全部脱がせてしまいたい。
そして、その逞しい腕で私を包み込むように抱き締めてもらいたい。
でも、いきなり生まれたままの彼の姿を見る事は恥ずかしいので、はっぱ一枚を使って陰部は隠してもらいたい。
さて、彼一人を悪者にするのも悪い気がするのでここは一つ私も彼と同じくセクハラ野郎になってやろうではないか。
そして、私は徐に口を開き、男共に言ってやった。
「ちょっと男子! あんたら今からはっぱ一枚の全裸になって踊りなさいよ!」