Neetel Inside 文芸新都
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小説版「アルカノイド」
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 今年、ぼくたちのクラスは、舞台で「アルカノイド」を演じることになった。

 学校で文化祭があり、クラスによっては食べ物を売ったり遊技場を設けたりするのだが、ぼくたちのクラスは店を出したりお金をとったり、そういう気楽な出し物ができなかった。担任の先生が学生の頃演劇をやっていたというので、強制的に演劇をすることになったのだ。
 先生は、わた菓子を売りたかったという女性徒たちの反対の声を振り切った。演劇がいかに情操教育に有効であるか、いかに達成感がえられ、心がひとつになれるかを強調して、またたくまに体育館の舞台使用の許可を三時間枠で得てしまった。

 放課後にホームルームが開かれ、どんな話を演じるかという話になった。生徒の誰かが脚本をおろして、それを稽古すればいいというのが大半の考えだった。
 ホームルームの議長はぼくだった。議長はクラスの委員長がつとめる。新学期が始まった初日に、先生がぼくのかけている眼鏡を見て、委員長っぽいからという理由で即決したのだ。
 ぼくは先生の意見を聞いてみることにした。先生はシェイクスピアがやりたいようだった。けれども、クラスの誰もシェクスピアを読んだことがなかったのでそれはかなわなかった。先生は英語教師で、結局のところ題材が「アルカノイド」になったとき、それは一体何という作家が書いたものかと、職員室で聞いて回っていた。

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 会議が終盤にさしかかった頃、ひとつの問題が立ち上がった。誰がその、オリジナルの脚本を起こすのかという問題だ。ぼくたちの誰一人として、そんな面倒な仕事を引き受けたがる者はいなかった。会議は一時間延長され、夕日が西校舎を紅く染めた頃になって、ようやくぼくたちはオリジナルの脚本を諦めることにした。
 話は翌日に持ち込すことにして、その間に宿題を課した。先生の提案で、各自物語のテーマを考えてくることにしたのだ。生徒たちには深い疲労が影をおとしていたが、たった一人、新たな思いつきに胸を高鳴らせる男がいた。

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 翌日ホームルームが再開されたが、案の定脚本の議会は進展を見せなかった。うっかり提案しようものなら、自分で脚本を書かされるはめになると思われたからだ。
 議長であるぼくが、あらかじめ用意しておいた無記名投票の用紙を配ろうとしたその時、教室の後ろで挙手をする男子生徒の姿が見えた。それが、昨日より密かにこの瞬間を待ちこがれていた、あの男だった。

 彼は静かに席を立つと、考えられる限り最大の注意深さで、演目は「アルカノイド」がいいと言った。重々しい発言だった。

 生徒たちの視線は一斉に後ろの席へと向けられて、当然、脚本を書く役目までもが決定したと思われた。しかしその男がまさにその男であることがわかると、また一斉に生徒たちは落胆の影に包まれた。
 ぼくもその男を知っていた。彼はクラスに友達と言える者を一人も作らず、近所のゲーセンに通いつめ、そこで住所や職業のはっきりしない人たちと懇意になっている(と噂のある)問題児だった。

 と言っても、彼は何か悪さをした訳ではなく、単に同年代の生徒や学校のありようとウマがあわないというだけで、知らず知らずのうちにぼくたちの間に飛び越えられない暗い溝をつくっていただけなのだが。

 そこを除けば、彼の基本は親切で人当たりのいいクラスメートだった。
 先生を含めた全員が固唾を飲んで見守る中、彼は机上に通学カバンを広げると、中から使い込まれて黒ずんだPower Book 1400を取り出して、蓋を開きながら黒板の前に進み出てきた。彼は教卓の上でいくつかの操作をし、離れて途方に暮れていたぼくに手招きをすると、その華やかとはいえない液晶モニタをのぞき込ませた。その間に教室はざわめき立ち、学校では使いようのないノートパソコンをカバンに忍ばせていたのもさることながら(そうすると弁当が入らない)、アルカノイドを知る数名の生徒たちに、心配の混ざった爆笑の衝動をこらえさせていた。もちろん彼らは、その他大勢の怪訝な顔をしている同級生をはばかって、口に手を当てて痙攣するにとどめてはいたが。

 かく言うぼくも、アルカノイドを知らない大勢のうちの一人だった。彼がパソコンで見せてくれたのは、ファミコン版アルカノイドのエミュレート画面だった。
 つまり、パソコン上でファミコンをやらせたわけだ。彼のねらいはクラスメートにアルカノイドを知ってもらうことであったと思うが、これは予想以上の効果をもたらした。まず第一に、副委員長の女性徒がアルカノイドをやって金切り声をあげた。これは歓喜の声であったと思う。
 またたく間に、彼女の操る気の毒な棒切れは宇宙の粉塵と化した。ドットの点が亜空間に吸い込まれ、新たな棒切れが補充される。彼女がまた後ろにそらす。しかしエミュレータのプログラムは改造されていて、棒切れは無限に補充されるのだ。

 彼女はクラスの女性徒のボスのようなものであって、彼女がゴーサインを出せば、あとは勝ったも同然であった。
 これを皮切りに黒板の前には女性徒たちの列ができ、教室が黄色い悲鳴で満たされることになった。また一方では、アルカノイドをかねてから知っていた男子生徒たちが、アルカノイドの思い出話に興じ、次世代機からしかコンピュータゲームをしらない男友達を相手に、今までになかった親密な輪を作っていた。

 昨日とは違う夕日が、窓際のぼくと先生を暖かく照らしていた。ぼくたちはポカンと口を開けながら、お互い何の合図もなく、クラスが一つになった光景を目の当たりにしていたのだった。

・・・つづく

       

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