Neetel Inside 文芸新都
表紙

小説版「アルカノイド」
後編

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 さて一方、例のアルカノイドを推薦したやせぎすの男はどうしていたかと言うと、電脳街を歩いて流していた。
 至極当然のように「メモリーズ・オフ」のポスタールーレットを打ち止めにすると、ダブったポスターをくずかごに捨てた。ガシャポンをやろうとして途中で気が変わり、硬貨を入れたままその場を去った。店頭、デモで流しているくだらないアニメーションを、ぽかんと口をあけて眺めたりもした。

 どうしてそういう無駄なことに一日を費やすのか、彼には説明できそうになかった。何か気に掛けていることがあるのかもしれない。それがなんであるか・・・。
 彼は露店のフランクフルトを食べながら、今日が文化祭の当日であることを唐突に思い出した。霧が晴れるように、気がかりがなくなった。彼は自分で「アルカノイドにするべきだ」と言ったのを思い出し、その手前、急遽とらのあなに行く予定を変更して学校へ向かった。奇しくも晴天、西日がビル街を炎のように染め上げていた時刻である。

 学校に着くと、まず校門にBB弾が散乱しているのを発見した。彼の学校は住宅街のど真ん中にある。まさかと思ってあたりを見渡すと、案の定、向こう四軒の家屋の窓ガラスが見るも無残に砕け散っていた。学校の裏にはこの区域を担当する消防局があるのだが、肝心の消防車は、前輪に残らず穴を空けられて、夕日を浴びてぼんやりとしていた。
 彼はいやな予感がした。しかし駆け足で舞台へ駆け寄ると、彼は予感を上回る光景に出くわしたのだ。

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 ぼくが一晩で書き上げた台本は、劇のシナリオというよりもむしろ、舞台装置に関する企画書といった方がよかった。ブロック崩しを現実に再現するためには、手の込んだ仕掛けを組まなければならない。
 舞台は三時間の枠で決まっている。ぼくはこれを三回の幕に分けた。
 また本番まで一日の余裕もないことから、大掛かりな仕掛けや、セリフを覚える手間などを諦めることにした。もっとも「アルカノイド」に何か言うキャラクターなど登場しないのだが。
 さらに、仕掛けといっても大道具を揃える時間がない。使うのは学校の備品に限ることにした。

 改めて学校を見渡すと、ぼくたちの学び舎は宝の山であった。
 まず体育準備室に入ると、無数のバレーボール、ソフトボール、テニスボール、サッカーボール、ラグビーボール、ピンポン玉・・・。単なるドットのかけらだった、あの棒切れが必死に追いすがる一点は、ほぼ無限の数だけ手元にあった。
 次に用具室の扉を開くと、赤、青、黄色、うす緑、様々のペンキが今日のこの日を待ち受けていた。原作「アルカノイド」では、ブロックを崩した時に落ちてくる色のついたカプセルを取ることによって、棒が延びたり、ドットの速度が下がったり、ドットがみっつに分裂したりする。用具室にある色とりどりの絵の具を使うことによって、擬似的なカプセルを空から降らせることができるはずだった。
 そして球を追いかける棒の役目は、全校の暴走族グループに任せるほかなかった。

 体育館。
 彼らは開演を告げるブザーとともに、大型二輪で花道を突っ切ってきた。
 なぜか中世風の甲冑に身を包み、誇らしげにスポットライトを浴びた。鎧をかなぐり捨てると、その下はTシャツ一枚である。
 ライトの上部、不安定な梁に、無数の女学生が思い思いの得物を持って現れた。体育準備室で見かけたものの他に、花瓶、パイプ椅子、万力など物騒なものを手にした生徒もいる。はじめは演劇のためだからと、粛々と落下物にぶつかっていた屈強な男達も、消火器が落ちてくるとさすがに血相を変えて舞台裏を見上げた。
 しかし、その時黒板消しを持って現れたのが、学園一の美少女と名高い茶道部の主将である。チョークの粉が一人のにきび面を直撃すると、館内はにわかに騒然となった。爆笑しながら見守っていた男子生徒が、我先へと壇上へ殺到する。名誉ある負傷を授けてもらうためだ。歓喜の痛みに震える男達の中に、幾人か女性徒の姿も見られたが、まぁ、そういうこともあるだろう。

 ぼくは舞台の離れに立って、時計を見た。それから梁の上と客席を見たが、副委員長はいなかった。茶道部など眼中にない。今はただ、落陽に心を奪われた保健室の誤解を解き、もう一度彼女を、彼女の頭を、両の腕で暖めることだけを考えていた。

 ふたたび時計に目をやる。開演から一時間半が経っていた。
 めいっぱいのペンキをかぶり、インディアンのように迷彩色を施した男たちがガスガンをぶっぱなす。「アルカノイド」では、赤いカプセルを取るとミサイルを撃つことができるのだ。
 あらかじめ用意していたガラス板は、執拗なまでに粉砕されていた。いや、ガラスのような壊れやすいものを蜂の巣にさせたことで、かえって彼らのボルテージが高まったのかもしれない。赤い色は、彼らの闘争本能を目覚めさせてしまったのかもしれない。

 ぼくは一足先に体育館を抜け出して、ショットガンや特殊警棒を、物陰、しかもちょっと注意すれば簡単に見つけ出せるように、考え考え通り道に隠していった。
 なんでもいい。美術室のキャンバス立て、科学室のメスシリンダー、調理実習室の泡立て器、とにかく柄のついて長いものを掴んでいると、なぜかぼくの気持ちまでも昂ぶってくるのを感じた。

 舞台のクライマックスは、巨大なブロックの固まりである、煉瓦造りの校舎を破壊することだった。

 猛り狂った男子生徒が雄叫びを上げながら突進してくる。その後ろでは、まるでサイのように女子生徒たちが砂煙を立てていた。それでいて、そびえたつ校舎をよじ登る彼らの姿は、角砂糖に群がるアリのようでもあった。
 何百、何千という若い力が、堅固な支配から逃れるごとく、空を覆うブロックを切り崩していた。ぼくはいてもたってもいられなくなり、得物を掴むと校舎の中に駆けていった。

 疾走するぼくの視界に、副委員長の姿がうつった。
 そこは保健室で、彼女はDECハイノートをかばうように、出口を探し頼りない恰好で立っていた。彼女は、置きっぱなしだったハイノートを取りに来たのだ。副委員長が、思い出の場所で、ふたりの思い出の品を胸に抱いている。ぼくは目眩がした。
 絶え間ない轟音の中、彼女は唖然としているぼくを見つけ、抱えているものを差し出した。緊張の糸が切れ、彼女の目尻が落ちた、その時だった。地面を揺るがす爆音が響き、薬品棚が倒れてきた。

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 それからどうなったのか、すべては一瞬の出来事で、よく覚えていない。
 ぼくは彼女に手を伸ばすと、間一髪で校舎の外に転げ出た(らしい)。あまりに強く抱きしめていたので、恥ずかしそうに苦しいと言われたのを覚えている。起き上がると、眼前はがれきの山だった。

 そこへ、丸めたポスターを背中に挿して、例の男が煙の中を歩いてきた。手にはカメラを携えている。
 電脳街帰りのクラスメイトは、興奮した面持ちでカメラを向けた。崩れた校舎を背景に、副委員長と手をつないで撮ってもらった。
 写真を撮ってもらうと、もう一度長いキスを交わした。今度は勃起しなかった。

 あとで気がついたのだが、なぜかその時、ぼくは石灰で白線を引く器具を握っていた。彼女にその時の写真を見せると、必ずケラケラと笑うのだ。
 アレの名前、なんて言ったかな。


  <完>

       

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