どこから伝わってきたのか、あの金髪の少女が生前マリがほのめかしていた居候であるということが生徒たちの間で囁かれ始めた。
姓は架々藤、名前はミルナ、本名かどうかはわからない。
彼女は博打で生計を立てているのだという。
「ギャンブラーって、ホントにいるのかよ。なんかヒットマンみたいで現実感ないぜ」
「いや、どうも○○不動産のボスが門鐘んちの喫茶店に入っていくのを見たやつがいるんだってさ。あの社長がお忍びでやってくるなんざ、業界じゃギャンブル以外にねえのは常識なんだとよ」
「ふうん」
しかしクリスは件の少女にカンナほど嫌悪感を抱いてはいなかった。
なぜなら、表面的にとはいえカンナが元の気丈さを取り戻したきっかけはあの金髪の少女との口論だったように思えたから。
「いつまでも落ち込んでるわけにもいかないでしょ。この町にはまだ殺人鬼がうろついてるんだから」
その殺人鬼、空木師走が何者かによって討ち果たされたことをクリスはカンナに告げることはできなかった。
言えばどうなるか、クリスは思案し続けていたが、結局、口を閉ざすしか道はなかった。
それに、きっと言ってみせたところで彼女の反応は先夜と同じ狂気を振りまくだけだったろう。
これから自分たちはどうなるのだろう、そう思うたびにクリスは泣きたくなった。
マリは死に、師走も殺された。
弟の死は、なぜ、誰に殺されたのかまったく不明であり、クリスはよほどカンナにすべてを打ち明け犯人を捜そうと申し出ようかと迷ったが、やはり彼女の心の安定を優先せざるを得なかった。
師走を襲った魔の手が自分とカンナに及ぶ危険性があるかどうか、何の根拠もない勘を認めるなら、いつか絶対に敵は自分たちの前に現れるだろうとクリスは確信していた。
その際に自分はカンナを守れるだろうか。
自分に残ったたったひとつの日常を、壊さずにいられるだろうか。
浴びるほど罪を重ねても、クリスはまだ幸福に未練を残していた。
それが人間らしさである以上、彼を責めることは誰にもできない。
だって、未来を信じられずにどうやって生きていけばいいというのだ。
夢を見ているような気分だった。
毎日がとても早く感じられ、そしていつまで経っても終わらなく思えた。出会う人々が幸福に包まれているように見え、そしていつも誰かに狙われている気配に怯えた。
いつこの夢は覚めるのだろう。
夢が覚めたら、どこからやり直せるのだろう。
願わくば、マリが死ぬ前がいい。藍馬カンナはそう思った。
そうしてきっと、また殺す羽目になる。
誰が悪いのだろう。
世界が悪いのだ。都合よく幸せをくれない世界がだめなのだ。
だから正してあげなければならない。
調整してあげてやっと、この世界はまともなラインを維持できる。
カンナの視界がぐるぐる回る。拳銃のシリンダーのように。
そうしてその弾丸は、息を潜めて発射される時を待っているのだ。
このままこんな日々が続いたらいいな、とクリスがいい、カンナは頷いた。
いつもどおりの放課後、部室には二人の姿しかない。
固く閉じられた扉がほかのものの手によって開かれることはもうないのだ。
安楽椅子に座ったカンナは、足にかけていた毛布を首元までたくし上げた。
コートのポケットの中で、カンナの携帯が鳴った。
もぞもぞと手を動かして耳元まで引っ張り上げ、画面を見た。
マリからだった。
会話は実に簡単に済んでしまった。
用件を告げられ、呼び出されただけだ。カンナはなんでもないような顔をして電話を切った。
「誰からだった?」とクリスがいうので、着信履歴を表示した携帯電話を放ってやった。
受け取った見る見るうちにクリスの顔が青ざめていき、その変わり様に思わずカンナは思わず笑ってしまった。
「マリって……なんで……」
「マリじゃなかったよ。マリの携帯を使ってただけ。どうやって手に入れたのかはわからないけど」
なおもクリスはぶつぶつと相手の素性に思案を巡らせている。
それを見てカンナはぽかんと彼の頭を杖で叩いた。
「何するんだ」
「くだらないこと考えないでいいのよ」
大きなため息ひとつ。
「だって私たちの敵は、みんな殺しちゃえばいいだけなんだもの」
杖の先に、ぽっと黒い炎が灯った。
彼女から溢れた殺意が光を吸ってしまったかのように、辺りは一層暗く沈みこむようだった。
夕闇が丘の北一帯、無人通りになぜ新しく住民が越してこないのか、誰も本当のところは知らない。
二十年前の吸血事件の呪いだという噂もあれば、単に気味悪がられているだけだとも、管理している不動産屋のボスがこっそり幼い妾をたくさん住まわせて遊び呆けているのだともいわれていた。
この事件が終わったら、とカンナは思った。
無人通りの秘密を調査するのも悪くないかもしれない。クリスもいてくれることだし。
けれどそんな未来も、今日生き残れたらの話だ。
カンナはおろしたてのキャスケット帽を目深に被りなおした。
車が四台はゆうに通れるその十字路の信号機は、どれも明滅するだけで本来の仕事をまっとうするつもりはないらしかった。
自販機はとうに活動を停止させ、無人の団地の入り口から野良犬がこちらを睨んでいる。
海の底に沈んでしまったように止まっている、そんな廃墟の中心に黒い人影があった。
学生服を着た金髪の少女。
その眼は深緑色の光を湛え、頭上に浮かんだ月とは比べ物にならないほど力強かった。太陽のように。
架々藤ミルナは、やってきた二人に対してまるで友人のごとく「やっ」と手を挙げて人好きのする笑みを浮かべた。
「どーも、わざわざ来させて悪かったね。えっと、マリの葬式で会ったっしょ?」
「おまえは確か」クリスが眼を細めた。
「架々藤ミルナ、とかいうんだっけ? 噂になってるよ、マリんちの居候だって」
「サインほしい? あげないよ」
「いらねえよ」
ミルナの視線がクリスから、杖を取り出したカンナへと移った。
「御託はいいわ。電話の件を話しなさい」
杖の先端がぴたりとミルナの顔を指している。
ばちっ、と火花が散った。
「じゃ、話してあげよう。この私がどうやって、マリを殺した連中を見つけたのか、をね」
<顎ノート>
視点の過剰変更ってやっぱ向いてねーなー。
カンナさんマジ恐ろしい子。
ヤンデーレヤンデーレ。
ミルナの一人称は「私」で、シマの一人称は「わたし」
細かいことですがこれもすべて改訂した部分だったり。
なぜこだわるのか、そこんところが俺にもよくわからねえのよ……。
大学でジョジョ話せる友達いないからつまんない。