Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十七章 アビス原野-初戦-

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 行軍の乱れはなかった。
 アビス原野に向かう、五万の軍勢である。斥候の話では、すでに十万のメッサーナ軍はコモン関所を出て、アビス原野で陣形を展開しているらしい。ただ、実際に陣を組んでいるのは五万で、残りの五万は二手に分かれてアビスを迂回している。ルートから予想するに、ナゼール丘陵とバレンヌ草原を越えてからの都攻めだろうが、これについてはすでに迎撃の構えは出来ていた。
 どの戦線も落としてはならない状況下だった。だが、このアビス原野だけでも勝てば、メッサーナの全軍を追い返せる。そして、コモンも取り戻せる。すなわち、このアビスが勝敗の鍵なのだ。
 アビスに出てきているメッサーナ軍の総大将はバロンだった。軍師にはヨハンが付いており、スズメバチのロアーヌと槍兵隊のアクトも出てきている。
 今のメッサーナ軍で、最強の組み合わせだった。欲を言えば、アクトがシグナスであってほしかったが、それは言っても仕方がない。武士(もののふ)は、死んだのだ。
 やはり、儂は武人だった。国の存亡がかかっているというのに、心の底から今の状況を楽しんでいる。メッサーナは間違いなく、儂の生涯の中で最強の敵だ。これまで儂は、幾度となく強敵と干戈を交え、それらを叩き伏せてきた。メッサーナは、その全ての強敵達をも軽く凌ぐ。中でも剣のロアーヌ率いるスズメバチ隊は、天下で、いや、歴史上で最強の騎馬隊だろう。もしかすると、儂の軍よりも強いかもしれない。
 まだ、自分の目で見たわけではない。実際に戦ってもいない。だが、分かる。儂の武人としての血が、勘が、メッサーナは最強の敵だと教えている。スズメバチ隊は、その最強の中の最強だと、教えている。
「大将軍、明日にはアビスに到着致します。陣形の御命令を」
 息子のハルトレインが、馬を寄せて言ってきた。この男も大人になった。戦では、血のつながりなど関係ない。従って、儂の事も父とは呼ばせなかった。儂も、ハルトレインは一人の部下として扱う事にしている。
「現状維持。まずはメッサーナの陣形をこの目で見る。ただ、兵には臨戦態勢を取らせろ」
「はっ。エルマン、ブラウ殿にも、そう申し伝えておきます」
 敬礼し、ハルトレインが馬で駆け去った。
 ハルトレインの階級は、大隊長のままだった。いや、大隊長のままにしておいた、という方が正しい。将軍として扱っても問題ないのだが、将軍にすると副官のエルマンやブラウの指揮権外になる。そうするには、まだハルトレインの経験が足りないのだ。
 この日の行軍にも、問題はなかった。ただ、気持ちが落ち着かない。年甲斐にもなく、興奮しているのだ。浅い眠りを経て、儂は最強の敵を目の当たりにした。エルマンとブラウ、それに十数騎の共を連れて、先行したのだ。
「ほう」
 思わず、声が出ていた。丘の上から見下ろす形だが、その陣形は強烈な気を放っていた。
「斥候め、報告が足りぬわ」
 ただ陣を組んでいる訳ではない。絶えず、微妙に変化している。今もまた、陣形を少し変えた。気が、向けられるべき場所に向けられている。
「エルマン、これをどう見る」
「手強いでしょうな。軍の質の高さを、この時点で証明しております」
 サウスでは勝てない訳だ。あの男に謙虚さがあれば、良い勝負は出来ただろうが、それでも勝利は得られなかっただろう。
 血が騒いでいた。攻め方はいくつか浮かんでくるが、どれも成功に繋げるには困難が付きまとう。
「とりあえず、初戦は突っ掛けたいが」
 最初にハルトレインを使おうと思っていたが、やめた方が良い。ハルトレインの正攻法では崩せそうもないのだ。特に右翼に控えているスズメバチ隊は、全てを喰い殺す程の気を放っている。虎縞模様の具足が、さらにそれを際立てていた。
「ブラウ、奇襲はできそうか?」
 儂がそう言うと、ブラウはすぐに頷いた。
「どこを攻める? メッサーナ軍の陣形は、隙がない」
「騎馬隊。軽騎兵で。ただし、夜」
「戦う時間は?」
「三分」
「良いだろう」
 それで、ブラウは儂から目をそらした。少し特殊な人間だが、言っている事は的を得ている。
 確かに今のメッサーナ軍には、隙がない。だが、崩せるかどうかは別の話だ。そして、その突破口は騎馬隊である。優秀な指揮官が居ない。というより、バロンが弓騎兵と二足の草鞋をはいている。つまり、指揮に逡巡が生じるのだ。そこに、速さに優れる軽騎兵で奇襲をかける。三分という戦闘時間も、妥当な所だろう。メッサーナ軍を相手に、突入・戦闘・離脱を考えると、三分でも長いぐらいかもしれないのだ。
「よし、まずは睨み合いに入る。陣を組むため」
 戻るぞ。そう言い終わる瞬間だった。鋭気。
 それを感じた時、馬の足元に矢が突き立っていた。馬が棹立ちになりかけたが、何とか抑え込む。
「大将軍」
「騒ぐな、エルマン。警告だ。バロンのな」
 この距離からでもお前を射殺できる。さっさと去れ。バロンは、そう言いたいのだろう。
「この矢で、儂を殺さなかった事を、後悔するなよ」
 言って、儂は馬腹を蹴った。

     

 眠れなかった。眠らなければ、と思うと、余計に目が冴えた。だから、私は仕方なしにロウソクに火を灯し、地図に目を注いだ。
 朝、レオンハルトは丘の上に居た。丘の上で、我らの陣を見下ろしていたのだ。そのレオンハルトに向けて、私は一本だけ矢を放った。そのまま射殺も狙える距離であったが、成功はしなかっただろう。殺気を感じ取られる。それならば、威嚇をした方が効果は高い。ゆっくりと陣形を眺める事が出来るのは、一度きりだ。私は、矢でそう伝えたのだ。
 そのレオンハルトは帰陣すると共に陣を敷き、今は私達と睨み合う恰好になっていた。その陣は見事という他なく、戦線は膠着状態である。もっとも、まだ開戦すらしていない。要は、その開戦の機が読み取れないのだ。戦う姿勢は見せているが、何かが引っ掛かる。まるで、何かを待っているかのような、そんな不気味さが陣形から見え隠れしているのだ。
「バロン様、よろしいですか」
 ヨハンの声だった。正直言って、ヨハンにはかなり助けられている。とにかく頭が切れるので、細かい所などは安心して任せられるのだ。ただ、軍の指揮はそれほど得意ではないらしい。
「奇襲の備えはできておりますか?」
 幕舎に入ってきて、ヨハンはいきなり言った。
「歩哨は立てているが」
「二倍に増やした方が良いかもしれません。今夜は雲がかかっており、月が見えません」
 そう言われて、背に悪寒が走った。
「敵襲っ」
 幕舎の外からだった。
「まさか」
 言ったヨハンを押しのけ、私は弓矢を背負いながら外に出た。
 喊声と悲鳴。耳を貫く。舌打ちしていた。どこからだ。騎馬隊の方。奇襲。
 すぐに指笛を鳴らした。愛馬のホークが駆けてくる。そのまま手綱を掴み、私はホークに飛び乗った。
 火はあがっていない。直接、こちらに攻撃を仕掛けているようだ。遠目で見る限りでも、見事に統制が取れていて、逡巡もない。しかも、深入りしてくる気配も感じられない。奇襲に慣れている。いや、それだけでなく、全体の動きが速く、細かい。そして正確だ。簡単に崩せる所を素早く選び、そのまま崩して次に行く。ひどく効率的な攻め方だ。奇襲を知り過ぎている。指揮官は何者だ。
 思考を巡らせつつ、指揮圏内に入った。旗を振らせようとした瞬間、敵軍が一斉に背を見せて逃げ始める。
「なんだと」
 声をあげていた。私の姿を見止めた兵達はすでに持ち直し、臨戦態勢に入っている。
 追撃。
「駄目だ、バロン」
 言われて、振り返った。
「ロアーヌ」
「あれは餌だ。追撃をかければ、レオンハルトの本隊が動く」
 分かっている事だった。だが、良いようにやられたのだ。手も足も出ないまま、何をする事もなく、ただやられた。
「指揮官の顔は見たか、バロン?」
「いや。顔どころか、姿を見る事すらできなかった」
 とんでもない動き方だった。今までの官軍とは比べ物にならない程の、動きの良さだったのだ。しかも、奇襲だった。
 損害の報告が次々に入ってくる。戦闘時間は五分にも満たなかったはずだが、犠牲が思ったよりも多い。現時点で、すでに二百の報告だ。
「バロン様、すぐに陣形を変えましょう。騎馬隊の脆い部分を、衝かれたようです」
 馬で追い付いてきたヨハンが言った。
 脆い部分。そんな部分など、ないはずだ。いや、ないはずだった。
「バロン様が指揮を執るには難しい所を衝かれました。しかも、奇襲です。そこを」
 もうヨハンの言葉は耳に入って来なかった。とにかく、完膚無きまでにやられた。おそらく、レオンハルトが直接出てきた訳ではないだろう。今回はむしろ、ランスが言っていた、エルマン、ブラウ、ハルトレインの内の誰かの可能性が高い。
 天下最強の軍。その名は伊達ではない、という事なのか。
「とにかく、陣形を変えるべきです。騎馬隊の近くには、アクト将軍を配しましょう」
 アクトは冷静沈着な男で、慌てる事がない。確かに奇襲に対しては、相性が良い。だが、レオンハルトがもう一度、同じ手を仕掛けてくるのか。おそらく、奇襲はこの一度だけだ。今回の奇襲は、私達の戦意を削ぐ為の一手ではないのか。つまり、出鼻を挫く事が最大の目的ではないのか。
「バロン、考え過ぎるな」
 ロアーヌが、ぼそりと呟くように言った。
「奇襲は何度も仕掛けられるものではない。だが、警戒はしておいた方が良いだろう。ヨハンの言う通り、アクトを上手く使え」
「あぁ」
 ロアーヌにしては、よく喋る。私は、何となくそう思った。
「総大将としての重圧は、理解しているつもりだ」
 言って、ロアーヌはタイクーンと共に自陣へと駆け去った。
「ヨハン、お前が大将軍なら、次はどうする?」
「明朝に攻撃を仕掛けます。おそらく、兵達は今夜はもう眠れません。つまり、体力が回復しきらない。そこを狙います」
 私と同じ考えだった。まだ、いくらか冷静だという事だ。
「お前の策を聞きたい」
「明朝に攻撃を仕掛けてくる、という事を前提とした策ですが。まず、奇襲部隊を編成します。これは本当に奇襲をする訳ではなく、声だけの奇襲を仕掛ける為です」
「つまり、相手を眠らせない、という事だな」
「えぇ。隙が見えても、決して戦闘はさせません。誘いの可能性が高いですから」
 良い策かもしれない。直接的な被害は与えられないが、士気の低下には繋げられる。睡眠が足りていない戦闘というのは、予想以上に辛いものだ。これを相手にも課す事が出来る。
「よし、すぐに部隊を編成しろ」
 私がそう言うと、ヨハンが敬礼して馬で駆け去った。

     

 次の一手の準備は出来ていた。もう一度、奇襲をかける。いや、これは奇襲というよりも、騙し討ちに近いものになるだろう。儂は、その始まりの合図だけを待っていた。
 ブラウの帰りは待たなかった。待つ必要がないのだ。メッサーナ軍とブラウが次に取るべきであろう行動を紡ぎ合わせれば、自然とやるべき事が見えてくる。今までも、儂はそうやって戦をしてきた。戦で重要なのは、先を読む力と決断力だ。この二つが卓越していれば、人は戦の覇者になる事ができる。
 ブラウの奇襲は成功するはずだ。あの奇襲は、変な欲を出さない限り、敵にハッキリとした姿を認識される事もなく、突入・戦闘・離脱ができる。すなわち、次の一手に繋げるための布石が出来上がる。そして、ブラウは欲を出さない男だ。
 やられたメッサーナ軍は、何かしらの反撃を考えるだろう。バロンは負けず嫌いな男だ。プライドも高い。そんな男が、やられっ放しのまま朝を迎えるというのは考えにくい。だが、慎重な所もある。
 凡愚ならば、奇襲の仕返しを考える。もしくは、逃げる奇襲の軍に追撃をかける。しかし、メッサーナ軍は、このどちらもやらないだろう。バロンは凡愚ではない。それに、メッサーナ軍には軍師としてヨハンが付いているのだ。では、ヨハンならどうするのか。
 おそらくだが、無難で確実な反撃方法を取りたがる。ヨハンの性格や戦のやり方から分析すると、そういう結果になるのだ。そして、その反撃方法とは、声だけの奇襲。つまり、敵を眠らせないという事だ。
 ブラウはここまで読んでいる。あの男の奇をてらう戦法の卓越ぶりは、儂が知り得る者達の中でもダントツだ。ブラウはどこかに兵を伏せ、のこのことやってきたメッサーナ軍を刈り取るだろう。そして、刈り取った敵の軍装をはぎ取り、身に付ける。つまり、メッサーナ軍に偽装する。
 儂は、その完了の合図を待っていた。
 合図が出た瞬間、戦闘の用意をさせている騎馬隊を出す。指揮はハルトレインで、恰好としてはブラウの偽装軍を追いかける、という形にする。逃げるブラウがメッサーナ軍の陣門で、敵軍に追われている、と切羽詰まった声で叫ぶ。おそらく、門番は混乱するだろう。もしかしたら、上の人間の判断を仰ごうとするかもしれない。そこをさらに突っ掛ける。ここが最大の勝負所だが、成功するはずだ。ブラウにこれ系の芝居をさせたら、右に出る者は居ない。
 門さえ開けば、あとは暴れ回るだけだ。ハルトレインの騎馬隊とブラウの軽騎兵が、メッサーナ軍の陣を食い荒らす。そこに、儂とエルマンが取り付く。
 これで壊滅すれば、メッサーナ軍はただ野戦の、それも正攻法にだけ滅法強い軍、という事になる。この程度の軍なら、今までに何度か見てきた。そして、叩き潰してきた。
「期待はずれ、という事にはなるなよ」
 独り言だった。
「大将軍、何か言われましたか」
 側に居たエルマンが言った。
「いや。そろそろだな、エルマン」
「えぇ。ハルトレインも落ち着いているようです」
 エルマンのハルトレインに対する普段の物言いは敬語だが、戦時中では部下に対しての物言いになった。階級で言えば、エルマンの方がハルトレインよりも上なのだ。
「初陣の時のような青さが出ねば良いが」
「それはないでしょう。出陣前、少し話をしましたが、気負いもありませんでした」
 だが、まだ過剰な自信が垣間見える時がある。つまり、未だに傲慢さを捨て切れていない。これはもう性格だろう。何か強烈な出来事を経験しない限り、この性格は覆る事がなさそうだった。ただ、傲慢さを表に出さず、抑えられるようにはなっている。
「さて、メッサーナ軍はどこまでやれるのかな」
「どうでしょうな。バロンの器量が気になります」
「それならば、儂はむしろロアーヌだな」
 バロンやヨハンの動き、考えは読める。だが、ロアーヌは読めない部分が多い。あの男は、サウスとの戦を経て、武将としての質を各段に上げた。この騙し討ちからの初戦で鍵を握るのは、おそらくロアーヌだ。というより、スズメバチ隊である。このスズメバチが何をする事もなく終われば、メッサーナ軍はそれまでという事になる。
 そんな思案をしていると、遠い闇の中で光が動いた。松明の火である。ブラウの合図だった。
「成功したようですな、大将軍」
「うむ。ハルトレインに伝令。出陣だ」
 儂は側に居る兵に言った。すぐに兵が松明を振り、合図を出す。それを見たハルトレインの騎馬隊が、動き出した。その動き方は落ち着いている。つまり、気負ってはいない。
 メッサーナ軍の陣を墓場に変えてこい。儂は心の中でそう言った。
 今度はさっきの奇襲ほど甘くない。直接戦闘するだけではなく、火も放つ。さらに儂とエルマンも動くのだ。バロン、お前はどこまで持ち堪える事ができる。まさか、これで消えたりはしないだろう。
「儂を楽しませろよ」
 独り言だった。
 今度は、エルマンは反応しなかった。

     

 俺が所属するスズメバチ隊は、本隊とは少し離れた位置で野営していた。これは父の判断で、総大将のバロンや軍師ヨハンらの思惑とは、別の所に在るらしい。もっとも、スズメバチ隊は遊撃隊なので、本隊とは別の指揮体系を持っている。つまり、ある程度は自由に動けるのだ。
 何故、父は本隊からわざわざ離れたのか。俺にはその理由が分からなかった。本隊と一緒に居れば、間違いなく安全である。軍学的にも、千五百の兵力で別の場所に陣を取るというのは、危険だった。もっとも、側面から攻撃を加える事ができる、という利点もあるが、今は奇襲を受けた直後なのだ。つまり、守りに入っている。そんな状態で、本隊から離れて良いのか。
 だが、スズメバチ隊の総隊長である父が出した命令なのだ。黙って従う他なかった。というより、信じる。俺は誰よりも父を尊敬しているし、誰よりも父を信頼しているのだ。
 実の父は、槍のシグナスと呼ばれる天下最強の槍使いだった。どこに行っても、実父は強かった、と言われた。そして、兵の心をよく掴み、まさに英雄だったとも言われた。
 そんな事を周りから言われても、俺はよくわからなかった。実父との記憶はほとんどない。微かに抱かれた温もりが記憶としてあるだけだ。それ以外には、思い出がないのである。だが、実父が良いように言われるのは嬉しかった。それを誇りとする事もできたし、自らの拠り所にもできたからだ。だから、実父であるシグナスは、俺の中で英雄だ。実感や記憶はなくとも、俺の英雄なのだ。
 実父とは別に、剣のロアーヌという育ての親が居た。こちらは天下最強の剣使いで、今では天下最強の男とまで言われている。このロアーヌと双璧を成していたのが、シグナスだった。
 ロアーヌとシグナスは互いに親友で、互いに認め合っていたという。だが、シグナスは志半ばで倒れた。父は多くを語ってくれなかったが、暗い死に方だというのは分かった。つまり、理不尽な死を迎えたのだ。俺はこれ以上は知ろうとは思わなかった。大事なのは何故、死んだのかではなく、その死をどう受け入れるか。父は、まだ俺が幼い頃、短くそう言ったものだった。
 俺はとにかく強くなりたかった。実父は戦場で勇名を轟かせ、槍を一振りすれば、そこに道ができたという。そんな男に、俺もなってみたい。そして、さすがにシグナスの血を引いている、と周りから言われるようになりたい。その思いだけで、俺は鍛練を積んできた。
 今でも父には勝てない。だが、そこそこの勝負はできるようになった。そう自覚した時、父から戦に出ろ、と言われた。言われた時、当然だ、という思いと、まだ戦に出るべきではない、という思いが交錯した。
 まだ戦に出るべきではない、と思ったのは、未だに自分の中で戦う理由が明確とされていないからだ。実父の仇を取りたい、というのはある。だが、父らは、メッサーナの兵達は、もっと大きな何かを持って戦っているのだ。その何かが、戦う理由が、俺は知りたかった。
 俺はまだ十五歳の童だ。スズメバチ隊の兵達で、一番若い者でも十八歳である。そして、俺はこの戦が初陣だった。
 出陣から、何から何まで、初めて経験する事ばかりだった。軍学をルイスから習ってはいたものの、やはり勉学と実戦は全く違う。兵が居る。敵が居る。陣を組んでいる。そして、空気が違う。何かが起きるとする。それを軍学に当てはめて考える。そうしたら、もうその出来事は終わっている。全てがそんな具合なのだ。
 俺は、一兵卒だった。いや、一兵卒で十分だった。隊の指揮を執れと言われたら、それこそ無理な話だろう。とにかく、一兵卒として精一杯やるしかない。そう思い定めたら、少しは気が楽になった。あとは、とにかく生き残る為に武器を振るうしかないだろう。
「レン、大丈夫か? さっきから眉毛がハの字だぞ」
 笑いながら、ジャミルが話しかけてきた。俺が所属する、八番隊の小隊長である。ジャミルは、俺より四歳年長の十九歳だった。合計で十五人居る小隊長の中でも、ジャミルは一番若い。
 スズメバチ隊は、一隊百名の十五の小隊に分かれていた。その小隊が五つ集まったものが大隊で、大隊長は三人居る。その大隊長を束ねるのが、父であるロアーヌだった。
「緊張しているのです。初陣ですから」
「何を言ってる。お前の武芸の腕なら、官軍なんぞ屁みたいなもんだろう」
「実戦と鍛練は違うと思います。それに、軍で動く調練はそれほど積んでないですし」
 何度か調練には参加させて貰えた。それで動きには付いていけた。だから、父も出陣を許してくれたのだろう。俺は、自分の中でそう思っていた。
「素直な奴だなぁ。お前ぐらい強くて、まだ十五歳って言ったら、もっと天狗になっていてもおかしくないぞ」
「父上の方が強いですから」
「総隊長は別の次元だよ。俺も自分の武芸には自信を持っているが、総隊長とは一合としてやり合えん。気で圧し負ける」
「俺もですよ、ジャミル隊長」
「お前、俺と同じ次元で話してんじゃねぇよ、この野郎」
 笑いながら、ジャミルが小突いてきた。それで、俺も自然と笑みがこぼれていた。緊張も少しほぐれている。
「これから、どうなるのでしょうか」
「本隊から離れたからな。これがどう転がるか、だ」
 ジャミルが腕を組んで言った。
 ふと、馬蹄が聞こえた。
「奇襲隊の帰陣か」
 声だけの奇襲隊である。だが、帰陣にしては妙に馬蹄がけたたましい。
「何かおかしい。レン、出陣の準備だ」
 ジャミルが不意に言った。まだ早いのでは。そう思ったが、身体はすでに馬に跨っていた。
「八番隊、出陣準備っ」
 ジャミルが声を張り上げる。決断が早い。いや、出陣を前提として考えれば当たり前の事だ。周りの兵達が、次々に馬に跨っていく。
 直後、一番隊の旗が振られた。ロアーヌの居る隊である。つまり、総隊長命令。旗の動きは、出陣のそれだった。
 全てが早い。いや、俺が遅いだけだ。
「スズメバチ、八番隊、出陣っ」
 ジャミルが右手を振り下ろしながら、声を上げた。すぐに兵達が陣形を組む。俺もそれに遅れまいと、必死だった。出陣する。つまり、戦に出る。初陣だ。
 一番隊が動くと同時に、全隊が動き始めた。
 心臓の鼓動が速い。槍を持つ手が、震えている。

     

 ブラウの軽騎兵が、メッサーナの陣門を駆け抜けた。騙し討ちが成功したのだ。
「騎馬隊、全速前進。ブラウ殿と合流し、共にメッサーナの陣を踏み荒らすぞっ」
 馬の尻に鞭をくれる。メッサーナ軍は、混乱に陥っていた。ただ、脇で控えている槍兵隊が陣を組み直し始めている。私は、そこに馬首を向けた。槍兵隊を叩けば、メッサーナ軍は一挙に崩れる。つまり、今の核は槍兵隊だ。
 ブラウが定位置で踏ん張っている。敵の騎馬隊、弓騎兵隊は未だに戦闘状態に入れていない。それだけ確認した私は、槍を構えた。先頭を駆け抜ける。見えた。槍兵隊。
 雄叫びをあげた。槍兵隊の一段目。槍で敵兵を撥ね上げた。そこからさらに食い込む。槍兵隊の陣が揺れるのが、戦闘しながらでもハッキリと分かった。陣の組み直しが完了する一歩手前で、突っ掛けられた。槍兵隊からしてみれば、こういう事だ。こちらにしてみれば、機としてこれ以上ない最上のものである。これを活かす手はない。
 即座に騎馬隊を二つに分けた。一つは槍兵隊を叩き、一つは退路の確保に回した。騙し討ちが成功したとは言え、ここはメッサーナ軍の懐である。戦闘に夢中でいつの間にか囲まれていた、というのは避けなければならない。それにこの退路は、父である大将軍率いる本隊の攻め口にもなるのだ。
 血がたぎった。敵兵が、カスのようなものだった。動きが見える。どこから武器を繰り出してくるのか。どこに槍を見舞えば、一撃で葬れるのか。全てが見え、全てが分かった。父も、ロアーヌも、今までこの景色を見てきたのか。天下最強の武人の景色が、これなのか。
 その刹那、背後から殺気を感じた。敵兵を撥ね上げつつ、振り返る。
 虎縞模様の具足。
「スズメバチ、剣のロアーヌかっ」
 燃えた。だが、こだわるな。槍兵隊を崩すのが先だ。
 敵の弓騎兵隊が陣を組み直し、メッサーナの陣から抜け出るのを視認した。おそらく、そこにバロンも居る。だが、攻撃はできないだろう。弓矢でどうにかするには、敵味方が入り乱れ過ぎている。だから、後方で指揮を執るつもりだ。
 バロンの旗が揺れていた。それを見止めた槍兵隊が、すぐに持ち直しにかかる。後方から陣形を整え、そのまま気を圧力として放ってきた。
「騎馬隊、下がるぞ」
 言い終わると同時に、馬首を後ろに向けた。スズメバチ隊がすぐそこに居る。ロアーヌは、ブラウではなく私に向かってきた。混乱を収めるよりも先に、まずは私達の退路を塞ぐつもりなのか。
 一方のブラウは、まだ攻撃を繰り返していた。ただ、少しずつ退いている。父は、大将軍はまだか。そろそろ限界だ。
 そう思った瞬間、退路から喊声が聞こえた。龍の旗印。大将軍の本隊。その刹那、ブラウの軽騎兵と、私の騎馬隊の士気が大きく跳ね上がった。
 その姿を戦場に現しただけで、戦場の空気を変え、兵の士気を上げてしまう。これが、軍神。嫉妬と羨望が、私の中で入り混じった。
「大将軍の道を確保するぞ。騎馬隊、スズメバチ隊を押しとどめるっ」
 こちらの兵力は五千、その内の半分は退路という名の大将軍の道を作っている。つまり、スズメバチと対するは二千五百。兵力差は一千。
「やれる。やってみせる」
 この軍は天下最強。そして私は、天下最強を目指す武人。
「ハルトレイン、武神の子だっ」
 駆け抜ける。先頭。スズメバチ隊が、退路を確保する騎馬隊の方に向かおうとしている。これを阻止すべく、私は馬の尻に鞭をくれ、全速で駆けた。
 退路を確保する騎馬隊と、スズメバチ隊との間に入り込む。すぐに馬首を巡らせた。
「止める、ここが踏ん張りどころだぞっ」
 声を張り上げ、そのまま力任せに突っ込む。スズメバチ隊と騎馬隊が、ぶつかった。
 巨大な壁にぶつかったかのような圧力だった。押そうとしても押せない。
 ふと、圧力が消えた。スズメバチの後方が、うねっている。動きから察するに、最後尾が勢いをつけ、そのままダイレクトに突っ込んでくるつもりだ。まずい。こちらは踏みとどまって戦闘している為に、勢いが死んでいる。
 いや、臆するな。
「小さく固まれ、こちらも駆けるぞっ」
 すぐに陣形を組み直し、そのまま駆けた。先頭。その瞬間、血が燃えた。
 剣のロアーヌが先頭に居る。
 雄叫びをあげた。槍を構える。ロアーヌも、剣を構えた。
 衝突。馳せ違う。その瞬間、音が消えた。金属音が耳を貫いたのだ。馬首を返す。ロアーヌも返していた。
 二合目。さらに馳せ違う。騎馬隊とスズメバチ隊は、すでに入り混じって乱闘を繰り広げている。槍を持ち直し、馬腹を腿で絞りあげた。三合目。
 衝突。今度は馳せ違わなかった。そのまま縦に併走する。ロアーヌの赤褐色の馬が、首を大きく振った。闘争本能を刺激されたのか。
 槍。突き出す。かわされた。だが、反撃はない。槍の間合いなのだ。そのまま一方的に攻撃を繰り出すも、どれも有効打とはならない。瞬間、ロアーヌの馬が寄って来た。剣の間合い。来る。
 光。槍で受け流す。さらに来る。金属音が連続でこだまする。気を乱すな。集中しろ。
 瞬間、ロアーヌの大振り。それを槍で跳ね上げると同時に、武器を剣に持ち替えた。ロアーヌの表情が、ハッキリと変化を見せた。驚いている。
 互いに馬を寄せ合い、攻防を繰り広げる。気付くと、息が激しく乱れていた。苦しい。そう自覚すると、息がさらに乱れた。
 ロアーヌは、息を乱していない。汗で顔が濡れているだけだ。
 この差が、妙に腹立たしかった。私は、私はこの程度の男なのか。
「おのれぇっ」
 馬をさらに寄せる。
「タイクーン、押せっ」
 ロアーヌの声。赤褐色の馬が、馬体を押しつけてきた。私の馬が揺れる。持ち堪えろ。退くな。
「退くなっ」
 叫ぶと同時に、私の馬が押し出される。その瞬間、光。ロアーヌの剣が閃いた。まずい。首が。
 斬られた。具足ごと、肩の肉を斬り裂かれていた。無意識に肩で首を庇っていた。歯を食い縛り、声を出さないよう耐え抜く。だが、次が来る。次で首を取られる。剣を。
 そう思った瞬間、ロアーヌが馬首を返した。大将軍の本隊の方向。
 本隊が、槍兵隊に食い込んでいた。メッサーナの陣が、揺れている。
 戦は勝ちの方向に向いている。戦は、だ。
 違う。私事にこだわるな。
「騎馬隊、本隊と合流し、以後はエルマン殿の指揮に従えっ」
 馬を止めて、私は指示を出した。肩を抑える手のひらから、血がじわじわと流れている。
 斬り裂かれた部分は、縫合が必要だろう。この初戦は、もう戦えそうもなかった。
 怒りと情けなさで、全身が震えていた。

     

 無我夢中だった。自分が今、どこに居るのかすらも、分からなくなりそうだった。手が、いや、全身が震えている。ただ、恐怖で震えている訳ではない。
 俺の槍が、人の身体を貫いた。つまり俺は、人を殺したのだ。
 いや、相手が先に俺を殺そうと攻撃してきた。その攻撃を掻い潜ってやり過ごそうとしたら、また攻撃してきた。相手は必死の形相だった。というより、殺意や怨念が表情として現れていた。
 やらなければ、俺がやられる。そう思った時、俺の槍が相手の身体を貫いていた。
 ただの一撃で、ただの一突きで相手は動かなくなり、馬から落ちた。落ちた直後、敵味方の馬に踏み潰され、相手の身体は訳のわからない状態になっていた。
 そこからは何も覚えていない。ただ、必死だった。馬から落ちれば、それで終わる。そう思っただけだ。そして、敵もその事を知っている。あとは生き残る為に武器を振るった。殺したとか何だのは、もう後回しだった。
 そして、気付いたら、敵陣を抜け出ていた。全身は血で赤く染まっていた。ただ、怪我は負っていない。この血は、全て敵兵のものだろう。すでに周囲に敵はおらず、スズメバチ隊はどこか別の所へ向かっているようだ。
 ふと、真横にジャミルが居る事に気付いた。そういえば、戦闘中もずっと側に居たような気がする。
 俺の視線に気付いたのか、ジャミルが微かに頷いた。風と馬蹄の音で、会話はできそうもない。
 これが戦なのか。俺が槍で貫いた敵は、まさに必死の形相だった。気迫は凄まじいもので、動きも調練で経験したものとはまるで違っていた。ただ、何が違っていたのかは分からない。とにかく、俺も必死だったのだ。
 ふと視線を前に移すと、一番隊の旗が揺れていた。敵陣突入の合図だ。
 父は、ロアーヌは平気なのか。さっきの戦闘は全く見れていないが、父だけが戦場で孤立していたような気がする。
 刹那、敵味方の喊声。それで、思案が吹き飛んだ。
 槍を構え、そのまま勢いで駆け抜けた。ほとんど敵にぶつかる事なく、駆け抜けた。どうやら敵陣のど真ん中を突っ切ったようだ。敵を倒すのが目的ではなく、陣を乱す事が目的だったのか。
「八番隊、迂回するっ」
 ジャミルの声が聞こえた。それで、僅かだが戦に慣れてきている、と俺は思った。
 すぐに脚で自分の意志を馬に伝えた。馬が身体の向きを変えて走り出す。さっきは、馬が群れで動く習性で、味方と共に動いていただけだった。
 スズメバチ隊が二手に分かれた。真ん中に槍兵隊が居る。その槍兵隊を囲むように、敵軍がめまぐるしく動いていた。スズメバチ隊が崩した陣は、もう元に戻っている。
 何度も敵陣の中を突っ切った。だが、敵は崩れては元に戻る、という事を繰り返していた。その間、槍兵隊の兵が次々に倒されていく。だが、どうする事も出来なかった。俺は兵として、やれる事はやっているのだ。
 ジャミルは、愚直に突っ込む指示だけを出している。父はどうするのか。

 退いた方が良い。この大将軍の本隊は、絶対に崩れない。俺のスズメバチ隊の動きを完全に把握している。というより、読み切っている。外面から見ると、何度も崩しているように見えているが、攻撃をしているこちらに言わせれば、まるで手応えがないのだ。のれんに腕押しという言葉が、まさにしっくり来る。その証拠に、敵はほとんど犠牲を出していない。
「レオンハルト、武神の名は伊達ではない、という事なのか」
 バロンがこれに気付いてくれなければ、槍兵隊もろとも全滅という事になりかねない。とにかく端から見れば、よく崩している、という形に見えるのだ。そして、敵がしぶとい。実際に戦闘している俺はともかく、バロンがこれにいつ気付くのか。
 本陣が奇襲を受けたのが痛い。軽騎兵と騎馬隊に散々に陣を荒らされ、そこに本隊の猛攻を受けた。俺のスズメバチが味方本陣から離れていたのは良かったが、敵軍の動きが予想以上に良かった。特に軽騎兵は、十二分に仕事を果たしたと言っていいだろう。騙し討ちからの奇襲で、その犠牲は無いに等しい。戦果で言えば、これ以上にないものだ。
 騎馬隊の動きも良かった。何より、指揮官の武が卓越していた。何合と一騎討ちでやり合ったが、首は取れなかった。それなりの傷は負わせたつもりだが、深手ではないだろう。自惚れではないが、俺とあそこまでやれた男は、シグナス以来である。
 思えば、あの指揮官のせいで、スズメバチ隊の動きが遅れたのだ。あそこで一合で勝負がついていれば、もっと違った形に持ち込めたはずだ。
 全てが、じり貧だった。すでに方々で火が放たれ、それが全体に拡がりつつある。風がないのが救いだが、それでも長くは保たないだろう。
 そんな中で、槍兵隊のアクトがハリネズミの陣形で踏ん張っている。いや、それ以外に出来る事がないのだ。ハリネズミを解いた瞬間、全てが瓦解する。すでに、そういう状態にまで追い込まれてしまっている。
 大将軍の本隊が、槍兵隊にジワジワと食い込んでいく。さらに別働隊として、騎馬隊が原野を駆け回っていた。
 あの騎馬隊が攻撃に動いたら、俺は槍兵隊を見捨てる。そうしないと、共に全滅する事になるからだ。
 その時、バロンの旗が振られた。撤退の合図である。
 次の瞬間、大将軍の本隊の圧力が急激に跳ね上がった。同時に槍兵隊の陣が砕け散る。撤退。その一瞬の気の緩みに、突っ掛けられた形だった。
「アクト、兵をまとめ直せっ」
 叫んだが、もうどうにもならなかった。大将軍の本隊が槍兵隊を飲み込んでいく。
「タイクーン、アクトの元へ駆けるぞっ」
 判断すると同時に、号令を出していた。アクトだけでも救う。
 旗本である一番隊のみで、アクトの元へと向かった。アクトは馬から落とされ、徒歩で槍を振るっている。その背後、敵兵。剣を構えている。
 その敵兵を一刀両断し、アクトの腕を掴んだ。そのまま力任せに持ち上げ、タイクーンの上に乗せた。
「ロアーヌ将軍」
「お前は指揮官だ。ここで死ぬ事は許さん」
「降ろしてください。俺を乗せたままでは、逃げ切れません」
「タイクーンはそんなヤワな馬ではない」
 言ったが、アクトの言った事は的を得ている。大将軍から逃げ切れるのか。
 即座に旗本が俺の周囲を固め、そのまま矢の如く敵陣を駆け抜けた。その間、逃げ遅れている槍兵隊の兵が、次々に突き倒されていく。
 その刹那、前方に騎馬隊が現れた。
「我が名はエルマン。剣のロアーヌと槍兵隊指揮官のアクト。貴様ら両名の首をいただくっ」
 筋骨隆々の男が、戟を天に掲げて声をあげた。
「レオンハルトめ、やはりただでは逃がしてはくれんか」
 剣を握り締めるも、正直やり合いたくなかった。後ろにアクトが居る。アクトを庇いながらの戦闘では、俺はもちろん、タイクーンも力を出し切れないだろう。それだけじゃなく、一合か二合で斬らなければ、敵軍の波に飲み込まれてしまう。つまり、時間がない。
「父上ぇっ」
 若い声がした。エルマンが背後を振り返る。俺もそこに目を凝らした。
 虎縞模様の具足。
「八番隊。ジャミルとレンかっ」
 スズメバチの八番隊が、エルマンの騎馬隊を縦にカチ割った。エルマンが僅かに逡巡を見せる。
「タイクーン、駆けるぞっ」
 見逃さなかった。八番隊が作った退路に向けて、俺と旗本は一心不乱に駆けた。

       

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