玄関に着くなり、彼女は「じゃあ私帰る」とか言い出した。
「え、なにそれ結局何の用事だったの?」
「え?」
「いや、え? じゃなくて」
「ああそうそう。はい、これ、うちのお母さんから」
「なにこれ?」
「ガリガリ君」
「すっごい溶けてるんですけど」
「大丈夫よ、私は濡れてないから」
やはり彼女は本当に機嫌がいいらしい。
だって、普段なら俺がこんな要求をすれば、めんどくさそうににらみつけるだけなのに、今日は軽口を叩いたばかりか、あろうことか、またもいたずらに笑って見せたんだ。
感動した。
さて、このガリガリ君を差し入れてくれた彼女の母親というのは大変美しくて気立てもいい素敵な女性なのだけど、どうやら男を見る目がないらしくて、成人後の人生の半分を人妻、もう半分は独身ですごすというなかなかアグレッシブな人生を送っている。それでも彼女にとって娘だけは人生のいわば不動点で、すべてはそこを中心に回っている。
なんて言葉で言っても実感がわかないだろうけど、取り急ぎ説明終わり。
「わかった、ありがとうって伝えといて」
「うん、じゃあ」
って彼女は手を振って笑顔で……ってところではっと気がついていつもの不機嫌顔を取り繕って、なぜか無理矢理に肩を怒らせて帰っていった。
感動した。
さて。俺は二階にある自分の部屋を見上げた。となると、ではいったいあの部屋の中にいるメイドさんはどこのどちら様なのだろうか。というか、見た目だけじゃなくてしゃべり方とか正確まで同じに思えたのに、どういうことなのだろうか。
息を切らせながら姉が二階から降りてきた。
「ケンジぃ、どんな話したんだよぉ、お姉ちゃん気になるぞぉ」
「別にたいしたことじゃないよ」
「そのたいしたことじゃないことが気になるんだよぉ」
「お姉ちゃんと結婚するー! って言ってたかわいい弟はどこへ行っちゃったの……悪者にさらわれてしまったの……」
俺は早く二階にいるメイドの姿を確認したかった。
逃げてるかもしれない。
ちょうちょみたいに。
「なんだよー、つれないじゃんかよー」
「や、やめろォ! それ以上いけない! それ以上すると柔らかな二つの膨らみがそれまで意識していなかった肉親の女性を」
「やだ、そんな目であたしのこと……」
「今だっ!」
「逃がすかっ!」
むにゅって! むにゅってしました!
感動した。
だけどこんなんしてる場合じゃない! そりゃ、できたらいつまででも味わっていたいけど、っていやいや、姉ちゃんだぞ、自分の姉ちゃんだぞ! いくらなんでもそれはよくない!
「いいじゃんもー、姉ちゃんもう眠いよー寝ようよー」
「なんで今日はそんなに絡むの?」
「へ?」
「もしかしてなんか隠してる?」
「えーと」
姉の拘束が緩んだ。
その隙をついて俺はダッシュで自分の部屋へ。
ノックもせずに扉を開け放つ。
そこにはなんと、普段着からメイド服へ着替え中のリョウコさんが。
ツンツンの幼馴染がメイド姿(に着替える手前の状態で)俺の部屋に。
俺は勝ち誇ったように背後を振り返り、姉に向かって、
「ほら、姉ちゃんやっぱ俺に隠し――」
金属製のゴミ箱。飛来。直撃。
薄れ行く意識で見たもの。
成長した幼なじみの下着姿。驚き焦り紅潮した綺麗な顔。
感動した。
俺は死んだ。