三月の終わりだった。麗らかな春の日。私の心模様とはかけ離れたある日。
事業に失敗した、数千万の借金を残した父親が、突然消えた。母親は私を残し、首を吊った。財産を根こそぎ奪われ、親類の居なくなった私に残っていたもの、この身一つの身体。生きている価値があるなどとは思わない。この世界に私を必要とする存在はなく、私に世界は必要ない。
だからもう、さようならをしようと思った。私の吊された一本のロープは、どこか誘うように揺れている。
「あら?」
首をくくろうとしていた私の前に、一人の女の子が現れた。死のうとしている時に、タイミングの悪い人だ。
「……誰?」
不愉快さも隠さず、私は聞いた。明日から私のものではなくなるとはいえ、人の家に勝手に入り込むとは、失礼な人間だ。まぁもう死ぬ私にはどうでもいいことだけど。
でも首吊りを中途半端に阻止されたら、厄介なことこの上ない。
「今日からこの家のオーナーになった者よ」
「……今日から?」
「ええ。貴女こそ、人の家に勝手に上がり込んでどなた様? 前の居住者かしら?」
「そうだけど……」
「へぇ、小泉の娘なの?」
彼女は私を品定めするように見て、狡猾な笑みを浮かべた。
「だったら?」
「私の名前は鳩山由紀(ユキ)。ねぇ、小泉純さん。あなた、私のものになりなさいよ」
中学二年まで、私の人生は順風満帆だった。父親の逃亡から、それは九十度ねじれたものになった。母が私を一人きりにした時、私の人生はまた九十度ねじれた。それは転落人生というに他ない。
それが、再度向きを変え始めた。