鳩山ユキの言い分を要約するとこうだ。
「死にたい気持ちは分かるが、私の話を聞いてからでも遅くはないだろう」
「故に、君は私の話に耳を傾けるべき」
「まだ高校生活も過ごしていないのに、死ぬのは勿体ない」
「私の提案にのるなら、君は不自由ない生活を送ることが出来る」
「提案内容を伝える前に、現在の君を取り巻く状況を教える。
1.私は鳩山家の長女、鳩山ユキであり、君の父親の借り入れ先、の娘だ。
2.君の父親は死んだ。
3.それにより、君には払わなければならない借金が発生している。
4.しかし君が払うのは不可能だろう。死んでも構わないが、不義理というものだ。
5.そこで私からの提案がある。悪い話ではないはずだから、聞け」
「提案内容は以下の通り。
1.君、小泉ジュンは私のものになれ。『私のもの』の定義は後々説明する。
2.条件を呑むなら、君の衣食住、教育を保証する。即ち、個人用の部屋を用意し、食費学費をこちらで負担する。衣服に関しては、こちらでも用意するが、月々の給与分も充てることが出来る。
3.先も述べたが、君には給与を与える。ほとんどを借金返済分に回すが、月々三万を君の資金に回す」
彼女は綺麗な長い指を口元に当て、ほくそ笑むように私を見た。非日常的な提案に、戸惑う私を嘲笑うように。
「……馬鹿馬鹿しい提案ね」
吐き捨てるように、私は言った。
「そうね。自分から命を絶つのと同じくらいには、馬鹿馬鹿しいと思う」
彼女は余裕を崩さず、挑発的に言葉を並べる。
「選びなさいな。ここで死ぬか、それとも私に跪(ひざまづ)くか」
サディスティックなその笑顔が、彼女にはとても似合っているように思えた。長くて綺麗な黒髪が、風に揺れる。彼女の端正な顔は、涼しげながら、どこか楽しんでいるのが分かる。
「……あなたのものになるって、どういうこと?」
本音を言えば、私は死にたくはない。ただ必要とされず、愛されもしない虚しい人生を送るなら、死んだ方がマシだと思う。けれど、彼女の提案が全て真実なのだとしたら、そう、悪くないとも思える。
それに、既に死んでいるらしいが、両親には愛想が尽きた。もう私にはすがるものもない。依るべき倫理観もない。今の私は空っぽなのだ。
「そうね……具体的には、月曜から金曜までの御前七時から八時まで、午後四時から八時まで、それと土曜の九時から十二時、十三時から十六時まで、私の使用人として働いてもらうわ」
「……随分事務的なんだね」
「もちろんこれだけじゃつまらないから、それとは別に特別勤務時間を設けるの。週に七時間ね」
「その間は何をすれば良いの?」
彼女は口角を上げて、微笑む。
「私に絶対服従」
「…………」
「高校三年間で、父の借金約二千四百万が返せるなら、破格の待遇だと思うけど?」
確かにそれは一理ある。三年間で二千四百万など、どう考えても一女子高生が、まともな方法で返せるはずがない。最も、返す理由がよくわからない代物ではあるけれど。
「……日曜は?」
「休日に決まってるじゃないの」
ここまで馬鹿げた提案を続けてきた彼女が、さも当然と言う具合に答える。それがなんだか可笑しかった。
私は思考を巡らす。
月から金曜が五時間、土曜六時間で、追加の七時間が労働時間、合計週三十八時間で、時間だけみたら、労働基準法にすら則っている。しかも私は高校生で、働くことに特に法的な問題はない。
しかも日曜は休日だという。私にはなんだかそれが可笑しかった。
その事実から伺える人間性は、なんとなくだが、愉快なものに思えた。良く言えばユーモラス、悪く言えば、どこか間が抜けている。
どうせ死のうとした身だ。少し長く生きてみるのも一興かもしれない。
いざとなったら、命を絶てば良い。それに今より悲惨な状況など、そうはないのだから。
「……わかった。じゃあ、私はあなたのモノになる」
「話が分かる子で嬉しいわ。これからよろしくね」
彼女は艶やかに微笑んで、私は小さくため息をついた。
既にくそったれな人生だし、もうどうにでもなれ、と。