女性の叫び声が響く。多くの人たちが悲鳴をあげて走り去っていく。
翔太郎はもしやと思い、走っていく人と反対方向に駆けていく。遠くに一人の女性と一体の怪人がいた。巨大な鉤爪と羽を生やした緑色のドーパント。
翔太郎はいそいでWドライバーを装着する。フィリップと意識がリンクする。
「いたぞフィリップ。あの時逃げたバードだ」
翔太郎はジョーカーメモリを取り出して言う。
彼は昨日の戦いで逃げたバードドーパントを捕まえるために街を走り回ってさがしていたのだ。情報はなかなか集まらずに捜査は難航するかと思われたが、運よくバード自らから姿を現して街で暴れ始めた。いや、襲われているから運よくとは言えない。
『思ったより早かったね』
「早く変身だ。あの野郎、人を襲ってやがる」
『ああ、分かった』
サイクロンメモリが転送される。それを押しこむとすぐさまジョーカーメモリを挿入。
『サイクロン! ジョーカー!』
変身。仮面ライダーWサイクロンジョーカーフォームに。バードを捕まえるべく疾駆する。
バードは鉤爪を振り回し、一人の女性を追い詰める。
「た、助けて……」
女性は腰を抜かしてあとずさる。だが、すぐに建物の壁に背中がついて後退できなくなる。まさに絶対絶命だった。
『駄目だ、翔太郎。このまま走っても間に合わない!』
「なら、トリガーだ!」
ジョーカーメモリを引き抜き、トリガーメモリを挿入。サイクロントリガーに。だがそれと同時にバードは女性に向けて鉤爪を振りあげた。
『サイクロントリガーでも間に合わない!』
「やってみなきゃわかんねえだろ!」
トリガーマグナムを手に取り、構える。バードの鉤爪が振り下ろされる。今引き金を引いても着弾するよりも先に女性が攻撃を受けてしまう。トリガーフォーム系統で最高の弾速をほこるサイクロントリガーでも、だ。
ちくしょう! 翔太郎がそう叫ぼうとしたときだった。
『スカル! マキシマムドライブ!』
紫色のエネルギーを纏った弾丸がバードの身体を貫いた。女性に鉤爪攻撃が当たる前に、バードは吹き飛ばされる。
「なっ……」
翔太郎は言葉を失った。
コツコツという足音と共に帽子をかぶった怪人が姿を現した。手にはWのトリガーマグナムと同じような形状の銃器を持っている。
「お嬢さん、怪我は?」
帽子の怪人は女性の前でかがむと、渋さを感じさせる低い声で話しかけた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
女性がそう答えると、帽子の怪人は頷き、立ち上がった。そして吹き飛ばしたバードの方を見やる。
すでに変身は解除されており、少年が苦しそうに呻いていた。メモリブレイクが成功したのだろう。
帽子の怪人は、腰についているWドライバーにそっくりなベルトからメモリを引き抜く。変身が解除され、白いスーツと帽子をかぶった一人の男性に。
そこに変身を解除した翔太郎が駆けよる。白いスーツの男は振り返って翔太郎を見ると、口を開いた。
「久しぶりだな」
「なんで……なんでいるんだ……」
「俺がここにいちゃ悪いか?」
「そ、そうじゃなくて……。でもなんで……なんでおやっさんがここに……」
白いスーツの男は鳴海壮吉だった。翔太郎がおやっさんと呼び、慕っている師であり鳴海亜樹子の父親でもある、鳴海探偵事務所の所長。
翔太郎は久々の再開であるはずなのに、素直に喜べずにいた。目の前にいる壮吉は偽物なのではないかという疑念は心の中で渦巻いているのだ。
過去に一度、ダミードーパントという別のものに擬態する能力をもつドーパントが壮吉に成り済ました事件があった。その一件がどうしても疑わせてしまうのだ。だが、それだけでなく原因不明のもやもやが翔太郎の中にあった。
「あ、あの」
女性に声をかけられて翔太郎は思考を止めて現実に戻る。
「左翔太郎さんですよね。それで、私を助けてくださったのは鳴海壮吉さん」
「俺たちのことを知ってるのか?」
「ええ、兄からお話を伺っています」
「兄?」
「ええ。風都警察署の照井竜です」
「て、照井の妹?」
「はい」
「そうか。兄よりもしっかりした……あ、いやなんでもない。とにかく、無事でよかった。でも助けたのは俺じゃなくて」
翔太郎は壮吉の方を見る。彼はすでにこちらに背を向けて去っていくところだった。
「おやっさん」
「礼はもうきいた」
壮吉は振り返らず、静かに言う。
「かっこいい人ですね」
「ああ、俺の憧れの人だよ」
翔太郎は壮吉の背中を見ながら、言った。
照井の妹と別れた翔太郎は、壮吉を追いかけると一緒に事務所へと戻った。
「おかえりなさい」
亜樹子は壮吉の姿を見てもごく当たり前のような態度で出迎えた。
「出張の仕事はどうだったの?」
「特にどうもしない。いつも通りの仕事さ」
そう言って壮吉は帽子を投げる。そして一番奥にある椅子に腰を下ろした。
翔太郎はその光景に違和感があるのか、釈然としない表情で立ち尽くしている。その様子を見てフィリップが声をかけた。
「どうかしたのかい翔太郎」
続いて亜樹子も翔太郎の方を向き、「どうかしたの?」と聞いてきた。
少し考えた後、翔太郎はフィリップだけを連れて地下の部屋に入った。
「いいかフィリップ。今から俺がおかしいことを言ったら遠慮なくおかしいと言ってくれ」
「よく分からないが、君がおかしいことを言ったらそれはおかしいと言えばいいんだね」
「ああ」
翔太郎は少し俯くと、唾を飲み込む。そして再び顔を上げた。
「おやっさんは、あの夜……ビギンズナイトで死んだ。俺をかばって」
「早速だけどおかしいよ翔太郎」
翔太郎の顔から血の気が引いていく。
「俺の記憶がおかしいのか……」
「あの夜、僕ら三人でそろって生還したじゃないか」
フィリップは当たり前のように言う。だが翔太郎の脳内には、凶弾に倒れ翔太郎に帽子を託して逝った壮吉の姿が焼きついている。
「言いたいことはそれだけかい?」
「いいや、それだけじゃない」
次々と、もやもやしていた記憶が蘇っていく。
「昨日、霧彦と会ったよな」
「ナスカに変身した状態だったがあれは園崎霧彦だったよ」
「でも、霧彦は前に死んだはずだよな。照井と出会う前に。新聞でもそう載っていた」
「いいや、そんな内容の新聞は出ていない」
「照井の妹は死んでいる。妹だけじゃない、両親も。伊坂に殺されて」
「生きているよ。妹は今日助けたじゃないか」
自分の記憶をことごとく否定され、翔太郎は頭を抱える。どうなっているのか。この世界は自分の記憶と違う世界だ。おやっさんが生きていて霧彦が生きていて照井の家族が生きていて――
そこまで考えて翔太郎は気づいた。自分の記憶よりも幸せな世界ではないか、と。みんな生きている、理想の世界。
フィリップを見る。
「そうだよ……みんな生きているんだよ……」
翔太郎はフィリップの肩を掴むと、再び俯いた。
「どうしたんだい。さっきからずっと様子がおかしい」
「なあ、フィリップ……俺、思い出したよ」
「何を思いだしたんだ翔太郎」
「思い出した……思い出したんだよ……」
目に涙を浮かべながら、翔太郎はうわごとのようにつぶやいた。