Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔法少女・エグゼクショナー
第一話

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○第一話「坂本直己の夢」
 6畳くらいの僕の部屋。引きこもりの僕が、引きこもっている夢を見る。どうせなら、全然違う世界に行く夢とか見られたらいいのに、よりにもよって夢の中でさえも引きこもっているとは。
 部屋にあるのは、こたつ、テレビ、パソコン、本棚。隣には台所や寝室もあって、台所の冷蔵庫の中には食べ物がいっぱいある。まあ、夢だからね。
 こたつに足を突っ込んで、テレビを見つつパソコンを弄る。内容は覚えていないけど、とにかくいつもしているのと同じ事だ。こうなると、もう自分が夢を見ているのか起きているのか分からないな。ま、起きている時だって自分が本当に生きているのかどうか、自分が自分なのかどうかすら怪しく思える時があるくらいだから。

 こういう夢は結構よく見る。いつもってワケじゃないけど、夢なのに現実と似たようなところにいるんだ。夢には何か意味があるなんて言うけど……どうなんだろうね。僕の夢に意味なんてあるんだろうか。あるとしたら、どんな意味なんだろうか。

 でまあ、ずっとこたつでぼーっとしているだけの夢ならいいんだけど、そうじゃない事も多い。今日の夢は……
「あああ! なんか時間がない! なんか時間がないよ!?」
 時計を見て焦っている。現実の僕には予定なんか何もないのに、夢の中の僕は何か時間に追われているようだ。そして何を思ったのか上はシャツに半纏、下はトランクスのみという、僕が普段部屋でしている格好のまま、部屋の外へ出てしまった。
 常識的に考えて、そんな格好で外にでたら不審者だ。だけどそこは夢の中、お構いなしでどこかへ出かけている。周りの景色は……ぐにゃぐにゃだ。よく分からない生物が僕を見送っている。

 そして辿り着いたのは、どこかの大きなオフィスビル。全然知らない場所のはずなんだけど、トランクス一丁という変態な格好のまま建物に突入する。なんだろうか、ここで何かの仕事をしなきゃいけないみたいな、そんな気分だ。
「おいおい坂本ぉ、3時間も遅刻なんて有り得ないぞ、謝れよ」
「謝れよぉ」
「謝れよぉ」
 妙に顔だけでかい人間に取り囲まれる。顔はでかいんだけど、誰だか分からない。
「すみません、すみません! どこからですか!?」
「早く出ろよ、もうすぐ出番だぞ」
 背中を押され、何やら薄暗いところへ。よく見るとそこは舞台の袖で、これまた奇妙な物体が舞台の上でグネグネしている。僕は、いつの間にか役者か何かになっているようだ。そして、あろうことか自分の役のセリフが全然頭に入っていない事に焦っている。
「(ど、どうしよう、僕のセリフなんだっけ……って言うか僕の役ってなんだっけ……)」
 無情にも出番が来て、舞台へ押し出される。でも観客席には……誰もいない。
「お~い、こっちだ、早く来いって!」
「あ、は、はい!」
 不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、何やら凄い大きなパソコンがあった。
「お前すげえな、これ操作できるんだろ?」
「ええ、もちろんですよ」
 沢山の人に囲まれて、英雄を見るような目で見られている。そして、そのパソコンを操作しろと言われている。夢の中の僕は、それができると言っているのだが……
「(……あれ、これ何なんだ? 全然分からない!)」
「どうした~? できるんだろ~?」
「(なんで分かるなんて言ったんだ? っていうか、ここどこだ!?)」
 逃げ出したい……そんな気持ちが広がっていく。覚めろ覚めろ覚めろ……これは夢なのだから、目覚めてしまえばこんな状況から逃げ出せる! そう願い続け、そして……

「はっ……ああ……」
 布団から起き上がる。やっぱり夢だったのだと……安堵する。
「おはよう直己」
 誰かに声を掛けられる。親……じゃない。ああ、これは……
「ああ、おはようツバサ……」
 そうか、これもまた夢の中か。ツバサと呼んだ相手は、一見すると可憐な少女なのだが、その背中には大きな翼が生えていて、まさしく天使そのものだ。僕の部屋に、天使がいる……そしてそれを当然の事と思っている夢の中の僕。天使なんているはずがないのに。

 僕の夢の中には時折、この天使が現れる。天使が出てくる夢を見て目が覚めると、心が穏やかになって、現実ではまともに恋愛なんてした事もないくせに、それがどういうものかを知っているような気になれる。凄く幸せで、楽しくて……もし現実でも彼女のような天使と暮らせたなら、きっと引きこもりになんてならなかったのに、と。

「それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
 ツバサに見送られて、どこかに仕事に行く夢。玄関を出ると……既にどこかの駅だった。そうだ、現実の僕は仕事なんてしてないけど、ツバサを養う為には仕事が必要で、だからどこかで働いているのだ。電車に乗って、どこかで真面目に……
 でもなぜか、電車に乗る方法が分からない。というか、駅がやたらと広く入り組んでいて、どこまで歩いても目的のホームに着かない。
 段々焦ってくる僕。また遅刻したらどうしようと……そうだ、とにかく一旦戻って誰かに聞こう。そう思ってどこかの扉を開けると……なぜか自分の家に戻っていた。
「ただいま」
 しかも、さっきまで仕事に行こうとしていたくせに、その事がすっかり頭から飛んでいて、普通に帰ってきたつもりになっている。さすがは夢、荒唐無稽もいいところだ。だが……それだけではすまなかった。
 部屋の奥の方から……ツバサの声が聞こえてくる。でもそれが、普通の声ではなく……エッチなビデオで聞くような、喘ぎ声に聞こえた。ギシギシ、というベッドの軋む音と共に聞こえてくる、艶かしい声……。何だこれは、どうなってるんだ? 夢の中の僕は、恐る恐る部屋の奥へと歩いていく。そしてそこにいたのは……見知らぬ男に圧し掛かられるようにして抱かれて喘ぐ、全裸のツバサだった。
「んあ……直己、おかえりぃ……あはっ」
「……なに、してんの……」
「だぁってぇ……直己なんかとしたくないからぁ……」
「……あ、そう……」
 僕に見つかったというのに、ツバサは悪びれる様子もなく、見知らぬ男にしがみついている。惚けた表情のまま、涎を垂れ流して喜んでいる。そして僕は、それを咎めるでもなく再び外へ出て行く。
 吐き気がする……頭がガンガンして、気を失いそうだ……だけど僕は、なにを思ったのかもう一度玄関を開ける。何か一言でも文句を言ってやろうというつもりなのか? それとも……
 しかし、二度目に開けた時見たものは、さっきとは全然違う光景だった。ツバサはエプロン姿で台所に立っており、僕の方に笑顔で振り返った。
「あ、おかえり直己。ご飯もうすぐだからね」
「……ああ」

 ああ、僕は彼女を愛している。こんなにも。だから……裏切られる事なんてない。

 さて、今日もテレビを見よう。パソコンを操作しながら。ツバサと一緒なら、僕は幸せだ。だから仕事にも行こう。外に出たくないけど、ツバサの為なら我慢できる。
 外に出ると、街行く全ての人がニヤニヤした目で僕を見ている。くすくすと笑っている声も聞こえる。ああ、働きたくない。僕には何も分からない。けどやれる。責任は欲しくない、けどやれる。やれないけど。
 まあなにがあったって、家に帰れば僕の事を笑顔で迎えてくれるツバサがいるからね。辛い事があってもやっていけるさ。

 扉を開けると、そこではツバサが見知らぬ男と舌を絡ませるようなキスを……

 扉を開けなおそう。

「あ、お帰り直己。もうすぐご飯できるよ~」
「ああ、ただいまツバサ」

     


 さて今日もテレビを見よう。パソコンを操作しながら。たまには音楽を聴くのもいい。おなかが空いたらツバサと一緒にご飯を食べよう。ツバサが作ってくれる料理は日に日に僕好みの味になっていくんだ。僕は彼女を愛している。Hの仕方は分からないし、怖いからしないけど、そんなもの必要ない。愛があれば、体を重ねなくたって大丈夫だ。
 外に出ると、よく分からない人に怒鳴られる。誰だか分からないけど、凄く嫌いな人だ。ああそう言えば今日は、僕は有名なアイドルグループの一員としてテレビに出るんだった。なにを言えばいいのか全然分からないけど、とにかく僕はアイドルなんだ。だから大丈夫。失敗したってツバサがいるから。でもテレビ局の場所が分からない。どこだっけ?
 まあいいか、今日は一生懸命やった。だからもう帰ろう。帰ればツバサが待ってるから。

 扉を開けると、ツバサが見知らぬ男に後ろから抱きかかえられるようにして……

 もう一回扉を開けなおそう。

 扉を開けると、ツバサが見知らぬ男の前に跪き、男の股間に顔をうずめるようにして顔を前後に……

 もう一回だ。

「あ、おかえり直己。今日はエビチリ作ってみたよ」
「ただいまツバサ。おいしそうだね」

 ああ。僕は幸せだ。さて今日も、テレビをつけて……
『おい、いつまでやってんねん』
 パソコンつけて……
『あほやなアンタ、自分の妄想にまで裏切られとるやないか』
 たまには音楽でも……
『ほんまは知ってるんやろ~♪ 全部自分のせいやって~♪』
 ……ツバサのためなら仕事もできるんだ。
『家で引きこもってるアンタに惚れてくれる奴なんか、ほんまにおると思うんか? 例え奇跡が起きて天使とやらが現れたとしても、ずっとアンタの傍にいてくれると思うか?』
 ツバサは天使だ、僕を幸せにしてくれる。
『ほんまは分かってるんやろ? アンタが自分で想像してしまうように、天使もアンタを捨てるんや。なぜならアンタは、起こりもしない奇跡をただ待つだけの……』
「うるさい!!」
「ど、どうしたの直己?」
「あ……なんでもないよ」
 よくある事だ。テレビの中やパソコンの中の奴が、僕に説教するんだ。まあ何があったって、僕はツバサのために仕事をして、ツバサを養っている。このまま二人で生きていければ、幸せなのだ。誰がなんと言おうと構わない。

「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 外に出ると、すぐ目の前に扉があった。仕事場が近いっていいね! これなら迷う事もないし。今日なにやるのかなんて全然分からないけど、とにかく行こう。仕事すれば、ツバサと一緒にいられるんだから。

 扉を開けると、見知らぬ男に跨るようにして腰を振るツバサが……

 間違えたか。ここじゃなかった。駅に行こう。

 駅について、改札を通って……ああでもやっぱりどこにホームがあるのか分からない。階段を昇ったり降りたり、一生懸命探すんだけど……どこなんだ!? あ、この扉は……もしかしてここか?

 扉を開けると、見知らぬ男に突き上げられ、恍惚の表情で喘ぐツバサが……

 違うな。オフィスビルに行こう。

 顔のでかい人達が謝れ謝れって詰め寄ってくる……僕はまた背中を押されて、何か薄暗い部屋に入った。

 扉を開けると、惚けた表情で見知らぬ男とのキスに没頭するツバサが……

 違う。もう、帰ろう……

 扉を開けると、快楽に溺れて何度も喜びの声をあげるツバサが……
「ち……がう……」
 僕が見ている事に気付いて、妖艶な表情で微笑みかけるツバサ……悪びれる様子もなく、むしろもっと見ろと言わんばかりに蠢く。
「やめろ……」
 AV女優も顔負けの喘ぎ声をあげながら、男に抱かれ続けるツバサ。微笑んでいる……だけど僕に向ける視線は冷たい。そのくせ、男にキスをする時はまるで、愛しい者を見るかのように……
「やめろ……もう、やめてくれよ……」
 僕は耳を塞ぎ、その場に座り込んで顔を伏せる。もう、見たくない……
『耳を塞いで、目を閉じて……夢からも逃げるんか?』
「こ、んなの……僕の夢じゃない……僕のツバサじゃない!」
『なら終わらせるか? 悪夢を』
「終わり、終わりだ……覚めろ……覚めろ!」
『承ったでぇ……』
 暗く、心を見透かされるような、少女の声が聞こえてきた。そして次の瞬間……

 ――ズン!!

「きゃああああーーー!!」
 何か鈍く重い音と共にツバサの悲鳴が部屋に響き渡り、僕は驚いて顔を上げる。その時僕の目に飛び込んだ光景は……凄惨としかいいようのないものだった。ツバサが、男と共に胴体から真っ二つに切り裂かれて部屋に転がっている。二人から流れ出たと思われる血飛沫は部屋中に飛び散っていた。
 そして部屋にはもう一人、見た事もない少女がいた。黒い服に身を包み、その手には肉片がこびり付いたままの巨大な斧が握られている。恐らく、この斧で……二人を……
「あ……あ……」
 僕は、余りの光景に一瞬頭が真っ白になっていた。何なんだこれは……ツバサがあんな、真っ二つになって……どう考えたって助からないじゃないか! 殺された! ツバサが殺された!
「ああああ!? な、なんて事をするんだ!!」
 恐らくはこの黒い少女の仕業だ! 僕は泣き叫びながら、少女に掴みかかって行った。確かにツバサは僕を裏切ったけど、こんな事は望んでいない!
 しかし少女はまるで動じず、それどころか口元をニヤリと歪ませる。そしてヒラッと片手をなびかせるようにして、僕の方に突き出す。その瞬間、僕は見えない壁にぶつかったかのような衝撃を受け、その反動で後方に転がってしまう。
 そこからの少女の動きは、ゆっくりに見えた。少女の斧はとても巨大で重そうだが、少女はそれを片手で持ち上げていく。そして、既に上半身のみとなっているツバサ目掛けて……その斧を振り下ろす。
「や、やめろ! やめろーー!!」

 夢……覚めろ……こんな結末はいやだ……覚めてくれ……

『どんな結末も、アンタが作ったんや』
 なぜならこれは、僕の夢。
『今のままなら、その天使は何度でも悪夢になるで』
 僕の夢だから、僕の心が反映される。
『アンタは現実の世界を生きられない。そして夢の中の天使に依存する』
 僕には現実を生きる理由が見つからなかった。だから、ツバサみたいな存在がいれば現実を生きられるのにって。
『その一方で、現実を生きられない自分を見下している』
 だけど引きこもって夢ばかり見ている自分を、一体だれが愛してくれると言うのか。例えそれが、天使であっても。
『これはアンタの夢や。変えたいなら……どうすればいいか分かるやろ?』
 僕の夢、僕の心、僕が変わらなければ……ツバサは何度でも悪夢になってしまう。

 ああ……意識が遠のいていく。現実の僕が目覚めようとしているのか。僕はもうツバサを悪夢にはしたくない。だって悪夢にしてしまったら、またあの少女がツバサを殺しに来てしまうから。そうならないようにするには……僕が……

 …………

『戻ったか。これでよかったんか?』
「はい」
『わざわざ悪役になろうなんて、健気な悪夢やないの』
「悪夢になってしまったからこそ、です」
『ふうん……せやけど、もしアイツがほんまに変わったら、そもそもアンタの夢すら見なくなってしまうかもしれへんで?』
「それは寂しいですね。でも……それでもいい、と思います」
『さよか……ほな、覚悟はええな?』
「はい。私に時間を頂けたことを、感謝しています」
『おやすみ』

 ――グシャ!!

       

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Neetsha