魔法少女・エグゼクショナー
第二話
○第二話「山崎陽一の夢」
学校……か。う~ん、なんでこんな所にいるのか覚えていないけど、まあいいか。確か体育館に行かなければならなかった気がする。
しかしよく考えてみると、俺は今私服じゃないか? そりゃそうだ、俺はもう大学生だしな。でも……まあ他に行く宛もないから、体育館を探そう。一階に行けば、連絡通路があるはずだ。
階段を降りる……降りる……おかしいな。今何階だ? もう10階分くらい降りてるはずなんだけどな。普通の学校がそんなに高いわけないし……どうなってるんだろうか。まあこのままじゃ埒が明かない、廊下に戻ってみよう。
廊下に出てみると、窓からはやけに黄色い光が差し込んでいて、影で黒くなった部分とのコントラストが目に痛い。そう言えばさっきから他の生徒を誰も見かけないけど……今日は休みなのかな? でも休みなら、尚更なんで俺はこんなところにいるんだろうか。
とりあえず、廊下を歩いてみる。教室の入り口のプレートには、何やら全然読めない字が書かれている。どこかの国の言葉……とも思えない。意味がある字なのかすらも怪しい。教室を覗いてみると、机が教室の中央にポツンと一つだけあり、他の机は教室の壁に沿ってびっしりと並んでいる。う~む、意味が分からないな。
次の教室へ行ってみよう。さっきと同じで、プレートには読めない文字が。中を覗くと……
「うひいい~~~~うひひひ~~~~!!」
なんか……ものすっごい高速で回転してる何者かが、悲鳴を上げている。初めて自分以外の誰かを見つけたけど、これはそっとしておいた方がよさそうだ。
さて次だ。プレートはもう諦めよう。中を覗くと……今度は普通に机が並んでいる。だが生徒の姿は無く、変わりに机の一つ一つには開かれたままの携帯電話が乗っている。なんのこっちゃこれは。とりあえず中に入ってそのうちの一つを手に持ってみる。画面には、誰かの口元がいっぱいに表示されている。それはともかく、ボタン類に書かれている文字はやはり、全然読めない。と、その時だ。
「キュルキュルキュルキュル」
何やら、テープを早回ししたような音が聞こえてきた。どうやらこの部屋の携帯電話全てから鳴っているようだ。その音と同時に、画面に映っていた口元が高速で動き出した。もしかして、喋ってるのか? だが全然聞き取れない。これは駄目だ、意味が分からない。
再び廊下へ戻る。一体何なんだこの学校は。何の意味があってこんな事になってるんだ? いや、そもそも意味なんてないのかもしれないが……
と、そこで俺は先程自分が歩いてきた方に顔を向けた。奥の方は影になっていて殆どよく見えないが……何やら動いているものがある気がする。こちらに……近づいて来ている? あ……あ、だめだ、アレに近づかれたらだめだ! なんだか分からないけどそう感じる!
俺は慌てて走り始め、廊下の奥へ向かう。そこでさっき俺が降りたのとは別の階段を見つけ、再び階段を降りていく。追い立てられるような恐怖を感じながらも、とにかく降りまくる。そうしてどれくらい階を下ったのか分からないが、再び廊下へ。
恐る恐る廊下を覗く。と、さっきの何者かの気配はなく、代わりになぜかベッドが並んでいる。まあ今更この程度の意味不明さじゃ驚かない。とにかくさっきの奴から逃げられた事に安堵し、廊下を歩いてみる事にした。
ベッドは……ベッドだ。特に変わった所はない。教室のプレートは相変わらず。中は……覗く気にもならない。どうせ意味なんて分からない。それにしても、いつになったら体育館に着くんだろうか。
廊下を歩いていると、突然足元に液状のものが広がっているのを感じた。廊下は相変わらず黄色と黒だったのだが、その黒の部分、つまり影の部分の床に、液体が流れ出ている。目を凝らして追っていくと、教室から滲み出ているようだが……美術室? 珍しくプレートの字が読める。興味を惹かれた俺は、入ってみる事にした。
中には、描きかけの絵や胸像など……いかにも美術室なものばかりが置いてある。問題の液体はどうやら、机の上にある画用紙のところから出ているようだ。次々と溢れ出ているこの液体……一体何なのだろう。その画用紙に近づいてみると……
「な……なんだこの絵は。人、か?」
不気味な、黒っぽい色で書き殴ったような絵。それは、人の顔のようにも見える。そして例の液体は、その顔の目の部分から、まるで溢れる涙のように流れ続けていた。何か仕掛けがあるわけでもなく、ただひたすら紙から滲み出る液体……それにこの絵……なんとなく、誰かに似ているような気がする。誰なのかなんて分からないけど。
今更だが、この学校は変だ。降りても降りても一階に辿り着けないし、まともな生徒が誰も居ない。いや、生徒だけじゃなくて教師もだ。でもそれを、受け入れ始めている自分もいる。奇妙な感覚だ。
ふと、俺は誰かの視線を感じて顔を上げる。そこには校舎の外側の窓があり、その向こうからこちらをじーっと見ている人影があった。って言うか……ここ、一階だったのか? 窓から見える景色を見る限り、俺は既に一階にいるように見える。ともかく俺はその窓に近づき、人影が何者なのかを確認しようとした。誰だ? あれは……顔が……思い出せない。
いや、思い出せないだけじゃない。俺が見ている人影の顔の部分が、ぐにゃぐにゃに歪んでいて、分からない。な、なんだよ、誰なんだ!? 顔がぐにゃぐにゃで……だけど俺を見ているのは分かる。それもただ見ているんじゃなくて、睨んでいる!
誰なんだ……誰なんだ!? 思い出せない……いや、思い出しちゃいけない気がする……でも、思い出さなきゃいけない気もする……
――ピチャ……ピチャ……
廊下から、水気を含んだ足音が聞こえてきた。あの絵から滲み出ていた液体を、誰かが踏んだのだ。でも、誰だ? 俺以外にまともな奴なんていないし……まさか、さっきの奴か!? やばい……この部屋の前にいるなら、出て行くわけにはいかない。となれば、窓から外へ逃げるしか!
俺は慌てて窓の鍵を開ける。俺を睨んでる人影もいるし、向こうには行けないが……とにかくこの部屋にいたら危険だ。俺は窓から外へ出て、部屋から見えない位置へ身を隠す。今は、俺を追ってくるあいつをやり過ごさなければ……
――ガララ……ピチャ、ピチャ……ピチャ……
美術室に、誰かが入ってきた。そして中をうろついている。くそ……一体何なんだ。何で俺を追うんだ! 俺が何したってんだ! 早く、早くどっかに行ってくれ……
――ピチャ……ピチャ…………
音が……止まっ
――ガシャーン!!
突如、俺のすぐ隣にあった窓ガラスが大きな音を立てて砕け散った。
「ひ、うわあああ!!」
俺はもう、とにかくやばいと思って、その場を逃げ出す。とは言えどこへ行く宛もないし、かといってあの人影の方には行けそうもない。校舎に沿って走り続け、どこか入れそうな所はないかと探し続ける。その間も、背後からは何か恐ろしいものが追いかけてきているのを感じた。とてもじゃないが振り返る気にもならない……だが捕まったら最後だ、それだけは分かる。
どれくらいそうして走っていたのか……俺は、下駄箱のある入り口を見つけて、そこから校舎に再び逃げ込む。そしてすぐ目の前にトイレがあるのを見つけ、中へ入って息を潜める。心臓がバクバク言っている……あいつに見つかっていないか、もう追いかけてこないか……怖くて……
しばらく、無音が続く。どうやらあいつは俺を見失ったらしい。よかった……だが、まだ外に出る気にはなれない。それに、全力で走ってきたせいで疲れてしまった。少し休もう……
――ピロロン♪
な!? なんだ……? トイレの奥の方から、携帯の着信音みたいなものが聞こえてきた。誰かいるのか? 俺は恐る恐る、音のした方へ歩いていく。個室……個室に誰かがいるのかも。俺はなるべく音を立てないようにして、個室の一つ一つを覗いていく。すると、一番奥の個室の中で、洋式便所の便座カバーの上に携帯電話が置いてあるのを見つけた。誰のか分からないが……手にとって見る。さっき教室で見た奴みたいに、キュルキュル言ってるだけかもしれないが、とにかく開いてみる。
意外な事に、特に変わったところのない携帯電話だ。ボタンに書かれた数字もちゃんと読める。画面には、録音メッセージ1件という文字が。なんだか分からんが、聞いてみるか。
――ピッ……ジジ……ガサ、ゴソゴソ……ギィ!
『うはははははは!』
『ひゃははははは!』
『あはははははは!』
――ジャ~……ビシャビシャビシャ!! ブツッ……
なんだ……これは。この声、どこかで聞いた気がする。それに、この音は……水か? 水を掛けられたような音だ。一体なんだってんだ。俺に何をさせたいんだ?
ともかく、この携帯は使えそうだから、持っていくことにしよう。自分の携帯ではないので、知り合いに電話を掛けるってのは無理そうだが……いざとなったら警察でも何でも呼べるからな。
さて……そろそろ廊下に出てみるか。いつまでもここでじっとしているわけにも行かない。とりあえず物音はしないし……大丈夫だろう。
俺はゆっくりとトイレのドアを開けて、廊下へ。ここが一階ならどこかに体育館への連絡通路があるはずだ。今までの事を考えると、確実とは言えないが。
少し歩くと、「職員室」と書かれたプレートが目に入った。まあ、期待はできないが……一応覗いてみようか。
――ガラ!
ドアを開いた瞬間、目の前には真っ黒な空間に白い顔だけが無数に浮かぶ、異様な光景が広がっていた。顔はどれもが目と口の部分が穴になっていて、笑っているような形をしている。しかし、どこか白々しい表情にも見える。なんていうか、作り笑いのような……そんな感じだ。そしてそんな顔が、浮かんでは消え、俺を笑う。俺は気分が悪くなり扉を閉めた。
何だってんだ今のは……閉めた扉の小窓から改めて職員室を覗くと、そこから見る限りは普通の職員室が見えた。人影はないが……他に変わった所はない。さっきのは何か、見間違いか? もう一度見てみるか?
――ガラ!
まただ。また無数の白い顔がニヤニヤしながら俺を見る。笑っているくせに、どこか怒っているようにも思える顔……イラついてるようにも見える顔……俺はやはり気分が悪くなって、扉を閉める。
駄目だこれは。やはり寄り道せずに連絡通路を探そう。そうしないと……おかしくなる。
それからも気になる部屋や妙な気配とかを感じたりはしたものの、ひたすら無視して連絡通路のみを探し続けた。だが、一向に見つからない。似たような教室や廊下の風景が続き、段々気持ちが悪くなってくる。大体……なんで俺は体育館を目指していたんだろうか。っていうか、いつからこの学校にいたんだっけ? なんで学校にいるんだ?
いい加減歩き疲れた俺は、廊下にあったソファに座り、休む事にした。なんでこんなところにソファがあるのかは、もうどうでもいい。
俺は休みがてら、先程拾った携帯を取り出して、もう少し調べてみる事にした。日付は……文字化けしている。時刻も有り得ない数字になっている。着信履歴は? う~む、これも文字化けしてるな。発信履歴も文字化け……でもまあ、誰か出るかもしれないし、かけてみるか。
――プルルルル……プルルルル……
『う……ぐす……ぐす……』
「も、もしもし?」
『ぐす……ごめんね……ごめんね……』
「……あの?」
『ごめんね……気付いてあげられなくて……ごめんね……』
――ブツッ……ツーツーツー
切られてしまった。でも、誰かでたな。何か泣いてたようだが……声の感じからすると、中年の女性みたいだった。もう一度かけてみるか?
――プルルルル……プルルルル……
「あ、もしもし、あの」
『いやああああああああああ!!』
「わあぁ!?」
突然物凄い絶叫が聞こえてきて、俺は通話を切ってしまう。な、なんだってんだ? 同じ番号にかけたはずなんだが……ああ、いや……この状況じゃ深く考えるだけ損だな。もう電話をかけるのはやめよう。他に何かないだろうか?
再び携帯を操作する。アドレス帳を開いてみると、先程かけた番号ともう一つだけしか番号が入っていない。この携帯の持ち主は、友達おらんかったのだろうか。
写真のデータが数枚入っているようだ。どれどれ……何やらピンボケしたみたいな写真が殆どだが……一枚だけ、女性が写っているのがある。この女性は……知っているぞ。確か俺と同じクラスにいたはずだ。名前が思い出せないが、男子に人気があった気がする。それで……他にも何かあった気がするんだが、何だっけな。
――ボフッ
「!?」
突然、俺の隣に誰かが座った気配がした。な、なんだ、誰だ!? 心臓が張り裂けそうなほど高鳴り、冷たい汗が滲み出してくる……まさか、俺を追っていたあいつか? いや、もしあいつじゃなかったとしても、どうせろくでもない奴に違いない。
俺は、目だけを動かして隣を見る。しかし見えるのは足元だけ……なんとなく女性の足に見えるが、それ以上は……
「何を探してるの?」
隣の何者かに、声を掛けられる。声の調子から察するに、若い女性のようだが……
「う、え……体育、館の、連絡通路」
「目の前にあるじゃない」
「……え?」
そこでやっと顔を上げて、正面を見る。と、その何者かの言うとおり、目の前には体育館への連絡通路があった。おかしい……ソファに座る前は、そんなもの無かったのに。いや、それはともかく隣の声の主は一体……俺を追いかけていたのはこいつなのか?
「あ、アンタが俺を追って……あれ?」
隣を見ると、誰もいない。
「何してるの? 体育館に用があるんでしょ?」
再び連絡通路に目を向けると、いつの間に移動したのか、そこにはさっきの声の主と思われる少女が立っていた。こちらに顔を向けていないので誰なのかは分からないが、学校の制服を着ている、髪の長い少女……なんだか分からないが、着いていった方がいいのだろうか?
少女が何者なのかは分からないが、ともかくこれで体育館にいけそうだ。連絡通路を通りつつ、外を見ると……逆光なのかなんだか分からないが、他の建物のシルエットは真っ黒で、不気味だ。所々窓の部分が黄色く光っており、巨大な顔のようにも見える。じっと見ていると、なんだか不安な気持ちになってくる……
「まさか、あんな事するなんてね」
「え、え?」
突然少女に話しかけられる。相変わらず、こちらを見てはくれないが……
「軽い気持ちだったのにね」
「何が?」
「みんなそう、軽い気持ちだったのにね」
「みんなって……」
「なんていうか、そういう役割だと思ってたの、みんな。だから、私もそうするのが当然みたいに思ってたの」
「何を……?」
「だって、悪いけど本当に気味が悪かったから……そういう役割の人に、そんな風に思われるなんて。私までそっち側に行きそうで」
「…………」
少女と共に体育館へ入る。だが、中は真っ暗だった。そして暗闇に怯んでいる間に、少女はどんどんその暗闇の中に入って行き、姿が見えなくなってしまった。どこかに電気をつけるスイッチがあるのかもしれないが、こう真っ暗だと見つけようもない。どうすればいいんだろうか。
「どうしたの? 早く入って来たら?」
「い、いや……だって真っ暗だし……」
「真っ暗? そんなはずはないわ。だって、今は昼間よ?」
「え? でも……」
「見たくないから、じゃないの?」
「見たく、ない? 何を……」
見たくないって……俺はここに何があるのかも知らないんだぞ?
「知ってるくせに……自分のせいじゃないって思いたいのね」
「え?」
「全部、自分以外の人のせいって思いたいのね」
「何を、言って……」
「私は罪を償ったわ。貴方も償いたいんでしょ? だからここに来たんじゃないの?」
少女の言葉の意味が分からない。……分からない?
「よく思い出してみなさいよ。貴方がどんな酷いことをしたのか。ここで何があったのか」
そうだ、俺は知っている。だからここに来たんだ……償う為に。
「目を閉じて、知らないフリをするのは卑怯よ。よく見なさい。貴方が犯した罪を」
そうだ……俺の罪がここにある。目を、開けなければ!
「……あ……あああ!」
そこにあったのは、バスケのゴールに吊るしたロープで首を吊る、二つの人影。片方は、さっきの少女。そしてもう片方は……そうだ……俺が、俺が!!
「あああああああああああああああああああ!!」
「やかあしいわ、ボケ!!」
――グシャ!!
「ったく、ちょこまかと逃げくさって……大体罪の意識かなんか知らんが、自分で自分を悪夢に仕立て上げてどうすんねん。後悔するなら現実の世界でやれ、アホが」