Neetel Inside 文芸新都
表紙

2P SG "THE GOLD"
Last Epsd-Slide away-D

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「………尾行られてる?」
「そのようですね」
 深夜、交通量の落ち着いた二十号線、中央線の灯りが次々と後方に吹っ飛んでいく。
「結構な量だな……」
 ナビシートから覗くバックミラーに移る自動車の灯りがどんどんと増えていき、そいつ
らの走行スピードからは、法定速度完全無視の俺達を追尾するつもりなのだろうというの
が、ありありと感じられた。
「………」
 股の間でM92Fのバレルを開けて確認する。わずかに鼻で息を吐き、面を上げる。する
と、突然だった。
「ぬぁっ!!」
 トモハラさんのカウンタックが片側三車線を目一杯に横滑りし出した。猛烈な横Gが弾
層を叩き込もうとした手を揺らした。
「ここは……何とかします。だから」
「そんな、ちょっと待てよ」
「あなたの役目でしょう、あなたが約束したんでしょう!!」
「………」
 四点固定式シートベルトの片側が、弾かれるように外された。
「……帰って、話したい事が色々ある。だから」
 そう言うと、彼女はニコリと笑ってギアを入れ替えた。俺は黙ってシートベルトを外し
て外へと飛び出した。


                 *


 そう言えば前にもこんな事あったなぁーって。
 クラタが生きてたからもう……結構前だけどな。あいつのセクションが何故か一人の女
子高生を追ってた。どうやら父親殺しの容疑者って話を聞いたけど、その時点じゃ公安が
動く原因にはなりえねーなーとか考えてた。でも、その話を俺に持ち込んでくるって事だ
から、事態が只事じゃねーって事はなんとなく解って、俺は協力したんだ。
 普通なら県警にでも任せる事だよな。クラタは、事件発生から日数が経過しているが、
県警が未だ足取りを掴めていないから俺に彼女の身柄を、誰よりも早く確保して、良いと
言うまで逃げ回れ……と言ってきたんだ。

 人目に付かない場所で死んでんじゃないの、と聞けば、それはないとアイツは言った。
 ワケ分かんねー、って感じだったが、彼女の足取りを追っている内にクラタも話せなか
った事の次第を何となく追う事が出来たよ。

 逃げ惑う被疑者の足取りが掴めない理由は幾つかあって、その中のひとつが、第三者の
手によって安全な場所に保護されているっつう事なんだけど、何処で聞きつけたか知らな
いけど……近年それが極左的過激派組織だったりする場合が滅茶苦茶多くなってきたんだ
よな。下手に被疑者に手を出して、組織への内偵が割れたら公安としても都合が悪い。だ
からと言って被疑者を確保しないワケにはいかない……とてもじゃないが事態がとてもデ
リケートな問題になる。組織としても都合が良いワケだ。
 まぁつまりだ、クラタは俺が被疑者を確保している間に組織に捜査状況を漏らしている
内通者を割り出そうと目論んだワケだ。全ては俺のスタートダッシュにかかっていた。
 被疑者の身柄の確保には然程時間はかからなかった。案の定、新興宗教を隠れ蓑にして
野党議員の支援で動いている組織に彼女はご厄介になっていた。上手い事潜入して、口八
丁で彼女を連れ出すしてその後、止め処なく追ってくる過激派の連中をかわしながら……
奇妙な二週間を過ごした。

 彼女は自分の事なんて一切喋らなかった。別に取り調べは俺の仕事じゃなかったし、俺
も特に興味はなかったから聞かなかったけど。
 彼女が俺を信頼しだしてきた時、彼女を県警に引き渡す時がきた。俺の裏切りに痛烈な
セリフを吐いて彼女は連行されたよ。
 俺達が逃げ回っていた二週間で、公安は過激派組織と繋がっていたレネゲイドを確保し
て、組織も無事解体させたとの事だそうで……。
 今考えれば、クラタは俺を気遣って教えてくれたのだろう。彼女が車に乗ってその場を
去って行った後に、ある事を教えてくれた。

「あのコの……周辺を洗ったんだが」
「………彼女、自分の事は特に喋らなかった。親父さんの事も」
「あぁ……親しい友人もそういたワケじゃなくてな、本人自身の事はちょっと時間がなく
て特に分からなかった……が、代わりに殺された親父の事だが、こっちは簡単だった」
「………」
「幼少の頃に親……父親の虐待が理由で児童相談所に……。それだけじゃなくて、その父
親も洗ったらやはり……」
「知らなかった、分からなかった……って事か」
「そして“そういうモノ”だと思って今まで過ごしてしまった……だろうな」

 別に彼女の経緯なんて、今はどうでも良かった。ただ、あの時彼女の手を取って逃げ回
っていた思い出が今、何となく浮かび上がってきた。
 今、もうどうなるのかが特に分からなくなってきて、とにかく自分がやれる事をやるだ
けになった。心臓ははち切れそうだけど、とにかく走るんだ。


     



 四重のアナログロックが、金属の擦れ合う音を立てて解かれると、音もなく扉が開かれ
た。射し込む月明かりに続いて、姿を覗かせたのは、シャツの背中を汗でびっしょりと濡
らしたタカハシだった。
「エリス……」
 玄関に並ぶ靴を蹴り散らかし、開け放った扉の向こう、薄暗い部屋の隅でエリスが立っ
ていた。賑やかに部屋へと入ってきたタカハシの姿を、血の色を映すその瞳が捉えた。
「………」
 無言のままエリスの元へと歩み寄ると、タカハシは彼女を抱き寄せた。彼女は光の映ら
ない、感情が読み取れない表情でタカハシの肩に顔を埋め、その首を横に振った。
「エリス……ごめん俺、おじさんとおばさんを……」
 タカハシはきつく彼女を抱き締めた。エリスは首を振る事を止めなかった。
 数秒の沈黙を置いて、タカハシはハッとしたような顔で抱き締める腕の力を抜くと、エ
リスと自分の額を合わせ、目を閉じた。
「………ありがとう。でも、俺は君を残しては何処にも行かない。あの火の中で、俺達は
この世界が終わっても二人でいられるようになった、だから……」
 か細い肩を掴むタカハシの腕を震えながらも力一杯掴むエリスが、タカハシにもたれか
かるように身体を預けて、また首を振り出した。
「………」
「分かってるさ……でも何処も安全じゃない、もう」
 腕の震えが止まるとエリスは額を離して、そして再びタカハシの肩に顔を埋めた。
「もう準備は出来ている。今すぐにでも……」彼女の髪を擦りながらそう言うと「その前
に着替えよう。シャツも……びっしょりだ」彼はゆっくりと彼女から離れた。
 ベランダから臨む光景では、所々に船の灯りを映す夜の海の水面が広がっていた。タカ
ハシはその灯りを少しだけ見詰めると、傍らの箪笥からワイシャツとジャケットを取り出
した。
「外は寒い……エリスもこれを着て」
 そう言うと、タカハシは箪笥の横に置かれた包みから中身を引っ張り出した。赤いリボ
ンに巻かれた、雪のように白い包装を取り除くと
「きっと似合うと思うんだ」
 黒味の濃いカシミアのコートが姿を見せた。
「俺は今からちょっちシャワーを浴びてくるよ、上がったら……それ着たところを見せて
くれよ」
 一度、目を細めて明るく振舞うと、タカハシは足早にバスルームに消えていった。その
後姿を移す紅い瞳のエリスが、震えを抑えるように両腕に手の平をあてがった。


     



 頬を伝い、顎から落ちていく水滴のひとつひとつを目で追っていく。もう一体何から考
えれば良いのか、迷わねーようにってここへ来たはずだったんだけど……一体このまま逃
げてしまっていいのか、二人で遠くへいってしまっていいのか、浴室に響くシャワーの音
が頭の中でガンガンと響いてその事を、考えないようにしているのに脳裏から無理矢理に
引っ張り出してくる。
 とにかく考えて生き延びる方法を探すという事を叩き込まれた俺は、迎え撃つと決めて
から圧倒的にこっちが不利だと気付いたのを、自分はなんてマヌケなんだろうと悔やんだ。
だけど、そこから見えてくる事が多々あって、どうあっても「どうしようもない」、としか
言えないから、必然的に……それが仕組まれていたとしても、出来る事はひとつしかない。
「何処まで……行けるのかな」
 ろくに体も拭かずに脱衣所で天を仰ぎながら呟いた。答えは帰ってこないし、どうせや
ってみないと分からない事だから、道はひとつだから、儀礼的なモノかと思う。
 乱暴に体中の水気を除いて、着替える。真新しいシャツに袖を通した時、それは聞こえ
てきた。

「サービス精神の豊富な女だよ……っへへ」

 彼女は理解しているからなのだろうか、もう二度と弾けなくなるのかもしれない、と。
弓で弾く弦楽器特有の夜空に突き抜けるような音色が奏でるのは、あの夏……俺が初めて
耳にした彼女がバイオリンで弾いた曲だった。バイオリンの事はこれっぽっちも知らなか
ったが、とにかく感動したのを覚えている。

 身形を整え、エリスの元へと戻ると、そこには圧倒的でありながら儚い存在感のエリス
がいた。この時ばかりは俺でも彼女には近寄れない。例えばメテオラのような大空で圧倒
的な存在感を放つようなモノでも、バイオリンを弾いている時の彼女と比べれば霞んでし
まうのではないだろうか、とも思えてしまう。

 このままずっと、彼女の演奏を聴いていたいが、それは叶わない。第三国への逃亡の足
が発つ時間が迫っている。
 潮が引いていくように、彼女の音色が消えていき、空間にまた圧倒的な不安感が戻って
きた。
 俺は彼女の腕にコートの袖を通すと、彼女がコートの前を閉めている間、彼女の背中を
見つめていた。言い知れない脆さの、掴めば崩れてしまうのではないかと思える背中を隠
したダークな色の生地を。それに浮かぶ陰影は突然に姿を変え、俺になった。

「………!!」

 ごくりと生唾を飲み込んだ。姿こそ同じだが、間違いなく……覚醒した、死神となった
時の俺の目を、そいつは持っていた。それは安易な解決方法を示している。
 耳障りな歯軋りの音を立てて、かぶりを振る。
 誰も誰かの代わりなんて出来やしない。俺が死神になったトコロで、それは全てを投げ
出し逃げる事になる、独りで。二人で背負った呪いだ、最後まで二人で戦おう。
「それじゃ、行くよ」
 沢を吹き抜ける風のような、そんな言い知れない感触のエリスの手を取って、俺達はセ
ーフハウスを後にした。


     



「大丈夫だって、自分で捕れるって」
 足下のタカハシに浴びせかけるように、エリスがそう言った。
 炎天下の境内、石畳の傍らに威風堂々と立つクヌギの大樹、それにに寄りかかるように、
こちらはふらふらと人間トーテム・ポールが立っていた。両肩に乗った細くて白い足首を
支えていて汗だくのタカハシと、片手を幹に付いて更に頭上へと手を伸ばすエリス、二人
は体中には貼り付けたように木漏れ日の灯りが映っている。
「デニムのくるぶしが顔に当たって……まあまあ痛いんですけど」
「ちょっ……ちょっとだけ!!あと少しで届くから!!」
 そう言ってエリスが上へ上へと手を伸ばす度に、下で支えるタカハシは細かく足元でバ
ランスを調整している。
「捕っ……アッ!!」
 強張っていたエリスの表情が晴れると、その身体は一気に横に傾いた。
「言わんこっちゃ……」
 どすん、と重量感のある音が境内に響き渡り、二人のトーテムポールは崩れた。
「あいたたたたた、ねぇ大丈夫?」
「そちらは間一髪救助マットが間に合って何よりですよ」
 くぐもった声で返答を受け取ったエリスは、地面にドザエモンのようにうつ伏せで倒れ
るタカハシの背中の上で内股に座り込んでいた。
「……ごめん、ちょっとだけバランス崩しちゃった」
 タカハシの傍で立ち上がって、エリスは悩ましげにはにかんで見せた。地べたに這いつ
くばるタカハシ首を強引に持ち上げてそれを見上げて、そして微笑んだ。
「お安い御用さ」やっとこさ身体を起こして「で、獲物はどちらへ」履いていたハーフパ
ンツをはたきながらタカハシは訊ねた。
「へへーん……こちらでございますよナイト様」
 そう言ってエリスが誇らしげにタカハシに突き付けたのは、一匹のクワガタだった。
「おっおー……大きい、ノコギリじゃん」
 エリスはクワガタを掌に乗せ、尻を人差し指で擦り出した。クワガタは追い立てられる
ように慌しく彼女の指先へ這っていった。
「さすが、男の子も真っ青」
「私に昆虫の面白さを教えたのはどなたですかね?」
 苦笑しながらエリスは再びクワガタの背中を摘み、クヌギの幹へと戻した。湾曲した顎
を振りながら、黒光りする虫は薄暗い葉の集まりへと消えていった。
「だからと言って命懸けで昆虫採集しろとは誰も」
 肩をすくめてタカハシがそう言うと
「だって……まず間違いなくあなたがいれば安心だからー!!」
 青々と緑が萌えるクヌギの大樹を見上げ、エリスが声を張り上げた。鳩が豆鉄砲を喰ら
ったという例に、まさにぴったりと言える顔で、タカハシは彼女を見つめていた。そして
「なるほど……そりゃナイト様だわ」
 彼女に倣い、あずきとぎの音に耳をすました。
「……汚れちゃったよね」
「そうですな」
「……とりあえずうちに行こうか」
「親父さん、まだ俺の事嫌いなんじゃねぇ?」
 苦笑しながらエリスは泥が降りかかったタカハシの髪の毛をはたいた。


     



『よう』
「あぁん?私信だったら今は忙しいから」
『そうじゃねぇ、お前かなり不味い事に巻き込まれてないか?公安の特務課から問い合わ
せがあったぞ』
「……さすがだな」
『奴等は現在、捜索範囲を東京都全域に広げてお前を捜索している。お前は何処かに身を
潜めて』
「そいつは無理だな」
『は?』
「ちょっとこっちも後ろめたい事があってね」
『お、おい』
「ただ、お前に教えておく。今回のネオナチによる作戦を手引きしている奴がいるハズだ。
意外と身近にな」
『お前……分かった。これが私信で良かったな、すぐに俺が向かってやる』
「ガラにもねぇな……」
『優秀なスタッフを失うワケにもいかねぇんだウチは』
「素直じゃねーなぁ」
『ウチのスタッフなんてほっとんどがワケアリの過去持ってんだ。それくらいは気にしな
いぜ、裏社会のクオリティはまだまだ深いさ』
「あー……その提案は非常に建設的だとは思うが」
『どうした?』
「こりゃまずい、今深夜バスに乗っていたんだが」
『あぁん!?』
「首都高が赤坂見附付近で思いっきり崩壊したぜ、たった今」
『おっ、ちょ待て……!』
「しかーも明らかにカタギじゃねー奴の殺気がちらほらと……。とりあえず逃げるわ」
『おいコラっタカハシ!!おい』


       

表紙

ウド(獅子頭) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha