Neetel Inside 文芸新都
表紙

2P SG "THE GOLD"
Last Epsd-Slide away-E

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「さぁーて……なかなか」
 雪が降ってきた。今年の初雪だ。ただ、世界を白くしてしまうような程降りそうな気配
では無かった。多少の雪ならフライトに影響するとは思えないが、やはり心配だった。
 高速道の崩落は、俺達を下へと誘導する為の仕掛けだという事以外は考えられなかった。
見事に計画通りなんだろう。

 知り尽くしたこの地でのチェイスとは言え、やはり機動力に圧倒的な差があった。目立
ち難い経路を選択しているのだが、徐々に俺達を取り巻く危険な気配の輪は絞られている。
 黙って俺に手を引かれるエリスだが、その息遣いは既に荒い。単なる疲労だけではなく
命を狙われている恐怖や、両親を亡くした事……冷たくかじかむ手は離せない。
「エリス……、大丈夫かい?」
 彼女の足だけは止まらない。わずかに頷いて“まだ大丈夫”という事を伝えている。
 片目を瞑って崖っぷちを歩いているような気分だ。この手を必死に掴む彼女がいるから
辛うじて冷静でいられるのかもしれない。戦えそうに無い状況が選択肢を限定しているお
陰で行動に迷いはない。俺にはサラさんのやろうとした事を引き継ぐ義務がある。
 右手の先で腰に取り付けられた拳銃とナイフ、諸々の武器の位置を確認する。

「くそッ」
 魔術においての自分の未熟さが悔やまれた。今のこの包囲網を構成しているメンバーは
いずれも特殊能力のスペシャリストだろう。俺達がこの状況を打破するには部隊で支給さ
れた術式の込められた札を駆使して追跡者を個別撃破する以外に方法はない。だが、術式
の発動はそれと同時に強烈な力の気配を発する。交戦をする度に盛大に自分の居場所をア
ピールしてしまう事になる。修練を積めば、その発動の気配をごくわずかに抑えられるの
だが……
「ここを抜けて、ぐっすり眠ればそこは常夏の島さ。エリス……」
「………」
「また……、花火をやろう」

 ビビッてたって仕方ない。俺は振り返って笑った。そして
「ウッ!!」
 後ろ手に、肘の高さでナイフを突き立てた。ささやかな抵抗と鈍い音を感じ取ると、俺
のすぐ右脇に人がうつ伏せに倒れてきた。
 その男(なんだろうきっと)の身は、倒れる途中までは薄らと透け、路地裏に紛れる暗
闇を向こうに拝む事が出来た。鈍い音を立てて地面に倒れこむと、黒いトレンチコートに
身を包んだ男は、誰も無視しようのない姿を現した。
 右手にアーミーナイフを握る男の骸へ、背中で言い放った。
「だからストーキングがバレバレだっつの」
 手の甲に落ちた雪が溶けていく。少し風が強くなった。俺達は再び歩を進めていた。

     




 不思議と全身の感覚が鋭敏になって、レーダーのように、包囲網の手薄な部分も確信を
もって察知出来そうだ。どうやら相手は俺達の位置までは完全に把握していないようだ。
「エリス……ちょっと急いだ方が良さそうだ。少し、走れるかい?」
 振り返って、彼女に訊ねた。すると、エリスの顔色が変わり、そして立ち止まった。
「!!……エリス」
 彼女の瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。何が言いたいのかはすぐ解った。
 ほとんど頭突きし合うように、俺達は互いの額を重ねた。

“だめ、それは罠だから。そこを通ればあなたは戦わなきゃいけない”
「うん……俺もきっとそうだと思う。でも実際それしか」
 彼女はわずかに首を振った。
“だめ、これ以上は……死神が目覚めちゃう”
 俺の手を取る彼女の力が強くなった。赤い瞳は揺るがなかった。
「とは言え、虚を突いて『ここは抜かれないだろう』って場所を行っても」
“大丈夫だよ、タカハシなら出来る”
 先程までの焦燥の色があった表情は、今や見受けられない。そこには誇りを感じている
ようにも見える彼女がいた。
「それはエリス、君が無事じゃ済まないよ。日頃より信頼して頂き大変身に余る光栄でご
ざいますが」
 苦い顔をしてそう言うと、エリスはすっと俺の顔に両手を伸ばしてきた。
“向こうが追っているのは私だけよ。タカハシは随分と前から対象としては外されているの”

 耳、つーか便宜上そう言うしかないんだが……額を重ねあうと出来る会話だからなんだ
が、まあ耳を疑った。
「おい、一体それはどういう事なんだよ!!」
 額を重ねている間は、電子情報と一緒なのか時間という概念が消え去るようだ。俺達は
あの夏以来、失ってしまった二人の時間をこうして取り戻してきた。
“それはタカハシ、あなた自身もう分かっているハズ。認めたくないだろうけど”
「………一年前と一緒かよ、気分悪ぃ」
“気持ちは分かるよ。でもやっぱり私はタカハシに生きて欲しいの。だから”
 その先は、彼女の言いたい事は分かっている。だからこそ聞きたくない。
“タカハシ、私をここに置いていけばいいの。狙いは私だけだから”
「……何言ってるんだよ」
“向こうは私を標的としている……きっと生きている間しか機能しない事を知っている”
「ふざけんな!!」
 自分達が狙われている立場というのがどうでも良くなる位に叫んだ。叫び声は両側のビ
ルの外壁に反響して粉雪の降ってくる空へと突き抜けた。
「……俺達が、俺達が一緒に生きる理由を忘れたのかい?それは俺の中にだって君と同じ
カウン」
 言い終わる前に、エリスは俺の口を塞いだ。それはあの夏から二度目で、最後になった。
彼女は俺の口からそれが出るのを防ぎ、そして別れの意味もあったのだろうか。
 激昂した興奮状態だったのを悔やんだ。冷静だったエリスは俺が気付けなかった敵の接
近を背中で察知していた。
 横にわずかにずれた彼女の顔の向こうに見えたのは、銃を構えたあの金髪の男だった。
「クソッ!!」
 すぐに右手を腰に伸ばし、銃を抜いた。しかし、それはもう遅かった。彼女の思い通り
だった。
 軽い、弾ける音が耳に届くと同時に、エリスの身体はビクビクと震えた。ぐらりと倒れ
てきた彼女を支えながら俺は撃った。放たれた銃弾は全てエリスを捉え、俺の放った弾も
相手の肩を穿ったが、それだけだった。
「エリスっ!!」
 背中を支えていた腕を濡らすのは、生温かくて、彼女と瞳と同じ色をした血だった。
「クソッ……」
 右手に銃を構えたまま、周囲を見回した。俺達を取り巻く気配はもう、感じられなかった。
「おいっ!エリス!おい!!」
 やがて、彼女の震えも止まった。まだ温もりのある頬に雪が落ちて、そして溶けていった。


     



 今にも崩れそうな非常階段を独りの女がゆっくりと登っていく。人の寄り付かない、街
の一角にある薄汚れたビルを中程まで伸びると、彼女は非常ドアに手を掛けた。非常ドア
は叫ぶように軋みながら開かれ、その向こうを晒した。
「………」
その内装は外観からは想像も出来ない程に清潔な、ちょっとした資産家のお宅紹介系の
テレビ番組で紹介されそうな程に高級感に溢れていた。
純白の壁に映える真っ黒なソファセットとガラスの机、入り口の横手には使い勝手の良
さそうな台所がある。何より、俗物の気配が飽和状態の明るさに支配されている街の中で
ここの灯りだけは太陽の光のような清々しい明るさだった。
「待ちくたびれたよ」
 その部屋の真ん中、純白のシーツが張られ、完璧にベッドメイキングされたベッドの傍
らに少年が立っていた。白いタイトなワイシャツに身を包み、右手にどす黒いオートマチ
ックタイプの拳銃を握っていた。
「きっとね、ここで会えるだろうと思って。だろう?」
 少年の向こうに見える、窓の枠外側には張り付くように雪が積もっている。
「さて……」
 そう言うと、少年は感慨のこもらない目で、女に向けて銃口を向けた。
「殺す前に色々と聞きたいんだ」
「………」
「あのアネモネはね、当然彼女へのプレゼントだったけど……俺としては気持ち的に“二
人へ”って事にしたかったんだ。そのメッセージは届いたのかな?」
「………」
 女の表情は変わらない。無表情のまま、ただ少年を見つめていた。
「この世で一番悲しいのは思いが伝わらない事だね」
「………」
「彼女の教育係、あの人とは旧知の中だったようですね」
 少年は一瞬だけ目を女から逸らして、部屋の隅を見つめた。そこに置かれたソファの背
もたれに掛けられたジャケットはどす黒く、一目でそれで血糊だと分かった。
「なぜ」今度は正面を向いて俯く。「なぜあそこで謝った?」しかし鋭利な殺気は決して女
からは外れずにいた。
「………アンタがあの時俺に、謝らなければ……俺は何一つアンタを疑わなかったのに」
「………」
 感慨を抱かない様子の女を、少年は直視するのを明らかに避けていた。
「何かを信じて……アンタを信じたから俺は!!」
 少年の血走った目が、女の目線と重なる。彼の額が脂汗で光り出す。
 そして、銃口がわずかに揺れ、殺気の延長線上から女が消えた。女は狼狽した少年との
間合いを一気に詰めると、瞬く間に拳銃を少年の手から叩き落し、腹に蹴りを入れ、窓際
の壁まで吹っ飛ばした。女は足下に落ちた拳銃を拾うと、マガジンを抜き取った。
「!?」
「………へへ、へ。やっと能面が落ちた」
 はっとなった顔で女が薬室を確認すると
「どういう事ですか、これは?」
 ひどく残念そうな表情で少年にそう訊ねた。
 少年は、触れる事すら躊躇う程にまで白い、その部屋のベッドに目を移した。その表情
には生気はなく、充血しまくった眼は力無く垂れていた。
「アンタには……トモハラさん、アンタには」ぼそぼそと、あまりに人に聞かせる気持ち
の感じられない声でタカハシは言った。「彼女の方が死神に見えたんだな」
「何を一体……あなたはどういうつもりで」
 トモハラと呼ばれた女性の質問を無視して、少年は更に続けた。
「俺を見てくれていたのは、いつでもいてくれたのは彼女とトモハラさんだった……この
力をくれたのはトモハラさんだ。世界を嘘っぱちにしたのもトモハラさんだ。アンタ言っ
たよな、世界が嘘っぱちに見えて壊したくなったらたらまず自分の命をくれてやるって…
…、あんた自身が何やってるんだよ?死にたがりを殺したくないって言っただろ?」
「………」
「結局、見たものを信じないで彼女を……エリスを殺したのは俺じゃないか!!知らなか
ったよ、大切なモノを……心の支えを手にすればする程悲しいくらい人は弱くなるなんて。
俺はみんなの、何よりエリスの為ならどこまでも強くなれると信じてたんだ!!」
 窓の外はいつのまにか吹雪いていた。時折風に押された雪が窓ガラスに当たり、音を立
てて窓を揺らした。
 尻餅をついてうな垂れる少年にかかるのは、眼と鼻の先に立ち竦むトモハラの影だ。
「もう」
 彼女は見るからに不快そうに眉間にしわを寄せ、口を開いた。
「彼女を殺したのはあなたじゃ」
「もうこれ以上俺に失わせないでくれよ」
 声を荒げたトモハラを制した少年の懇願の言葉は、風に揺れるガラスを内側からも揺ら
し、そして彼女自身の心も揺らした。それは悲痛な面持ちから窺う事が出来た。
 少年は一度、片膝を床に突いてから立ち上がると
「でも、もうトモハラさんとは会えないや……これからちょっと自己満足の為に色々した
いし……んでもって、やっぱり、あなたを殺せるワケないから、俺は」
 先程の荒ぶる感情を丸出しにした表情を捨て去り、始めの無表情に戻っていた。
「殺せないけど、でもやっぱりそれじゃダメなんだ」
「………」
「おかしいかな?」
 ひどく焦燥した表情のトモハラに、自嘲気味に彼は訊ねた。その問が聞こえていないの
かトモハラは泳いだ眼で彼を見つめたままだった。
「俺はもう行くよ……それじゃ」
 少年はゆらゆらとした足取りでトモハラとすれ違うと
「さよなら、ありがとう……それから先は言わない事にする。じゃあね、トモハラさん」
 最後にそう言って、叫ぶように軋むドアを開けて部屋を出て行った。

       

表紙

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Neetsha