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茨の下
三章(継承祭編)

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 三章  萌芽の夙に願いしは
      籠なる天 そのキザハシ


 いつしか月は南を過《よぎ》り、日付は変わっていた。線のみで構成される柵が在るばかりの屋上には、風を遮る物はない。五月の夜気は遠慮も容赦もしなかった。
 僕らは屋上に立ち入る唯一の扉に背を預け、並んで座った。
「……そんな僅かな短文から、催しへの道程を得たと言うのか」
 感情の暴走を抑え、少しだけこれまでの経緯を話した。
 次は貴女が話す番ですよと、言外に含めるためだ。
「勿論僕だけでは不可能でした。友人の力添えがあってこそです」
「素晴らしいな。だがそれ故に惜しい。君たちが居たならば、継承祭がより有意義な物に成ったろうに……」
「はあ……?」
 継承祭という催しの漠然とした印象しか持ち得ていない僕は、彼女の得心についていく事ができない。
 時折肩を擦るような仕草で寒さを訴えている空城《あまぎ》さんに、そんな生返事を返すことしかできなかった。
「寒いのでしたら校舎の中に、少なくとも風のない所に移動しませんか?」
「いや、ここを動く事は出来ない」
「何かを待っているんですか?」
「うむ。まぁ正直、私自身何を待っているのかは解らないんだが、頼まれごとでな」
「やっぱりそれは、継承祭に関係する事ですか?」
 空城さんは頷きを返す。
「でもなんでわざわざ空城さんみたいな女性に、こんな事を押し付けるんですか?夜道の行き来を考えれば、ちょっと無責任ですよ」
「もっともな言葉だが、昨日今日と継承祭の現参加者たちが用事で当たれないらしくてな。止むに止まれずというところだ」
 僕は、少しならず驚いた。
『現参加者』という言葉は、一体どういう意図を含むのだ?
 直ぐに食いつきたくなる衝動を抑え込む。今は会話の流れを遮るのは避けるべきだ。まずは僕ら二人の最適な会話のテンポを掴むのに集中したい。
「と言う事はつまり空城さんは、現参加者の方からの依頼でここに居る訳ですね」
「うむ」
「最初は空城さんも現参加者だと思っていましたが、違うんですね」
「そうだ」
「しかし先程、『止むに止まれず』と仰っていた。それは春とは言え、女性を寒空に立たせておき、夜道を歩かせるような危険を冒す事と同義です。それはつまりこれが、現状取り得る最善手、必要悪だと言っているに等しいわけですが……」
 空城さんはフッと息を吐くと、フェミニストは大袈裟だなと呟いた。それが誉め言葉かどうかは解らない。下手な相槌は取らない事にした。
「しかしそれが実行されているということは、空城さんが資格を持つことを意味します。止むに止まれずという言葉は、条件が限定されているからこその言葉だからです。
 他の人選が為されていないのは、継承祭がある程度の機密を守るべき性質にあることに拠ると考えるのが妥当。
 無関係の人間を多数投入するのでは、情報としての機密を守れない上に、警備員に発見される危険性が増しますし。
 ならばここにいる空城さんは継承祭の存在を知り、その資格を持つ人だと考えられます」
「そうだな」

 盗み見た空城さんの表情は、変化が無い。さして興味がなさそうだった。
 資格者については、昨夜の時点で少し話している。当然だ。
 だからこそ、ここで会話が一つ仕掛けられる。
「お聞きしたいのはここからです。さっき"現"参加者と仰っていましたね」
「それがどうした?」
「友人は継承祭に参加したと思《おぼ》しく、更にはその資格を剥奪されたと思われます。しかもそれは、記憶と視力を奪い去られるという、凄惨な結果を伴っていました。
 しかし、現参加者というからには"元"参加者も存在するんだと思われます。この論理展開は飛躍ではなく、元参加者の空城さんが目の前にいるからです」
 滑らかな肌が、怪訝な表情を投影したが……どうだ?
「……何故そう思った?」
「"現"に置かれたイントネーションや、言葉の中に含有された微量な、諦めにも似た自嘲からです。それらを総括すれば、資格を持つだけでなく、以前参加していたと思しかったからです」
「……そうか」
 かかった! そう確信し、僕は小躍りせんばかりの内心だった。
 イントネーションからヒントを得ていたのに偽りは無いが、確信とはいえなかった。僕はカマ掛けのつもりで賭けに出、そして〝彼女の興味〟のとっかかりを得た!
 この段階では精々が、現参加者の知り合いを持つ資格者というところまでしか確証が無い。
 今の言葉はこれからの論理展開を強固にするだけの事実には留まらない。自嘲や諦観を指摘してやり、抵抗無く認めさせた事で、彼女の置かれている立場を利用し、情報を引き出す事が出来るかもしれない。
 全ては左右一の為だ! 多少の不誠実さなんぞ知った事か!

「しかし空城さんは見る限り身体に不調を負っている訳でもなく、記憶も資格もしっかりと持っていると見受けられます。
 ……空城さん。僕の予想の継承祭と、貴女の知る継承祭には、決定的に欠けている認識があると思うんです。友人と空城さんの明暗を分けたのは一体何なんですか?
 それさえ解れば空城さんのような“元”参加者となる事で、友人は無事を取り戻す事が出来るかもしれない!」
「ふむ、なるほどな」
 空城さんは長く息を吐いた後、身震いをする。彼女の呼気が更に体温を奪ったようだ。
「君に欠けている認識が解ったよ。君は継承祭という催しの『単位』について誤解している」
「単位、と言うと?」
「例外は勿論在るし、予選も存在するし申請も必要だ。だが継承祭の本番は、入学式からの六ヶ月間に八回開催されている。
 これが現在の継承祭の一単位だ」

 元参加者。その指す意味。

「と……と言う事は、空城さんは」
「そうだ。私は去年の参加者だ」
 これか!
 言われてみれば確かに、この「期間」や「時期」という概念が僕達から完全に抜けていた。
 僕は心のどこかで、ネットゲームのような終点が見ず果ての無い試練に、新規参加者が次々と後発的に参加していくようなスタイルだと思っていた。
 そして参加者達は途方も無い戦いの中で、或いは感覚を喪い、或いは感情を奪われていくのだとばかり思っていたのだ。遥か彼方に吊られた大いなる祝福に誘われる形で、人々は集い、散っていく。
 そう思っていた。
 だが実際はそうではなく、始めと終わりがきっちりと定められた代物だったんだ。光明が差したような気がした。
「でもそれなら……少しだけ希望が見えました! 友人も来年になれば、空城さんのように症状は治るって事ですよね!?」
「元参加者と呼ばれる者達には複数の条件がある。その条件を満たしている者は、敗れた後も記憶を持ち、資格をも持つハズなのだが、どうも内藤の友人はそうではない。
 記憶や資格は保持されるのか。
「だが残念ながら君の友人が私のように、継承祭を円満に退くのは時を待っても難しいだろう。
元参加者と呼ばれる条件は同時に、感覚や感情を快復させるのにも必要なのだ」
「……え?」
「そうではない者たち――内藤の友人のような存在――は只の敗退者だ」
「で、でも何か方法があるんじゃないんですか?!」
「さて……少なくとも私は知らないな」
 空城さんの言葉はあまりに素っ気無い。その言葉を吐いた表情も、さっきからさほど変化をしてはいなかった。
 明確な否定だった。事実を否定し、僕の希望的な観測を否定し、友の未来を否定した。

『このダンボールを燃やしていいですか?』
『いいえ。それはトムの家です』

 中学一年の英語の教科書みたいに淡白な否定。
 残念だがと言ったその言に、残念そうな響きは欠片も無い。僕に対する気遣いだって無い。あったところで、矛先違いの気遣いに、僕はきっと気分を害しただろうが……。
「……左右一は……」
 クールなのかドライなのか。素直なのか無神経なのか。
 確かなことは今、この人は僕の心を酷くささくれ立たせた。
 しかし精一杯怒りを飲み込み、思い出す。誰の為に、何の為にここに至っているのかを瞼裏に描く!
 義憤も私憤も、今だけは犬に喰わせてやる!!
「……今、から。その条件を満たす方策は無いんですか?」
「条件はいずれも、継承祭に参加する段階で既に整えておかなければならないものなのだ。今からと言うのは、少し難しいだろうな」
「そんな……どうしてこんな事になったんだ……」
「そうだな。私もずっとその事を考えていた」
 声量こそ変わらなかったが、空城さんの声が微かに熱を帯びた。
「私は現参加者と繋がりがあるから知っているが、今年度の継承祭の参加者は、昨年度のうちには既に決定されていた。顔と名前も一応は知っている。
 つまり、当然この中に一年生は含まれて居ない筈だ。継承祭の参加資格には、寛道の生徒であることが必須だからな。君たちが中学生の内から、今年の催しは締め切られていた。どう逆立ちしようと参加出来ないのが道理だろう?
 それに人数の事もある。規定されていた人数を超える事はありえない筈なのだがな……」
「規定人数は8人か9人のどちらかですか?」
「っ!」
 空城さんは意表を付かれたような表情でこちらを見た。
「簡単なことです。
 さっき継承祭1単位が8回であるという前提を聞いているんですから。それはつまり継承祭は、その年度のタームを通じた点数によってか、一戦々々の勝敗がはっきりするタイプの催しであると推測出来ます。
 そして貴女は先程言っていました。『感覚や感情が快復する』と。逆に考えればそれは、条件を満たしていたとしても、敗者は等しくその重責を負うのでしょう? 負けた時には必ずその代償を払う以上、敗者が複数回戦う事は考え難い。だから点数制は除外。
 更に、参加者が勝敗に関わらず複数回闘うとなれば、戦いによって勝者を決めるというよりも、八回開催されれば継承祭が終了し、対戦成績によって勝者を決める形になっていると考えるのが合理的です。しかしそれでは、回数が決まっている意味がないばかりか、戦わない者がきっと出現する。それでは人数と参加者を事前に取り決めておく必要すらも無くなります。
 総当り戦は論外。8が階乗になる数字なんてないからです」
 僕は左右一のことを考えながら、酷く詰まらない説明をする。
 彼を例に挙げて説明すれば、こんな説明はもっともっと簡略化できたはずだった。
 でも僕はそれをしない。
 したくない。
 ……怖かったのだ。返ってくると予想される彼女の反応が。
 もう一度さっきのように無味乾燥な反応をされたら……。
 もう一度、たった一度でも親友の未来を否定されたら……僕はもう、二度とこの女の前で平静ではいられない。
「寒いですか?」
「んっ……」
 何気ない仕草で、空城さんの手を取る。彼女の左手は冷たかった。しかし外見から想像していた手とは違い、掌は堅く、力感のある厚みを持っている。
「ご迷惑でしたか?」
「い、いや。内藤の手は暖かいなw」
 僕の心が冷えているからですよ。そう言ってこの手をへし折ってやりたかった。
 彼女の手を温める為? 冗談じゃない。
 神経を集中させて掌から脈を計り、会話の裏に隠されているであろう真実へ着実に歩み寄るための、ただの手段だ。
「……続けますね。そうとなれば後は、対戦形式と対戦相手、“個人”の対戦回数が問題です。考えられる可能性は無限にありますが、空城さんが顔と名前を把握しているのであれば、ある程度突飛な可能性は排除できます。
 参加者同士が1対1闘い、勝者の上限戦闘回数に規定が無いバトルロイヤル形式。9人ならばどんな対戦状況でも、勝者が最後の一人になる時、全体の対戦回数は必ず8回です。
 次に、参加者が何処かから現れる他の参加者と、各々一度だけ闘うパターン。これが8人。
 最終的な成績次第で頂点を決めるのならば、このパターンも考えられます。
 巴戦など、複数の人間が一度に闘うパターンも考えましたが、八回も行われるとなると最初に必要な頭数が膨大になるので、継承祭の開催自体が危ぶまれてしまう為、除外しました。
 最終的に残ったのはこの二つのパターンということだけ、ですよ」
 だがこの推論にも穴があった。
『十の微笑を得し者へは祝福を与えん』という、八怪談の中の一説との齟齬だ。
 微笑みが戦いを経た勝利なのだと仮定すれば、明らかな矛盾にも思える。
 だが、無視。
 彼女の言葉を信じるならば、また、僕の言葉を彼女に植え付けるならば、この矛盾に触れるべきではない。
 話し手の〝揺らぎ〟は、会話のテンポ作りに置いて邪魔以外の何物でもない。
 そしてもう一つ無視している『可能性』を挙げるならば……十六人。
 この人の性格と振る舞いだ。その容姿に惹かれる者は居ても、性格や振る舞いに深く惹かれる者はそう多くは居まい。この性格を赦し、受け入れる人間が僕らの年代にそう何人もいるとは考え難い。友人もそう多くは居ないような気がする。
 だから顔と名前が一致している、との言葉で16人の可能性はハナっから排除していた。
 だがそれは言わなくても良いだろう。言うべきでもない。
 僕はこの人とは違う。無神経な言葉で傷付けられたからといって、敢えてこちらも無神経になる必要は無い。
 何より、この人からはまだまだ情報を吐いて貰わねばならない。なるべく猜疑の眼がこちらに向く事無くありたい。スムースな情報には、表面的とは言え良好な関係が必要だ。
 此方が「与えられる」立場である以上、金銭が絡むのも忌避すべきなのは言うに及ばないよね、左右一?
「その通りだよ内藤。参加人数は9人だ。対戦形式も推察の通り。最後の一人が決するまで参加者がお互いに鎬を削るのだ。
 流石、此処に辿り着いただけの事はある。来年度は参加してみると良い。私も君の為ならば、尽力を惜しまないと約束しよう。
 来年は私も最終学年だし、また参加しておきたいと思っていたんだ。お前とも是非戦ってみたくなったしなw」
 来年?
 そうか、解ったよ。当然だ。
 この人と僕とでは背負っている物が違い、世界の構成要素がまるで異なるんだ。
 別に憐憫を欲している訳じゃ無い。
 同情される覚えもない。
 でも、何処かで起きている不幸を知っても、それに対してなんの感慨も持たないこの人の性格には腹が立った。
 そもそも僕が、此処へ何をしに来たと思っているのだろう?
 会話の中で彼女が始めて興味を示したのは「左右一がどうやって継承祭に参入したのか」について。そしてその方法と彼女の来年のことだけだった。
 身勝手な興味だが、彼女からすればそれは自分の心を大きく占める疑問なのだろう。
 ……この人は本質的に、人の不幸に興味がないのか?
 心ならず、浅い笑いが漏れる。
 身勝手なのは僕だって同じさ。
 僕だってテレビで報道される、無関係な世界の惨状には大した感慨を持っちゃいないじゃないか。人の事をあまり強く言える人間じゃない。
 左右一が被害を被った人物。僕がそれを伝えたリポーター兼テレビ。そして彼女は茶の間でそれを見ている。彼女からの捉え方は、きっとこんな感じなんだろう。
 そりゃあリポータに同情なんてしないさ。彼らはそれが生業で、伝えるのが仕事だ。なにより被害には遭っていない。
 でもそれと僕とを一緒にはしないで欲しかった。
 僕と左右一は家族なんだ。
 同世代の親友と過ごす時間は血と同等に濃い。尊敬し、規範と仰いですらいる人物ならば尚更だ。
 僕はたまたま被害を被らなかっただけの、左右一の家族なんだ。リポーターは伝える為に声を上げるだろう。
 だが僕が!
 家族が声をあげるのは!
 その人を救う手立てを探しているからなんだ!
 同情も憐憫も、歔欷も憤慨も、嫌だと言うのならば扶助も基金も何も!
 求めはしない!
 ならば何故、僕は怒っているのか。僕はそんな人間にはなりたくない! 家族の絆を安く見ないで欲しい!
 そう思っているからだ!
「どうした?」
 少しだけ彼女が頬を染めていることに気が付いた。
 別に。僕は僕に為すべきだと思うことを、再確認しただけですよ。貴女には少し、認識し辛いものでしょうがね。
 というか、貴女には存在しないものかもしれません。
「別にどうもしません。それよりも一つ、どうしても解せないことがあるんです」
 正義を歌う者は思想者だ。理想を持って立ち上がるのは政治家だ。体制に楯突くのであれば革命家とでも呼ぶのか?
 きっと僕は偽善者だろう。
 自分なりの正義を、王道を、存在意義を、それを持たない人間に勝手に押し付け、挙句には勝手に涙さえ流しかけているのだ。
 義憤と私憤をすり替えた詐欺師の涙を、自分勝手な涙を、世界へ向かって捧げようとしているのだから。
 クリムトのように愛を伝えるわけではない。むしろ怒りを伝えるからこそ、この悲しみを伝えるからこそ、ディーゼン・クス・ゼア・ガンツェンヴェルトと叫びたいような気持ちになった。
 零れないように目を閉じる。
「空城さんのように快復の望みがある人たちからすれば、勝ち負けは死活問題ではありません。そう考えれば敗北は必ずしも忌避すべきものでは無いはずです。
 ならば勝利が必ずしも、過程や手段では無いかもしれない。だからイマイチ理解が出来ないんですが、参加する理由ってなんなんですか?」
 他の人を傷付けてまで……いや、傷付けることが目的のような催しに参加したい理由とは、一体なんですか?
「ようやっと継承祭に興味を持ったか? なんで最初にその疑問が出なかったのかが不思議な位だよ、内藤w」
「ええ。やっと興味が出てきました」
 ここまでくれば清々しいくらいだ。もう僕の怒りにいちいち理由を付け、その成分を調べてやる必要もない。
「しかし今の言葉はイタダケないぞ。それでは私達がまるで、戦うために戦いを求める戦闘狂みたいじゃないかw」
「はは……」
 春の風よ、どうか季節を巻き戻せ。僕の体が凍えてしまっても構いやしない。だから僕の心をほんの少しでいい、麻痺させてくれ。
 そして……叶うならば。この隣人を凍死させてやってはくれないか?
「……そう、ですねw と言うことはやはり継承祭には、危険をおしてまで参加するだけの利益があるんですか?」
「そういうことだ。掻い摘んで説明すれば、他の参加者の力を奪う。つまりは継承する訳だ」
 それが、継承?
 ずいぶんと吹くじゃないか。
「継承祭に参加し、一対一での戦闘を行う。そしてその勝者は、敗者の持つ美点を一時的にではあるが、奪うことができる。いや奪うと言うよりも、借りると言った方が正確だったかもしれんな」
 細かい違いだ。失うことに代わりがないのだろう?
「美点と言うのは……例えばどういう?」
「うむ。4つの情動と5つの感覚がそれにあたる」
「喜怒哀楽と視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚?」
「そうだ。それら9つを参加者一人々々が、他の参加者と別の物になるように提示して、自身のアンティとする」
「視力が欲しい人間ならば、視覚を賭けた参加者を狙うということですか?」

 空城さんは〝得たり〟とばかりに口角を釣った。

「奪い合うのがそんな表層的な感覚ではないのが、この継承祭の素晴らしい所だ。
 例えばサッカーの解説者が時々口にするだろう? 『ゴールに対する嗅覚』などと」
「……まさか」
「その『まさか』だ。勝者は感覚だけでなく、感覚に付随するセンスや才能をも借りることができる。いずれは持ち主の回復と同期して、借り手から失われてしまうがな。
 だが一時的とは言え類稀な才能を持つことによって、得られるその感覚のコツを掴み、喪失した後も、自らの研鑽の元に育てることができたならば――持ち主と同等とまではは言えないまでも――それに近しい能力を得ることだって不可能ではないのだよ」

 僕は
「取り戻すことは出来ないんですか!?」
 反射的に叫んでいた。

「ど、どうした?」
「せめて奪った人間から取り上げることはできないんですか!?」
「落ち着け! いきなりどうした!?」
 我慢ができなかった。
「あれは! あの美点は!! 左右一の物だ! 左右一だけの物なんだ!!」
「……」
 そんな馬鹿なと疑うよりも。
「僕は認めない、許さない!! あれが他の誰かの物になるなんて!!」
「……」
 眉に唾を塗りつけるよりも。
「どうすればいいんだ!? 空城さん!!」
「……内藤」
 それらを認めたくは無かった。
「なんですか!?」
「落ち着け。まずはそれからだ」
 空城さんの口数少ないながらも、真正面からの強い気合を浴びたような気がした。僕は一瞬その峻厳な眼差しを浴びて、絶句してしまった。
 射竦められた……のか? ただ綺麗な顔をしているだけの女の子に?
「す、すいません……」
「うむ。
 君が如何にその友人を大切に思っているのか、判ったような気がした。だが今は落ち着け」
 ……今更だな。
「よし。取り戻す、取り上げる、か。
 本来であればさっきも言ったように、時間の経過と共に勝者からそのセンスは失われていく」
「ですが……」
「うむ。それはあくまでも、敗者の感覚が回復するのと同期している。
 だが内藤の友人の状況を聞いた限りでは、時間による経過で感覚が回復するとは考えにくい」
「じゃあやっぱり……」
「他の者に奪われたままになるかもしれないし、また、他人には逗留し続けないのかもしれない。ただ……友人本人の視力は回復はしないような気がするよ。
 しかし更に、別の可能性があるかもしれない」
「可能性……ですか?」
「ああ。何分こんなケースは埒外でな。回復の条件を満たさぬまま、周囲の公認も無しに継承祭に参加。
 規定人数を完全に満たしている状況から、しかも飛び入り参加したのだと思われる。
 いったいどんな方法を使ったのかすらも、私にはわからないのだよ。だが、それについて知る者がいるかもしれない。
 今まで偉そうに散々言った私が言うのもナンだが、現参加者に渡しをつけてみよう。私が知る以上の事を知っているかもしれない」
「……期待して、いいんでしょうか?」
「少なくとも私などよりは、格段に期待できる。少しはお前を安心させる展望が現れるかもしれない」
 光明? 希望?
 不安は拭えない。だけれど……
「お願い、します!」
 だが今の左右一を照らし得る、唯一にして最大の光であるはずだ! どんなに小さかろうと、それを活かす以外に道はない!
「ああ。だが、今日はもう遅い。友人が心配なのも理解しているが、私からの連絡は明日にしておいていいか?」
「わかり、ました。
 ちなみにその現参加者というのは、空城さんにここを見張るように言った人と同一人物なんですか?」
「正解だ」
 違和感を感じる。聞いてみようか。人に頼るばかりでは心許ない。
 よく言うではないか。『神は自らを助くものを助く』と。
 寛道の生徒が献身的に、見ず知らずの他人に手を貸すとは思わない。思うはずがない。
 そんなことなら世界中で猛威を奮っている戦争だって、勃発《お》きやしない。
 助けるのは、僕なんだ。
「空城さんの……継承祭の記憶は現在も残っているんですか?」
「ああ。所々記憶が曖昧な所はあるが、去年のことだ。極々自然な、許容範囲内の忘却だよw」
 やはり……おかしい。
「ブチあけて聞きます。貴女は"元"参加者です。
 ……でも、厳密な意味での参加者では無かったのではないのですか?」
 空城さんは口元に手を当て、やれやれといった具合で首を振るった。
「君の目は何者をも逃さないらしいな。友人というのも、君のような慧眼をもつのか?」
「左右一は、友人は僕なんかよりもずっと賢くて、頼り甲斐があって、友達思いです」
 そして手段を選ばない。目的の為には、情の通い合わない他人ならば平気で痛めつけるだろう。だがその言葉は今言ってもしょうがない。
 今〝目的〟を担っているのは僕だ。
「……それに簡単なことです。
 参加者であったにも関わらず、ここで何を待っているのか解らないとさっき言っていました。
 依頼をしてきた現参加者は目的があり、来訪する何某かの内容を知るから待たせている筈です。
 しかしそれを、元参加者の空城さんは知らない。
 現在と過去の継承祭に違いがあったとしても、元参加者の空城さんにそれを教えないのは奇妙です」
 空城さんの神妙な眼差しを受ける。本当に自分のことと、継承祭に関わることにしか興味がないらしい。
「となれば、空城さんには言えない理由があり、しかし空城さんが自発的に知るのには問題がない。そういう解釈が成り立ちます。
 この推論に加え、継承祭から円満に身を引いたと思しい空城さんと、重大な危害を加えられて継承祭から叩き出された友人の違いを止揚させた結果です。
 友人は記憶を失い、感覚を失っている。しかし空城さんは記憶も感覚も健全に持ち合わせています。でも現参加者には知り得ていることを、空城さんは知らない。つまり、空城さんは元から知らなかった。
 そして決定的だったのが、渡しをつけて下さると言った時です」
「私はなにか不自然なことを言ったか?」
「不自然かどうかは判りませんが、こんなことを言いました。
『だが、それについて知る者がいるかもしれない』そして、『現参加者に渡しをつけてみよう』と」
 空城さんは考え込むような仕草をした後、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「おかしいところは無い……ように思うが」
「これは空城さんには認識のし難い差異なんです。
 この言はつまり、記号論的に考えれば、空城さんが渡しをつけようと浮かべた人は現参加者だと言うことを指します」
「それは……そうだろう?」
「でもその後に、空城さんの脳裏には特定個人が想起されていることを、僕は言葉で確認しました」
 馬鹿にしていると邪推されない程度の細かさと、煩雑さを嫌がる感情との狭間で、ギリギリの折り合いをつけて進む。
 この作業――言葉の選別――が一番面倒ごとなのではないだろうか?
 ともすれば苦笑してしまいそうな表情をねじ伏せ、言葉を紡いでいく。
「ふむ? 確かに聞かれたな。それがなんなんだ?」
「ニュアンスに拠る推考ですが、これはつまり、現参加者であると言う前提の下、渡しを付けやすい人物がピックアップされていたとの解釈が成り立ちます。
 即ち、頼り甲斐があるのは現参加者の中の特定個人ではなく、現参加者であるという記号をもつ集団である。
 頼り甲斐がある人物は沢山いるが、渡りを付けやすいのはその中の特定人物なのだと考えられるんです」
「ややこしいな」
 かもしれない。
 だが左右一と話す時などはもっと入り組むことだってある。この位は我慢して欲しい。
 思考順序も時系列も、お互いの持つ思想をもお構いなしで話し合える僕らだ。
 余計な阿《おもね》りを排して親友と話している時、その時こそ、僕が僕のままでいられる一時なのだと思う。
「すいません」
 そう考えると、この冗長な説明が途端に面倒になってしまった。
 無駄だ。
 左右一。
「長々と詰まらない説明をすいませんでした。もうすぐ終わりですw」

 君を救う。必ず。

「推考の終点。
 参加者には知識が与えられる。それは一律の規定を設けられたほぼ同規格の知識である」
 息を呑む音が聞こえた。どうやら僕の言わんとすることに、得心がいったらしい。
「これは共通認識が与えられている、と言ったほうが正しいのかもしれません。
 現参加者にはほぼ共通の認識、ほぼ同量の知識が与えられていると思しいのに、空城さんは共有しているはずの知識を『大幅に』持っていなかったみたいです。
 何より空城さん自身がソレを認めているような節すらもありました。
 かといって空城さんがアテにしていた人には、『今年の参加者』という言葉を一度も、言外のニュアンスをも含めて口にはしませんでした。
 そして疑惑は残りますが、空城さんの記憶に欠損はない。
 これらを総括した結果、空城さんにも知識は与えられてはいるが、与えられた知識その物が、現参加者の物からグレードの幾分落ちた知識であると考えるのが妥当なんです。
 だから最終結論として、空城さんは正式な参加者ではなかったのではないか? という推論が成り立つんです」
「内藤……すこし恐ろしくすらあるぞ。しかし、どうしてだが解らないが、君は『ほぼ』を多用しているな。何故だ?」
 以外に鋭いのか?
「鋭いですね。ええ、理由はあります」
 自信が無いわけじゃない。しかしここでこの話題に触れ続けていてもしょうがないと、僕は判断した。だがレトリックが無駄にならないのならば、この人の鋭さにも多少は喜ぶべきだろうか?
「ですが、たぶん僕には関係ない話ですし、また話が横に逸れてしまいます」
「そうか……」
 空城さんは一際大きく息を吐くと、携帯電話を取り出して時間を確かめた。
「もうこんな時間か。明日はなにか予定あるか?」
「いえ、なにもありません」
「よし。ならば明日続きを話すというのはどうだ? ある程度横道に逸れる話も、聞かせて欲しいしな」
「把握しました」
「じゃ、じゃあ連絡先の交換をしておこうか。赤外線は使えるか?」
「あいお」
 照れくさそうに携帯を差し出す空城さんと、アドレスを交換した。
 これって地味に、高校に入ってから初のアドレス交換かもしれない。
「……ん、よし。では下校しようかw」
「はい。明日の何時頃にしますか?」
 そうだな……としばし考える仕草をして、空城さんは午後一時を提示した。こちらにとってもその方が都合が良い。今日は長く、深く眠りたい。
「それでいいか?」
「もちろんです」
 今日はいろいろな事が起こりすぎた。
 そう長くはない僕の人生の中で、一番驚き。
 一番動転し。
 一番不安を感じ。
 一番悲しみ。
 一番怒り。
 そして、一番の殺意を腹に呑んだ。
 僕の腑はもう、魔女の釜の底さながらだよ。
「では明日は、そうだな。十一時頃にまた連絡を寄越すよ」
「了解です」
 もう返答が面倒だった。
 今日修慈と下校した時のように、人影の絶えた学び舎を進む。
 他愛もない質問に適当な一言で相槌を交わし、校門を越えた所で僕らは別れた。
「また、明日な。内藤」
「今日はありがとうございました。おやすみなさい」
 まるで友人とそうするかのように、そうやって別れの言葉を吐く。
 貴女との明日なぞ下らない。

 僕は友人との明日が欲しいだけなのだ。


       

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