Neetel Inside 文芸新都
表紙

書きます、官能小説。
第9話「第1話掲載後、第2話掲載前」

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 こんなところに入るのは初めてです。隣にいるのは、同性です。
 
 
 
 
 第9話「第1話掲載後、第2話掲載前」
 
 
 
 
 そこの名称はいくつかあった。
 
 良く言えば、ブティックホテル。
 悪く言えば、ラブホテル。
 
 みひろはそんな建物から付かず離れずのところでうろうろとしていた。
 彼女は待ち合わせをしていた。場所が場所なので時間ぎりぎりに到着したのに……相手は、まだ来なかった。
 
 まだかまだかと待ち続け、30分。ようやく、相手がやってきた。
 
「ああ、ごめんごめん。早いね」
「遅すぎですよっ。私が、どんな気持ちでっ……!」
「まあまあ、別に初めてじゃないんだし」
 
 待ち合わせの相手……あおいが、へらへらと笑って答える。
 
「じゃ、行こうか」
 
 あおいはホテルに向かう。慣れた様子のあおいとは正反対に、みひろはそわそわと、周囲をうかがいながらついていく。
 
 こんなところに入るのは初めてです。隣にいるのは、同性です。
 決して忘れることのできない思い出ができた。
 
 
 幸い、待ち合いは空いていた。あおいはさっさと部屋を選んでいる。みひろは物珍しげにきょろきょろと見渡した。
 普通のホテルのようなロビー。部屋を選ぶマス目の装置と雑誌コーナーがアダルト雑誌だらけ、ということ以外はいたって普通。みひろはこっそりと自分用のメモ(あおいには渡さない)に記入する。
 ひょっとしたら、いずれは必要になるかもしれない。
 
「サービスタイムだし、ちょっといいところ入るよ?」
「は、はい、ぜひ」
 
 良いも悪いもわからない。ベッドがくるくる回るのだろうか。
 
「ほら、行くよ」
 
 あおいはすでにエレベータ前にいた。
 
「あの、部屋のキーは……」
「あれ? そんなところ、まだあるの?」
「…………」
 
 それとなく聞いてみると、今どきは部屋を選んだら勝手にチェックインしていいらしい。そんなザルなシステムでやっていけるのだろうか。
 
「同性で入れるところって増えたよね」
「え、ええ」
 
 えええっ!?
 予想外のことだった。同性で入れるということは……みひろの腐の思考が動き始める。
 
「まあ、男性同士は軒並みダメっぽいけどね」
「は、ははっ」
 
 心が折れた瞬間だった
 
 
 
 選んだ(と思われる)部屋の扉、その上のルームナンバーがチカチカと光っていた。
 
「ここだよ」
 
 自分の部屋のように、あおいが入っていく。
 ……本当に、これで大丈夫なんだろうか。
 後から入ったみひろはとりあえずカギをかけた。オートロックかもしれないが、念のためだった。
 
「うーん、やっぱりタバコ臭いなぁ」
 
 どうやらラブホテルの部屋は、どこもタバコ臭いらしい。
 
「じゃ、キミは前の取材のようにデジカメでバシャバシャ撮ってね」
「はいっ。あおいさんはビデオ……?」
 
 あおいは手ぶらだった。ソファーに座って、テレビをつけた。さも当然のように、アダルトな内容の映像が流れた。
 
「わ、わわわっ」
「私はこれを見て研究するよ。こんな機会じゃないと、いろいろ見れないからね」
「あわわわわっ」
「ほらほら、さっさと写真を撮るっ」
 
 思考が固まりかけていた。ぎしぎしと体を動かし、みひろは取材を始めた。
 
 ・
 ・
 ・
 
 取材も終わり、第2話の打ち合わせに入った。
 
「第2話だけど、前に渡したプロット通り、ラブホテルが舞台の話」
「それで今日はこんなところで打ち合わせなんですね」
「取材も兼ねて打ち合わせ。一石二鳥でしょう」
 
 テレビだけは消してほしかったが、もう今さらだったので黙っておいた。
 
 第2話を渡され、みひろは目を通す。
 
「まだ環境を変えた程度だから、あまり大きな変化はないけどね」
「ですが、昴くんはやる気満々ですね」
「けっこう興奮するからねー。環境を変えるというのは手っ取り早くて、かつ一番手堅い方法かもしれない。劇的な変化はないけれど興奮しちゃう、みたいな」
「なるほど」
 
 とりあえずうなづくところだった。
 
「で、最後はお風呂のシーン」
「一人暮らしだと、脚を伸ばす機会はそうそうありませんからね……て、あらあらまあまあ」
「2人で入ってイチャイチャ。締めはこれで決まりだよね」
 
 同意を求められ、すごく困った。
 
 

     

 
★第1話フィードバック
 
 
「さて、第1話掲載後の読者の様子ですが」
 
 いまだにテレビがついているので女性の艶めかしい声がずっと響いている。
 あおいは、みひろの言葉を待った。ただただ緊張していた。
 
「読者の反応は良い感じですね。非難はされていないようです」
「う、わああ、それは、良かった」
 
 大きく、とにかく大きく、安堵した。連載開始から今日まで、あおいは気が気でなかったのだ。
 ですが、と、みひろは続ける。
 
「あくまで今のところは『官能小説』への反応がほとんどです。『夏目あおい』を知る読者の反応もありました。これからは『夏目あおいの官能小説』を知ってもらい、その反応を心待ちにしましょう」
「なかなか厳しいね……でも、マンネリ解消がテーマの作品だから第2話からが本領だよ。そこは自信もあるし、がんばる」
 
 あおいのやる気とモチベーションの高さがうかがえた。
 
「そういえば、メールもしましたが……」
「ああ、あれだね」
 
 あおいは後編掲載前のメールを思い出した。
 
『もうちょっと身体についての描写が少ないかなと思いました。
 もう少しねっとり上から下まで加悦がどんな髪型、体つきをしてるのか情報がほしいところです』
 
 みひろが送ってきた、読者からの反応だった。
 
「本来は、こういった反応がないだろうところから出ました」
「前後編に分ける、と聞いたところで気づけば良かったよ。私はあまり人物描写はしないんだけど、唯一の描写を後ろのほうに固めていたんだよね……」
「これは編集した私のミスです」
「もういいよ、堂々巡りになる。お互いのミスと思って次回から気をつけよう。前後編、どちらだけでも魅せるような構成が必要だね」
 
 あおいはメモに書き残した。それでもみひろは罪悪感でいっぱいだったけれど、ここで引きずるのは余計に失礼。気持ちを切り替えた。
 
「後編を掲載したあとも同じところから反応を頂きました」
 
『ちょっと官能小説にしては興奮するような描写が少なすぎる気がします
 まんこの感触とかもっと卑猥な言葉とか増やしてもいいかも
 でも倦怠を表したカップルだからそういうのも演出?だったりするんですかね』
 
「やっぱり来たか」
「と言いますと?」
「たしかに、官能小説にしては描写はかなり甘く書いている。性器の表現もぼやかしているし、描写もほとんどない。
 これは男女の差かもしれないけれど、あまり露骨に表現していると下品で興ざめしてくる……のは私だけかな?」
「こればかりは男性に訊かないとわかりませんね」
「でも、自分でも少ないかなと思っていたのはたしか。ちょっと表現を増やして様子を見ようかな」
 
『行為中に物足りなさを感じさせる描写があれば良かったと思った。なんとなく最後の結論の出し方が急ぎ気味な印象を受けた』
 
「なるほど、その手があったか」
「言われてみればそうですね」
「後半の結論の出し方はたしかに急ぎ足で書いていた。さっさとメインテーマに入りたかったし、結局、官能小説にストーリー性は不要かなと思ってね」
「逆効果でしたね……」
「行為中の物足りなさの描写は必要だったかも。実際マンネリでも抱かれているときは幸せで、終わったあとに変な虚無感があって……少し現実を重視し過ぎた」
「現実ですか……」
「行為中の物足りなさ。マンネリを示すには十分すぎる感情、表現。これを書けなかったのは完全なミスだ……
 いやぁ、読者に恵まれているなぁ。実に参考になる反応だよ」
 
 あおいは読者から良い反応をもらい、上機嫌な様子だった。
 しかし、みひろの心中は複雑だった。
 
(……あそこへの掲載報告は荒れる可能性があるので、第2話からはやめておこうと思いましたが……困りましたね。あの貴重な意見をしてくれる人は、ひょっとしたらあそこしか書き込まないかもしれません。
 掲載告知の別案として掲載日を通知するようにしましたが……目に見えて締切に圧迫されるのも考えもの。うーん。
 もう少し考えてみる必要がありそうですね)
 
(あと、あおいさんには言いませんでしたが、なにやら案2のことを知っている読者がいるようですね……
 今は『マンネリガール』をがんばってほしいので、ひとまずはこれ1本です。案2は官能小説に対する全体の反応と、あおいさんのモチベーションといったところでしょうか。
 長い目で見守っていただきたいです。諦めたらそこで試合終了ですよ?)
 
 

     

 
★おまけ1「こんなあおいさんが見てみたい……と、妄想」
 
 
 あおいは常々思っていた。
 なぜ、こういったアダルトな映像は、女優の魅力をちゃんと伝えないのだろうか、と。
 
 たしかに、男性が悦ぶような趣向を凝らす必要はある。そこは否定しない。けれど、女優の持つキャラクター性はどうなるのだろうか。
 とある女優は、普段はすごく知性的で、女性の凛々しさ、美しさを持っている人だった。話し方や振る舞い方から、母性的な魅力さえ感じられた。
 ところがその女優が出演している作品を見ると、本来の姿とかかけ離れた……女王様の役ばかりだった。髪は下品な色に染め、ボンテージ衣装で男性を攻め続ける。そんな作品ばかりだった。
 それでもその女優が魅力的に見えたのは実力があってのことだった。となると、今テレビで映っている女優たちはどうだろうか。全員が全員、そんな実力を持っているのか?
 
 否。
 
 実力を持っていない女優は、魅力が伝わらないまま、男性の記憶に残らない。一瞬の快楽にだけ、使用される。
 あおいはそんな現実に嫌悪していた。
 
「……ん?」
 
 何となくチャンネルを変えたとき、尊敬する女優が出演していた。
 顔立ち、スタイル、性格、立ち振る舞い。どれをとっても『美』の一言。もはや性の対象ではなく、一種の芸術品として見てしまうような『美』の持ち主。
 見入ってしまった。ただじっと、真剣に。
 
 尊敬する人が喘いでいる。
 尊敬する人がベッドと快楽に躰を沈めている。
 尊敬する人が男の性欲を一心に受けている。
 
「………っ」
 
 気がつけば、組んでいた手が胸と下半身に移動していた。
 
 左手が服の上、スポーツブラの上から、硬直した突起をこりこりと引っ掻いている。
 右手がジーンズの上から、大切なところを摩っている。
 
「う、うっ」
 
 ひさしぶりに聞いた、自分の嬌声。風邪をひいたときのような鼻声と、裏声のような高いトーン。
 
「あ、あっ、あっ」
 
 尊敬する人が、また別の男性の相手をしている。今度は女性優位となり、手や舌で快楽を与える側になっている。
 
 我慢できなかった。シャツのボタンを外し直に刺激する。ジーンズのボタン、チャックを下ろし、ショーツに手を突っ込む。すでにそこは水気があり、生温かな体液が指先に触れた。
 
「んん、んっ」
 
 指をするすると進める。第一関節、第二関節。第三関節には、届かない。それでも、入った部分を動かし、一心に昂ぶらせていく。
 
「うん、あ、あああっ」
 
 あおいは自慰をすることは少なかった。ごくごく稀にそんな気分が催して、そっと静かに慰める程度。それなのに今は、他人がいる空間で、しかも声を出して慰めている。
 そんな異常な事態を、あおいは理性ではなく、本能で応えていた。声を上げ、指は動き、どんどんと絶頂へと突き進んでいく。
 
 あと少し。あおいの快感が許容量を超える、その直前。
 
「あおいさん」
「うひぁあああっ!」
 
 みひろから声がかかった。あおいは驚きのあまり、ソファーから転げ落ちた。
 
「あの、ある程度撮り終えました」
「そそそ、そうかっ、ごくろうさま」
 
 わたわたと服装を整える。ぜったい誤魔化すことは無理だろうとは思いつつも、とにかくそうした。
 
「で、あおいさん。ちょっと私、失敗してしまいまして」
 
 みひろの手にはあるものが握られていた。
 男性からは間違いなく性対象として見られるような、彼女。そんな彼女が持つ、男性器を模した、大人の玩具。
 
「ボタンっぽいのがあったので押してみたら、こんなものが出てきてしまいました」
「そ、そう……」
「あれって、一度開いたら閉まらないんですね。困ったもんですね」
 
 にやり。
 みひろは笑う。
 
 あおいは動かない。
 
「返品するのはおそらく面倒な話。でも無駄にするのはもったいない話」
 
 にやにや。
 みひろは、笑う。
 
「と、なると」
 
 あおいは動けない。
 
 
 
 にたにたにたにた。
 
 

     

 
★おまけ2「妄想の果て」
 
 
 みひろはぬるめのシャワーを軽く浴び、ボディーソープを手のひらに出してもこもこと泡を立てた。その泡を胸の谷間から引き伸ばし、上半身を包んでいく。
 鏡の曇りを払って自分の姿を見ると、非常に扇情的に見えた。たしかにこの体では、男性の視線を集めてしまうかもしれない。
 上半身の余剰の泡をかき集め、下半身を覆う。脚から足首、足。そして、大切なところ。しっかり洗えたことを確認し、シャワーを浴びた。みひろはぬるめのシャワーをだらだらと浴びるのが好きだった。けれど、今はだらだらするときではなかった。
 
 シャワーを止め、湯船に向かう。
 
 そこには、湯船の中で体育座りをして、うつむいているあおいがいた。元々小さな体が、もっと小さく見えた。まるで、子供のようだった。
 
「こちら、失礼しますね」
 
 ぴくり。あおいは小さく反応した。そして、何度かうなづいた。あおいの許可を得たところで、みひろは向かい合うように湯船に入り、同じく体育座りをする。
 
「ああ、いいお湯ですね」
「…………」
「脚、伸ばしていいですか? 湯船なんて、そう滅多に入れませんからね」
「……ダメ」
 
 あおいはずっとうつむいていた。もじもじと、足を擦り合わせている。恥ずかしがっているのか、何か言いたいのか。あるいは、その両方なのか。
 
「あおいさん、そろそろこっち、見てくださいよ」
「…………」
「複雑な気分かもしれませんが、割り切ってしまいましょうよ」
「……」
 
 埒があかない。みひろは強硬手段を出ることにした。
 
「あぁ、それにしてもあおいさん、良かったですよ」
「……っ!」
 
 あおいは顔を上げた。ようやく、反応した。
 
「普段は無愛想、とは言いませんが、あまり感情的ではないあおいさんが、こう……女の、顔、していましたね。
 同意してベッドまで行ったと思ったのに、シャツを脱がせたあたりで抵抗し始めて……でも、キスしたらしゅんと静かになって。あのときのあおいさん、とても可愛かったですよ。最初は睨んでいたのに、無視して続けていると……求めるように、舌をぺろりと出して。ああ、興奮して、激しくしちゃいましたね。
 何度もキスするうちに警戒心もなくなったのでしょうか。シャツも、ジーンズも、下着も全部脱がせて、生まれたままの姿になって……もう、うっとりしちゃいましたよ。
 あのときの私はちょっと変になっていました。あおいさんの体を貪ってましたよね。首、鎖骨、胸、お腹、指、指と指の間。そこら中を舐めまわしてしまいました。
 あ、首にくっきりとキスマークをつけてしまいました。あと胸のところにも数ヶ所。申し訳ございません。
 とろとろにとろけたあおいさんの顔と、大切なところ。本当は指で堪能したかったのですが、あおいさん、我慢できなさそうだったので、あの玩具を入れることにしたんです。
 さすがにいきなり入れるのはどうかと思ったので、その……濡らしたほうがいいかなと思って。だから、舐めっこしたんですよ。さすがに恥ずかしかったですね……でも、興奮しましたし、それに、お互いの気持ちが通じ合ったと言うか……
 あー、ん、ん、話を戻しまして、と。ベトベトになった玩具をあおいさんに沈めていくと……はふぅ、あおいさん、ステキな声でしたね。思い出すだけでドキドキしてしまいます。
 あのあおいさんをずっと見ていたかったので、ゆっくりゆっくり動かしていたのに……あおいさんから、あんなに激しく求められるなんてっ。もう私も全開ですよっ。そこからは記憶に鮮明……ではないかもしれませんね。振動を最大にしたもんですから、あおいさん、その、えっと」
 
 ばしゃっ!
 
 あおいはみひろにお湯を叩きつけた。
 
「……ひどいです」
「恥ずかしいことっ、鮮明に説明しなくてもいいっ!」
「嫌、でしたか?」
 
 うっ。あおいは言葉を詰まらせてしまった。
 
「嫌……じゃ、なかった、よ……?」
 
 その仕草、言い方が可愛すぎた。
 
「あおいさんーっ、それ、反則ですっ」
 
 みひろは思わずあおいに飛びついた。その熱烈なハグは勢い余り、バランスを崩して湯船に沈むほどだった。
 
 

       

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Neetsha