書きます、官能小説。
第17話「さあ、次の作品へ」
【ありがとうございました】
第17話「さあ、次の作品へ」
その日、夏目あおいは1件のメールを受信した。
送信者は、茜みひろ。完結した『マンネリガール』執筆時の担当。
件名は『おひさしぶりです』。内容は季節の挨拶から始まり、近況報告。そして、添付ファイルと、謝罪の文章。
添付ファイルは『マンネリガール』最終話の読者の感想と、それに茜みひろが一言添えたデータファイル。
茜みひろは多くの担当をかけ持ち、あまりに多忙で来ることができないらしい。そのことが謝罪の文章からわかった。
夏目あおいは添付ファイルを開いた。
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【まずは前編掲載時の反応です】
『クリスマス前だと言うのになんてもんを投下しやがる』
【時期が時期ですからね……独り身にはつらいですよね】
「……そうだね。まあ、タイミングが悪かったね」
『由理!お前ってやつはああああ!!』
【ニュアンス次第ですが、これはグッジョブ、いい仕事したね、ということでしょう】
「そうかなぁ……こんな時期に被せやがって、という恨み言に読めるけど……」
『乙です!!!よい終わり方だと思う』
【フライングですね(笑)】
「まあ前編で切っても問題なさそうだけどね。最後のセリフを入れたかったんだよね」
【ここからが後編掲載時、つまり完結後の反応です】
『その言葉が聞きたかった。完結乙です! そしてロボメイドを(ry』
【最後の言葉、本当に良かったです。読者も望んでいた言葉だったみたいですね】
「そうみたいだね。すごく、嬉しい」
【あと後半のロボメイドという下りですが……案2が流出しているみたいです。実はちょくちょくと、案2を望む声を聞くんですよね……】
「へえ。たしかにあれはおもしろそうだよね。どうしようかな……次ぐらいは普通の話を書きたいとは思うけど……うーん」
『官能小説ってさわやかに終わっていいものなのか! 面白かっです!』
『こういうラストもいいな。完結乙でした。由里のことがちょっと気になるな』
『流れに身を任せるのもいいと思うけど……でもこれが夏目あおい先生の官能小説なのですね。登場人物への愛を感じました。おつかれさまでした!』
【いかがですか? 夏目あおいの官能小説が、認められたという証拠ですよ。自分のことではないですが、とても誇りに思います】
「キミの功績でもあるんだよ。胸、張っていいんだよ。
……うん、嬉しい。マンネリガールを書いて、本当に良かったよ」
【由理の評判が案外いいんですよね。スピンオフとか考えてみませんか?】
「由理のキャラクター性は強烈だからね。加悦との出会いから、本編の裏側で由理はどんな行動をしていたのか、とかおもしろそうだね」
『これが性夜の更新か・・・おつかれ!』
【おもしろいこと言いますよね。うまいこと言いますよね】
「うん、おもしろいっ」
【以上が、最終話の反応でした】
【ここからは、担当としてではなく、一読者としての、私の感想です】
【正直に言うと、私はあまり小説を読みません。男女の官能小説も初めて読みました。だから、小難しいことは言えません(仕事のときは読者に読んでもらうことを重視して発言していました。すべてが私の思っていることではなかったところもありました)。
たった一言、簡潔に言いますと、おもしろかったです。すごくすごく、おもしろかったです。もっと加悦と昴くんのお話を読んでいたい、そう思っていました。
ですが、完結がなければ、あの最後の言葉も聞けません。そう考えると、ベストな終わり方だったのかな、と思います。
……仕事の話を抜きにして、あおいさんのお話、もっと読んでみたいです。次回作も楽しみにしています】
【ありがとうございました】
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感想を読み終え、夏目あおいは、ふと目を閉じた。
マンネリガールを執筆するにあたり、いろいろなことがあった。特に、茜みひろとのネタ集め。あれほど密度の濃い日々はなかなかないだろう。ネタ集めの様子を文章に起こすだけで、1つの作品になるかもしれない。
まあ、そんなことはしないけど。
「さて、と」
メーラーを閉じ、メモ帳を開いた。それと共に、原稿用紙も用意する。
書きたいテーマは候補としていくつかある。まずは絞るところから。キーボードと手書きで文章を起こし、ピンと来たものに決定する。いつもの、今まで通りの方法だ。
「……よしっ」
カチカチとキーボードを叩く。
まだ何も書かれていないメモ帳と、原稿用紙。
そこに何が書かれるのか、どんな作品が生まれるのか。まだそれはわからない。
たとえどんな作品であっても、夏目あおいはそのたびに登場人物との別れを繰り返す。
けれども、夏目あおいは作品を書き続ける。
また新しい、登場人物と出会うために。
「……なんでだろう」
「すごく、調子がいいっ」
『書きます、官能小説。』 【完】
なんだ、いるじゃあないか。
◆「夏目あおいのその後」
「ううううううううううっ」
調子がいいと言ったのも束の間、早速煮詰まっていた。
少なくとも、書きたいテーマは決まった。が、そのテーマに沿った物語が、何一つイメージすることができなかった。
ストーリーはもちろんのこと、肝心の人物すら生まれない。何もない真っ白な空間が頭の中に広がっている。
ぎりぎりと頭をつかみ、考える。とにかく考える。が、無理に考えても生まれないことぐらい、とっくに知っている。
さて、どうする。家の中のメモはすべて回収して、目を通した。でもダメだった。もう打つ手がない。
強行取材を行い、ひらめきに期待するか。
……却下。いくらなんでも博打すぎる。少しも感触がない状態で行うほど裕福ではない。
書けそうな状態になるまで、待ってみるか。
……悪くはない。が、このテンションがそのときまで続いているか、不安なところ。
いっそテーマを変えてしまうか。
……それはイヤ。
どうしよう、どうする、どうすれば!
勝手に自分を追い込んでいく。
そのとき。
特別、それを考えたわけではない。単なるきまぐれ、なのかもしれない。
ふと。
思いついた。
ある、1人の、人物のことを。
その人のことはよく知っている。自分が持っていない価値観、知識、そしてスタイル。かつて多くのネタを提供してくれた功績者!
なんだ、いるじゃあないか。
このどうしようもない状況を打破してくれる人が、いる。
これは頼るしかない。頼っても許されるはずだ。
携帯電話の手に取り、コールした。
「…………え?」
◆「茜みひろのその後」
茜みひろ。
初めての担当で夏目あおいの連載『マンネリガール』を完結まで導いたことで高い評価を得て、多くの漫画や小説の担当を受け持つことになり、多忙な日々を送っていた
……なんてことはなかった。
結局のところ、みひろが勤める出版社は作者が自由に掲載するというシステムが採用されているため、担当などという役割はまったく不要だった。少し前の担当は、異例だったのだ。
それでも今までは誤魔化し誤魔化し働いていたけれど、ついに作業がなくなり、自宅待機の命令が下された。特にすることもなく、朝早くまで起き、夕方まで眠る。起きているときにすることと言えば、タワーディフェンス系のフラッシュゲームかPSPでモンスター●ンターをするぐらい。実に漫然とした日々を送っていた。
自宅待機が始まったときはジャージぐらいは着ていたものの、最近では下着だけの半裸族。もはや、女性としても危うい状態だった。
「私って女捨ててるイメージあるー? それどこ情報? どこ情報よー?」
そんな独り言も、散らかった部屋の中に消えていく。
つまらない毎日だった。少し前までは、作家に振り回され(時には振り回し)ネタ集めをしていた日々を送っていたのに。
「どうして、こうなった」
先の見えない毎日に、すっかり気持ちを落ち込んでいた。
そんなとき。
携帯電話が、鳴った。
電話がかかってくるなんて、いつぶりだろう。また、親だろうか。鬱々とした気分で床に落ちている携帯電話を拾う。
そこには良く知る作家の名前が表示されていた。
「も、もしもし!」
慌てて出た。担当をかけ持ちしていると見栄を張った手前、もう会うこともないだろうと諦めていた。
声が、相手の声が聞こえた。
「ご無沙汰しています、みひろです!」
「お元気ですか? 私は忙しいながらも、元気にしていますよっ」
「ははは……」
「え? そんなことはどうでもいい?」
「ああ、あのお話ですね。大丈夫です、田舎からじゃがいもがたくさん送ってきたので、食べきれないぐらい作りますよ」
「え? それも違う? ではなんですか?」
「え?」
「次回作ですかっ!? 本当ですか!? うわー、楽しみです! いつごろ連載するんですか?」
「え?」
「すみません、もう一度、お願いします」
「…………え?」
「ネタ集め?」