遊園地に行ってから一週間以上経過し、中間テストも今日でとうとう終わりを告げていた。二年生になってからの初めてのテストは、一年生のときのものと比べて非常に難しくなっていた。そのため、孝太はとても頭を抱えていた。
「おい、キヨ……お前なんでそんな清清しい表情してるんだよ。こっちはテストに頭を抱えてるって言うのに。あー、もっと前から勉強すればよかった」
孝太はそんなことを言いつつ日本史の教科書を片手に持っている。教科書には落書きがあり、アンダーラインなどはほとんどされていなかった。
「なぁ、なんでお前落書きしてるのに勉強できるんだ?それっておかしくね?」
不満そうな表情を清春に向け、清春は首を傾げつつ小さな口を開く。
「うーん、そこは本で読んだことあるから内容知ってたし。コウは授業中に寝てたりしたからみんなよりも理解が浅いんじゃないかな。ちゃんと家で勉強した?」
清春は特に悪気があってそう言ったわけではないのだが、孝太はふん、と顔をそっぽ向けてしまう。困った表情をする清春は、孝太が持っている自分の教科書に指を差す。
「こことか……あと、これは記述で出てくるかも。たぶんこの文章は穴埋め式で出ると思うよ、たぶんだけどね」
テスト開始まであと数分。もう時間にほとんど余裕はないのだが、孝太はそれを聞くとにっこり笑ってその部分を必死に暗記し始めた。
「気のせいかもしれないけど、最近元気なくない?」
周りが一生懸命社会のノートや教科書を見ているとき、ともえは美雪に突然そう言ってきた。
「なんで?……うーん、いや、いつも通りだよ。元気元気!」
軽く苦笑いしながら言う美雪は、やはり何かを隠しているようだった。ともえはそんな美雪を疑っているのか、じっと見つめている。
「なんか話しかけても上の空だし。嫌なことあった?そういえば遊園地に行った後からだよね。清春君と……なにかあったの?」
「違う違う!あいつとなんかなにもないって!なんにも、なんにもないよ……」
突然大声を出すものだから、周りにいた女子は驚き美雪のことを凝視していた。美雪もそれに気がついたのか、「ごめん」と軽く口に出して頭を下げる。
「そう……ならいいんだけどさ。でもさ、何かあったらすぐに言ってよね?今更隠し事をする仲じゃないんだしさ」
そう言ってともえは自分の席へと戻っていき、美雪は大きなため息を吐いた。
テスト終了後、清春の下には美雪の姿があった。今日でテストが終了し、クラスのみんなは部活や遊びの予定でいっぱいであった。あのテストは簡単だった、あの問題を出すとは思わなかった、そんな言葉が教室内をちらほら飛び交っていた。
「ねぇ、キヨ。放課後孝太君と話がしたいんだけど、二人きりで。いいかな?」
筆記用具をしまっていた清春は、片手にシャーペンを持ちながら「あ、うん」とだけ返事をした。何かあったのだろうか、そんな疑問も清春の頭の中には浮かんだのだが、他人の問題にあんまり突っ込まないほうがいいなと思ったらしくあっさりと承諾する。すると美雪はそれだけ言い残して自分の席へと戻り、清春はそれを見た後に孝太に伝えに席を立つ。
「コウ、放課後に美雪が話したいことがあるって」
周りの友達と話していた孝太だったが、それを聞くなり少し真面目な表情を見せて「わかった」とだけ返す。そんな普段はあまり見せない孝太の表情は、清春の心に何かが引っかかった。
「なんだろ、何かあったのかな。喧嘩したから仲直り?……でも喧嘩してたようには見えなかったし」
考えれば考えるほど清春の頭は混乱し、だんだんとその話し合いを見たいと思うようになっていた。気がつくと数十分が経過していて、教室にはもう清春、孝太、美雪の三人しかいなくなっていた。清春は二人を交互に見てから早々に教室から出て行き、廊下からひっそりと耳を傾け始める。
「あのさ、孝太君!……私、やっぱり間違ってた、あの時。それを謝りたくて」
教室からは普段は気にならない時計の秒針の音が響き、教室の静けさを物語っていた。
「あぁ、あれはー……俺もちょっと強く言い過ぎたかも知れない。気にしないでくれ。わかってくれたならそれでいいし、俺もそれに関してはとやかく言わない」
窓から見える部活動の風景。野球部の柔軟の掛け声がこの教室にも少しだけ伝わってきた。清春はごくりと生唾を飲み、息を殺して会話を聞き続ける。
「ごめんね、それとありがと。でさ、あの、私さ、孝太君のケータイのアドレス知りたい。えっと、教えてもらってもいいかな?」
やけにもじもじしながら美雪はそう言い、孝太は「了解」とポケットから携帯電話を取り出して、美雪の携帯電話へとアドレスを送る。それを受け取った美雪は「今度は私も送るね」と笑顔で自分のアドレスを孝太に送る。美雪がそのときに見せた笑顔は、本当に嬉しそうで、なにより幸せそうだった。
「な、なんでそんなに嬉しそうなんだ?そんなに俺のアドレス知って嬉しいのかよ?」
孝太は冗談半分でそう言うが、美雪はそれでも嬉しそうに「うん!」と大きく返事をした。そんな会話を、聞くだけでは我慢できなかった清春はドアの隙間からこっそりと覗いていたのだ。
「なんだろう、この気持ち。なんとなく美雪が元気なかったのは知ってたし、コウのおかげで元気が戻ったみたいで嬉しいはずなのに……。なんなんだろう」
清春は自分の胸元をぎゅっと握り締めて、その場を去っていった。