2Lミネラルウォーター三本、
2Lコーラ一本、
カップ焼きそば二ダース、
レトルトカレー半ダース、
八枚切り食パン二袋、
レーズンパン一袋、
おにぎり(鮭)三個、
ウィダーインゼリー一ダース、
ガム十個、
たけのこの里四個、
きのこの山二個、
ニコラ一冊(最新号に限る)、
リンスインシャンプー二本、
下着人数分×3、
爪きり四個、
トランプ1セット、
エトセトラ
エトセトラ……
「なんで爪きりがこんなにいるんだ? 一個でいいだろ一個で。ったく無駄使いするなって言ってたのカツミのくせによー横暴っつーか利他的ワガママっていうかさー納得いかないんだよなーこういうの細かいけどさー気になるぜーなーそー思わねーかなーおいったらなー」
「そこは男女の違いってやつ」
聡志は澄ました顔で女性用下着を溢れかえったカゴの中に突っ込んだ。 聞こえぬフリは諦めたらしい。
「まあ、男子と同じ爪きりはいやだってマナたちが言うのもわかる気がするよ」
「おれにはわからん」
ははっと笑うと、かけた眼鏡のちょっと上で、聡志の額にかかった髪が爽やかに揺れる。
「クロって、自由人だよね」
クロがバカにしたように鼻で笑う。
「はっ、ちげえよ。女子どもがノーテンキなんだっての。おれはとてもとても、他人の使った爪きりがいやだの、テレビをつけるときは許可を取れだの、水道水は飲みたくないだの考える余裕なんかないだけだ」
肩をすくめて聡志は無人のレジに入った。
クロは、パラパラと雑誌を一通りめくっては棚に差しなおす。
隣町のコンビニと同じ雑誌しかなかった。もうジャンプもサンデーもマガジンも読み終わってしまった。
きっと一ヶ月前に立ち寄った町のコンビニにも、ここにあるのとまったく同じ品揃えが、クロたちが触った分だけ乱れて配置されたままだろう。
ジャンプもサンデーもマガジンも新しくならないし、一週間はいつまで経っても始まらなかった。
クロは、マナが要望したニコラがやはり以前見かけたものと同じものしかなかったので、べつのものを爪きりと下着とシャンプーときのこの山と一緒にレジ袋(マナ用)にまとめた。
きのこの山を食うやつって卑猥だとクロは思う。
レジでは聡志が律儀にレジを打って代金を計算している。
ご苦労なことだとクロは思う。バイトも店長も呼んだって出てきやしないのに。
聡志は書きたてほやほやでやたらとカクカクした「一万とんで九十八円、確かに借用いたしました。壁叉聡志」の上にハンコをぎゅうっと押した。
金を返す機会に出くわしたら払ってもいいとクロは思った。
絶対そんな日は来ない。
両手いっぱいにレジ袋を提げて、クロと聡志が自動ドアをくぐると、強烈な夏の日差しが二人の目をくらませた。
キンキンに冷えていた店内が、全力で人生を楽しんでいそうな笑顔を浮かべたガリガリくんが懐かしい。
制服の汗はしめって不気味に透け、さすがに聡志の爽やかストレートヘアーも風にそよぐどころではなく、へなってしまった。
ずるっと落ちかける眼鏡のつるを押し上げる。
「アイス買わなくて正解だったね。みんなのところに戻るまでに溶けちゃうよ、この熱気じゃ」
そうだなーとクロが脳みその溶けたような声を搾り出して答え、ふと電線と屋根の隙間、青い空を見上げた。
いいことを思いついた。
「聡志、ちょっと待ってろ。日陰にいろ」
「え?」
クロは日持ちのするインスタント食品でぎっしりの袋をドアの前のカーペットに放り出すと、目を瞬く聡志を置き去りにして店内へ戻っていった。
すぐに戻ってきた。
ツケの領収書をしたためる時間は絶対になかった。
「そら、連中には秘密にしとこうぜ」
ぐいっと突き出したクロの手には、ビニール袋と低温に守られていたストロベリーチョコのアイスバーが、気持ちよさそうに冷たい汗を流していた。
「クロ……これはタダじゃないから、いつか返すんだよ」
クロはひょいっと手を引っ込めた。顔には三十年老け込んだようなしわが刻まれている。ただでさえ目つきが悪いものだから、三十年の刑期を終えたばかりの殺人犯みたいな顔になっていて聡志はちょっとびびった。
「いやならやらねえ。おれが食う」
「い、いるけどさ」
だったら大人しくもらえばいいんだ、とぶつぶつ文句を垂れながらクロに渡されたアイスバーを、聡志はまじまじと見つめる。溶けるぞ、とクロに促されて慌ててなめた。
舌で触れると、氷棒はじゅわっと音を立てた。
おいしい。
夢中になって、聡志とクロはゴミ箱の前の日陰でアイスを食べた。
その間、だれひとりとしてコンビニにやって来なかったし、四車線から分離してできた二車線の道路を通る車は一台もなかった。セミだけがつけっぱなしのテレビみたいに、役目をまっとうしている。
そんなつもりはなかったし、予兆だってなかったはずだった。
熱せられたアスファルトに、しみができた。
すぼめた口でアイスをほおばりながら、聡志は泣いていた。
ぽろぽろと伝う雫にも構うことなく、ときどきしゃくりあげながら、道路の上で揺らめく陽炎を食い入るように見つめていた。
それでもアイスはうまかった。
クロは、横で同い年の男子がすすり泣いていることに気づいていないフリをして、しきりにうめぇうめぇ言いながら、もうなにもついていない木の棒をいつまでもしゃぶっていた。
この死んだ街で出会ってから一ヶ月。
聡志は、クロがやさしいやつだと初めて思った。