リボルヴァ⇔エフェクト>
第四話 フィフティーン・ガンナーズ
カツミとクロはよく似ている。瓜二つといってもいい。二人とも髪はぼさぼさで、眼力は強く、細面に反して筋肉が豊富。こすっていたらちょっと眉毛が薄くなったところも一緒。二十メートル先から二人を見ても普通は区別できないだろう。
でも、一ヶ月も同じテントで暮らしていると違いが目に付いてくる。
カツミはクロに比べて色白で、クロはカツミよりもちょっとだけ歯並びがよかった。カツミは背筋がしゃんと伸びていて、クロは何度注意しても十五度くらい猫背。
まったく同じコピーではないからこそ、妙なリアリティがある。
二人はよく似ていた。
もうひとりの自分自身のように。
道路のど真ん中にキャンプがあった。
あちこちに支流が伸びる四車線、十字路の中央にふてぶてしく三メートル四方のテントが張ってある。アスファルトにはペグが打ち込めないため、ロープで近くのポールに大雑把に縛られている。磔みたいだ。テントのそばには自転車が数台スタンドを立てて停められている。そこだけ切り取れば友達が遊びに来ている家の玄関先にも見えた。
ぼうっとした光が中から漏れ、人の影が炎のようにちらついている。
日は、だいぶ前に暮れていた。
マナは気が進まなかった。バックレたかった。でも、ほかにいくところはない。
夜は怖いし灯りも恋しい。仕方なくとぼとぼテントに近づくと足音に気づいたのか、ジッパーが開いてカツミが顔を出した。マナを見つけるとしかめ面になる。背後を振り返って顎をしゃくると、リカと聡志が出てきた。エンは<出番>だけれど、いるはずのクロはどこにいるのだろう。
指をからめてもじもじしているマナに、カツミは容赦しなかった。
「話は聡志から聞いた。クロ、おまえもこっちに来い!」
「うん?」
テントの裏側からかったるそうに出てきたクロをマナの横に立たせ、カツミはじっとりと二人をねめつけた。
「まずクロ」
「んだよ?」大口を開けてあくびするクロにカツミは目を細める。
「おまえ、授業がめんどくさくなって聡志に押しつけたな?」
チクッたな、とクロが聡志をぎろりと睨む。聡志はばつが悪そうに身じろぎしていたが、その顔色から考えるとざまみろばーかとまでは思っていないらしく、どうやらただの愚痴をカツミが大げさに受け取ってしまったのが現状らしい。クロはため息をついた。
「青柳の授業が実に有意義だったんでね、勉学の喜びを聡志くんに分け与えたまでよ」
「本当にその気だったら<無線>使って<テレビ>つけさせればそれで済むだろうがバカが」
吐き捨てるようにカツミは言い、その口調から滲む嫌悪に、マナがびくりと肩を震わせた。次は自分の番だ。
「マナ、おまえもだ」やっぱり。「昼メシが食いたくて聡志を騙したな? 時間の分配は決められた通りにする約束だったよな?」
「それは……そ、その……」注目を浴びて、マナの舌がストライキを起こし始めていた。
「あの……」
「わかってるのか?」
テントのなかの電池式ランタンの放つオレンジ色の灯りが、カツミの白い頬に影の刺青を彫りこみ、その顔つきは冷酷無比の処刑人のようだった。
「おれたちは協力しあわなくっちゃいけないんだ。こんな誰もいないところで、仲違いしてどうする? それとも、おまえはいつまでもわがまま言ってりゃ通ると思ってんのか? 母さんや父さんが優しいのはおれも知ってる、でも、いつまでも頼ってるわけにはいかないよな? いまだってそうなんだよ」
早口にまくし立てられる正論のガトリング掃射に、だんだんとマナの顔が赤くなっていった。ぴんと伸ばした腕の先で、手の平が拳を作った。
「辛いのはおまえだけじゃないんだ。おれだって、聡志だって、みんなが辛いんだ。一日が三時間しかなくなるなんて、まだ十五のおれたちに耐えられるようなもんじゃない。だから、力を合わせて、」
突然、マナは近くにあった自転車のハンドルを掴み、横に引き倒した。
耳をつんざく音を立てて自転車は倒れ、カツミもクロも聡志もリカも身動きしなかった。テントのなかから、ノイズまじりのざわめきと、誰かと話すエンの声が聞こえた。
マナは、涙を眼に浮かべて、カツミを睨みつけた。
「ずるいもん」
何を言ってるのかわからない、とカツミが眉をひそめた。
「ずるいって、なにがだ。おまえだって昼はちゃんと――」
「ずるいずるいずるいっ!」
マナが地団駄を踏み、倒れたチャリが巻き添えを食って地面に蹴りつけられた。聡志のチャリだった。
「ずるいよ! こないだのあたしの昼は、クロが補修に呼び出されたとかいってなくなっちゃったし、その前はリカが学校さぼって<交代>したら竜川に放り出されたし、その前の前はあたし委員会で……あ、あたし」
とめどなく流れ始めた涙を、制服の袖でぬぐってもぬぐっても、溢れる止まらない。
「……もうずっと望美とも溝口ともバキともアキともユイともご飯食べてない……もん……」
頭上では青ざめた月が五人を心配そうにのぞいていた。
カツミは、月面の気温よりも容赦なかった。
「でも、ルールはルールだ。守れないのであれば、おれたちから抜けてもらう。おれだって、こんなことは言いたくないが、みんなが勝手に動き回るのを許せばおれたちはバラバラになる。もしそうなるくらいなら――」
「おまえの弾丸を、もう誰も撃たない」
その言葉は、言ってはいけないセリフだった。
マナはへなへなとその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き伏した。
聡志もリカもなにも言わない。カツミも黙って、マナを見下ろしていた。
クロの拳は、速かった。
身体ごとぶつかるような一撃を喰らって、しかしそれでもカツミは踏みこたえた。
唇から血を垂らしながら、クロを見返す。
「痛いぞ」
「なにもそこまで言うこたねえだろ?」
「おまえにだって言ってやる。これ以上勝手なまねするなら――」
「おう好きにしろ。そんときゃ、あんな世界、捨ててやらあ」
カツミが一歩踏み出し、至近距離から二人はガンをつけあった。
「言ったな」
「言ったぜ」
「じゃ、そうしろ。この、なにもない街を、たったひとりで彷徨っていればいい!」
とうとう聡志が切れた。
「二人ともやめろって! カツミ、おまえこそなに言ってんのかわかってんのか! ちゃんと話し合えば済むのに、どうして喧嘩になんかなるんだ!」
「元はといえば」カツミが眼の端で聡志を見やった。
「おまえがおれに泣きついてきたんだろ。だから、おれはそれをなんとかしてやろうと思って――」
「こんな結果になるなら、もうおまえにはなにも頼まないしなにも話さない! カツミ、おまえが先頭切ってくれるのはありがたいと思ってるけど、」
「そうだリーダー面しやがっておれはなてめえのそういうところが、」
「クロは黙っててくれ! カツミ、おまえ言ったじゃないか。こんなばかげた状況、十五のガキに耐えられるようなもんじゃないって。おまえもだろ? おまえだって疲れてるんだよ」
「…………」
「今日のことはもういいじゃないか。マナもほら、立って。鼻水ふいて。ほら、チーン」
チーン。
ティッシュを鼻にあてられたマナはおとなしく聡志の言うとおりにした。しきりにしゃくりあげてはすんすん鼻を鳴らす。聡志はマナの肩にやさしく手を置いた。
「な? カツミの言うとおりみんな耐えてるんだ……エンは、ちょっと違うかもしれないけど……だからさ、もうぜんぶ水に流して明日から……」
「風に、当たってくる」
カツミはふらっと背を向けて、そのまま暗い街のなかへ消えていこうとした。
そのまま消えてしまいそうだった。
「おい、カツミよ」
「……なんだよ、クロ」
「忘れもん」
放り投げられたマーカーサイズの懐中電灯を受け取ると、カツミはかすかに頷いて、電灯をつけた。
しばらく夜のなかに蛍ようなカツミの灯りが揺れていた。
クロと聡志はそれを見送り、リカはしゃがみこんでぽんぽんとマナの頭を叩いた。相変わらずヘッドフォンをしたまま無表情だったが、慰めるつもりだけはあるらしかった。
クロは聡志のチャリを立て直しながら、マナの方を見ずにいった。
「うっとうしいからもう泣くのよせよ」
マナはすすり泣きながら聞き取りづらい声で「うるざい」と言った。
「ったくよ……おいリカ、その泣き虫とっとと治めろ」
「ん」
「クロ……どうしてそうきつい言葉しか出てこないんだ?」聡志が頭を抱えた。
「カツミといい君といい、どうしていっつもそうなんだ?」
「正直者なんでね、少なくともおれは」
クロはそのままテントに入ってしまい、聡志は無表情なヘッドフォン少女と相変わらず泣き続ける妹のような少女の前に、なすすべもなく立ち尽くし、ひとまずトイレに退却することにした。
テントに入ると、クロはジッパーを閉めて、なかを密閉した。ブルーシートに散らかったお菓子やら寝袋やらを踏み越し、テレビの前で座り込んだ。
十四インチサイズの古びたテレビだ。アンテナが仰角八十度ほどを向き、チャンネルはカチカチ回すダイヤル式。もっともそれを回して変わるのは画面だけではない。
脇から伸びたコードの先には、テレビには不似合いな無線が繋がっている。
画面いっぱいを、縦に並んだ細かい字が埋め尽くしている。
クロは無線機を掴むと声をひそめて喋った。
「こちら<隣町>、こちら<隣町>、聞こえっかエン、オーバー?」
ザザザッというノイズの後、テレビから応答があった。
「やあクロ。こちらエン、状況はオールグリーン。もうすぐご飯なのですごく待ち遠しい。オーバー」
「そりゃよかった」
間。
「なあ、わるいんだけどさ」
「<交代>の話?」
テレビのなかでパタンと本が閉じられ、エンの部屋が現れた。あらゆるものがパイプ式の殺風景な部屋だ。モノクロの画面がそれに殺伐とした雰囲気を味付けしている。
よくこんななにもない部屋に住めるな、とクロは思っても、いまは言わないことにした。
「実はさ」
ふふ、とエンは笑って、
「マナだろ? あの子も結構ガタがきてたからね、今日のゴタゴタがなければぼくからカツミに進言するつもりだったくらいさ」
「へっ、さすが天才」
「きみに褒められるとブツブツが出そうだ」
「んだよ喧嘩売ってんのか?」
「鳥肌が出るほど、興奮するってこと」
エンから見えないことをいいことに、クロはサイレントモーションでえづくまねをした。
「ま、仕方ないね。今晩の家族水入らずの楽しい夕餉はマナに譲るとするかな」
「わりいな」
「その代わり、条件がある」
「なんだ?」
「ぼくがそっちに戻ったらさ、二人で、ちょっと真夜中の月見と洒落こもうよ。この間いい高台を見つけたんだ。ちょっと夏にしては冷えるけど……きみがあっためてくれれば、そうでもないかも。ね? いいだろ?」
「……………………………………………………………………………………」
押し黙ったクロに、テレビがくすくす笑った。
「冗談だよ」