リボルヴァ⇔エフェクト>
第五話 <隣町>
ここにケーキがあるとしよう。城みたいなやつ。それを二十四切れに綺麗に分解する。
それを六人でわける。
ひとりあたりが食べるケーキの数は何個か。イチゴと切ったやつの悪意は考慮しない。
答えは、3。
六切れほどは食べきれない分として除外する。残りは十八切れ。よってひとり三切れ。小学生でもわかる。
これが壁叉たちのルール。
活動は一日三時間。睡眠時間は六時間。零時から六時まで行動したやつはその分あとで自分の時間を引かれるか、まだ執行されたことはないけれど<隣町>に軟禁されたままにされる。
タイムテーブルは一週間でローテーション。特別な予定などでシフトの変更がある場合はみんなと相談。最低でもカツミには報告する。それを怠るとやっぱり軟禁。
毎朝カツミはきっちり六時十分前に起きてみんなをテントからたたき出す。そして近くの公園や学校で歯磨きさせ顔を洗わせしゃきっとさせたがる。誰もそれでしゃきっとしたことはない。しゃきっとしてるのはカツミと、誰よりも早起きして自分の時間に浸っているテレビの向こうのひとりだけ。
待機組四人を一列に並べてカツミは自分たちの目標を毎日欠かさず口にする。
「いつかまた、たらふくケーキを食えますように」
だいたいそれで、みんなようやくしゃきっとする。カツミがいないときは聡志が言ったりマナが言ったりする。リカとクロはアナーキーなので朝礼なんかクソ喰らえだと思っているが、やはり元に戻りたい気持ちは同じだろう。エン? エンなら立ったまま寝てる。
朝。真っ二つにされた太陽がアスファルト平線の端っこを焼き、建造物の影が長く長く伸びていく。
死んだ街の一日はこうして始まる。
六時から次の<交代>までの三時間では、キャンプの撤収が主な仕事となる。ロープを外し、テントを畳んで、ブルーシートを丸め、荷物は自転車の荷台に乗せる。<テレビ>はもっとも大切なアイテムなので、決して外れたり壊れたりしないようにぐるぐる巻きにされて固定される。
このように朝っぱらからタイヘンな労力を使用せざるをえないため、キャンプには異論が当初からあった。つまり、
「カツミばかじゃねーの? キャンプなんかしなくても無人の家なんかそこらじゅうに腐るほどあんじゃん」
カツミは顔をしかめていつも決まりきった答えを返す。
「そりゃ、そうするのは簡単だよ。でもな、おれたちはどうしてここにいるのか、ほかのやつらがいるのかいないのかもわからないんだぜ。安全かも、な。できるだけおれたちがいた痕跡は残したくない。おまえがこの<隣町>を完全攻略したならそんときは一番に教えてくれよ。おれも頭が痛い思いをしなくて済むようになる」
カツミの本心がどこにあってどういう形をしているのかほかの五人も知らなかったけれど、結局のところつきつめて言ってしまえば、たぶんカツミは盗めばいいとかバレなければイカサマではないとか、その手のことが嫌いなのだ。なんやかやと理屈をつけてそういうことをしていると、強い自分が、作り上げてきた幻想が壊れる。だからギリギリのラインまで、意に反したことはしたくない。わざわざコンビニに払うあてもない領収書を残すようにみんなに触れ回ったのもそういうことだ。そうすれば彼らの行為は良心上は盗みではなくなる。
追っ手の存在なんて否定こそできないが肯定する材料もない。悪魔の証明だ。むしろ追っ手がいるなら会いたいくらいに、五人のいる世界に人の影はないのだから。
五人のいる世界は、人こそいないものの、文字も文化も元いた世界そのままだ。
なぜ彼らは、自分の家に帰らないのだろう?
単純だ。
帰れないのだ。
正確には、帰り方がわからない。電信柱を見れば住所が書いてある。そこに書いてある都道府県も市町村も誰も知らなかった。いつまで待っても一本の電車さえ来ない駅は小学生でも読める漢字で知らない駅名を掲げていた。知らない路線が知らない終点へ伸び知らない世界に続いていた。
いつからだっただろう。
六人はこの異世界を<隣町>と呼び始めた。