Neetel Inside 文芸新都
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坂の短編を入れるお蔵
神無月さん躍動する【後編】

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「瀬戸さん、事件を解決するのに必要な三つの物は何だと思います?」
「状況証拠、物的証拠、容疑者ってところじゃない」
 僕が即答すると神無月さんはあからさまにうろたえた。
「努力と根気と運と言おうとしましたのに」
 抽象的すぎる。最後の一つにおいてはもはや酷すぎて何もいえない。

 調査をするにあたり、まずしなければならないのは事件が起こった状況を知るという事だ。聞き込みは基本中の基本とも言える。
 僕達は葛本さんに事情を尋ねる事にした。
「朝は確かにあったの」
 ようやく泣き止んだ葛本さんが重い口を開く。
「今朝、蒸れるからトイレで脱いで、教室で机の上に置いて乾燥させてたの。それで少し席を離れた隙に無くなっていて……」
 花も恥らう女子高生が蒸れるとは酷い。
 ただここで問題にすべきはそこではない。
「席を離れたって、どうして?」
「ちょうど私がファッション誌を持ってきていて、麻子が好きそうなブーツが載ってたから彼女を呼んで一緒に見ていたのよ」
 宮下さんの発言に、葛本さんも頷く。
「で、気がついたら無くなってた」
「そう」
「一つ聞きたいんだけど、何でブルマなんかはいてるのさ」
 先ほどは聞きづらかった事をようやく尋ねた。
「だって、見えるかもしれないじゃない。……パンツ」
 葛本さんは少し顔を赤らめる。
「ああそっか、ごめん」
 案外普通の理由で内心ホッとしたと同時に、神無月さんが厳しい顔で言う。
「瀬戸さん、そういうデリケートな部分は聞くべきではありませんわ」
 これには返す言葉もない。思わずシュンとしてしまった。
「迂闊だったよ。配慮が足りてなかった」
「わかれば良いのですわ」神無月さんは妙に偉そうだ。
 僕はそこでふと気になった。
「でもどうして机の上なんかに置いておいたのさ。乾燥させたいならそんな人目のつく場所じゃなくて、女子更衣室とかあったと思うんだけど」
 ましてさっきまで自分のはいていた物なら尚更だ。
 すると葛本さんはどや顔で答えた。
「だって、興奮するじゃない。……すごく」
「……」
「瀬戸さん、こういうデリケートな部分は聞くべきではありませんわ」
「もう調査やめようよ……」
 こんなクラスもう嫌だ。
 もちろん調査がやめになる事はなかった。僕は気を取り直して質問を続ける。
「盗まれたのに気付いたのは何時ごろ?」
「二人が来るほんの五分前だったと思う」
「じゃあ八時ごろですわね」
「ブルマから目を離したのは何分くらい?」
「五分もなかったと思う」
「その時教室にいたのは?」
 僕の質問に教室にいる過半数が手を上げる。容疑者は多そうだ。
「ちなみに、ブルマがなくなった瞬間を目撃した人とかいない?」
 すると一斉に皆が手を下げる。
「いないよねぇ」僕は溜息を吐いた。
「あ、瀬戸さん、ちょっと待って下さいません?」
 神無月さんはそう言うと、スカートのポケットから携帯電話を取り出した。
「どうするの?」
「三枝を呼びますわ」
「どうして?」
 僕が尋ねると神無月さんは不敵な笑みを浮かべ、指を左右に振りながらちっちと舌を鳴らした。どうでもいいが仕草が古い。
「分かってませんわね、瀬戸さん。三枝は現在草むらに身を隠してますわ。三枝が潜んでいるのは校門横の草むら。つまり……」
 あ、そうか。
「この教室の外になるんだ!」
「そう言う事です」
 神無月さんは嬉しそうに言うと、三枝さんに携帯電話をかけた。
 葛本さんの席は窓際だ。と言うことは下手をしたら外部の人間が侵入する可能性だってある。もし外部の人間が犯人だった場合、窓の外にいる三枝さんが目撃している可能性だってあるのだ。
 神無月さんが電話をして一分後、三枝さんが「お嬢様、お呼びになられましたか」と姿を現した。
 ブルマを頭にかぶって。
「のわー!」
 神無月さんが意味の分からない悲鳴を上げた。
「お嬢様、どうなされました?」三枝さんが驚いたように目を見開く。
「三枝さん、その頭にかぶっているのは……」
 僕が尋ねると三枝さんは「ああ」とブルマを手に取った。
「実は先ほどこの教室からブルマが風に飛ばされてきましてな。思わず条件反射的にかぶってしまったんですよ。いやぁ、瀬戸様、よくお気づきになられましたな。お恥ずかしい」
 割と臭いますな、と三枝さんはブルマを鼻につけ、深呼吸する。
 その後三枝さんは警察に連行された。

 一日が終わり、夕焼けが道を照らす中、僕と神無月さんは帰路につく。
「瀬戸さん、今日はごめんなさい。まさかあんな事になるなんて」
「大変だったね、色々と……」
 僕は苦笑する。あの騒動の後、神無月さんの落ち込みようは酷かった。誰も励ましの言葉をかけることが出来なかったくらいだ。
 彼女を責める人間など誰もいなかったのに、彼女は教室中の人間に頭を下げて回っていた。
「でも、瀬戸さんがいて良かった。瀬戸さんがいなければ、私は今頃自責の念で命を絶っていたかもしれませんわ」
「はは、そんな大げさな」
 そこで、僕はふと現状に気付いた。
 いつもなら僕と神無月さんと三枝さんと言う三人で帰っていたが、今だけは二人きりだ。
 今なら、尋ねても大丈夫じゃないだろうか。
「神無月さん」
「どうしました?」神無月さんは首を傾げる。
「話は変わるんだけど、一つ質問いいかな」
「どうぞ」
「ずっと疑問に思ってたんだ。どうして神無月さんみたいな才女が、僕みたいな平凡な男子と一緒にいてくれるのかって」
 僕の質問に、神無月さん足を止め、しばらくキョトンとした顔で黙り込んだ。
「神無月さん?」
 心配して声をかけると、彼女は眉にしわを寄せた。
「そんな事、考えもしませんでしたわ」
「えっ?」
「だって、私は瀬戸さんと居るのは当たり前の事だと思っていましたもの。理由なんてありませんわ」
「そうなの?」
「ええ。一緒に居る事に、理由なんて必要でして?」
 僕は少し考えて答えた
「いらないね、別に」
「でしょう?」
 彼女はそう言うと得意げに笑みを浮かべた。茜色の光に照らされ、妙に輝いて見える。
「さっ、分かりましたら私の家に寄って行って下さいな。今日は母がケーキを焼くと言っていましたのよ」
 神無月さんは再び歩みだす。
 僕も自然と笑みが浮かぶ。
 そうか、理由なんかなかったのか。
 拍子抜けすると同時に、なんだか安心した。
「君のお母さんって料理できたっけ」
「出来ませんわ。趣味で料理をする私と違って、母は普段料理人に全て任せていますもの。ケーキ、きっと地獄を垣間見る様な出来前になっているでしょうね」
「えっ?」
 そこで神無月さんは僕の腕をぐいとつかむ。
「死なばもろともですわ」
 ああ、そうか。
 死ぬ時も一緒なのか。
 僕は天を仰ぎ、柔らかな笑みを浮かべた。

       

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Neetsha