Neetel Inside 文芸新都
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坂の短編を入れるお蔵
あるメロディックハードコアバンドの崩壊と再生(文芸音楽アンソロジー)

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 最強のメロディックハードコアバンド略してメロコアバンド。
 バンドマスター兼鬼のドラマーである俺、リョウこと羽間涼三郎。
 残響系レーベルでのデビューを目論むベボベ信者タケことロックバンド『ベースボールベアー』信者の畠山君。
 そんな俺たちの前に、ある日オルタナ好きであるギターのレオがボーカルを連れてきた。
「リョウ、タケ、話があるんだ」
 その日俺とタケはスタジオの談話室にてこれからのバンドについて話し合っているところだった。だだっ広い談話室にはほかに人はおらず、どこからか流行のインディーズバンドの曲が流れていた。
「なんだよレオ。一時間二十分もスタジオに遅れてきやがって。いまさら話だと?」
「悪いと思っているよ、リョウ。俺にも事情があったんだ」
「事情ってなんだよ」
 するとレオはスッと手を上げ、『そこ』にいるらしい誰かを呼ぶ。しかし誰も出てこない。仕方なくレオは「ちょっと葉月さん出てきて!」と叫んだ。
 姿を現したのは黒いワンピースを着たロングヘアーの女。ほっそりと伸びる白い腕はこれ以上ないくらいに輝いて見えた。
「レオ君、この女性の方は?」物腰低くタケが尋ねる。
「俺が見つけてきた新しいボーカルだ。うちに加えたいと思っている」
「何言ってんだレオ、うちのボーカルはギタボであるお前だけだ」
「それは違うぜ、リョウ」
「何が違うって言うんだ? そもそも俺たちは最強のメロコアバンド。おかしいとおもわねぇのか? その女の異質さが」
「涼三郎君、初対面の方に失礼だよ」
「本名呼ぶんじゃねぇ」俺はタケをにらみつけると、レオに視線を戻す。「それで、どう言う風の吹き回しだ?」
「俺たち今まで三本でやってきたよな。そこそこライブの数もこなした。でも売れなかった。どうしてだとおもう?」
「世界が俺たちの音楽についてこれてないからさ」
「んなわけねぇだろ。いいか? もうメロコアの時代は終わりを遂げようとしてんだよ。これからはオルタナの時代だ。残響系オルタナバンド。今一番ホットなのはそんなジャンルなんだよ」
「残響……?」
 残響と言う言葉を聞いてタケがピクリと反応する。残響といえば残響レーベル。残響レーベルといえば売れ筋インディーズバンドの多くが所属する超大手だ。ベースボールベアー信者のタケは残響レーベルに目がない。ちなみに残響にベースボールベアーは所属していない。
「残響だかオーディオ機器メーカーONKYOだかしらねぇが時代が終わるなら俺たちが新しい時代になればいいだけだ。そんな目先の流行に惑わされるなんてらしくねぇぜ?」
 するとレオはニヤリと笑った。なんだ。何がそんなにおかしい。俺の服装がパンク系だとでも言いたいのか。パーカーにジーンズなのに。
「葉月さんのボーカルを聞いてもまだ同じ事が言えると思うか?」
「んだとぉ?」
「葉月さん、たのんます」
 レオの合図をきっかけに葉月と言う女は静かに声を出す。すると世界の崩壊を食い止める聖霊の様な声がこの雑然とした空間を包んだ。なんてウィスパーボイス。心が浄化される。死にたい。
「な? やべぇだろ? この人と組めば俺ら総理大臣の首も狙えるぜ」
「俺が狙ってんのはオバマだ。すぐに変わってしまうこの国の首相なんかには興味ねぇ」
 俺は立ち上がると葉月と言う女の前に立った。結構可愛いじゃねぇか。胸も大きい。そしてこの歌声。確かに魅力がないわけではない。
「だいたいこの女をメンバーに加えて、残響系ミュージックを始めてどうなる? それに楽器も出来ないやつに用はねぇ」
「あ、私ピアノ弾けます」
 喋った! 意外と普通の人!
「ピアノか。たしかにシンセの需要は高まっている。だがそもそも俺は四人バンドが嫌いなんだよ。スリーピースを維持出来るなら最悪メロコアじゃなくたって良い。でも四人バンドは駄目だ。スタジオの日を決めるのが面倒くせぇ」
 するとふいに服の袖を誰かに引っ張られた。振り向くとタケがつぶらな瞳で俺を見上げてやがる。
「忘れたの? さっき二人で話していた事を」
「あ、そうか!」
 その手があったか。すっかり忘れていた。
「何だよ。何か名案でもあんのか?」不可解な顔でレオが尋ねてくる。
「ああ。さっきタケと二人でお前を首にしようって言ってたんだよ。忘れてた」
「そんな大事なことさらっと言うんじゃねぇよ!」
「いやぁ、お前練習時間通りに来ないし歌下手だしギター糞だし、メロコアなのにソロで空間系エフェクター使い出すし、とりあえず死なないかなって前から思ってたんだよね」
「僕は指弾きもピック弾きもタッピングもできる万能プレーヤー、リョウ君はどんな楽曲でも安定したビートを刻む手数王。僕らは楽器暦十年を越える猛者だけど、レオ君は楽器始めて一年のゴミだからね」
「おいタケ、手数王じゃねぇだろ? 『鬼』の、が抜けてるぜ」
「あ、ごめんごめん」
「それなら私もピアノやシンセは長いことやってます。十年間で千本以上ライブこなしました」
「完璧じゃねぇか」
「ちょっと待てよ!」
 真っ赤な顔でレオが叫ぶ。俺たち三人は怪訝な顔で彼を見つめた。
「俺が抜けたんじゃ意味がねぇ! そうだろ? リョウ」
「いや、別に……」
「なぁ葉月さん、いや、梅さん、あんたも何か言ってくれよ」
「下の名前で呼ばないで下さいよ……」
「畠山もなにか言ってやってくれ」
「本名で呼ぶんじゃねぇよこのゴミ糞が」
「マジかよ……。俺はバンドの事を想っただけなのに」
 さすがにきつく言い過ぎたか。一瞬でも謀反を起こそうとしたレオにお灸をすえるつもりだったが、ここまでくると可哀想になってくる。
 俺は優しく笑みを浮かべてうな垂れるレオの肩を叩いた。
「すまなかったよレオ。言い過ぎた」
「リョウ……」
「お前を切るなんて嘘に決まってんだろ」
 タケも、ウメも優しく微笑んでいる。レオは呆然とした顔で俺を見つめた。
「マネージャーとしてなら、居ていいぞ」

 こうして俺たち最強のスリーピースバンドは完成した。
 後に西の残響系クラムボンとして無事残響レーベルに所属することになるのだが、それはまた別の話。

 ──了

       

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