HVDO〜変態少女開発機構〜
第三部 第一話「二つの月が咲いている」
「明日には知らない誰かに壊されるような砂山だった。銀のスプーンに乗った甘くて暖かいミルクだった。私のしていた事は、『足りない部分』を『足りない物』で埋める事だった。君に、気づかされたよ」
望月先輩は全てを許されたような表情で両手を大きく広げると、深く天を仰ぎました。力がふわりと抜けていき、彼女自身が創ったこの城の頂上から、その美しくも豊満な肢体を投げたのです。
第三部 第一話「二つの月が咲いている」
そもそも、期待する事自体が間違っているのではないのでしょうか、と自分は入学式の最中、パイプ椅子から勢い良く立ち上がり、声高に叫びたい衝動に駆られました。あいにくの雨で今が本当に春なのかと疑いたくなるほど冷却された体育館内に、新入生が約120名と、その家族約200名。壇上には、修羅の如くにハゲ散らかした、良いところ課長止まりと思わしき男が、骨ばった手に持った原稿を「あー」と「えー」を巧みに織り交ぜながら読み上げ(なんとこの藁よりも遥かに頼りない人物こそが、この学校の最高責任者である所の校長だというのですから驚きです)、いじめられっこのような卑屈な視線で生徒達の様子を伺っていました。
いや、まあ、何も自分は、入学早々この学校の人事と彼を校長に任命した想像もつかないほどやんごとなき権力者の判断力に対して苦言を申し上げたい訳ではないのです。むしろ、雨で散った桜を踏んで、この心臓が眠りそうな程糞寒い体育館に入り、たった今冷凍庫から出したばかりのパイプ椅子に座らされてもなお、新生活に胸を躍らせ期待に心満ち満ちている約119名の阿呆どもの方に現実とはなんたるかという事をご教示さしあげたいくらいなのです。
見慣れない顔、見慣れない場所、見慣れないあらゆるオブジェクトに、一種の冒険心というか、未知への探究心のような物を無意識の内に突き動かされてしまうのは分からないでもありません。しかしながら、所詮学校は学校です。我々人間はサナギを経て成虫になる蝶でもなければ、毛が生え変わって白と黒のかわいい姿になるペンギンでも無いのですから、たかが中学生から高校生になったところで、せいぜいハマチからブリになったくらいの差、どこぞの誰かに決められた定義に則した単なる名称の違いでしかないのです。中学時代に不遇を囲った人間が、高校において栄華を極めようと画策するものならば、自分自身を徹底改造し、過去の一切を捨て切らなければなりませんし、また、その偉大なる計画に1度でも躓けば高校デビュー失敗野郎と後ろ指をさされ、元より人生の勝ち組であった方々に硬い石を投げつけられる憂き目に遭う事は明らかです。
つまり、期待するだけ無駄なのです。入学式の日に異性に告白されたらどうしようだとか、あらぬファンタジーを抱いてときめいている男子諸君に、今すぐ現実という名のトールハンマーを打ち下ろし、その夢を粉砕する所存で、自分はこの入学式に挑みました。この広くて回ってひっくり返る世界の中、唯一自分だけが特別扱いされ、洗練された運命が待っているなどと考える事それ自体が自意識過剰の極み、調子に乗った行動であると、自分は叫びたくなるのです。
ですが、自分は違います。
自分は変態を極めし、漢の中の漢。美少女の漏らす尿を愛し続けたがゆえ、性的超能力にまで目覚めてしまった超越者であるこの自分を、そんじょそこらのチェリー達と一緒にしないでいただきたい。
これから始まる3年間の間で、もしも自分が一世一代のハーレムを築けなかったとするならば、それはまさしくひょうたんからベイブレード、マジェンタな嘘というやつであり、有り得ない事は心配するだけ無駄という物です。
叫べない代わり、自分は心の内で高らかに宣言します。あらゆる手を使い、陵辱の限りを尽くし、同学年の女子全員、いえ、先輩も後輩も美人教師も、全てのおもらしを曇りなき眼で見定め、有象無象の男たちとは格が違うのだ、という事を行動によって知らしめてみせるのです。
期待する事自体が間違っているのです。自分、HVDO能力『黄命』の使い手、五十妻元樹以外は。
そんな事を考えながら、ふと気づきました。……多分、この中で1番テンションが上がってるのは自分です。
入学式が終わった後、クラス割りが発表されました。体育館から出てすぐの所にある校内掲示板に大きな表が何枚か張られ、一挙に生徒達が群がりましたが、背が高めで目も良い自分はかなり後ろの方からでも名前を確認する事が出来ました。自分が配属されたのは1年A組。しかも、「相原」も「青木」もいないクラスらしく、五十妻(いそづま)であるところの自分には、出席番号1番が割り当てられたようで、1-Aの1番という大役に無意識のうちに抜擢されていました。やはり王というのはこうでなくては、などとちょっとした奇運にほろ酔いしつつ、颯爽と教室に向かいます。
ここで突然ですが、何故か第3部から読み始めたという奇特な方や、間が開きすぎて内容忘れちまったというごもっともな方々向けに、僭越ながら自分の方から、「HVDOとはなんぞや」という所をかいつまんでご紹介したいと思います。
HVDOとは、一言で言うと謎の組織です。自分のような特殊性癖持ちの者を超能力に目覚めさせ、能力者同士を性癖バトルに誘導し、勝った方には新たなる能力を与え、負けた方にはそれまで得た能力を全て失わせた上に性器を爆発させる(といっても、一時的に不能状態に陥るだけです。いわゆるED)という、一体誰が何の得をするのかが全く意味不明なシステムを管理している赤毛組合より謎極まりない団体です。
この団体によって性的特殊能力に目覚めさせられたのは自分だけではなく、中学時代においてはおっぱいマイスターの悪友やら露出狂の委員長やらふたなりを愛する後輩やらに恵まれてきましたが、彼らとのバトルを通してもHVDOという組織の最終目的ははっきりとせず、HVDOに所属しているという人物も、ちらほらと姿を現してきましたが、合格発表から入学に至るまでの期間、その調査にも自分の性癖にもこれといった進展は無く、至って平凡な、ともすれば退屈な日々を自分は過ごしていたのです。
しかしそれも高校入学をきっかけに変化するのではないでしょうか。これは何も、自分のHVDO能力による新たな被害者が増える、という意味だけではありません。自分はクラス割りのリストにあった、1つの名前を思い返し、にやにやと緩んでくる口をさりげなく手で抑えました。
「相原」と「青木」どころではありません。「内田」も「江藤」も「小野」も「加藤」も、1-Aには在籍していませんでした。出席番号1番の自分のたった1つ下、「き」から始まるその名前は、自分にとって良く見慣れた、しかし同時に感慨深い、ほんのちょっとだけ照れてしまうような、実に意味のある名前でした。
木下くり。
これが、自分の肉奴隷の名前です。と、紹介したい所ですが、あいにくとまだそれは「候補」の段階であり、今はただの幼馴染で、同時に最も自分の能力の被害を受けた人物でもあります。
「おい、このゲス野郎。いいか、お前のせいで同じ学校に行く羽目になったんだ! 絶対に私に例の変な能力を使うなよ! 使ったらぶっ殺すからな! ……まあでも、別のクラスにしてくれるように頼んでおいたから、使うチャンスもないと思うけどな、へへん」
数日前、そう勝ち誇っていた面影は、一体全体どこへやら。くりちゃんは今、自分の真後ろの席で、突っ伏したまま静かに泣いて、自らの不幸を呪っています。
さて、「くりちゃんが1年間クラスメイトの前でおしっこを漏らし続け地獄を味わう法案」が無事に可決された所で、ちょうど教室の席が埋まり、近くの人に話かけていいのやら皆がそわそわし始めた頃合を見計らったかのように、1-Aの担任教師が入場し、大した掴みもなく自己紹介をしました。
女教師を期待していた自分の淡い思いは簡単に打ち消され、目の前に立ったのは、これほどまでに無味無臭な人間が存在するとは、と逆に驚いてしまう程に何の特徴も無い男でした。見た目はともかくとして、喋り方から足取りから何から何まで普通で塗り固められ、人の記憶に何の跡も残さない、そこがむしろ奇妙に思える男でした。しかしその「奇妙である」といった感想も、一呼吸の後に全く興味の無い物として扱われ、海馬の端っこまで転送されてしまうような、ある意味かわいそうな人物でした。年齢は30前後、中肉中背、不健康そうでもなければ活発な印象も持たない、頼りになるような間が抜けているような、色鉛筆で言えば「きみどりいろ」の教師でした。
ですが、別段これといって文句はありません。そもそも自分は、男の事はどうでもいいのです。素晴らしく美人の、ガーターベルトが良く似合うインテリメガネ女教師が担任にならなかった事は確かに不満ですが、ここは普通の高校なので、当然教科ごとに担当の教師が変わります。今自分が例に挙げたような淫乱女教師もまあ5~6人くらいは存在するはずなので、その内に巡り合えれば良しとします。
担任の、高田だったか野原だったか忘れましたが教師が、クラス名簿を頼りに1人ずつ名前を呼ぶと言いました。4月の通過儀礼、自己紹介。出席番号順に行って、名簿と照らし合わせながら出席を確認するとのことで、1番最初に名前を呼ばれた自分は、やや緊張しているフリをしつつも立ち上がりました。
正直である事を美徳とし、新しくクラスメイトになった方々に、自分という人間はどんな性質を持っていて、どんな思考をしているかをご理解していただくには、このような自己紹介がベストでしょう。
「五十妻元樹、自分は女の子がおしっこを漏らすのが大好きな変態です。よろしくお願いします」
が、ご安心ください。自分はそこまで馬鹿ではありません。こんな事を言えば、これからの行動には激しい制約が常に付き纏う事になりますし、おそらくは入学初日に職員室呼び出しという珍事になるのが分かりきっている上、基本的に性癖と言う物はそうおおっぴらに人に言う物ではありません(後ろの席にいる処女や、先ほど例に出した変態仲間には必然的に知られてしますが)。自分は名前と出身中学と趣味「自然(のままに美少女がおしっこを漏らす姿の)鑑賞」と嘘はつかずになるべく簡潔に述べ、席に座りました。続けて出席番号2番のくりちゃんが立ち上がり、第一声、その実に卑猥極まりない名前を口にしようとしたその瞬間、教室の前のドアが開き、そこから見た事のある顔が覗きました。
170後半の高い背丈に、ツンツン頭が加わって、見た目は自分と同じ程度の身の丈でしたが、性格はむしろ逆です。中学時代においては、不良グループに属していたかと思えば、オタクグループに混ざって会話を楽しみ、クラス内での立ち回りが上手く、意外とベイビーフェイスで女子からの人気もあった、あの人物。
自分の記憶が確かならば、彼も同じくHVDO能力者であり、変態であったはずです。中学の同級生であり、初めて性癖バトルを行い、そして自分が勝利を収めた相手。同じ学校を受験していたのすらたった今初めて知りましたが、まさか同じクラスになるとは。
等々力氏。一言で表すならば、無類のおっぱい好きである彼は、どうやら遅刻したらしく、教卓にいる先生に「すんません遅れました」と言って顎をしゃくるだけの軽くナメた礼をして、彼に注目するクラスメイト全員に視線をやりました。
ほんの2秒ほどにも満たない短い時間だったはずです。信号が赤から青に変わったのを確認するような、ちょっとした「ま」ともいえるような取るに足らない時間。その間に、等々力氏はどうやら、クラス全員分の吟味を終えたようなのです。
「っておい! このクラス貧乳だらけじゃねえか!!!」
秩序だった、初々しい空気に包まれた1-Aが、等々力氏のたった一声でざわめき立ちました。男子は遠慮がちに視線を伏せつつも周囲の女子の胸部を確認し、女子は心なしか鳩胸に、あるいは元より貧乳に心当たりのあった方なのでしょうか、配られたプリントを見るフリをしながら背中を丸めました。自分もすかさず簡単に周囲の女子の乳査定を行いましたが、確かにこのクラスの貧乳率は異常といえる結果が出ました。おっぱい非武装地帯、ないしは「私は着やせするタイプだから教」信者の集いとも称すべきでしょうか。自分の席の隣に座っている名も知らぬ少女などは、乳児でも二度見するレベルのつるペタでした。
等々力氏が言葉の火矢を放った瞬間、このクラスの女子の中で最も注目を浴びたのは言うまでもなく、ちょうど立ち上がり自己紹介をしかけていたくりちゃんであり、そのモンゴルの大平原のように真っ平らな胸は、クラスを代表して「貧乳とはこうである!」と力強く主張していました。何事も無かったかのように自己紹介を続けていいものか、それともブチキレて等々力氏にエリアルを決めるべきか迷いつつ、羞恥に見る見る真っ赤になっていく表情を特等席で眺めながら、やはりくりちゃんが恥ずかしがっている姿はサマになる、と自分はのんきにも思いました。
ドアを開けてからたったの5秒で教室を火の海にした張本人である等々力氏は、「ふざけんな!」と誰に対してか(貧乳ばかりを寄せ集めたクラス割りか、娘を貧乳に育てた親御さんに向けてか、この救いようの無い世界についてか)訳の分からぬ怒りを宙にぶつけていましたが、これは女子全員の恨みと相殺しても逆ギレと呼ぶには目に余る所業でした。
とはいえ等々力氏も剛の者。自分と同じく変態の道を歩み、おっぱいに諸行無常のすべてを見出したHVDO能力者です。どう持っていいのかも分からない怒りの行き着いた提案はこうでした。
「先生、こんな貧乳だらけのクラス耐えられません! 俺だけ別のクラスにしてください」
クラスメイトどころか、全世界のAカップを(ふと思いましたが、だからA組なのでしょうか?)敵に回すかのごとき発言を、何の躊躇いもなくしてのける等々力氏に、自分は真の変態としての在り方を感じ取りました。つい先程自分は、なるべくなら性癖は隠すのがベターだと発言しました。確かにそれは賢く、効率的な考え方かもしれません。しかし「真」には沿っていない。隠す事は騙す事、騙す事は偽る事です。変態として、男として、譲れない想いをぶちまける事を、一体誰が弾圧出来るというのでしょうか。
などと思っている間に、先生から「無理です」と簡潔な答えをもらい、「だって見てくださいよ先生! なんなんですかこいつら。おっぱいのおの字もないじゃないですか! 乳児でも神妙な面持ちになるレベルの奴らばっかりだ!」とキレまくる等々力氏に、女子が全員シャーペンやら消しゴムやらをぶん投げ始めました。
結果、「こんな学校やめてやる!」と捨て台詞を吐き、泣きながら教室を飛び出した等々力氏。退学届けに「クラスの女子が全員貧乳だったから」と書いて果たして受理されるのか、自分は疑問に感じながらも、「ていうか等々力氏のHVDO能力『丘越』を使えばどんなガンコな貧乳もバストアップ出来るんじゃね?」などと思いつつも、それは心にしまっておきました。
一本、筋の通った生き方というものは、思わぬ批評を受けるものです。等々力氏の姿は確かに少し格好良かったですが、こんな風に敵ばかり作っていては、真の目的は達成出来ません。やはり性癖は隠すに限ります。一時のヒロイズムに酔い、自分を不利な状況に立たせるなど、自らの欲望を制御しきれなかったあのおっぱい星人と一緒です。
多少の混乱とそれから派生した若干の暴動がありましたが、どうにか無事に初ホームルームを終えて、自分はくりちゃんと共に帰路につきました。家は隣、小学校から中学校までずっと一緒で、その上高校においても同じクラスになれたのですから、これは何か運命めいたものを感じずにはいられません。しかも自分がHVDO能力を手に入れてからというもの、くりちゃんにはパンツを買ってあげたり、逆に尿を飲ませていただいたり、幼女になった時などは、身体を隅々まで洗わせてもらったりした訳ですから、これはその内何か特別な「お礼」をしなければならないな、などと自分はぼんやり考えていましたが、くりちゃんは自分と5mほどの距離を置いて足早に先を急ぎながら、俯いて物思いに耽っているようでした。
自分と同じクラスになってしまったという不幸のみならず、乳児が苦笑いするレベルの貧乳をひっさげてクラスを代表してしまった訳ですから、テンションがだだ下がりしてしまうのも分からなくもありません。
ここはひとつ景気づけに、怒りに任せて誰かを思いっきり殴れば、ストレス解消にはちょうどいいのではないだろうか、と修行僧のような自己犠牲の精神に急に目覚めた自分は、然らばそのきっかけ、理由付けとして、せっかく一緒の帰り道ですし、盛大におしっこを漏らしてもらおうと気をきかせる事にしました。
自分のHVDO能力「黄命」は、触れる事によって対象の膀胱に尿を溜め、そして3回目の接触で決壊させます。黄命3個目の能力「ブラダーサイト」に目覚めていた頃は、相手がどの程度尿を我慢していたかが分かったのですが、今は2個目の能力までしか解放されていない上、くりちゃんは自分の近くにいる時は必ず警戒して小まめにトイレに行っているので、1度目の接触で逃げるか自分を行動不能にする事によってくりちゃんは今日まで自分の魔の手を潜り抜けてきました。
がしかし、今日の場合は入学式の後、すぐに教室に向かい、帰りにもトイレへは寄っていない(その前の出来事が余りにもショックだったのでしょう)という事を自分は確認しています。流石に1度では無理かもしれませんが、2度ならあるいは……。自分はこみ上げてくる笑いを噛み殺しながら、くりちゃんに悟られぬように近づいていきました。10分ほどの通学路、その終盤である自宅付近に差し掛かり、ようやく自分はくりちゃんの真後ろにつけて、肩に触れる事が出来たのです。
するとくりちゃんは、殴るでもなく、逃げ出すでもなく、くるっと振り返り自分を見据えて、こう言いました。
「これで最後にして」
ただ道を歩いていて、ふいに脇腹を包丁で刺されたような、くりちゃんのその言葉は、意外というよりむしろ理解の出来ない領域にありました。困惑する自分を他所に、くりちゃんは目線を上げず自分を、というより自分を透過させた後ろの何も無い空間を見ていました。まだ尿は出ていませんが、「黄命」を発動させた事は確実であり、それはくりちゃん自身も分かっているはずです。いや、そんな事より、自分の得た驚愕はもっと別の……。
「……早くやれよ。だけどこれで最後だ」
くりちゃんは男らしくそう言うと、自分の手首を掴み、自ら肩に近づけていきました。ほとんど力のこめられていないくりちゃんの手を、なぜか自分は振り払う事が出来ず、泥沼に突っ込まれたような頭を置き去りにしながら、言う事のきかない自分の身体を第三者視点で眺め、しかし心は大声で叫んでいたのです。「どうかやめてください!」と。
くりちゃんがついにおもらしを受け入れた、と考えるのは思慮が浅いと言えるでしょう。確かに、くりちゃんが自らおもらしをしてもいいと発言したのはこれが紛れも無く初めての事であり、自宅の近くまで来たとはいえ、周りに自分以外の知り合いがいないとはいえ、屋外で排泄行為をする事を受け入れるという事実のみを見れば、くりちゃんもいよいよ変態になったと捉えられなくもありません。しかしながら、気になるのはくりちゃんの態度とその台詞です。
最後。
くりちゃんの陵辱をいつ終わらせるかなど、彼女自身に決める権利はないはずです、と強がってもみたいのですが、くりちゃんの目が、口が、鼻が、表情が、佇まいが、自分にそうさせてくれないのです。圧倒的決意。絶対的覚悟。難儀な迷いの乗った自分の指が、くりちゃんの肩にそっと触れました。
恥ずかしがるくりちゃんの顔を、自分は今まで何度も見てきましたが、今回のそれは、心の底から喜べない、固いしこりに当たった気分になりました。頬は赤く、目は潤み、眉尻は下がり、確かにそれは自分の大好物であるくりちゃんの「恥」であるというのに、どうにも躊躇の影が消せないのです。
「……これでいいんだろ?」
言われてようやく、くりちゃんのスカートの中から液体が滴り落ちている事に気づきました。靴下と新品の革靴を汚して、高校入学というこの晴れの日に、本来ならば「やらかしてしまった」という表情をすべき所を、くりちゃんは自分を見上げ、睨んでいました。
この時自分は、何と声をかけたら良かったのでしょうか?
くりちゃんは自分の手を離して背を向けると、自ら作った水溜りを乗り越えて、何事も無かったかのように再び歩き出しました。「あ……」意思とは無関係に自分が声を発すると、くりちゃんは振り返らず、不自然なほどいつもと変わらない口調で、決定的な一言を突きつけてきました。
「明日の朝からは、もう起こしにいかないからな」
それは自分にとって、何より怖い別れの言葉でした。
望月先輩は全てを許されたような表情で両手を大きく広げると、深く天を仰ぎました。力がふわりと抜けていき、彼女自身が創ったこの城の頂上から、その美しくも豊満な肢体を投げたのです。
第三部 第一話「二つの月が咲いている」
そもそも、期待する事自体が間違っているのではないのでしょうか、と自分は入学式の最中、パイプ椅子から勢い良く立ち上がり、声高に叫びたい衝動に駆られました。あいにくの雨で今が本当に春なのかと疑いたくなるほど冷却された体育館内に、新入生が約120名と、その家族約200名。壇上には、修羅の如くにハゲ散らかした、良いところ課長止まりと思わしき男が、骨ばった手に持った原稿を「あー」と「えー」を巧みに織り交ぜながら読み上げ(なんとこの藁よりも遥かに頼りない人物こそが、この学校の最高責任者である所の校長だというのですから驚きです)、いじめられっこのような卑屈な視線で生徒達の様子を伺っていました。
いや、まあ、何も自分は、入学早々この学校の人事と彼を校長に任命した想像もつかないほどやんごとなき権力者の判断力に対して苦言を申し上げたい訳ではないのです。むしろ、雨で散った桜を踏んで、この心臓が眠りそうな程糞寒い体育館に入り、たった今冷凍庫から出したばかりのパイプ椅子に座らされてもなお、新生活に胸を躍らせ期待に心満ち満ちている約119名の阿呆どもの方に現実とはなんたるかという事をご教示さしあげたいくらいなのです。
見慣れない顔、見慣れない場所、見慣れないあらゆるオブジェクトに、一種の冒険心というか、未知への探究心のような物を無意識の内に突き動かされてしまうのは分からないでもありません。しかしながら、所詮学校は学校です。我々人間はサナギを経て成虫になる蝶でもなければ、毛が生え変わって白と黒のかわいい姿になるペンギンでも無いのですから、たかが中学生から高校生になったところで、せいぜいハマチからブリになったくらいの差、どこぞの誰かに決められた定義に則した単なる名称の違いでしかないのです。中学時代に不遇を囲った人間が、高校において栄華を極めようと画策するものならば、自分自身を徹底改造し、過去の一切を捨て切らなければなりませんし、また、その偉大なる計画に1度でも躓けば高校デビュー失敗野郎と後ろ指をさされ、元より人生の勝ち組であった方々に硬い石を投げつけられる憂き目に遭う事は明らかです。
つまり、期待するだけ無駄なのです。入学式の日に異性に告白されたらどうしようだとか、あらぬファンタジーを抱いてときめいている男子諸君に、今すぐ現実という名のトールハンマーを打ち下ろし、その夢を粉砕する所存で、自分はこの入学式に挑みました。この広くて回ってひっくり返る世界の中、唯一自分だけが特別扱いされ、洗練された運命が待っているなどと考える事それ自体が自意識過剰の極み、調子に乗った行動であると、自分は叫びたくなるのです。
ですが、自分は違います。
自分は変態を極めし、漢の中の漢。美少女の漏らす尿を愛し続けたがゆえ、性的超能力にまで目覚めてしまった超越者であるこの自分を、そんじょそこらのチェリー達と一緒にしないでいただきたい。
これから始まる3年間の間で、もしも自分が一世一代のハーレムを築けなかったとするならば、それはまさしくひょうたんからベイブレード、マジェンタな嘘というやつであり、有り得ない事は心配するだけ無駄という物です。
叫べない代わり、自分は心の内で高らかに宣言します。あらゆる手を使い、陵辱の限りを尽くし、同学年の女子全員、いえ、先輩も後輩も美人教師も、全てのおもらしを曇りなき眼で見定め、有象無象の男たちとは格が違うのだ、という事を行動によって知らしめてみせるのです。
期待する事自体が間違っているのです。自分、HVDO能力『黄命』の使い手、五十妻元樹以外は。
そんな事を考えながら、ふと気づきました。……多分、この中で1番テンションが上がってるのは自分です。
入学式が終わった後、クラス割りが発表されました。体育館から出てすぐの所にある校内掲示板に大きな表が何枚か張られ、一挙に生徒達が群がりましたが、背が高めで目も良い自分はかなり後ろの方からでも名前を確認する事が出来ました。自分が配属されたのは1年A組。しかも、「相原」も「青木」もいないクラスらしく、五十妻(いそづま)であるところの自分には、出席番号1番が割り当てられたようで、1-Aの1番という大役に無意識のうちに抜擢されていました。やはり王というのはこうでなくては、などとちょっとした奇運にほろ酔いしつつ、颯爽と教室に向かいます。
ここで突然ですが、何故か第3部から読み始めたという奇特な方や、間が開きすぎて内容忘れちまったというごもっともな方々向けに、僭越ながら自分の方から、「HVDOとはなんぞや」という所をかいつまんでご紹介したいと思います。
HVDOとは、一言で言うと謎の組織です。自分のような特殊性癖持ちの者を超能力に目覚めさせ、能力者同士を性癖バトルに誘導し、勝った方には新たなる能力を与え、負けた方にはそれまで得た能力を全て失わせた上に性器を爆発させる(といっても、一時的に不能状態に陥るだけです。いわゆるED)という、一体誰が何の得をするのかが全く意味不明なシステムを管理している赤毛組合より謎極まりない団体です。
この団体によって性的特殊能力に目覚めさせられたのは自分だけではなく、中学時代においてはおっぱいマイスターの悪友やら露出狂の委員長やらふたなりを愛する後輩やらに恵まれてきましたが、彼らとのバトルを通してもHVDOという組織の最終目的ははっきりとせず、HVDOに所属しているという人物も、ちらほらと姿を現してきましたが、合格発表から入学に至るまでの期間、その調査にも自分の性癖にもこれといった進展は無く、至って平凡な、ともすれば退屈な日々を自分は過ごしていたのです。
しかしそれも高校入学をきっかけに変化するのではないでしょうか。これは何も、自分のHVDO能力による新たな被害者が増える、という意味だけではありません。自分はクラス割りのリストにあった、1つの名前を思い返し、にやにやと緩んでくる口をさりげなく手で抑えました。
「相原」と「青木」どころではありません。「内田」も「江藤」も「小野」も「加藤」も、1-Aには在籍していませんでした。出席番号1番の自分のたった1つ下、「き」から始まるその名前は、自分にとって良く見慣れた、しかし同時に感慨深い、ほんのちょっとだけ照れてしまうような、実に意味のある名前でした。
木下くり。
これが、自分の肉奴隷の名前です。と、紹介したい所ですが、あいにくとまだそれは「候補」の段階であり、今はただの幼馴染で、同時に最も自分の能力の被害を受けた人物でもあります。
「おい、このゲス野郎。いいか、お前のせいで同じ学校に行く羽目になったんだ! 絶対に私に例の変な能力を使うなよ! 使ったらぶっ殺すからな! ……まあでも、別のクラスにしてくれるように頼んでおいたから、使うチャンスもないと思うけどな、へへん」
数日前、そう勝ち誇っていた面影は、一体全体どこへやら。くりちゃんは今、自分の真後ろの席で、突っ伏したまま静かに泣いて、自らの不幸を呪っています。
さて、「くりちゃんが1年間クラスメイトの前でおしっこを漏らし続け地獄を味わう法案」が無事に可決された所で、ちょうど教室の席が埋まり、近くの人に話かけていいのやら皆がそわそわし始めた頃合を見計らったかのように、1-Aの担任教師が入場し、大した掴みもなく自己紹介をしました。
女教師を期待していた自分の淡い思いは簡単に打ち消され、目の前に立ったのは、これほどまでに無味無臭な人間が存在するとは、と逆に驚いてしまう程に何の特徴も無い男でした。見た目はともかくとして、喋り方から足取りから何から何まで普通で塗り固められ、人の記憶に何の跡も残さない、そこがむしろ奇妙に思える男でした。しかしその「奇妙である」といった感想も、一呼吸の後に全く興味の無い物として扱われ、海馬の端っこまで転送されてしまうような、ある意味かわいそうな人物でした。年齢は30前後、中肉中背、不健康そうでもなければ活発な印象も持たない、頼りになるような間が抜けているような、色鉛筆で言えば「きみどりいろ」の教師でした。
ですが、別段これといって文句はありません。そもそも自分は、男の事はどうでもいいのです。素晴らしく美人の、ガーターベルトが良く似合うインテリメガネ女教師が担任にならなかった事は確かに不満ですが、ここは普通の高校なので、当然教科ごとに担当の教師が変わります。今自分が例に挙げたような淫乱女教師もまあ5~6人くらいは存在するはずなので、その内に巡り合えれば良しとします。
担任の、高田だったか野原だったか忘れましたが教師が、クラス名簿を頼りに1人ずつ名前を呼ぶと言いました。4月の通過儀礼、自己紹介。出席番号順に行って、名簿と照らし合わせながら出席を確認するとのことで、1番最初に名前を呼ばれた自分は、やや緊張しているフリをしつつも立ち上がりました。
正直である事を美徳とし、新しくクラスメイトになった方々に、自分という人間はどんな性質を持っていて、どんな思考をしているかをご理解していただくには、このような自己紹介がベストでしょう。
「五十妻元樹、自分は女の子がおしっこを漏らすのが大好きな変態です。よろしくお願いします」
が、ご安心ください。自分はそこまで馬鹿ではありません。こんな事を言えば、これからの行動には激しい制約が常に付き纏う事になりますし、おそらくは入学初日に職員室呼び出しという珍事になるのが分かりきっている上、基本的に性癖と言う物はそうおおっぴらに人に言う物ではありません(後ろの席にいる処女や、先ほど例に出した変態仲間には必然的に知られてしますが)。自分は名前と出身中学と趣味「自然(のままに美少女がおしっこを漏らす姿の)鑑賞」と嘘はつかずになるべく簡潔に述べ、席に座りました。続けて出席番号2番のくりちゃんが立ち上がり、第一声、その実に卑猥極まりない名前を口にしようとしたその瞬間、教室の前のドアが開き、そこから見た事のある顔が覗きました。
170後半の高い背丈に、ツンツン頭が加わって、見た目は自分と同じ程度の身の丈でしたが、性格はむしろ逆です。中学時代においては、不良グループに属していたかと思えば、オタクグループに混ざって会話を楽しみ、クラス内での立ち回りが上手く、意外とベイビーフェイスで女子からの人気もあった、あの人物。
自分の記憶が確かならば、彼も同じくHVDO能力者であり、変態であったはずです。中学の同級生であり、初めて性癖バトルを行い、そして自分が勝利を収めた相手。同じ学校を受験していたのすらたった今初めて知りましたが、まさか同じクラスになるとは。
等々力氏。一言で表すならば、無類のおっぱい好きである彼は、どうやら遅刻したらしく、教卓にいる先生に「すんません遅れました」と言って顎をしゃくるだけの軽くナメた礼をして、彼に注目するクラスメイト全員に視線をやりました。
ほんの2秒ほどにも満たない短い時間だったはずです。信号が赤から青に変わったのを確認するような、ちょっとした「ま」ともいえるような取るに足らない時間。その間に、等々力氏はどうやら、クラス全員分の吟味を終えたようなのです。
「っておい! このクラス貧乳だらけじゃねえか!!!」
秩序だった、初々しい空気に包まれた1-Aが、等々力氏のたった一声でざわめき立ちました。男子は遠慮がちに視線を伏せつつも周囲の女子の胸部を確認し、女子は心なしか鳩胸に、あるいは元より貧乳に心当たりのあった方なのでしょうか、配られたプリントを見るフリをしながら背中を丸めました。自分もすかさず簡単に周囲の女子の乳査定を行いましたが、確かにこのクラスの貧乳率は異常といえる結果が出ました。おっぱい非武装地帯、ないしは「私は着やせするタイプだから教」信者の集いとも称すべきでしょうか。自分の席の隣に座っている名も知らぬ少女などは、乳児でも二度見するレベルのつるペタでした。
等々力氏が言葉の火矢を放った瞬間、このクラスの女子の中で最も注目を浴びたのは言うまでもなく、ちょうど立ち上がり自己紹介をしかけていたくりちゃんであり、そのモンゴルの大平原のように真っ平らな胸は、クラスを代表して「貧乳とはこうである!」と力強く主張していました。何事も無かったかのように自己紹介を続けていいものか、それともブチキレて等々力氏にエリアルを決めるべきか迷いつつ、羞恥に見る見る真っ赤になっていく表情を特等席で眺めながら、やはりくりちゃんが恥ずかしがっている姿はサマになる、と自分はのんきにも思いました。
ドアを開けてからたったの5秒で教室を火の海にした張本人である等々力氏は、「ふざけんな!」と誰に対してか(貧乳ばかりを寄せ集めたクラス割りか、娘を貧乳に育てた親御さんに向けてか、この救いようの無い世界についてか)訳の分からぬ怒りを宙にぶつけていましたが、これは女子全員の恨みと相殺しても逆ギレと呼ぶには目に余る所業でした。
とはいえ等々力氏も剛の者。自分と同じく変態の道を歩み、おっぱいに諸行無常のすべてを見出したHVDO能力者です。どう持っていいのかも分からない怒りの行き着いた提案はこうでした。
「先生、こんな貧乳だらけのクラス耐えられません! 俺だけ別のクラスにしてください」
クラスメイトどころか、全世界のAカップを(ふと思いましたが、だからA組なのでしょうか?)敵に回すかのごとき発言を、何の躊躇いもなくしてのける等々力氏に、自分は真の変態としての在り方を感じ取りました。つい先程自分は、なるべくなら性癖は隠すのがベターだと発言しました。確かにそれは賢く、効率的な考え方かもしれません。しかし「真」には沿っていない。隠す事は騙す事、騙す事は偽る事です。変態として、男として、譲れない想いをぶちまける事を、一体誰が弾圧出来るというのでしょうか。
などと思っている間に、先生から「無理です」と簡潔な答えをもらい、「だって見てくださいよ先生! なんなんですかこいつら。おっぱいのおの字もないじゃないですか! 乳児でも神妙な面持ちになるレベルの奴らばっかりだ!」とキレまくる等々力氏に、女子が全員シャーペンやら消しゴムやらをぶん投げ始めました。
結果、「こんな学校やめてやる!」と捨て台詞を吐き、泣きながら教室を飛び出した等々力氏。退学届けに「クラスの女子が全員貧乳だったから」と書いて果たして受理されるのか、自分は疑問に感じながらも、「ていうか等々力氏のHVDO能力『丘越』を使えばどんなガンコな貧乳もバストアップ出来るんじゃね?」などと思いつつも、それは心にしまっておきました。
一本、筋の通った生き方というものは、思わぬ批評を受けるものです。等々力氏の姿は確かに少し格好良かったですが、こんな風に敵ばかり作っていては、真の目的は達成出来ません。やはり性癖は隠すに限ります。一時のヒロイズムに酔い、自分を不利な状況に立たせるなど、自らの欲望を制御しきれなかったあのおっぱい星人と一緒です。
多少の混乱とそれから派生した若干の暴動がありましたが、どうにか無事に初ホームルームを終えて、自分はくりちゃんと共に帰路につきました。家は隣、小学校から中学校までずっと一緒で、その上高校においても同じクラスになれたのですから、これは何か運命めいたものを感じずにはいられません。しかも自分がHVDO能力を手に入れてからというもの、くりちゃんにはパンツを買ってあげたり、逆に尿を飲ませていただいたり、幼女になった時などは、身体を隅々まで洗わせてもらったりした訳ですから、これはその内何か特別な「お礼」をしなければならないな、などと自分はぼんやり考えていましたが、くりちゃんは自分と5mほどの距離を置いて足早に先を急ぎながら、俯いて物思いに耽っているようでした。
自分と同じクラスになってしまったという不幸のみならず、乳児が苦笑いするレベルの貧乳をひっさげてクラスを代表してしまった訳ですから、テンションがだだ下がりしてしまうのも分からなくもありません。
ここはひとつ景気づけに、怒りに任せて誰かを思いっきり殴れば、ストレス解消にはちょうどいいのではないだろうか、と修行僧のような自己犠牲の精神に急に目覚めた自分は、然らばそのきっかけ、理由付けとして、せっかく一緒の帰り道ですし、盛大におしっこを漏らしてもらおうと気をきかせる事にしました。
自分のHVDO能力「黄命」は、触れる事によって対象の膀胱に尿を溜め、そして3回目の接触で決壊させます。黄命3個目の能力「ブラダーサイト」に目覚めていた頃は、相手がどの程度尿を我慢していたかが分かったのですが、今は2個目の能力までしか解放されていない上、くりちゃんは自分の近くにいる時は必ず警戒して小まめにトイレに行っているので、1度目の接触で逃げるか自分を行動不能にする事によってくりちゃんは今日まで自分の魔の手を潜り抜けてきました。
がしかし、今日の場合は入学式の後、すぐに教室に向かい、帰りにもトイレへは寄っていない(その前の出来事が余りにもショックだったのでしょう)という事を自分は確認しています。流石に1度では無理かもしれませんが、2度ならあるいは……。自分はこみ上げてくる笑いを噛み殺しながら、くりちゃんに悟られぬように近づいていきました。10分ほどの通学路、その終盤である自宅付近に差し掛かり、ようやく自分はくりちゃんの真後ろにつけて、肩に触れる事が出来たのです。
するとくりちゃんは、殴るでもなく、逃げ出すでもなく、くるっと振り返り自分を見据えて、こう言いました。
「これで最後にして」
ただ道を歩いていて、ふいに脇腹を包丁で刺されたような、くりちゃんのその言葉は、意外というよりむしろ理解の出来ない領域にありました。困惑する自分を他所に、くりちゃんは目線を上げず自分を、というより自分を透過させた後ろの何も無い空間を見ていました。まだ尿は出ていませんが、「黄命」を発動させた事は確実であり、それはくりちゃん自身も分かっているはずです。いや、そんな事より、自分の得た驚愕はもっと別の……。
「……早くやれよ。だけどこれで最後だ」
くりちゃんは男らしくそう言うと、自分の手首を掴み、自ら肩に近づけていきました。ほとんど力のこめられていないくりちゃんの手を、なぜか自分は振り払う事が出来ず、泥沼に突っ込まれたような頭を置き去りにしながら、言う事のきかない自分の身体を第三者視点で眺め、しかし心は大声で叫んでいたのです。「どうかやめてください!」と。
くりちゃんがついにおもらしを受け入れた、と考えるのは思慮が浅いと言えるでしょう。確かに、くりちゃんが自らおもらしをしてもいいと発言したのはこれが紛れも無く初めての事であり、自宅の近くまで来たとはいえ、周りに自分以外の知り合いがいないとはいえ、屋外で排泄行為をする事を受け入れるという事実のみを見れば、くりちゃんもいよいよ変態になったと捉えられなくもありません。しかしながら、気になるのはくりちゃんの態度とその台詞です。
最後。
くりちゃんの陵辱をいつ終わらせるかなど、彼女自身に決める権利はないはずです、と強がってもみたいのですが、くりちゃんの目が、口が、鼻が、表情が、佇まいが、自分にそうさせてくれないのです。圧倒的決意。絶対的覚悟。難儀な迷いの乗った自分の指が、くりちゃんの肩にそっと触れました。
恥ずかしがるくりちゃんの顔を、自分は今まで何度も見てきましたが、今回のそれは、心の底から喜べない、固いしこりに当たった気分になりました。頬は赤く、目は潤み、眉尻は下がり、確かにそれは自分の大好物であるくりちゃんの「恥」であるというのに、どうにも躊躇の影が消せないのです。
「……これでいいんだろ?」
言われてようやく、くりちゃんのスカートの中から液体が滴り落ちている事に気づきました。靴下と新品の革靴を汚して、高校入学というこの晴れの日に、本来ならば「やらかしてしまった」という表情をすべき所を、くりちゃんは自分を見上げ、睨んでいました。
この時自分は、何と声をかけたら良かったのでしょうか?
くりちゃんは自分の手を離して背を向けると、自ら作った水溜りを乗り越えて、何事も無かったかのように再び歩き出しました。「あ……」意思とは無関係に自分が声を発すると、くりちゃんは振り返らず、不自然なほどいつもと変わらない口調で、決定的な一言を突きつけてきました。
「明日の朝からは、もう起こしにいかないからな」
それは自分にとって、何より怖い別れの言葉でした。
15年生きてきて、未だに自分は「眠る」という行為が良く分からないのです。
そもそもおかしくはないですか? 良く考えてみてください。当たり前の事に思えるかもしれませんが、今、こうしてこれを読んでいるあなたは当然意識があります。しかしこれから数時間後には確実に意識を失っていて、再びその数時間後には意識を取り戻している。肉体が破損し、生命が維持出来なくなって死ぬのならまだ分かります。しかし健康状態に何の悪化が見られなくても、いやむしろ、睡眠が出来ない事、つまり「意識を失えない事」を不眠症などと病気扱いするくらい当然のように、全ての人間が毎日「眠っている」。信じがたい出来事です。
「眠くなる」という感覚が分からないのではありません。頭の動きが硬化していき、瞼が自然と重くなり、横たわるとやけに鼓動が大きく聞こえてくるあの感覚。もちろん自分もそれを毎日味わいながら眠りへと落ちるのですが、意識が完全になくなるその瞬間まで不安は消えません。「今から自分は『眠る』では、『起きる』とはなんなんだ」と。
おそらく大半の人にとって、意味が分からない事を自分は今言っているのだろうという自覚はあります。これは自分の人生経験に基づいて構築された感覚による所が大きいので、仮に誰かが理解出来たとしてもその人にはきっと何の利益もありません。ただ、自分の誰かに激しく痛めつけられないと起きられないこの体質は、決してそこまで異常ではないのではないか、という気持ちの部分だけは、せめて理解していただきたいのです。
小さい頃の事は記憶も曖昧で、確信を持てませんが、ランドセルを背負った時にはもう既に、酷く寝起きが悪かったように覚えています。母と2人で暮らしていた時、目覚ましが鳴ろうが地震が来ようが隣でツイストを踊られようが、あまりにも起きない自分は、いよいよキレた母に生ケツをシバかれて起きていました。そして中学に上がり、母が前からしていた仕事に本格的に復帰する際、朝一に自分を虐待する権利が知らぬ間にくりちゃんに譲渡され、それからくりちゃんは毎日かかさず起こしにきてくれていたのです。以来毎朝、くりちゃんからもらってきた一撃は、自分にとっては蘇生の心臓マッサージでした。
それが明日から無くなるという事はつまり、どういう事か。
答えは実に簡単です。心配停止。蘇生の見込みなし。ご臨終のご愁傷様です。
漫画、アニメ、ゲーム、もしかしたら浮世絵やパピルスですらありがちかもしれない、「幼馴染が朝起こしにきてくれる」というシチュエーションを、ちょっとした痛みを引き換えに毎日享受していた自分は、思い返すになるほど幸せ者でした。くりちゃんとの別れは、「好きな人に嫌われちゃってかなちいよ~」といった糞にも劣る少女思考ではなく、歴とした「死活問題」です。以前、くりちゃんが誘拐された時に1度だけ、自分の力でナチュラルに起床した事がありましたが、あれはどうやら奇跡だったらしく、それ以降自分で起きられた事はありません。
絵にもならない眠り姫(いや、この場合は王子と呼ぶべきかもしれませんが、自分で名乗ったらただの痛い人ですから、眠り変態とでも置き換えましょう)。今目の前にあるシナリオは、明日から数ヵ月後、真夏の暑さに晒されて腐乱臭が漂い始めた自分の死体を近所の人が発見するという最悪のバッドエンドへと向かっています。
で、す、が。
裁判所から裸足で飛び出してきた自分は、手に持った半紙をビッと縦に広げます。そこにはこう書かれてあります。「謝る気はありません」
確かに、無断でHVDO能力を発動させたのは自分の悪い癖というか、お茶目というか、どうしようもない男の性ではありますが、あくまでも親切心から出た事ですし、そもそもくりちゃんはこれまで何度も自分の餌食になってきたのですから、今更何を、という話です。
思うにくりちゃんは、今日あった出来事、つまり事前に頼んだというのに自分と同じクラスになった事も、しかも出席番号から自分の席の真後ろになった事も、等々力氏によって全一レベルの貧乳として注目を浴びた事も、それら不都合な全ての事を心の中で自分のせいにしているのではないでしょうか。
だとしたらとんだ勘違い女です。別に自分は今挙げた事に対してあれこれ画策はしていませんし、むしろ貧乳ばかりを意図的に集めたようなクラス編成に大いなる疑問と若干のきな臭さを感じる立場にあるくらいです。ましてやくりちゃんが貧乳なのは自分のせいではありませんし、等々力氏がヤバいのももちろん自分のせいではありません。
謝る必然性が無いのに謝るのは、自分の道義に反します。いくら命が懸かっているとはいえ、見当違いのヒステリーをぶつける女、しかも将来的には肉便器として扱ってやろうという性対象に、形だけとはいえ侘びを入れるくらいなら、自分は名誉ある(多分無い)死を選びます。
それに、何もくりちゃんは核戦争後の力だけが支配する社会に生き残った唯一の女という訳でもありませんから、何もこだわる必要はないのです。誰か他の人に頼めばいい。言ってみれば、ただそれだけの事です。
となると、重要になってくるのは人選です。まず1番に頭に浮かんだ人物がいましたが、それはあえて一旦置いておき、1番無い可能性から消去法でいきましょう。理由は後に述べます。
ありえなさNo.1で言うならば、ロリコンのHVDO能力者、春木氏です。まず男に起こされるというのが最悪な上、もしも仮に頼んでみたら、例の晴れがましい笑顔で「いいよ」と快諾してくれそうな所が逆に怖いのです。春木氏の消息は一切不明ですが、しかし世界が滅んでもいなければロリだらけになっている訳でもない所を見るに、まだ性癖バトル10勝目、即ち「世界改変態」が行われていないという事は分かっています。 そこまでのんきに構えていてもいいのか? と、思われるかもしれませんが、あいにくと自分の性格は、勇者向きではないのです。賢者に転職しないタイプの遊び人か、50G渡して行って来いの号令だけかける王様の方が理想とする人生例です。
次に浮かんだのは、これは少し不思議なのですが後輩である音羽君でした。まず了承してくれないでしょうし、もしも何かの気まぐれで引き受けてくれてもそれは上辺だけで、彼女はくりちゃんの方に味方して自分の事など放置するでしょう。信用度で言えば限りなく0%ですが、春木氏よりマシと思ったのはそこそこ見られる女子であるという要素による所ですが、そもそも連絡先自体知らず、卒業式の日以来見てすらいないので、やはりこれも消去です。
その次に柚之原姉妹の事が浮かびました。姉、知恵様の拷問キチっぷりは未だ自分のトラウマとして深く深くに根付いていますが、起床に確実性があるといった意味ではアリです。しかしながら、いかんせんどこまでされるか分からない、ケツに何を入れられるか分からないという恐怖もあり消去。妹、命さんについては、よく知らないので消去。しかし毎朝年上の美人なお姉さんがわざわざ起こしにきてくれるシチュエーションは、巨万の富にも値するという点で、前の2つよりはマシでしょう。
等々力氏は気持ちが悪いので無しとして、やはり最終的に残ったのはあの人だけでした。
三枝委員長、役職から外れたので今はただの三枝瑞樹さんですが、なんとも呼びなれませんので、代名詞としてこれからは「淫乱」と呼ばせてもらいます。
淫乱はそもそも、別の学校に行ってしまったという最大の壁がありますが、彼女は自分の奴隷なのですから、命令があればそれは絶対のはずです。当然そうなると自分としては「フェラで起こせ」とベタな指示を下してしまう訳で、淫乱は淫乱なのできっと指示に従ってくれるでしょう。そうなると毎朝が快楽天です。
そろそろ何故淫乱を後回しにしたかの理由を説明せざるを得ないようです。自分はパソコンを立ち上げブラウザを開き、ニュースサイトにアクセスすると、「失神」というキーワードを入れて検索をかけました。そして出てきたのはこの見出し。
『謎の集団失神事件、今年8度目』
これだけでピンと来た方には、名探偵とド変態という称号を抱き合わせで進呈します。
淫乱と春木氏の決闘があったあの日の記憶を、自分は決して忘れる事が無いでしょう。淫乱が自ら集めた観客達の前で生ストリップからの公開オナニーショーを行い、最後はHVDO能力で観客達の記憶と一切の記録を消し飛ばすという荒業をしてのけたあの日。その行動はそもそも、くりちゃんの幼女化を解除し、自分の興味を戻すという崇高な目的があったはずなのですが、途中からは完全に淫乱自身の趣味ではないか、との疑惑も生じ、今、この記事の見出しは疑惑を確信まで引き上げてくれます。
どうやらあの日以来、淫乱は、公開露出オナニーにドハマりしているようなのです。一夜限りの痴態を晒し、後には何も残さず、昼間は何食わぬ顔でお嬢様を演じている女子。それを淫乱と呼ばずして何と呼べばいいのでしょうか。
人の変態活動に対してとやかく言うつもりはありませんが、「被害者は20代~50代の男性で、100人規模の時も。その全員が事件を記憶しておらず、真相は全くの謎に包まれている」とその豪快極まりない犯行状況を伝える記事を見る度に、自分の中に負い目が生まれるのは事実です。
元来、オナニーとは1人でする事です。しかし露出狂であるあの淫乱は、人に見てもらう事で絶頂を得るというだけではなく、自分に対して「調教」を依頼してきました。それはつまり、自分の中に主としての才覚を嗅ぎ取り、その下につけばより良い快感が得られると判断した訳です。少なくとも、あの日以前は。
端的に事をまとめる為にあえて俗っぽい言い方を選ぶなら、自分は「フラれて」しまったのかもしれません。実際、淫乱は自身のHVDO能力をこうしてフルに活用し、露出行為を繰り返している。一切の連絡が無いという事はつまり、そこに「ご主人様」の存在は必要なくなったと捉える事も出来ます。
幼馴染に絶縁を言い渡され、淫乱雌奴隷には見限られ、言葉にするのも酷く慄然としてしまうのですが、なんだかこう、自分は凄く寂しくなってきました。思い返してみれば、自分はくりちゃんの事を友達のいないかわいそうな子と罵ってきましたが、よくよく考えてみたら自分も似たような物でした。朝起こしに来てくれる人の候補は出尽くし、しかもその全員が変態だったというのですから、自分の交友関係の狭さはスーパーの雑誌コーナー並です。
電話の子機を手に握り締め、しばらく考え込みました。電話をして、自信満々に命令をして、断られたらどうしよう。そもそも番号が変わっているかもしれない。いや、着信拒否という可能性も……。淫乱の記憶の中に、自分が既にいない可能性がある事を知ると、針のむしろの上で逆立ちしているような気分になりました。自分は勇者にも向いていませんが、恋愛小説の主人公にも向いていません。まあそれは、分かりきっている事です。
その時、子機の小さなディスプレイがパッと光りました。番号を確認する暇も無く、というかコールが鳴る前に自分は、誰かに肩を強く押し出されたかのごとく不可抗力的に通話ボタンを押して、耳にそれをあてていました。
「もしもし五十妻君のお宅ですか? 私、中学校の時の同級生の三枝瑞樹という者ですが……」
その声を自分は待っていました。落とされた井戸の底に、ロープが投げ入れられた気分でした。
「淫乱ですか?」と、自分はうろたえ、脳内での呼称をそのまま口にしてしまいましたが、声で察してくれたらしく(台詞でもそうですが)、帰ってきた返事は「……ええ、淫乱よ」でした。
「し、失礼」自分はすかさず詫びをいれます。「三枝……さん」
「ずいぶん出るのが早かったみたいだけれど……誰かに電話する所だった?」
「あ、いえ、構いません」
肩から力が抜けるくらいの沈黙の後、「そう、ならいいのだけれど」と落ち着いた声。自分はいつもの調子を取り戻すように努め、こう話を振ります。
「三枝……さんの方から電話なんて珍しいですね」
「その呼び方、どうにかならない?」と電話の向こうの淫乱が言いました。しかし今は既に「委員長」ではない事を考慮して、といったような事を説明すると、「それなら、今日付けで私は、翠郷高校の生徒会長になったから」と答えました。
選挙もなく、一流の進学校の生徒会長に、新入生がなるというのは前代未聞の事であり、おそらくこれからも無い事でしょうが、淫乱もとい三枝生徒会長の力をもってすれば、おそらくは容易い事だったのでしょう。
「そうですか。ところで三枝生徒会長、今日はどういった御用ですか?」
「……いえ、特にこれといった用事がある訳ではないのだけれど、何をしているのか少し気になって」
「そうですか。自分は相変わらずですよ」瞬き2つ分の躊躇を挟み、「と、ところで、最近は精力的にストリップの方をしているみたいですね。この前、新聞に載っているのを見ましたよ」自分は画面の文字を視線でなぞります。
「ええ、まあ……」
どうにも浮かない返事を聞いて、自分は一歩踏み込みます。
「どうしたのですか? 気持ちのいいオナニーがいつでも出来て良かったではないですか。安全に露出願望が満たされて」
「安全? ……そうでもないわ」と言った後、黙ってしまったので自分が「どうかされました?」と訊ねると、こう答えました。「回数をこなしている内に、段々とイクのが遅くなっているみたいなの。前にも言ったけれど、記憶と記録を飛ばす能力は、私の絶頂を条件に発動しているから……」
自分は三枝生徒会長の言う事を頭の中で整理していきました。繰り返している内にイクのが遅くなってきた。という事はつまり、やがてはあの程度の刺激ではイケなくなってくるという可能性を示唆しています。公開オナニーによってオーガズムを得られないとなれば、能力も発動しない。つまり、三枝生徒会長の変態っぷりが白日の下に晒されてしまう。
ここで真に肝心なのは、その事実を自分に伝える事によって、何をして欲しいのか、という事です。質問に答えただけのように見せていても、三枝生徒会長の弁には一切の無駄がありません。これはただの愚痴ではないと見るべきでしょう。逡巡している自分を置いて、三枝生徒会長は勝手に話題を変えました。
「ところで、今日これから私の通う翠郷高校とあなたの通う清陽高校の合併について最終打ち合わせをする事になっているの」
いち生徒が学校同士の合併について話し合う事は通常あり得ない事ですが、三枝生徒会長ならば何も不思議ではありません。財力や権力といった言葉は彼女の為にあるような物であり、そのスケールの大きさは庶民である自分の想像の範疇を遥かに超えます。それに、自宅にお邪魔させていただいた時に散々驚かされたので、その辺の事に今はもう麻痺してしまいました。
「だけど、合併に反対している少し厄介なのが現れてね……」三枝生徒会長の口ぶりは困っているようでも楽しんでいるようでもありました。「実際に同じ校舎で授業を受けられるのは、予定よりも遅れてしまうかもしれないわ」
おや、と自分の顔は自然と綻びました。部屋を整理していて昔好きだったおもちゃを見つけた時のような、さきほどまで感じていた寂しいという気持ちもあって、近い将来、三枝生徒会長と机を並べて授業を受ける絵を想うと、ぬくもりを感じました。違う学校になり、最高のオナニーも見つけ、権力を振るいまくってもなお、自分の傍にいる事を望んでくれている。こんなに嬉しい事はありません。
しかし、だからこそ、自分は言い出せなくなってしまったのです。くりちゃんに見捨てられたから今度は三枝生徒会長お願いしますなどとのたまう事は、自分の中の何かが許さなかった。それはきっとちっぽけなプライドです。適当に捨ててしまうと、2度と見つからないほどに小さなプライドです。
「とにかく、お元気そうで安心しました」
「私も、五十妻君の声が聞けて良かったわ」
自分自身が平静を取り繕っていたからかもしれません。三枝生徒会長が返事をした瞬間、その声色に、今自分が抱えているのと似た物を感じたのです。しかしそれは、自分のように「隠し事をしている」というよりは、「気づかれてはいけない」という種類の何かでした。
三枝生徒会長が自分の中に見出してくれた「才能」によるものなのか、それともただの偶然なのかは分かりませんが、自分はピンと来てしましました。自然と頬が緩みます。
「ところで三枝生徒会長、今、受話器をどちらの手で持っていますか?」
「……左手だけれど、それがどうかしたの?」
「では、今から決して受話器を持ち替えないでくださいね」
自分の言っている意味が分かったのか、三枝生徒会長の、「違う種類の」吐息を電話は拾いました。
「1つお願いがあるのですが、いいですか?」
「ええ、何?」
「三枝生徒会長ご自身の右手の指を舐めてみてもらえます?」
決定的な一撃でした。三枝委員長は、しばらくの沈黙の後、「……ご主人様には何でも分かるのね」と観念したように奴隷の声になって、自らの右手を舐め始めました。ぺろぺろ、くちゅくちゅ……それから自分はとどめに「自分との通話を勝手にオナネタにするのはこれで最後にしてくださいね」と言って、電話を切ろうとしました。
「待って」向こう側からの声、「『望月ソフィア』という女に気をつけて、HVDO能力者よ。それと、さっき私が言った『厄介なの』というのが彼女」
自分が受話器を耳に戻し、詳しい事を聞こうとした瞬間、通話は切れていました。おそらく絶頂に達したのでしょう。
しかし再度かける気にはなれませんでした。もしもその『望月ソフィア』なる人物が敵だとすれば、それは自分自身の力で乗り越えなければならない試練です。三枝生徒会長の警告はありがたく受け取りましたが、あくまで自分はご主人様です。主導権は常に手元にあります。
そしてとりあえず今の所、乗り越えなければならないのは、「不起症」とも呼ぶべき自分の体質です。何、前に1度は自分で起きる事が出来たのですから、完全に無理という事はないはずです。はっはっは。
頭を抱えつつ心の中で虚勢を張る事1時間。
その訪問者は、突如としてやってきました。
呼び鈴が鳴り、「もしかしたらくりちゃんが思い改めて謝りにきたのかも」と一瞬でも思った自分は確かに馬鹿で、玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、くりちゃんとは似ても似つかない大人しそうな1人の少女でした。
見た目は、ちょうど耳を隠すくらいの短い黒髪に、深くて大きな丸い目。清純、という言葉がこれほどまでに似合うのも珍しい、小柄な少女。清陽高校の制服を着ていますが、少なくとも同じクラスではありません(これだけの美少女のチェックを自分が怠るはずがないという確固たる自信があります)。両手を重ねて腰のあたりでもじもじしていたので、腕と腕に挟まった、等々力氏でなくても思わず見蕩れてしまう豊満な胸が更に強調されていました。普通なら、ここまでいやらしい物を首からぶら下げていると多少なりともお下劣な印象を受けるはずなのですが、それでも彼女はなお「清純」だったのです。彼女の容姿の、一体どの部分がそうさせるのかはいまいち分かりませんでしたが、きっと彼女を初めて見た男は誰でも、「かわいい処女がいたものだ」という感想を抱くはずです。
緊張しているのか、視線を泳がせたままずっと黙っている彼女を見かねて、自分は訊ねました。
「……えっと、何か?」
唇を震わせながら、想像を裏切らない清く純な声で、少女はこう返してきたのです。
「あ、あの、私とセックスしてくださいませんか?」
そもそもおかしくはないですか? 良く考えてみてください。当たり前の事に思えるかもしれませんが、今、こうしてこれを読んでいるあなたは当然意識があります。しかしこれから数時間後には確実に意識を失っていて、再びその数時間後には意識を取り戻している。肉体が破損し、生命が維持出来なくなって死ぬのならまだ分かります。しかし健康状態に何の悪化が見られなくても、いやむしろ、睡眠が出来ない事、つまり「意識を失えない事」を不眠症などと病気扱いするくらい当然のように、全ての人間が毎日「眠っている」。信じがたい出来事です。
「眠くなる」という感覚が分からないのではありません。頭の動きが硬化していき、瞼が自然と重くなり、横たわるとやけに鼓動が大きく聞こえてくるあの感覚。もちろん自分もそれを毎日味わいながら眠りへと落ちるのですが、意識が完全になくなるその瞬間まで不安は消えません。「今から自分は『眠る』では、『起きる』とはなんなんだ」と。
おそらく大半の人にとって、意味が分からない事を自分は今言っているのだろうという自覚はあります。これは自分の人生経験に基づいて構築された感覚による所が大きいので、仮に誰かが理解出来たとしてもその人にはきっと何の利益もありません。ただ、自分の誰かに激しく痛めつけられないと起きられないこの体質は、決してそこまで異常ではないのではないか、という気持ちの部分だけは、せめて理解していただきたいのです。
小さい頃の事は記憶も曖昧で、確信を持てませんが、ランドセルを背負った時にはもう既に、酷く寝起きが悪かったように覚えています。母と2人で暮らしていた時、目覚ましが鳴ろうが地震が来ようが隣でツイストを踊られようが、あまりにも起きない自分は、いよいよキレた母に生ケツをシバかれて起きていました。そして中学に上がり、母が前からしていた仕事に本格的に復帰する際、朝一に自分を虐待する権利が知らぬ間にくりちゃんに譲渡され、それからくりちゃんは毎日かかさず起こしにきてくれていたのです。以来毎朝、くりちゃんからもらってきた一撃は、自分にとっては蘇生の心臓マッサージでした。
それが明日から無くなるという事はつまり、どういう事か。
答えは実に簡単です。心配停止。蘇生の見込みなし。ご臨終のご愁傷様です。
漫画、アニメ、ゲーム、もしかしたら浮世絵やパピルスですらありがちかもしれない、「幼馴染が朝起こしにきてくれる」というシチュエーションを、ちょっとした痛みを引き換えに毎日享受していた自分は、思い返すになるほど幸せ者でした。くりちゃんとの別れは、「好きな人に嫌われちゃってかなちいよ~」といった糞にも劣る少女思考ではなく、歴とした「死活問題」です。以前、くりちゃんが誘拐された時に1度だけ、自分の力でナチュラルに起床した事がありましたが、あれはどうやら奇跡だったらしく、それ以降自分で起きられた事はありません。
絵にもならない眠り姫(いや、この場合は王子と呼ぶべきかもしれませんが、自分で名乗ったらただの痛い人ですから、眠り変態とでも置き換えましょう)。今目の前にあるシナリオは、明日から数ヵ月後、真夏の暑さに晒されて腐乱臭が漂い始めた自分の死体を近所の人が発見するという最悪のバッドエンドへと向かっています。
で、す、が。
裁判所から裸足で飛び出してきた自分は、手に持った半紙をビッと縦に広げます。そこにはこう書かれてあります。「謝る気はありません」
確かに、無断でHVDO能力を発動させたのは自分の悪い癖というか、お茶目というか、どうしようもない男の性ではありますが、あくまでも親切心から出た事ですし、そもそもくりちゃんはこれまで何度も自分の餌食になってきたのですから、今更何を、という話です。
思うにくりちゃんは、今日あった出来事、つまり事前に頼んだというのに自分と同じクラスになった事も、しかも出席番号から自分の席の真後ろになった事も、等々力氏によって全一レベルの貧乳として注目を浴びた事も、それら不都合な全ての事を心の中で自分のせいにしているのではないでしょうか。
だとしたらとんだ勘違い女です。別に自分は今挙げた事に対してあれこれ画策はしていませんし、むしろ貧乳ばかりを意図的に集めたようなクラス編成に大いなる疑問と若干のきな臭さを感じる立場にあるくらいです。ましてやくりちゃんが貧乳なのは自分のせいではありませんし、等々力氏がヤバいのももちろん自分のせいではありません。
謝る必然性が無いのに謝るのは、自分の道義に反します。いくら命が懸かっているとはいえ、見当違いのヒステリーをぶつける女、しかも将来的には肉便器として扱ってやろうという性対象に、形だけとはいえ侘びを入れるくらいなら、自分は名誉ある(多分無い)死を選びます。
それに、何もくりちゃんは核戦争後の力だけが支配する社会に生き残った唯一の女という訳でもありませんから、何もこだわる必要はないのです。誰か他の人に頼めばいい。言ってみれば、ただそれだけの事です。
となると、重要になってくるのは人選です。まず1番に頭に浮かんだ人物がいましたが、それはあえて一旦置いておき、1番無い可能性から消去法でいきましょう。理由は後に述べます。
ありえなさNo.1で言うならば、ロリコンのHVDO能力者、春木氏です。まず男に起こされるというのが最悪な上、もしも仮に頼んでみたら、例の晴れがましい笑顔で「いいよ」と快諾してくれそうな所が逆に怖いのです。春木氏の消息は一切不明ですが、しかし世界が滅んでもいなければロリだらけになっている訳でもない所を見るに、まだ性癖バトル10勝目、即ち「世界改変態」が行われていないという事は分かっています。 そこまでのんきに構えていてもいいのか? と、思われるかもしれませんが、あいにくと自分の性格は、勇者向きではないのです。賢者に転職しないタイプの遊び人か、50G渡して行って来いの号令だけかける王様の方が理想とする人生例です。
次に浮かんだのは、これは少し不思議なのですが後輩である音羽君でした。まず了承してくれないでしょうし、もしも何かの気まぐれで引き受けてくれてもそれは上辺だけで、彼女はくりちゃんの方に味方して自分の事など放置するでしょう。信用度で言えば限りなく0%ですが、春木氏よりマシと思ったのはそこそこ見られる女子であるという要素による所ですが、そもそも連絡先自体知らず、卒業式の日以来見てすらいないので、やはりこれも消去です。
その次に柚之原姉妹の事が浮かびました。姉、知恵様の拷問キチっぷりは未だ自分のトラウマとして深く深くに根付いていますが、起床に確実性があるといった意味ではアリです。しかしながら、いかんせんどこまでされるか分からない、ケツに何を入れられるか分からないという恐怖もあり消去。妹、命さんについては、よく知らないので消去。しかし毎朝年上の美人なお姉さんがわざわざ起こしにきてくれるシチュエーションは、巨万の富にも値するという点で、前の2つよりはマシでしょう。
等々力氏は気持ちが悪いので無しとして、やはり最終的に残ったのはあの人だけでした。
三枝委員長、役職から外れたので今はただの三枝瑞樹さんですが、なんとも呼びなれませんので、代名詞としてこれからは「淫乱」と呼ばせてもらいます。
淫乱はそもそも、別の学校に行ってしまったという最大の壁がありますが、彼女は自分の奴隷なのですから、命令があればそれは絶対のはずです。当然そうなると自分としては「フェラで起こせ」とベタな指示を下してしまう訳で、淫乱は淫乱なのできっと指示に従ってくれるでしょう。そうなると毎朝が快楽天です。
そろそろ何故淫乱を後回しにしたかの理由を説明せざるを得ないようです。自分はパソコンを立ち上げブラウザを開き、ニュースサイトにアクセスすると、「失神」というキーワードを入れて検索をかけました。そして出てきたのはこの見出し。
『謎の集団失神事件、今年8度目』
これだけでピンと来た方には、名探偵とド変態という称号を抱き合わせで進呈します。
淫乱と春木氏の決闘があったあの日の記憶を、自分は決して忘れる事が無いでしょう。淫乱が自ら集めた観客達の前で生ストリップからの公開オナニーショーを行い、最後はHVDO能力で観客達の記憶と一切の記録を消し飛ばすという荒業をしてのけたあの日。その行動はそもそも、くりちゃんの幼女化を解除し、自分の興味を戻すという崇高な目的があったはずなのですが、途中からは完全に淫乱自身の趣味ではないか、との疑惑も生じ、今、この記事の見出しは疑惑を確信まで引き上げてくれます。
どうやらあの日以来、淫乱は、公開露出オナニーにドハマりしているようなのです。一夜限りの痴態を晒し、後には何も残さず、昼間は何食わぬ顔でお嬢様を演じている女子。それを淫乱と呼ばずして何と呼べばいいのでしょうか。
人の変態活動に対してとやかく言うつもりはありませんが、「被害者は20代~50代の男性で、100人規模の時も。その全員が事件を記憶しておらず、真相は全くの謎に包まれている」とその豪快極まりない犯行状況を伝える記事を見る度に、自分の中に負い目が生まれるのは事実です。
元来、オナニーとは1人でする事です。しかし露出狂であるあの淫乱は、人に見てもらう事で絶頂を得るというだけではなく、自分に対して「調教」を依頼してきました。それはつまり、自分の中に主としての才覚を嗅ぎ取り、その下につけばより良い快感が得られると判断した訳です。少なくとも、あの日以前は。
端的に事をまとめる為にあえて俗っぽい言い方を選ぶなら、自分は「フラれて」しまったのかもしれません。実際、淫乱は自身のHVDO能力をこうしてフルに活用し、露出行為を繰り返している。一切の連絡が無いという事はつまり、そこに「ご主人様」の存在は必要なくなったと捉える事も出来ます。
幼馴染に絶縁を言い渡され、淫乱雌奴隷には見限られ、言葉にするのも酷く慄然としてしまうのですが、なんだかこう、自分は凄く寂しくなってきました。思い返してみれば、自分はくりちゃんの事を友達のいないかわいそうな子と罵ってきましたが、よくよく考えてみたら自分も似たような物でした。朝起こしに来てくれる人の候補は出尽くし、しかもその全員が変態だったというのですから、自分の交友関係の狭さはスーパーの雑誌コーナー並です。
電話の子機を手に握り締め、しばらく考え込みました。電話をして、自信満々に命令をして、断られたらどうしよう。そもそも番号が変わっているかもしれない。いや、着信拒否という可能性も……。淫乱の記憶の中に、自分が既にいない可能性がある事を知ると、針のむしろの上で逆立ちしているような気分になりました。自分は勇者にも向いていませんが、恋愛小説の主人公にも向いていません。まあそれは、分かりきっている事です。
その時、子機の小さなディスプレイがパッと光りました。番号を確認する暇も無く、というかコールが鳴る前に自分は、誰かに肩を強く押し出されたかのごとく不可抗力的に通話ボタンを押して、耳にそれをあてていました。
「もしもし五十妻君のお宅ですか? 私、中学校の時の同級生の三枝瑞樹という者ですが……」
その声を自分は待っていました。落とされた井戸の底に、ロープが投げ入れられた気分でした。
「淫乱ですか?」と、自分はうろたえ、脳内での呼称をそのまま口にしてしまいましたが、声で察してくれたらしく(台詞でもそうですが)、帰ってきた返事は「……ええ、淫乱よ」でした。
「し、失礼」自分はすかさず詫びをいれます。「三枝……さん」
「ずいぶん出るのが早かったみたいだけれど……誰かに電話する所だった?」
「あ、いえ、構いません」
肩から力が抜けるくらいの沈黙の後、「そう、ならいいのだけれど」と落ち着いた声。自分はいつもの調子を取り戻すように努め、こう話を振ります。
「三枝……さんの方から電話なんて珍しいですね」
「その呼び方、どうにかならない?」と電話の向こうの淫乱が言いました。しかし今は既に「委員長」ではない事を考慮して、といったような事を説明すると、「それなら、今日付けで私は、翠郷高校の生徒会長になったから」と答えました。
選挙もなく、一流の進学校の生徒会長に、新入生がなるというのは前代未聞の事であり、おそらくこれからも無い事でしょうが、淫乱もとい三枝生徒会長の力をもってすれば、おそらくは容易い事だったのでしょう。
「そうですか。ところで三枝生徒会長、今日はどういった御用ですか?」
「……いえ、特にこれといった用事がある訳ではないのだけれど、何をしているのか少し気になって」
「そうですか。自分は相変わらずですよ」瞬き2つ分の躊躇を挟み、「と、ところで、最近は精力的にストリップの方をしているみたいですね。この前、新聞に載っているのを見ましたよ」自分は画面の文字を視線でなぞります。
「ええ、まあ……」
どうにも浮かない返事を聞いて、自分は一歩踏み込みます。
「どうしたのですか? 気持ちのいいオナニーがいつでも出来て良かったではないですか。安全に露出願望が満たされて」
「安全? ……そうでもないわ」と言った後、黙ってしまったので自分が「どうかされました?」と訊ねると、こう答えました。「回数をこなしている内に、段々とイクのが遅くなっているみたいなの。前にも言ったけれど、記憶と記録を飛ばす能力は、私の絶頂を条件に発動しているから……」
自分は三枝生徒会長の言う事を頭の中で整理していきました。繰り返している内にイクのが遅くなってきた。という事はつまり、やがてはあの程度の刺激ではイケなくなってくるという可能性を示唆しています。公開オナニーによってオーガズムを得られないとなれば、能力も発動しない。つまり、三枝生徒会長の変態っぷりが白日の下に晒されてしまう。
ここで真に肝心なのは、その事実を自分に伝える事によって、何をして欲しいのか、という事です。質問に答えただけのように見せていても、三枝生徒会長の弁には一切の無駄がありません。これはただの愚痴ではないと見るべきでしょう。逡巡している自分を置いて、三枝生徒会長は勝手に話題を変えました。
「ところで、今日これから私の通う翠郷高校とあなたの通う清陽高校の合併について最終打ち合わせをする事になっているの」
いち生徒が学校同士の合併について話し合う事は通常あり得ない事ですが、三枝生徒会長ならば何も不思議ではありません。財力や権力といった言葉は彼女の為にあるような物であり、そのスケールの大きさは庶民である自分の想像の範疇を遥かに超えます。それに、自宅にお邪魔させていただいた時に散々驚かされたので、その辺の事に今はもう麻痺してしまいました。
「だけど、合併に反対している少し厄介なのが現れてね……」三枝生徒会長の口ぶりは困っているようでも楽しんでいるようでもありました。「実際に同じ校舎で授業を受けられるのは、予定よりも遅れてしまうかもしれないわ」
おや、と自分の顔は自然と綻びました。部屋を整理していて昔好きだったおもちゃを見つけた時のような、さきほどまで感じていた寂しいという気持ちもあって、近い将来、三枝生徒会長と机を並べて授業を受ける絵を想うと、ぬくもりを感じました。違う学校になり、最高のオナニーも見つけ、権力を振るいまくってもなお、自分の傍にいる事を望んでくれている。こんなに嬉しい事はありません。
しかし、だからこそ、自分は言い出せなくなってしまったのです。くりちゃんに見捨てられたから今度は三枝生徒会長お願いしますなどとのたまう事は、自分の中の何かが許さなかった。それはきっとちっぽけなプライドです。適当に捨ててしまうと、2度と見つからないほどに小さなプライドです。
「とにかく、お元気そうで安心しました」
「私も、五十妻君の声が聞けて良かったわ」
自分自身が平静を取り繕っていたからかもしれません。三枝生徒会長が返事をした瞬間、その声色に、今自分が抱えているのと似た物を感じたのです。しかしそれは、自分のように「隠し事をしている」というよりは、「気づかれてはいけない」という種類の何かでした。
三枝生徒会長が自分の中に見出してくれた「才能」によるものなのか、それともただの偶然なのかは分かりませんが、自分はピンと来てしましました。自然と頬が緩みます。
「ところで三枝生徒会長、今、受話器をどちらの手で持っていますか?」
「……左手だけれど、それがどうかしたの?」
「では、今から決して受話器を持ち替えないでくださいね」
自分の言っている意味が分かったのか、三枝生徒会長の、「違う種類の」吐息を電話は拾いました。
「1つお願いがあるのですが、いいですか?」
「ええ、何?」
「三枝生徒会長ご自身の右手の指を舐めてみてもらえます?」
決定的な一撃でした。三枝委員長は、しばらくの沈黙の後、「……ご主人様には何でも分かるのね」と観念したように奴隷の声になって、自らの右手を舐め始めました。ぺろぺろ、くちゅくちゅ……それから自分はとどめに「自分との通話を勝手にオナネタにするのはこれで最後にしてくださいね」と言って、電話を切ろうとしました。
「待って」向こう側からの声、「『望月ソフィア』という女に気をつけて、HVDO能力者よ。それと、さっき私が言った『厄介なの』というのが彼女」
自分が受話器を耳に戻し、詳しい事を聞こうとした瞬間、通話は切れていました。おそらく絶頂に達したのでしょう。
しかし再度かける気にはなれませんでした。もしもその『望月ソフィア』なる人物が敵だとすれば、それは自分自身の力で乗り越えなければならない試練です。三枝生徒会長の警告はありがたく受け取りましたが、あくまで自分はご主人様です。主導権は常に手元にあります。
そしてとりあえず今の所、乗り越えなければならないのは、「不起症」とも呼ぶべき自分の体質です。何、前に1度は自分で起きる事が出来たのですから、完全に無理という事はないはずです。はっはっは。
頭を抱えつつ心の中で虚勢を張る事1時間。
その訪問者は、突如としてやってきました。
呼び鈴が鳴り、「もしかしたらくりちゃんが思い改めて謝りにきたのかも」と一瞬でも思った自分は確かに馬鹿で、玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、くりちゃんとは似ても似つかない大人しそうな1人の少女でした。
見た目は、ちょうど耳を隠すくらいの短い黒髪に、深くて大きな丸い目。清純、という言葉がこれほどまでに似合うのも珍しい、小柄な少女。清陽高校の制服を着ていますが、少なくとも同じクラスではありません(これだけの美少女のチェックを自分が怠るはずがないという確固たる自信があります)。両手を重ねて腰のあたりでもじもじしていたので、腕と腕に挟まった、等々力氏でなくても思わず見蕩れてしまう豊満な胸が更に強調されていました。普通なら、ここまでいやらしい物を首からぶら下げていると多少なりともお下劣な印象を受けるはずなのですが、それでも彼女はなお「清純」だったのです。彼女の容姿の、一体どの部分がそうさせるのかはいまいち分かりませんでしたが、きっと彼女を初めて見た男は誰でも、「かわいい処女がいたものだ」という感想を抱くはずです。
緊張しているのか、視線を泳がせたままずっと黙っている彼女を見かねて、自分は訊ねました。
「……えっと、何か?」
唇を震わせながら、想像を裏切らない清く純な声で、少女はこう返してきたのです。
「あ、あの、私とセックスしてくださいませんか?」
「はいよろこんで」
即断即決。と言うよりも、そこに思考の余地は一切無い、強い光を当てられた時に目を細めるのと同じような、「反射」の領域で自分は、この名も知らぬ少女とのセックスを請け負いました。
「ほ、本当ですか? ……ありがとうございますです」
いえいえこちらの方こそ、と頭を垂れ下げたい気分になりましたが、これ以上玄関口でセックス云々の話をしているとご近所さんからヤリチンに思われてしまうとの非常に真っ当な懸念から、自分は少女を家へと招き入れました。
ひょっとすると、自分の事を軽蔑していらっしゃる方が何人か存在しているかもしれません。ついさっきまでプライドがどうの試練がどうのと言っていた矢先、セックスという餌をぶら下げた女の子が突如目の前に現れた瞬間、そんなに簡単になびくのか、と。
そりゃなびきます。
何せ高校1年生ですから、言ってみれば性欲の塊、エロスの権化、ちんこ丸出しみたいなものです。その上童貞、相手は美少女ときているのですから、まず拒否する理由がありません。誰だってそうしますから自分だってそうします。
少女を部屋まで誘導し、ベッドの上に置いてあったエロ本をどかして場所を作ると、自分は言いました。
「ではやりましょうか。服は自分で脱ぎますか?」
「ええっ。いや、その……」
少女は顔を伏せて、内股でくねくねとしていました。いいじゃないですか。今まで出会った事の無いタイプの人物です。言ってる事は貞操観念ゼロですが、態度も表情も純情そのもの。ピュアビッチとでも言うのでしょうか。
「では脱がせてあげますね」
自分は紳士らしく断りを入れて、まずは制服の上着を脱がせ、リボンを解きます。少女は「ええ……あの……」と恥ずかしがりながらも、しかしされるがままに、自分の動作を受け入れていました。ところで自分がこんなにがっつくのにも理由がありまして、覚えていらっしゃる方もおられると思いますが、実は以前に1度、三枝生徒会長とコトに至りそうになった時、突然ゴリラが乱入してきて邪魔されたという苦い経験があるのです。なので今回は、そのような不測の事態が起きる前に、さっさと挿入を済ませてしまおうという冷静で的確な判断もあったのです。
ボタンも外し、スカートも脱がせ、下着姿にはだけたシャツ1枚という地上最強の格好になった少女は、やっと振り絞った声で自分に言いました。
「あ、あの、まだ心の準備が……っ!」
「何を言ってるんですか! あなたがセックスしたいと言ったから、こうして自分は家にあげて服まで脱がせてあげてるんですよ! ふざけないでください! さっさとセックス!」
失礼、取り乱してしまいました。しかし言っている事は間違っていないはずです。
「で、でも、気にならないんですか……? 私の名前とか、なんで、とか……」
「気になりません」
断言してブラに手をかけようとすると、少女が一歩引きましたので、自分はちょっと不機嫌になりました。少女は目を泳がせながら、手を胸元でぎゅっとして「そ、そんな……」と呟いています。
煮え切らない態度に痺れを切らした自分は、気づくと少女を押し倒していました。手で手を、胸で胸を、足で足を押さえつけ、瞳の奥を覗き込みますと、それは夕立の前の雲のように潤みながら、怯えきった様子で、自分の行動を待っているようでも、何かを訴えかけるようでもありました。余りにも弱者な表情に、自分の嗜虐心がオーバードライブしてしまいそうでしたが、しかしそれ以上に、自分の暴走を止めるほどの、罪悪感というか、犯罪臭みたいなものを感じ取ってしまったのです。
自分は体を起こし、改めて少女を見ました。くりちゃんとはまた違ったタイプの、いじめ甲斐のある、簡単に騙せそうな少女でした。先ほど自分はピュアビッチ、と呼びましたが。純情成分を多めにして、純情ピュアビッチという呼び方に変えてもいいかもしれません。
「名前は何ですか?」
「え?」
「自分で言ったのではないですか。自己紹介してください」
かつてこれほどまでに自分がジェントルマンだった事が果たしてあったでしょうか。さっさとやりたいという気持ちと、その後ろにおぼろげながら確かにある「疑惑」も押さえ込みつつ、自分はまず黙って少女の観察をする事にしました。
「わ、私の名前は蕪野(かぶらや)ハルです。清陽高校に通ってて、今年から2年生になりましたです」
ということは自分の先輩にあたります。そうは思えないというか、むしろまだ存在していないはずの後輩に見えたくらいなのですが、首の下で強烈な程に主張しているわいせつ物だけを見れば、確かに先輩と呼ぶに足る存在です。
「では、蕪野先輩。何故自分とセックスをしたいと言ったのですか?」
「は、はひ。その、私、実はその、処女なんです……」
言われなくても分かっています。と喉元まで出掛かりましたがどうにか堪えました。機嫌を損ねて逃げられても悔やみきれません(仮に損ねたとしても逃がす訳はないという確固たる自信はありますが)。告白した後、自分の顔をちらちら見ながら黙ったままの蕪野先輩に、自分はイラだちを露にしながら訊きました。
「で、それがどうしたというのですか?」
こうして文面だけ見ると、非常にタチの悪い、性格最悪な奴に見えるかもしれませんが、むしろ蕪野先輩の魅力の一部には、「男をそうさせる」という性質があるように思えます。
「そ、それで、『私の』がその、他の人と違って、変なのかもしれないって思って……」
蕪野先輩が「私の」とぼかした言葉をネチネチと追求していくのも一興と考えた自分は、もちろんそうしたかったのですが、蕪野先輩は急に何か吹っ切れたように、1歩前に身を乗り出しました。
「でも私、本当にセックスしてみたいんです! だ、だからあの、あなたみたいな『変態さん』だったら、『私の』が変でも、許してくれるかなって……思いますです」
変態さん、と呼ばれ、それまで押さえつけていた疑惑が、ふっと浮上してきました。
その疑惑とは、彼女はもしかすると、HVDO能力者ではないか? という物です。
これは客観的に見れば非常に信憑性のある、疑うに足る問題であるように思えます。まずそもそも、1人暮らしの男の家に突然訪ねてきてセックスをしたがる美少女など、量子力学の世界でしか存在しえないというのと、しかもそれが自分の家に来たというこの現実のあり得なさ。
例えば蕪野先輩が何も知らない処女を装った敵であるとすれば納得がいきます。自分がHVDO能力者であるという情報をどこからか仕入れ、勝負して倒そうとしてやってきた。と、これならば状況の不自然さに一応の説明がつきます。自分も馬鹿ではありませんから、その可能性には気づいていました。嘘ではありません。気づいていました。最初から。確かに。
自分を変態だと知っている事を意味する発言からも、この可能性は非常に高くなってきましたが、そうなると、また新たに1つの疑問が発生します。
蕪野先輩の性癖は何か?
自分は立ち上がり、ベッドからやや距離をあけました。一旦疑いを始めると、見れば見るほど深みに嵌るように怪しく見えてくるから人というものは不思議です。先ほどまであんなにかわいらしく、いじめたくなると映っていたその弱気な態度も今は、鋭い牙をこっそりと隠し持った毒ハムスターのようにも見えてきます。
思うに、「セックスをする」という行為。これは変態行為にはあたらないように考えられます。何故なら、どんな人物であれ、先祖代々一生懸命、必死こいてセックスしてきたからこそ存在している訳であって、哀れにもセックス出来なかった人間の直接の子孫は、当然存在していない訳です。セックスする事自体を変態行為として捉えるのであれば、あなたのお母さんも変態。あなたも変態。将来的にはあなたの息子も変態という事になります。
しかし現実はきちんと逆です。むしろド変態であるほど、セックスの相手には困る訳で、子孫繁栄の確率は下がっていくはずです。
変態行為の部類に入るセックスの線引きを決めるのは、非常に難易度の高い作業といえるでしょう。例えば青姦。これは自分の解釈に照らし合わせれば、両者の同意があって、更に2人が燃え上がっており、なおかつ気分転換的な意味合いや、ホテル代が無いといった経済的な理由があれば、まあギリギリ変態行為とは言えない範囲にあります。これが彼氏が彼女に強要したり、某生徒会長のように自ら望んで裸で外に飛び出したら、それはもうきっちりと、変態の烙印を押してしまって構わないと思います。
この「セックスの変態性」というテーマから導かれる解答は実に多岐に渡り、また、不毛でもあります。例えばオーラルセックス、その代表的なフェラはどうなのでしょう? 生殖行為自体には一切何の必要もありませんが、性行為経験者20代女性の9割以上がフェラをした事があるという絶望的なデータもあります。それではクンニはどうでしょうか? そもそも正常位以外の体位は性行為に必要なのですか? どうして乱交をするのか? ペペがあれば愛撫はいらないのではないか? アナルに入れるってどういう事?
これら、純粋な性行為からどんどんかけ離れていくあらゆる変態行為に対し、一括して突きつけられる便利な解答はこうです。
『そうした方が気持ちいいいから』
話が大きく逸れてしまいました。
蕪野先輩が仮に敵であり、自分をセックスに誘ったのが罠だとするならば、一体どのタイミングでその性癖を暴露し、自分を叩き落とそうとするのか。挿入する前か、それとも挿入した後か。それはとてつもなく重要な問題です。
「蕪野先輩。1つ質問があります」
「は、はひっ」
ベッドの上で正座して、自分の言葉を待つ蕪野先輩の様子は、さながら悪い事をした子供のようで、またむくむくと自分の中のジャイアンシチューが煮えたぎってきましたが、どうにかガスの元栓を閉めます。
「『HVDO』という言葉をご存知ですか?」
「えいちぶい……え? なんですかです?」
すっとぼけやがってこの売女。と、罵る気持ちと、ひょっとしたら本当に知らないのかも、という気持ちが半分半分。となれば、やるならやろうじゃないか、いずれバレる事だ、と開き直って、自分は宣言しました。
「ところで自分は変態です。あなたみたいなかわいい女子がおしっこを漏らすのが大好きです。さて、あなたにはどんな特殊性癖がありますか?」
HVDO能力者同士は、性癖を告白しあう事によって相手の興奮度をリアルタイムで観測できる。これは性癖バトルを行いやすくするシステムらしく、仕組みは例によって謎ですが、上の自分の台詞は、HVDO能力者が聞けば、紛れも無く挑戦状だと受け取るはずです。
ところがどっこい、蕪野先輩は、
「そ、そ、そんなかわいいなんて、私……全然違いますです」
むかわいつく。という新語をここに提案しましょう。意味は推して知るべし。
「あくまでも、あなたはHVDO能力者ではないと言い張るんですか?」
磨きをかけて高々圧的にいきますと、蕪野先輩の仕草がますますかわいくなっていったので、これは困りました。下着姿でそんな事をされたら、勃起してしまう。自分はかぶりを振って更に迫りました。「性癖は!? どうせ蕪野先輩も変態なんでしょうが!」
「ち、違います。私変態なんかじゃ……ただ、他の人と、『あそこ』が違うのかもしれないって不安で……」
ここまで強情に口を割らないとなると、相手はひょっとして美少女のマスクを被ったゴルゴじゃないかという疑いまで芽生えてきました。『私の』から『あそこ』へと具体性を帯びてきた局部の様子も木になる所ではありますが、ここは1つ、押して駄目なら引いてみろという事で、自分はつんとそっぽを向いて、椅子に腰掛けました。やや勃起してしまっているのがバレないように、当然足は組みました。
ここで可能性が1つ消えました。少なくとも蕪野先輩は、性癖が「普通」つまり、セックスだけをしたいHVDO能力者という訳ではありません。何故なら、「普通」である事を告白しても、興奮度が頭上に表示されていないからです。残った可能性は、偽っているか、あるいは本当に、ついに自分の下に天啓が降り注いだかのどちらかです。
「では、どうして自分が変態だと知っていたのですか?」
偽っているのだとするならば、正直に答えるはずはない質問でしたが、更に身を乗り出した蕪野先輩から、「その点を伝えたい」という意思が見て取れました。この空間にも慣れてきたのか、恥らいつつではありましたが、蕪野先輩は語ってくれました。
「わ、私、ずっと『自分のあそこ』が他の人と違って変なんじゃないかって気になっていて……でもどうしてもセックスがしてみたくて、でもでも、別に好きな人もいないし……それで、今日、1-Aに物凄い変態が入学してきたって、同級生の男子達の話を聞いたんです。変態さんだったら、私のを確かめてくれて、もしも変でもセックスしてくれるかもしれないって、そう思って……」
噂されるような事は1つもしていませんし、噂になっている事自体が自分にとっては悪い知らせでしたが、しかしちょっとだけ心の中で、凄い変態と呼ばれた事が誇らしくもありました。
「背が異様に高い男子で、1年生って言うから、私学校を飛び出して、すぐにあなたを見つけて……その、後をつけたんです。それから外でずっと迷っていたんですですけど……ここで逃げちゃ駄目だ、一生処女ののままだぞ私! って、そう思って! です!」
目を爛々と輝かせて立ち上がった蕪野先輩に、自分を騙そうといった気概は全く見えませんでした。
確信。 自分の目は節穴ではありませんし、こと性行為に対しては抜群の観察力を発揮する自信があります。この人は、本当の事を言っている。セックスがしたくてしたくてしょうがない発情女です。自分が保証します。
「それに……」蕪野先輩は急にしおらしくなって、目線をつつーと下げました。最初は自分の下半身を見ているのかと思いましたが、それは間違いで、むしろその視線は、自らの武器をアピールする、「これを見て」という視線でした。
「お、おしっこだけじゃなくて、おっぱいも大好きな変態さんですよね?」
その瞬間、合点がいきました。
蕪野先輩が言った、同級生の男子とやら噂されていたのは、自分ではなく等々力氏の事だったのです。
確かに、入学初日の挨拶で、あれだけ堂々と変態っぷりを発揮すれば、おのずと噂になるのは分かりきっています。「背の異様に高い1年生の男子」というキーワードだけで言えば、確かに自分もその中に入ります。しかも、先ほどの自分がした台詞から、蕪野先輩は既に確信しているはずです。
迷いがあった。といえば嘘になります。改めて自分は、この人で童貞を捨てようと思ったのです。わざとらしく優しい声で「事情は分かりました。あなたのがどんなに変でも構いませんよ。見てあげますし、きちんと最後までしてあげます」と言う自分はきっと世界一の善人です。
途端に、この淫乱戦隊純情ピュアビッチは、安心しきって自分に全てを預けてきました。
チョロい。
蕪野先輩のパンツを脱がす瞬間、神が自分を選んでいると感じました。
しかし目の前に現れたのは、「変」では済まされない程、異常な代物でした。
即断即決。と言うよりも、そこに思考の余地は一切無い、強い光を当てられた時に目を細めるのと同じような、「反射」の領域で自分は、この名も知らぬ少女とのセックスを請け負いました。
「ほ、本当ですか? ……ありがとうございますです」
いえいえこちらの方こそ、と頭を垂れ下げたい気分になりましたが、これ以上玄関口でセックス云々の話をしているとご近所さんからヤリチンに思われてしまうとの非常に真っ当な懸念から、自分は少女を家へと招き入れました。
ひょっとすると、自分の事を軽蔑していらっしゃる方が何人か存在しているかもしれません。ついさっきまでプライドがどうの試練がどうのと言っていた矢先、セックスという餌をぶら下げた女の子が突如目の前に現れた瞬間、そんなに簡単になびくのか、と。
そりゃなびきます。
何せ高校1年生ですから、言ってみれば性欲の塊、エロスの権化、ちんこ丸出しみたいなものです。その上童貞、相手は美少女ときているのですから、まず拒否する理由がありません。誰だってそうしますから自分だってそうします。
少女を部屋まで誘導し、ベッドの上に置いてあったエロ本をどかして場所を作ると、自分は言いました。
「ではやりましょうか。服は自分で脱ぎますか?」
「ええっ。いや、その……」
少女は顔を伏せて、内股でくねくねとしていました。いいじゃないですか。今まで出会った事の無いタイプの人物です。言ってる事は貞操観念ゼロですが、態度も表情も純情そのもの。ピュアビッチとでも言うのでしょうか。
「では脱がせてあげますね」
自分は紳士らしく断りを入れて、まずは制服の上着を脱がせ、リボンを解きます。少女は「ええ……あの……」と恥ずかしがりながらも、しかしされるがままに、自分の動作を受け入れていました。ところで自分がこんなにがっつくのにも理由がありまして、覚えていらっしゃる方もおられると思いますが、実は以前に1度、三枝生徒会長とコトに至りそうになった時、突然ゴリラが乱入してきて邪魔されたという苦い経験があるのです。なので今回は、そのような不測の事態が起きる前に、さっさと挿入を済ませてしまおうという冷静で的確な判断もあったのです。
ボタンも外し、スカートも脱がせ、下着姿にはだけたシャツ1枚という地上最強の格好になった少女は、やっと振り絞った声で自分に言いました。
「あ、あの、まだ心の準備が……っ!」
「何を言ってるんですか! あなたがセックスしたいと言ったから、こうして自分は家にあげて服まで脱がせてあげてるんですよ! ふざけないでください! さっさとセックス!」
失礼、取り乱してしまいました。しかし言っている事は間違っていないはずです。
「で、でも、気にならないんですか……? 私の名前とか、なんで、とか……」
「気になりません」
断言してブラに手をかけようとすると、少女が一歩引きましたので、自分はちょっと不機嫌になりました。少女は目を泳がせながら、手を胸元でぎゅっとして「そ、そんな……」と呟いています。
煮え切らない態度に痺れを切らした自分は、気づくと少女を押し倒していました。手で手を、胸で胸を、足で足を押さえつけ、瞳の奥を覗き込みますと、それは夕立の前の雲のように潤みながら、怯えきった様子で、自分の行動を待っているようでも、何かを訴えかけるようでもありました。余りにも弱者な表情に、自分の嗜虐心がオーバードライブしてしまいそうでしたが、しかしそれ以上に、自分の暴走を止めるほどの、罪悪感というか、犯罪臭みたいなものを感じ取ってしまったのです。
自分は体を起こし、改めて少女を見ました。くりちゃんとはまた違ったタイプの、いじめ甲斐のある、簡単に騙せそうな少女でした。先ほど自分はピュアビッチ、と呼びましたが。純情成分を多めにして、純情ピュアビッチという呼び方に変えてもいいかもしれません。
「名前は何ですか?」
「え?」
「自分で言ったのではないですか。自己紹介してください」
かつてこれほどまでに自分がジェントルマンだった事が果たしてあったでしょうか。さっさとやりたいという気持ちと、その後ろにおぼろげながら確かにある「疑惑」も押さえ込みつつ、自分はまず黙って少女の観察をする事にしました。
「わ、私の名前は蕪野(かぶらや)ハルです。清陽高校に通ってて、今年から2年生になりましたです」
ということは自分の先輩にあたります。そうは思えないというか、むしろまだ存在していないはずの後輩に見えたくらいなのですが、首の下で強烈な程に主張しているわいせつ物だけを見れば、確かに先輩と呼ぶに足る存在です。
「では、蕪野先輩。何故自分とセックスをしたいと言ったのですか?」
「は、はひ。その、私、実はその、処女なんです……」
言われなくても分かっています。と喉元まで出掛かりましたがどうにか堪えました。機嫌を損ねて逃げられても悔やみきれません(仮に損ねたとしても逃がす訳はないという確固たる自信はありますが)。告白した後、自分の顔をちらちら見ながら黙ったままの蕪野先輩に、自分はイラだちを露にしながら訊きました。
「で、それがどうしたというのですか?」
こうして文面だけ見ると、非常にタチの悪い、性格最悪な奴に見えるかもしれませんが、むしろ蕪野先輩の魅力の一部には、「男をそうさせる」という性質があるように思えます。
「そ、それで、『私の』がその、他の人と違って、変なのかもしれないって思って……」
蕪野先輩が「私の」とぼかした言葉をネチネチと追求していくのも一興と考えた自分は、もちろんそうしたかったのですが、蕪野先輩は急に何か吹っ切れたように、1歩前に身を乗り出しました。
「でも私、本当にセックスしてみたいんです! だ、だからあの、あなたみたいな『変態さん』だったら、『私の』が変でも、許してくれるかなって……思いますです」
変態さん、と呼ばれ、それまで押さえつけていた疑惑が、ふっと浮上してきました。
その疑惑とは、彼女はもしかすると、HVDO能力者ではないか? という物です。
これは客観的に見れば非常に信憑性のある、疑うに足る問題であるように思えます。まずそもそも、1人暮らしの男の家に突然訪ねてきてセックスをしたがる美少女など、量子力学の世界でしか存在しえないというのと、しかもそれが自分の家に来たというこの現実のあり得なさ。
例えば蕪野先輩が何も知らない処女を装った敵であるとすれば納得がいきます。自分がHVDO能力者であるという情報をどこからか仕入れ、勝負して倒そうとしてやってきた。と、これならば状況の不自然さに一応の説明がつきます。自分も馬鹿ではありませんから、その可能性には気づいていました。嘘ではありません。気づいていました。最初から。確かに。
自分を変態だと知っている事を意味する発言からも、この可能性は非常に高くなってきましたが、そうなると、また新たに1つの疑問が発生します。
蕪野先輩の性癖は何か?
自分は立ち上がり、ベッドからやや距離をあけました。一旦疑いを始めると、見れば見るほど深みに嵌るように怪しく見えてくるから人というものは不思議です。先ほどまであんなにかわいらしく、いじめたくなると映っていたその弱気な態度も今は、鋭い牙をこっそりと隠し持った毒ハムスターのようにも見えてきます。
思うに、「セックスをする」という行為。これは変態行為にはあたらないように考えられます。何故なら、どんな人物であれ、先祖代々一生懸命、必死こいてセックスしてきたからこそ存在している訳であって、哀れにもセックス出来なかった人間の直接の子孫は、当然存在していない訳です。セックスする事自体を変態行為として捉えるのであれば、あなたのお母さんも変態。あなたも変態。将来的にはあなたの息子も変態という事になります。
しかし現実はきちんと逆です。むしろド変態であるほど、セックスの相手には困る訳で、子孫繁栄の確率は下がっていくはずです。
変態行為の部類に入るセックスの線引きを決めるのは、非常に難易度の高い作業といえるでしょう。例えば青姦。これは自分の解釈に照らし合わせれば、両者の同意があって、更に2人が燃え上がっており、なおかつ気分転換的な意味合いや、ホテル代が無いといった経済的な理由があれば、まあギリギリ変態行為とは言えない範囲にあります。これが彼氏が彼女に強要したり、某生徒会長のように自ら望んで裸で外に飛び出したら、それはもうきっちりと、変態の烙印を押してしまって構わないと思います。
この「セックスの変態性」というテーマから導かれる解答は実に多岐に渡り、また、不毛でもあります。例えばオーラルセックス、その代表的なフェラはどうなのでしょう? 生殖行為自体には一切何の必要もありませんが、性行為経験者20代女性の9割以上がフェラをした事があるという絶望的なデータもあります。それではクンニはどうでしょうか? そもそも正常位以外の体位は性行為に必要なのですか? どうして乱交をするのか? ペペがあれば愛撫はいらないのではないか? アナルに入れるってどういう事?
これら、純粋な性行為からどんどんかけ離れていくあらゆる変態行為に対し、一括して突きつけられる便利な解答はこうです。
『そうした方が気持ちいいいから』
話が大きく逸れてしまいました。
蕪野先輩が仮に敵であり、自分をセックスに誘ったのが罠だとするならば、一体どのタイミングでその性癖を暴露し、自分を叩き落とそうとするのか。挿入する前か、それとも挿入した後か。それはとてつもなく重要な問題です。
「蕪野先輩。1つ質問があります」
「は、はひっ」
ベッドの上で正座して、自分の言葉を待つ蕪野先輩の様子は、さながら悪い事をした子供のようで、またむくむくと自分の中のジャイアンシチューが煮えたぎってきましたが、どうにかガスの元栓を閉めます。
「『HVDO』という言葉をご存知ですか?」
「えいちぶい……え? なんですかです?」
すっとぼけやがってこの売女。と、罵る気持ちと、ひょっとしたら本当に知らないのかも、という気持ちが半分半分。となれば、やるならやろうじゃないか、いずれバレる事だ、と開き直って、自分は宣言しました。
「ところで自分は変態です。あなたみたいなかわいい女子がおしっこを漏らすのが大好きです。さて、あなたにはどんな特殊性癖がありますか?」
HVDO能力者同士は、性癖を告白しあう事によって相手の興奮度をリアルタイムで観測できる。これは性癖バトルを行いやすくするシステムらしく、仕組みは例によって謎ですが、上の自分の台詞は、HVDO能力者が聞けば、紛れも無く挑戦状だと受け取るはずです。
ところがどっこい、蕪野先輩は、
「そ、そ、そんなかわいいなんて、私……全然違いますです」
むかわいつく。という新語をここに提案しましょう。意味は推して知るべし。
「あくまでも、あなたはHVDO能力者ではないと言い張るんですか?」
磨きをかけて高々圧的にいきますと、蕪野先輩の仕草がますますかわいくなっていったので、これは困りました。下着姿でそんな事をされたら、勃起してしまう。自分はかぶりを振って更に迫りました。「性癖は!? どうせ蕪野先輩も変態なんでしょうが!」
「ち、違います。私変態なんかじゃ……ただ、他の人と、『あそこ』が違うのかもしれないって不安で……」
ここまで強情に口を割らないとなると、相手はひょっとして美少女のマスクを被ったゴルゴじゃないかという疑いまで芽生えてきました。『私の』から『あそこ』へと具体性を帯びてきた局部の様子も木になる所ではありますが、ここは1つ、押して駄目なら引いてみろという事で、自分はつんとそっぽを向いて、椅子に腰掛けました。やや勃起してしまっているのがバレないように、当然足は組みました。
ここで可能性が1つ消えました。少なくとも蕪野先輩は、性癖が「普通」つまり、セックスだけをしたいHVDO能力者という訳ではありません。何故なら、「普通」である事を告白しても、興奮度が頭上に表示されていないからです。残った可能性は、偽っているか、あるいは本当に、ついに自分の下に天啓が降り注いだかのどちらかです。
「では、どうして自分が変態だと知っていたのですか?」
偽っているのだとするならば、正直に答えるはずはない質問でしたが、更に身を乗り出した蕪野先輩から、「その点を伝えたい」という意思が見て取れました。この空間にも慣れてきたのか、恥らいつつではありましたが、蕪野先輩は語ってくれました。
「わ、私、ずっと『自分のあそこ』が他の人と違って変なんじゃないかって気になっていて……でもどうしてもセックスがしてみたくて、でもでも、別に好きな人もいないし……それで、今日、1-Aに物凄い変態が入学してきたって、同級生の男子達の話を聞いたんです。変態さんだったら、私のを確かめてくれて、もしも変でもセックスしてくれるかもしれないって、そう思って……」
噂されるような事は1つもしていませんし、噂になっている事自体が自分にとっては悪い知らせでしたが、しかしちょっとだけ心の中で、凄い変態と呼ばれた事が誇らしくもありました。
「背が異様に高い男子で、1年生って言うから、私学校を飛び出して、すぐにあなたを見つけて……その、後をつけたんです。それから外でずっと迷っていたんですですけど……ここで逃げちゃ駄目だ、一生処女ののままだぞ私! って、そう思って! です!」
目を爛々と輝かせて立ち上がった蕪野先輩に、自分を騙そうといった気概は全く見えませんでした。
確信。 自分の目は節穴ではありませんし、こと性行為に対しては抜群の観察力を発揮する自信があります。この人は、本当の事を言っている。セックスがしたくてしたくてしょうがない発情女です。自分が保証します。
「それに……」蕪野先輩は急にしおらしくなって、目線をつつーと下げました。最初は自分の下半身を見ているのかと思いましたが、それは間違いで、むしろその視線は、自らの武器をアピールする、「これを見て」という視線でした。
「お、おしっこだけじゃなくて、おっぱいも大好きな変態さんですよね?」
その瞬間、合点がいきました。
蕪野先輩が言った、同級生の男子とやら噂されていたのは、自分ではなく等々力氏の事だったのです。
確かに、入学初日の挨拶で、あれだけ堂々と変態っぷりを発揮すれば、おのずと噂になるのは分かりきっています。「背の異様に高い1年生の男子」というキーワードだけで言えば、確かに自分もその中に入ります。しかも、先ほどの自分がした台詞から、蕪野先輩は既に確信しているはずです。
迷いがあった。といえば嘘になります。改めて自分は、この人で童貞を捨てようと思ったのです。わざとらしく優しい声で「事情は分かりました。あなたのがどんなに変でも構いませんよ。見てあげますし、きちんと最後までしてあげます」と言う自分はきっと世界一の善人です。
途端に、この淫乱戦隊純情ピュアビッチは、安心しきって自分に全てを預けてきました。
チョロい。
蕪野先輩のパンツを脱がす瞬間、神が自分を選んでいると感じました。
しかし目の前に現れたのは、「変」では済まされない程、異常な代物でした。
常軌を逸している。
そうとしか表現出来ない状況に、自分は天地が揺らいだような錯覚に陥り、すぐにそれが眩暈だと気づくと、気力を振り絞って閉じかけた目をこじ開けました。
蕪野先輩はしきりに、「性器が他の人と違うのではないか不安だ」という旨の発言を繰り返していましたが、自分はせいぜい、ラビアがはみ出ているだとか、クリトリスが大きめだとか、剃ってないのにつるつるだとか、その程度の事だと思っていましたが、完全に甘えだったと言わざるを得ない立場のようです。常軌を逸している。これしか言えません。
「や、やっぱり変な形してますです……?」
自らのとんでもない性器を晒しながら、すがるように蕪野先輩は、目を潤ませていました。「大丈夫です。全然変じゃないですよ。さあやりましょう」という台詞を直前まで用意していた自分は、それが50m先に吹っ飛んで跡形もなく木っ端微塵にされた事を知らされ、狼狽しました。
「いや、その、こ、これは……えっと、もしかして刺しているんですか? それとも接着しているんですか?」
「ち、違いますです。こういう形なんです」
いよいよもって揺るぎのない、紛れもない、許されない異常事態に、一筋縄ではいかない脱童貞という壁の厚さと硬さを知りました。
自分の目が正常であるならば、蕪野先輩の女性器は「白い花」でした。
6枚の花びらは等間隔で放射状に広がり、その中心からぴょんと出た数本の赤いおしべとめしべは、重力に従って垂れ下がっています。自分は、この花の名前を知っています。
百合。
正確に言えば「ヤマユリ」であるように見えます。ユリ科ユリ属の日本特有種で、くるんと外側に向かってめくれた白い花弁に、黄色の筋と斑点があるのが特徴だったはずですが、そんな事はこの際どうでもよく、重要なのは、そのヤマユリが一体全体どこから生えていやがってるんだという衝撃です。
よく官能小説などで女性器の事を花弁やらつぼみやらと表現していますが、蕪野先輩のモノは、見た目だけで言えば紛れもなく花でしかなく、物凄い存在感でこっちに向いて咲き誇っていました。
「やっぱり……変、ですよね?」
仰向けに寝たまま目を瞑って、足をピンと伸ばして、自信なさげにぽつりと零す蕪野先輩に、いや、変ってレベルじゃ……と言いかけましたが、自分は少なくとも一般的な男子よりかは、こういった性的超常現象に慣れている方の人間です。これも何かのHVDO能力、という一応のエクスキューズをつける事が出来たのが幸いでした。
「……ちょっと失礼します」
自分は手刀を切ってから、珍妙奇怪な陰部へと、顔を近づけていきました。
くんかくんか。
嗅いでいると、その内に味までしてきそうな独特で甘い匂い。間違いありません。どうやらこれは本物のヤマユリのようです。
「触ってみてもいいですか?」
本来なら痴漢行為ですが、この場合はむしろ学術的実験と見るべきでしょう。
「ど、どうぞです」
人差し指が、ふに、と花弁に触れると、蕪野先輩が「ひんっ」とかわいらしくも艶かしい声を漏らしました。その嬌声に反応して視線を向けると、真っ赤に染まった顔を咄嗟に両手で隠していたので、どうやら演技という訳でもないようです。この百合の花は、股間に張り付いているだけの無機物という訳ではなく、脳と繋がった感覚があり、ならば栄養や水分などは、蕪野先輩から吸収している可能性も見えてきます。
それと、百合のインパクトが大きすぎて忘れていましたが、どうやら蕪野先輩はパイパンのようです。いやむしろ、百合が咲いてしまったからこそ剃っているのか、それとも元々生えていない所に百合が生えたのか、謎ではありますが、とりあえずアナルは至って普通の物でしたのでうんこは問題無いでしょう。
次に自分は、花の部分と肌の部分の接合部を良く見るため、蕪野先輩にM字開脚を依頼し(客観的に見ると、依頼した自分もどうかと思いますが、それに大人しく従う蕪野先輩もどうかと思います)、花びらを優しく曲げて上からと、布団に頬をこすりつけるように屈んで、下からのアングルで嘗め回すように観察してみると、花は穴に刺さっているというよりは、穴の中から生えているようでありました。弧を描いた花弁をめくって(触れる度にいやらしい声を出すのが早速自分が見つけた蕪野先輩の悪い癖です)、目を凝らしましたが、花びらの根元に当たる部分はやはり、肌と完全に密着して、デリケートゾーンの奥深くへと続いているようです。
はっと気づき自分は顔をあげました。
「おしっこは!? おしっこはどうしてるんですか!?」
蕪野先輩はますます顔を紅くしながら、もじもじと震えだしたので、百聞は一見にしかず、すかさず自分は黄命を発動させて、こんな事もあろうかと一応買っておいた尿瓶をベッドの下から取り出しました。
奇妙な光景は続きます。
おしべとめしべの根元。つまる所花びらの中心点から、しーー……っと、黄色い液体が放出されていました。蕪野先輩はもう恥ずかしさのあまり泣いてしまったようですが、そんな事を気にしている暇はありません。どんどん尿瓶の中に溜まっていく尿は、普通の人のそれと同じようであり、しかし香ばしさの中に、ほのかな甘い匂いが漂ってくるようで、実に味わい深い、このまま樽の中に入れて20年くらい熟成させたいような代物でした。
「な、なんでですか! 私おしっこなんて全然したくなかったです!?」
いつもの冷静な自分であれば、こういった言動やその手を口にあてて「はわわ」とたじろぐ姿も、「あざとい」などと感じている所でしたが、今はもう猜疑心を土俵からうっちゃって、とことんこの不思議な少女に付き合おうと覚悟を決めていました。
「ここ、触られると気持ちいいんですか?」
「気持ちいい、です?」何を言われたのかわからなかったように呆けて5秒、意味を理解したように、あるいは確かめるように「気持ちいいです! よ、良ければもっとしてくださいです」と懇願してきました。
かわいさ余って性欲百倍。どうにかこのままでも挿入出来ないものか、と思索した自分は、百合の花びら部分を徹底的に調べる事にしました。まずは中指を1本、花びらの中心点に向けてゆっくりと挿入しましたが、第二間接まで進んだ所で行き止まりにあたってしまい、そこをほじくっても蕪野先輩がどエロい喘ぎ声をあげるばかりなので諦めました(尿穴はあるようですが、小さい上に1番奥にあるので指ですら確認が難しいです)。この深さではせいぜい息子の半分も進める事が出来ませんでしょうし、当然花であるので入り口側に向かうにつれて広がっており「挿れた」というよりむしろ「被せた」という形になってしまう事はやってみなくても間違いありません。
蕪野先輩の花びらを弄りながら(こう言うと比ゆ表現に思えてしまうかと思われますが、そのままの意味です)、自分は今、とてつもなく変態的な事をしているのではないか、という高揚感が、気づくと背中にぴたりと張り付いていました。
自分は自分を取り戻す為、花の蜜で濡れた(これも比ゆ表現ではありません)指をティッシュで吹いて、もっと触ってと言わんばかりに物欲しそうに見つめてくる蕪野先輩に質問を投げました。
「えっと、蕪野先輩、ちなみにこの花は、いつからここに咲いているんですか?」
「いつから……ですか」少し首を捻って、「昨年の……5月か6月くらいだったです。ある日お風呂に入ってる時に、ここが『つぼみ』になっているのに気づいて、恥ずかしくて誰にも言えずに放っておいたら、それが……咲いてしまいましたです……」
言いながら、またもやうるっと涙目になっていたので、自分は少しかわいそうになって、花びらの1枚を指でしゅしゅと軽く擦ってあげました。眉をひそめながら下唇を上唇で甘く噛む表情。たまらなくなります。
まず間違いなく、蕪野先輩の局部に咲いた百合の花はHVDO能力によるものです。そこまで変ではない、むしろこういう女の子が世の中には沢山いるのではないか。などと仰る方がいましたら、今すぐWikipediaの「膣」の項目をご覧になってください。それでも満足出来なければ渡米して無修正ポルノを買い漁ってください。それでもまだまだ納得いかなければ、その辺の女の子を襲ってみてください。よろしいでしょうか、どこにも花なんて咲いていません。
自分の中では、既に答えは出ました。
彼女、蕪野先輩は、何者かの手によってHVDO能力による攻撃を受けており、しかも、その能力者は昨年から敗北をしていない。していたとすればHVDO能力による変化も解除されているはずですから、つまり相当な手練のHVDO能力者という事になります。恥丘に咲いた花を眺めながら、思惑に耽る自分に、蕪野先輩はこう訴えてきました。
「こ、これでも何人かの男子とホテルまで行った事はあるんです! でもこれを見た途端、皆逃げちゃって……やっぱり私、変なんでしょうか……凄く悲しいです」
顔、胸、仕草という3種の武器を標準装備している上に、貞操観念をパージしているにも関わらず、高二にもなって処女でいるという理由。局部に百合の花が咲いているのであれば、納得出来るという物です。
自分はそれから何も言わず、蕪野先輩の花に対して今出来る精一杯の愛撫を施しました。花びらは奥に行くほど感覚が敏感になるようで、裏側を優しく擦ると焦らしになり、めしべの先端は特別感じすぎるらしく、そしてやればやるほど花蜜が溢れてきました。刺激を送る度に様々な変化を見せる淫情を眺めながら、同時に心の中で闘志が燃えてくるのを自分はひしひしと感じていました。また、100%勃起しているにも関わらず、息子が爆発しない事から、敵ではないかという疑いもいよいよ100%晴れました。
やがて蕪野先輩が絶頂に達すると同時に、決心は固まりました。
この呪いをかけたHVDO能力者を倒し、自分は、蕪野先輩とセックスをします。
その後、蕪野先輩にHVDOの事を説明するかどうか少しの間悩みましたが、結局話す事にしました。理由としては、これ以上真剣に悩まれて、病院に駆け込まれても厄介な事と、能力による影響である事を理解してもらわなければ、その解決法に関しても納得してもらえないと判断したからです。特に、前者の理由は時間的には差し迫っており、「今回、セックスを断られたら、凄く恥ずかしいですけど勇気を出してお医者さんの所に行こうと思っていましたです」という言葉から、そうなると、「世にも珍しい花の形をした性器」としてザイーガにまとめられてしまった挙句、HVDOの事も露呈してしまうという心配もありました。
最初、蕪野先輩はHVDOの事を説明しても、何かの冗談だと思ったらしく取り合ってくれませんでしたが、再度自分が黄命を発動させて尿を漏らさせ、第二能力「W.C.ロック」もついでに目の前で実演すると、首を傾げながらも、真面目に話を聞いてくれるようになりました。
「周囲に思い当たる節、つまり変態はいませんか?」
と、自分が訊ねると、蕪野先輩はシャツのボタンをとめながら、うーん、と首を捻って、「そもそも変態さんって普通は自分の性癖を隠しますから、分かりませんです」ともっともな事を言いました。
そこで、蕪野先輩は自分の事を噂の真犯人である等々力氏と勘違いしてここまで来ているという事を思い出した自分は、まずは確認をとる事にしました。
「蕪野先輩、自分の名前はご存知ですか?」
「え? ……そういえば知りませんです」と言った後、パンツを履きながら、「名前も知らない人に、私、何て事を……」と呟いていました。とりあえず性欲が発散出来て、賢者タイムに入っているという事でしょう。
「では、自己紹介しましょう。自分は五十妻元樹と言います」
「わ、私は蕪野ハルです。よろしくお願いしますです!」
ペッティングした後にこうして改まるのもおかしな話ですが、らしいといえばらしいな、と前髪を整えてはにかむ蕪野先輩を眺めていて思いました。
その時唐突に、自分の抱えている例の問題を、打ち明ける気分になったのです。それは奇妙な信頼でした。過去にいたことはありませんが、「セフレ」というのはこういう距離感の存在なのかもしれません。
「朝、自分を起こしにきてくれませんか?」
二つ返事でOKしてくれた蕪野先輩に、 家はどこかと訊くと、最寄りの駅から10駅ほど離れている、毎朝来てもらうには悪いなと思われる距離でした。命のかかっている自分は、しかしそんな風には見せない気軽さで、こんな提案をします。
「しばらくの間、一緒に暮らしませんか? 蕪野先輩をこうしたHVDO能力者を見つけて倒すまで」
まだ数えるほどしか言葉もかわしていない、今日出会ったばかりの相手への誘いとしては、ディズニーランドよりもラブホテルよりも、ありえない程高いハードルでしたが、それを蕪野先輩は難なく飛び越えたのです。
色のついた、か細い声で、自分の指をじっと見つめ、
「……また、ここ弄ってくれますですか?」
自分は思わず鉛のように重い唾を飲み込んで、
「はい、毎日でも。蕪野先輩」
そして傾城の如く男を殺す、照れ笑顔を浮かべて、
「じゃ、じゃあ、ハルって呼んでくださいです」
こうして、処女でビッチで性器がお花な蕪野先輩との共同生活が始まりました。
そうとしか表現出来ない状況に、自分は天地が揺らいだような錯覚に陥り、すぐにそれが眩暈だと気づくと、気力を振り絞って閉じかけた目をこじ開けました。
蕪野先輩はしきりに、「性器が他の人と違うのではないか不安だ」という旨の発言を繰り返していましたが、自分はせいぜい、ラビアがはみ出ているだとか、クリトリスが大きめだとか、剃ってないのにつるつるだとか、その程度の事だと思っていましたが、完全に甘えだったと言わざるを得ない立場のようです。常軌を逸している。これしか言えません。
「や、やっぱり変な形してますです……?」
自らのとんでもない性器を晒しながら、すがるように蕪野先輩は、目を潤ませていました。「大丈夫です。全然変じゃないですよ。さあやりましょう」という台詞を直前まで用意していた自分は、それが50m先に吹っ飛んで跡形もなく木っ端微塵にされた事を知らされ、狼狽しました。
「いや、その、こ、これは……えっと、もしかして刺しているんですか? それとも接着しているんですか?」
「ち、違いますです。こういう形なんです」
いよいよもって揺るぎのない、紛れもない、許されない異常事態に、一筋縄ではいかない脱童貞という壁の厚さと硬さを知りました。
自分の目が正常であるならば、蕪野先輩の女性器は「白い花」でした。
6枚の花びらは等間隔で放射状に広がり、その中心からぴょんと出た数本の赤いおしべとめしべは、重力に従って垂れ下がっています。自分は、この花の名前を知っています。
百合。
正確に言えば「ヤマユリ」であるように見えます。ユリ科ユリ属の日本特有種で、くるんと外側に向かってめくれた白い花弁に、黄色の筋と斑点があるのが特徴だったはずですが、そんな事はこの際どうでもよく、重要なのは、そのヤマユリが一体全体どこから生えていやがってるんだという衝撃です。
よく官能小説などで女性器の事を花弁やらつぼみやらと表現していますが、蕪野先輩のモノは、見た目だけで言えば紛れもなく花でしかなく、物凄い存在感でこっちに向いて咲き誇っていました。
「やっぱり……変、ですよね?」
仰向けに寝たまま目を瞑って、足をピンと伸ばして、自信なさげにぽつりと零す蕪野先輩に、いや、変ってレベルじゃ……と言いかけましたが、自分は少なくとも一般的な男子よりかは、こういった性的超常現象に慣れている方の人間です。これも何かのHVDO能力、という一応のエクスキューズをつける事が出来たのが幸いでした。
「……ちょっと失礼します」
自分は手刀を切ってから、珍妙奇怪な陰部へと、顔を近づけていきました。
くんかくんか。
嗅いでいると、その内に味までしてきそうな独特で甘い匂い。間違いありません。どうやらこれは本物のヤマユリのようです。
「触ってみてもいいですか?」
本来なら痴漢行為ですが、この場合はむしろ学術的実験と見るべきでしょう。
「ど、どうぞです」
人差し指が、ふに、と花弁に触れると、蕪野先輩が「ひんっ」とかわいらしくも艶かしい声を漏らしました。その嬌声に反応して視線を向けると、真っ赤に染まった顔を咄嗟に両手で隠していたので、どうやら演技という訳でもないようです。この百合の花は、股間に張り付いているだけの無機物という訳ではなく、脳と繋がった感覚があり、ならば栄養や水分などは、蕪野先輩から吸収している可能性も見えてきます。
それと、百合のインパクトが大きすぎて忘れていましたが、どうやら蕪野先輩はパイパンのようです。いやむしろ、百合が咲いてしまったからこそ剃っているのか、それとも元々生えていない所に百合が生えたのか、謎ではありますが、とりあえずアナルは至って普通の物でしたのでうんこは問題無いでしょう。
次に自分は、花の部分と肌の部分の接合部を良く見るため、蕪野先輩にM字開脚を依頼し(客観的に見ると、依頼した自分もどうかと思いますが、それに大人しく従う蕪野先輩もどうかと思います)、花びらを優しく曲げて上からと、布団に頬をこすりつけるように屈んで、下からのアングルで嘗め回すように観察してみると、花は穴に刺さっているというよりは、穴の中から生えているようでありました。弧を描いた花弁をめくって(触れる度にいやらしい声を出すのが早速自分が見つけた蕪野先輩の悪い癖です)、目を凝らしましたが、花びらの根元に当たる部分はやはり、肌と完全に密着して、デリケートゾーンの奥深くへと続いているようです。
はっと気づき自分は顔をあげました。
「おしっこは!? おしっこはどうしてるんですか!?」
蕪野先輩はますます顔を紅くしながら、もじもじと震えだしたので、百聞は一見にしかず、すかさず自分は黄命を発動させて、こんな事もあろうかと一応買っておいた尿瓶をベッドの下から取り出しました。
奇妙な光景は続きます。
おしべとめしべの根元。つまる所花びらの中心点から、しーー……っと、黄色い液体が放出されていました。蕪野先輩はもう恥ずかしさのあまり泣いてしまったようですが、そんな事を気にしている暇はありません。どんどん尿瓶の中に溜まっていく尿は、普通の人のそれと同じようであり、しかし香ばしさの中に、ほのかな甘い匂いが漂ってくるようで、実に味わい深い、このまま樽の中に入れて20年くらい熟成させたいような代物でした。
「な、なんでですか! 私おしっこなんて全然したくなかったです!?」
いつもの冷静な自分であれば、こういった言動やその手を口にあてて「はわわ」とたじろぐ姿も、「あざとい」などと感じている所でしたが、今はもう猜疑心を土俵からうっちゃって、とことんこの不思議な少女に付き合おうと覚悟を決めていました。
「ここ、触られると気持ちいいんですか?」
「気持ちいい、です?」何を言われたのかわからなかったように呆けて5秒、意味を理解したように、あるいは確かめるように「気持ちいいです! よ、良ければもっとしてくださいです」と懇願してきました。
かわいさ余って性欲百倍。どうにかこのままでも挿入出来ないものか、と思索した自分は、百合の花びら部分を徹底的に調べる事にしました。まずは中指を1本、花びらの中心点に向けてゆっくりと挿入しましたが、第二間接まで進んだ所で行き止まりにあたってしまい、そこをほじくっても蕪野先輩がどエロい喘ぎ声をあげるばかりなので諦めました(尿穴はあるようですが、小さい上に1番奥にあるので指ですら確認が難しいです)。この深さではせいぜい息子の半分も進める事が出来ませんでしょうし、当然花であるので入り口側に向かうにつれて広がっており「挿れた」というよりむしろ「被せた」という形になってしまう事はやってみなくても間違いありません。
蕪野先輩の花びらを弄りながら(こう言うと比ゆ表現に思えてしまうかと思われますが、そのままの意味です)、自分は今、とてつもなく変態的な事をしているのではないか、という高揚感が、気づくと背中にぴたりと張り付いていました。
自分は自分を取り戻す為、花の蜜で濡れた(これも比ゆ表現ではありません)指をティッシュで吹いて、もっと触ってと言わんばかりに物欲しそうに見つめてくる蕪野先輩に質問を投げました。
「えっと、蕪野先輩、ちなみにこの花は、いつからここに咲いているんですか?」
「いつから……ですか」少し首を捻って、「昨年の……5月か6月くらいだったです。ある日お風呂に入ってる時に、ここが『つぼみ』になっているのに気づいて、恥ずかしくて誰にも言えずに放っておいたら、それが……咲いてしまいましたです……」
言いながら、またもやうるっと涙目になっていたので、自分は少しかわいそうになって、花びらの1枚を指でしゅしゅと軽く擦ってあげました。眉をひそめながら下唇を上唇で甘く噛む表情。たまらなくなります。
まず間違いなく、蕪野先輩の局部に咲いた百合の花はHVDO能力によるものです。そこまで変ではない、むしろこういう女の子が世の中には沢山いるのではないか。などと仰る方がいましたら、今すぐWikipediaの「膣」の項目をご覧になってください。それでも満足出来なければ渡米して無修正ポルノを買い漁ってください。それでもまだまだ納得いかなければ、その辺の女の子を襲ってみてください。よろしいでしょうか、どこにも花なんて咲いていません。
自分の中では、既に答えは出ました。
彼女、蕪野先輩は、何者かの手によってHVDO能力による攻撃を受けており、しかも、その能力者は昨年から敗北をしていない。していたとすればHVDO能力による変化も解除されているはずですから、つまり相当な手練のHVDO能力者という事になります。恥丘に咲いた花を眺めながら、思惑に耽る自分に、蕪野先輩はこう訴えてきました。
「こ、これでも何人かの男子とホテルまで行った事はあるんです! でもこれを見た途端、皆逃げちゃって……やっぱり私、変なんでしょうか……凄く悲しいです」
顔、胸、仕草という3種の武器を標準装備している上に、貞操観念をパージしているにも関わらず、高二にもなって処女でいるという理由。局部に百合の花が咲いているのであれば、納得出来るという物です。
自分はそれから何も言わず、蕪野先輩の花に対して今出来る精一杯の愛撫を施しました。花びらは奥に行くほど感覚が敏感になるようで、裏側を優しく擦ると焦らしになり、めしべの先端は特別感じすぎるらしく、そしてやればやるほど花蜜が溢れてきました。刺激を送る度に様々な変化を見せる淫情を眺めながら、同時に心の中で闘志が燃えてくるのを自分はひしひしと感じていました。また、100%勃起しているにも関わらず、息子が爆発しない事から、敵ではないかという疑いもいよいよ100%晴れました。
やがて蕪野先輩が絶頂に達すると同時に、決心は固まりました。
この呪いをかけたHVDO能力者を倒し、自分は、蕪野先輩とセックスをします。
その後、蕪野先輩にHVDOの事を説明するかどうか少しの間悩みましたが、結局話す事にしました。理由としては、これ以上真剣に悩まれて、病院に駆け込まれても厄介な事と、能力による影響である事を理解してもらわなければ、その解決法に関しても納得してもらえないと判断したからです。特に、前者の理由は時間的には差し迫っており、「今回、セックスを断られたら、凄く恥ずかしいですけど勇気を出してお医者さんの所に行こうと思っていましたです」という言葉から、そうなると、「世にも珍しい花の形をした性器」としてザイーガにまとめられてしまった挙句、HVDOの事も露呈してしまうという心配もありました。
最初、蕪野先輩はHVDOの事を説明しても、何かの冗談だと思ったらしく取り合ってくれませんでしたが、再度自分が黄命を発動させて尿を漏らさせ、第二能力「W.C.ロック」もついでに目の前で実演すると、首を傾げながらも、真面目に話を聞いてくれるようになりました。
「周囲に思い当たる節、つまり変態はいませんか?」
と、自分が訊ねると、蕪野先輩はシャツのボタンをとめながら、うーん、と首を捻って、「そもそも変態さんって普通は自分の性癖を隠しますから、分かりませんです」ともっともな事を言いました。
そこで、蕪野先輩は自分の事を噂の真犯人である等々力氏と勘違いしてここまで来ているという事を思い出した自分は、まずは確認をとる事にしました。
「蕪野先輩、自分の名前はご存知ですか?」
「え? ……そういえば知りませんです」と言った後、パンツを履きながら、「名前も知らない人に、私、何て事を……」と呟いていました。とりあえず性欲が発散出来て、賢者タイムに入っているという事でしょう。
「では、自己紹介しましょう。自分は五十妻元樹と言います」
「わ、私は蕪野ハルです。よろしくお願いしますです!」
ペッティングした後にこうして改まるのもおかしな話ですが、らしいといえばらしいな、と前髪を整えてはにかむ蕪野先輩を眺めていて思いました。
その時唐突に、自分の抱えている例の問題を、打ち明ける気分になったのです。それは奇妙な信頼でした。過去にいたことはありませんが、「セフレ」というのはこういう距離感の存在なのかもしれません。
「朝、自分を起こしにきてくれませんか?」
二つ返事でOKしてくれた蕪野先輩に、 家はどこかと訊くと、最寄りの駅から10駅ほど離れている、毎朝来てもらうには悪いなと思われる距離でした。命のかかっている自分は、しかしそんな風には見せない気軽さで、こんな提案をします。
「しばらくの間、一緒に暮らしませんか? 蕪野先輩をこうしたHVDO能力者を見つけて倒すまで」
まだ数えるほどしか言葉もかわしていない、今日出会ったばかりの相手への誘いとしては、ディズニーランドよりもラブホテルよりも、ありえない程高いハードルでしたが、それを蕪野先輩は難なく飛び越えたのです。
色のついた、か細い声で、自分の指をじっと見つめ、
「……また、ここ弄ってくれますですか?」
自分は思わず鉛のように重い唾を飲み込んで、
「はい、毎日でも。蕪野先輩」
そして傾城の如く男を殺す、照れ笑顔を浮かべて、
「じゃ、じゃあ、ハルって呼んでくださいです」
こうして、処女でビッチで性器がお花な蕪野先輩との共同生活が始まりました。
10回から先は数えていませんが、この指の攣り具合といい、全身に漂う、「勃起疲れ」とも形容すべき倦怠感といい、おそらくは15、あるいは20回近く、自分はハル先輩の異常極まりない性器を、満足してもらえるまで弄っていたようです。指に冷えピタを張ってアイシングしながら、ベッドに仰向けに寝ころがり、「一体何をしているんだ自分は……」という後悔にも似た感情と、「しかしとりあえず、とてつもない事をしている」という達成感のような物に巻かれながら、上のベッドで寝ているハル先輩のたてる小さな寝息を聞いていました。
昼。
「では、ハル先輩」
「先輩なんてつけなくていいですよ?」
「いえ、敬称は省略したくないので、ハル先輩と呼ばせてください」
「じゃあ、私は五十妻君の事、『もっくん』って呼びますです」
「……それはご勘弁願えませんか」
「勘弁なんてしませんですよ」
そう言って、頬を膨らませて、悪戯っぽく笑うハル先輩。
何も自分は、このような三流エロゲライターが鼻くそほじりながら書いたようなやりとりを伝えたいのではないのですが、しかしどう考えてもハル先輩は、内気で、女の子で、しかしこうと決めたら一直線の、ちょっと頑固な所が魅力な、仮に悪魔から見ても天使であり、そこの所は最低でも知っておいて欲しかったのです。
その後、圧倒されっぱなしの自分を置いて、ハル先輩は実に手際よく同棲生活の準備を進めていました。まず一旦家に帰って、歯ブラシやら枕やらピンクローターやら生活に最低限必要なものを小荷物にまとめてくると、我が家の冷蔵庫にある残り物食材を使って(これはどうでも良い事ですが、くりちゃんが幼女化した時以来、自分も少しは料理に興味を持って、2日に1回くらいは自炊するようになったのです)少し遅めの昼食を拵えてくれました。
ハル先輩特製のチーズ豆腐チャーハンは、実に香ばしく、美味でした。誰にでも股を開く性格と、性器が大変な事になっている事を一旦忘れて、良い所だけを見てみれば、今すぐお嫁さんにしたい所でしたが、前2つの問題はどう考えても大きすぎるので、やはりハル先輩も、最終的には五十妻ハーレム計画に内包し、肉便器の1人として扱うのが妥当なようです。
が、それはまだまだ遠い未来の話ではあります。まずは謎のHVDO能力者を撃破し、この百合を取り除く事。これに集中するとしましょう。
昼食の後、ハル先輩は自分の部屋の片づけをして、さりげなく自分のベッドの上に、持ってきた枕を設置していました。当然シングルベッドなので、2人で寝るには狭いだろうと考え、自分は来客用の布団を出して敷くと、自分の枕を移しましたが、それもどうやら不満なようで、言い訳に言い訳を重ねどうにか納得いただいた後、晩御飯と明日のお弁当の材料と、それから他の生活必需品を購入する為、2人で近所のスーパーに行きました。そして帰ってきてから、一緒にテレビを見て、一緒にお風呂に入って、少しスマブラをしてから、別々の寝床につきました。
ちなみに、ここまで挙げたハル先輩の行動の前後には全て、自分からのB行為もといお花のお手入れが、割愛されていますが為されており、合計するとやはり30くらい、自分はハル先輩を絶頂に導いたという計算になります。とはいえ自分にMr.TakaKatouばりのテクニックがある訳ではなく、母の趣味の園芸に強制的に付き合わされた賜物であると思われます。
高校生として初めての夜、自分は百合の形をした巨大な怪物に襲われる夢を見ました。
朝。
耳たぶに感じる強烈な痛みは、昨晩自分がハル先輩に依頼した「耳たぶを親指と人差し指で思いっきりぎゅーーーの刑」による物であると理解して目覚めると、「ひっ、ごめんなさいです」と朝一の挨拶にしてはかわいらしすぎる一発をもらって、欠伸をしました。
好きなように痛めつけて起こしてください。と最初は頼んだのですが、「そ、そ、そんな事私出来ませんです」と首を振ったのを見て、このまま放っておいたら朝には泣きながら放っておかれそうな予感がしたので、過去、くりちゃんから受けた虐待の中でも1番マシで、なおかつきちんと起きられる程度の痛みを伴う先ほどの刑を提案したのはやはり正しい判断だったようです。しかし時計を見ると、予定の起床時刻よりも10分ほど遅れているようで、その10分間は、自分の寝ている姿を見ながら、刑を執行する事に踏ん切りがつかなかったという事実を示しており、ハル先輩がシモ関係以外は完璧な聖女である事の証明ともなっています。
何はともあれ登校です。
自分はハル先輩が用意しておいてくれたトーストを咥えて、家を出ました。自分が鍵をかけるのを見て、「合鍵を用意しなくちゃいけませんですね」と照れるハル先輩を見ながら、いよいよ人生始まったな、などと思いつつ、一歩を踏み出した瞬間、隣の家に住むくりちゃんが同時に家を出てきて、瞬間ぴたりと目があいました。
修羅場。
と思ったのは、果たして自分の自惚れでしょうか。自分の隣にはハル先輩。そして目の前にはくりちゃん。何か良からぬ事が起きそうな、ただ事ではない不穏な空気。自分はあわや口に咥えたトーストを落としそうになりましたが、咄嗟にハル先輩が気づいて、手を添えてくれたので、落とさずに済みました。
しかしもっと大事な物を落としてしまいました。
それはくりちゃんからの評価です。
「……最低」
確かに、そう言ったように聞こえました。「再見(ツァイツェン)」だったかもしれませんが、くりちゃんは中国人ではないのでおそらく違います。「Say Yeah」かもしれませんが、くりちゃんはラッパーではないのでこれも違います。そのまま足早に、学校の方向へと行ってしまうくりちゃん。背中からは、「明日からは家を出る時間をずらそう」という強固な意思が読み取れるようで、自分は、元々地の底にあった自分の信頼度が、加圧されて化石燃料と化してしまった事にようやく気づきました。
しかしそれでもいいのです。元より、くりちゃんの方から謝罪が入らない限り、自分はこのおもらし貧乳処女友達無し暴力女の相手をするつもりはありません。
「さ、いきましょうか」
「はいです!」
(貧乳処女から巨乳処女に)切り替えていく。
女性の持つ魅力というのは底知れない物があり、実際、ハル先輩を隣にして歩いていると、道行く人の視線が明らかに違うのです。羨望、嫉妬、欲情、虚脱、絶望、悄然。沈黙を従えた視線の中に、それら常ならぬ感情が確かに混ざり、自分を突き刺します。しかし痛みは無く、むしろ優越感という名の快楽があり、あやうく飲み込まれそうになりました。
自分がきちんと理解しておかなければならない重要な事は、別にハル先輩は自分の事が特別好きという訳ではないという事です。これは照れ隠しでも謙遜でもなく、ただ事実として、そうであると感じてるだけです。
約20時間ほど一緒に過ごして理解したのは、ハル先輩はただ、「気持ち良い事をしてくれる人」を気に入るというだけの事です。セックスがしたいと率直な欲望を述べた事からも分かりきった事でしたが、花弄りをしていて、ハル先輩は性的快感に溺れに溺れ、とうとう自分へのお返しという名のご奉仕を思い出してはくれませんでした。
端的に言えば、何もセックスだけが性行為では無いという事です。例えば手コキ、例えばフェラ、例えばアナル。前にも少し述べましたが、「より興奮する為の」変態行為は、通常セックスとの線引きが難しい物ですし、例え性器がヤマユリだろうと、極端な話存在しなくとも、それらの行為をするのに不十分ではないはずなのです。
意外な所で自分は、シャイボーイな所があるようで、「ふあぁ!」「あんっ」「ふひー」「ぬっはーん」と喘ぎに喘ぐハル先輩に、「咥えろ」とはとうとう言い出せませんでした。
ですが、一晩あけて冷静になると、今はむしろ、それで良かったと思えるようになりました。
愛撫だけさせておいて自分は抜かずに、何が良かったんだこのドM野郎と思われるかもしれませんが、現実はもうちょっとだけ複雑なのです。
ハル先輩の性器を加工したHVDO能力者は、おそらくですが春木氏レベル、最低でも三枝生徒会長レベルの実力を持っていると見るべきです。何せ昨年から約1年ほど負けていない訳ですから、相当数の勝ちを積み重ねている、あるいは実力差を瞬時に読み取り、勝てる相手としか戦わないタイプだと考えるのが妥当なラインです。しかも、その能力も性癖も、全くもって謎。特に性癖に至っては、短絡的に「性器が百合になっている女の子フェチ」と解釈すると、いかにもニッチ過ぎて、果たしてそんな性癖が存在するのかどうか、はっきり言って聞いた事すらありません。よって、ハル先輩のヤマユリは、そのHVDO能力の余波による物、詰まるところ、例えば三枝委員長の記憶と記録を消去したり、春木氏の過去を追体験させる能力のような物の影響と考える事が出来ます。
「百合……ですか」
自分は歩きながら、考えていました。呟きに反応して、「あ、あの、分かっているとは思いますですが、この事は誰にも内緒で……」とハル先輩が申し訳なさそうに言うので、このまま弱みを握った形にして無理やりにでも口に捻じ込んでしまおうかとも考えましたが、やはりそれはやめました。
それだけ強力なHVDO能力者を相手にするならば、自分には「覚悟」が必要です。何としてでも勝利し、ハル先輩と初体験をするという鋼鉄の覚悟。「まあフェラでも抜けるし、いっか」などと思ってしまったならば、その途端に覚悟は弱まるでしょう。制限を受け入れ、リスクを背負わなければ、格上には勝てません。自分はそれを過去に十分経験しています。
学校に到着し、昇降口でハル先輩と別れ(この間も、周囲、特に男子からの視線は強烈な物があり、殺意さえ感じましたので、ハル先輩の人気はなかなか高いように思われました。)、教室に入り、席につくと同時、肩をばしんと叩かれました。
「よう五十妻! 同じクラスだって気づかなかったぜ! 昨日は気が動転しててな!」
一夜明け、清々しいまでの笑顔を浮かべて陽気に喋る等々力氏がそこにはいました。当然、クラスメイトから変態仲間だとは思われたくないので無視を決め込みましたが、笑いながらばしばしと背中を叩かれたので、仕方なくこう言います。
「話しかけないでもらえますか?」
「ぶはは! ところでよ、俺は昨日すげえおっぱいを見たんだよ!」
そんな金玉袋みたいな笑い方で済まされねえぞ、という自分のイラだちを無視してこのぼんくらは続けます。
「間違いなく、今まで見てきた中で最高のおっぱいだ! 先輩らしいんだけどよ、俺は決めた。こんな貧乳学級だろうと、あのおっぱいが同じ学校に通っていると思えば耐えられる。だから学校やめるのはやめたぜ」
はあ、そうですか。という相槌を打つのも危険だったので、自分は机に顔を突っ伏して寝たフリをしましたが、なおもおっぱいキチガイは周りに聞こえる音量で叫ぶのです。
「お前、この学校の『茶道部』を知ってるか? 昨日3年生の人に聞いて知ったんだがな、この学校では『茶道部』が生徒会よりも、つうか校長よりも大きな権力を持ってるらしいんだよ! そんで、俺が見たおっぱいちゃんはその茶道部の部長って訳だ。すげえだろ!」
荒唐無稽とはまさにこの事。茶道部が1番の権力者というのも意味が分かりませんし、それによって等々力氏のテンションがメーター振り切っちゃってるのも訳分かりません。というか本当に、マジで、リアルに、話しかけないでいただきたいのです。顔をあげなくても、周囲のクラスメイト(特に女子)が白い目でこっちを見ているのが分かるくらいの惨状なのです。
「とにかく最高のおっぱいだ! お前みたいな変態だって勃起する事は間違いなしだぜ!」
放っておくと、この入学初日にパイナップルを飲み込んで自爆した馬鹿に足を引っ張られて、地獄へと道連れにされてしまうと判断した自分は、武力行使に出る事を決めましたが、その瞬間、気になる名前が聞こえたのです。
「『望月ソフィア』先輩っていうらしいんだ。多分ハーフだな。おっぱいも最高だったが、顔もなかなかの美形だったぜ。まああのおっぱいには勝てないが、尻もな」
瞬時に、昨日の事を思い出します。三枝生徒会長が口にした「厄介な」人の名前。合併に反対していて、なおかつHVDO能力者でもある人物「望月ソフィア」。自分は顔をあげ、等々力氏に詳しく訊ねようと口を開きましたが、その背後に、ハル先輩がにこにこしながら立っていたのに気づきました。
「あ、もっくん」だからその呼び方は……と、いつもとは逆のパターン。「昼休み、ご飯一緒に食べたいので、クラスまで来ていいです?」
と、はにかむキューティー弾けるフレッシュ爆弾スマイルをぶちまけ、世界は核の炎に包まれ口寄せの術で呼ばれた神龍により時の世界に入門した自分は卍解しそうになりました。
「え、ええ」とたじろぎながら、今度はクラスの男子全員からの痛い視線に、自分は思わず顔を伏せました。
入学2日目にしてこのようなな美少女が昼食を誘いにくるなど、いかにもまずい。
しかし同時に、彼女にメイドコスさせて秋葉原へと繰り出すような、最早一種の「プレイ」のような快感も覚えた事は正直に告白しましょう。
俯いている内に、ハル先輩はスキップしながら戻っていきました。
その時、床にぽたりぽたりと3、4滴、真っ赤な液体が落ちたのを見たのです。ぎょっとして顔をあげると、目の前には、「血涙」を流す等々力氏が、阿修羅の如き形相で、自分の事を睨んでいました。
昼。
「では、ハル先輩」
「先輩なんてつけなくていいですよ?」
「いえ、敬称は省略したくないので、ハル先輩と呼ばせてください」
「じゃあ、私は五十妻君の事、『もっくん』って呼びますです」
「……それはご勘弁願えませんか」
「勘弁なんてしませんですよ」
そう言って、頬を膨らませて、悪戯っぽく笑うハル先輩。
何も自分は、このような三流エロゲライターが鼻くそほじりながら書いたようなやりとりを伝えたいのではないのですが、しかしどう考えてもハル先輩は、内気で、女の子で、しかしこうと決めたら一直線の、ちょっと頑固な所が魅力な、仮に悪魔から見ても天使であり、そこの所は最低でも知っておいて欲しかったのです。
その後、圧倒されっぱなしの自分を置いて、ハル先輩は実に手際よく同棲生活の準備を進めていました。まず一旦家に帰って、歯ブラシやら枕やらピンクローターやら生活に最低限必要なものを小荷物にまとめてくると、我が家の冷蔵庫にある残り物食材を使って(これはどうでも良い事ですが、くりちゃんが幼女化した時以来、自分も少しは料理に興味を持って、2日に1回くらいは自炊するようになったのです)少し遅めの昼食を拵えてくれました。
ハル先輩特製のチーズ豆腐チャーハンは、実に香ばしく、美味でした。誰にでも股を開く性格と、性器が大変な事になっている事を一旦忘れて、良い所だけを見てみれば、今すぐお嫁さんにしたい所でしたが、前2つの問題はどう考えても大きすぎるので、やはりハル先輩も、最終的には五十妻ハーレム計画に内包し、肉便器の1人として扱うのが妥当なようです。
が、それはまだまだ遠い未来の話ではあります。まずは謎のHVDO能力者を撃破し、この百合を取り除く事。これに集中するとしましょう。
昼食の後、ハル先輩は自分の部屋の片づけをして、さりげなく自分のベッドの上に、持ってきた枕を設置していました。当然シングルベッドなので、2人で寝るには狭いだろうと考え、自分は来客用の布団を出して敷くと、自分の枕を移しましたが、それもどうやら不満なようで、言い訳に言い訳を重ねどうにか納得いただいた後、晩御飯と明日のお弁当の材料と、それから他の生活必需品を購入する為、2人で近所のスーパーに行きました。そして帰ってきてから、一緒にテレビを見て、一緒にお風呂に入って、少しスマブラをしてから、別々の寝床につきました。
ちなみに、ここまで挙げたハル先輩の行動の前後には全て、自分からのB行為もといお花のお手入れが、割愛されていますが為されており、合計するとやはり30くらい、自分はハル先輩を絶頂に導いたという計算になります。とはいえ自分にMr.TakaKatouばりのテクニックがある訳ではなく、母の趣味の園芸に強制的に付き合わされた賜物であると思われます。
高校生として初めての夜、自分は百合の形をした巨大な怪物に襲われる夢を見ました。
朝。
耳たぶに感じる強烈な痛みは、昨晩自分がハル先輩に依頼した「耳たぶを親指と人差し指で思いっきりぎゅーーーの刑」による物であると理解して目覚めると、「ひっ、ごめんなさいです」と朝一の挨拶にしてはかわいらしすぎる一発をもらって、欠伸をしました。
好きなように痛めつけて起こしてください。と最初は頼んだのですが、「そ、そ、そんな事私出来ませんです」と首を振ったのを見て、このまま放っておいたら朝には泣きながら放っておかれそうな予感がしたので、過去、くりちゃんから受けた虐待の中でも1番マシで、なおかつきちんと起きられる程度の痛みを伴う先ほどの刑を提案したのはやはり正しい判断だったようです。しかし時計を見ると、予定の起床時刻よりも10分ほど遅れているようで、その10分間は、自分の寝ている姿を見ながら、刑を執行する事に踏ん切りがつかなかったという事実を示しており、ハル先輩がシモ関係以外は完璧な聖女である事の証明ともなっています。
何はともあれ登校です。
自分はハル先輩が用意しておいてくれたトーストを咥えて、家を出ました。自分が鍵をかけるのを見て、「合鍵を用意しなくちゃいけませんですね」と照れるハル先輩を見ながら、いよいよ人生始まったな、などと思いつつ、一歩を踏み出した瞬間、隣の家に住むくりちゃんが同時に家を出てきて、瞬間ぴたりと目があいました。
修羅場。
と思ったのは、果たして自分の自惚れでしょうか。自分の隣にはハル先輩。そして目の前にはくりちゃん。何か良からぬ事が起きそうな、ただ事ではない不穏な空気。自分はあわや口に咥えたトーストを落としそうになりましたが、咄嗟にハル先輩が気づいて、手を添えてくれたので、落とさずに済みました。
しかしもっと大事な物を落としてしまいました。
それはくりちゃんからの評価です。
「……最低」
確かに、そう言ったように聞こえました。「再見(ツァイツェン)」だったかもしれませんが、くりちゃんは中国人ではないのでおそらく違います。「Say Yeah」かもしれませんが、くりちゃんはラッパーではないのでこれも違います。そのまま足早に、学校の方向へと行ってしまうくりちゃん。背中からは、「明日からは家を出る時間をずらそう」という強固な意思が読み取れるようで、自分は、元々地の底にあった自分の信頼度が、加圧されて化石燃料と化してしまった事にようやく気づきました。
しかしそれでもいいのです。元より、くりちゃんの方から謝罪が入らない限り、自分はこのおもらし貧乳処女友達無し暴力女の相手をするつもりはありません。
「さ、いきましょうか」
「はいです!」
(貧乳処女から巨乳処女に)切り替えていく。
女性の持つ魅力というのは底知れない物があり、実際、ハル先輩を隣にして歩いていると、道行く人の視線が明らかに違うのです。羨望、嫉妬、欲情、虚脱、絶望、悄然。沈黙を従えた視線の中に、それら常ならぬ感情が確かに混ざり、自分を突き刺します。しかし痛みは無く、むしろ優越感という名の快楽があり、あやうく飲み込まれそうになりました。
自分がきちんと理解しておかなければならない重要な事は、別にハル先輩は自分の事が特別好きという訳ではないという事です。これは照れ隠しでも謙遜でもなく、ただ事実として、そうであると感じてるだけです。
約20時間ほど一緒に過ごして理解したのは、ハル先輩はただ、「気持ち良い事をしてくれる人」を気に入るというだけの事です。セックスがしたいと率直な欲望を述べた事からも分かりきった事でしたが、花弄りをしていて、ハル先輩は性的快感に溺れに溺れ、とうとう自分へのお返しという名のご奉仕を思い出してはくれませんでした。
端的に言えば、何もセックスだけが性行為では無いという事です。例えば手コキ、例えばフェラ、例えばアナル。前にも少し述べましたが、「より興奮する為の」変態行為は、通常セックスとの線引きが難しい物ですし、例え性器がヤマユリだろうと、極端な話存在しなくとも、それらの行為をするのに不十分ではないはずなのです。
意外な所で自分は、シャイボーイな所があるようで、「ふあぁ!」「あんっ」「ふひー」「ぬっはーん」と喘ぎに喘ぐハル先輩に、「咥えろ」とはとうとう言い出せませんでした。
ですが、一晩あけて冷静になると、今はむしろ、それで良かったと思えるようになりました。
愛撫だけさせておいて自分は抜かずに、何が良かったんだこのドM野郎と思われるかもしれませんが、現実はもうちょっとだけ複雑なのです。
ハル先輩の性器を加工したHVDO能力者は、おそらくですが春木氏レベル、最低でも三枝生徒会長レベルの実力を持っていると見るべきです。何せ昨年から約1年ほど負けていない訳ですから、相当数の勝ちを積み重ねている、あるいは実力差を瞬時に読み取り、勝てる相手としか戦わないタイプだと考えるのが妥当なラインです。しかも、その能力も性癖も、全くもって謎。特に性癖に至っては、短絡的に「性器が百合になっている女の子フェチ」と解釈すると、いかにもニッチ過ぎて、果たしてそんな性癖が存在するのかどうか、はっきり言って聞いた事すらありません。よって、ハル先輩のヤマユリは、そのHVDO能力の余波による物、詰まるところ、例えば三枝委員長の記憶と記録を消去したり、春木氏の過去を追体験させる能力のような物の影響と考える事が出来ます。
「百合……ですか」
自分は歩きながら、考えていました。呟きに反応して、「あ、あの、分かっているとは思いますですが、この事は誰にも内緒で……」とハル先輩が申し訳なさそうに言うので、このまま弱みを握った形にして無理やりにでも口に捻じ込んでしまおうかとも考えましたが、やはりそれはやめました。
それだけ強力なHVDO能力者を相手にするならば、自分には「覚悟」が必要です。何としてでも勝利し、ハル先輩と初体験をするという鋼鉄の覚悟。「まあフェラでも抜けるし、いっか」などと思ってしまったならば、その途端に覚悟は弱まるでしょう。制限を受け入れ、リスクを背負わなければ、格上には勝てません。自分はそれを過去に十分経験しています。
学校に到着し、昇降口でハル先輩と別れ(この間も、周囲、特に男子からの視線は強烈な物があり、殺意さえ感じましたので、ハル先輩の人気はなかなか高いように思われました。)、教室に入り、席につくと同時、肩をばしんと叩かれました。
「よう五十妻! 同じクラスだって気づかなかったぜ! 昨日は気が動転しててな!」
一夜明け、清々しいまでの笑顔を浮かべて陽気に喋る等々力氏がそこにはいました。当然、クラスメイトから変態仲間だとは思われたくないので無視を決め込みましたが、笑いながらばしばしと背中を叩かれたので、仕方なくこう言います。
「話しかけないでもらえますか?」
「ぶはは! ところでよ、俺は昨日すげえおっぱいを見たんだよ!」
そんな金玉袋みたいな笑い方で済まされねえぞ、という自分のイラだちを無視してこのぼんくらは続けます。
「間違いなく、今まで見てきた中で最高のおっぱいだ! 先輩らしいんだけどよ、俺は決めた。こんな貧乳学級だろうと、あのおっぱいが同じ学校に通っていると思えば耐えられる。だから学校やめるのはやめたぜ」
はあ、そうですか。という相槌を打つのも危険だったので、自分は机に顔を突っ伏して寝たフリをしましたが、なおもおっぱいキチガイは周りに聞こえる音量で叫ぶのです。
「お前、この学校の『茶道部』を知ってるか? 昨日3年生の人に聞いて知ったんだがな、この学校では『茶道部』が生徒会よりも、つうか校長よりも大きな権力を持ってるらしいんだよ! そんで、俺が見たおっぱいちゃんはその茶道部の部長って訳だ。すげえだろ!」
荒唐無稽とはまさにこの事。茶道部が1番の権力者というのも意味が分かりませんし、それによって等々力氏のテンションがメーター振り切っちゃってるのも訳分かりません。というか本当に、マジで、リアルに、話しかけないでいただきたいのです。顔をあげなくても、周囲のクラスメイト(特に女子)が白い目でこっちを見ているのが分かるくらいの惨状なのです。
「とにかく最高のおっぱいだ! お前みたいな変態だって勃起する事は間違いなしだぜ!」
放っておくと、この入学初日にパイナップルを飲み込んで自爆した馬鹿に足を引っ張られて、地獄へと道連れにされてしまうと判断した自分は、武力行使に出る事を決めましたが、その瞬間、気になる名前が聞こえたのです。
「『望月ソフィア』先輩っていうらしいんだ。多分ハーフだな。おっぱいも最高だったが、顔もなかなかの美形だったぜ。まああのおっぱいには勝てないが、尻もな」
瞬時に、昨日の事を思い出します。三枝生徒会長が口にした「厄介な」人の名前。合併に反対していて、なおかつHVDO能力者でもある人物「望月ソフィア」。自分は顔をあげ、等々力氏に詳しく訊ねようと口を開きましたが、その背後に、ハル先輩がにこにこしながら立っていたのに気づきました。
「あ、もっくん」だからその呼び方は……と、いつもとは逆のパターン。「昼休み、ご飯一緒に食べたいので、クラスまで来ていいです?」
と、はにかむキューティー弾けるフレッシュ爆弾スマイルをぶちまけ、世界は核の炎に包まれ口寄せの術で呼ばれた神龍により時の世界に入門した自分は卍解しそうになりました。
「え、ええ」とたじろぎながら、今度はクラスの男子全員からの痛い視線に、自分は思わず顔を伏せました。
入学2日目にしてこのようなな美少女が昼食を誘いにくるなど、いかにもまずい。
しかし同時に、彼女にメイドコスさせて秋葉原へと繰り出すような、最早一種の「プレイ」のような快感も覚えた事は正直に告白しましょう。
俯いている内に、ハル先輩はスキップしながら戻っていきました。
その時、床にぽたりぽたりと3、4滴、真っ赤な液体が落ちたのを見たのです。ぎょっとして顔をあげると、目の前には、「血涙」を流す等々力氏が、阿修羅の如き形相で、自分の事を睨んでいました。
子供の頃は考えもしなかった事ですが、この世はどうやら、「理想」と「現実」の狭間に存在しているようなのです。単純に考えれば、「現実」はただ単に今この目の前にある事実の連続でしかないように思われます。しかし実際は、「現実」というものは少なからず誰かの「理想」を投影されて構築されているはずなのです。誰かが木を簡単に切りたいと思ったから斧があり、誰かが空を飛びたいと思ったから飛行機があり、誰かが彼女もいないのに精液を出したいと思ったからAVがある。そして裸同士でセックスしてるだけの映像ではマンネリ化してきたのでコスプレAVが出来、コスプレ物の癖にすぐに服を脱がしやがるからTMAがある。と、そういう具合に、つまりは理想がまずあり、そこから現実が生まれ、その現実に直面した別の人の理想が出来て、更にまたそこから現実が生まれ、とループしながら、出来あがっているのです。
その理想と現実に差があるからこそ生まれてしまったのが「格差」という物でしょう。貧富の差、才能の差、運命の差。この場合、差は「現実」であり、差を崩す為の努力が「理想」にあたるのです。しかし重要なのは、理想は未来の事であり、無論、であるからして不確定事項です。しかし現実は現実として、既に過去存在してしまった事を無しには出来ません。勝ち組、負け組などという言葉をあまり安易には使いたくありませんが、後者が理想を現実の物とするには、それ相応の努力が必要になります。
そういえば、たった今、この場所にも、理想と現実が入り乱れていました。勝ち組負け組と言い換えてしまっても、この場合は許されるというか、正しいと思われます。
「お前を絶対に許さねえ……!」
憤怒。
感情がしとどに溢れ、ひりひりと焼きつくようなオーラが、はっきりと目に見えました。
等々力氏は血涙だけではなく唇からも、噛みすぎたからでしょうか出血しており、異常事態を察知した周囲のクラスメイトは、怒りの権化となった彼となるべく距離をあけるように机を離しました。良い判断です。
「ま、待ってください等々力氏」
と、言いはしたものの、このラスゴを抑える有効な言葉などある訳が無く、仮にあったとしても、それをこの場合において超勝ち組である自分がかけても、火にジェット機燃料を注ぐような物です。
「五十妻ぁ……あんな良いおっぱいと、いつ知り合ったんだてめえ……! 紹介しろ、つーか揉ませろ、つーか舐めさせろ……!」
言葉の節々からプラズマが漏れ出しているようで、自分は思わず圧倒されて、先ほどまで邪険に扱っていた事も忘れて、何をされるか分からないという恐怖から、どんどん教室の端へと追い詰められていきました。
思えば皮肉な物です。もしも昨日、等々力氏がその望月先輩なる人物のおっぱいを見つける事なく、3年生の所まで聞き込みに行っていなければ、ハル先輩は自分より先に等々力氏を発見したかもしれず、そのまま自分を等々力氏だと勘違いした流れは正しく展開し、今頃等々力氏はハル先輩のマシュマロおっぱいを学校を休んで1日中揉みしだいていたはずなのです。
にも関わらずそうはならなかった。理想と現実。勝ち組と負け組。賢い変態とアホな変態の差。
それが確かに、今この場所にありました。
しかし意外にも自分は、等々力氏に暴力を振るわれる事も、性癖バトルを挑まれる事もなく、無事に着席する事が出来たのです。掴んだ胸倉を離す時、等々力氏はこう言いました。
「確かに……確かにあのおっぱいはすげえ。認めてやる。極上モノだ。だがな、俺は昨日見ちまったんだよ。俺が求め続けてきたおっぱいを。服の上からしか見てねえが、俺には分かる。さっきの女のおっぱいよりも、ソフィア先輩のおっぱいの方が上だ。間違いなくな」
誰もが最低と思うであろう台詞を、死地に赴く兵士のように、悠々と、勇々と、訴えかけた等々力氏は、頭から湯気を発しながら、のしのしと自らの席に戻りました。
等々力氏がそこまで言うおっぱいというのは、確かに1度見てみたくもありますが、とはいえ自分は彼のように特殊な眼力を持っている訳ではありません。服の上からではもちろん、昨日、生で見たハル先輩のおっぱいも、確かにボリューミーで、持ち主に良く似たかわいらしい乳首をしていて、まあきっと良い方なのだろう、程度に思っていたくらいでしたが、きっとその望月ソフィア先輩なる人物のおっぱいにも、自分はそう大して感動を覚えないであろう予感がありました。
ハル先輩の生乳を見た際に不覚にもフル勃起していた事は、この際考えない事とします。
性癖は人それぞれです。
「えーと、もういいですか? 五十妻君、等々力君」
気づくと、上村だったか田丸だったか忘れましたがうちのクラスの担任が、教壇に立っていました。丁々発止の間にどうやらチャイムは鳴っていたらしく、クラスを埋めた生徒たちは、喧嘩を見守るやじうま兼、等々力氏のおっぱい賛歌を聞く聴衆にされていたようです。
耳を澄ませば、こんな噂が聞こえてきました。
「あの五十妻ってやつも変態か?」「中学の時同じクラスだったけど、変な奴だったよ」「なんだよ同じクラスに2人も変態がいんのかよ」「キモーい」「しかし等々力って奴のおっぱい愛はやべえな」「ああ、尊敬するぜ」「おい誰だ今尊敬したやつ」
ざわつく教室は次第に静まり、ようやく田所担任(か、あるいは水上担任)が口を開きました。それは「君達が静かになるのを待っていました」という態度でもなく、ただぼーっとしていた風でした。
「今日は、えーと、授業は4時間だけです。概ね時間割り通りですが、5、6時間目は無しで部活動説明会があります。生徒手帳にもありますが、清陽高校では基本的に何らかの部活動に入る事を推奨しています。どの部活にも入部しない場合は、その理由を書く紙があるので、言ってくれたら後で渡します。……何か質問あります?」
それはちょっとだけ悪い知らせでした。自分は部活に入って自らが汗水垂らすくらいなら、家に帰って液晶の中で尿を垂らす少女を見る方が性に合っていますし、おそらくですが「美少女おもらし部」もこの学校には存在しませんでしょうから、どうやら少し面倒ですが、帰宅部届けを提出しなければならないようです。
「はい、無いですね。では1時間目の授業は現国なので、このまま授業に入りましょう。えーとまず、みんなもう覚えてくれてると思いますが、僕の名前は」
あっという間に4時間目が終わり、昼休みになりました。松任屋担任の現代国語の後は、数学、公民、英語というラインナップで、目ぼしい教師は見当たらず、というより全員おっさんであり、浜岡担任を除いた3人のうち、3人ともがハゲ、2人がデブ、1人がチビというコンプレックスで麻雀の役が出来そうな面子が揃っており、「淫乱女教師の到着はまだか!」と心の中の劉備が声をあげました。
そんな非情なる現実にうなだれつつ、とりあえず今日仲良くなった人と一緒に昼食をとろうと皆が席を移動する喧騒の中に、「来ちゃいましたです。えへへ」と舌を出したハル先輩が、自分の机の前に天孫降臨しました。
またも強烈な視線を全身に感じましたが、それは既に朝からでしたので、少しは慣れてきました。むしろ見せびらかす意味を含めてクラスメイト全員の前で片乳揉んだろかい! くらいに思いましたが、それをするといよいよ本気で、東大寺南大門からはるばる金剛力士がやってきて肩パンされそうなので、どうにか堪えました。
ハル先輩特製弁当を机に広げ、いつの間にか居なくなっていた後ろの席のくりちゃんの椅子を借りてそこにハル先輩を座らせて、高校生活で発生しうる日常イベントの中で最も有意義かつレアリティの高い「一緒にご飯」イベントを入学2日目にして消化しにかかりました。
「ところでハル先輩。先程友人から、この学校では『茶道部』が権力を握っていると聞いたのですが、本当ですか?」
「うーん……そうと言えば、そうなりますです」
と、答えたハル先輩。どうやらあのおっぱい星人は、嘘をついていた訳ではないようです。
「ちょっとその意味が分からないんですが、詳しく教えてもらえますか?」
「はいです!」
頼みを聞ける事自体を嬉しがっているように微笑を零すハル先輩。昨日の痴態からは想像も出来ない純真無垢な少女です。
ハル先輩の話によると、そもそも清陽高校は、20年ほど前まで女子高だったらしいのです。今では男女比率5:5で、カリキュラムも一般的な普通制高校と何ら変わりありませんが、女子高時代はそこそこ偏差値も高く、いわゆるお嬢様と呼ばれる方々が通っていたそうなのです。
茶道部はその頃からある歴史の長い部活で、部員は現在でも70名近くいるらしく、そして茶道部として卒業した先輩、いわゆる「OB」に、名のある方々が多いらしいのです。
ハル先輩の鞄の隅にたまたま入っていた茶道部の部誌「むくげ」を見せてもらいましたが、そこにあった茶道部OBからのメッセージコーナーには、衆議院議員2名、参議院議員1名、隣県の知事、それからテレビをそんなに見ない自分でも聞いた事のある大女優や、知りませんが、おそらくはその道を極めているであろう家元的な人の名前が、書き連ねてありました。しかもその号に載っていたのはまだまだ極一部の人らしく、この人達全員が清陽高校茶道部出身だとすると、確かにそのコネクションから発生する権力は、一介の高校の校長よりも上であるように思われました。
「茶道部といっても茶道だけやる訳じゃないらしいです。礼儀作法? とか。なんかそういうのもやると友達が言ってましたです。入部するのにも条件がいるみたいで、規律も厳しくて退部させられちゃう人もいるって聞きましたです」
「ハル先輩は入らなかったのですか?」
「え? 私は、」
「楽しそうだな、え? おい」
と会話を遮ってきたのは、やはりというか何というか等々力氏でした。
「あんた蕪野ハルって言うんだってな」
「は、はいです」
等々力氏はにやにやと笑っていましたが、その仮面の下には今も燃え滾る怒りを隠しており、何をするのかと自分は、というか仮に初対面の人でも不安にさせるような何かがありました。
「蕪野先輩よぉ。こいつと付き合ってんのか?」
「え!? ええ!?」
照れつつ驚くハル先輩。等々力氏に親指で指された自分は、どうしていいか分からず、ハル先輩特製の海苔を巻いた玉子焼き(絶品)を食べて口を塞ぎました。
「え、えと、も、もっくん。私達、付き合ってるんです?」
そんな事聞かれても。と思い、また一口、今度はトマトのベーコン巻きを放ると、「ううぅ……」と助けを求める目で、ハル先輩が自分を見ていました。
怒髪天を突くとはまさにこの事といった等々力氏。しかしどうやらその怒りを収める為の手段は、既に自らで用意していたようなのです。わざとらしく余裕たっぷりに、勝ち誇ったように、辻斬りがぬらりと妖刀を抜くように、こう言い放ちました。
「へっ。何も知らない蕪野先輩に良い事教えてやんよ。こいつ、五十妻はな、女の子がおもらしをしているのを見て喜ぶような最低のド変態なんだぜ……?」
「え? 知ってますですけど……」
「えっ」
一瞬で素に戻った等々力氏は、自分の顔とハル先輩の顔を交互に見ていましたが、自分はいつもの仏頂面を決め込んで黙秘し、ハル先輩はおそらくですが昨日の行為を思い出して赤面していました。
「いやいやいや……え? いいの? え? こいつ変態だよ?」
「か、構いませんです!」
天女。
女性と付き合った事の無い自分が言っても、いまいち説得力が無いかもしれませんが、これは一般的な認識として、偏見のコレクションと揶揄される常識という言葉に照らし合わせても、男性の性癖をどこまで認められるかは、その女性の器の大きさに託されていると言っても間違いないでしょう。
胸だけではなく心もおちょこなくりちゃんに比べて、ハル先輩の何と寛大な事か。その器たるや魯山人作か、はたまたルーシー・リー作か。おもらしという性癖を認め、受け入れてくれた女性は、三枝生徒会長に次いでハル先輩が実質2人目であり、しかも1人目はただ自らの恥ずかしい姿をとにかく人に見て欲しいだけですから、その希少性もひとしおをという物です。
「ば、馬鹿な……。変態でもいいというのか……!」
わなわなと震える等々力氏は、額からカバのごとくピンク色の汗を流し、ドイツ軍人並にうろたえていました。
「そ、それなら、俺にも揉ませてくれよ、あんたのおっぱ」
「静かにぃ!」
とまたまた会話は遮られました。クラス全員が声のした方に注目します。
等々力氏の野望を打ち砕いたのは、突然教室に入ってきた5、6人の、「生徒会」という腕章をつけた方々。全員スポーツマン体系の屈強な男子で、近くにいるだけで妊娠させられそうな雰囲気がありました。
その中の、ぴしっと制服を着こなした黒縁眼鏡の、比較的にインテリっぽい男が1人、教壇でお弁当を食べていた室伏担任をどかして、高らかにこう宣言しました。
「私が清陽高校生徒会長、桐谷だ。これより生徒会主催によるゲリラ部活動説明会を開催する! 全員速やかに体育館へ集まるように! 以上だ!」
おそらく等々力氏が最後まで台詞を言えていれば、ハル先輩は喜んで揉ませたのではないかな、と自分は思いながら、重なる時には重なる不幸を想いつつ、クラスメイトの皆に倣って、弁当箱を片付け始めました。
その理想と現実に差があるからこそ生まれてしまったのが「格差」という物でしょう。貧富の差、才能の差、運命の差。この場合、差は「現実」であり、差を崩す為の努力が「理想」にあたるのです。しかし重要なのは、理想は未来の事であり、無論、であるからして不確定事項です。しかし現実は現実として、既に過去存在してしまった事を無しには出来ません。勝ち組、負け組などという言葉をあまり安易には使いたくありませんが、後者が理想を現実の物とするには、それ相応の努力が必要になります。
そういえば、たった今、この場所にも、理想と現実が入り乱れていました。勝ち組負け組と言い換えてしまっても、この場合は許されるというか、正しいと思われます。
「お前を絶対に許さねえ……!」
憤怒。
感情がしとどに溢れ、ひりひりと焼きつくようなオーラが、はっきりと目に見えました。
等々力氏は血涙だけではなく唇からも、噛みすぎたからでしょうか出血しており、異常事態を察知した周囲のクラスメイトは、怒りの権化となった彼となるべく距離をあけるように机を離しました。良い判断です。
「ま、待ってください等々力氏」
と、言いはしたものの、このラスゴを抑える有効な言葉などある訳が無く、仮にあったとしても、それをこの場合において超勝ち組である自分がかけても、火にジェット機燃料を注ぐような物です。
「五十妻ぁ……あんな良いおっぱいと、いつ知り合ったんだてめえ……! 紹介しろ、つーか揉ませろ、つーか舐めさせろ……!」
言葉の節々からプラズマが漏れ出しているようで、自分は思わず圧倒されて、先ほどまで邪険に扱っていた事も忘れて、何をされるか分からないという恐怖から、どんどん教室の端へと追い詰められていきました。
思えば皮肉な物です。もしも昨日、等々力氏がその望月先輩なる人物のおっぱいを見つける事なく、3年生の所まで聞き込みに行っていなければ、ハル先輩は自分より先に等々力氏を発見したかもしれず、そのまま自分を等々力氏だと勘違いした流れは正しく展開し、今頃等々力氏はハル先輩のマシュマロおっぱいを学校を休んで1日中揉みしだいていたはずなのです。
にも関わらずそうはならなかった。理想と現実。勝ち組と負け組。賢い変態とアホな変態の差。
それが確かに、今この場所にありました。
しかし意外にも自分は、等々力氏に暴力を振るわれる事も、性癖バトルを挑まれる事もなく、無事に着席する事が出来たのです。掴んだ胸倉を離す時、等々力氏はこう言いました。
「確かに……確かにあのおっぱいはすげえ。認めてやる。極上モノだ。だがな、俺は昨日見ちまったんだよ。俺が求め続けてきたおっぱいを。服の上からしか見てねえが、俺には分かる。さっきの女のおっぱいよりも、ソフィア先輩のおっぱいの方が上だ。間違いなくな」
誰もが最低と思うであろう台詞を、死地に赴く兵士のように、悠々と、勇々と、訴えかけた等々力氏は、頭から湯気を発しながら、のしのしと自らの席に戻りました。
等々力氏がそこまで言うおっぱいというのは、確かに1度見てみたくもありますが、とはいえ自分は彼のように特殊な眼力を持っている訳ではありません。服の上からではもちろん、昨日、生で見たハル先輩のおっぱいも、確かにボリューミーで、持ち主に良く似たかわいらしい乳首をしていて、まあきっと良い方なのだろう、程度に思っていたくらいでしたが、きっとその望月ソフィア先輩なる人物のおっぱいにも、自分はそう大して感動を覚えないであろう予感がありました。
ハル先輩の生乳を見た際に不覚にもフル勃起していた事は、この際考えない事とします。
性癖は人それぞれです。
「えーと、もういいですか? 五十妻君、等々力君」
気づくと、上村だったか田丸だったか忘れましたがうちのクラスの担任が、教壇に立っていました。丁々発止の間にどうやらチャイムは鳴っていたらしく、クラスを埋めた生徒たちは、喧嘩を見守るやじうま兼、等々力氏のおっぱい賛歌を聞く聴衆にされていたようです。
耳を澄ませば、こんな噂が聞こえてきました。
「あの五十妻ってやつも変態か?」「中学の時同じクラスだったけど、変な奴だったよ」「なんだよ同じクラスに2人も変態がいんのかよ」「キモーい」「しかし等々力って奴のおっぱい愛はやべえな」「ああ、尊敬するぜ」「おい誰だ今尊敬したやつ」
ざわつく教室は次第に静まり、ようやく田所担任(か、あるいは水上担任)が口を開きました。それは「君達が静かになるのを待っていました」という態度でもなく、ただぼーっとしていた風でした。
「今日は、えーと、授業は4時間だけです。概ね時間割り通りですが、5、6時間目は無しで部活動説明会があります。生徒手帳にもありますが、清陽高校では基本的に何らかの部活動に入る事を推奨しています。どの部活にも入部しない場合は、その理由を書く紙があるので、言ってくれたら後で渡します。……何か質問あります?」
それはちょっとだけ悪い知らせでした。自分は部活に入って自らが汗水垂らすくらいなら、家に帰って液晶の中で尿を垂らす少女を見る方が性に合っていますし、おそらくですが「美少女おもらし部」もこの学校には存在しませんでしょうから、どうやら少し面倒ですが、帰宅部届けを提出しなければならないようです。
「はい、無いですね。では1時間目の授業は現国なので、このまま授業に入りましょう。えーとまず、みんなもう覚えてくれてると思いますが、僕の名前は」
あっという間に4時間目が終わり、昼休みになりました。松任屋担任の現代国語の後は、数学、公民、英語というラインナップで、目ぼしい教師は見当たらず、というより全員おっさんであり、浜岡担任を除いた3人のうち、3人ともがハゲ、2人がデブ、1人がチビというコンプレックスで麻雀の役が出来そうな面子が揃っており、「淫乱女教師の到着はまだか!」と心の中の劉備が声をあげました。
そんな非情なる現実にうなだれつつ、とりあえず今日仲良くなった人と一緒に昼食をとろうと皆が席を移動する喧騒の中に、「来ちゃいましたです。えへへ」と舌を出したハル先輩が、自分の机の前に天孫降臨しました。
またも強烈な視線を全身に感じましたが、それは既に朝からでしたので、少しは慣れてきました。むしろ見せびらかす意味を含めてクラスメイト全員の前で片乳揉んだろかい! くらいに思いましたが、それをするといよいよ本気で、東大寺南大門からはるばる金剛力士がやってきて肩パンされそうなので、どうにか堪えました。
ハル先輩特製弁当を机に広げ、いつの間にか居なくなっていた後ろの席のくりちゃんの椅子を借りてそこにハル先輩を座らせて、高校生活で発生しうる日常イベントの中で最も有意義かつレアリティの高い「一緒にご飯」イベントを入学2日目にして消化しにかかりました。
「ところでハル先輩。先程友人から、この学校では『茶道部』が権力を握っていると聞いたのですが、本当ですか?」
「うーん……そうと言えば、そうなりますです」
と、答えたハル先輩。どうやらあのおっぱい星人は、嘘をついていた訳ではないようです。
「ちょっとその意味が分からないんですが、詳しく教えてもらえますか?」
「はいです!」
頼みを聞ける事自体を嬉しがっているように微笑を零すハル先輩。昨日の痴態からは想像も出来ない純真無垢な少女です。
ハル先輩の話によると、そもそも清陽高校は、20年ほど前まで女子高だったらしいのです。今では男女比率5:5で、カリキュラムも一般的な普通制高校と何ら変わりありませんが、女子高時代はそこそこ偏差値も高く、いわゆるお嬢様と呼ばれる方々が通っていたそうなのです。
茶道部はその頃からある歴史の長い部活で、部員は現在でも70名近くいるらしく、そして茶道部として卒業した先輩、いわゆる「OB」に、名のある方々が多いらしいのです。
ハル先輩の鞄の隅にたまたま入っていた茶道部の部誌「むくげ」を見せてもらいましたが、そこにあった茶道部OBからのメッセージコーナーには、衆議院議員2名、参議院議員1名、隣県の知事、それからテレビをそんなに見ない自分でも聞いた事のある大女優や、知りませんが、おそらくはその道を極めているであろう家元的な人の名前が、書き連ねてありました。しかもその号に載っていたのはまだまだ極一部の人らしく、この人達全員が清陽高校茶道部出身だとすると、確かにそのコネクションから発生する権力は、一介の高校の校長よりも上であるように思われました。
「茶道部といっても茶道だけやる訳じゃないらしいです。礼儀作法? とか。なんかそういうのもやると友達が言ってましたです。入部するのにも条件がいるみたいで、規律も厳しくて退部させられちゃう人もいるって聞きましたです」
「ハル先輩は入らなかったのですか?」
「え? 私は、」
「楽しそうだな、え? おい」
と会話を遮ってきたのは、やはりというか何というか等々力氏でした。
「あんた蕪野ハルって言うんだってな」
「は、はいです」
等々力氏はにやにやと笑っていましたが、その仮面の下には今も燃え滾る怒りを隠しており、何をするのかと自分は、というか仮に初対面の人でも不安にさせるような何かがありました。
「蕪野先輩よぉ。こいつと付き合ってんのか?」
「え!? ええ!?」
照れつつ驚くハル先輩。等々力氏に親指で指された自分は、どうしていいか分からず、ハル先輩特製の海苔を巻いた玉子焼き(絶品)を食べて口を塞ぎました。
「え、えと、も、もっくん。私達、付き合ってるんです?」
そんな事聞かれても。と思い、また一口、今度はトマトのベーコン巻きを放ると、「ううぅ……」と助けを求める目で、ハル先輩が自分を見ていました。
怒髪天を突くとはまさにこの事といった等々力氏。しかしどうやらその怒りを収める為の手段は、既に自らで用意していたようなのです。わざとらしく余裕たっぷりに、勝ち誇ったように、辻斬りがぬらりと妖刀を抜くように、こう言い放ちました。
「へっ。何も知らない蕪野先輩に良い事教えてやんよ。こいつ、五十妻はな、女の子がおもらしをしているのを見て喜ぶような最低のド変態なんだぜ……?」
「え? 知ってますですけど……」
「えっ」
一瞬で素に戻った等々力氏は、自分の顔とハル先輩の顔を交互に見ていましたが、自分はいつもの仏頂面を決め込んで黙秘し、ハル先輩はおそらくですが昨日の行為を思い出して赤面していました。
「いやいやいや……え? いいの? え? こいつ変態だよ?」
「か、構いませんです!」
天女。
女性と付き合った事の無い自分が言っても、いまいち説得力が無いかもしれませんが、これは一般的な認識として、偏見のコレクションと揶揄される常識という言葉に照らし合わせても、男性の性癖をどこまで認められるかは、その女性の器の大きさに託されていると言っても間違いないでしょう。
胸だけではなく心もおちょこなくりちゃんに比べて、ハル先輩の何と寛大な事か。その器たるや魯山人作か、はたまたルーシー・リー作か。おもらしという性癖を認め、受け入れてくれた女性は、三枝生徒会長に次いでハル先輩が実質2人目であり、しかも1人目はただ自らの恥ずかしい姿をとにかく人に見て欲しいだけですから、その希少性もひとしおをという物です。
「ば、馬鹿な……。変態でもいいというのか……!」
わなわなと震える等々力氏は、額からカバのごとくピンク色の汗を流し、ドイツ軍人並にうろたえていました。
「そ、それなら、俺にも揉ませてくれよ、あんたのおっぱ」
「静かにぃ!」
とまたまた会話は遮られました。クラス全員が声のした方に注目します。
等々力氏の野望を打ち砕いたのは、突然教室に入ってきた5、6人の、「生徒会」という腕章をつけた方々。全員スポーツマン体系の屈強な男子で、近くにいるだけで妊娠させられそうな雰囲気がありました。
その中の、ぴしっと制服を着こなした黒縁眼鏡の、比較的にインテリっぽい男が1人、教壇でお弁当を食べていた室伏担任をどかして、高らかにこう宣言しました。
「私が清陽高校生徒会長、桐谷だ。これより生徒会主催によるゲリラ部活動説明会を開催する! 全員速やかに体育館へ集まるように! 以上だ!」
おそらく等々力氏が最後まで台詞を言えていれば、ハル先輩は喜んで揉ませたのではないかな、と自分は思いながら、重なる時には重なる不幸を想いつつ、クラスメイトの皆に倣って、弁当箱を片付け始めました。
「我々清陽高校生徒会は! 茶道部部長『望月ソフィア』の横暴を断固として阻止する!」
桐谷生徒会長が高らかにそう宣言すると、壇上へずらずらと10人ほどの生徒があがっていきました。それぞれ部活動を象徴する胴着やユニフォームを着ている所を見るに、どうやら先輩のようです。体育館の前方に自分達1年生は体育座りさせられて、後方には同じく各部活の先輩達が、部活を紹介する気満々で立っており、入り口を塞いでいました。
「まずは! 我々清陽高校生徒会に協力してくれると言ってくれた部活の部長達を紹介しよう! そして、何故我々がこうした奇襲作戦をとらなければいけなくなったか、その理由が1年生たちに分かるように、茶道部から受けた被害をそれぞれに申告してくれ! では、剣道部部長から!」
壇上の先輩方が順番に挨拶をしていきます。皆一様に、決意を秘めた神妙な面持ちで、先程の等々力氏ほどではないにしろ、相当な怒りと共に被害の説明をしていきました。
まず剣道部部長は、茶道部の女子から「胴着が臭すぎる」という苦情を受け、持ち運びの際には必ず袋で三重に包むようにと指示があった事を震えながら語り、サッカー部の部長は所属していたマネージャー3人全員を茶道部に引き抜かれてしまった事を泣きながら語り、美術部の部長は自作の裸身の女神石膏像を文化祭にて展示した所、勝手に撤去されてしまった事を憤慨しながら語りました。
この他にも、野球部は恒例であった生徒による応援を女子だけは強制参加しなくても良いと改定された事や、男子柔道部が女子柔道部に部員不足を理由に武道場を追い出され、使用出来るのが1日たったの5分になってしまった事などが切に語られ、中には自業自得だろ、という物もありましたが、それにしたっていくらなんでも酷すぎる男子部活動への冷遇具合が見てとれると同時に、茶道部の持つ絶対的権力が明らかになりました。
1周してマイクが戻ってきた桐谷生徒会長が、強く言いました。
「これらの被害は全て! 茶道部の部長である望月ソフィアの指示によるものなのだ! 我々生徒会及び茶道部被害者の会は、全身全霊を賭けこの不当な権力集団と戦うつもりである! 1年生諸君! 我々に協力してくれたまえ!」
その後、茶道部を野放しにしているといかに危険なのかという演説をぶちあげ、男子だけではなく女子も、茶道部以外は肩身の狭い思いをするはずだと言及し、望月ソフィアの手によって世界が滅ぶといった終末論にまで到る間に、生徒会の方々により茶道部を弾劾する旨のチラシが1年生全員に配られました。
「今配られたチラシの下に、署名欄がある。我々の意思に賛同する懸命な1年生は、そこに名前、クラス、電話番号を書いて提出してくれ! 正しい判断を期待する! 以上!」
後方、先に壇上にあがった部活に所属すると思わしき先輩方から大きな拍手が湧き上がり、つられるように、流されるように、1年生も拍手をしました。
声援を浴びて胸を張った桐谷生徒会長は、満足したように笑顔で言いました。
「それでは、部活動説明の方に移りたいと思う。そもそも本来予定されていた部活動説明会も、茶道部の手によっておかしな時間配分にさせられていたのだ! ここにあるスケジュール表によれば、男子が中心の運動部は持ち時間1分。そして茶道部の持ち時間は1時間となっている! あんまりではないか!」
わーわーと再び歓声があがりました。
「えー、こほん。ではまず剣道部、前に……」
と、桐谷生徒会長が後ろに下がろうかとした瞬間、今まで声援を送っていた後方の部活部隊から、それとは違う種類のざわめきが巻き起こりました。
「茶道部だ! 茶道部の望月が来たぞーーーッ!」
その声に反応して後ろを振り向きましたが、体育館内に集まった皆が膝をたて、首を伸ばそうとするものですから、茶道部と思わしき集団は見えましたが、中に囲まれているはずの望月先輩の姿を確認する事は出来ませんでした。しかしながら、そこにその人物がいる、というのがはっきりと分かるように人波が割れていったのは、今まで熱を持っていた先輩達の心が急激に冷やされ、乾燥させられていく雰囲気が伝播していったからでしょう。
只者ではない人物がそこにいる。と、不可思議にも誰もがそう思いました。
茶道部の取り巻きを置いて、やがて壇上に上がったのは1人の少女でした。
背が高く、すらりと足の長いモデル体型でありながら、胸にはきちんと膨らみがあり、特徴的なプラチナブロンドの髪からも、純粋な日本人ではない事が一見して分かりました。そして、磨き上げられたサファイアの瞳に、筋の通った高い鼻を持つ顔は、金細工のように華奢でありつつ、表情は凛として、誰にも犯させない神聖さを帯びた美術品でした。
三枝生徒会長に似ている。
いえ、より正確に言うならば、顔立ちが似ているのではなく、前をまっすぐ見るその双眸と、迷いの一切が排除された均衡の美しさが、三枝生徒会長がリーダーシップを発揮する際に見せる表情によく似ていたのです。人を妄信させる何か。2人はそれを共通して持っているようです。
望月先輩に圧されかけていた桐谷生徒会長は、後ろになった身体の重心を何者かに押されたかのごとく前にして、望月先輩に立ち向かいました。
「も、望月ソフィア! 貴様の悪行に皆が困っているのだ!」
それを受けた望月先輩は、ぽつり、と何かを呟いて、目を閉じました。
壇上に設置されたマイクのスイッチは入りっぱなしでしたが、それを正確に聞き取れたのは極一部の人であったように思います。というより、自分が聞こえた言葉が正しかったのかどうか、それさえも保証は出来ません。それは意味の通らない、たった1つの単語だったからです。
「赤錆だ」
1番近くで聞いていたはずの桐谷生徒会長でしたが、怒りに身を任せているせいか、その単語の意味を追求する事はなく、望月先輩が1年生側に振り向きました。
「皆さんの貴重な昼食の時間を奪ってしまったな。この通りだ。すまなかった」
そう言って礼をした望月先輩。思いがけず男らしく、芯のある声だったので少し驚きましたが、演技ではなく、本当に申し訳なさそうな様子から、先程まで話に聞いていた非道で横暴な君主像は読み取れませんでした。人に謝罪をする時でも、こんなに格好がつく人がいたのかと感心したくらいで、この場にいたおそらくは誰もが、望月先輩を、例え肩書きが無くても位の高い人間であると認識したはずです。
「桐谷君。不満があるならば直接私と茶道部に言ってくれないか。関係の無い第三者を巻き込むこの方法は、正しいとは思えないのだが」
一転して、桐谷生徒会長への攻勢に移る流れは見事しか言いようがありませんでした。望月先輩が移動すれば、そこに正義がくっついて回るのではないでしょうか。
「うるさい! 黙れ! 茶道部に逆らえば、どんな方法で仕返しをされるか分からないからこそこういう手段をとらせてもらったのだ!」
桐谷生徒会長のそれは、もはや理論ではなくただの逆上であり、つい先程まで大いに演説を振舞っていた人とは別人のようで、王水に漬した金メッキの如く、カリスマがぽろぽろと剥がれていくように見えました。
「桐谷君。君には失望した。自らの保身の為に、何も知らない新入生を盾にしようとするとはな。私達茶道部は先輩方から受け継いだ伝統を守り、清陽高校をより良くする義務がある。その目的の障害となる人間には容赦をしないというだけだ」
望月先輩は、スッと目をつぶって、しかし桐谷生徒会長を瞼の内側から睨むように、台詞を投げ捨てました。
「君は、砂糖菓子で出来たカナヅチだ。真夜中に渡る吊り橋だ。つまり、猫に翼だ」
それはそれは大きなクエスチョンマークが、桐谷生徒会長の頭の上に浮かびました。というか自分の上にも浮かびました。いやいや1年生全員の上に浮かびました。外から見れば体育館の上にも浮かんでいるはずです。
しかし茶道部の方々、もとい望月先輩の取り巻きの方々には何故かそれが欠片も浮かばなかったようなのです。むしろ感服しきった様子で、望月先輩の言った単語を反芻するように、深く頷いている人と、憧れに満ちた瞳で見ている人もいました。
「ど、どういう意味だ?」
「答える必要はないな」
「ふん! どうせまた、適当な事を言って煙に巻く例の戦法だろう。そんな物で誤魔化されるか!」
こればかりは桐谷生徒会長に理があるだろう、と自分が考えた瞬間、誰かがぼそっと呟くのが耳に入りました。
「頼りなくて危険……」
砂糖菓子で出来たカナヅチ。真夜中に渡る吊り橋。猫に翼。確かにどれも、「頼りなくて」「危険」な物かもしれません。そのカナヅチで釘を打てば、たちまちにベタベタが飛び散り、視界が無い状態での不安定な足元は、さぞや肝を冷やすでしょう。そして猫がもしも翼を持って飛び立てば、気まぐれで集中力の無い奴はすぐに墜落しそうです。
すっかり取り乱している桐谷生徒会長の事を、この喩えでもって指摘したのは、確かに正鵠を射ているというか、ある種痛快なように感ぜられましたが、しかしながら、いかんせん分かりにくすぎる。自分がそれらしい意味にたどり着けたのは誰かがヒントを放ってくれたからであり、何もなければそれは意味不明な言葉の羅列のままでした。なぞなぞにしたって、もう少し解答者にチャンスを与えるものです。
あと、これはただの気のせいかもしれませんが、そのヒントを与えてくれた声が、十年来の聞きなれた、そういえば今朝も聞いたような、ぶっちゃけくりちゃんの声に聞こえました。まあどうでも良い事ですが。
それにしても感心したのは、望月先輩の言葉にすぐ感応した茶道部の凄い反射神経です。が、果たしてその中の何人が意味を正確に理解していたかは甚だ疑問ではあります。評論家の弁を鵜呑みにして、テレビで発表されるランキングを使途信条のように信じ、唱え、右に倣って頷くタイプの人もいるのではないでしょうか、と、ついそう考えてしまうのは、自分の心が汚れてる証拠であり、望月先輩のような難解な魅力を持った人についていく恐ろしさを感じている証拠でもあります。
恐ろしい。そう、恐ろしいのです。
望月先輩には、変態である以上の何かがある。それがあまりに未知過ぎて、光の先を見る事が自分には困難なのです。どのような性癖を持っているのか、まるで見当がつかない。三枝生徒会長からの忠告は、確かに正しかったですが、役に立つとは思えません。
「ところで桐谷君。どうして急に、茶道部に反旗を翻す気になったのだ? 生徒会は今までずっと、黙って茶道部に従っていたではないか」
「そ、それはだ。新1年生が入学してきたタイミングなら、この真実を伝えれば、その分貴様を弾劾する為の署名が集まりやすいと考えてだな……」
「ふむ、確かにそれもあるだろうが、もっと他に理由があるんじゃないか? 例えば、これとか」
望月先輩が制服のポケットから取り出したのは、1枚の写真でした。自分の角度からは良く見えず、何が写されているのかは分かりませんでしたが、それを見た桐谷生徒会長の額からドッと吹き出た滝汗は分かりすぎる程でした。
「そそそそそそれをどこから!?」
「茶道部の情報収集能力を甘く見ないでくれ」
そして爽やかに笑った望月先輩は、体育館後方に手を振って何かの合図を送りました。桐谷生徒会長が「やめろ!」と叫び、身を乗り出して、望月先輩に襲い掛かると、抜群のタイミングで飛び出した茶道部部員達が、彼を押さえつけました。
「やめろおおおおお!!!」
絶叫の後、体育館が消灯し、いつの間にか後方に設置されていたプロジェクタによってステージ上の壁に映し出されたのは、望月先輩が持っていたのと共通の物と思われる1枚の写真でした。
犬。
の格好をした、桐谷生徒会長。
比喩を外して見たままを言葉にすれば、ブリーフ一丁で四つんばいになって首輪を嵌められた桐谷生徒会長。
しかも首輪にはリードがついており、それを握っているのは、黒のボンデージに身を包んだ女子。そのもう片方の手には、定番アイテムの赤い蝋燭が握られ、その先から滴る液体が、桐谷生徒会長の背中に命中していました。しかも、桐谷生徒会長は、鼻の下をでれっと伸ばして、あからさまに悦んでいたのです。
卑猥極まりない写真が大写しにさせられた事により、女子達は悲鳴をあげ、男子はどよめき立ちました。この場合、例えば自分が変態ではなく正常であったとしても、一般的な性知識を持ち合わせていれば、1つの明確な解答に辿り着く事が出来るはずです。
こいつ、ドMだ。
「やめてくれえええええ!!!」
泣きながら、膝から崩れ落ちる桐谷生徒会長には、つい先程まで独裁者よろしく演説をぶちかましていた面影は一切無く、両脇を茶道部部員に支えられて無理やりに立たされ、その無様極まりないぐしゃぐしゃの顔を全1年生に向けて晒すのみの存在と化していました。
「人の趣味にとやかく言うつもりはないが……肝心なのはこの女の方だ」
望月先輩が指した女王様には、なんとなく見覚えがありました。蝶の仮面を被っていたので、はっきりとした事は言えないのですが、それはどうも、「あの淫乱」に、今度は顔つきという意味で単純に似ているような気がしたのです。
「まだ調査中なので詳しい事は明言出来ないが……つまり、こういう事だ」
望月先輩は憐れみのこもった表情で桐谷生徒会長に見切りをつけて、良く通る凛々しい声を体育館中に響かせます。既にマスターオブセレモニーは彼女の物です。
「桐谷君の手綱を握っているこの女子は、清陽高校の吸収合併を企んでいる某高校の生徒会長である可能性が高い」
ああ、やっぱり。
「桐谷君はその某生徒会長に誑かされて、誘惑に乗ってしまったという訳だ。私、そして茶道部OBの方々は全員合併を望んでいない。よって、このままでは合併話は前に進まない。だから現茶道部を没落させて発言権を失わせ、吸収合併をまとめようとした。ちなみに、この写真は桐谷君自身が自ら撮影した物を、我が部の部員が偶然入手した」
「う、嘘だ! この写真は1人でこっそり楽しもうとPCのDドライブに……! 盗みやがったな!?」
もう何を言っても負けの状態で、よくもこう無駄な、というかむしろショベルカーで墓穴をガンガン掘っていくような行為をするものだ、と自分までなんだか憐れな気分になってきました。それにしても、三枝生徒会長はドSというよりは、生粋のドMだったはずでは、という疑問も浮かびましたが、それはすぐに自分の中で解決しました。
三枝生徒会長は万能無敵タイプですから、桐谷”ドM”生徒会長にその気があると知るや否や、生粋のドS女王様を演じて近づき、コントロールする事にしたのでしょう。基本、三枝生徒会長に出来ない事はありません。露出オナニーに明け暮れてるだけの変態ではないという事です。
「お目汚し失礼した。それでは、皆は一旦クラスに戻って昼食の続きをとってくれ。この時間は生徒会に協力した各部活の紹介時間から差し引き、6時間目から部活動説明会を再度始めよう。それと、今更言うまでもないが、生徒会と茶道部のどちらが正しいかは、新1年生の君達自身が判断してくれ。では、解散」
怒涛の如く行われたゲリラ部活動説明会は、こうして幕を引きました。
望月ソフィア先輩。
その凄まじさは、三枝生徒会長にも匹敵するようです。
桐谷生徒会長が高らかにそう宣言すると、壇上へずらずらと10人ほどの生徒があがっていきました。それぞれ部活動を象徴する胴着やユニフォームを着ている所を見るに、どうやら先輩のようです。体育館の前方に自分達1年生は体育座りさせられて、後方には同じく各部活の先輩達が、部活を紹介する気満々で立っており、入り口を塞いでいました。
「まずは! 我々清陽高校生徒会に協力してくれると言ってくれた部活の部長達を紹介しよう! そして、何故我々がこうした奇襲作戦をとらなければいけなくなったか、その理由が1年生たちに分かるように、茶道部から受けた被害をそれぞれに申告してくれ! では、剣道部部長から!」
壇上の先輩方が順番に挨拶をしていきます。皆一様に、決意を秘めた神妙な面持ちで、先程の等々力氏ほどではないにしろ、相当な怒りと共に被害の説明をしていきました。
まず剣道部部長は、茶道部の女子から「胴着が臭すぎる」という苦情を受け、持ち運びの際には必ず袋で三重に包むようにと指示があった事を震えながら語り、サッカー部の部長は所属していたマネージャー3人全員を茶道部に引き抜かれてしまった事を泣きながら語り、美術部の部長は自作の裸身の女神石膏像を文化祭にて展示した所、勝手に撤去されてしまった事を憤慨しながら語りました。
この他にも、野球部は恒例であった生徒による応援を女子だけは強制参加しなくても良いと改定された事や、男子柔道部が女子柔道部に部員不足を理由に武道場を追い出され、使用出来るのが1日たったの5分になってしまった事などが切に語られ、中には自業自得だろ、という物もありましたが、それにしたっていくらなんでも酷すぎる男子部活動への冷遇具合が見てとれると同時に、茶道部の持つ絶対的権力が明らかになりました。
1周してマイクが戻ってきた桐谷生徒会長が、強く言いました。
「これらの被害は全て! 茶道部の部長である望月ソフィアの指示によるものなのだ! 我々生徒会及び茶道部被害者の会は、全身全霊を賭けこの不当な権力集団と戦うつもりである! 1年生諸君! 我々に協力してくれたまえ!」
その後、茶道部を野放しにしているといかに危険なのかという演説をぶちあげ、男子だけではなく女子も、茶道部以外は肩身の狭い思いをするはずだと言及し、望月ソフィアの手によって世界が滅ぶといった終末論にまで到る間に、生徒会の方々により茶道部を弾劾する旨のチラシが1年生全員に配られました。
「今配られたチラシの下に、署名欄がある。我々の意思に賛同する懸命な1年生は、そこに名前、クラス、電話番号を書いて提出してくれ! 正しい判断を期待する! 以上!」
後方、先に壇上にあがった部活に所属すると思わしき先輩方から大きな拍手が湧き上がり、つられるように、流されるように、1年生も拍手をしました。
声援を浴びて胸を張った桐谷生徒会長は、満足したように笑顔で言いました。
「それでは、部活動説明の方に移りたいと思う。そもそも本来予定されていた部活動説明会も、茶道部の手によっておかしな時間配分にさせられていたのだ! ここにあるスケジュール表によれば、男子が中心の運動部は持ち時間1分。そして茶道部の持ち時間は1時間となっている! あんまりではないか!」
わーわーと再び歓声があがりました。
「えー、こほん。ではまず剣道部、前に……」
と、桐谷生徒会長が後ろに下がろうかとした瞬間、今まで声援を送っていた後方の部活部隊から、それとは違う種類のざわめきが巻き起こりました。
「茶道部だ! 茶道部の望月が来たぞーーーッ!」
その声に反応して後ろを振り向きましたが、体育館内に集まった皆が膝をたて、首を伸ばそうとするものですから、茶道部と思わしき集団は見えましたが、中に囲まれているはずの望月先輩の姿を確認する事は出来ませんでした。しかしながら、そこにその人物がいる、というのがはっきりと分かるように人波が割れていったのは、今まで熱を持っていた先輩達の心が急激に冷やされ、乾燥させられていく雰囲気が伝播していったからでしょう。
只者ではない人物がそこにいる。と、不可思議にも誰もがそう思いました。
茶道部の取り巻きを置いて、やがて壇上に上がったのは1人の少女でした。
背が高く、すらりと足の長いモデル体型でありながら、胸にはきちんと膨らみがあり、特徴的なプラチナブロンドの髪からも、純粋な日本人ではない事が一見して分かりました。そして、磨き上げられたサファイアの瞳に、筋の通った高い鼻を持つ顔は、金細工のように華奢でありつつ、表情は凛として、誰にも犯させない神聖さを帯びた美術品でした。
三枝生徒会長に似ている。
いえ、より正確に言うならば、顔立ちが似ているのではなく、前をまっすぐ見るその双眸と、迷いの一切が排除された均衡の美しさが、三枝生徒会長がリーダーシップを発揮する際に見せる表情によく似ていたのです。人を妄信させる何か。2人はそれを共通して持っているようです。
望月先輩に圧されかけていた桐谷生徒会長は、後ろになった身体の重心を何者かに押されたかのごとく前にして、望月先輩に立ち向かいました。
「も、望月ソフィア! 貴様の悪行に皆が困っているのだ!」
それを受けた望月先輩は、ぽつり、と何かを呟いて、目を閉じました。
壇上に設置されたマイクのスイッチは入りっぱなしでしたが、それを正確に聞き取れたのは極一部の人であったように思います。というより、自分が聞こえた言葉が正しかったのかどうか、それさえも保証は出来ません。それは意味の通らない、たった1つの単語だったからです。
「赤錆だ」
1番近くで聞いていたはずの桐谷生徒会長でしたが、怒りに身を任せているせいか、その単語の意味を追求する事はなく、望月先輩が1年生側に振り向きました。
「皆さんの貴重な昼食の時間を奪ってしまったな。この通りだ。すまなかった」
そう言って礼をした望月先輩。思いがけず男らしく、芯のある声だったので少し驚きましたが、演技ではなく、本当に申し訳なさそうな様子から、先程まで話に聞いていた非道で横暴な君主像は読み取れませんでした。人に謝罪をする時でも、こんなに格好がつく人がいたのかと感心したくらいで、この場にいたおそらくは誰もが、望月先輩を、例え肩書きが無くても位の高い人間であると認識したはずです。
「桐谷君。不満があるならば直接私と茶道部に言ってくれないか。関係の無い第三者を巻き込むこの方法は、正しいとは思えないのだが」
一転して、桐谷生徒会長への攻勢に移る流れは見事しか言いようがありませんでした。望月先輩が移動すれば、そこに正義がくっついて回るのではないでしょうか。
「うるさい! 黙れ! 茶道部に逆らえば、どんな方法で仕返しをされるか分からないからこそこういう手段をとらせてもらったのだ!」
桐谷生徒会長のそれは、もはや理論ではなくただの逆上であり、つい先程まで大いに演説を振舞っていた人とは別人のようで、王水に漬した金メッキの如く、カリスマがぽろぽろと剥がれていくように見えました。
「桐谷君。君には失望した。自らの保身の為に、何も知らない新入生を盾にしようとするとはな。私達茶道部は先輩方から受け継いだ伝統を守り、清陽高校をより良くする義務がある。その目的の障害となる人間には容赦をしないというだけだ」
望月先輩は、スッと目をつぶって、しかし桐谷生徒会長を瞼の内側から睨むように、台詞を投げ捨てました。
「君は、砂糖菓子で出来たカナヅチだ。真夜中に渡る吊り橋だ。つまり、猫に翼だ」
それはそれは大きなクエスチョンマークが、桐谷生徒会長の頭の上に浮かびました。というか自分の上にも浮かびました。いやいや1年生全員の上に浮かびました。外から見れば体育館の上にも浮かんでいるはずです。
しかし茶道部の方々、もとい望月先輩の取り巻きの方々には何故かそれが欠片も浮かばなかったようなのです。むしろ感服しきった様子で、望月先輩の言った単語を反芻するように、深く頷いている人と、憧れに満ちた瞳で見ている人もいました。
「ど、どういう意味だ?」
「答える必要はないな」
「ふん! どうせまた、適当な事を言って煙に巻く例の戦法だろう。そんな物で誤魔化されるか!」
こればかりは桐谷生徒会長に理があるだろう、と自分が考えた瞬間、誰かがぼそっと呟くのが耳に入りました。
「頼りなくて危険……」
砂糖菓子で出来たカナヅチ。真夜中に渡る吊り橋。猫に翼。確かにどれも、「頼りなくて」「危険」な物かもしれません。そのカナヅチで釘を打てば、たちまちにベタベタが飛び散り、視界が無い状態での不安定な足元は、さぞや肝を冷やすでしょう。そして猫がもしも翼を持って飛び立てば、気まぐれで集中力の無い奴はすぐに墜落しそうです。
すっかり取り乱している桐谷生徒会長の事を、この喩えでもって指摘したのは、確かに正鵠を射ているというか、ある種痛快なように感ぜられましたが、しかしながら、いかんせん分かりにくすぎる。自分がそれらしい意味にたどり着けたのは誰かがヒントを放ってくれたからであり、何もなければそれは意味不明な言葉の羅列のままでした。なぞなぞにしたって、もう少し解答者にチャンスを与えるものです。
あと、これはただの気のせいかもしれませんが、そのヒントを与えてくれた声が、十年来の聞きなれた、そういえば今朝も聞いたような、ぶっちゃけくりちゃんの声に聞こえました。まあどうでも良い事ですが。
それにしても感心したのは、望月先輩の言葉にすぐ感応した茶道部の凄い反射神経です。が、果たしてその中の何人が意味を正確に理解していたかは甚だ疑問ではあります。評論家の弁を鵜呑みにして、テレビで発表されるランキングを使途信条のように信じ、唱え、右に倣って頷くタイプの人もいるのではないでしょうか、と、ついそう考えてしまうのは、自分の心が汚れてる証拠であり、望月先輩のような難解な魅力を持った人についていく恐ろしさを感じている証拠でもあります。
恐ろしい。そう、恐ろしいのです。
望月先輩には、変態である以上の何かがある。それがあまりに未知過ぎて、光の先を見る事が自分には困難なのです。どのような性癖を持っているのか、まるで見当がつかない。三枝生徒会長からの忠告は、確かに正しかったですが、役に立つとは思えません。
「ところで桐谷君。どうして急に、茶道部に反旗を翻す気になったのだ? 生徒会は今までずっと、黙って茶道部に従っていたではないか」
「そ、それはだ。新1年生が入学してきたタイミングなら、この真実を伝えれば、その分貴様を弾劾する為の署名が集まりやすいと考えてだな……」
「ふむ、確かにそれもあるだろうが、もっと他に理由があるんじゃないか? 例えば、これとか」
望月先輩が制服のポケットから取り出したのは、1枚の写真でした。自分の角度からは良く見えず、何が写されているのかは分かりませんでしたが、それを見た桐谷生徒会長の額からドッと吹き出た滝汗は分かりすぎる程でした。
「そそそそそそれをどこから!?」
「茶道部の情報収集能力を甘く見ないでくれ」
そして爽やかに笑った望月先輩は、体育館後方に手を振って何かの合図を送りました。桐谷生徒会長が「やめろ!」と叫び、身を乗り出して、望月先輩に襲い掛かると、抜群のタイミングで飛び出した茶道部部員達が、彼を押さえつけました。
「やめろおおおおお!!!」
絶叫の後、体育館が消灯し、いつの間にか後方に設置されていたプロジェクタによってステージ上の壁に映し出されたのは、望月先輩が持っていたのと共通の物と思われる1枚の写真でした。
犬。
の格好をした、桐谷生徒会長。
比喩を外して見たままを言葉にすれば、ブリーフ一丁で四つんばいになって首輪を嵌められた桐谷生徒会長。
しかも首輪にはリードがついており、それを握っているのは、黒のボンデージに身を包んだ女子。そのもう片方の手には、定番アイテムの赤い蝋燭が握られ、その先から滴る液体が、桐谷生徒会長の背中に命中していました。しかも、桐谷生徒会長は、鼻の下をでれっと伸ばして、あからさまに悦んでいたのです。
卑猥極まりない写真が大写しにさせられた事により、女子達は悲鳴をあげ、男子はどよめき立ちました。この場合、例えば自分が変態ではなく正常であったとしても、一般的な性知識を持ち合わせていれば、1つの明確な解答に辿り着く事が出来るはずです。
こいつ、ドMだ。
「やめてくれえええええ!!!」
泣きながら、膝から崩れ落ちる桐谷生徒会長には、つい先程まで独裁者よろしく演説をぶちかましていた面影は一切無く、両脇を茶道部部員に支えられて無理やりに立たされ、その無様極まりないぐしゃぐしゃの顔を全1年生に向けて晒すのみの存在と化していました。
「人の趣味にとやかく言うつもりはないが……肝心なのはこの女の方だ」
望月先輩が指した女王様には、なんとなく見覚えがありました。蝶の仮面を被っていたので、はっきりとした事は言えないのですが、それはどうも、「あの淫乱」に、今度は顔つきという意味で単純に似ているような気がしたのです。
「まだ調査中なので詳しい事は明言出来ないが……つまり、こういう事だ」
望月先輩は憐れみのこもった表情で桐谷生徒会長に見切りをつけて、良く通る凛々しい声を体育館中に響かせます。既にマスターオブセレモニーは彼女の物です。
「桐谷君の手綱を握っているこの女子は、清陽高校の吸収合併を企んでいる某高校の生徒会長である可能性が高い」
ああ、やっぱり。
「桐谷君はその某生徒会長に誑かされて、誘惑に乗ってしまったという訳だ。私、そして茶道部OBの方々は全員合併を望んでいない。よって、このままでは合併話は前に進まない。だから現茶道部を没落させて発言権を失わせ、吸収合併をまとめようとした。ちなみに、この写真は桐谷君自身が自ら撮影した物を、我が部の部員が偶然入手した」
「う、嘘だ! この写真は1人でこっそり楽しもうとPCのDドライブに……! 盗みやがったな!?」
もう何を言っても負けの状態で、よくもこう無駄な、というかむしろショベルカーで墓穴をガンガン掘っていくような行為をするものだ、と自分までなんだか憐れな気分になってきました。それにしても、三枝生徒会長はドSというよりは、生粋のドMだったはずでは、という疑問も浮かびましたが、それはすぐに自分の中で解決しました。
三枝生徒会長は万能無敵タイプですから、桐谷”ドM”生徒会長にその気があると知るや否や、生粋のドS女王様を演じて近づき、コントロールする事にしたのでしょう。基本、三枝生徒会長に出来ない事はありません。露出オナニーに明け暮れてるだけの変態ではないという事です。
「お目汚し失礼した。それでは、皆は一旦クラスに戻って昼食の続きをとってくれ。この時間は生徒会に協力した各部活の紹介時間から差し引き、6時間目から部活動説明会を再度始めよう。それと、今更言うまでもないが、生徒会と茶道部のどちらが正しいかは、新1年生の君達自身が判断してくれ。では、解散」
怒涛の如く行われたゲリラ部活動説明会は、こうして幕を引きました。
望月ソフィア先輩。
その凄まじさは、三枝生徒会長にも匹敵するようです。