Neetel Inside 文芸新都
表紙

紅い紅葉の短編集
殺し屋の職業(殺し屋モノ)

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 電話ってどうして間が悪いんだろう。
 人によってはそうは感じないかもしれないが、俺にとっては電話ってすごく間が悪い。彼女とのデート中とか、カップラーメンを食べようって時とか、トイレの中にいたりとかの時に限ってかかってくる。今回は、楽しみにしてるドラマの最終回。一番いいシーンにかかってきた。
 舌打ち。そしてため息。出ないことも考えたが、相手を見て、しばらく切れないとわかって、なら出た方が早いなと、ケータイを開いて耳に当てた。
「もしもし」
「あー、巻くん。元気?」
 相手の声は中年の女性。俺は彼女のことは知らないが、番号は知ってる。この番号からの電話は、基本的に相手がはっきりしないのだ。
「ええ。元気ですよ」
「そう。良かった。今日頼まれてた仕送り送ったんだけど、もうとどいた?」
「まだ確認してないんです。今からしますね」
 それだけ言って、電話を畳む。
 今の電話は、仕事の依頼。仕事の性質上、情報漏洩を避ける為に暗号っていうか、隠語を使って会話をする。元気か、と訊いてきたのは、『今仕事はできるか』という確認。仕送りを送ったというのは、『仕事の詳細を送った』ということ。
 俺はこたつを抜け出し、玄関の郵便受けから、白い封筒を取り、開く。
 まるで田舎の親戚から送られてきたみたいに偽造された手紙が入っていた。
「……はぁ」
 ため息が漏れた。今から仕事。ライターでその手紙に火を点け、シンクに落として、燃えて行く様を見届けてから、適当に身支度を整え家を出た。


  ■


 面倒くさいなぁ。でも働かないと暮らしてけないしなぁ。
 左右の足を踏み出しながら、そうやってヤジロベエみたいに心をグラグラ揺らしていく内、俺は現場に着いていた。
 辺りはすでに暗く、現場に指定された高級マンションの明かりがより一層映える。
 憂鬱だ。今日はどんなことを言われるんだろう。前の現場では怒られたっけ。その前は逆に謝られた。仕方ないんだけど、割り切れない。
 マンションに向かって歩いていたら、OL風の女性とすれ違った。そして、すれ違いざまに、鍵を渡された。現場に侵入するための鍵だ。こんなものを用意できるということは、ターゲットと近しい人間なのか。
 そこまで想像して、やめた。依頼人への干渉はあまりマナーがよろしくない。俺は、今日中に仕事が片付きそうだと思うだけに留めた。
 マンション内に入ると、大理石調の白い床やオレンジ色の明かりが高級感を醸し出しているエントランスが俺を出迎えてくれた。エレベーターホールへ続く道はオートロックで閉じられている。が、俺はあいにく鍵を持っている。オートロックは意味がない。
 エレベーターで十七階へ行き、現場の部屋、その前に立った。
 指紋を残さないよう手袋をはめてから、鍵を使って普通に中へ入った。
 白の壁紙と薄い色合いのフローリングという廊下が伸びていて、俺は靴を脱ぐと一番奥の扉へ向かい、開いた。
 そこはリビングで、ソファに寝転がってテレビを見ていたくつろいでいた、三十代ほどの男性が、俺の姿を見て唖然としていた。
「なっ――なんだお」
 俺が誰かを問いたかったらしいが、その質問より早く、俺は男の胸を持参した包丁で突き刺した。そして、恨みでもあるみたいに、何回も何回も突き刺す。痙攣もしなくなった頃、俺は刺すのをやめて、脇に手を入れ無造作に起こしあげ、乱暴にソファへ倒す。
 これで乱闘の末に殺された様に見えるだろう。
 ため息を吐いて、死体を見下ろしてみる。今日は何か言われる前に片付けられた。
 その時、玄関が開く音がして、足音がこっちに近づいてきた。リビングのドアが開かれ、入ってきたのは、少しヘアケアの甘い茶髪のセミロング。疲れた感じの目尻をした、恐らく死体の男性と同い年ほどの女性だ。白のブラウスに淡い紫のカーディガンと、スキニージーンズ。
「あなた、殺し屋さん?」
「そうですけど」持参した包丁を、ゆっくりと男の体から抜く。
「あぁ、警戒しないで。依頼人よ。そこの男の、妻」
「奥さんが依頼人だったんですか?」
「そうよ」
「現場に来るのはあまり賢くないですよ」
「アリバイ工作はしてくれるんでしょう?」
「そうですけど……高いですよ?」
 俺は、旦那さんに包丁を再び突き刺した。この包丁はここに置いていくつもりだったし、刺さりっぱなしの方がリアルだ。
「いいのよ。こいつの保険金入るから。……保険金で殺しの報酬払うのって、皮肉よね」
 声を響かせないように笑う奥さん。アリバイ工作の為に、できるだけ声が外に漏れないようにしているのかもしれない。
「浮気してたのよ、こいつ」
「奥さんみたいな美人と結婚したのに?」
「ありがとう。……美人でも浮気される時はされるのよ。されが家じゃあ、いい夫気取ってさ。そういう所、すごいイライラするのよ」
「なんすかそれ。離婚すれば良かったのに」
「殺しとかなきゃ我慢ならなかったの。こいつは私に浮気がバレないと思って、思いっきり遊んでた。私が家で退屈してる時に、他の女とセックスしてたのよ。主婦なんて、鳥籠に閉じ込められてるような物なのよ。娯楽はないし出会いはないし。不利じゃない。私にできないことしないでよ。美味しい物食べたとかだったら対抗できるのに」
 悔しそうに涙目になる奥さんを見て、俺は結婚って面倒くさそうだなぁとか思っていた。したことがないから、その大変さ、面倒くささはよくわからないけれど。
「イライラってね。主婦の職業病みたいなもんなのよ。夫の行動や言動にいちいち振り回されてさ」
「職業病ですか」
「殺し屋にはある? 職業病」
「そうですねえ……。八方美人になります」
「へえ?」苦笑しながら、首を傾げる奥さん。
「いつ俺が、殺しのターゲットになるかわからないですからね。誰かに恨まれないよう、とにかく必死です」
「ふうん。私も気をつけようかしらね」
 愛想笑いで頷いていると、彼女は後ろを向き、キッチンへ向かう。やっとチャンスが来たかと、俺は腰のホルダーから特殊警棒を引き抜いて、奥さんの後頭部を思いっきり殴った。
 骨が割れるような鈍い音が響いて、それに引きずられるみたいに奥さんは倒れた。
 まだ意識はあるみたいで、頭から血を流しながら、鈍い動作で俺を見た。一撃で気絶させたかったんだけど、俺腕力弱いからなぁ。
「い……、え……っ?」
「すいません。あなたもターゲットなんですよ。旦那さんの、浮気相手から依頼されて」
「そん――なっ! そんなのってないでしょ……!! なんで私が殺されなきゃなんないのよ!?」
「そんなの、恨み買っちゃったからに決まってるでしょ。こういうことがあるから、八方美人てやめられないんですよね」
 俺はそう言って、もう一度奥さんの頭に警棒を振り下ろした。今度は気絶してくれた。
 奥さんを引き摺るように、旦那さんの元まで持っていき、刺さっていた包丁を握らせる。今回は、浮気についての口論をしていたら、カッとなって旦那さんを刺してしまった。という筋書きだ。
 奥さんをベランダから放り投げて、今回の仕事は終わり。今日はそこそこ手際良くできたな。


  ■


 仕事を終えて、俺は自宅のアパートに戻ってきた。こたつを温めなおし、テレビをつける。もうあのドラマは終わっていて、バラエティに変わっていた。お笑い芸人が熱湯風呂に入るの入らないだのでうだうだやっている。
 それを見て笑っていたら、電話がかかってきた。開いてみると彼女からで、通話ボタンを押すと同時に、玄関が開いた。
「ふぁー寒い!」
 愛らしい声を響かせ、俺の返事を待たず、靴を脱いで入ってきた。茶髪のセミロングを揺らしながら、持っていた鞄や上着を放って、俺の隣に座ってこたつの温もりを求めた。
「迷惑だった?」
「全然」
 言いながら、俺達はキスをする。唇同士を触れ合わせるだけの、挨拶みたいに気軽なキス。
「あれ? ……なんか生臭い。魚食べた?」
「――鋭いね」
 血の匂いでもついたかな。顔を引き吊らせながら、その表情を悟らないよう、テレビに視線を向ける。彼女は誇らし気に笑いながら、俺の横顔に汚れのない視線を投げかけてくる。
「あたし、鼻はいいんだ。巻くん、料理するんだ?」
「たまにはね」
 まず風呂に入るべきだったかな。
 そんなことを思いながらも、俺は彼女を引き寄せる。
「え、ちょ、なに?」
「ごめん。なんかムラムラきて」
「……別にいいけど、お風呂行ってからにして。生臭いキスはちょっとイヤ」
 あぁ、なるほど。
 彼女を部屋に一人で置いておくのも、あまり気は進まないけど。俺は立ち上がって、風呂場へ向かう。
「――あ、そうだ。ねえ、涼さん」
「ん?」
 こたつに振り返り、俺は彼女に、「人に恨まれないようにした方がいいよ」と言って、風呂場のドアを開けた。
「そんなの、当たり前じゃん」
 なんてことなさそうに言う彼女に、俺は安心して風呂に入った。
 人から恨みを買わないようになんて、当たり前なんだよなぁ。

     

殺し屋の職業病

殺し屋モノ書きたいなあ。という意思のもと、とりあえず形にしてみようという逃げの姿勢で書いた作品。
ここからいろいろ煮詰めていくための土台ともいう。殺し屋モノにこだわりたい僕としては、殺し屋の職業である殺しを特殊に描きたくないという意地がありまして、その為にこういうちょっと淡々としたものになりました。日記形式にしようかな、とも考えたのですが、それはちょっと僕の実力では無理かなあ、とか思ってこうなりました。
主人公の殺し屋は、派遣のバイトみたいに現場へ向かうという感じで。僕は殺し屋といえばkiller7やNO MORE HEROSを思い出すほどのグラスホッパーファンなので、いつかはあれくらいダウナーかアッパーがやりたい。この作品はその為のステップ、という感じですね。

       

表紙

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Neetsha