Neetel Inside 文芸新都
表紙

オナニーマスター白沢
そのいち(41.2kb)

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―― .五、将来の夢は何ですか?



「ぼくは、大きくなったら、まほう使いになりたいです」
 将来の夢と題された作文は、授業参観の日に発表となった。
「まほう使いになってたくさんの人を助けたいです」
 変身ヒーローに憧れるには少し現実を知ってしまい、消防士や警察官を夢見るには丁度良いくらいの小学四年生。溌剌とした表情で少年は夢を語った。
「四年三十二組、白沢 桂<しろさわ かつら>」
 いかにも利発そうな少年は最後に自己紹介を添え、読み終えた原稿をたたみお行儀よく着席する。周りからはちらほらとお約束である拍手の音が聞こえてくる。
「ぼくの夢は科学者になることです」
 拍手が途切れると、今度は白沢の後ろにいた少年が発表を開始する。
 誰かが夢を語り、まばらな拍手。そしてまた誰かが夢を語る。ぐるぐるとルーチンワークのようにクラスを回りクラスメイトは口々に夢を語るが、男の子は大抵魔法使い。女の子はお嫁さんか花屋さん。もしくはケーキ屋さんとどれも似たり寄ったりで、没個性的だった。
 だが、それほどまでに魔法使いというものは一般に定着しており、その活躍からは将来になりたい職業ランキング一位を占拠し続ける魅力が確かにあった。
 ただ、そこにいた何割がその夢を現実のものとできるか。
「皆すばらしい夢ですね。じゃ、その夢を叶える為に今日も張り切ってお勉強をしましょうね。あ、そうそう。最後にすばらしい発表をしてくれた皆さんに拍手」
 現実を知ってか先生は皮肉にも似た台詞で授業を再開する。
 先生の声に従い、教室の誰もが拍手をする。
 その拍手の意味もわからずに。



―― 一、おめでとう
 拍手。というより手拍子が薄暗い部屋に響いていた。
「はーぴバースデーとぅーみーはーぴばすでーとぅーみー」
 少ししゃがれた男の声で歌われていたのは、誰もが知っているバースデーソング。誕生日を祝うはずのその歌は、まるで呪いのように重く、手拍子同様一つだけ部屋に木霊する。
 それもそのはず、部屋の中央に鎮座するショートケーキに挿された蝋燭の明かりで、薄ぼんやりと映し出されるシルエットはケーキ同様たった一つ。
 歌うシルエットは猫背のままバースデーソングを口ずさみ、その吐息でゆれていた蝋燭の炎のように体をふらふらと前後に揺らす。
「はーぴばーすでーでぃあ……」
 体の揺れを一度止め、そこで男は言葉を詰まらすが、少しの間を置いてから意を決したように鼻から大きく息を吸い込み生唾を飲み込む。
 静かな部屋にゴクリと音が響く。
「ハッピーバースデーディア、白沢桂」
 言い終えた男、白沢桂は蝋燭の火を一息で消し去る。そこに昔のような利発で溌剌とした少年の瞳ははまっておらず、代わりに部屋に滞留していた紫煙で淀んだ空気のように濁りを帯た真っ黒な瞳がそこにあった。
 目を覆うほどまで伸びた前髪や、ろくに手入れもされていない無精髭。中肉中背とは少し言い難い細身の体。その風貌はまさに脱落者のそれであった。
「やっとここまできた」
 そう低い声で呟く言葉は何処か儚げ。
 だがそこには喜びの熱を内包していた。
「皆驚くぞ」
 へへへと痩せこけた頬を吊り上げ、笑う。
 なにせ、昔に夢を語り合った仲間達は既に魔法使いの資格をなくし、白沢を置いて大人の階段を上っていた。それは、童貞を卒業しても魔法使いになれるラッキーな人種もいるらしい。なんて馬鹿馬鹿しい噂にほだされ自分の意思で。または自分の意としない所で何者かの罠によって無理やり。
 浮かんでは消える元クラスメイトの顔を懐かしみながら、次に魔法使いになれた人間を思い出す。
 残念ながら浮かんだ顔は無かった。
 白沢は大きな学校に通っていた。それも、クラス数が一学年五十に届こうかというほどのマンモス校出身だった。と、いうのも魔法使いの出現からこの国の出生率は上昇気流に乗った龍の如く天高く上っていった。
 それもそのはず、世界には変化を善しと思わない人間がおり、魔法使いの国という新しい波を嫌った。
 結果としてその勢力によって魔法使いを志したものは淫靡なハニートラップの犠牲となり、今では立派な二児三児のパパである。白沢はそれを一概に悪いとはいえなかったが、結婚式に呼ばれるたびどこかやりきれない疎外感と焦燥感を味わっていた。
「電気……」
 勝手知ったる自分の城と唯一の明かりだった火が消え、暗闇となった部屋の中でも白沢は迷うことなく電灯の紐を引いた。
 小さな電球がジーと虫の羽音のような音を響かせ、数秒後に明かりをよこす。光に慣れていない瞳に容赦なく刺すような痛みが走り、逃げるようにして目を細める。
 少ししてゆっくりと目を開けたとき、そこにあったのは飲み干された空き缶や空になったコンビニの弁当が散らかり放題。まさにゴミ貯めだ。
 服装も部屋同様荒んでおり、洗濯もせずに何日も着られていた黒のジャージとシャツはだらしなく伸びきっていた。果たしてこれを母が見たらどう思うだろうか。などと余計なことを考えるほどには白沢の思考回路は生きていた。ただ、状況は何も変わらない。
 誕生日。目が覚めたらそこは夢の国。自分が王子様で。なんて事はそれこそ魔法でも使わない限り不可能なのだ。
「でも、本当になれたんだよな」
 本当に不可能が可能になったのだろうかと、少し疑心暗鬼になりながら自分の外や中に意識を向けてみるが、特に変化はない。いや、あるというのなら三十路の文字が肩に重く圧し掛かり、白沢を圧迫して苛立ちを生んでいた。結果、怒りの矛先は壁へと向けられ、ドンと硬い音を鳴らし、同時に拳に鈍い痛みを残すだけだった。
「何にもかわらねぇじゃねぇか」
 世の中には三十になった途端にわさわさと銀の毛が生え、狼男になってしまった者も居るというからそこは幸運だったのかもしれないなと白沢は呟く。
 だが、変わらぬ体に疑問と焦りがつのる。
 白沢桂。今日めでたく三十路。
 魔法の力は、まだない。

     

「魔法使い、か」
 その事実を噛締めるようにつぶやき、立ち上がる。
「もうそろそろ開いただろ」
 壁掛けの時計を確認しそう言って身支度を開始する。
時間は今から身支度して出勤するにはやや遅刻気味で、少し遅めの朝といった感じだ。
 だらだら服を全部脱いで部屋の隅に投げ置いて風呂場に。蛇口をひねり、お湯になりきっていないシャワーを浴び、幾日分かの汚れを丁寧に落とす。そこで目が覚めたのか、終わったと思えばろくに温まることもせずにさっさと風呂場から立ち去る。体からほんのりと湯気が上がるが、それは白沢が十分に暖まった証明ではなく、ただ外気温が冬化しているからに過ぎない。
「さむっ」
 季節は冬。それも師走。温度が一桁なんてよくある事だ。
 ぶるっと身震い一つ、開けっ放しになっていた風呂の窓を発見するが、面倒だからと風呂の扉を閉めてその場しのぎをする。が、吐く息はあいも変わらず白い。
 冷えた体を引きずり、積まれた洗濯物の中の最も奥、所謂最古となる洗濯物予備軍を引っ張り出してバスタオルの代わりといわんばかりに体を拭き、そのまま腰に巻きつける。幾分か寒さがましになった。
 腰の部分だけだが。
 因みに、引っ張り出したのはタオル地のパーカーだったのが幸いか、白沢の体を伝う水滴は少なかった。
 白沢はその後も洗顔、髭剃り、歯磨きと先ほどまでの芋虫みたいなのろのろとした様子とはうって変わり、出勤前のサラリーマンのようにてきぱきと身支度を整える。
――何着ていくかな。
 歯ブラシをくわえ、腰にパーカーを巻いたまま部屋を徘徊する。
 その体は以外にも鍛えられており、猫背で陰気くさかった白沢と同一人物とは思えぬほど引き締まっており、スポーツ選手とまでは行かないが、それでも余分な贅肉が不法占拠せずうっすらと腹筋が割れている。
「よし」
 言葉一つ、その足が止まったのはこじんまりとした部屋に不釣合いなほど大きく、立派な黒塗りのクローゼットだった。
 白沢はその中からビニールをかぶったままのYシャツを取り出し、袖を通す。クリーニングから引き取ったままだったからか糊がぱりりと効いており新品を思わせる。
「ネクタイは……」
 悩む白沢の視線の先には多種多様なネクタイがざっと十本ほど並んでおり、クローゼットの中には三つのスーツが吊り下げられていた。
――一応締めるか。
 一般的な淡い紅色と白のストライプになったネクタイを選択、こなれた様子で手早く締める。
「スーツも、この際だから一番いいのにするか」
 言いながら洗われた下着を穿き靴下も同様に洗濯済みのものを選ぶ。
 それが一通り終わるとラックからスーツを取り出してすぐに袖を通す。上質な素材だからか、手に引っかかることなく滑らかに着衣が完了する。
 最後に机に置きっぱなしだった腕時計を拾い上げて腕に巻き、充電を完了していた携帯電話と全財産が入った黒の長財布をポケットに入れ、もう一度鏡の前に立つ。
 そこにいたのはつい数分前の脱落者ではなかった。
 死んだ魚のような目は水を得た魚のように爛々と、自信なさげな猫背だった姿勢も今ではしゃんと胸を張っている。
 まさにやり手の営業マン。そんな雰囲気が漂っていた。
 それもそのはず。この白沢、こうやって引きこもる前は一流企業である程度の地位を持ったサラリーマンだったのだ。高そうなスーツや多くのネクタイはそのときの名残だ。
「よし」
 剃り残しはないかと顎のラインを確認し、満足げに頷いてから玄関に向かうが、すぐに踵を返す。
 お腹がきゅるきゅると空腹を訴えていたので仕方なく部屋に転がっていた食べかけのカロリーメイトを拾い上げ、今度こそ本当に玄関に向かう。
「それじゃ、行ってきます」
 もう何年も返事の帰ってこない部屋に挨拶を告げ、玄関を出る。
 外は冬真っ盛り。つい二月前までは色とりどりの落ち葉で路上を彩っていた街路樹も今では寂しくその軽くなってしまった体を晒すのみだった。
――コートくらい持ってきたほうがよかったな。
 吹き付ける風に自分の腕を抱き寄せるもそこに暖かさはなく、恨めしそうに元いた部屋を眺めてしまう。もどれば分厚めのコートがある。
 だが、今から帰るのも面倒だとすれ違う人々の外套を、これまた恨めしそうに眺めるだけだった。
――熱い熱い。
 心頭滅却すれば火もまた涼し。試しに心頭を熱してみる白沢だったが、冬はいとまた涼し。むしろ寒いくらいで、いつの間にかその歩は目的地に向けてどんどんと速度を上げていく。
 途中、寒さに耐え切れず自販機で暖かいブラックコーヒーを飲んだこと以外、特にこれといった事もなく、白沢は目的地の施設、役所に到着した。
 緩やかな足取りで自動ドアをくぐると、そこは喉をやってしまいそうなほど乾燥した生ぬるい空気に混じり、何とものんびりとした雰囲気が漂っていた。
「すいません」
 平日だからか、それとも朝だからなのか、ガラガラだった受付に佇み、暇そうに虚空を眺めていた女性にに声をかける。
「あ、どうも。本日はどのようなご用件で?」
 テンプレート化された受付の台詞を聞きながらも、白沢は緊張と興奮を表情に出さないように必死だった。
「登録を」
 結局、口角がやや上がりながらの返答だった。
 登録というのは、勿論魔法使いを認定するものだ。
 この時代魔法使いは免許制なのだ。
「登録ですね」
「はい」
「何の登録でしょうか?」
 聞かれて白沢はまたにやつく。嬉しくてたまらないのだ。
 なにせ、役所に登録申請をする魔法使いなんて数年に一人居るか居ないかだ。大抵は白沢のような天然ものではなく、国営の施設で育てられた養殖物が大半なのだ。
 それほどにこの世界は淫らで淫靡だ。
 嬉しさに打ちしひがれる白沢の心中を察することなく、受付の女性は用件も言わずにただにやつく白沢を不審に思い、右手はすでに警報機のボタンに添えられていた。
 当然といえば当然の結果だった。
「あ、あの?」
 聞きながらも引きつった笑顔で女性が半歩分下がる。
「あ、あぁすいません。いえ、実は魔法使い登録をしたくて」
「は?」
 魔法使い。そのフレーズに驚いたのか、女性はつい添えていた手を押し込む。
 途端に、警報ベルが役所に鳴り響いた。   

     




「申し訳ありませんでした」
 役所の奥の応接室、白沢の使うベッドとは比べ物にならないほどふかふかした黒塗のソファーの上で、頭を垂れる二人を目の前に無言のまま渋いお茶を啜る。
「本当に、係の者が、とんだ失礼を」
 言葉を区切りぺこぺこと起き上がり小法師の様に頭を下げる男を眺めながら、何でこうなってしまったんだと頭を捻る。
 思い起こせば数分前、突然鳴り響いたけたたましい警報を耳に、閉ざされていくシャッターを冗談かとぼんやり見ながら白沢はおかしなガスを嗅いだ。
 気がつけばここに通されており、男は警察に今と同じく謝罪を繰り返していた。
「ま、まぁこちらもあまり気にしていませんし……」
「し、しかし」
「いや、私の方も少し怪しかったかもしれません。舞い上がってましたからね、恥ずかしながら」
「いえ、でもその気持ちはわかりますよ。なんたって魔法使いですからね」
 ゴマをすりながら低姿勢のまま男は言う。
「本当に、ずみまぜん」
 そんな男の隣では、受付の女がえっぐえっぐと謝罪をする。
「あー本当に気にしていないんで」
「ででぼ」
「あーそうだそうだ登録をしません?」
 この女はだめだ。そう判断した白沢は即座に話題を変える。と、いうより本来の目的を達成したいのだ。
「そ、そうですね。登録申請にこられたんですものね! はい。ぜひ喜んで」
 そう言うと男はニコニコと張り付いたような笑顔のままそそくさとどこかに消えていく。
「す、すいません。すいません」
 残されたのは白沢と女性のみだ。
「気にしてないからいいですよ」
「で、でも、すいません」
 これじゃあ壊れたレコードだと白沢はふと笑みをこぼす。
 何を言っても泣き止まない。
「ほら、ハンカチでも使って」
「いいんです。ごめんなさい」
 あっさりと断られ、女のヒステリックには付き合っていられないと会話を投げ出す。
 白沢が会話をふらないと案の定、部屋には女性の泣き声と秒針の揺れる音だけが響き続け、重い空気が流れた。



「お待たせしました」
 秒針が五周程したあたりで男が紙を持って帰ってきた。
 再び気味の悪い営業スマイルを浮かべる男の後ろには、なぜか警察の制服に似た服を纏った男が随伴しており、異様な雰囲気をかもし出していた。
「こちらの方をお呼びするのに少々時間がかかってしまいまして」
「魔法省人事部の石田です」
 こちらはどなたですか。と聞く前に石田と名乗る男は名乗った。
 男は丸坊主で肩幅が広く、見るからに魔法使いというより戦士の体つきをしていた。
 対する白沢は、魔法省と聞いて元サラリーマンの性でいそいで立ち上がり、姿勢を正してしまう。
 なにせ、現れた男の胸元には国中の羨望の的、魔法使いである証の箒型バッジが輝いていたのだ。つまりは国の使い。もっと言えば国のお偉いさんだ。
「ま、魔法省の方ですか」
 突然の訪問に身を硬くしてしまうが、無礼を働かないようにと精一杯平静を装う。
「白沢桂さん。今日で三十才。で間違いないですね?」
「は、はい」
「ではお座りください」
「で、では失礼して」
 石田と名乗る人物に言われるがままにソファーに腰を下ろす。
「白沢様。それではこちらの魔法使い登録申請用紙にご記入を」
 座るや否や、白沢に差し出されたのは先ほど係の男が持ってきた用紙だった。
 一緒に差し出された高価そうなペンを係の男から受け取り、項目を埋めていく。
 名前・年齢・出身地・経歴など質問は多岐に渡った。
「出来ました」
 最後に印鑑代わりの母印を押すと係の男が手早く回収後、記入漏れがないかチェックし始める。
「はい。記入漏れもありませんしこれで受理させていただきます」
 そう言うとそのまま用紙を石田に手渡す。
「こちらも、これで受理しました」
 石田はファイルに用紙を入れて手持ちの鍵つき鞄にしまう。
「それでは白沢さん。今から参りましょう」
「ま、参るとはど、どちらに?」
「魔法使いの登録です」
「は?」
 先ほどの用紙だけで登録が終了するものだと思っていた白沢は、どうしてなんだと首をかしげる。
「白沢様。何か勘違いされておられるようですが、先ほどの用紙はあくまでも登録申請ですよ? これを提出された後、認定過程をへて晴れて魔法使いになれるのです。そうでないと嘘偽りの申請で魔法使いの称号を与えてしまう可能性がありますから」
 係の男に説明され、なるほどと頷く。
 国のさまざまな特権が使えるようになるライセンスなのでそう簡単に発行するわけにはいかないというわけだ。
「普段なら申請書提出後何日か待っていただかないとならないのですが、今回は幸か不幸か先の騒動で警察を呼ぶ事になりまして、その際石田様が同行なさっていたのです」
「す、すいません」
 そのまま消えてなくなってしまうのではないかというくらい女性は小さくなってしまう。
「ご理解いただけましたか?」
「ま、まぁ」
「では、改めて参りましょうか」
 ずいぶん急な話だとは思いながらもわかりましたと石田の後に続く。どうせ仕事をしているわけでもないのだ。時間なら腐らせるほどあった。
 白沢は最後に、受付の女性に気にしてないからとだけ言い残し、部屋を後にした。。



「これから向かう先は少々遠くなりますから車での移動になります」
「わかりました」
 廊下を歩きながら会話を繰り返す。
 内容は先ほどのように移動手段であったり注意事項その他もろもろ実に事務的な事ばかりで、会話に華々がない。だが、ときどき白沢はついメモを取りたくなってしまうほど重要そうなことも混じっており、なんとなく聞き流すわけにもいかなかった。
「こちらです」
 話しながら歩くこと数分。
 再び冬の寒空の下に出てみれば、目を疑いたくなる物がそこにあった。
 なにせ、役所の裏手に用意されていたのは真っ黒な高級車。いかにもVIPといった感じの待遇、そして扉に刻印された箒のマークに白沢はふと不安になる。
――もし、魔法が使えなかったら?
 そう考えたのは一瞬。
「どうぞ」 
 一抹の不安を抱えながらも石田の声に身を任せる形で車に乗り込む。
「頼む」
 石田が運転手に軽く声をかけると車は音もなくゆっくりと発進した。
 その場に白沢の不安だけを残し、ただ目的地へと。

     




「白沢さんは今日魔法使いになられたんですよね」
 唐突に石田は白沢に問いかけた。
「そ、そうなります」
 まだなれたのかはわからないですが。というのは勿論飲み込んで、白沢はぎこちない笑顔を浮かべる。
「私はお分かりのように天然物ではありません」
「は、はあ」
 そう言って恥ずかしそうに頭をかく石田だったが、どこを見たら天然とか養殖の見分けがつくのかなんて事は白沢に見当がくつハズもなく、生返事で返す。
「そのためか魔法もからっきしでね、おかげで人事部にまわされてしまいましたよ」
 そういいながらにへらと強面を崩す。
 石田本人は気さくに笑っているつもりなのだろうが、笑顔を向けられた白沢は頬が引きつっていた。
 養殖より天然。食べ物でも言われるように魔法使いの質も天然者の能力が養殖者より能力値が上だ。これは、世間の波に揉まれたからだとか、誘惑を振り切り続けたからだなど諸説があるが、まだよくわかっていない。
「と、言うのもね、人事部なんてお飾りの部署なんですよ。なにせ、人事しようにも魔法を使える人間はその殆どが国が作り出したものですし、他の部署にちょっかいを出せるわけでもありませんしね」
 自虐的に笑うその笑顔はどこか痛々しげで、白沢はふと昔の部下を思い出す。
 その男は白沢より年上だったが仕事がまったくといっていいほど出来なかった。
 事あるごとに白沢に呼び出しを食らい、その度に今の石田みたいな笑顔を浮かべて「年よりはだめだね」と言ったものだ。
「ようは魔法使いの中でも下の下の負け組みです。だから天然者のあなたがそんなに気をはらなくてもいいんですよ。むしろ見下す体でもいいくらいです。どうせ将来的には私のほうが地位が下になるでしょうし」
 相変わらず笑顔は作り物だったが、白沢もさすがに気がつく。
 どうやら石田は、がちがちに固まっていた白沢の緊張を解こうとしているらしい。
「し、しかしですね」
 自分はまだ魔法を使ったことがない。
「いいでしょう。ここはレクレーションだと思って私の手品でもご覧ください」
 白沢の不安を覗き見たかのように石田は話を切り替える。
「手品、ですか?」
「手品、です。先ほど申しました通り、私は魔法が得意ではない。なので、手品なんて遊びに興じているんですよ」
 そういうと再びにこりと笑顔を向ける。だが、体格もあいまってやや恐怖を感じてしまうのは相変わらず。
「時に白沢さん。貴方はすばらしい経歴をお持ちだ」
「そ、そんな」
 手品のためなのか、なにやらごそごそと体を揺らしながら石田は語りかける。
「ご謙遜を。こっちでもあなたのことはいろいろ調べましたよ。時間がなかったんで簡単な経歴程度ですけどね。なんでも、一流大学を卒業後は一流企業の企画部部長をやっていらしたらしいじゃないですか」
「一流だなんてそんな」
「いえいえ、名前を聞くだけでわかる学校だなんてそうそうないですよ」
 ほめ殺しに白沢は恐縮してしまう。
「でも」
 準備が出来たのか、石田が白沢に向き直る。
「どうしてそんな貴方が魔法使いに?」
 嘘を見抜かんとするかのような鋭い視線に白沢は再び固まる。
「貴方ほどの高学歴・年収・ルックスを持ち、そして私の見立てによると性格も良い。そんな貴方がどうして魔法使いなんかに?」
 まるで蛇に睨まれた蛙みたいだ。と白沢は自分を形容してみる。
「夢だったんです」
「夢、ですか」
「夢です」
 それ以上の理由はないと白沢は口をつぐむ。
「そうでしたか。ではこの度は夢が叶ったと」
「はい」
 その言葉を最後に、それ以上の追求はなかった。
「その割にはずいぶんと喜びや自信を感じられませんね」
 かわりに、確信をついたその言葉に白沢は魔法を使ったことが無いのがばれたか。と最悪の場合を想定する。
「ま、いいでしょう。ではこちらにご注目」
 すっと差し出されたのは石田の右手。
 ドキドキしながら白沢はそれを見つめる。
「ワン・ツー・スリー」 
 その掛け声とともにポンと軽い音を立て、石田の手元に一輪の花が握られる。
「花?」
「そ、花です」
 そう言うと何故か満面の笑みを浮かべた石田は、手品で出した花をそのまま白沢に渡す。
「アネモネです」
 男から花をもらうだなんてなんとも複雑な気分だったが、白沢は素直に感謝の言葉を述べて真っ赤なアネモネを受け取る。
「あ、忘れてましたが私の魔法を紹介していませんでした」
 そうだそうだと言いながら石田は両手を白沢に向ける。
「私の魔法はコレです」
 言うが早いか、再びポンポンと軽い音を立てて石田の両手にたくさんの花が出現する。
「そ、それは手品なのでは?」
「たしかに、見ようによっては手品かもしれません」
 赤信号なのか、車がゆっくりと止まる。
「運転手、ここには何が?」
 器用に片手で出した花を束にした石田が運転手に問うが、運転手は怪訝な目をしてとんちですか。と問い返した。
「いや、いいんだ。ありがとう」
 いったい何なんだと小さくつぶやいて運転手は再びアクセルを踏み込む。
「さて白沢さん。お分かりですか?」
 再び白沢に向き直った石田は花束を白沢に差し出す。
「私の魔法はただ一つ。魔法の花を自由自在に出現させること。それのみです」
 それは魔法なのか。と白沢は眉をひそめる。
「しかもこの花、魔法で出来ているからなのか、一般の方にはまったく見えません。故に、これが見えた貴方は、正真正銘の魔法使いです。白沢さん」
 おめでとうといって差し出された手を、狐に頬をつままれたかのような顔でぼんやりと握り返す。
「こんな魔法しか使えないから人事部に送られましたが、魔法使いかどうかはこれですぐ分かるもんで、適任っちゃ適任ですね。ま、何はともあれこれからよろしくお願いしますね。白沢さん」
 仲間と分かったからか、今までの堅苦しい敬語を崩し、バンバンと肩を叩く石田を眺めながら、白沢は手元のアネモネの花言葉を思い出し、石田の心遣いにふっと笑みを漏らす。
 アネモネ。花言葉は真実。
 確かにそこにある魔法の花を握り締めながら、白沢は三十になってから初めてほっと胸をなでおろした。

     

「さて、白沢さん。着きましたよ」
 高級車を感じさせる止まった事を感じさせないほど静かな停車。
 いったいどんなところに着いたのだろうと扉の外を覗いてみれば、少し離れた所に大きなビルがそびえていた。
 一流企業に勤めていた白沢が大きいなと思ったのだ、その大きさは超高層ビル群の中に在ってもさぞ目立つだろう高さに、ちょっとしたテーマパークがいくつか入りそうな広大な敷地面積。これには白沢も言葉をなくし、ただ目をひん剥かれるのみだった。
「では、行きましょうか」
 ドアが開き、石田が先導する形で施設に足を踏み入れる。
 車から降り、施設に入ると自覚した瞬間、白沢の心臓は一度だけ大きく跳ねた。
 胸のどきどきを抱えながらきょろきょろと子供のようにせわしなく辺りを見回す白沢だったが、また役所のとき同様、石田の説明が始まる。
 またかと内心うんざりする白沢だったが、前回と一つ違ったのはその口調と速度だ。今回は役所の時みたく事務的に早口に行うのではなく、きちんと人に言い聞かせるよう、アドバイスをするような形で説明をしていた。それは、仲間と認めた故の優しさなのか、それとも自分が舐められているのか何て事は白沢は言われなくともわかっていた。
 石田の言葉に耳を傾け、特に重要そうな石田が覚えておくといいと言うような事はしっかりと頭に叩き込む。
「じゃ、これで説明は一通り終わりです」
 話を一区切り。居住まいをただし石田は白沢に向きなおる。
「なにかご質問は?」
「特には」
「よかった。では、今から適正試験を受けていただきますね」
 そう言って石田は恭しく頭をたれ、すぐ近くにあった施設を手のひらで示す。
 いつの間にここまで案内されたのだろうかと石田に感心しながらも、白沢はありがとうございましたと一言だけ述べ、案内された施設の一つ、小さな工場のような概観をした建物に向かう。
 背後からは石田ががんばってくださいと激励を飛ばしていた。



 何の変哲も無い自動ドアを抜けると、そこには白衣をまとったいかにも研究員ですという出で立ちの方々が整列していた。
「君が天然物だね」
 一体どうしたんですかと問いかける間もなく、白沢は一人の研究員にぐいぐいと腕を引かれ、やたらと真っ白な一室に案内された。
 ふと見えた扉の外では、研究員達がうれしそうに器具を運んだり資料を抱えているのがしっかりと白沢の目に入った。
「じゃ、脱いで」
 いきなりの要求に頭上にはてなマークを浮かべる白沢だったが、研究員はここに連れ込んだとき同様、了解も取らずに勝手にスーツのボタンをはずしにかかる。
「わ、わかりましたよ。脱ぎますから、自分で出来きますから」
 白沢が服を脱ぐことに抵抗しないとわかるや否や、研究員はそそくさと部屋を出る。
――いったい何なんだよ。
 内心毒づいた白沢は、かける場所もないのでとりあえず脱いだスーツの上着とワイシャツをたたんで真っ白な地面に置く。
 まさか下も脱ぐんじゃないだろうかとベルトに手をかけたところで研究員が箱のようなものをもって再び部屋に入ってきた。
「じゃ、基礎検診だけしますね」
 そういうと手早く血圧や心拍数、さらには体温なども測り、持ってきた箱に入力する。どうやら箱は検査用の機械のようで、いろいろな検査器具がぶら下がっていた。
「もういいんで次行きましょうか」
 基礎検診が終わると、質問をする間もなく、研究員に次へ次へとせかされる。
 舌打ちしてやりたい気持ちでいっぱいの白沢だったが、魔法使いになるためだとゆがんだ笑顔と精一杯の愛想で応対する。
「はい。じゃあここで検査しますね」
 新しい部屋に研究員と白沢が並んで入る。
 今度の部屋はなんだか不思議な部屋で、中央に置かれた椅子を境に半分はいろいろな機械であふれかえっており、もう半分は何も無くきれいな床が覗いていた。
 白沢は検診だったり検査だったりと忙しいなと思いながらも、案内されるがまま部屋の中央に置かれた椅子に座る。椅子の隣には数名の研究員。どれもこれも神妙な面持ちで各個人の前にあるコンピューターとにらめっこをしていた。
「よ、よろしくおねがいします」
 一応挨拶してみるも、相手はまるで機械のように無反応で、白沢に色とりどりのコードが付いた電極を貼り付ける。
「検査、いのいち」
 電極がつけ終わるとすぐに研究員の誰かがそう言う。
 すると、何もなかったはずの白沢の眼前に突如として炎が生まれる。
「開始」
 なんの予告もなく始まる検査。どうしていいかもわからず、速度を上げて迫り来る火の玉に、白沢はつい席を立つ。
「検査、いのに」
 白沢が立ち上がったのを見ると研究員はまた違う合図を出す。
 炎はいつの間にか霧散していた。
「検査、いのさん」
 目の前で起こる様々な怪奇現象に目を回しながら、白沢はいのいちとは番号の事かとぼんやりと考えた。



「検査、すのよんじゅうはち」
 目の前で大きな風船が割れ、中から人が現れた。
「……以上」
 研究員の言葉を最後に、目の前で起こっていた曲芸は終わった。
 疲労困憊といった感じの白沢。精神はすでに磨耗していた。それもそのはず。検査はいからすまで各四十八もあったのだ。
「それでは、これより適正診断を行います」
 研究員の淡々とした声に、まだ続くのかと椅子の縁をつかみ身構えた白沢だったが、目の前に現れたのは真っ黒なマントを身にまとい、顔を覆い隠すようにフードをかぶった人だった。
 いったいどこから現れたのかその人は、ふらりと風のように白沢の目の前に立つ。
――なんだ?
 そう白沢が思うのも無理は無い。なぜならそれはマントを身にまとい、フードをかぶって人かのように見せてはいるものの、どこか人とは違った背格好をしていたのだ。
 ただ、白沢にも人型の何かであることだけはわかった。
「目を」
 やたらとか細い声がミント臭い息とともにフードの奥から聞こえた。
「目を」
 催促するようにもう一度つぶやかれた声に、白沢はあわててフードの中身に目を凝らす。
が、それがいけなかった。フードの奥にあったのは、人間のものとは明らかに違う大きく鋭い眼光がギョロリと二つ、鈍い光を放っていた。
「思い浮かべろ」
 まるで蛇ににらまれたように動けなくなってしまった白沢の手をマントの上から被せるようにして握ったフードの中身は、目をいっそう大きく見開いて言う。
「強く。強く」
 突然の出来事に頭の中が真っ白になる白沢だったが、言葉の通り何かを思い浮かべる。
 何を思い浮かべればいいのかと目の前の大きな二つの眼を眺めるが、鈍く光る自分の姿が映るのみで何も見えてこない。
 どうしたものかと思った白沢は、とりあえず相手の瞳に映し出された自分を思い浮かべた。
「何が見える」
 そっと生暖かい息で耳元にささやかれ、白沢は背筋に走る悪寒に身を震わす。
「じ、自分が」
「どんな」
「い、いえ。いつも通りで特にこれといった変化は」
「そうか」
 そういうとマントの化け物はスッと白沢から離れる。
「君は内包型か」
「内……包?」
 聴きなれない言葉に首をかしげる。
「そ、内包型」
 どこと無くうれしそうに言うマントの化け物は、満足げにうなづく。
「いいかな。世間は私達を魔法使いだなんて大げさな事を言っているが、その実、たいした魔法は使えない。誰もが箒にまたがって空を飛べるわけでもなし、誰もが巧みに自然の五要素を使ったり変身できるわけではないのだよ」
「ま、まぁそうでしょうね」
 それは白沢もわかっていた。世の中では魔法使いだなんて言っているが、用は超能力だったり異能力者を魔法使いと一まとめにしているだけなのだ。
 だが、それを魔法と信じて止まないものもいる。ようは幽霊やUFOみたいなものだ。
「おや、魔法使いを志していたというのにずいぶんと淡白な反応だね。魔法省だなんて専門機関が魔法は存在しないと言っているんだから、てっきりここで絶望でもするのかと思っていたよ」
 なぜ自分の夢をを知っているのか。とは聞かなかった。なにせ、白沢の夢など調べる方法はどこにでもあるからだ。
「夢を知られていたというのにこれも驚かない。大方、私がどこかで調べたと推理しているわけだね。なるほど、君は実にロマンチストなリアリストのようだね。うん。絵に描いた餅は欲しいがその餅が絵に描かれた物だというの知ってなお欲しがる偏屈者だ」
 どこか楽しそうに自分の心境を話すマントの化け物に少し嫌悪感を覚えながらも、白沢はじっと話の続きを待った。
「まあいい。君もイラついてきただろうし説明の続きを」
 咳払いひとつ、マントの化け物は白沢に背を向けて部屋をテクテクと歩き始める。
「さて、魔法使いは大きく分けて三種類。まぁ、何事にも例外はあるが基本的に三種類に分類される。一つは同期型。その名の通り何かと同期する。たとえば箒を持てば飛べるようになるだとか、金属を持つとそれを自在に操れたりだとか。ま、これが一番多くある能力の型だね」
 そういうとマントの化け物は地面に触れ、その一部を杖に変化させる。
「次は外向型。これは同期型とは違い、同期させるキーアイテムがなくても単体で魔法が使える。これは二番目に多く、高い能力値をはじき出す事があるよ」
 マントの化け物が杖を一振り。杖先に小さな炎が灯った。
「そして最後は君のような内向型。その魔法は内にのみ作用し、体外にもれることは無い。いわば単体だけパワーアップみたいなものだね。ま、数は一番少ないけど能力は必ず何かが突出しているレアな品種さ」
 言い終わったと思いきやくるっとマントを翻し、持っていた杖で白沢の胸を軽く突く。
 炎が灯っていたからか、杖先はほんのりと暖かく白沢のむき出しになっていた肌をほんのりと朱に染める。
「さてさて、君はどんな魔法使いかな?」
 何かが燃え上がるような大きな音を立て、瞬き一つの間に白沢に質問を投げかけ、そこにいたはずのマントの化け物は中身を無くして消えてしまった。
「魔法省にようこそ。白沢桂君。そのマントとバッジはプレゼントだ」
 どこに行ったのかと探す研究員と白沢をよそに、ははははと爽やかな笑い声と一つの黒いマント。それと白沢が望んで止まなかった金の箒バッジを残し、不思議な化け物は消え去った。
「試験は終わりだからもういいよ」
 白沢を引っ張ってきた研究員が今度は早く出て行けといわんばかりにぐいぐいと白沢の背中を押していたが、引っ張られてきたときとは違い、白沢はその場で微動だにせず悠々と落ちていたマントとバッジを拾い上げ、そのままゆっくりと部屋を後にした。
「あの白沢って人、力持ちですね」
 白沢が去った後、白沢の背中を押していた研究員はそう呟いたのだった。

     

「お疲れ様」
 施設から追い出されるようにして出てきた白沢を迎えたのは石田だった。
「どうでしたか」
 上着を腕にかけたまま。そして少しはだけたワイシャツと不機嫌そうな顔を見れば聞かずともわかるだろうにと白沢は思ったが、一応これから上司になるだろう人を邪険にできないと腕にかけていた上着の下に隠すようにしてかけていたマントとそれに付いたバッジを見せる。
「ついに魔法使いですね」
「やっとですね」
 しみじみと自分のバッジを眺める白沢。
 それをにこやかな表情で見つめる石田。二人の間にはただ静かに時が流れていた。
「ところで、アレは何だったんでしょうかね」
「アレ?」
「ほら、適正診断のときに出てきたマントのお化けですよ。あれって人間なんですか?」
「あぁアレですか。私も始めて見た時は驚きましたよ」
 はははと気持ちのいい笑い声を上げ、石田は歩き始めた。
 白沢も、またどこかに案内されるのだろうかと深く考えずに黙ってその後に続く。
「しかし、白沢さんの適正診断はあの方でしたか」
「あれ、石田さんは何も聞いてないんですか?」
「私は今回ノータッチです。何せ急なものでしたから報告もしてませんよ。それに、人事部ですから診断には何も係わり合いは持っていませんよ。持っていたとしても人事部になんか情報は降りてこないですし」
 そういうと石田はまた自虐的な笑みを浮かべた。
「そうでしたか」
 なんとなくいたたまれなくなって白沢は黙り込んでしまう。と、同じくして石田も黙り込んでしまう。
 また石田が魔法使いの心構えだとかルールを話すものだと思っていた白沢は、何も言わずにじゃりじゃりという敷石の音と何も語らない大きな背中を眺めながら、えも言われぬ不安感に駆られていた。
 饒舌な人間がいきなり黙り込むと良い事はない。そう白沢は直感していた。
「そ、そういえば石田さんは何型なんですか?」
 相手が喋らないのならば自分から話しかければいい。実に短絡的ではあったが効果的な対処だった。
「白沢さん」
「はい」
 歩みを止め、くるりと踵を返した石田の顔に、笑顔はなかった。
「魔法使いになられたのですから魔法使いの先輩である私から、一つアドバイスを差し上げましょう」
 いつもと違う石田の真剣な表情と威圧感に白沢はすくんでしまう。
「それは、他人に自分の手の内を明かさないことです。無闇やたらにマジックの種を披露する手品師なんていないでしょう」
 なるほど。確かに商売道具の中身を知られるのは色々と不都合なのかもしれない。と白沢はうなずく事で石田に返す。
「ま、そうは言うもののお教えしましょう。どうせ一度知られてしまっていますし、知られた所でどうという事はありませんからね。さて、私の魔法はフラワーショップマン。花屋の男という意味ですよ」
 どこか今までと違った愉快そうな笑みにつられて笑ってしまう。
 確かに、顔や体格を見れば、花屋より葬儀屋向きである。
「じゃ、私はここで」
 クククと小さく笑ったのを最後に石田が言うと、また白沢の知らない間に目的地に着いていた。
 今度は車から見えたあの大きな建物だった。
「ここで、って石田さんは来ないんですか?」
 言いながらも、大きいなとビルを見上げる白沢だったが、あまりの高さに地面がぐにゃりとゆがむ感覚を覚える。
――おかしいな。高層ビルなんて見慣れていたはずなのに。
 不思議な感覚に目頭を押さえながらその場でうつむく。
「すまないね。中に入って挨拶して回りたいんだけど、今回の私の役割は見守るだけなんだよ。君は中に入ったらまず受付に向かい、そこで人事部の石田さんに取り付いてもらうといい。何か聞かれたらもらったバッジを見せるんだよ」
「え? 石田さんはあなたじゃ……」
 めまいから開放され、目を開けるとそこには誰も居らず、辺りを見回すも目立つはずの大きな石田の背中すら見つける事が出来なかった。
 ふと見下ろした足元には、石田の物か金箒のバッジが落ちていた。
――忘れ物かな。
 それを拾い上げ、砂を払うために軽くシャツでこするが、どうも自分の物と少し違うような気がした。
 並べてみて実感。このバッジに描かれた箒は二本。それも、ローマ字のXを模るようにつくらていた。
 軍隊の階級章同様、位が上がると箒が増えるのかと大切に内ポケットにしまい、今度会ったときにでも返そう。
 でも、こんな大事なものを忘れるだなんて、なんとも忙しいというかそそっかしい人だな。と思いながらも、白沢は石田に言われたとおりビルに入る事にした。
「すいません」
「はい?」
 言われたとおりに受付と書かれたプレートの近くに居た女性に話しかける。
「人事部の石田さんお願いします」
「あの……失礼ですがどちら様でしょうか」
 受付の険悪な表情に、ふと役所で起きたことがフラッシュバックする。
「あ、えと。先ほど適正診断を受けた魔法使いなんですが。これ、バッジです」
 あたふたとマントに付いていたバッジを受付に渡す。
「少々お待ちください」
 そう言うと、受付はバッジを裏返し、裏側を見始める。
「あ、あの。裏側に何か?」
「裏側には魔法使い登録番号と魔法印が押されているんですよ。担当の者から聞きませんでしたか?」
 調べ終わったのか、受付はバッジを白沢に返す。
「い、いえ。そんな事は」
 困惑する白沢をよそに、受付はパソコンに何かを打ち込み始める。
 おそらく自分の登録番号なんだろうなとドキドキしながら結果を待っていると、やがて受付は笑顔になった。
「ようこそ魔法省中央支部へ。私達はあなたを歓迎します。白沢桂さん」
 握手を求められ、引き付けられるようにしてその手をとる。
 それほどまで受付の女性は美しかった。あまり力を入れると壊れてしまいそうな細腕に柔肌、みずみずしい唇にほんのりと赤いリップ。くっきりとした二重にシャープな顎のライン。まさに会社の看板になりえる逸材だった。
「私、この魔法省中央支部の受付。浅木啓太(あさぎけいた)と申します。以後お見知りおきを」
「啓太さんね。わかった。覚えておく?」
 名前を反芻して首をかしげる。はて、啓太というのは女性の姓だろうか。
「き、君」
「はい。ピチピチの二十一歳です」
 なるほど。まだまだ若いんだ。自分よりも九つも年下なのか。いやはや。
 いや、そんな事は聞いていないと心の中で突っ込んで。その先を求める。
「連絡はこちらにくださいね」
 求めたものと違う物が来て眉をひそめる。
 渡されたのは名刺。しかも、端には先ほどつけたのだろう生々しい口紅が付着していた。
「ど、どうも」
 苦笑いに近い笑顔を浮かべながら名刺入れにそれをしまう。前の会社で勤めていた頃の名刺は全部家にファイリングしていた白沢の新しい第一歩がこれだった。
「君、男の子?」
「えぇ。男のむすめと書いて男の娘です」
「あ、あぁそうそれで、石田さんは」
「あ、石田ならもうすぐで来ると思います」
 ニコニコと笑顔を送ってくる男に軽い寒気を覚えながら、白沢は待った。
 啓太は養殖者らしく、白沢に外の世界のことをしきりに聞いてきたが、そのどれもがファッションだとか流行だとかそういった女の子女の子した話題だったので、白沢は年下の女性部下と話しているような感覚に苛まれた。
「石田さんこっちですよー」
 男とは思えないほど甘ったるい声を出し、啓太が手を振る。
 それを見つけたのか、石田はコツコツと足音を鳴らしながら白沢の元にやってきた。
「ど、どうも」
 先ほどまでの石田とは違った圧迫感に、白沢はたまらず二、三歩下がる。
「浅木啓太か。あまり気味の悪い声を出すな。汚らわしい」
 ふんっと鼻で笑い、とげとげとした雰囲気で啓太にはき捨てる石田の表情は、親の敵でも見るかのように醜悪で、これがあの石田かと疑問を持つ。
「貴様が白沢桂か」
 ふっと啓太にしたような侮蔑を含んだ笑い。
「なるほど。適性はあったようだな」
 じろじろと値踏みするように白沢を見た石田は、白沢が手にかけたままになっていたマントを見て、忌々しそうに言う。
――一体なんなんだ。
「案内する前に一つ聞いておく。白沢桂。貴様、どうやってここまで来た?」
「は?」
「だから、どうやってこの支部に入り込み、適正診断を受けた」
 鬼気迫る石田の質問に対する解は疑問符。
 何を言っているんだ。あなたが連れてきたんじゃないか。とは言えず、今までの石田と、今の石田を比較する。
 人相、体格。どれを取ってもまるでコピー機で複製したかのようにそっくり。声に当たっては蓄音機で録音したかのように一緒。つまるところ、同一人物だと言っても間違いではないほどの再現率だった。
「だんまりか? 怪しいな」
 考え込み、質問に対して明確な答えを提示してこない白沢に、石田は疑いのまなざしを向ける。
 侵入者か。
 石田の考えは、白沢と違い既にまとまっていた。
「こい」
 疑わしきは罰せよ。
 石田の頭の中では、そんな言葉が浮かんでいた。その行動は実に俊敏で、その体躯からは想像できないほど素早く、白沢はあっさりと腕をつかまれた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「暴れるな。どうせそのバッジも不正に入手したんだろう」
 がっしりとつかんでいたはずの腕をいとも簡単に振りほどかれ、石田はふと自分の手を見る。
 通常の成人男性の一.五倍はあろうかという掌。人の太ももくらいはあろうかというほど膨れ上がった腕。どう見ても女性のような体をした啓太とかわらぬ細身の白沢に解かれるはずがない。それも、いともたやすく。
「バッジは複製不可能ですよー印はしっかり認識できましたし、魔法印が複製出来ないなんて事は石田さんが一番わかってますよねー」
「囀(さえず)るな。浅木啓太」
「はーい」
 啓太に反省の色はなく、すいませんでしたと整った顔を膨らませ、肩をすくめる。
「なんにせよ。怪しい人物に違いはないのだ」
 そう言うともう一度掴みにかかる。
 今度は逃げられないように肩だ。
「痛っ、痛いですよ」
 が、これもあっさりと解かれてしまう。
 今度は白沢が首をかしげた。確かに、不摂生続きの生活だったが、将来のためにと体だけは鍛えていた。しかし、ただの軽い筋肉トレーニングだけでここまで簡単に力の差を覆す事が出来るのか。
「抵抗はよせ」
「わ、わかりましたから私の方からも一つ質問させて頂いてもよろしいですか?」
 返事はない。つまりは駄目だという事だ。
「石田さん。私を連れて来たのは貴方です。ここに来る途中。そうだ、きっと監視カメラにだって映っている筈です」
 拒否したのに質問を投げかけてきたからか、フロアにあった監視カメラの一つを必死に指差すも、石田の視線は冷たい。
「私が? 何を馬鹿なことを。私が呼ばれて役所に出向いたとき、既に貴様はどこかに消えうせていたではないか」
「そんな……私は役所で貴方に資料を渡し、そのままリムジンに乗せられてここまで」
「役所にリムジン?」
「そうです。黒塗りでドアに金箒が刻印されていました」
「ふむ」
 果たしてこれが狂言か、それとも真実なのか。石田には判断が出来なかった。
「とりあえず監視カメラの映像を出せ、浅木啓太」
 言われなくとも分かってますよと啓太はキーボードを操作して手元のモニタを切り替える。
「これを見る限り」
「ば、馬鹿な」
「白沢桂。貴様は一人だ」
 驚く白沢の視線の先、モニタに映し出されていたのは研究所から出て、一人で歩いている白沢の姿だった。
 そんなはずはないと他の映像にも目を通してみるも、研究所以前の映像でも、時折一人でうなずいたりしているだけだ。
「どういう事かな?」
「くっ」
 圧倒的不利な立場に奥歯をぎしりと鳴らしてしまう。
――何かないのか。何か。
 そう思ってふと窓を見ると、不自然な形で一輪の花が張り付いていた。
 それは、石田が自分に贈った花。アネモネだった。
――コレだ。
「い、石田さんの魔法を知っています」
 花からその事を思い出して即座に口にする。
「ほぅ。私の魔法? そんなもの調べればすぐにわかるだろう。が、一応聞いてやろう」
 どうやらこの石田と前の石田の魔法観念は違うらしい。
「ふ、フラワーショップマンです」
「なに?」
 白沢の言葉に、石田の表情が曇る。と、同時に後ろで啓太が噴き出した。
「もう一度言ってみろ」
「フラワーショップマン。花屋さんだとあなたが笑いながらおっしゃいましたよ?」
 何を間違ったのかと怒と楽にはさまれ、哀しみに暮れるが物事は前進しない。そして、石田の表情を見ているとどうも好転しそうではないなと肩を落とす。
 家から出て警報を鳴らされ、変な試験に変な生き物と出会ったと思えば今度は不法侵入者扱い。ハッピーバースデーはどこに行ったのかとふとごちる。
「白沢桂」
 少しして、青筋を浮かべた石田がつぶやいた。
「貴様はテロリストの重要参考人として拘束させてもらう」
「は?」
 疑問符を浮かべている間に、手首に冷たい鉄の感触、そして耳にはかちりとドアをロックするような嫌な音が届く。
 ギギギと油の切れたロボットのようにぎこちなく後ろを振り向くと、啓太がちろりと舌を出し、ごめんねと片手でわびていた。その姿は実に可愛らしかったが、白沢は苦笑いしか浮かべられなかった。
「御入省おめでとう白沢桂。そして、さようなら」
 バチッというスパークの音。体に走る衝撃。それはまたしても啓太からで、その表情は実に複雑そうだ。
「ごめんね」
 そう小さく謝ると、受付プレート型に加工された特殊スタンガンをまた元の位置に戻し、倒れた白沢を一瞥する。
「浅木啓太。発令、当施設に侵入者あり。敵は裏切り者のフェイスマン。レベルは最大でかまわん」
「復唱! 侵入者あり。敵はフェイスマン。警戒レベルを最大。了解しました。」
 びしっと敬礼を決めた二人はそれぞれ分かれて行動を開始する。石田は外に、啓太は再び受付に戻りキーボードを叩く。
 啓太が仕事を始めて数秒後、瞬く間に施設の窓という窓にシャッターが下り始め、電灯が輝いていた場所からはパトランプが出現する。
『警報。侵入者あり。侵入者あり。各所員は所定の位置で待機せよ』
 機械音声とパトランプの光。赤と黒が入り混じる世界で、白沢は武装した男二人に担がれ運ばれていく。



「撤収作業終了しました」
 インカムから聞こえてきた声に、石田は口元を吊り上げる。
「少しお遊びが過ぎたんじゃないのかい? フェイスマン」
「確かに、あの新人君には少しかわいそうな事をしたかもね」
 そういうと、石田はポケットから一足の靴下を取り出し、おもむろににおいをかぐ。
「何度見てもなれないね。それは」
「ま、そう言うなよ。これも養殖者故の欠陥なのさ」
 石田の声でそういう男は、次の瞬間にはもう石田の姿をしていなかった。
 少し長めの髪に垂れ下がった目元。にっこりとした笑顔を貼り付けた男は、ぽきぽきと首の骨を鳴らし、自分の体を確認する。
 体格は細身の長身といったところで、石田を大根とするならこの男はもやしであった。優しそうな顔立ちと柔らかな雰囲気からして人懐っこそうであった。
「でフェイスマン。どうだった? どうだった?」
「報告は戻ってからでよろしいですか? すこし、辺りが騒がしくなってきましたから」
「ちぇ。しかたがないね。でも、帰ったら絶対に感想聞かせてよ!」
「わかりましたよ」
 駄々をこねる子供をあやすようにして言いなだめると、フェイスマンは話していたフードの男を抱きかかえるようにして大きなマントに包み、そのまま地面に溶ける。
 残ったのは、花の事なら花屋石田にと書かれた小さなポストカードだけだった。

       

表紙

絵:便所虫,文:只野空気  [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha