Neetel Inside ニートノベル
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私が私になった日
【七年前回想 別視点 弐】

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 グレて、そしてこの部屋へ閉じこもるまでの話。
 あえて語るまでもないことかもしれない。胸糞悪い話だし、俺だって思い出したいことではない。けれどなにかにつけても思い出してしまうのだから仕方ない。それだけトラウマとして残ってしまうと言うのが我ながら情けない話だ。いっそ開き直って思い出し切ってしまえば少しは楽になるかもしれない。何度も反芻するうちに慣れが来れば良い。そう思って回想しているのだけれど、果たして鬱な結果に終わるだけとも言い切れない。まぁそれでもやってみよう。
 さて。
 引きこもるきっかけはと言われれば俺は間違いなくこれ、と断定できる。いじめだ。
 あるあるすぎてニュースで聞いていると食傷気味になりそうなほどだが、それほどまでに問題としてやり玉に挙げられる割には対策もなにも無く放置されているアレ。
 コミュニケーションの上手くない挙動不審なやつがターゲットとなるものという意識が一般的だと思う。俺もそう思っていた一人だった。
 だが、実際は違った。いや言い方が悪いか。それだけではない。
 本当は輪に入れなかった除け者がそうなるだけのこと。入れない理由の最たるものに会話が下手というのがあるだけだ。
 自分と違うものにいらついたり恐れたり。感情の揺れはあるものの、己と違う者に対して働く排除の目的を持った暴挙が虐めと言えるだろう。
 得られるものは優越感か安心か。俺はそんなことをしたことはないから断定はできないが、ろくでもないものだろうことは分かる。
 あのときもきっとそうだった。
 
 何事も契機というものはある。俺の場合は、とある奴を振ったこと。
 そいつは同じグループの男だった。こっぴどい振り方をしたわけでもないがどうにも納得がいかなかったようで、残ったわだかまりが怒りと化したらしい。それにグループの奴らが同調して、結果としていじめという行動になったと言う所だ。
 といっても初めからあからさまな暴力というわけではない。いわゆるハブ。仲間から外されてしまったわけだ。
 いつも決まった場所に集まっていたのだが、いくら待っても誰一人として来ない。もちろん連絡もない。メールを送ってみても返事は無く、電話をしてみても出ない。何回かかけてみると、電源を切られたらしく「おかけになった電話番号は~」と抑揚のない誰とも知らない声がするだけだった。
 初めは何か用事があったのかとも思ったが、連日ともなればいかに馬鹿とて分かると言うもの。自分の新たな居場所はすっきり無くなっていたのである。
 俺の居たグループは仲が良いから群れるというよりは不良という共通項を以って群れているうちに仲良くなるという感じで、少しの衝撃で空中分解しそうな程ふわふわした繋がりにすぎない集団だった。
 引きちぎろうと思えば綿のように力を入れるまでもなく取れる。現に、俺はいとも簡単に分離されたわけだ。
 それだけなら良かった。新しく友達は作ればいい。
 だが、曲がりなりにもすれた不良のグループ。無視なんて易いもので終わるほど彼らも温くはなかった。
 というより、調子に乗ったと言う方が良いかもしれない。
 自分もそうだったから分かるが、不良なんてかっこつけた言葉で表したとしても、中身はこれ以上なくガキだ。自己主張し、優越感に陶酔したい願望を迷惑顧みず垂れ流す。ルールという大きいものに背く自分はカッコイイなんて思っていて、だがそれは客観的に見れば子供の面倒な自己主張に過ぎない。だからこそ俺みたいな子供が居座れたとも言えるのだけれど。
 ここからはいじめらしいいじめになってきたように思う。
 トイレに入れば上から水が降ってくる。びたびたになった服を何度絞ったか知れない。
 下駄箱に入れた靴が針山のように画鋲で埋め尽くされていたし、傘なんて少し放っておけば骨だけになっていた。
 教室に戻れば机は罵詈雑言のきたないデコレーションで飾られており、嬉しくないことに教科書やノートにさえぬかりない。まぁ、既に勉強する気なんて失せていたからそれはどうでもいいと言えばどうでもよかった。
 落書きは消さずに授業を受けてやるのも面白いとも思ったが、教師の助けは期待できないことに気付いた。なんせ俺も不良として認知されていたのである。面白がって落書きしたと思われるのが関の山で、怒られるのは自分だ。となれば消す他は無かった。鞄にまで描かれた時は参った。ご丁寧に油性だったからそうそう消えない。
 と言っても、ここまでなら辛抱できた。不名誉にも一人ぼっちの心細さには慣れていたし、トラップの多いゲームみたいなものだと思えば可愛いものだ。面倒ということくらい。
 辛抱できてしまったことが、結果的にはいけなかったのだけれど。

     

 誰でも想像出来ると思うが、この程度のことでは反応が無いと見るやエスカレートした。例えば数日でも学校を休んでおけば相手も気を良くして収まったかもしれなかったが、変わらず平然と通い続けた俺に憤りが増したのだろう。
 いわゆる暴力。
 いじめというより虐めと表記した方がイメージの上では的確かもしれない。
 とある日。いつものように帰ろうと校門を出ようとすると、ぞろぞろと見知った顔が並んでいた。
 元友達の加害者達が企んだ顔をしながら俺を囲み、中でも一番大柄の奴が俺の髪を掴んだ。痛い、痛いと叫んでも当然ながら引く力さえもゆるまず、そのままついていくことしかできなかった。
 俺が善良な生徒だったなら先生か町の人々の誰かが通報してくれていたのかもしれないが、そうではなかったから助けは無い。
 連れてこられた先はどこぞと知れない廃屋。
 広めの一部屋の壁に俺は打ちつけられた。衝撃でむせかえし、息を吸おうとした瞬間。肺を圧迫するように足の裏がろっ骨を踏みつぶした。一瞬呼吸が止まる。同時に鈍い痛みが胸部を支配し、全身に伝わった。
 そこから殴る蹴るが始まる。
 みぞおちにつま先が入ると胃の内容物が飛散した。頭を殴られると意識が朦朧とした。そんな俺を見てせせら笑う声が耳に残響し、反抗するチャンスなど微塵も無い程に代わる代わる手や足が身体を殴打した。
 段々と神経は麻痺してきたようで初め痛かったのが良く分からなくなる。一を数えるうちに一回は頭がどこかへ吹っ飛ばされるので、上と下を錯乱し右と左なんて解せなくなった。
 しばらくして動く気すら消失。指先を動かすだけでもどこかしらに鈍い痛みが走るのだった。蹴られればその力に任せて転がる。
 反応がないと見えると女の一人がにやつきながら横に来た。うつ伏せになって右を向いていたので足しか見えなかったが、近付く気味の悪い声で誰かは分かった。
 そいつは酷く打ちのめされた顔の輪郭を沿うように指でなぞり、それは右手へと、小指へと進んだ。包みこくように握り逆の手で甲を押さえると「さーさぁみんな、これからだよぉ」なんてのたまわっていた。
 わざわざ右手を選んだのは、俺に見せつけようとしたからだろう。
 ばきり。
 次の瞬間、人間には到底無理な方向に俺の小指は曲げられていた。小指と甲とが、本来どれほどに邂逅を願おうとも接するわけもないそれらが、綺麗にくっついていたのだ。女とはいえ人一人の全身の体重と腕の力をかけられれば否応なく関節は破壊される。
 鈍っていたはずの俺の神経は伝えるのを思い出したかのように一斉に興奮し、脳を破壊しかねなおいほどの狂わしい強度の信号は刹那で到達。口や喉は壊れんばかりに発狂し「あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」と、もう人間のそれではなく一個体の動物のようだった。
 全身がバタバタと跳ね、その振動が折れた場所へと伝わり更なる痛みとなる。
 愉快な笑みを漏らしていた奴は、痛みが落ち着きそうになると握っていた俺の小指をゲームセンターの操作レバーのように色々な方向へひん曲げた。口角が下品に上がり、歪んだ笑顔が一層深くなっていた。まるで三日月のような。
 一方俺は終わりない激痛に耐えることなどできず、ただ枯れた喉を無理やり震わせていただけ。あの時の俺は無力としか言いようがない。
 痛い痛いイタイイタイ。今でも少し曲がった自分の指を見るたびに痛みが走る。それは折れた時の痛み、そして心が裂ける痛み。

 ――辛抱できてしまったのが、いけなかったのだ。
 耐えて耐えて耐えて。そうして溜めてきたものは膨大。破裂しなければいいが、決壊したときのダメージは数倍、数十倍、数百倍になる。ダムみたいなものだ。
 俺はそのとき、全てが壊れた。それまで受けた仕打ちの悲しみやら怒りやらが処理できない程に溢れだし、同時に恐怖が征服。どれだけマズい状況か全身が理解した。このままでは終わってしまうとあらゆる部位が警鐘を鳴らし、氷になったかのように自身の体温を感じなくなった。
 息も絶え絶えな俺を見て本当に気持ち良さそうにしている奴のことなどもう気にも留めず、とにかくとにかく逃げなければいけないという意識で一杯になっていた。
 そして、「さぁて、次はこっちかな」という声が聞こえ薬指へと手が移る瞬間。俺は全力でそいつを突き飛ばし逃げ出した。上手く抜け出せたのは奇跡だったと思う。
 これが終わったら死んでしまうというくらいに走り、走り、叫んだ。道なんて知らない。けれど逃げないと、逃げなければ! 涙がでていたことなんてその時は気付いていなかった。ただただ、本能。死にたくないという想い一つしかなく、理性も理論もかけらもなかった。だからどこに辿りつくかなんて考えていない。とにかく離れなければならない。それならなんでもいい。
 幸いにも知っている道に出て行きついた先は、他でもなく家だった。

     

 これ以上は言うまでもないだろう。そのまま部屋へと入ってこのままだ。今では大分落ち着いたが、一年は精神が不安定なままだったように思う。ずっと同じ部屋に居るものだからきちんとした日付の概念なんてあってないようなものだけれど。
 ちなみにさっきは奇跡と言ったものの、あの廃屋から逃れられたのはそこまで偶然とは言えない。
 不良とはいえ、関節がへし折れて泣き叫んだ俺の姿は受け入れがたいものだっただろう。壊れていく人間の様を見てどうとも思わないわけがない。走りだしたとき、全員こっちをみていたものの阻むどころか動こうとするやつさえいなかったことが如実に表しているといえるだろう。
 ただ一人を除いて。
 俺はあいつを思い出す度に自分の胸を触り鼓動を確かめる。生きている。まだ生きている、と確認する。実際に今もそうしている。
 トクントクンという微小な振動。なんて細い心の支えなのだろう。
 でも、こんなこと誰も解ってくれない。あんな親じゃそれ以前期待できた話でもない。家にも外にも居場所がなければ残るは自分の部屋、自分自身しか居なかった。
 なのに。あのガキ、忌々しい妹は毎日毎日扉の前で俺に呼びかけ、無視しているとコンコンと叩きだした。
 ふざけんな。
 毎度楽しそうに「ただいま!」なんていってのけるお前に、一体俺の何が分かる。無視してんの分かるだろ、いつものように色んなお友達と遊んでこいよ。俺に構うな。俺に触れようとするな。俺に話しかけるな。
 そう思っても何日も諦める気配は無かったもんだから、ついさっきぶち切れて殴り倒しちまったよ。まぁ、親が来て中断したけど。
 なにやってるの、だって。久々に見た娘に対する発言がそれか。って言われても仕方ないことしてたか。
 面倒になって部屋に戻った。「大丈夫?! 大丈夫?! ねぇ!」なんて声が聞こえてきたときは耳をふさいだ。なんだよ。やっぱりアンタは妹の母親で俺の親じゃあないんだなって思った。
 俺の時は何も言ってくれなかったくせに。本当に欲しいものはいつだってくれなかったくせに。こんな服とかバッグとかパソコンとかの高いものじゃなくて、どこにも売ってないそれが欲しかったのに。
 なんでいつも。

 悔しくて、拳を握った。自分を壊してしまいたいと願っていた。
 そして、同時に気付いてしまう。
 もし妹をあの時の俺と重ねるなら、俺はあいつらと重なってしまう。散々いためつけ人をこんなにしたあいつらと、まるっきり同じだ。
「そっか。うん。それじゃあ愛されるわけないわな。俺だってあんなやつら愛したくないもん」
 堅くしていた拳は緩んでほどける。怒り以上に哀しみの感情の方が溢れてしてしまったから。
 力なく椅子に座り、焦点を定めずぼおっと床を向く。
「ははっ」
 声は震えていて。
 頬には途絶えることのない水滴が渡る。

       

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Neetsha