Neetel Inside ニートノベル
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私が私になった日
【四年前 十二月 別視点】

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 ……行ったか。
 俺は窓から外を眺めるのを止め再びパソコンの前に座る。初めはあいつがこちらを見るとさっと隠れたのだが、もうそんなこともしなくなった。だが手を振るわけでもない。
「お、更新してるじゃん」
 SNSと分類される交流サイトを開き、誰とも知れないネット上で出会った人が書いた日記を眺める。へぇ、と関心を持ったふりをするものの所詮誰とも知れぬ他人のことだ。電源を切ってしまえば繋がりなんて消えてしまう。しかし、話は合うのでなかなか面白い。それこそ外へなんて出なくてもいいほどには楽しいのだ。気軽さもあるだろう。
 現実は人に話を合わせざるを得ないことも少なくない。もちろん全く全てとは言わないが、自分の意見が絶対に通るなんてことは絶対にない。いや、グループのまとめ役ならありうる話か。
 まぁ、今となっては保身など関係のない話だ。
「俺も書いとくかな」
 キーボードを叩く。いい加減玄人になった指捌きは逆に情けなくなってしまう。ブラインドタッチでどんどん文字を羅列していく。
「変換変換っと」
 何も書いていない、少し長めのキーを押し目当ての漢字まで送る。学習機能があるのでよく使う物は先に出てくる。大丈夫ならエンター。逆L字の矢印が描かれている所を押す。そうして続きを書き込む。あ、間違えた。バックスペース。
 何もないこの部屋。といっても必要なものはそろっているが、三年程引きこもっていれば新鮮味のあるものなど一つもない。新規加入品は無いからだ。
 といっても、侵入者はいる。三ヶ月程前からせわしなく部屋に入ってくる奴が居る。今書いているのはそいつのことに他ならない。今頃は先生のつまらん話を聞きながらシャーペンを動かしているだろうか。
 書き終えたら送信する。これで自分のページに表示されるわけだ。だが、書き終えたらはいお終いというわけではない。
『最近よく書くようになったね。嬉しいよ。にしても妹ちゃんか、羨ましいなぁ』
 カマキリという妙なハンドルネーム、ネット上の名前のことだ、の奴が昨日の日記にコメントを残していた。それに対する返事を書かねばいけない。こんな細い回線でつながっている世界とは言え、当然なことはやはり当然しなくちゃいけないのだった。
『ええ、色々相談してくるもので。本当は自分で何とかして欲しいんですが、どうもそうはいかないみたいで仕方なくと言った感じですね』
 カタカタという音とともに出てくる文字。簡単に出てくる文字。
「妹……か」
 口に出すとなんだか気恥ずかしかった。
 カマキリには妹は居ないらしい。俺が話すと決まって『いいなぁ~』というコメントがつく。ちなみに名前からは推し量れないだろうが女だ。ま、嘘ついている可能性は十分にあるけどな。
 ネット上では女と言うだけでナンパしてくる奴もいる。だからこそ俺は一人称が俺になったわけだ。だが、逆に群がってくる奴をあざ笑うことを好む奴もいる。男が女のふりをしてひっかけることもある。
「さて」
 することは終えたので、どうしようかと考える。まだ午前だと言うのに早速することが無いというのは悲しい話だ。
 うん、ひとまずは喉を潤そう。
 流石に部屋に閉じこもりっきりでは飲み物もないし、食べ物もない。いつもは夜にこっそりと台所へ降りて十分残っているペットボトルやパン、他に食べられそうなものを調達しておく。残りものがある時はあとで皿だけ返す。ちなみに現在食料に関しては今はメロンパンとあんぱんがある。
「ああ、しまった」
 ペットボトルを見ると二リットルボトルで残り四分の一も無かった。
「これ……夜までもつか……? いや、あいつが学校から帰ってきたら取りに行かせればいいから夕方まででいいのか。でもなぁ」
 少しべとついてきた髪をくしゃくしゃと掻き毟る。二日入らないだけでこうだ。風呂にも入らなきゃなぁ。引きこもっていると、飲むにしろつかるにしろ水にまつわることに頭を悩ませてしまうのは仕方ない。だが、一応自分も女なのでこれは大分気持ち悪い。
「仕方ないか……。別に死ぬわけじゃないしな。いざとなれば寝ちまえばすぐに時間なんて経つだろうし」
 
「ねぇ」
 そのときふと、声が聞こえた。

       

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