Neetel Inside ニートノベル
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私が私になった日
【去年 五月 肆】

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 私はお姉ちゃんの部屋を出る。これ以上居たら耐えきれずにパニックを起こしてしまうかもしれない。
 殊に中学生にもなって“ですます口調”だった私だ。周りと比べて精神年齢が高いわけでも打たれ強いわけでもない。そもそも人間の心は脆いのだ。
 トラウマ一つあるだけでいとも簡単に崩壊する。
 だから今の生活なんてすぐ止めてしまいたい。トラウマと同居しているものだし、一人ぼっちだなんて本来耐えられたものではない。誰かが居るだけでいいのに、叶わない。
 けれど、仕方がないのだ。それが分かっているからこそどうにか耐えている。
 この町の私を見る目はすべからく冷たい。女子高生が家族もおらず一人で暮らしていると言うのに誰も助けてくれないことからも分かるだろう。クラスメイトだけでなく、先生すらも私と話すことは嫌がっているみたいだ。尤も、私自身もう他人に対する期待なんて持つ気も起きない。
「あの事件のせいで私は一人ぼっちになりました」
 と言えば少しは気がまぎれるのだろう。けれど、多分そこまで言ってしまうと責任転嫁になるんじゃないかと思う。
 あまりにも子供だった私のせいもあるのだろう。誰のせいでもないとは言わない。誰のせいでもあったのだ。みんながそれぞれ選んだことが偶然悪い道になってしまった。
 ――そう。だから、これ以上考えてもどうしようもない。誰を怨もうと後の祭りだ。
 毎度、このことについて考える時は同じ結論に達する。何一つ解決してはいないけれど、見つかりそうもないから放棄する。
 さっき倒れそうになった時に落とした本を拾って、私は自分の部屋へと歩いた。
 自分の部屋に戻ると、この部屋だけは変わらないなと思う。結局私はみんなに取り残されただけなのかもしれない。
 部屋に写真立ては二つある。一つは昔家族で旅行に行った時に撮ってもらったもの。もう一つは学校で撮ったものだ。私はそれらを眺める。
 このころのみんなはまだ笑っている。けれど、そこに反射している私の顔は見れたものではない。
 ばたりと仰向けにベットに倒れる。視界には真っ白な天井があるだけ。

     

 悲劇と言うのは突如としてやってくるもの。前もって誰かが教えてはくれない。
 あの時のことを想起してみる。
 やはり聞いてみるべきだったのかもしれない。「お母さんどうかしたの」と。聞いたところではぐらかされていただろうけれど。
 お姉ちゃんは実は気づいていたみたいだった。
 つまり、分かっていた人だけが消えてしまった。何も知らなかった私だけが残ってしまったのだ。
 後悔は尽きない。でも、当時の私に事件回避の行動を求めるのは酷と言うものだ。お姉ちゃんの歳になってみて思う。中学生を見かけるときにふと気づいたのだ。こんな幼い子に見えていたのならば、確かに重荷はわけさせられないよなと。もし分け与えられていたら重みでつぶれていたかもしれない。そうしたらお姉ちゃんやお母さんを恨んでいたかもしれない。だからそんなifの世界を持ち出すのはナンセンスだ。――と理屈ではわかっているのだけれど、やはりどうにかしたかった。お姉ちゃんだってあんなことせずに済んだかもしれないのに。
 それに彼女にとっては最悪以外の何物でもない。そう、先輩。坂巻さん。唯一、千堂家から外れていた被害者。何故、あの日私の家にいたのだろう。疑問と言えば疑問だ。
 あれ……?
 そういえば、お父さんってあの頃は晩御飯も一緒に食べれないほどに毎日遅かったような。何故あの日だけ私が家に帰る前に居たのだろう。
 どういうこと?
 結果的に見れば一家と友達の惨殺事件。けれど過程については闇のままだ。私だって考えたことはない。考えたくもなかった。
 でも、思ってみれば何かがおかしい。
 お姉ちゃんがたまたま帰ってきたお父さんを狙って殺して、ついでに目撃者を消した? いや、それなら私も殺されないと。私を生かすなら坂巻さんはともかくお母さんは生きているはずだと思う。お母さんがお父さんをかばった? それなら分かるかもしれない。
 それとも坂巻さんを殺したかった? でも動機なんて……。それにそれだとお母さんが死んで私だけ生きている説明もできない。単に私の友達というだけの坂巻さんをとっさにかばえるなんて思えない。
 分からない、分からない、分からない。
 私は頭を抱える。
 生き残った自分だけが何も知らない。

       

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